日時

目的地

所在地

2013年2月1日

鬼ヶ岳(532.6m)

越前市大虫町

 行動日程

≪鬼ヶ岳≫登山口(ゲート)13:00〜13:12小鬼展望台13:12〜13:30大鬼展望台13:30〜13:35白鬼展望台13:35〜13:50山頂15:10〜15:50登山口(ゲート)

≪蛇ヶ岳(途中)≫登山口15:55〜16:00大虫滝16:00〜16:15峠(山の鞍部)16:15〜16:18大師道道しるべ16:18〜16:30蛇ヶ岳手前のピーク16:30〜16:50登山口

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

文献   :

 これまでの山行記録

 

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。この地図の歩行ルート表示は下から3番目の縮尺で作成したため、他の縮尺の地図では歩行ルートと地図にずれが生じる場合があります。地図上の赤線が今回歩いたルートです。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫ 

鬼ヶ岳は越前市の中心部から西のほうを見ると最前列に見える、標高532.6mの山だ。越前市近辺では日野山と並んで人気のある山で、頂上に広い休憩小屋があるので、冬でもたくさんの人が登っている。1時間ほどで登れる山なのでここだけでは歩き足りないだろうから、鬼ヶ岳の北にあるという蛇ヶ岳にも登るつもりだ。

【鬼ヶ岳にまつわる伝説と火祭り】
なお、この山には多くの伝説が残されており、火祭りが行われていることは知っていたが、詳しいことは知らなかったのでちょっと調べてみたら、伝説は三つに分けられるようだ。先ずは国造り神話、そして虫(イナゴ)退治の伝説、さらに時代が下って雨乞い儀式。鬼ヶ岳の歴史を要約すれば、神代の時代に天津日高日子穂穂手見命(あまつひたかひこほほでみのみこと・神武天皇の祖父)がこの地の土賊を討伐し、平定した功績により、鬼ヶ岳の頂上にその御霊を祀ったのが始まりだそうだ。この山に伝わる鬼退治伝説はこの国造り神話から出ているのだろう。その後、崇神天皇の御代(B.C.97??〜B.C.30??)に悪疫が流行するとともに、垂仁天皇の御代(B.C.29??〜A.D.70??)にイナゴが大発生。この社にイナゴ退治の祈願をしたところ、たちまちにイナゴが壊滅したのを機に、社地が現在の大虫神社がある場所に遷されたそうである。8月15日に行われる火祭りは時代がかなり下って頂上で雨乞い儀式が行われていたことから来ており、270年続いてきたそうである。

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鬼ヶ岳(@登山道入口)

今日は昨日ほどは天気がよくないが、日中は雨が降らないと言う予報。この山には過去に2,3回登っているので、地図も持たないで家を出てきた。八号線から越前市街地を西に抜ければいいのだが、市街地を通るのでは時間が掛かるだろうと、手前の白鬼女(しらきじょ)橋を渡ったばかりに、道に迷ってしまう。しかし、この山の登山口の隣には地元農協の巨大カントリーエレベーターがあるので、何とかたどり着いた。

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登山口(案内板拡大

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登山道の様子

この山に登るのは久しぶり。登山口には以前来た時にはなかった柵が出来上がっていた。イノシシ除けだろうが、これだけ立派なゲートは見たことがない。他にあるゲートだと、入るときに鎖を外し、また巻いておかなければならないので、面倒だがここのゲートにはアルミ製の扉が付いており、開け閉めがワンタッチなので楽だ。門を開け中に入ると広い登山道が続いていた。最初は杉林の中の道だ。人気の山だけあって、歩き始めるとすぐに降りてくる人に出会ったし、若い人がトレーニング姿で駆け登って行った。  

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岩盤がむき出しになった登山道

最初は普通の土道だったが、急登が始まると岩がむき出しになった登山道を登って行くようになる。この山は山頂に至るまで、殆どこのような岩の道なので、滑りやすく、気が許せない。

 

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小鬼展望台

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日野山(@小鬼展望台)

歩き始めて10分ちょっとで小鬼展望台に着く。小鬼展望台からは姿の良い日野山が望まれる。この後も、大鬼展望台、白鬼展望台と続くのだが、そのどこからも越前富士という名にふさわしい、流麗な日野山を見ることが出来る。

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木道

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休憩所

小鬼展望台からは少しだけ平坦な尾根筋を歩くが、足が休まるのはここだけ。登り始めのところにも木道があったが、ここにも木道が付けられていた。登る人が多いので登山道が荒れるのだろうか。そこからしばらく行くとベンチが設けられた休憩所があったが、ここには何の標識もなかった。

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岩盤の上の急登

岩混じりの直登の登山道が続く。足場を見つけながら慎重に歩く。雪が少なく、ドロドロにぬかるんでいるところもあって、滑りやすい。

 

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大鬼展望台

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大鬼展望台説明板(拡大

小鬼展望台から15分ほどで大鬼展望台に着く。ここには説明板があり、大鬼が白鬼を待ちわびながら悪計をたくらんだところだそうだ。

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日野山(@大鬼展望台)

左記の写真は大鬼展望台から撮ったもの。高度を稼ぐとともに展望が開け、白山まで望めたが、この日は生憎の曇り空で、写真にはうまく写らない。

 

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白鬼展望台説明板(拡大

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日野山(@白鬼展望台)

大鬼展望台からさらに10分ほどの急登をこなすと、白鬼展望台に着く。この辺で高度は430mほど、後100mほど登れば頂上だ。ここにも説明板があり、白鬼が出没したところだそうだ。その白鬼は先ほど渡って来た白鬼女橋辺りで殺されたとの伝説がある。白鬼女と言うからには、白鬼は女鬼だったことになるようだ。

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休憩小屋

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山頂広場

この日は各展望台で写真だけ撮って、ノンストップで登ってきたので、少々足に来たが50分ほどで頂上に着いた。山頂には休憩舎だけでなく、大虫神宮跡の社殿(説明板には龍神社と書かれてあった)や展望台があり、かなり広い。 展望台からは日本海が眺められたが写真に写らないので、割愛した。

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大虫神宮社跡(説明板拡大

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周回コース入口

この山頂に昔は大虫神社があったが今は麓に遷されており、ここには大虫神宮社跡という小さな祠があった。今ある祠は地元大虫地区の壮友会が建てたものだということだから、かなり新しいようだ。山頂の奥に周回コースの入口があるが、いくらかこちらを歩く人もいるようでトレースが出来ていた。さすがに頂上には雪が多く、三角点があるはずなのだが、雪の下で解らなかった。ここの三角点は三等で、点名:鬼ヶ岳、標高:532.60m、所在地:越前市大虫町となっている。

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日野山(@鬼ヶ岳山頂)

頂上からは武生盆地が一望に出来る。小さな山々が島のように盆地の中に点々と浮かんでいる様は絵になる。

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白山を望む(@鬼ヶ岳山頂)

遠くの山々はかすんでいたが、写真を調整していたら、かすかに白山が浮かび上がって来た。

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小屋内部の様子

休憩小屋の内部はかなり広く、中二階のようなものがあり、そこも含めて30人ほどは泊まれそうだ。また、名前に鬼が付く山の写真が展示してあったり、登頂記録の雑記帳があったり、なかなか楽しい。小屋の中でお湯を沸かし、カップラーメンをすすっていたら、登山者が現れた。お話を伺ったら、地元越前市の方で、この山には年に4、5回は登ってくるとおっしゃっていた。それほど頻繁に山に登るほうではないが、北アルプスのほうにも何度か登ったことがあり、冬の荒島にも数回登っておられるそうなので、かなりの猛者だとお見受けした。その方に蛇ヶ岳のことを聞いてみたが、大虫滝があることは知っているが登れる山があることは知らないとのことだったので、蛇ヶ岳のほうはあきらめ、大虫滝だけ見て帰ることにして、小屋の中でまったりした時間を過ごし、下山した。下りは40分ほどだった。帰りにも登ってくる人にお会いした。


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大虫滝遊園地入口

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大虫滝

山頂でまったりしていた時間が長かったので、もう殆ど時間が残されていなかったが大虫滝のほうに行ってみた。鬼ヶ岳登山口から車で3分ほど奥に入っていくと、右手に大虫滝遊園地と書かれた案内板があったので、そこを入って行くと、大虫滝があった。

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中部北陸自然歩道の標識

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林道

そこに中部北陸自然歩道の案内板があり、蛇ヶ池というところまで行けるようなので、行ける所まで行ってみることにした。最初は林道だったが広い谷に出ると、山道となった。少々雪が深くなってきたが、多いところでも30cmくらい。雪の上に先客の足跡があったので、それに従って歩いて行く。

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峠(名称不詳)

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峠(名称不詳)

足跡は笹薮の中を尾根のほうに登って行っている。尾根に着くとそこは山の鞍部で峠のようになっていた。反対側の斜面に道の痕跡は見つけられなかったが、ここを降りて行けば旧宮崎村なので、この峠を跨ぐ道があった可能性は高い。

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越前町(旧宮崎村)八田に降りて行く道

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蛇ヶ池に至る道

蛇ヶ池に至る道が峠の左斜面に出来ている。斜面には階段が付けられており、中部北陸自然歩道としていくらか整備されているようだ。

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大師道の道しるべ

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大師道の様子

その斜面を登りきったところに、上記のような石の道しるべがあった。大師道と書いてあったが、何のことか解らずその矢印の方向に進む。

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小さなピーク

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蛇ヶ池のあるピーク

道は尾根筋に続いており、途中の杉林の中の急登ではつづら折りに道が付けられていた。そこを登りきると広いピークに出た。そこから次のピークがすぐそこに見えていたが、その時点で4時半を廻っていたので、下山することにした。帰って調べたら、見えていたピークの頂上あたりに蛇ヶ池があったようだ。そして、その先に弘法大師堂があるそうなので、大師道とはその弘法大師堂に至る道だということのようだ。大師堂から尾根続きのところに蛇ヶ岳があり、そこが大師堂の奥の院のようになっているそうだ。そんなことなら、鬼ヶ岳からもっと早く降りてくるんだった。この道は中部北陸自然歩道の「鬼ヶ岳を望む道」に指定されており、旧宮崎村のほうからも登れるそうなので、今度気が向いたら逆のほうから登ってみよう。

 

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