日時

目的地

所在地

09年2月15日

越前自然歩道(安田町〜大芝山)

福井市安田町〜同)上一光町

 行動日程

福井市スポーツ公園11:55〜12:00安田町(山道入口)12:00〜12:10一番目のお地蔵さん12:10〜12:35二番目のお地蔵さん12:35〜12:37北堀町分岐12:37〜12:40西郷林道出合12:40〜(途中休憩15分)〜14:15国見岳分岐(西郷・越前西部4号線分岐)14:15〜14:30大芝山14:30〜14:40追分の池14:40〜大芝山〜国見岳分岐〜15:20あぐりパークほんごう15:50〜16:22西郷林道出合16:22〜16:25北堀町分岐16:25〜16:35西郷林道(北堀町方面)出合16:35〜北堀町分岐〜17:10安田町(山道入口)17:10〜17:15福井市スポーツ公園

 参考資料

地図:国土地理院2万5千分1地形図 福井(金沢)

  :越前自然歩道のルート地図(武周ヶ池の案内板)

地理院地図を全画面表示で開く

 

注:この地図はおおよそのルートをトレースしたもので、正確ではありませんので、参考程度にい使いください。地図上の赤線が今回歩いた越前自然歩道と推測されるルートです。

明日からまた雪になるというので、山に出かけることにした。今年は本当に雪が少なく、坂井・福井平野に近い500m級の山なら殆ど積雪がない状況だ。こういう恵まれた条件のうちに、普段は歩けない越前自然歩道のルートを歩いておこうと出かけた。先日、福井運動公園から安田町までのルートを確認したので、今回は安田町から大芝山区間を歩くことにした。運動公園から市街地や水田地帯を通ってきた越前自然歩道は安田町から本格的な山道となる。

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福井市スポーツ公園

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越前自然歩道が続く尾根

安田町内には適当な駐車場がないので、近くにある福井スポーツ公園の駐車場に停めようかと思ったが、いくつかある駐車場の入口はすべて閉まっており、使用できなかった。それで、公園内の野球場脇の道路に車を停めて歩き出すことにした。上記右側写真の安田橋を渡り、安田町に入っていく。越前自然歩道は上記右側写真に写っている左側の枝尾根上を正面に見えている稜線まで上がり、左に進むようになる。この稜線上には舗装された立派な西郷林道が走っている。昔は、福井平野のほうから、この稜線の向こう側にある本郷村(現福井市本郷地区)に行くために、この稜線を越えていった。そのため、この稜線上にはいくつもの峠が存在していた。

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安田町の山道入口

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一番目のお地蔵さん

安田町内を通り、山道入口に進む。ここまでのルートについてはこちらをご覧下さい。最初は竹薮の暗い道だったがすぐに雑木林の中の道となる。道幅は広く、両手を伸ばしても余りあるから、2.0mから2.5mはあるだろう。そのような道がずっと続いていた。昨年も同じ時期にこの道を歩いているが、その時は30cmの積雪があり、かなり歩きにくい道だと思ったが、あちこちに倒木があるものの、思ったほど歩きにくい道ではなかった。10分くらい歩くと最初のお地蔵さんが現れる。脇には地蔵菩薩と書かれた杭が立っていた。このお地蔵さんはむき出しで立っていたが、周りにコンクリート片が散らばっていたから、簡単な石龕(石の社)があったのかも知れない。お地蔵さんがある辺りは小さな広場になっており、陽光が差し込み気持ちいい場所だ。

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越前自然歩道の里(粁)程標??

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同裏面

お地蔵さんを過ぎると、道に潅木が目立ち始める。夏に来るとかなり薮がうるさそうだが、この時期は殆ど気にならない。雑木林の中の気持ちのいい道をさらに15分ほど進むと、『大芝山まで4.6km』と書いた道しるべが倒れていた。木製の杭だから、土の中に刺さっていた部分が腐って倒れたのだろう。裏には『安田まで1.0km』と書かれてあった。武周ヶ池にあった案内板の地図でも安田から大芝山(分岐)まで5.6kmとなっていたから、距離的には一致するので越前自然歩道の道しるべだと思うが、武周ヶ池にあった案内板の地図にはここの里(粁)程標は表示されていなかった。武周ヶ池の案内板の横には、唯一確実にその当時の里程標だと思われるものが残っていたが、それには越前自然歩道と書かれてあったし、もっと風化が進んでいたから、殆ど字が読めなくなっていた。ここにある道しるべは字がはっきりしており、白い塗料も全く剥げていないから、越前自然歩道が出来てから何年か経ってから出来たものかも知れない。

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つづら折の道

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斜面を削って造られた道

ここまで殆ど急な登りはなかったが、道しるべを過ぎた辺りで、少し急な坂が現れ、道はつづら折になっている。また、この辺りが一番薮がうるさかった。この辺りでは一部薮を刈ったようなところもあったから、この道を歩く人は皆無ではないようだ。ところどころには最近結んだと思われるピンクのテープもあった。また、つづら折になった坂道の斜面にはかなり深く削られたところがあったから、後世になって手が加えられたのではないかと思われる。

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二番目の地蔵尊

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北堀町からの道との分岐点

道しるべから10分くらい行くと、またお地蔵さんが現れる。ここにも地蔵菩薩と書かれた杭が立っていた。ここのお地蔵さんはちゃんと石龕に収められていた。そこから少し行くと、すぐに二股が現れる。ここを右のほうに行っても西郷林道に出られる。昨年歩いたときは今日上がってきた枝尾根のひとつ右側(北堀町側)にある枝尾根を登り、西郷林道に到達し、この道を通ってこの地点に下りてきたが、今日はこの二股を左に折れ、大芝山のほうに向かう。

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笹の茂った道

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西郷林道に飛び出す

しばらくは笹が生い茂った道を歩くことになるが、笹はこの時期は殆ど気にならない。2、3分も歩けばすぐに西郷林道に飛び出す。この辺りの標高は280mくらい。昨年同じ時期に来たときは林道上に50cmくらいの積雪があって歩くのに苦労したが、今回は全く雪がなかった。

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少し先には駐車スペースが

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西郷林道脇に残る旧道跡(林道の右側)

西郷林道は冬季通行止めとなっているため、全く車の通行はなく、静かだ。林道から今来た道に降りるところには表示がなく、この道の入口を見つけるのは容易ではないだろう。今上がってきた道の先には林道を挟んで、旧道跡と思われる入口があったので、この道は林道を跨いで、そちらのほうに続いていたものと思われる。また、その少し右側には本郷地区に降りていると思われる林道もあった。

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本郷地区のほうに降りる林道

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旧道はすぐに西郷林道に合流

旧道と思われる道は今まで上って来た道より更に幅が広く、3m近くはあった。帰りに寄ってみた『あぐりパークほんごう』のおじいさんの話によると、この道は終戦直後(昭和22、23年ごろ)に大芝山辺りを開拓するために造った道であり、『開拓道』と呼ばれていたそうだ。現在の西郷林道はほぼそのルート上に造られているが、開拓道は勾配がきつく、車が通れる道ではなかったから、勾配がきついところではルートを変更せざるを得ず、ところどころに古い道の跡が残っているようだ。少し進むと広場になったところがあり、そこを更に進んでいったが、300mも進んだところですぐに西郷林道に出てきてしまった。西郷林道が今のように整備されたのがいつなのか解からないが、この古い開拓道が越前自然歩道に指定されていたのだと思う。開拓道は大芝山辺りまで続いていたと言うことだ。

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西郷林道から望む福井平野

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羽坂町から上がってくる林道上の陸橋

旧道から西郷林道に出てきた地点から100mほど行くと、白いガードレールが見えてくる。ここは陸橋になっており、西郷林道の下をほかの林道が通っている。この林道は羽坂町と東平町(東郷地区に含まれる)を結ぶ林道で、舗装されている。

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羽坂町と東平町を結ぶ舗装林道

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羽坂町へ降りる旧峠道入口にあったお地蔵さん

言わばこの陸橋下が峠と言うことになる。しかし、羽坂町と東平町を結ぶ昔の道もあったようで、ここから西郷林道を300mほど進んだ先にはお地蔵さんがあり、その脇から羽坂町に降りる古い峠道を確認することが出来た。この峠道も最新の2万5千分の一地図に破線で示されている。

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スガノキ??池

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東平町に降りる旧道入口

お地蔵さんのところから、西郷林道を更に西進すると道路脇のすぐ右側に池が見えてくる。過去に何度か車でこの林道を走ったことがあったが、こんな池があるとは気づかなかった。やはり、車ではなく歩いてみると大きな発見があるものだ。この池は、先ほど紹介したおじいさんによると『スガノキ』と言うそうだ。ちょっと聞き取りにくかったので、後で考えると『スガノチ(池)』と言ったようにも思えるが、私の耳には『スガノキ』としか聞こえなかったので、『スガノキの池』としておく。終戦直後の食糧難の時にはこの池の水を切って、水田にし米を作ったということだ。1町ほどの水田が出来たが、かなりの深田だったそうだ。今はまた堰を作り元の池に戻っている。ここまでほぼ平坦だった道も池を過ぎた辺りで勾配がきつくなり、つづら折に上っていくようになる。その坂を登りきった辺りで、東平町(東郷地区)のほうに降りていく道が現れたが、これは先ほど羽坂町のほうから上がってきた道がしばらく稜線上を通り、ここから東平町に下りていたものと思われる。

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東平町に降りる旧道入口のお地蔵さん

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起こして写真撮影

その道の入口にもお地蔵さんが鎮座していた。しばらく人が訪れていないようで、U字管で作ったと思われる社の中は落ち葉だらけで、お地蔵さんが倒れていたので、少し掃除して起こしておいた。その道を少し降りてみたが、しばらく行くと水田跡のようなところがあり、その先は道が不明瞭だったので、引き返した。

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西郷林道脇に残る旧道跡

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足谷・本堂を結ぶ旧峠道の案内板

西郷林道を更に少し進むと、また旧道(開拓道)跡があったが、わずか100mほど進んだところで西郷林道にぶつかり、終わりになっていた。そこからは林道の南側の視界が開け、福井平野の眺望を楽しみながら歩くようになる。ここまで休憩なしで歩いてきたので、林道脇の眺望のいい場所に腰を下ろし、しばらく休憩を取ることにした。遠くに荒島岳や白山も望めたが、この日は霞んでいて微かにしか見えなかった。休憩を取ってまた歩き出すと、すぐに本堂・足谷と書かれた古い標識が現れた。足谷町側には舗装された立派な道があったが、本堂側へ降りている道は確認できなかった。ここも昔は峠だったのだろう。

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あぐりパークほんごうの案内板

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西郷林道から望む福井平野

その標識の反対側にはあぐりパークほんごうと書かれた案内板があった。写真では解からないが、下に落ちている板には『名水の里 あぐりパークほんごう』と書かれてある。この施設には帰り道に立ち寄ったので、後でご紹介したい。

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西郷林道と越前西部4号線が交わる地点

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越前西部4号線の起点標識

そこから更に500mほど行くと、西郷林道と広域基幹林道越前西部4号線が交わる分岐点に出てくる。西郷林道はここから右に折れ、上一光に至り、そこが終点となっている。越前西部4号線はここを直進し、大芝山、金毘羅山の裾野を通って、国山町のほうに抜ける予定だが、まだ全線が開通しておらず、金毘羅山のところで行き止まりになっている。越前自然歩道もこの辺りで道が分岐し、上一光町、国見岳を通り、鷹巣海岸に至るルートと、大芝山から金毘羅山、越知山等を通って越前岬灯台まで行くルートに分かれていた。越前自然歩道は、ここまでは現在の西郷林道のルートとほぼ重なっていたと思われるが、どの地点で二つのルートが分かれていたははっきりしない。西郷林道と越前西部4号線が交差するこの地点で、二つに分かれていた可能性が高いが、この分岐点から500mほど南西に行ったところからも上一光町に降りていく道があり、今後の検討を要する。大芝山を通って金毘羅山に続く越前自然歩道はほぼ現在の越前西部4号線のルートを通っていたものと思われる(ただし、現在の林道は金毘羅山の近くから山裾を走っており、越前自然歩道のルートと外れている)。

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南無妙法蓮華経の題目塔

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雪囲いがされた石碑

この日は大芝山が目的地だったので、西郷林道を離れ、越前西部4号線を進んでいった。ここから道の上に雪が現れだしたが、歩くのにそれほど苦にならない程度だった。雪が残る林道をとぼとぼ歩いていると、どこから入り込んだのか真新しい四駆車に乗った若者が現れた。高そうな新品の車で、30cmほどある雪の上を駆け抜けていった。車が傷むから、貧乏性の私などにあんな真似は出来ない。轍が出来たおかげでなおのこと歩きやすくなった。西郷林道と越前西部4号線の分岐点から1km弱進むと南無妙法蓮華経と書かれた題目塔が現れた。過去に何度かこの地点に来ているが、この碑のことに気づかなかったから不思議だ。碑の裏には『文政三庚辰九月祥日 妙覚山十一世 日輝 造之』、碑の左横には『五百五十遠忌塔』と書かれてある。文政三年は1820年、これは日蓮上人の遠忌(おんき)碑だと思われるが、日蓮上人は1282年没だから、五百五十遠忌は1831年となり計算が合わない。後で一光公民館に聞いてみたら、確かにこの碑は日蓮上人の五百五十遠忌の碑であり、毎年6月に上一光町にある真浄寺の住職が来て、この碑の法要を行っているとのことだったが、年代が違っていることなど詳しいことについては解からないと言うことだった。なお、昔は確かにここに峠道があったと言うことだ。それで、真浄寺に電話でお話を伺ったところ、妙覚山と言うのは真浄寺の山号で、十一世 日揮という人はそこのご住職だった人だということが解かった。日蓮上人の五百五十遠忌とこの碑を建てた年代が違うことについてご住職に聞いたところ、遠忌の前に宝塔を建てることはよくあることだそうだ。上一光・下一光・五太子の3町は全て真浄寺の檀家だという。六所山の近くにも題目塔があったから、この辺には日蓮宗の檀家が多いようだ。なお、そのご住職はこちらの生まれではないので、峠のことについては詳しく知らないと言うことだったが、昔はお寺の裏から道があったような話を聞いたことがあると話されていた。小さな石碑についてもあまり詳しいことは知らないが、この題目塔を建てるために尽力した檀家の方のものではないかと語っておられた。

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大芝山のすぐ東側を走る旧峠道(上一光町側)

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同(更毛町側)

上一光町側の谷筋は木々が伐採され丸裸になっているが、この谷筋に峠道があったと思われる。逆の更毛町のほうにも道らしきものが降りていた。『あぐりパークほんごう』のおじいさんの話によると、昔は牛馬がここを通ったと言うことだ。

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大芝山頂上付近

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大芝山の三角点

そこから10mくらい行ったところが大芝山の頂上だ。頂上と言っても、周辺はなだらかな丘になっており、頂上と言う雰囲気はない。過去に2度ほど、大芝山の三角点を見つけようと探し回ったことがあるが、薮がひどく見つけることが出来なかった。しかし、今回大芝山一帯は薮が刈られ、きれいになっていた。三角点も遠くからでもはっきり認めることが出来た。

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三等三角点(455.13m・点名桂谷)

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大芝山付近の旧山道

ここの三角点は三等三角点。頂上付近は平坦で山の頂上らしい雰囲気はないが、小高い丘状になっている。頂上のすぐそばを越前西部4号線林道が通っているのだが、それとは少し北側には古い山道と思われるものも存在していた。大芝山一帯は四駆車の遊び場になっているようで、廃車が何台も打ち捨てられていた。

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追分の池

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あぐりパークほんごう入口の案内板

大芝山から300mほど歩くと右側に追分の池が見えてくる。この池の周辺一帯は公園のように整備され、周りにちょっとした遊歩道もある。ここから更に進もうかと思ったが、時間も過ぎたし、林道上の雪もかなり深くなってきたので、ここから引き返すことにした。帰り道に気になっていた『あぐりパークほんごう』に寄ってみることにした。西郷林道から足谷町に降りる舗装された林道を少し行くと、上記右側写真のような案内板があり、そこを入っていくと小さなログハウスが現れ、その前には桑畑が広がっていた。

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ログハウス

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施設周辺マップ(クリックすると拡大します)

ログハウスの前の道を下っていくと、人がいたのでお話を伺ったところ、この農場の持ち主の杉本さんだということが解かった。ここは杉本さんが個人でやっている農場で、主に蚕を飼っているとのこと。福井県内で養蚕業をやっているのはここだけだと言う。牛首紬で有名な石川県の白峰(現白山市)に、ここで出来た繭を出荷していると言うことだった。牛首紬はふたつ玉の繭(ひとつの玉の中にふたつの蚕が入っている繭)を主として使っているので、ここではその繭を作るために努力しているとのことだが、ふたつ玉の繭は0.5%の割合でしか出てこない貴重なものだそうだ。後でパンフレットを見たら、炭焼き体験やシイタケ栽培、今は居ないがヤギも飼っているようだ。このおじいさんはここから少し降りたところにある足谷町の方だということだったので、この周辺のことを色々聞いたが、越前自然歩道が現在の西郷林道のところを通っていたと言うことは知らなかった。おじいさんは越前自然歩道と聞いて五太子辺りにある遊歩道のことだろうと話していたが、私が知っている限りではそこに越前自然歩道は走っていない。ただ、現在西郷林道が走っているところには、終戦後の食糧難の時に大芝山を開拓するための『開拓の道』があったと言う話を伺った。それは、西郷林道の脇に少し残されていた旧道のことだと思われる。おじいさんが言うように林道脇に残っていた旧道跡は3mくらいも道幅がある立派なものだった。また、この農場の近くの尾根筋には足谷町に降りていく昔の道が残されていると言うことだった。

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桑畑

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梅の花がチラホラ

そのほか色んな話をお聞きしたが、その時の話はそれぞれの項目のところで既にご紹介しているので、ここでは省略する。色んな話をしていたら、すぐに30分が過ぎてしまった。まだまだ話を聞きたかったが、暗くなってしまうので途中でそこを辞さなければらならかったのは残念だった。おじいさんの話によると、あぐりパークほんごうのホームページがあると言うことなので、それを私のホームページで紹介させてくださいと言ったら、いいと言うことだったので、帰ってから検索してみたが、それはここ独自のホームページではなく、ほかのホームページがこの農場を紹介しているものだった。いくつかこの農場を紹介しているサイトがあったが、そのひとつはこちら

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狐に遭遇

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北堀町のほうへ続く旧道

帰り道に西郷林道を歩いていたら、狐に遭遇した。遠くから見たら、猫くらいの大きさにしか見えなかったが、少し近づいたらもうひとまわり大きいことが解かった。どんどん近づいていったら、西郷林道上を逃げて行き、途中で山の中に入ってしまった。山を歩いていて狐にあったのは今回が初めてだ。西郷林道から、来た時に通った越前自然歩道に入って行き、二番目のお地蔵さんのすぐ近くにある分岐点を、来た時とは逆(東)のほうに進んでみた。この道も2万5千分の一の地図に破線で載っている。昨年もこの道を歩いているが、その時は積雪があったに関わらず、薮が出ていたので、雪がなければ歩きにくいだろうなと思っていたが、最近薮を刈ったような跡があり、比較的歩きやすかった。

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西郷林道に出たところ

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東平・柿谷町のほうへ降りる峠道

その分岐点から5分も行けば西郷林道の別の地点に出てくる。出てきた地点は、先ほど越前自然歩道に入って行った地点から東に500mほど行ったところだ。林道を挟んで逆のほうには本郷地区の東平・柿谷町のほうへ降りていると思われる林道(峠道?)が続いていた。今歩いてきた道は西郷林道の少し下を通っているので、おじいさんが言っていた開拓道の可能性もあるが、それにしては少し道幅が狭いようだった。西郷林道に出てきた地点から、更に100mほど東に行ったところからは、北堀町(安田町の東となりの集落)のほうに山道が降りているのだが、そちらのほうは道幅が広いから、開拓道のひとつだったのかもしれない。その道の途中には安田町のほうに分かれる道もあり、周回して安田町のほうに戻ってこれる。そこからまた分岐点に戻り、元来た道を通って、安田町に降り立った。今日は舗装された林道歩きが長かったので、膝にきていたが、越前自然歩道の土の道を歩いていたら、膝の痛みは消えうせていた。長話をしていたので、だいぶ遅くなってしまうかと思ったが、5時過ぎには車のところまで戻れたので、それほど暗くはなっていなかった。

 

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