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林田力 大学教員の発明

大学の研究成果の産業界への積極的かつ効果的な技術移転の推進が叫ばれており[1]、実際、少なからぬ成果もあげている。例えば会津では県立会津大学を中心にして情報通信関連のベンチャーが集積しつつあるという[2]

サラリーマン的研究者に対しては、研究費をいかに国や県から獲得するかを日夜研究し、申請書類にはほんの僅かの進歩(ひどい時には前年の焼き直し)をさも大発見のように大げさに書くと批判されるが[3]、大学研究者の特許制度に対する意識も確実に変化している。特許を取得することに対して興味をもつ研究者は増加しており、現実に多くの研究者が特許出願している[4]。日本大学の研究チームは脳梗塞等に関連がある遺伝子約千種類の特許を国際出願した[5]。慶大の出願件数は五〇件である(二〇〇〇..一七現在)

 

APEC知的所有権シンポジウム(二〇〇〇..二八、二九)でも「大学における研究成果の知的所有権における保護と活用について」がパネルディスカッションのテーマとして議論された[6]

 

従来、大学教員(e.g.大学の長、教授、助教授、講師、助手)による発明は一般的な発明と同じ扱いでよいのか問題とされていたが、大学の研究活動、発明の態様が様々であって統一的な基準を定めることが極めて困難等の理由から扱いが各大学によって区々であった。

しかし各大学で扱いが異なっては不公平であり、又、特許管理システムが不十分なために大学教員の発明が活用されない等の問題が指摘され、文部省学術審議会特許特別委員会で検討された(一九七五年一一月)。一九七六年二月には文部大臣が「大学教官等の発明にかかる特許などの取り扱いについて」諮問を行った。特別委員会は一〇月に中間報告を発表し、一九七七年六月に答申を行った。

大学教員の職務について、学校教育法五八条は「学生を教授し、その研究を指導し、または研究に従事する」こととする。ここから発明を大学教員の当然の職務とするのは不適切である。又、研究内容は研究者の自主性に委ねられており、指揮命令による職務内容の決定方式とは大いに異なる。

大学の業務範囲について、学校教育法五二条は大学の目的を「学術を中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び、応用的能力を展開させる」こととする。

大学の目的は資本に見合う収益を上げることではなく、教育及び学術の研究の発展を図ることにある。従って権利は原則として個人に帰属させ、その発明の早期の実施化を図り、その収益により研究を更に発展させる道を開く方が合理的である。

例外的に以下の場合には発明が職務として予定されていたと解し、職務発明とする。応用開発を目的とする特定の研究課題の下に、使用者から特別の研究経費を受けて行った研究の結果生じた発明、及び使用者が特別の研究目的のために設置した特殊な研究設備によって応用開発を目的とする研究が行われた結果生じた発明である[7]

これらの発明を大学が予約承継するにはその旨の契約等の締結が必要であり、各大学は学内規定を整備しなければならない。国立大学には文部省「国立大学等の教官等の発明に係る特許権の取扱いについて(一九七八)」がある。この通知を受けて各大学では発明規定(規則)が制定された。

それらの規定により国立大学教員の発明は大体以下の流れに沿って処理されている。まず教員が発明した場合、所属する大学の長に届け出る。大学の長は当該発明にかかる特許を受ける権利を国が承継するか否か、大学内に設けられた発明委員会の審議結果に基づき決める。

私立大学では発明規定が未整備のところも少なくないが[8]、大体国立大学と対応する。慶大「発明取扱規則」(一九九八年一〇月二七日制定、一九九八年一一月一日施行)二条も大学に帰属する発明を「慶應義塾理事長が契約当事者である共同研究、受託研究による発明」「研究テーマを指定して義塾から受けた研究助成による発明」とし、国立大学と対応する。

これについては「文部省の書類を見ましても法的な意味で上述の例外的な場合でも職務発明とするとまでは断定していないと私は思いますが、政策論としてならば、こういう場合に限って権利が国に譲渡されることを考えてもよかろうといえましょう」とする見解がある[9]

(一) 個人に帰属する場合

大学教員の発明が個人帰属となった場合、特許出願等、当該発明の利用・処分は発明者たる教員に委ねられる。従来は無償で企業に特許を受ける権利を譲渡することが多かった[10]。全て自分で処理する方法以外には、特許を受ける権利を国に譲渡する、科学技術振興事業団に取扱いを委ねる、大学技術移転促進法により文部・通産両省の承認を受けた技術移転機関Technology License Organizationに取扱いを委ねる等の方法がある。国立大学教員がTLOを利用した場合、個人のみならず所属大学・学部にも実施料が還元される。

大学の資金・施設を用い研究した成果たる発明の処分が大学教員個人に委ねられてしまうのを不当とする見解もある。しかし大学は利益を大学に帰属させるために教員を雇っているわけではなく、学術研究の発展が目的だから、教員が発明を利用して収益をあげたとしてもそれが技術水準の向上に貢献するならば喜ばしいことである。

(二) 使用者に帰属する場合

私立大学の使用者は大学だが、国立大学の使用者は国である。国に帰属することとなった場合、大学の長は科学技術振興事業団に特許出願、企業への実施権設定、実施料徴収等を委託できる。国に帰属する場合は非独占・非差別・有償の三原則により、実施許諾が制約されてしまう。一九九六年度末に国立大学が管理している一一〇五件の国有特許の内、ライセンス収入を上げているものはわずか二三件に過ぎず、平成八年度の収入総額は三一〇〇万円である[11]

使用者が特許を受ける権利を承継した場合、発明者本人に相当対価を支払わなければならない。国が承継した場合は発明者個人には年間最大600万円の補償金が出されるが、上限の設定は相当対価の支払いを要求する特許法と矛盾する。

又、特許権による利益は研究組織(e.g.学部、研究室)にも研究奨励金として還元するのが望ましい。しかし国有特許の場合は所属大学にすら還元されない。

 

(三) 特許管理システム

特許権の取得手続が容易・迅速に行われること、権利の有効な活用が図られること等の要請に応えるため発明の発生から実施、その成果の配分に至る過程を一貫したシステムとして整備する必要がある。具体的な担当機関として発明委員会や技術移転機関TLO, Technology Licensing Organizationが設置されている。

特許出願手続、特許権の管理・実施等に関する業務は集中的に処理するのが適当である。特殊法人日本学術振興会がこの中枢システムになり、科学技術振興事業団(旧新技術開発事業団)等と連携し実施化の促進を図る。

大学等技術移転促進法(一九九八施行)により文部省、通産省の認可を受けたTLOは助成金や特許料の軽減等の優遇措置を受けることができるようになった[12]

国民などの税金で研究したテーマは論文で公にしなければならないが、企業は商品化するまで非公開を望むという矛盾もある[13]

東海大学では年間七−八〇〇件の産学連携による委託研究契約等が行われ、外部機関からの導入金額は二〇億円を超える[14]

TLOとの技術移転契約第一号は藤原雅美日大工学部教授の開発した測定装置の商品化である[15]。慶応大学のTLO知的資産センターは常勤職員が六人の小所帯だが、特許出願手続だけでなく、大学関係者向けの特許入門講座や企業が出したビジネスモデル特許に対する異議申立等も行った[16]

(四) 諸国

U.S. Bayh-Dole Actは政府援助の下で大学職員によってなされた発明を大学に帰属させる[17]。それまでは国に帰属させていた。米国大学の特許取得は年々増加し、米国の基礎技術開発の重要な一翼を担っている。一九九六年に特許を最も多く取得した大学はカリフォルニア・システム大学で一五九件、ライセンス収入は六三二〇万ドルという(Association of University Technology Managers, Inc.のレポート(一九九八))[18]。大学では特許権をTLOに管理させ、収益を上げている。

ドイツでは大学教員の発明は自由発明である(従業者発明法四一())。同条二項は発明がなされた研究所の所長が特に資金を投入していた場合は、発明者は発明の実施報告書を所長に提出する義務があり、所長は発明の利益の適当な分配を請求する権利を有するが、この分配を受ける利益は費やした資金の額を超えてはならない(同条())。英国では統一的な大学特許管理制度はなく、教員の自由に任せられている。

韓国では「大学教授の発明は、原則的に自由発明として取り扱われるべきであろうが、その教授が特定研究課題と関連して研究費またはプロジェクト予算を支給された上、研究を遂行した結果発生する発明や、大学が特定の研究の目的で設置した研究所においてその研究施設と人力を利用して完成した発明の場合には、これを職務発明とみるべき」とされる[19]



[1] 熊谷健一「特許法改正の現状と課題について」知財研・21世紀における知的財産の展望(雄松堂二〇〇〇)一九四

[2] 黒田英一「学校はものをつくる楽しさを教え、地域は人を育てるインキュベーターへ」『地域産業政策大賞』論文集(中小企業都市連絡協議会二〇〇〇)二六

[3] 村井深「研究者からパイオニア発明を発掘するためには」パテ五一−一一(一九九八)二八

[4] 眞壽田順啓「大学研究者を支援する知的財産権制度とその環境整備」パテ五二−二(一九九九)三三

[5] 「遺伝子一〇〇〇種特許を出願」読売新聞二〇〇〇..

[6] 佐藤修二「『APEC知的所有権シンポジウム』と『第一〇回APEC知的所有権専門家会合』について」コピライト四六九(二〇〇〇)一六

[7] 佐野良太「()先端科学技術インキュベーションセンター(CASTI)のケース」パテ五一−一一(一九九八)一四

[8] 隅蔵康一「日本における産学技術移転の確立に向けて」パテ五一−一一(一九九八)一〇

[9] 北川善太郎「京都大学発明取扱規定について」工業所有権法学会年報四(一九八一)一七三

[10] 三又裕生「大学の研究成果に関する新たな技術移転システム」パテ五一−一一(一九九八)

[11] 会誌広報委員会=三原裕三「特許流通促進策について」知財管理四九−九(一九九九)一二一六

[12] 知野恵子「TLOって何?」読売新聞二〇〇〇..一九

[13] 稲木英生「定年後の地域中高年の技術者・技能者活用制度」『地域産業政策大賞』論文集(中小企業都市連絡協議会二〇〇〇)六二

[14] 内田裕久「知的創造社会へのメッセージ」発明九六−一〇(一九九九)三七

[15] 「技術移転機関と契約第一号」日経新聞一九九九..二八

[16] 加藤弘之「大学での研究発掘」読売新聞二〇〇〇.一二.

[17] Kneller, R.=正林真之訳「米国の大学における技術移転業務の現行とこれからの課題」パテ五一−一一(一九九八)三二

[18] 服部健一「基礎技術開発を促す米国大学の特許取得及びライセンス収入の最大の大学はカリフォルニア・システム大学」発明九五−六(一九九八)二八

[19] 陶斗亨「韓国における職務発明と営業秘密の保護」AIPPI 45-11(2000)695