
雑音社(ミニコミサークル)で酒と議論の日々
かろうじて卒業に成功(笑)
東北弁も話せるようになる
雑誌「ロッキング・オン」への投稿が認められ
京都で有名な番組制作会社にひろわれ放送作家となる
中学時代にあこがれたラジオ深夜放送の現場での仕事
「諸口あきらのフレッシュ・モーニング」KBSラジオ)
「ネオ・スイング」(FM京都)
日本民間放送連盟ギャラクシー賞94年下期奨励賞受賞
「ミュージック・エア・ネットワーク」(ディレクTV)
「NISSANおじゃマップKANSAI」(ABCラジオ)
「サタデーふぅ」(KBS京都テレビ)
詩をつくって発表するようになったのはこのころから
ビートルズ、キング・クリムゾンの音楽は詩作だけでなく人生観に影響をあたえた
小学校高学年の自由研究で公害問題についてヒアリング調査を行う
小学校低・中学年をすごした目黒本町は木造密集地域
京都西陣・墨田区向島・京島とのおつきあいのルーツは目黒本町かも
糺ノ森環境政策環境学習研究所 代表
がくさん(山田岳)のプロフィール
1959年8月17日中野区生まれ。小倉北区は父の本籍地
父の転勤で東中野、小倉、名古屋、目黒、大分で育つ
ノーベル賞の田中耕一くんとは同期入社
工場のおじさんたちとのコミュニケーションで関西弁を磨く
ラジオ番組で京都の環境問題を追いかけた経験を活かして入学に成功
指導教授の小林正美先生からは評論家小林秀雄についても学ぶ
墨田区の雨水利用の歴史と現在抱える課題について論文にまとめる
2004年度後期〜05年度環境政策論を担当
詩人。
ラジオ番組でお世話になった万葉学者、中西進先生に推薦していただきました
くわしくは「わびすけの間」へ
ペンクラブの例会で創設者の金丸弘美氏と出会ったことから入会
06年に役員会復帰して、現在、副代表
ラジオ番組でお世話になったすぎ本育生代表理事(当時は事務局長)
(「すぎ」は木へんに久)に誘われて入会
京大大学院のインターン研修でもお世話になる
くわしくは「かぼすの間」へ
本町銀座商店街のまちおこし
北九州市若松区の本町銀座商店街に
母の実家(築100年の商家)がある
様式は京町家とおなじ、うなぎの寝床
祖母はぼけることなく、短歌をつくりつづけて
長寿をまっとうした
祖母の思い出の残る本町銀座には
「九州の巣鴨」になる可能性がある
「環境市民のエコまちライフ」
(FM京都三条ラジオカフェ)に出演
このころ、
ネイティブ言語は目黒弁になる
目黒弁、東北弁、関西弁の
トリリンガル
「30年後の京都」が
京都経済同友会主催ミレニアム懸賞論文で
佳作入選(2001年)
地球環境学について学んだ
ばかりか
文芸評論家となる
下地もつくった
詩集「エピタフ」を出版
メールマガジン「日和見主義」の発行をはじめる
京都西陣で伝統的な建築物
京町家の再生にとりくんでいる
町家倶楽部に「いそうろう」として
お手伝いさせていただいています
「アート・イン・西陣」には
写真でも参加しました
神奈川県地球温暖化防止活動推進員