日時

目的地

所在地

2013年3月29日

清水谷峠(381m)

(注:標高は旧版地図による)

越前市西河内町/

今立郡池田町清水谷

 行動日程

旧道・旧々道分岐(駐車した所)13:20〜13:25第2の橋13:25〜13:35旧々道に出る13:35〜13:40落ちた橋の跡13:40〜13:43旧清水谷隧道(池田口)14:00〜14:12清水谷峠14:18〜14:28旧清水谷隧道(越前市側口)14:30〜14:40旧々道・旧道分岐14:40〜14:45旧清水谷トンネル(越前市側口)14:47〜15:00旧々道・新道分岐15:10〜15:25石堂の水15:35〜15:50新清水谷トンネル(越前市側口)15:50〜16:10清水谷トンネル(池田口)16:10〜16:20旧道・旧々道分岐(駐車した所)

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

文献   :

 これまでの山行記録

 

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。この地図ではアバウトなルートしか解りませんので、詳しいルート地図は上記の「電子国土によるルートマップ」をご覧ください。最初は山岳表記に適した地形図が表示されますので、登山口へのアクセスを知りたい場合などは地図表示画面の上部にある地図ボタンをクリックして戴ければ標準地図に切り換わります。また、ラベル(吹き出し)のないマーカー(アイコン)については、その上にマウスポインターを持って行くと、その地点情報が表示されます。なお、地図上の赤線が今回歩いたルートです。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫ 

清水谷峠―四代に渡る山越え道を歩く

この峠をネット検索すると、行って来たという報告が何件かあり、素掘り(手掘り)の隧道があると言うことなので、前々から興味を持っていた。報告を見ると、どれも素掘り隧道や峠を見つけるのが大変だったと書かれてあったので、ちょっと身構えて行ったが余りにもあっさり見つかってしまったので、拍子抜けした。しかし、簡単に見つかったのはこの時期を選んだからだろう、夏場に行けば薮がひどくかなり大変だったかもしれない。やはり、峠行きは春先に限る。ここには素掘りの隧道のほかに、二つのトンネルがあり(但し、ひとつは廃道)、それまで長らく使われていた山越えの峠道を含めて、四代に渡る山越え道を見られる貴重な場所なのだ。それで、簡単にこの峠の歴史を下記に書いておくことにします。なお、ここでは清水谷峠を越えていた道を旧々々道、手掘りの隧道を旧清水谷隧道と呼びそこに至る道を旧々道、旧トンネルを旧清水谷トンネル、その時使われていた道を旧道、そして平成になって出来たトンネルを新清水谷トンネル、新道と呼ぶことにします。

≪清水谷峠の歴史≫清水谷峠は古来、池田と府中(現越前市)、鯖江を結ぶ重要な峠の一つで、よく霞が掛かるので霞越とも呼ばれたそうだ。素掘りの隧道が完成したのは明治43年(長さ:約250m)。それまでは長らく清水谷峠を越える山越え道が使われていた。その後、昭和5年に二代目の清水谷隧道が開通したが、この隧道も手狭になり、戦後、物資流通量の増大に対応するため、昭和26年(1951)清水谷トンネルの改修工事が始まり、昭和32年(1957)峠の下に総延長493mの清水谷トンネルが完成しました。しかし、この道も幅員が狭く、急カーブ・急勾配が連続するため、現代の交通事情に合わなくなったため、新しいトンネルの建設計画が浮上し、平成18年(2006年)11月に現在の新清水谷トンネル(長さ:1434m)が開通しました。なお、新トンネルの開通とともに旧清水谷トンネルは廃道となっています。(参考:福井県のウェブページ

 

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旧清水谷トンネル(池田口)

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同左

池田町側から旧清水谷隧道(手掘りの隧道)にアプローチすべく、旧清水谷トンネルの池田口にやって来た。トンネルは今は使われていないので、ここまで来る道には落ち葉が堆積し、廃墟感が漂っていた。しかし、そんな中で隧道手前のロックシェードの鉄骨の赤が栄え、良いコントラストを示しており、ちょっとしたモニュメントになっている。入口はコンクリートで完全に固められ、中に入ることはできない。この少し手前から旧清水谷隧道に至る旧々道が分岐しているはずなので、峠に至る取り付き場所を捜すことにした。

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峠道(旧々道)跡か??

池田側の新道と旧道分岐あたりから旧清水谷トンネルに向かった時、右側の山裾を見ると、一段高くなったところに道跡らしきものがあった。それが旧清水谷隧道に至る旧々道だったのではないかと思うが、道は途切れ途切れになっており、歩けそうにないので、他の道を探ることにした。

 

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旧道と峠道(旧々道)分岐

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峠道(旧々道)の様子

すると、白い建物の前から峠のほうに入って行く農道のような道があったので、旧道脇に車を停めさせてもらって、その道に入って行くことにした。

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一番目の橋

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峠道と思われる平坦地

分岐からすぐのところに小さな橋があり、その奥の山裾に先ほどの道跡の続きがあったので、ここから峠道に取り付こうとしたが、ここでも少し行くと道が途切れていて、先に進めないので、農道に戻って、その道を奥まで進んでみることにした。

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峠道(農道)の様子

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二番目の橋

するとしばらくで二番目の橋が現れた。この先道がないようなので、この橋を渡り、峠道があったと思われるほうに進んでみる。

 

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峠道の跡か?

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行き止まり

橋を渡り、進んで行くと、はっきりした道の跡が現れた。この道も形状からしてかなり古く、峠道として使われていたのかもしれないが、この辺りは昔は水田だったらしいので、近年は農道として使われてたようだ。その道を進んで行くと、細い沢にぶつかり、道は行き止まりになっていた。その辺りには平坦地があったから、昔は田んぼだったのかもしれない。やはり、先ほど山裾に続いていた道が峠道らしいので、その道が続いていると思われるほうに進んで行くと、山の斜面の上のほうに、道のような平坦地が見えたので、そこまで登ってみることにした。

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一段高いところに平坦地が

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峠道の様子

急斜面を枝や草を頼りによじ登ってみると、道跡が現れた。道は途切れ途切れになっているし、山の斜面に杉が植えられてしまっているので、はっきりは解らなかったが、やはり先ほどの道がここまで続いていたようだ。

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峠道の様子

旧々道は長く使われていないようで、道の真ん中にブッシュが生えたところや倒木があり、殆ど薮化していたが、この時期なので、それほど気にならなかった。道幅は広く、昔は2m以上の幅員が確保されていたようである。

 

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峠道の様子(橋が落ちてる)

途中道が切れ落ちたところがあったが、石垣を積んだ跡があり、昔はここに橋が架かっていたのだろうと思う。

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橋の石組みの様子

そこには枯れ沢があり、今は水が流れていないが、その時期になれば水が付くのだろう。

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旧清水谷隧道(池田口)

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同左

旧々道は山の斜面をトラバースして進んでいる。小さなカーブを曲がると、突然、獣臭のような変な匂いがしてきた。スワ!熊かと驚いて、周囲を見廻したら、山の斜面にぽっかり空いた穴が見えた。それが旧清水谷隧道の坑口だった。匂いの原因は、隧道から流れてくる湿った空気だったのだ。意外にあっさり着いてしまったので拍子抜けしてしまった。

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旧清水谷隧道(池田口)

中を覗き込むと、土砂が堆積して、人間が腰をかがめないと通れないくらいに狭くなっていたが、昔はもっと広く、荷車くらいは通れたのだろうと思う。この穴倉を通りぬけたという報告を見たが、特に私にはそんな冒険心はないので、穴には入らなかった。

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隧道から峠道取り付き

隧道から先に続く道跡(旧々々道)がないか探したが見当たらかなったので、隧道口の左のほうから斜面に取り付き、峠があるだろう方向に進んで見ることにした。

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峠道(旧々々道)の様子

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同左

隧道の辺りでは道跡が消えていたが、少し登った辺りから、はっきりした道の跡が現れた。

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つづら折れに登って行く峠道

道は先ほどの隧道口の上の尾根筋をつづら折れに進んでいた。7、8mほど行っては折り返す、ジグザグ道となっているため、勾配が少なく、昔はかなり歩きやすかったと思われる。これなら、荷車でも登れただろうし、重い荷物を背負って歩いても、負担が少なかっただろう。これだけこまめなジグザグ道は、女の人が重い赤かぶらを背負って福井市上味見地区から大野の朝市まで運んだ峠道だったという、的坂以来だ。

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峠道の様子

旧清水谷隧道が出来たのが明治43年、それ以来この道は使われていないことになるが、それにしては道跡がきれいに残っている。やはりこのあたりでも2mくらいの幅員は確保されていたようだ。

 

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峠が見える

こまめなつづら折れの道が終わると、左側の斜面を進むようになった。この辺で峠が見えてきた。その道もまたつづら折れの道となり、何度か折り返すと峠についた。

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峠道の様子

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峠直下の様子

この峠も優美なU字型をしている。掘りも深く、かなり通行量があったことが解る。

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清水谷峠(池田側から見る)

下ではそれほど風が吹いていなかったが、ここに来ると越前市側からかなり強い風が吹いているのが解った。この場所は気象的に厳しい場所にあるようで、良く霞が掛かったから霞越と呼ばれていたのも解る気がする。先ほど、旧清水谷隧道から湿った空気が吹き出していたのも、この風が原因のようだ。

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清水谷峠(越前市側から見る)

この峠も県内の旧い峠で見られる典型的なU(V)字の形をしている。掘れた切通しはかなり深く、山の稜線を深くえぐっている。峠の脇が小高くなっており、そこに5m四方くらいの平坦地があった。旧い峠には中継地として荷降ろしをするスペースが付属しているものもまれに見られるが、この平坦地がそうなのかどうかはよく解らない。平坦地といってもかなり地面がボコボコしていた。

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越前市側の斜面

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途中から峠を見上げる

越前市側を覗き込んだが、急な崖で道跡らしきものは見当たらない。仕方なしに旧隧道の越前市側口があると思われるほうに歩いてみることにした。歩くと言うより、崖を滑り降りたと言ったほうがいいかもしれない。途中に道跡のような切れ込みが山の斜面をトラバースして進んでいたので、少しそこを歩いてみたが途中から道跡がはっきりしなくなったし、隧道のほうではなく、右の尾根のほうに進んでいるようなので、その道を歩くのを止め、急斜面を隧道口のほうに向かって降りて行くことにした。しかし、後から考えれば峠道(旧々々道)が隧道の坑口のほうに進んでいる必要はなく、その道が旧い峠道だった可能性も捨てきれない。

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斜面にあったトラバース道

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下に林道が見えてくる

越前市側に降りる斜面は急で歩きづらかったが、10分ちょっとで下の林道に降りてきてしまった。林道のそばにしっかり旧清水谷隧道の越前市側口が見つかった。

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旧清水谷隧道(越前市側口)

こちらのほうは余り埋もれておらず、坑口が大きく口を開けていた。硬い岩盤をくりぬいた様子がはっきり解った。明治の人はこれを手で掘ったというのだから、えらいものだ。

 

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旧清水谷隧道(越前市側口)

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旧清水谷隧道(越前市側口)

越前市側坑口の壁面からは水が滴り落ちており、水溜りが出来ていた。

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旧道に降りて行く林道

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旧々道(峠道)と旧道分岐

隧道口の前の道は林道のようだったが、旧い地図(昭和23年発行)をみると、同じようなところに道が描かれてあったから、清水谷隧道時代からこの道を使っていたのかもしれない。なお、その地図を見ると面白いことに昭和5年に完成したという二代目の清水谷隧道(旧清水谷トンネル)は描かれておらず、旧隧道だけが記載されている。戦中・戦後の混乱で、地図の改訂が遅れていたのだろうと思う。旧々道を10分ほど降りて行くと、旧道に合流した。

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旧清水谷トンネル

そこから左を見ると旧清水谷トンネルの越前市側口が見えた。この道も今は廃道となっており、荒れが目立った。

 

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旧清水谷トンネル(越前市側口)

こちら側の坑口もコンクリートでしっかり固められていた。

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清水谷隧道と書かれた扁額

坑口上に掛かっていた扁額を見ると清水谷隧道となっている。この写真では解らないが、左端の揮毫には「福井県知事 羽根盛一(任期:昭和30年〜34年)」と書かれてあるそうだから、昭和32年にトンネルの改修工事が終わった時のものだと言うことになる。福井県・石川県境にある旧大内トンネル(昭和36年3月完成)も扁額には「大内隧道」と書かれてあったから、まだこの当時はトンネルではなく隧道という表現が使われていたようだ。

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旧道と旧々道の連絡路か?

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旧々道

旧道をそのまま歩き、新道まで出ようと思ったら、坑口から100mほど行った左側の道路脇に道跡のようなものが下に降りていたので、その道を歩いてみることにした。谷底まで降りると、しっかりした道が現れた。

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旧々道

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旧々道が出てきたところ

途中から林道のように整備された道となり、しばらく降りて行くと新道にぶつかった。ぶつかった地点は新清水谷トンネル越前市側口から150mほど越前市側に寄ったところだ。

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新清水谷トンネル(越前市側口)

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石堂の水の看板

反対側には旧道分岐があり、「銘水石堂の水」と書かれた看板があった。そういえば旧道沿いに湧水が出ているところがあったのを思い出した。それがこの看板に書かれている銘水なのだろう。そこに行ったのは随分昔なので、もう一度行ってみることにした。この湧水は旧道が現役だった時はいつ行っても人が水を汲んでいたが、今は通る車がなく、閑散としていた。それでも歩いている最中に、車が一台だけ降りてきたから、水を汲みに来た人だろう。

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旧道沿いに銘水が

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石堂の水の祠

15分ほどで湧水のところに着いた。湧水の前は路肩が広くなっており、何台か駐車できるスペースがあったが、今はもう無用だろう。また、湧水のところには前来た時にはなかった祠が出来ていた。

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石堂の水

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「ふくいのおいしい水」の標識

水がホースから勢いよく出ており、水量は多い。「福井のおいしい水」にも選ばれたようで、成分表付きの看板があった。

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旧道から望む清水谷峠

石堂の水からの帰り道、清水谷峠がよく見えた。上記写真中央の稜線が少し窪んだ部分が峠があるところだ。

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ニホンカモシカ

また、旧道を降りる途中にニホンカモシカが道を横切り、山の斜面を駆け上がって行くのが見えた。ニホンカモシカは安全な崖の上に這い上がると、立ち止まって私のほうをじっと見ていた。逃げる様子はない。これまで何度もニホンカモシカにはお目に掛かったが、良い写真が撮れたことがなかったので、これがチャンスだと何枚も写真を撮ったが、曇り空だったのとちょっと距離があったので、今回も良い写真が撮れなかった。

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新清水谷トンネル(越前市側口)

当初は清水谷峠に登り返して、同じ道を通って車を置いた場所に戻るつもりだったが、ここまで来てしまうと登り返すのが億劫になってきた。それで、新トンネルを歩いて帰ることにした。新トンネルの長さは1,434m。トンネルだからさぞ便利だろうと思ったが、通り抜けるのに意外に時間が掛かり、20分ほど。一番上の清水谷峠を越えれば今の道の状態だったら、1時間半くらい掛かるかもしれないが、旧い峠道がしっかりしていれば1時間くらいで越えられたのではなかろうか。だから、このトンネルが出来たことで短縮できたのはたった40分ということになる。トンネルを掘っても短縮できる時間は意外に短く、トンネルなどいらないような気もするが、しかしそれは歩く場合の話であって、この峠越えの道は昔も今も物流の大動脈なのである。トンネルを掘って便利にしたいと言うのが、人間の欲求というものだろう。旧道は林道のような険しい道を上がって行き、狭い旧トンネルを抜けなければならなかったので、交通量は少なかったが、今回トンネル内を歩いているとかなりの車が轟音を立てて通り抜けて行ったから、新トンネルで確実にこの道を使う人は増えているようである。

 

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