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林田力『東急不動産だまし売り裁判』新聞 週刊少年ジャンプ作品

 

ONE PIECE.. 1

ONE PIECE 50巻』尾田栄一郎著... 1

【コミック】過去の敵への態度に注目『ONE PIECE 第51巻』... 3

【コミック】『ONE PIECE 第54巻』テンポの良い展開... 4

ONE PIECE 第55巻』強烈な新キャラ... 5

BLEACH.. 6

アニメBLEACH(ブリーチ)新章突入... 6

【アニメ】『BLEACH』新隊長天貝繍助篇が佳境に... 7

【アニメ】「BLEACH」復讐の意義... 8

BLEACH」原作好シーンを活かすオリスト... 9

BLEACH」見かけとのギャップがキャラの魅力... 10

【アニメ】「BLEACH」斬魄刀異聞篇の魅力... 10

BLEACH―ブリーチ―第34巻』久保帯人著... 11

銀魂... 13

『銀魂 第24巻』空知英秋著... 13

【コミック】吉原炎上編に突入『銀魂 第25... 14

【アニメ】「銀魂」掟破りの最終章... 14

「銀魂」月詠篇突入で人気キャラ再登場... 15

NARUTO.. 16

NARUTO(ナルト)第43巻』岸本斉史著... 16

キャラクターへの愛『NARUTO44巻』... 17

【アニメ】「NARUTO 疾風伝」師弟関係の落差... 18

週刊少年ジャンプ作品... 19

一瞬一瞬の心理描写が深い『HUNTER×HUNTER 26巻』... 19

『こちら葛飾区亀有公園前派出所160巻』秋本治著... 20

幻覚のドンデン返し『REBORN!22巻』... 21

ジャンプ作品続編... 22

【コミック】家族愛がテーマ『エンジェル・ハート 第27巻』... 22

敵をも感化させる主人公『蒼天の拳 第19巻』... 23

 

ONE PIECE

ONE PIECE 50巻』尾田栄一郎著

ワンピース ONE PIECE 尾田栄一郎

◇読者レビュー◇回想シーンに感動

本書は週刊少年ジャンプで連載中の漫画である。1997年の連載開始であり、既に10年以上続いていることになる。連載漫画が単行本50巻になるまで続くというだけでも、ちょっとしたニュースになるが、この50巻はストーリーの節目という意味でも意義深いものがある。

ONE PIECE」は架空の世界を舞台に、世界の最果ての地にあるとされる「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を求める海賊の冒険を描く漫画である。主人公モンキー・D・ルフィ率いる「麦わら海賊団」は、この50巻目で世界を半周するところまで辿り着いた。この巻の副題は「再び辿りつく」である。そこには、この意味が込められている。ONE PIECE」の世界も地球と同様、球体になっており、世界を一周すると元の地点に戻る。物語は50巻かけて、ようやく折り返し地点に近づいたことになる。

ONE PIECE」は仲間とともに冒険を続け、悪人と戦うという少年漫画の王道を行く作品である。しかし「ONE PIECE」が人気漫画の座を長期間保持し続けた理由は、王道を忠実に守っていたからだけではない。「ONE PIECE」の魅力はストーリーの深さにある。

敵を倒す、悪を倒す。これが少年漫画の王道である。しかし、こればかりでは次第に戦いの意味すら希薄化してしまう。これに対して「ONE PIECE」では虐げられた側の痛みや憤りが丁寧に、時には長い回想シーンで描写されている。だから敵を倒した時の感動も大きい。

50巻では、世界政府に従う海賊である王下七武海ゲッコー・モリアとの戦いが展開されたスリラーバーク編が完結する。正直なところ、私にとってスリラーバーク編に対する評価は高くなかった。お化け屋敷風の雰囲気が、これまでの「ONE PIECE」の舞台と比べて違和感がある上、ボスキャラに威厳がなく、あまり強そうに感じられなかった。

しかし、完結編の50巻は、それまでの停滞を打ち消して余りあるほど感動的な内容であった。特に読み応えのあるのが、麦わら海賊団の新しい仲間になるブルックの回想シーンである。宴会で作中歌「ビンクスの酒」の演奏中に回想シーンに入る。そこで描かれる過去の回想シーンは現在のシーンと上手く混ぜられている。

回想シーンも楽しかったルンバー海賊団時代と、仲間が死に絶えた跡に一人で魔の三角地帯(フロリアントライアングル)を彷徨っていた頃の2つの時間帯を並行に描いている。陽気な過去と絶望的な過去、そして新しい仲間と出会い、未来への希望が生まれた現在が作中歌「ビンクスの酒」を背景に対照されている。この回想シーンがあればこそ、ブルックの「生きててよかった」という言葉に実感が生まれる。

ONE PIECE」の構成力の秀逸さを再認識することができた。物語上は50巻で半分である。ということは100巻以上続きそうである。これからも笑いあり、感動ありのストーリーを描き続けて欲しいと思う。

 

集英社

定価410

20086月発行

 

アラバスタ編以降

御指摘のとおり、アラバスタ編以降は特に戦闘シーンでグダグダ感があることは私も否定しません。特に仲間が増えるにつれ、それぞれの見せ場を出さなければならず、長期化の傾向が否めません。エニエスロビーの戦いは、それが顕著でした。それでもONE PIECEは感動的なエピソードが挿入される点が優れたところです。特に50巻は感動的でした。

 

【コミック】過去の敵への態度に注目『ONE PIECE 第51巻』

本書(尾田栄一郎『ONE PIECE 第51巻』集英社、200894日発売)は週刊少年ジャンプで連載中の漫画のコミックス最新刊である。架空の世界を舞台に、主人公モンキー・D・ルフィ率いる麦わら海賊団が「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を求める冒険漫画である。

この巻で麦わら海賊団は過去に戦った敵(ハチ)と再会することになる。主人公達が過去に戦った敵を助け、過去の敵が味方になるという展開は少年漫画ではパターン化されたもので珍しくない。本作品は、その大枠から外れるものではないが、単なるワンパターンに陥っていない。

ルフィは自分達が助け出そうとする人物が過去に戦った敵だと知って「おれ達はお前なんか助けねェぞ」と言い放つ。最終的には助けることになるが、最初は過去の因縁を理由に救出を拒否する姿勢をとったところが面白い。

日本人には過去を水に流すことを是とする非歴史的な傾向がある。幕末において激しく憎みあっていた薩摩と長州の手を結ばせた坂本竜馬の人気の高さが物語っている。過去にとらわれず、未来を考えることを美徳とする発想である。

一方で、これは戦争中に鬼畜と罵った敵国を戦後は同盟国と呼ぶような無節操さにもつながる。行政や企業の不祥事が繰り返され、一向に改善しないのも根本的には過去を直視して反省できない非歴史的な体質がある。

漫画の世界でも昨日の敵を安易に今日の友とすることで、日本社会の非歴史的な体質を反映してきた。過去にどれほどの悪行をした人物であっても、今が可哀想な状況にあるならば助けるのがヒーロー像であった。しかし、そのような展開は飽きの対象になる上、過酷なイジメ社会を生き抜いている子ども達にとってリアリティのないものと映るであろう。

中国では死体を鞭打って恨みを晴らした伍子胥が英傑として評価されている。しかし、過去の敵の窮地に「ザマーミロ」と笑って傍観するヒーローを許容できるほど、日本社会は成熟していない。故に最終的に主人公達が過去の敵を助ける結論自体は止むを得ない。そもそも主人公と絡まないならば、過去の敵を再登場させる必要もない。

最後には助けるという結論は動かせないものの、本作品の秀逸さは、ハチとの再会時に麦わら海賊団が因縁を忘れず、敵意をむき出しにしていることである。特にナミの感情を大切にしている。ルフィやゾロ達は敵として戦っただけだが、ナミは何年間もハチが幹部であった魚人海賊団に自分の村を支配され、苦しみ続けた。他のクルーよりも因縁が深いナミの気持ちを重視するのは、過去のエピソードが大切にされている証である。

一方、ルフィは最初に「おれ達はお前なんか助けねェぞ」と言ったものの、たこ焼き食べたさに救出の方向に気持ちが揺れる。これは敵が、たこ焼き屋であるためである。現実世界ならば、たこ焼きが食べたいという理由で、過去にクルーを苦しめた敵を助けようとするならば、クルーの被害感情を逆撫でし、船長失格の烙印を押されるだろう。

しかし、最後には助けなければならないならば、たこ焼きを食べたいから助けるという動機の方がマンガ的には面白い。少なくとも過去の敵でも現在は窮地に陥っているから助けるというような優等生的な偽善者ではつまらない。食欲に動かされた方がルフィらしく健全である。

この巻で麦わら海賊団が新たに訪れたシャボンティ諸島では魚人が人間から激しく差別されていることが明らかになった。ナミの村を支配した魚人海賊団は人間を下等生物として見下していたが、実は被差別者の憤懣の裏返しだったのではないかとも思わせる。差別や人身売買というような重たいテーマを扱いつつ、娯楽作品として仕上げている。新しいキャラクターも登場し、今後の展開からますます目が離せない。

 

【コミック】『ONE PIECE 第54巻』テンポの良い展開

本書(尾田栄一郎『ONE PIECE 第54巻』集英社、200964日発売)は週刊少年ジャンプで連載中の漫画のコミックス最新刊である。架空の世界を舞台に、主人公モンキー・D・ルフィ率いる麦わら海賊団が「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を求める冒険漫画である。

ONE PIECE』は押しも押されもせぬ大人気少年漫画である。但し、連載長期化につれグダグダ感も出てきた。それは戦闘シーンが多いことにより、展開が遅くなることである。元々『ONE PIECE』は戦闘よりも冒険がテーマの漫画である。修行して強くなることよりも、自らの信念を貫くことに価値を見出している。

しかし仲間の一人ひとりが敵の一人ひとりと対決することになり、戦闘終結まで長期化する傾向が見られた。これがアラバスタ、空島、エニエスロビー、スリラーバークで繰り返されてきた。この展開は仲間の一人ひとりに見せ場を作ることができるというメリットがある。一方で麦わら海賊団は冒険の度に仲間が増えており、この傾向が繰り返されるならば話が終わらなくなってしまう。

ところが最近は、このグダグダ感が解消されている。バーソロミュー・くまによって仲間達が世界各地に飛ばされ、ルフィは一人ぼっちになってしまった。この巻ではルフィが兄のエースを救出するために海底監獄インペルタウンに乗り込む。

インペルタウンは階層化された監獄である。ベタな少年漫画的展開ではワンフロアを進む毎に当該フロアを守る敵を倒す形になりやすい。週刊少年ジャンプの黄金期では『ドラゴンボール』のマッスルタワーや『幽☆遊☆白書』の四聖獣が相当する。ところが、インペルタウンでは正面からのバトルはそれほどない。衝突は常に起きているが、戦いというよりも縦横無尽に暴れまくる感じである。そのためにテンポよく読み進めることができる。

戦闘は少年漫画の花形である。当初は一話完結のギャグ漫画であったにもかかわらず、バトル漫画に路線変更することで人気を博した漫画は多い。古くは『キン肉マン』があり、最近では『家庭教師ヒットマンREBORN!』がある。これに対し、『ONE PIECE』はバトル要素を薄めることで、むしろ面白さが増している。『ONE PIECE』は人気漫画の中でも頭一つ抜けた存在であり、そこでは一般的な少年漫画のセオリー通りにはなっていない点が興味深い。

 

ONE PIECE 第55巻』強烈な新キャラ

本書(尾田栄一郎『ONE PIECE 第55巻』集英社、200994日発売)は週刊少年ジャンプで連載中の漫画のコミックス最新刊である。架空の世界を舞台に、主人公モンキー・D・ルフィ率いる麦わら海賊団が「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を求める冒険漫画である。

前巻に引き続き、兄エースを救うために海底監獄インペルタウンに侵入したルフィを中心に物語は進行する。ルフィの前に立ちはだかったのは監獄署長・マゼランであった。マゼランは下痢ばかりで勤務時間は短く、副署長ハンニャバルからは署長の座を狙われるなど三枚目的なキャラクターであった。しかし、ルフィと対峙したマゼランは大監獄の長にふさわしい強さを見せた。

この巻の特徴はインパクトのある新キャラクターが登場することである。その名もオカマ王エンポリオ・イワンコフである。目に焼きついてしまう強烈なビジュアルである。単なるウインクで砲弾を弾き返してしまう理屈を越えた存在である。

インペルタウン編では懐かしいキャラクターが再登場し、ルフィと共闘する。その中でもボン・クレーの活躍が目立つが、オカマつながりでイワンコフに結びつける役回りを果たしている。意味なく過去のキャラクターを登場させている訳ではなく、新たな展開への橋渡し役である。

「昨日の敵は今日の友」という展開はバトル物では王道的だが、ワンパターンに陥る危険がある。むしろ『ONE PIECE』の魅力は登場人物が信念を貫き、安易な「昨日の敵は今日の友」展開にならないことである。麦わら海賊団の一員になるニコ・ロビンはアラバスタ編では敵組織バロック・ワークスの幹部であったが、ルフィ達とは戦わず、反対にルフィを助けていた。

この巻ではルフィとボン・クレーの熱い友情が描かれ、非常に感動的である。しかし、ルフィはボン・クレーを「友達」と呼び、決して「仲間」とは言わない。ここにはゾロやナミ達への対応とは明確な相違がある。この巻では麦わら海賊団の仲間達は扉絵以外には登場しないが、かえってルフィと仲間達の絆を再確認させられた。

 

BLEACH

アニメBLEACH(ブリーチ)新章突入

アニメ BLEACH ブリーチ

オリジナルストーリー「新隊長天貝繍助編」への期待

テレビ東京系列で放映中のアニメ「BLEACH」(ブリーチ)が2008423日に放送された第168話から新章「新隊長天貝繍助(あまがいしゅうすけ)篇」に入った。BLEACHは虚(ホロウ)を退治する死神の能力を身につけた高校生、黒崎一護(くろさき いちご)と仲間の活躍を描いた漫画である。週刊少年ジャンプで連載されている久保帯人のマンガが原作であるが、この「天貝繍助篇」はアニメ・オリジナルストーリーである。

それまでアニメでは原作にほぼ忠実な「虚圏(ウェコムンド)篇」を放映していた。新たにアニメ・オリジナルストーリーを放映する理由としては連載中の原作にアニメが追いつき、原作のストックが減少したことが考えられる。これは連載マンガ原作の人気アニメでは、しばしば見られることである。アニメ「BLEACH」でも過去に「バウント篇」というオリジナルストーリーを放送したことがある。

このような場合、通常、原作の話が一段落した後でオリジナルストーリーを放送するが、「天貝繍助篇」は違った。「虚圏篇」が決着していない状態で「天貝繍助篇」に入るという、かなり強引な展開になっている。

416日に放送された第167話では最後に、キャラクターに「大人の事情」で次回から新しい話に入ると説明させただけであった。一方で連載中の漫画も20084月上旬に発売された週刊少年ジャンプ第18号以降、「虚圏篇」から唐突に「過去篇」に移っていることは興味深い。

BLEACHの魅力の一つは個性的なキャラクターにある。中でも死神の世界・尸魂界(ソウル・ソサエティ)を守護する護廷十三隊の隊長・副隊長はファンの人気が高い。一護に死神の能力を与えたために囚われた朽木ルキアを救出するため、一護達は尸魂界に乗り込み、護廷十三隊と対峙することになる。

このため、護廷十三隊は主人公達にとって敵対する位置にいた。少年漫画の王道的なパターンでは主人公達が敵役を順々に倒していくことになる。ところがBLEACHの異色な点は、護廷十三隊の隊長達が順々に主人公達と戦うのではなく、それぞれの思惑で行動した点である。これによって戦いだけではなく、ストーリーに深みが増した。

この尸魂界篇に比べると、虚圏篇は、捕らえられた主人公の仲間(井上織姫)を救出するために敵地に乗り込む点は共通するが、ある敵を倒したら次の敵が登場という戦いの連続に終始する傾向が否定できない。週刊少年ジャンプで連載中の漫画が舞台を110年前の尸魂界に移す過去篇に唐突に移ったのも戦いの連続に飽きられるのを避け、過去の謎を明らかにすることで物語に深みを持たせようとしたものと考えられる。

同様にアニメがオリジナルストーリーを放送するのも原作のストック減少が主要な動機であるとしても、戦いの連続による飽きを避ける面もあったと思われる。オリジナルストーリーが「新隊長天貝繍助篇」と題し、護廷十三隊にスポットを当てる内容にしたのも、主人公側と敵側の戦いが中心の虚圏篇で出番の少ない護廷十三隊の面々を登場させたいと思いがあったのではないかと推測する。「新隊長天貝繍助篇」では護廷十三隊の面々の興味深いエピソードが放送されるのではないかと期待する。今後の展開が楽しみである。

 

【アニメ】『BLEACH』新隊長天貝繍助篇が佳境に

テレビ東京系列で放映中のテレビアニメ「BLEACH」(ブリーチ)が2008730日に放送された第182話「天貝の実力、斬魄刀解放!」において遂に主人公と新隊長・天貝繍助(あまがいしゅうすけ)が邂逅し、名実共に「新隊長天貝繍助篇」のストーリー展開が始まった。

BLEACH」は久保帯人が週刊少年ジャンプで連載中の漫画が原作である。主人公・黒崎一護(くろさきいちご)は虚(ホロウ)と呼ばれる悪霊と戦う死神の能力を身につけることになった高校生で、物語は彼と仲間達の戦いを描く。アニメでは2008423日放送の第168話から始まった原作とは異なるアニメ・オリジナルストーリー「新隊長天貝繍助篇」が継続中である。

「新隊長天貝繍助篇」は複数のアニメ・オリジナルキャラクターが登場する。タイトルになっている天貝繍助は護廷十三隊の三番隊隊長に新たに就任した人物である。護廷十三隊は死神の世界・尸魂界(ソウル・ソサエティ)を守護する組織で、三番隊隊長は前隊長の市丸ギンの謀反による出奔後は空席となっていた。隊長に就任した天貝は実力と飾らない性格で隊員の信望を集めていき、三番隊の建て直しに活躍することになる。

しかし、この話は主人公の一護らとは無関係な形で展開した。一護らの前にはオリジナルキャラクターの霞大路瑠璃千代らが登場し、新たな戦いに巻き込まれることになる。これまで「新隊長天貝繍助篇」と銘打っていても、一護らと新隊長天貝繍助には接点が全く存在しなかった。

天貝ら三番隊を中心とした話と、一護や瑠璃千代を中心とした話が並行して展開しているような状態であり、むしろ話の内容的には後者の方が大きかった。その意味で「霞大路瑠璃千代篇」とでも称した方が適切で、何のために天貝を登場させたのか理解できないほどであった。

182話で遂に一護と天貝が顔を合わせることになった。今後は一護のストーリーに天貝が深く関係していくと予想され、ようやく「新隊長天貝繍助篇」としての実質が整ったといえる。天貝は実力がある上に話の分かる人物として描かれている。今後の活躍に期待したい。

 

【アニメ】「BLEACH」復讐の意義

テレビ東京系列で放映中のテレビアニメ「BLEACH」(ブリーチ)は2008917日放送の第188話「決闘!天貝VS一護」で主人公・黒崎一護(くろさきいちご)が天貝繍助(あまがいしゅうすけ)と戦った。

BLEACHは週刊少年ジャンプで連載中のマンガが原作である。2008423日放送の第168話から原作とは異なるアニメ・オリジナルストーリー「新隊長天貝繍助篇」を放送している。

「新隊長天貝繍助篇」はアニメのオリジナルキャラクターである天貝繍助が護廷十三隊の三番隊隊長に新たに就任するところから始まる。護廷十三隊は死神の世界・尸魂界(ソウル・ソサエティ)を守護する組織で、三番隊隊長は前隊長の市丸ギンの出奔後は空席となっていた。

ところが「新隊長天貝繍助篇」と銘打つものの、肝心の天貝繍助の登場は必ずしも多くなく、物語の前半は主人公達との接点さえ存在していなかった。これに対し、別のアニメ・オリジナルキャラクターである霞大路瑠璃千代の方が主人公と絡んでおり、「新隊長天貝繍助篇」と名付けた意義が理解できないほどであった。

その後、第182話「天貝の実力、斬魄刀解放!」において一護と天貝は出会い、行動を共にすることになる。話の分かる善玉として描かれてきた天貝であったが、実は霞大路家に対する陰謀の黒幕であった。全ては抹殺された父の仇を取るための天貝による山本元柳斎への復讐計画であった。

三番隊第3席で獏爻刀(ばっこうとう)により死神の頂点に立とうとした貴船理や、霞大路家を乗っ取ろうとした雲井尭覚では実力的にも動機の面でもラスボスとしての重みに欠ける。天貝が黒幕という展開は視聴者として良い意味で欺かれた。

ここにおいてタイトルが「新隊長天貝繍助篇」であるのも明確になる。過去には「バウント編」というアニメのオリジナルストーリーが放送された。これはバウントと呼ばれる特殊な種族と戦う物語であった。それを踏まえるならば「新隊長天貝繍助篇」も天貝繍助が最後の敵となる点で命名は一貫している。

善良そうな隊長が実は黒幕であったという展開は原作の藍染惣右介と同じである。こちらは殺されたと見せかけた人物が実は生きていて黒幕であった。その点で原作の方が意外性は高い。

また、死神への遺恨を動機とする点も、バウント編の一之瀬真樹と類似する。慕っていた先代の十一番隊隊長を更木剣八に殺されたことが一之瀬の背景にある。但し、一之瀬の恨みは剣八に向かわず、狩矢神に忠誠を誓う歪んだ形をとった。最後には剣八と直接戦うことで剣八にも認められることになる。

これに対し、天貝は父親を殺した元柳斎への復讐で一貫している。剣八が先代の十一番隊隊長を倒したのは護廷十三隊のルールに則ったものである。これに対して、天貝の説明を前提とする限り、不正の口止めのために父親は殺された。天貝が復讐心を抱くこと自体は共感できる。

しかし、一護は「隊長になるだけの力があるのに、何故、その力を復讐に使うのか」と復讐の無意味さを説く。ここには良くも悪くも少年マンガの主人公らしい前向きな発想がある。天貝は復讐こそが強さの根源と主張し、相容れない二人は激突する。

一方、不正の口止めで父親が殺されたということは天貝が主張しているに過ぎない。殺したとされる元柳斎は未だ事情を説明していない。不正を隠蔽する殺人者として元柳斎を描くことは、原作との整合性から無理がある。

そのため、最後には天貝の父親が死なざるを得なかった事情が語られるのではないか。そうなると天貝の恨みは理由のない的外れなものになる。「新隊長天貝繍助篇」が復讐は何も生み出さない無意味なものとする論理を勝たせるのか、実は間違った復讐であったという帰結になるのか、興味深いところである。

BLEACH」は次回放送の107日から火曜日夜6時からに放送時間が変更される。「新隊長天貝繍助篇」が、どのような形で幕を下ろすのかにも注目したい。

 

BLEACH」原作好シーンを活かすオリスト

テレビ東京系列で放映中のテレビアニメ「BLEACH」(ブリーチ)は200923日に第205話「ドキ!虚だらけの蹴鞠大会」を放送した。「BLEACH」は死神となった高校生・黒崎一護(くろさきいちご)の活躍を描く漫画原作の作品である。メインストーリーでは死神と破面(アランカル)の激闘が続いているが、前回の「一護の切腹説得大作戦☆」と今回の放送はアニメ・オリジナルの番外編的な話であった。

前回も今回もパロディー色のあるタイトルであるが、そこには力を抜いたアニメ・オリジナルのストーリーの良さがある。今回の話の中心人物は過去に放送されたアニメ・オリジナルストーリー「新隊長天貝繍助篇」で登場したオリジナルキャラクターの霞大路瑠璃千代である。瑠璃千代は霞大路家の当主としてなすべきことをめぐり、侍従の犬龍と喧嘩してしまう。二人は互いに主張を譲らず、一護達を巻き込んで蹴鞠勝負で決着をつけることになった。

格別目を引くようなストーリーではないが、原作の好シーンをリフレインさせる内容であった。例えば朽木ルキアがヘタウマな絵で蹴鞠のルールを説明し、黒猫から人間の姿に戻った四楓院夜一の裸に一護が眼を背けるシーンなどである。

また、蹴鞠勝負でもコンが改造魂魄として強化されたジャンプ力を活かし、井上織姫が破壊された鞠を復元するなど、キャラクターの能力を発揮させている。コンが悲惨な扱いを受けることも、いつもの展開である。最後には敵キャラクターの虚(ホロウ)も登場し、バトルアクションらしくまとめている。

連載漫画を原作とするアニメでは、放送が原作に追いついてしまうために途中でアニメのオリジナルストーリーを挿入する必要に迫られる。しかし、優れた作品だからアニメ化されるのであり、オリジナルストーリーが原作並みの品質を保つことは困難である。その意味で原作の好シーンを活用する「BLEACH」のオリジナルストーリーの組み立て方は原作ファンにも楽しめる内容である。

次回からはメインストーリーに戻り、仮面の軍勢(ヴァイザード)の因縁が明らかになる過去篇に入る。緊迫した展開に入る前に息抜き的に楽しめたオリジナルストーリーであった。

 

BLEACH見かけとのギャップがキャラの魅力

テレビ東京系列で放映中のテレビアニメ「BLEACH」(ブリーチ)は2009224日に第208話「藍染と天才少年」を放送した。「BLEACH」は死神となった高校生・黒崎一護(くろさきいちご)の活躍を描く漫画原作の作品である。

しかし、210日放送の第206話から過去編として100年以上前の死神の世界・尺魂界(ソウル・ソサエティ)が舞台となっている。この過去編では主人公が全く登場せずに話が進行する。主人公の人物的な魅力が人気を集めている作品ならばファン離れが起きそうな展開であるが、むしろ「BLEACH」では面白さが増している。「BLEACH」では脇役の死神達に個性的なキャラクターが多く、その死神達の過去に迫っているのが過去編だからである。

今回の放送のサブタイトルは「藍染と天才少年」である。サブタイトルだけ読めば藍染惣右介や天才少年の市丸ギンがメインのようであるが、むしろ十二番隊隊長の浦原喜助がフィーチャーされている。隊長になったばかりの喜助は風貌も態度も頼りない。副隊長の猿柿ひよ里に何かにつけて突っかかられる

記者は完全無欠で隙のない人物よりも、普段はヤル気がなさそうであるが、実は切れ者というキャラクターに惹かれる。記者自身も普段は地味であるが、東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実を説明されずに新築マンションを購入した件では激しく怒り、裁判で売買代金返還を勝ち取った。自身も似たような面があるため、普段とのギャップのあるキャラクターに魅力を感じる。

過去編では上述の喜助や五番隊隊長の平子真子のように見かけはユルそうだが、実は切れ者というキャラクターが多い。後に十三番隊副隊長になる志波海燕も、この時点では副隊長就任を固辞するヤル気のなさを見せている。本編では完全無欠というイメージのある朽木白哉も過去編では若く感情豊かで、簡単に挑発に乗って熱くなる性格であったという意外な事実も明らかになった。そもそも「BLEACH」ではラスボス的存在である藍染も見かけは柔和な優男である。今後も見かけとのギャップを楽しませてくれる魅力的なキャラクターを期待したい。

 

【アニメ】「BLEACH」斬魄刀異聞篇の魅力

テレビアニメ「BLEACH」(テレビ東京系列)は2009728日に放送した第230話「新たなる敵!斬魄刀実体化」からアニメオリジナルの長編ストーリー「斬魄刀異聞篇」を開始した。「BLEACH」は死神が斬魄刀を武器に虚(ホロウ)と呼ばれる悪霊と戦う物語である。

斬魄刀は霊力の具現化によって作られた刀で、それぞれ固有の形状や能力を持つ。具体的には火球の発射、致死毒の放射、相手の五感を奪うなど様々な能力がある。この斬魄刀の存在が「BLEACH」の戦闘シーンをバラエティに富む多彩なものにしている。その斬魄刀が「斬魄刀異聞篇」では実体化し、人間体となって死神達に反旗を翻す。

BLEACH」のように連載漫画を原作とする作品は放送期間が長期化するとオリジナルストーリーが必要になるが、「BLEACH」の場合は特有の難しさがある。それは魅力ある敵キャラクターを作りにくいというものである。アニメ「BLEACH」は200410月に放送開始し、作品中では既に多くの敵と戦ってきた。このため、少しぐらいの敵キャラクターではインパクトに欠けてしまうという問題である。

BLEACH」の基本的な敵キャラはホロウであるが、今やホロウは雑魚キャラ扱いで、死神達が全力を尽くして戦う敵ではない。しかも、原作ではホロウが進化した破面(アランカル)と死闘を繰り広げており、アニメで安易にパワーアップしたホロウを登場させるならば原作との矛盾が生じてしまう。

このため、原作には全く登場しない別次元の存在を敵キャラとする方法が考えられる。最初のオリジナル長編「バウント篇」がそれである。これらならば原作との矛盾を心配せずに済むが、敵キャラの独自性を強めすぎると原作の雰囲気を損なうという欠点がある。

別の方法としては死神を敵キャラとすることが考えられる。これは二番目のオリジナル長編「新隊長天貝繍助篇」が該当する。これは原作の雰囲気を損なわないが、ストーリーを作るのが大変である上、原作との矛盾が生じやすい。

これに対し、「斬魄刀異聞篇」では死神達と共に戦ってきた斬魄刀を擬人化し、敵キャラクターとして登場させた。原作にはない展開でありながら、原作の雰囲気を損なわない上手い展開である。擬人化された斬魄刀も美形やカワイイ系もいて魅力的である。初回で数多くの斬魄刀キャラが登場したが、今回から一新されたエンディングでは死神と斬魄刀の対比になっているので分かりやすい。新たなオリジナルストーリーへの期待が高まる放送であった。

 

BLEACH―ブリーチ―第34巻』久保帯人著

BLEACH ブリーチ 久保帯人

◇読者レビュー◇ 一筋縄ではいかないキャラクターの強さ

本書は久保帯人が週刊少年ジャンプに連載している漫画の単行本である。前巻に引き続き、破面(アランカル)に連れ去られた井上織姫を救出するため、虚圏(ウェコムンド)に乗り込んだ主人公・黒崎一護(くろさきいちご)達の戦いを描く。

一護達は立ち塞がる破面を倒していったものの、破面の上級幹部の十刃(エスパーダ)には苦戦し、追い詰められた状態になっていた。絶体絶命のピンチを救ったのが護廷十三隊の隊長達である。この巻では従前の一護達と破面との戦いから、護廷十三隊の隊長と破面との戦いにシフトする。

BLEACH』で興味深いのはキャラクターの強さである。バトル物の漫画では主人公達は次々と強敵と戦い、戦いを経る毎に格段に強くなっていく宿命にある。そのため、主人公は過去に苦戦したキャラクターよりも遙かに強力になるという、強さのインフレ状態に陥りがちである。

ところが『BLEACH』においては、直線的な強さの物差しでは測れない面がある。一護は尸魂界潜入篇において護廷十三隊十一番隊隊長の更木剣八を退けた(引き分けという見方もある)。その後、一護は卍解や虚化を習得し、格段に強くなった筈である。

一方、剣八は尸魂界潜入篇で一護と戦った後、眼帯を付けて霊力を抑制した状態で、九番隊隊長の東仙要を圧倒している。その東仙は藍染惣右介に従って謀反を起こした後、破面の統括官になるが、十刃のグリムジョー・ジャガージャックの左腕を切り落とすほどの強さを示す。

このグリムジョーと一護は戦い、虚化によって辛うじて勝利したものの、満身創痍になってしまう。一護は卍解や虚化を習得する前の段階で剣八に勝ったにもかかわらず、剣八が圧倒した東仙の下に位置するグリムジョーには、虚化によってようやく勝利できたことになる。

そして満身創痍の状態で新たな十刃ノイトラ・ジルガとの戦いを余儀なくされた一護を助けたのは剣八であった。一度は一護が倒した剣八であるが、一護以上に強力な頼もしい存在に映る。

このように『BLEACH』の世界ではキャラクターの強さを直線的に位置付けにくくなっている。この点に単純なバトル物とは異なる味わいがある。一筋縄ではいかないキャラクターの強さにより物語の深みを増していると考える。

 

集英社

200874日発行

定価410円(税込)

216

 

コメントありがとうございます

確かに『BLEACH』の戦闘は斬魄刀の始解・卍解や破面の場合の帰刃(レスレクシオン)により強さが段階的に変わり、その繰り返しで間延びする面があります。破面編では敵味方ともに、それが行われます。次巻で展開されるであろう剣八とノイトラの戦いは特に顕著です。

一方、あっさり強くするのを回避するならば修行となりますが、修行したら強くなれるならば誰もが修行することとなりがちです。『ドラゴンボール』ではカリン様、神様、界王のところと皆が修行することになり、ワンパターン化が指摘されました。

また、作品は社会を映す鏡とされますが、現代の格差社会では努力して上昇するというスタンスが受け入れにくい面があるのではないかと考えます。『BLEACH』だけでなく、『ワンピース』も修行という要素は乏しいですが、これらの作品は極めて現代的です。

 

銀魂

『銀魂 第24巻』空知英秋著

銀魂 空知英秋 マンガ

◇読者レビュー◇ 信念を貫くキャラクターの清々しさ

本書は週刊少年ジャンプに連載中の人情コメディー漫画の単行本である。『銀魂』は黒船ならぬ天人(宇宙人)が来襲し、突如価値観が変わってしまった町、江戸を舞台としたSF時代劇である。勤皇の志士や新選組など幕末の人物をモデルとしたキャラクターが登場する。下ネタも多い少年誌連載漫画だが、アニメ化もされ、女性ファンも多い。

ギャグやバトル、人情など様々な要素が詰まっている点が『銀魂』の魅力である。第24巻は志村新八が文通をする話と、老人と老犬の話、ジャンプスクエアに掲載された読み切り漫画『13』から構成される。何れもギャグが詰まった展開であるが、最後の最後で、どんでん返しとなる。十分に笑った後に爽やかな読後感を味わえる。

『銀魂』は主人公・坂田銀時の魂という意味である。宇宙人の来襲で価値観が換わってしまった中でも、侍の魂を持ち続けた人物であることを示している。主人公も含め、『銀魂』のキャラクターは不器用だったり、普段は出鱈目だったりしても、意地にも似た信念を貫き通している。

キャラクターが一本筋の通った信念を有しているのは重たい過去を背負っているからである。一回限りで登場する老人や犬でさえ深いキャラクター設定がなされている。重たい過去があり、そこから目を背けずに行動しているからこそ、過去が明らかにされていない時はギャグになるような行動も読み終わってみると感動的なものになる。

記者(=林田)はマンションのだまし売り被害に遭い、売主の東急不動産(販売代理:東急リバブル)と徹底的に戦った経験がある(参照:東急不動産の遅過ぎたお詫び)。このスタンスは現在でも変わらないし、変えてはならないものと考えている。

http://www.ohmynews.co.jp/news/20071002/15698

そのような記者にとって信念を貫く『銀魂』のキャラクター達は共感が持てるし、眩しくもある。目の前の敵とひたすら戦うだけで、状況が変われば過去の敵も何故か味方になってしまうような戦闘漫画とは一線を画す面白さが『銀魂』には存在する。

 

集英社

200874日発行

定価:410円(税込)

192

 

【コミック】吉原炎上編に突入『銀魂 第25巻』

本書は週刊少年ジャンプで連載中の人情コメディーマンガの単行本である。黒船ならぬ天人(宇宙人)が来襲し、突如価値観が変わってしまった町、江戸を舞台としたSF時代劇である。この巻から吉原炎上編に突入する。

吉原炎上編は、その名のとおり、江戸時代の吉原をイメージした遊郭が舞台である。『銀魂』は勤皇の志士や新撰組など歴史上の人物をモチーフにしたキャラクターが登場し、歴史好きも楽しませてくれる作品である。吉原炎上編でも「ありんす」などの廓詞(くるわことば)を花魁が使っており、雰囲気を出している。

『銀魂』は基本的に1話や数話程度で話が完結するオムニバス形式であるが、この吉原炎上編は長く、この巻は全て吉原炎上編で占めている。この巻でも吉原炎上編は完結せず、時間以降に続く。

『銀魂』には珍しい長編であるため、シリアスな展開が続き、ギャグシーンが少ない。『銀魂』の魅力の一つは、ありえないようなキャラクターが繰り広げる抱腹絶倒のギャグの連続である。その点では、この巻は物足りなさが残る。

この巻の表紙は吉原炎上編で初登場する月詠である。この月詠が少ないギャグシーンを補う魅力を有している。月詠は吉原の番人「百華」の頭で、死神太夫と恐れられている最強の番人である。この月詠は空気を読んで相手をフォローするのが上手く、それが笑いを誘う。

一般に笑いは、日常と異なる言動が対象になる。従って空気が読めないキャラクターの言動を笑いの種にすることはよくある。『銀魂』でも、そのようなシーンは多い。しかし空気が読めることを笑いにする月詠のようなキャラクターは珍しく、新鮮である。

吉原炎上編では神楽の兄「神威」や宇宙海賊「春雨」のように過去に伏線的に語られた存在が登場する。天人に傀儡化された幕府の暗部など『銀魂』では謎になっている部分が多かったが、今後は少しずつ明らかになっていくものと思われる。

 

【アニメ】「銀魂」掟破りの最終章

テレビ東京系列で放送中のアニメ「銀魂」は2008925日に第125話「最終章突入」を放送した。「銀魂」は週刊少年ジャンプで連載中の空知英秋作のマンガが原作である。少年マンガの枠組みを破壊するような強烈なギャグと、登場人物の筋を通すカッコいい言動が魅力の作品である。

アニメでは原作の持ち味を活かし、原作以上に暴走している。アニメスタッフが好き勝手やっている感もあるが、原作を愛していることが伝わる演出になっている。

今回のタイトル「最終章突入」は最終回を思わせるタイトルである。9月は番組改編期である。アニメ放送が原作に追いついている状況であり、番組の終了も考えられない話ではない。前回(918日放送)の第124話「おねだりも度がすぎれば脅迫」の次回予告でも「最終章突入」と紹介されたため、番組が終了してしまうのかヤキモキしていた。

しかし、これも「銀魂」流の冗談であった。番組冒頭で、少なくとも半年先までは番組は続くが、盛り上げるために「最終章突入」としたことが登場人物・志村新八から語られる。「終わる終わる詐欺」とでも言うべきセコさに呆れた主人公・坂田銀時は今日の番組は終了と宣言してしまう。

放送開始から5分程度でエンディング曲「This world is yours」が流れ、次週の予告が行われた。さらに次の時間帯に放送される番組「キンコンヒルズ」の告知までされた。それに対して新八が突っ込み、登場人物が名シーンを振り返る総集編となった。

総集編に入るまでの上記のやり取りで、番組の前半を使っているが、その演出もユニークである。「銀魂」ではお馴染みの音声だけで進行する。画像は主人公の住居である万事屋の建物が固定されたたままで動きがない。放送事故ギリギリの際どいアニメである。

これはスタッフの手抜きと言えるだろう。しかし、過去の放送シーンを並べただけの他の番組の総集編とは一味違う。ある意味で手の込んだ総集編である。グータラであるが、お節介という「銀魂」の登場人物の性格に通じるものがある。

アニメ「銀魂」は20064月に放送を開始した。これから半年は続くとなると、3年間放送が続いたことになる。半年と言わず、4年目になっても何事もなかったかのようにダラダラと続いて欲しいアニメである。

 

「銀魂」月詠篇突入で人気キャラ再登場

テレビアニメ「銀魂」(テレビ東京系列)が2009101日放送の第177話「夜の蜘蛛は縁起が悪い」から月詠篇(紅蜘蛛編)に突入した。「銀魂」は週刊少年ジャンプで連載中の人情コメディーを原作とするアニメである。天人(宇宙人)が来襲し、突如価値観が変わってしまった町、江戸を舞台としたSF時代劇である。

今回からオープニングとエンディングの曲と背景映像も一新された。オープニング曲と背景映像は月詠篇にマッチしたものになっている。月詠篇では吉原炎上編に続き、遊郭・吉原が舞台になる。鳳仙から開放された吉原であったが、非合法薬物が蔓延するようになった。主人公・坂田銀時らは日輪からの依頼で薬物売買を仕切っている男に迫る。

吉原炎上編で初登場した人気キャラクター・月詠の再登場が月詠篇の魅力である。月詠は吉原の番人「百華」の頭で、美しい女性ながら顔に傷があり、戦闘は強いクールビューティーである。「わっち」「ぬし」などの廓詞(くるわことば)を使い、ツンツンした性格ながら、過酷な運命にあって日輪を守るという強い思いを抱いている。週刊少年ジャンプで行われた第2回キャラクター人気投票で一躍10位に浮上した事実が月詠の人気を証明する。

その月詠が銀時と二人で潜入捜査を行うことになる。ここでは月詠のクーデレ(普段はクールな性格ながら、親しい相手に可愛らしさ(デレ)を見せる)な性格を垣間見せる。しかも、二人は成り行き上、夫婦を称することになる。

「銀魂」のヒロインは神楽だが、年齢的に恋愛対象になり得ない。ロマンスになるヒロインとして、これまでは志村妙が一番近いポジションにあった。特に紅桜篇での「かわいくねー女」「バカな男(ひと)」は、お互いの気持ちを知りながら素直になれない不器用な恋人同士のやり取りそのものであった。しかし、妙は銀時すらタジタジになるほど凶暴で、ぶっ飛んだ性格を見せることが多く、恋愛対象になりにくい。この点ではクーデレな月詠に軍配が上がる。月詠の過去に迫る月詠篇の今後に期待大である。

 

NARUTO

NARUTO(ナルト)第43巻』岸本斉史著

NARUTO ナルト 岸本斉史

◇読者レビュー◇ 対立と愛憎の筋運びの巧みさ

本書は週刊少年ジャンプで連載中の忍者アクション漫画の単行本である。木ノ葉隠れの里の忍者・うずまきナルトらの戦いと成長を描く。週刊少年ジャンプの王道を進む作品と言えるが、この巻ではナルトの好敵手・うちはサスケが中心になっている。一族を皆殺しにした実兄・イタチとサスケの戦いに決着がつく。そして、うちは一族の悲劇の歴史やイタチの真意をサスケは知ることになる。

この真相が全て説明された区切りのよいところで単行本は終わる。区切りの良い場面で終わらせるために、この巻では頁数が大幅に増加している。第42巻の192頁に対し、この巻は248頁である。それに伴い価格も410円から450円に増加したが、単に雑誌収録分を順々に掲載する以上のコミックスへの思い入れが感じられる。

NARUTO』で感心するのは物語の筋運びの巧みさである。本記事では2点指摘する。

1にサスケとナルトの対立である。元々、サスケとナルトは同じ木ノ葉隠れの里の下忍として成長していった仲である。しかしサスケはイタチに復讐するために里を抜ける。これに対し、ナルト達はサスケを里に連れ戻そうとする。この巻でサスケの復讐には一区切りがつけられたが、真相を知ったサスケは完全にナルト達と敵対する道を選択する。

かつての親友と刃を交える展開は多くの作品で使い古されたストーリーである。しかし、親友であるというのは過去の設定であって物語の主軸は現在の対立であり、親友であった状態が長々と描写されることは少ない。

これに対し、本作品の特徴は作品の中でナルトとサスケが一緒であった時期が長いことにある。第27巻までの第一部の大半をナルトとサスケは共に過ごしている。当初は反発しあい、特にサスケはナルトを歯牙にもかけていなかったものの、戦いや任務を遂行する中で互いに認め合うに至る。それが20巻以上にも渡る長い作品の中で少しずつ丁寧に描かれた。その過程を読者もゆっくりと読み進めてきたからこそ、ナルトとサスケの戦いの悲劇性をリアルに受け止めることができる。

2にイタチ・サスケ兄弟の愛憎である。サスケは一族を皆殺しにしたイタチを深く憎んでいる。しかし、時折出てくるサスケの回想シーンでは優しかったイタチが登場する。ここからは「実はイタチは善人で最後に美しい兄弟愛が見られるのでは?」という予想も成り立った。ところが前巻においてサスケと対峙したイタチはサスケの特殊能力を奪うことが狙いと言い放った。

結局、兄弟愛溢れる展開は見られずに戦いは結末を迎えるが、この巻で過去の真相が明かされる。それが特定のキャラクターによる説明という形で明らかにされる点が特徴である。伝聞であって、必ずしも真実である保証がない。しかも語り手は謎が多く胡散臭いキャラクターであり、追い詰められて真実を吐いたというシチュエーションからは程遠い状況で語られた。

従って、再度どんでん返しがある可能性がある。読者に全ての情報が説明されるのではなく、主要キャラクターが認識した以上の情報は与えられない。だから読者もキャラクターと同じ目線で疑問を抱き、考えることになり、感情移入しやすい。いい意味で読者を裏切る筋運びの上手さを評価したい。

 

集英社

200884日発売

定価450円(税込)

248

 

キャラクターへの愛『NARUTO44巻』

本書(岸本斉史『NARUTO―ナルト―第44巻』集英社、2008114日発売)は週刊少年ジャンプで連載中の忍者アクション漫画の単行本である。木ノ葉隠れの里の忍者・うずまきナルトらの戦いと成長を描く。偉大な師あり、修行ありの少年漫画の王道を進む作品である。

この巻ではナルトは敬愛する師匠・自来也の訃報を知らされる。ナルトは自来也の師を受け入れられず、殻に閉じこもってしまう。ナルトの茫然自失とした状態を丁寧に描いている。

一般にバトル中心のアクション漫画では死が軽く扱われがちである。人があっさりと殺されても、何事もなかったように物語は展開する。反対に死を極端に遠ざけてしまう作品もある。明らかに死ぬ筈の状況になりながら死なない。重症になりながらも次回にはあっさりと回復してしまう。これも、ある意味では生命の軽視である。このような傾向と比べて本作品では命の重さを大切にしている。

アクション漫画では味方キャラクターと敵キャラクターで命の重さに差がある作品も多い。味方は中々死なず、致命傷を負っても回復する。これに対し、敵は後で味方になるような人気キャラクターを除き、倒されたら終わりである。敵のボスが負けた敵キャラクターを「失敗者は不要」として抹殺してしまうケースも少なくない。敵キャラクターは使い捨ての存在である。

ところが、この巻では敵であるゼツとマダラが以下の会話をしている。

「しかしここまで来るのにメンバーがこれほどやられるとはな」

「どっかしら問題はあったがみんな己の意思で貢献してくれた。デイダラ、サソリ、飛段、角都、彼ら無くしてここまで進展は無かった」

ゼツとマダラは死んでいったメンバーを哀悼している訳ではないが、彼らの存在を評価し、その死を損失と捉えている。本作品では敵軍の中でも人をかけがえのない存在として扱っている。敵味方を問わず、作者のキャラクターへの深い愛情や思い入れを感じさせる。

ナルトは自来也の死を乗り越え、自来也を倒したペインに対抗するだけの力を得るべく、仙人修行を始める。今後のナルトの成長に期待したい。

 

【アニメ】「NARUTO 疾風伝」師弟関係の落差

テレビアニメ「NARUTO−ナルト− 疾風伝」(テレビ東京系列)は2009611日に333話「大蛇の瞳孔」を放送した。「NARUTO」は岸本斉史が週刊少年ジャンプで連載中の忍者アクション漫画『NARUTO -ナルト-』が原作である。木ノ葉隠れの里の忍者・うずまきナルトらの戦いと成長を描く。

今回は主人公ナルトのライバル・うちはサスケを中心とした内容である。サスケは一族を皆殺しにした兄・うちはイタチに復讐する力を得るため、木ノ葉隠れの里を抜けて伝説の三忍の一人・大蛇丸に師事する。しかし、今回遂にサスケは大蛇丸に反旗を翻す。

NARUTO」は勝利・友情・努力の3拍子が揃った伝統的な週刊少年ジャンプの王道を歩む作品である。但し、近時の漫画は「努力」が軽視される傾向がある。漫画は空想的な異世界を舞台とした作品であっても、現実世界を映し出す鏡である。格差が深刻化し、身を粉にしても働いても貧困から抜け出せないワーキングプアという過酷な現実の前では、最初は弱かった主人公が努力だけで強くなる展開はリアリティに欠ける。

この格差社会の影響を「NARUTO」も受けている。主人公のナルトは四代目火影(木ノ葉隠れの里の長)の息子である。また、ナルトのチャクラ(忍者の使うエネルギー)が桁外れなのは九尾の妖狐を封じ込められているためである。好敵手のサスケはエリート一族である、うちは一族の出身である。しかも「NARUTO」には血継限界(遺伝によってのみ伝えられる特殊能力・体質)という設定まである。

それでも「NARUTO」が他の現代の漫画に比して努力の要素を色濃く出しているのは、師弟関係を強調しているためである。多くの登場人物に師弟関係(ナルトと自来也など)がある。師弟関係があることで、直接的な修行の描写を長々としなくても、登場人物が修行によって成長したことが推測できる。

この師弟関係は主人公側だけでなく、敵側にも存在する。サスケと大蛇丸の関係がそれである。主人公側の師弟関係が情愛で結ばれたものであるのに対し、サスケと大蛇丸の師弟関係は互いに相手を利用するだけの存在と位置付けていた。そのために今回の放送で両者は激突することになる。対照的な師弟関係が主人公側と敵側の落差を象徴していた。

 

週刊少年ジャンプ作品

一瞬一瞬の心理描写が深い『HUNTER×HUNTER 26巻』

本書(冨樫義博『HUNTER×HUNTER 26巻』集英社、2008103日発売)は週刊少年ジャンプの連載マンガの単行本である。架空の世界を舞台として、少年ゴン・フリークスらハンターの冒険を描く作品である。

この巻ではキメラ=アントという人間を捕食する危険な生物との戦いが山場を迎える。ゴンやキルアらがハンター試験を受験するところから始まった本作品であるが、このキメラ=アント編ではハンター協会会長に実力を認められるほどに成長した。キメラ=アントとの戦いはハンターとしてもレベルの高い戦いになっている。

タイトルにもなっているハンターは、念と呼ばれる特殊な能力を駆使して冒険する人々を指す。ハンターの使う念はオーラ(生命エネルギー)を操る能力で、念能力者は各々独特の能力を有する。荒木飛呂彦の作品『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンド(幽波紋)にも似ている。本作品はバトル中心のマンガであるが、個性ある念能力が戦いを単純な力対力の対決以上のものにしている。

とりわけ「制約と誓約」という念の特性が戦闘を複雑にする。これは能力の発動条件を厳しくすればするほど、威力が巨大になるという性質である。たとえば主要登場人物のクラピカの能力「束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)」は鎖を巻きつけることで相手を無力化できるが、幻影旅団員に対してしか使用できないという制限がある。戦いにおいては自分の能力の発動条件に適した状態にしなければならないため、頭脳戦の要素も出てくる。

さらに、この巻では強者同士のレベルの高い戦いが展開され、戦いの一瞬一瞬での心理描写が詳細になっている。攻防を繰り返す度にキャラクターの心理説明がなされる。戦闘シーンというと派手なアクションで魅せるマンガとなりがちであるが、これほど詳細な説明がなされることに驚きである。

戦いにおいてキメラ=アント側が合理的で、主人公側が非合理的という逆転現象が生じている点も興味深い。キメラ=アントの護衛軍は、あくまで王を守るという目的を忘れない。これに対して、ナックルは計画遂行よりもシュートが侮辱されたという怒りを優先させて行動する。それを諌めるべきシュートも、ナックルの行動を支持する。

人間の価値観に基づくならば人間を捕食するキメラ=アントは悪である。故にキメラ=アントと戦うハンター達の戦いは人間にとって正義の戦いになるはずである。しかし、戦いを担う登場人物は、むしろ自分達の感情に従って行動する。人類のためという偽善的な自負心が前面に出ない分、かえって作品にリアリティを持たせている。

特に主人公のゴンは恐ろしいほど非合理性を爆発させた。これまでゴンは天真爛漫な明るく優しい性格の持ち主として描かれてきた。暗殺者の家系に生まれたキルアや同胞を幻影旅団に滅ぼされたクラピカのような影がないため、キャラクターとしての深みに欠ける点は否めない。それが、この巻では戦意を示さないネフェルピトーと対峙して、やり場のない怒りで感情が制御できなくなる。優等生的なキャラクターの人間的な側面を垣間見ることができた。

本作品は度々休載され、連載再開がニュースとして報道されるほどの状態である。最近では単行本の発売と連載再開がセットになっている感もある。それでも打ち切られず、読者から見放されないだけのクオリティが本作品には存在する。継続して欲しい作品である。

 

『こちら葛飾区亀有公園前派出所160巻』秋本治著

こち亀 工場萌え 両津勘吉

◇読者レビュー◇ 工場の描写に感服

本書は週刊少年ジャンプで連載中のマンガの単行本である。漫画作品として有数の長いタイトルのため、「こち亀」と省略されることが多い。「こち亀」は基本的に一話完結型のギャグ漫画で、亀有公園前派出所に勤務する中年の警察官・両津勘吉巡査長(ニックネームは両さん)を主人公とする。

「こち亀」の魅力の一つは警察官を主人公としていながら、警察とは無関係な話題が豊富なことである。職業が警察官でなくても成り立つ話題の方が多いとさえ言える。

取り上げる話題は両さんの趣味や特技の多さを背景に、プラモデルやテレビゲーム、漫画、スポーツ、サバイバルゲーム、ベーゴマ、メンコなど多岐に渡る。「こち亀」は1976年から30年以上も連載が続いているが、様々な話題を扱っていることが長期連載を成功させている一因と考えられる。

この160巻でも話題は豊富である。サブタイトルにもなっている「海が呼んでいるの巻」では帆船の運転技術が取り上げられた。他にもテレビショッピングや移動型の回転寿司、携帯電話の新機能、コンピュータによる作画などがある。今では使われることの少ない帆船の運転からCGのような最新技術まで幅広い知識・技術を有しているのが両さんの驚くべきところである。

特に面白かったのは冒頭の「工場に惹かれての巻」である。これは工場鑑賞という最近注目されている趣味を扱った話である。工場の建物や配管の質実剛健さや機能美、SF映画に登場する近未来都市のような感覚を愛する「工場萌え」の感覚にとりつかれ、両さん達も工場見学に出かける。

通常の「こち亀」では、このような場合、両さんは対象分野に精通した、かなりのマニアである。しかし、ここではビギナーの位置付けである。見学先の工場で偶然に出会った工場マニアの奥深さには付いていけず、引いてしまっている状態である。このギャップが笑いを誘う。

この話の前提として「工場萌え」が一定のブームになっている現状がある。工場の写真集が売れ、工場見学ツアーも行われている。このような状況をヒントに作者が創作したことは、「工場萌え」の書籍を参考文献として挙げていることから判断できる。

しかし、「こち亀」の素晴らしい点は単に流行の話題を取り上げただけではない。漫画では工場が実に緻密にリアリティをもって描かれている。アシスタントが大変だったと思ってしまうほどである。工場の魅力と迫力を読者に伝わるようにしている。表面的に話題を借用しただけではなく、きちんと漫画の中に取り入れる姿勢には敬意を表したい。

たとえば車の漫画で車、軍艦の漫画で軍艦の描写にリアリティをもたせることは当然である。むしろ最低レベルの条件とさえ言える。しかし一話完結の「こち亀」では、次回は全く別の話題となってしまい、工場鑑賞の話題は二度と登場することがないかもしれない。それにもかかわらず、工場の描写に力を入れている。このような手抜きをしない姿勢が「こち亀」のクオリティを高めていると考える。

 

集英社

192ページ

定価410

20086月発行

 

幻覚のドンデン返し『REBORN!22巻』

本書(天野明『家庭教師ヒットマンREBORN!22巻』集英社、2008114日発売)は週刊少年ジャンプで連載中の少年漫画の単行本である。

主人公・沢田綱吉(ツナ)は勉強も運動もダメで気弱な「のび太」的な中学生であった。このツナの前に赤ん坊リボーンが現れる。リボーンはイタリアのマフィア・ボンゴレファミリーの超一流ヒットマンで、ツナをボンゴレの10代目ボスにするための家庭教師になる。

連載当初はリボーンの「教育」が引き起こすドタバタを描く一話完結のギャグ漫画であった。その後、バトル中心で主人公の成長が描かれるシリアス路線に変貌する典型的なジャンプ漫画の歩みとなっている。一方でリボーンが殺し屋(ヒットマン)でありながら赤ん坊というギャップや、かわいらしい外見も人気の一因である。

この巻では10年後の世界に飛ばされ、ミルフィオーレ・ファミリーと対決する未来編が展開している。10年前は主人公の近所に住んでいた少年・入江正一がミルフィオーレの幹部になっているなど意外な形で過去と未来が結びついている。

入江は10年前の世界では常識人として、リボーンらが引き起こすドタバタへの突っ込み役及び振り回され役であった。これは主人公ツナの役回りと重なるため、話に絡ませにくく出番も少なかった。一方、未来編では性格面はそのままながら、敵として対峙させることで腹黒さを出し、キャラを立てることができた。過去の脇役が上手に活かされている。

本作品の単行本のタイトルは常に「××来る!」という形になっている。この巻のタイトルは「蒼燕流特式来る!」である。タイトルのとおり、この巻では蒼燕流特式の使い手・山本武がミルフィオーレの幻騎士と戦う。山本は幻騎士に恐怖を感じたり、幻騎士と戦ったスクアーロの経験から謙虚に学習したりと真っ直ぐな存在である。これまでは老成されたイメージがあったが、ここでは等身大の中学生に近付いている。

対する幻騎士は、その名の通り幻術を使用する。幻覚と言えば存在しないものを存在するように見せかけることが先ず想起される。この幻覚により山本は戦意喪失寸前にまで追い込まれるが、自己の感覚と経験に自信を持つことで幻覚をはねのけた。ところが幻騎士は、存在するものを存在しないように見せかけるという幻覚も用意していた。

ドンデン返しは優れた作品のお約束になっている。戦闘シーンならば劣勢だった相手が次のシーンでは優勢になることでハラハラさせる展開となる。しか下手な作品で、これをすると無意味に劣勢と優勢の繰り返しが続く。その結果、「どうせ最後には主人公側が勝つのだろう」と飽きてしまう。それに比べると幻覚という点では同じながら質的に相違するものによってドンデン返しする本作品の筋運びは鮮やかである。

この巻では敵側であるミルフィオーレ・ファミリーでも内部対立と因縁を抱えていることが明らかになった。特にブラックスペルを率いるユニには多くの謎が残されており、単なる悪玉とは考えにくい。読者の予想を裏切るような展開を期待したい。

 

ジャンプ作品続編

【コミック】家族愛がテーマ『エンジェル・ハート 第27巻』

本書(北条司『エンジェル・ハート 第27巻』新潮社、200899日発売)は『週刊コミックバンチ』で連載中の漫画単行本の最新刊である。同じ著者の代表作『シティーハンター』のアナザーワールドにおける続編を描いたハードボイルドである。

冴羽リョウや海坊主(ファルコン)、野上冴子ら『シティーハンター』で馴染みのキャラクターが登場する。一方で海坊主が黒人であるように『シティーハンター』とは全く異なる設定もある。本作品でも『シティーハンター』にあるようなコメディは健在である。しかし、それ以上に本作品では交通事故死した槇村香の心臓を移植された香瑩(シャンイン)とリョウを中心とした家族愛が主題になっている。

本作品はリョウと香瑩がシティーハンターとして依頼人から請けた仕事を解決していく物語である。数話に渡って一つの事件が展開される。伏線を引き継ぐことはあるものの、事件毎のオムニバス形式である。

この巻では最初から最後まで一つのエピソードが区切りよく収録されている。前巻までは主人公達自身の戦いという側面が強かったが、この巻では依頼人の事件を解決するという基本構成に即している。今回の依頼人は喫茶店キャッツアイの常連客の老紳士である。

20年前に離れ離れになった家族を思う気持ちが涙を誘う物語になっている。台湾マフィアの正道会の過酷な掟が背景にあるが、関係する人物が皆、本性は善人である。そのため、悲しい話でありながらも、人間に対して希望を持てるような読後感が残る。

『シティーハンター』も本作品も連載当時の現代を舞台にした物語である。『シティーハンター』の連載は主に1980年代である一方、本作品は2000年代である。この時代の開きは作品にも反映している。携帯電話やインターネットなどのIT技術の普及があるが、本作品で特徴的なのは国際色が豊かになっていることである。

主人公の香瑩は台湾人であるし、新宿には日本のヤクザよりも台湾マフィアが勢力を伸張している設定になっている。この巻の依頼人も正道会のメンバーであり、それ故に異郷である日本で愛した家族への思いが強く感じられる。

 

敵をも感化させる主人公『蒼天の拳 第19巻』

本書(原哲夫作、武論尊監修『蒼天の拳 第19巻』新潮社、2008109日発売)は週刊コミックバンチに連載中のマンガの単行本である。人気マンガ『北斗の拳』の世界観を継承した物語である。

舞台は1930年代の中国で、北斗神拳第62代伝承者・霞拳志郎(かすみ けんしろう)が主人公である。ケンシロウの2代前の伝承者で、北斗二千年の歴史上、最も奔放苛烈と呼ばれた男とされる。タイトルにある蒼天は主人公の清々しい生き方を象徴している。

この巻では天授の儀が中心となる。天授の儀は北斗神拳の真の伝承者を決める闘いである。拳志郎は北斗劉家拳伝承者の劉宗武と戦うことになる。しかし、すぐに二人が戦う訳ではない。戦う前に二人で花見をして酒を酌み交わす。戦いの当日には竜巻が起こり、天授の儀を見守るために五爪の龍が光臨する。すぐに戦いを始めずに、天授の儀を盛り上げる展開である。

宗武はナチス・ドイツの将校として登場し、ひたすら争乱を求める奸雄的な位置付けであった。それが拳志郎と出会うことで大きく化けた。この巻では桜の花を見事と感じるような心の余裕も生まれている。単に北斗劉家拳伝承者だからというだけでなく、人物的にも天授の儀の相手として相応しい存在に成長した。主人公が巨大な敵と戦うことで成長する展開はよくあるが、本作品では反対に主人公が相手を感化させ、成長させる。拳志郎と接することで、蒼天を見るような晴れやかな気持ちになる。

宗武は拳志郎の最後の強敵としても遜色ないが、一方で本作品では未だ決着がついていない強敵として、西斗月拳のヤサカが残っている。ヤサカは極十字聖拳の流飛燕を殺し、宗武を負傷させるほどの使い手として描かれている。何より西斗月拳には北斗神拳始祖シュケンに皆殺しにされたという因縁がある。天授の儀の後には北斗神拳と西斗月拳の因縁に決着が付けられるのではないかと思われる。

しかし、この巻でのヤサカは精彩を欠く。ヤサカは天授の儀の激闘で弱り果てた剣士を倒そうとしているのではないかと北斗曹家拳伝承者の張太炎に嘲笑される。そして太炎に言われるままに天授の儀を見届けることになるが、拳志郎と宗武の動きが速くて目が追いつかない。太炎に「やつらはどこに?」と場所を教えてもらっていた。

確かにヤサカは飛燕や宗武を圧倒していたが、正々堂々と戦って勝利したわけではない飛燕との戦いでは少年を囮とし、少年を庇った飛燕を攻撃した。宗武との戦いでは、馬糞の中に潜み、杜天風を倒すことに夢中な宗武を不意打ちにした。戦い方までも踏まえるならば、それほど実力があるようには感じられない。

少なくとも現在の宗武の方が強そうであり、天授の儀の後でヤサカと決着をつけるというベタな展開では盛り下げてしまう危険がある。天授の儀を見届けることで、ヤサカも大きく化けるかもしれない。そのような展開を予想させる巻であった。