日時

目的地

所在地

2013年10月10日

杉峠(約500m)

池田町金見谷/谷口

 行動日程

金見谷集落(林道金見谷起点)〜【車約15分】〜お地蔵さんがいる峠〜【車3分】〜元の杉峠〜【車15分】〜善徳寺(水戸浪士の生墓)

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

文献   :

 これまでの山行記録

 

地理院地図によるルートマップ

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。最初は山岳表記に適した地形図が表示されますので、登山口へのアクセスを知りたい場合などは地図表示画面の上部にある地図ボタンをクリックして戴ければ標準地図に切り換わります。また、ラベル(吹き出し)のないマーカー(アイコン)にマウスポインターを合わせると、その地点情報が表示されます。この地図ではアバウトなルートしか解りませんので、詳しいルートは上記の「電子国土によるルートマップ」をご覧ください。なお、地図上の赤線は旧峠道の推定ルート、青線はこの地図に掲載されていない林道金見谷線です。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫ 

池田町にある杉峠(池田町金見谷と同町谷口を結ぶ峠)を調べていたら、ネット上に何件か峠行きの報告があり、お地蔵さんが祀られた峠の写真が載っていた。しかし、地形図を見たら、この場所は地図に記されている峠の位置と少しずれている。それで、この場所とは別のところに旧い峠が残っているのではないかと思い、行ってみることにした。なお、笹又峠、宝慶寺峠を越えた水戸天狗党はこの峠を越えていることが解り、なおさら行ってみる気になった。

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林道金見谷線起点

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林道金見谷線と旧道分岐(地図のA地点)

峠行きの報告を見るとこの峠には車で行けそうだ。福井市街から国道158号線に入り、大野に向かう。この道はバイパス工事が行われており、いくらかルートに変更があったようだ。しばらく走ってなかったので、池田町に曲がるところで行き過ぎてしまって、戻ってくる羽目に。福井市から池田町に入ったすぐのところで、左折。この道は狭いがまっすぐ進めば、宝慶寺峠を越えて大野に至る。分岐から2,3km走ったところで、今度は右折。赤い橋を渡り進んで行く。すると、10分もせずに金見谷集落の上記左側写真地点に着く。この写真ではよく解らないが、真ん中の杭には林道金見谷線起点と書かれてある。その杭は左側にあったのでそちらのほうに進んでしまった。今日は道をよく間違える。林道金見谷線は右のほうだった。この林道は全線舗装されており、走りやすい。途中金見谷線が大きくU字にカーブしているところがあった。そこからまっすぐ上がって行ったところにも別の林道(作業道)が分岐している(電子国土地図のA地点)。旧い地図を見ると、この方向にまっすぐ峠道が上がって行っているから、旧い峠道もこの作業道と同じところを上って行ったと思われる。但し、今あるのは後年に造られた植林用の作業道で、昔の峠道そのものではないと思われる。この作業道を歩いてみれば元の峠道があったが場所がはっきりするのではないかと思われたがこの日は時間がなく、その探索を諦め、そのまま林道金見谷線を上がって行った。そうしたら、金見谷線起点から15分ほどで、お地蔵さんのいる峠に着いた。 

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お地蔵さんのいる峠(金見谷側から見る)

このお地蔵さんのいる場所は林道を上りつめたところにあり、また右のほうに別の林道が分岐し、三叉路となっており、峠と言ってふさわしい場所にあるのは間違いないが、地図に載っている峠の場所(昭和23年発行の地形図で確認)とは明らかに違っている。

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お地蔵さんのいる峠(谷口側から見る)

上記写真は峠を谷口集落側から見たもの。この峠は林道金見谷線が出来てからのものだろうと思ったが、写真の右側の谷奥から作業道が上がって来ているのを発見した(下記左側写真参照)。この作業道らしきものは昭和49年から53年に写された航空写真に写っており、もうその頃には峠のようになっていたと思われる。なお、その航空写真には今あるような林道金見谷線は写っていない。また、峠を少し谷口集落側に降りたところから旧い作業道が降りていたから、今の金見谷線が出来る前はそちらが峠道の役割を担っていたものと思われる。なお、左側に上がって行く林道は植林作業用の作業道であり、後で少し走ってみたところ、迷路のように作業道が走っており、迷ってしまった。その作業道のどれかを奥まで走って行けば大洞と言う三角点(標高:649.4m)の近くまで行けるので、行ってみようと思ったがその作業道と思われる道は途中からひどく荒れていたので引き返した。それで、今度は国土地理院の地形図に載っていない作業道を進んで行くと、大洞三角点から続いている尾根筋まで行けたので、そこから尾根筋を進んで行けば、それほど苦もなく三角点に到達できそうだった。

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峠に向かって上がってくる作業道

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峠のお地蔵さん

峠のお地蔵さんには特に年号などは入っていなかった。祠は新しく造られたようだが、中のお地蔵さんは素朴な造りで、かなり年代が経ったものだと思われる。

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金見谷線から分岐する林道

旧い峠を捜すべく、林道金見谷線を逆のほう(谷口集落のほう)に行ってみる。林道左側の稜線上に旧い峠があったと思われるがそれらしい場所が見当たらない。2、300m進んだところに、違う林道(作業道)が分岐しており、覗き込むと稜線が削られ、峠のようになっていた。

 

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元の杉峠があったと思われる切通し

しかし、この切通しは明らかにここに林道(作業道)を着けるために近年になって掘られたものであり、旧い峠の跡でないのは明らかだ。それで、林道のり面にあった取り付き(下記左側写真)から稜線に上がり、峠があったと思われる場所を探索したが、それらしいところは見当たらない。この切通し工事で昔の峠の跡は削られてしまった可能性が高い。旧い地形図から行けばこの辺りに旧い峠があったことは間違いないので、この切通しを元の杉峠とし、写真に収めた。

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取り付きから尾根へ

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金見谷側の斜面

峠があった尾根から金見谷側の谷を覗いてみたが、旧い峠道と思われるものは見当たらなかった。

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谷口側の斜面

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林道から池田町中心部を見下ろす

切通しの辺りから谷口集落のほうに降りていたと思われる谷筋も覗いてみたが、確実にこれが旧い峠道だと思われる痕跡は解らなかった。切通しから金見谷線を谷口のほうに少し降りたところからは池田町中心部がよく見渡せた。

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旧峠道と思われる分岐

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旧峠道の様子

もっと峠付近を探索したかったが、この日は時間がなく、水戸天狗党の墓も見たかったので、林道金見谷線を谷口集落のほうに降りることにした。谷口集落側の林道は更に道がよく、池田町中心部の眺めが良かった。こちら側の林道は最初山肌をトラバースして南に進んでいたが、途中から大きくUターンすると川沿いを北西方面に進むようになった。そのUターンした場所と谷口集落のほぼ中間点辺りに小さい橋があり、その袂から別の林道が分岐していた(電子国土地図のB地点)。旧い峠道はここに降りて来ていたと思われる。また、お地蔵さんのいる峠から降りて来た林道も別の谷を通って、ここに降りて来ているようだ。

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善徳寺

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入口にあった説明板(拡大

谷口集落に降りて行ったら、水戸天狗党の生墓があると言うお寺はすぐ見つかった。ちゃんと池田町教育委員会が建てた案内板があった。そのお寺は善徳寺と言うお寺だ。大抵のお寺は寺号に何宗と記載されているのだが、このお寺には何も記載されていなかったので、後で調べてみたら、越前に本山のある三門徒衆の一派である誠照寺派(本山は鯖江にある誠照寺)のお寺だった。

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境内にあった説明板(拡大

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水戸浪士の生墓に登って行く道

境内や本堂をうろついてみたが、どなたもいらっしゃらないようなので、案内板に従い、本堂の横から裏山に入って行く。その道は少々草っぽかったが、すぐにお墓のところに着いた。

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水戸浪士の生墓

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水戸浪士の生墓

そこには狭いが広場があり、崩れかけてはいるが少し新しそうな墓石が一対、そして少し離れて五輪塔が一対、置かれてあったが、そのどちらが水戸浪士の生き墓なのか、またはその両方ともがその墓なのかはよく解らなかった。説明板を見ると、水戸浪士一行は池田の東俣からこの谷口辺りで分宿したそうだが、その時この善徳寺にも何十人か止宿したそうである。その中の浪士二人がお寺の住職に自分たちの髻を切って預け、この髻を遺骨の代わりに墓を建ててほしいと依頼。住職はその依頼通り、裏山に二人の墓を建てたそうである。この後まもなく、浪士たちは敦賀で処刑され、この二人も処刑されている。なお、お墓にお参りしたこの日(10月10日)は奇遇にも、浪士たちが眠る敦賀の松原神社で追悼の例大祭が行われる日だそうだ。

なお、今回は時間がなく、水戸浪士が越えたと思われる旧い杉峠を切通しがある場所としたが、実際どこにあったかについてはもう一度調査が必要なようだ。

  

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