日時

目的地

所在地

2015年5月10日

  〃 6月18日

みつまた山(約1060m)

三ツ尾(1062.9m)

横谷山(1098m)

岩屋越(約1050m)

福井県坂井市丸岡町上竹田/

石川県加賀市山中温泉真砂町

福井県勝山市北郷町岩屋

石川県加賀市山中温泉真砂町

 行動日程

【5月10日の行程】林道行止まり地点11:00〜11:50登山口(登山道発見に1時間を要す)12:50〜13:25三ツ尾(三角点)13:50〜14:15みつまた山14:20〜14:45三ツ尾14:50〜15:20登山口15:20〜16:00林道行止まり地点

【6月18日の行程】登山口10:30〜11:00三ツ尾(三角点)11:00〜11:30みつまた山11:30〜12:00横谷山12:20〜(岩屋越探索)〜15:00横谷山15:10〜15:40みつまた山15:40〜15:55三ツ尾15:55〜16:30登山口

 参考資料

Web情報:国土地理院/基準点成果等閲覧サービス(三角点情報)

文献  :

 これまでの山行記録

 

地理院地図によるルートマップ(5月10日)地理院地図によるルートマップ(6月18日)

Webサービス by Yahoo! JAPAN

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にとどめてください。最初は山岳表記に適した地形図が表示されますので、登山口へのアクセスを知りたい場合などは地図表示画面の上部にある地図ボタンをクリックして戴ければ標準地図に切り換わります。また、ラベル(吹き出し)のないマーカー(アイコン)にマウスポインターを合わせると、その地点情報が表示されます。この地図ではアバウトなルートしか解りませんので、詳しいルートは上記の「地理院地図によるルートマップ」をご覧ください。なお、地図上の赤線が今回歩いた登山道ルート、青線は車両通行不能につき、林道を歩いたルートです。

≪注:赤枠で囲った写真にマウスポインターを当てると、ルート表示や説明が現れます。≫

【2015年5月10日の山行記録】

少し時間が空いたので山に出掛ける。行き先は時間がないので、簡単に登れそうな、みつまた山にした。この山には福井県側の岩屋集落から登山道があるのだが、距離が長くかなり時間が掛かったが、新しく石川県側から簡単に登れるルートができたと言うので、そちらから登ってみることにした。

残雪により車はここまで

路肩に駐車

丸岡から竹田に至り、県境トンネルを抜け、石川県側へ。富士写ヶ岳登山口の赤いつり橋を横目に、奥に入っていく。登山口前には大量の車が止まっていた。50台近くはあっただろう。日曜日で、陽気も良いとあって大盛況だ。新しく出来た菅倉山登山道入口前の駐車場にも30台近い車があった。真砂集落跡から河内南谷林道に入る。しばらく走ると林道脇に残雪が現れ出した。いやな予感がしたが更に奥に進んで行くとともに、残雪が増え、林道の半分くらいまで、雪が覆う状況になってきた。それでも何とか雪の横をすり抜け、進んで行くと、雪が完全に道を塞ぎ、それ以上進めなくなった。そこには車が3台ほど駐車してあった。登山口まではまだまだ先だ。今日は三角点三ツ尾からみつまた山を経て、横谷山まで進み、そこから薮漕ぎして、岩屋と真砂を結んでいた峠である、岩屋越(真砂坂)まで行くつもりだったが、これではみつまた山まで行けるかどうか不安になってきた。後で調べたところ、ここは標高700m、登山口のある県境まで、2.7kmほど手前の地点だった。

林道の様子

落石がひどい

この時期、この程度の標高なら殆ど雪は消えているだろうと思ったが、この林道は基本的に北斜面にあり、残雪が多い。完全に雪が消えているところもあったが、雪が道を覆っているところが多い。また、最近再整備され、舗装されたばかりだが、落石が多く早くも傷みがひどい。

雪渓が現れる

ずっと雪道となる

林道上には雪も多くなり、道が出ているところがほとんどなくなってきた。雪渓が道路を塞ぎ、何処だか道だか解らないような所も出てきた。雪は固く締まり、滑りやすかった。雪山の用意はしてこなかったので、登山靴で慎重に歩を進める。

P5100019.jpg

河内南谷林道県境付近

 

1時間ほど掛かって、ようやく県境にやって来た。ここがこの林道の最高地点だ。赤丸を付けたところに、「河内南谷林道・完成記念碑」がある。登山道は県境の少し手前の斜面を登っていくと聞いていたので、それらしい場所を物色してみたが、積雪が多く、登山口が見当たらない。しかし、登山道があると思わる尾根筋が見えていたので、上記写真の左斜面をよじ登ってみた。すぐに尾根に出たが、笹薮がひどく、前に進めない。


この雪渓から登山道に取り付く

登山口はもっと手前のようなので、林道を戻り、林道が大きくカーブしたところから尾根に取り付いてみた。最初、上記写真の左側を登り、尾根に到達したがそこに登山道はなく、訳が解らなくなってきた。この日は地形図を持ってこなかったので、後で調べたところ、別の枝尾根に取り付いてしまったようだ。

登山道発見

ステップが切られた登山道

仕方なく、雪渓に取り付いた地点に戻ってきて、よくよく周囲を見回してみたら、山の斜面にステップが切られているのが見えた。それが登山道に違いないと、そこまで行ってみると、紛れもなく、登山道が現れた。

尾根筋に登山道

反対側の尾根は薮

結局この登山道を見つけるのに1時間を要してしまった。林道歩きで1時間、登山道探しで1時間。計2時間のロスで、時計は1時近くになっていた。尾根にはすぐに到達した。そこには立派な登山道があり、ほっと胸をなでおろす。これなら、みつまた山までは行ってこれそうだ。

丈競山が見える

取り付いた尾根からは高平山、浄法寺山、丈競の山々が見渡せた。登山道は急坂だが、新緑のブナ林が気持ち良い。

三角点三ツ尾

登山道の様子

ブナ林が終わると、小さなピークに跳び出し、見晴らしがよくなった。正面にはこれから行く三角点三ツ尾の頂上が見渡せた。

三角点三ツ尾からみつまた山の稜線

しばらく行くと、山肌に雪の残る、みつまた山も見えてきた。三ツ尾とみつまた山は標高差が殆どなく、これから歩くなだらかな稜線も見えてきた。

高平山

気持ちの良い尾根筋の登山道からは高平山がよく見えた。沢筋に残る雪渓と新緑とのコントラストが綺麗。この写真ではその美しさは表せない。中央の高平山のすぐ右奥が浄法寺。その右のピークが丈競だ。

一昨年到達した地点

ロープが設置された急登

登山道を歩いていると、見慣れた地点にやって来た。一昨年10月に三角点三ツ尾に登れないかと、一段下の作業道を伝って尾根まで到達した地点だ。この尾根まで到達したものの、その時はひどい笹薮で進むのを断念していた。その後、昨年11月に加賀市大聖寺にある「深田久弥山の文化館」の関係者の方々がこの笹薮尾根を切り拓いてくれたそうだ。この尾根は大聖寺藩政時代には国境警備の巡視路「郡奉行奥山廻り」として使われた道だ。深田久弥もこの道を歩いたと聞いていたが、「深田久弥山の文化館」のHPによれば、久弥が歩いたのは途中までで、この道を歩いたと言う記録は残っていないそうだ。しかし、将来この道を歩こうとしたのは確かなようだ。山頂手前の急登にはロープが備えられていた。

三角点三ツ尾山頂

急登をこなすと山頂に跳び出した。周りの薮がきれいに刈られており、気持ちの良い山頂だ。特に白山方面の薮が広く刈られており、展望が良い。

大日山(三角点三ツ尾から)

白山前衛の大日山はすぐそこだ。その奥にはまだ残雪が多く残る白山の裾野が見えたが、この日は雲が多く山頂は望めなかった。

経ヶ岳と荒島岳(三角点三ツ尾から)

白山方面以外は木々が繁茂し、見えづらかったが、遠く経ヶ岳と荒島岳が望めた。

三ツ尾山の標識

掘れた登山道

登山口から三ツ尾の三角点までは3、40分で着いたが、登山口を見つけるのに山の中をさまよったため、山頂に着いたときはかなり足に来ていた。三ツ尾山と書かれた標識には、みつまた山まで30分と書いてあったがしばらく歩く気になれない。30分以上休んでようやく行く気になった。三ツ尾からみつまた山に至る登山道はこれまでの登山道と違って、良く踏まれた道だった。上記写真の様に掘れた登山道が続いていた。この道は福井県側の岩屋と石川県側の真砂を結ぶ峠道として使われたことがあり、その名残だと思われる。

なお、標識には三ツ尾山と書かれてあったが、三ツ尾”山”との表現は始めてだ。昔からこの一帯を”三ツ尾”と呼んでいたそうで、明治時代の三角測量のときに三角点を置いたこのピークを三ツ尾としたのだと思うが、三角点の点名は便宜的につけたものが多く、それを信用することは出来ない。あくまでも三つの尾根が交わる、ここから南に5、600m行ったピーク(現在広くみつまた山と言われているピーク)を三ツ尾だとするのが正解だと思われる。また、みつまた山との表現がどこから来たのか知らないが、”みつまた山=三ツ尾”だとすればこの三角点のあるピークではなく、やはりここから南に5、600m行ったピークだとするのが正しいと思われる。しかし、詳しく調べたわけではなく、個人的なひとつの説として聞き流してもらいたい。

切り株の真新しい登山道

 

登山道は昨年開通したばかりで、切り株が真新しい。


みつまた山山頂

横谷山の標識

三ツ尾からみつまた山までは疲れた足でも25分で着いた。

P5100063.jpg

横谷山から岩屋越(真砂坂)に続く尾根を望む

みつまた山頂からは今日行きたかった岩屋越があっただろう尾根筋が見えた。上記写真の左側のピークが横谷山でそこから右に行った尾根筋にその峠があったはずだ。しかし、今日は夕方から用事があったのでここまでとした。

【2015年6月18日の山行記録】

前回(5月10日)行けなかった岩屋越(真砂坂)に再挑戦することにした。岩屋越は福井県勝山市岩屋と石川県加賀市真砂(まなご)を結んでいた峠。両集落とも山深いところにあり、今は廃村となっている。真砂は今でこそ、山中温泉側からダム湖岸道路を使って行けるが、昔は道がなかったようで、山ひとつ越えた岩屋との交流が深く、この峠を越えて、物資や人が移動した。この峠にはひと昔前には登山道があり、比較的簡単にいけたが、今は廃道となっており、近くの横谷山から薮漕ぎしなければ到達できない。前回この峠に挑戦したときは林道が雪で登山口まで入れなかった上に、登山口に大きな雪渓が残っていて、見つけるのに時間が掛かったため、途中のみつまた山までしか行けなかった。今回はそのリベンジだ。

河内南谷林道県境地点

駐車スペースあり

前回同様、真砂集落から河内南谷林道に入り、どんどん登っていく。途中何箇所か落石があったが、難なく通過。福井・石川の県境地点まで入り込むことが出来た。ここには駐車スペースがあり、何台か停められる。

登山口

 

目的地の横谷山へは三角点三ツ尾とみつまた山を経由して行くことになる。登山口は県境から林道を100mほど戻ったところの斜面にあった。前回は雪で登山口が解らなかったが、しっかり標識があり、赤いリボンが無数にぶら下がっているのですぐに解った。


三角点三ツ尾

みつまた山

三角点三ツ尾には30分ほどで着いた。今回は横谷山までなるべく早く着きたかったので、殆ど写真も撮らなかった。前回到達したみつまた山へは1時間ほど。ここまでの行程は前回の山行記録に載せてあるので省略します。

横谷山・岩屋越を眺める(みつまた山より)

みつまた山からはこれから行く横谷山や岩屋越がある尾根がよく見えた。

登山道の様子

横谷山(登山道途中から)

みつまた山から横谷山に至る登山道は密な潅木の中を通るので、少し鬱陶しいが、道は良く踏まれており、笹の切り株が残っていたここまでの登山道より、ずっと歩きやすい。途中道が二股になったところがあったが、すぐに登山道は合流するので、どちらを通っても良い。

横谷山山頂

横谷山の先の切り開き

横谷山山頂には1時間半ほどで着いた。ここまで、多少のアップダウンはあるが、ほとんどストレスなく登ってこれたので、時間も体力もたっぷり残っている。夕方から雨の予報が出ていたが、ここを3時過ぎに出れば5時前には登山口まで降りられるだろうから、3時を目安に岩屋越を探索することにした。ちょうど12時だったので、食事をしていたら、先ほど登山口でお会いした金沢ナンバーの人が登ってこられた。この方はすでに日本百名山登頂を果たし、今は石川県内の標高1000m以上の山すべてに登頂することに挑戦されておられるそうだ。山談義もそこそこに岩屋越目指して歩を進める。数年前に一度ここに来たときにはここから先は潅木が密生し、足を踏み入れるスペースもないほどだったが、今回来て見たら、山頂から先にも切り開きが出来ていた。横谷山の山頂には大岩があり、そこから先は崖のようになっているが、その岩の両側に切り開きが出来ていた。左側の切り開きが歩きやすそうなので、そちらの道を選んだ。

亀師岩

県境尾根の様子

切り開きを進んで行くと、すぐに急な下り坂となり、大岩の下に出た。横谷山は石川県側では亀師岩と呼ばれているそうで、この大岩がその亀師岩のようだ。切り開きは大岩の下までで、そこからは薮漕ぎとなった。

県境指標

県境尾根北側を歩く

亀師岩の下からは比較的平らな尾根筋が待っていた。最初忠実に尾根筋を辿ったら、県境指標が見つかった。ここまでの登山道途中にあった指標と同じものだ。しかし、この県境尾根は進むとともに密な薮となってきたので、尾根の少し北側をトラバース気味に進んでいった。県境尾根は一本道だから、迷うことはないだろうと歩きやすいところを選んで進んでいく。

道跡が現れる

掘れた道跡

そうしたら、前に道のようなものが現れた。 そこを進んで行くと、道跡は更にはっきりしてきて、深く掘れた道となった。これが県境尾根にあった登山道跡だと思い込み、引き込まれるようにその道を進んでいった。

掘れた道の様子

更に進んで行くと、道の両側に人工的に掘られたと思われる穴があった。

道の脇にあった穴

道の脇にあった穴

お地蔵さんでもあるんじゃないかと、中を覗き込んでみたが、お地蔵さんはなかった。道の両側にあったから、お地蔵さんを祀ってあった穴ではないのかもしれない。

ここが峠か

そんな穴まであったので、この道が峠道で、先ほど尾根から降りてきた地点が峠に違いないと、もう一度峠に戻り、写真を撮った。しかし、これが岩屋越であると言う確信が持てない。それで、その峠道を少し降りてみることにした。

尾根道の様子

尾根道の様子

少し行くと、掘れた道ではなくなったが、道跡はしっかり残っているし、薮が薄いので歩きやすい。ちょっと手を加えればすぐに立派な登山道として使えそうだ。道はどんどん下っていく。県境尾根を歩いていると思っていた私はこれはおかしいと気が付いた。県境尾根であれば途中から登りになるはずだ。だいぶ下に降りてからそれに気が付いた。地図とザックは横谷山山頂に置いてきたので、どこを歩いているのか確認することは出来ない。元の地点に戻るしかない。

今回歩いたルートと岩屋越推定地点(注:みつまた山からの展望)

県境尾根を探しながら横谷山の近くまで戻ってきたが、それらしい尾根が見つからない。仕方がないので、一度横谷山に戻って、地図で確認するしかない。山頂から尾根を眺めると、今歩いてきたのは横谷山の少し先から真砂のほうに降りていく尾根道だったようだ。岩屋と真砂を結ぶ峠道は何度も付け替えられたようで、今歩いてきたのは比較的新しい峠道だったようだ。昭和40年代の地形図には横谷山の少し先から北に延びる尾根筋に破線の道が記されている。それがそうに違いない。それでもう一度岩屋越を目指すことにした。先ほどは県境尾根の北側をトラバースし、別の尾根に降りてしまったので、今度は県境尾根を見失わないように注意しながら進んだが、尾根筋は潅木が密生しており、なかなか前に進めない。特に南側斜面は雪国特有の寝た木が多く、歩きにくいことこの上ない。しかし、我慢して進んで行くと、古い登山道だと思われる踏み跡が見つかった。そこを進んで行くと、山の鞍部が現れ、そこからは登りになっていたので、この道が県境尾根に違いないと確信するに至った。岩屋越があればこの鞍部であるはずなので、その辺を散策してみたが、峠と思われる場所も、両側に降りていたと思われる峠道も、その痕跡を発見することは出来なかった。この場所に峠があった可能性が高いのだが、それが見つからなければ更に県境尾根を進んで、この尾根の最低地点の鞍部まで行くつもりだったが、時間がなくなった。ここから先の尾根筋は少し登りになっており、薮も密なので、これ以上進んで行くと、帰りが遅くなりそうなので、ここで引き返すことにした。その小さな鞍部に峠があった可能性が高かったが、真砂側に降りていく峠道は尾根筋を通っていたようなので、この鞍部の先にあった小さなピークに峠があった可能性も捨てきれないので、宿題が残ってしまった。

岩が現れる

左記写真は見づらいが正面に3、4mほどの岩が写っている。帰り道に旧登山道と思われる踏み跡を忠実に辿っていたら、この大岩にぶつかった。もう亀師岩についたのかと思ったら、違った岩だった。亀師岩より一回り小さい。登山道はその岩の横をすり抜け進んでいたが、一向に尾根に到達する気配がない。その道を進んでもどこに行くのか解らないので、その道をはずれ、県境尾根に戻ることにした。後で地図を確認したところ、古い尾根道は横谷山の頂上を通らず、県境尾根の一段下の南斜面をトラバース気味に進んでいるようになっていた。


 

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