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『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』 iza haya 危機 Tumblr Twitter

入居直後に環境が悪化した新築マンション

だまし売りは論外だが、トラブルの共有が大切

 新築マンション購入失敗体験を報告する。私は2003年6月に東急不動産(販売代理:東急リバブル)から江東区の新築分譲マンション「アルス東陽町」301号室を2870万円で購入した。

 当時、私は江東区内の賃貸マンションに住んでいたが、下記の問題があり、引っ越しを検討していた。

 第1に当該マンションは築年数が古く、窓が少ないため、日当たりが悪く底冷えした。

 第2に同じ理由から通風も悪くカビが生えた。

 第3に永代通りという大通りに面しており、車の騒音に加え、飲み屋もあって夜間も酔客で騒がしかった。

 引っ越し先は賃貸だけでなく、分譲も検討に含めた。賃貸に比べて分譲が経済的に有利かという点は一概に判断できないが、環境の悪い賃貸に居住していると、可能ならば自分の所有している家に住みたいと考えるものである。

 東急リバブル販売担当者が勧めた301号室は2面採光・通風が確保されている上、永代通りから1歩奥まったところにあり、賃貸マンションと比べて環境面での好条件が期待できた。加えて販売担当者は東急不動産および東急リバブルの大企業としての信頼性を強調した。結果的には大失敗であったが、これが東急物件を購入する決め手となった。

 301号室の販売価格は3060万円であったが、販売担当者は四半期締めの6月中の契約締結という条件で2870万円への値引きを提案した。私が具体的な話をする前から値引きを持ちかけており、販売価格には二重価格的な意味合いが強かったのではないかと推測する。

 青田売りのアルスは2003年9月末に竣工(しゅんこう)し、無事に引き渡しが終わった。しかし、引き渡しから1年にも満たないうちに301号室の窓が接する隣地で建て替え工事が始まり、日中でも深夜のように一面が真っ暗になってしまった。至近距離に壁が接するため、通風も悪化し、冬場は窓枠に結露が生じるようになった。

 後日知ったことであるが、隣地所有者は東急不動産側にアルス竣工後の隣地建て替えを伝え、東急不動産側は影響がある住戸の購入者に説明することを約束していた。それにもかかわらず、販売時は都合の悪い事実を隠し、だまし売りした。このため、記者は消費者契約法(不利益事実不告知)に基づき、売買契約を取り消した。その顛末(てんまつ)は記事「東急不動産の遅過ぎたお詫び」(オーマイニュース)に詳しい。

 良好な住環境を求めて夢のマイホームを購入したつもりが、闇のマイホームとなってしまった。不利益事実(隣地建て替え)を知らなかったことが原因である。根本的な問題は消費者の信用が第一の大手不動産業者がうそをつくはずがないと東急不動産を信頼していたことである。東急不動産側からすれば、だましやすい理想的なカモに見えたであろう。

 その後、東陽町の隣の南砂町でも過去に同じような紛争があったことを知り、企業の体質的な問題であると実感した。数年前に東急不動産が分譲した南砂の新築マンションで引き渡し後、隣地に高層マンションが建設され、日照0時間になった。ここでも東急側は販売時には購入者に再開発計画を説明していなかった。

 歴史に「if」は禁物だが、南砂の紛争を購入時に認識していれば警戒できたかもしれない。悪意をもって、だまし売りする業者が営業していること自体が問題で、消費者が自衛しなければならない状態こそが本来誤りであるが、過去のトラブルを共有することは非常に大切なことである。

 私の購入時と比べると、現在では東急リバブルや東急不動産のトラブル情報がインターネット上を中心として広く流布している。これは好ましい傾向である。私も自身のトラブルを多くの人に伝えるために微力を尽くすことが責務であると考えている。

収納問題は専用部屋で根本解決

物品と住居のバランスが大事

 記者(=林田)の居住している一戸建ての特色は、収納用の部屋があることである。

 家は木造3階建てであるが、もともとは従業員の寮として使われていた建物であった。そのため、各階が独立して使用できるようになっていた。各階にキッチン、トイレ、浴室が存在していた。それをリフォームに際してキッチンと浴室をひとつに集約した(トイレだけは各階に残した)。撤去された1階のキッチンを収納専用の部屋にした。このような部屋があると便利である。

 収納部屋にはパソコン用品の箱やバッグ、冬場は使用しない扇風機、書籍や文書類を置いている。ほかの家と異なる特徴は文書類の多さである。記者はマンションの売買代金返還のために東急不動産と裁判をした(参照「東急不動産の遅過ぎたお詫び」)。その際の裁判資料がバインダー数冊分になっている。収納部屋には、それを保管する場所にもなっている。

 記者自身は、それほど物をたくさん持っているわけではないために、収納部屋にはまだまだ余裕がある状態である。もし物が増えた場合は棚を設置することで対応できる。

 ただし、記者としては収納で悩むほど物を増やしたいとは思わない。収納で悩むほど物を増やすよりも、収納が困らない程度に物を抑えるべきと考えるためである。

 そもそも収納が悩みになるのは家の広さに比べて物が多いためである。ここには経済大国としての物の豊かさとウサギ小屋と揶揄(やゆ)される住環境の貧しさを象徴している。

 確かに住環境が貧しいのだから、せめて物の豊かさは享受したいというのもひとつの考えではある。しかし、それは宣伝広告に踊らされて無駄な消費をした結果と感じられてならない。これからも物品と住居のバランスをとった生活をしていきたい。

【かんぽの宿問題】東急リバブル転売にみる民営化の問題

日本郵政による不可解な安値での資産(かんぽの宿など)売却が大きな問題になっているが、大手不動産業者の東急リバブルも多額の転売益を得ていることが判明した。東急リバブルは旧日本郵政公社から評価額1000円で取得した沖縄東風平(こちんだ)レクセンターを学校法人・尚学学園(那覇市)に4900万円で転売したという。

簡易保険(簡保)事業は税制面などで優遇され、その資産は日本国民の資産とも評価できるものである。それが低価格で譲渡され、東急リバブルのような企業が転売することで濡れ手に粟の暴利を貪る。これは日本国に対する裏切り行為である。この問題は民営化に内在する問題を示唆している。

公企業の民営化を推進する思想的バックボーンとなったのは新自由主義である。端的に言えば「民間にできることは民間に」という発想である。それでは何故、民間が行うべきかといえば政府(公務員)が担当するならば非効率になるためである。

資本主義の勃興期にはレッセフェール(なすにまかせよ)をスローガンとする自由放任主義が流布した。それは自由競争によって「神の見えざる手」が働き、公共の利益を増進させるという楽観論に基づいていた。

しかし、現実には自由放任の下では市場の失敗が発生する。例えば東急不動産(販売代理:東急リバブル)は不利益事実(隣地建て替えなど)を説明せずにマンションを記者に販売した。消費者保護という実効的な規制が機能していなければ、悪質な業者は騙し売りを続け、長期的には市場そのものの発展をも阻害することになる。このような市場の失敗を是正するために政府による介入が正当化されるようになる。

ところが、政府が介入し過ぎるとかえって弊害が生じることになる。市場に介入する政府は公正中立で神のような存在ではなく、間違った介入を行ってしまうからである。現実に政府を動かしているのは人間である。神ならぬ人間には市場の情報や知識を全て知ることは不可能である。従って市場の失敗を是正するための合理的な判断を下す能力があると過大評価できない。しかも、相次ぐ官僚の不祥事を引き合いに出すまでもなく、国民の利益よりも自分や身近な人間の利益を優先させている。このため、政府に過大な役割を負わせることは危険である。

これが「民間にできることは民間に」という新自由主義の思想的根拠である。

つまり、アダム・スミス的自由主義と新自由主義は市場原理重視という結論は共通するものの、そこに至る発想は真逆である。前者は自由放任が良い結果をもたらすという楽観論に立脚していた。これに対し、後者は政府を動かす人間には合理的な判断ができないという悲観論から消去法的に市場原理に委ねることを求めている。

政府(公務員)への不信が新自由主義の出発点となっている。この点からすると、郵政民営化のような強引な改革には危険がある。確かに民営化というゴールは政府の役割を減少させるという新自由主義の方向性に合致する。しかし、民営化の過程では、制度変更のために政府の担当者に大きな裁量権を付与することになる。その際に神ならぬ人間が適切に権限を行使するとは限らない。「かんぽの宿」をめぐる疑惑は、まさにこの点が突かれたものである。悲観論に立って国民が厳しく監視する必要性を示している。

【大河ドラマ】「天地人」義のために悩みながら生きた武将

2009年のNHK大河ドラマ「天地人」の初回「五歳の家臣」が2008年1月4日に放送された。「天地人」は戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した武将・直江兼続を描く。記者はドラマの原作を読み、書評記事を発表している(「【読書の秋】執着心のなさと悔恨『天地人』」)。

そこでは義や愛を掲げた兼続の思いを評価しながらも、思いと結果にはギャップがあり、スッキリしない面があるとの感想を記した。このため、matthew氏から「大河ドラマを是が非でも見なければならないとする気持ちに冷水を掛ける」とのコメントが寄せられた。

そこで実際の大河ドラマが問題となるが、中々の出来栄えであった。初回放送は天下人・豊臣秀吉(笹野高史)の謁見のシーンから始まる。秀吉は兼続(妻夫木聡)を直臣にしようとして金で懐柔したり、刀で脅したりするが、兼続は「主君は上杉景勝ただ一人」と応じない。義を貫いた武将としての面目躍如となるシーンである。

一方で謁見から退出した後には、天下への夢に使うために「金をもらっておけばよかった」と呟いている。迷うことなく義を貫き通した武将というよりも、義を貫くために悩みながら生きた武将というイメージが近い。妻夫木聡の武将姿には頼りなさもあるが、むしろ悩みぬく存在と考えれば好キャストである。

第1回放送では兼続の幼少期が中心である。幼少期の兼続である樋口与六(加藤清史郎役)が両親に愛されて育ったことが描かれる。父親の惣右衛門(高嶋政伸)は算勘の才に秀でた薪炭奉行であり、武士としては異色の存在である。与六にも「一生懸命働くものは侍も百姓も同じだ」と諭している。兼続は豊臣政権においては文治派の石田光成と友情を結び、江戸時代になっては産業振興で米沢藩の財政の礎を築いた。この兼続のバックボーンは父親譲りであることが理解できる。

一方、後には「唯一の主君」と大見得を切る喜平次(景勝の幼名:溝口琢矢)との絆はまだ描かれていない。周囲の大人の思惑から与六は喜平次の小姓として出仕を求められるが、本人は家を離れたくないと駄々をこねる。しかし、本人の意思は完全に無視された状態で話は進められてしまう。幼い息子を手放しなくない母親・お藤(田中美佐子)の気持ちも丁寧に描かれるが、小姓として出仕するという結論には影響を与えない。

本人の意思に反して周囲の状況に流されてしまうという状況は、義を貫く武将として兼続を評価する上で大きな不満である。これは原作の評価を落とす点でもある。例えば原作では兼続は千利休に師事し、尊敬もしていた。しかし、秀吉と利休が反目すると、兼続は秀吉の命に従い、兵を率いて利休の屋敷を包囲した。内心では茶人に対して兵を向けることを躊躇しつつも、行動としては命令を忠実に遂行する。

秀吉の「唐入り」(朝鮮出兵)に対しても内心では「大儀なき戦」と否定的評価を下す。しかし、秀吉の命令に従い、釜山に出陣し、戦果をあげている。自らは出陣せず、秀吉を諌める側に回った徳川家康とは大違いである。家康が朝鮮出兵に消極的であった背景には、無益な戦で自己の勢力を消耗したくないという動機があった。それは精神性においては義のための戦いを追求した兼続に劣ると評価することもできる。

しかし、朝鮮に出兵しなかったことによる勢力温存は家康の天下取りに寄与することになる。さらに徳川家が朝鮮に出兵しなかったという事実は李氏朝鮮との修交にも役立った。不幸な歴史が強調されがちの日朝関係であるが、その中で江戸時代は友好関係が築かれた時代として評価されている。動機が何であれ、朝鮮出兵に対する家康の消極的姿勢は大きな意義があった。義のために生きようとしながら結果を出せない兼続よりも、むしろ家康の方が大人物と思えてしまう。

第1回放送でも与六の内心に反して、小姓として出仕することになる展開は原作の矛盾点を髣髴とさせる。そのため、「義のためとか言いつつも、状況に流されるドラマになるのか」との失望が生まれかけた。しかし、最後の与六の「わしは、こんなとこ来とうはなかった」との渾身の叫びがひっくり返してくれた。子役の迫真の演技には脱帽である。唯一の主君となる景勝との絆が、どのように育まれていくのか、続きが楽しみなドラマである。

【テレビ評】「天地人」第2回、主君の度量

NHK大河ドラマ「天地人」第2回「泣き虫与六」が2009年1月11日に放送された。「天地人」は戦国武将・直江兼続を描くドラマである。人物紹介の側面もあった初回に対し、今回は与六(後の兼続)と喜平次(後の上杉景勝)の絆が描かれる。後年の上杉景勝と直江兼続主従の強固な信頼関係が納得できる描かれ方になっている。

上杉景勝と直江兼続主従と言えば兼続の才覚に着目されることが多い。「天地人」自体、兼続が主人公である。兼続の影に隠れてしまい、景勝自身の武将としての評価はそれほど高くない。しかし、有能な家老に多くを任せつつ、主君としての威厳を保つことは並みの凡将にできることではない。この回での喜平次はリーダーとしての資質の片鱗を見せている。

与六(加藤清史郎)は本人の意思に反して、喜平次(溝口琢矢)の小姓として越後上田庄の寺・雲洞庵で修業することになる。しかし、ホームシックにかかった与六は雲洞庵を抜け出し、実家に帰ってしまう。視聴者は与六に感情移入して観ている。それ故に与六の寂しさや家族恋しさは共感できる。与六が雲洞庵を抜け出すという行動に出たことも理解できる。むしろ、「わしは、こんなとこ来とうはなかった」とまで叫んだにも関わらず、新しい環境に順応してしまったのでは却って興醒めしてしまう。

一方、喜平次の立場で考えるならば、与六の抜け出しは主君への裏切りと捉えることも可能であった。無断で抜け出した与六に対して厳しい姿勢で臨むという選択肢もあった。しかし、喜平次は与六を追って、率直な胸のうちを吐露する。ここは感動的なシーンに仕上がっている。

主君が主君としての度量を見せたからこそ、家臣も忠義を尽くすことができる。最初に上に立つ人が示さなければならないのである。翻って現代日本では上に立つ人が範を示せているであろうか。例えば景気悪化で派遣切りに走るような企業の経営者を尊敬できるであろうか。上杉家は関が原後に会津120万石から米沢30万石に減封されたが、家臣を召し放つことはなかったという。大河ドラマ「天地人」は本格的な時代劇の趣でありながら、現代的な問題を提起する作品としても期待できそうである。

ポイント貯まるネット証券、徹底比較

ジョインベスト vs マネックス

 記者が口座を開設しているネット証券の中で取引によってポイントが貯まるジョインベスト証券とマネックス証券を紹介したい。

手数料10万円で、500円還元──ジョインベスト

 先ずジョインベスト証券はネットマイル(NetMile)を貯めることができる。株式売買手数料100円につき1マイルが付与される。ネットマイルの1000マイルはジョインベストの口座入金500円分に交換できる。そのため、還元率は0.5%である。

 ネットマイルは株式会社ネットマイル(東京・千代田区、山本雅社長)が運営するインターネット上の共通ポイントサービスである。共通ポイントサービスであるために様々なものに交換できる。また、ジョインベスト証券以外のサービスでも、ネットマイルを貯めることができる。

 既存のネットマイル利用者には歓迎できるシステムである。一方、ジョインベスト証券とは別会社が運営するサービスなので、ネットマイルを獲得するためには特別な手続きをしなければならない。ネットマイルに会員登録し、ジョインベスト証券とネットマイルに登録するメールアドレスを同一にするという条件もある。

 このため、ポイントサービスを利用していない口座開設者も多いように思われる。記者も口座開設当初はポイントサービスの存在自体を知らなかった。利用を始めたのは最近になってからである。

売買手数料で1%還元──マネックス

 次にマネックス証券では独自のマネックスポイントが存在する。株式売買手数料500円につき、1ポイントが付与される。ポイントはマネックスグッズ(投資関係の書籍が大半)・ANAマイレージクラブ・セゾン永久不滅ポイントへの交換、株式売買手数料への充当が可能である。

 株式手数料への充当は50ポイントで株式売買手数料250円に相当する。1ポイント5円の割合であり、還元率は1%である。還元率だけで見ればマネックスはジョインベストの倍である。ただ、マネックスは売買手数料自体も高いために一概に論じることはできない。

 マネックスポイントは取引によって自動的に貯まるものであり、ポイントを受け取るための特別な手続きは不要である。一方、株式手数料に充当する場合は前もって手数料充当の手続きをする必要がある。約定済みの取引の手数料を後から充当させることはできない。

 ポイント付与は色々な商品・サービスで行われているが、商品・サービスの購入が前提である。ポイントを貯めるためには、それなりの支出をしなければならない。一方、ネット証券の場合は株式の売買によって利益を出した(常に儲かるものではないが)上に、ポイントも貯まる。

 この点でネット証券は消費者にとってはポイントとの相性がいいサービスである。

■関連レポート
ジョインベスト証券についての記事「銘柄分散より、「時間分散」を実行」

楽天(JASDAQ:4755)に、実業・ネット通販首位の強さ

記者の戦績から分析する2009年注目銘柄

 2008年は投資家にとって散々な年であった。何しろ「100年に1度」と形容される大暴落である。記者の戦績も芳しくなかった。

 その中でコンスタントに利益を上げられた銘柄があった。それは楽天(JASDAQ:4755)である。

 記者の取引スタイルは数日のスパンで売買するもので、スウィングトレードに近い。

 購入した株式は約定価格から数ティック上乗せして機械的に売却注文を出している。利益は確定して初めて利益であり、含み益には関心がない。もっと上昇するかもしれないという皮算用からホールドすることは少ない。

 その反面、余裕資金で投資しているため、含み損にも無頓着である。あまり損切りはせず、塩漬けのままにしている。

 この方法は急騰する銘柄よりも、同じ価格帯で上がったり下がったりを繰り返す銘柄に向いている。一方、昨今のように株価が急激に下がる環境では利益を上げることは難しい。株価が上昇した場合は数ティック分の利益しか上げられない。一方、下落した場合は含み損が際限なく広がる。利益は小さく、損失は大きいため、トータルでは赤字になってしまいがちである。

 記者の投資スタイルには改善の余地があるものの、この方法でも利益を上げられた銘柄が楽天である。

 それは相場の下落傾向に左右されない楽天の安定性が要因である。楽天はショッピングモール「楽天市場」を運営する会社である。

 楽天の株価は50,000円台で推移している。1株が単位株になっているため、少ない資金で購入できるという魅力がある。一般的には東証1部に比べて取引量の少ないJASDAQ上場ながら取引は活発である。1日での値幅は1000円を越えることが多く、投資対象として相応しい。

 この楽天の2008年の年初来高値、年初来安値、上場来安値は以下の通りである。

・年初来高値 67,600 円(08年5月7日)
・年初来安値 39,950 円(08年1月17日)
・上場来安値 33,300 円(07年7月23日)

 注目すべきは年初来安値が1月に起きていることである。9月のリーマン・ショック以後、年初来安値を更新することはなかったのだ。08年の年初来安値も、その前年の上場来安値を更新していない。

 リーマン・ショック後は40,000円台に下がったものの、11月には50,000円台に戻っている。

 これは同じくIT企業で1株が単位株となっており、株価も近接しているヤフー(東証1部:4689)とは対照的である。ご覧の通り、ヤフーはリーマン・ショック後に、年初来安値(=上場来安値)をつけている。

・年初来高値 55,400 円(08年4月7日)
・年初来安値 25,600 円(08年10月10日)
・上場来安値 25,600 円(08年10月10日)

 楽天は経営面では、2008年12月期連結決算で、保有するTBS株の評価損656億3700万円を特別損失に計上するなど、不安材料も存在する。また、過去にはライブドア事件が起きたことの連想で、歴史の浅いIT企業そのものに不安感を抱く向きもあるだろう。

 しかし、ネット通販首位という楽天の本業はゆるぎない。ネット通販は消費者への商品・サービスを提供する一つの形態として定着している。決して電脳空間だけの虚業ではない。この点が楽天の株価を支えている要因と分析する。

 日本のIT企業の草分け的存在といえばソフトバンクである。ソフトバンクの強さは「ソフトの流通」を押さえたことである。多くのITベンチャーが「ソフトの開発」に力を入れた中で、異端の戦略であった。しかし、流通を押さえたことで、どのようなソフトが売れようとソフトバンクが利益を上げられる仕組みを構築できた。

 楽天には、これと似たような強みが感じられる。2009年も楽天の株価には注目していきたい。

成り行き注文で高値掴みしてしまった教訓

銘柄選びには出来高も重要

 株式取引において銘柄選びが重要であることは言うまでもない。

 銘柄選びというと、企業の有望性や安定性に目がいく。この視点から記者も銘柄選びをすることが多いが、投資目的によっては問題があることがある。

 この点について、記者が経験した株式取引から論じたい。

 記者が2007年10月に日本ハウズイング(東証2部:4781)の株式を購入した。日本ハウズイングは独立系(デベロッパーを親会社としない会社)のマンション管理会社大手である。この株式の購入動機は記者が日本ハウズイングに好感を抱いていたことである。

 記者が居住していたマンションでは分譲会社指定の管理会社・東急コミュニティーに管理を委託していた。しかし、長期修繕計画の計算誤りによる修繕積立金不足や管理組合文書の漏洩が発覚し、管理組合では管理会社を変更することになった(参照:マンション管理会社を変更して、経費削減に成功)。

 日本ハウズイングは、提案時から管理会社リプレース後の対応に至るまで、期待以上の対応をしてくれた。記者の物件に限らず、多くのマンションでデベロッパー指定の管理会社任せをやめて、適切な管理会社を選択すれば、効率化や経費削減が可能である。日本ハウズイングのサービスを実際に確認しているために有望な企業であると判断した。

 そこで株価が値下がりしたタイミングを狙って購入しようと考えた。

 記者は取引時間に中はトレードしない。取引終了後に当日のチャートを見て、翌日の注文を出すスタイルである。

 株価が下がったと思われるタイミングで、翌日の始値で確実に購入できるように成り行き注文を出した。それが2007年10月4日である。

 前日の10月3日の終値は730円。それまで740円台から750円台を推移していたため、購入時機到来と判断した。

 ところが、これが失敗であった。10月4日の始値は760円に高騰したのである。

 高騰したのは始値だけで、その後の半月ほどは730円〜750円くらいを推移した。どうやら自分の成り行き注文によって株価を高騰させてしまい、高値掴みをしてしまったのだ。

 幸い、10月26日には株価が買値を上回り、利益を確定させることができた。しかし、売却するまでの半月以上は資金を動かすことはできなかった。

 投資対象としての日本ハウズイングの問題は出来高が少ないことである。そのために短期的な取引には向いていない。その後、2008年2月、日本ハウズイングでは原弘産によるTOBなどの波乱要因はあったものの、日々の出来高が少なく、値動きも小さいために短期的な投資対象としての関心は低下している。

 建前論では株式を購入することは、当該企業に出資するということである。微小な割合とはいえ、資本参加することである。だから自分が支持できる企業を選択することは正しい。好き嫌いで銘柄を決めることさえ、誤りとは言えない。

 しかし、上場企業の株式は、それ自体が商品となって流通させることを前提としている。特に短期のキャピタルゲインを狙うためには商品としての割り切った判断が必要になる。

 企業の分析とは別に、株式そのものについても分析しておくことの重要性を記者は上述の取引から学習した。

『北海道の洋服化への道』の感想

 本書は衣服の面から北海道(特に函館を中心とした道南地方)の生活文化の歴史をまとめたものである。土地の古老の話を聞き取った貴重な記録の成果である。

 著者の専門は被服学であり、本書のタイトルも「洋服化への道」であるため、一見すると北海道における洋服の普及史と思える。しかし、本書では衣服を切り口にしながらも、生活文化全般に渡る。人間が常に身に着け、一番身近な人工物である衣服は生活文化の中核的要素であることを示している。

 本書通読後の最初の感想は生活文化において衣服の占める位置が大きいにもかかわらず、同じ国内の数世代前の衣服について、ほとんど知られていないことへの驚きであった。著者も「はじめに」で北海道の近代の衣服に関する文献が少ないことが出発点であったと述べている。

 また、当時の衣服が、あまり残っていないことも意外である。この点は著者も実物を調査できなくて苦労している。これは僅か数世代前の文化が記憶されることなく、消失しつつあることを意味する。その意味で本書の取り組みの意義は大きい。

 本書から感じた北海道の生活文化の特色は進取の気風である。北海道は環境が異なる他地域からの出身者が集まったという独特の歴史的経緯がある。新しいものを受け入れて自分のものにしていく気風が本州よりも強いと感じた。本記事では2点ほど指摘したい。

 第一に学生の制服である。北海道では早くから洋風の制服が推進されていた。例えば明治後半から広まった女学生のエビ茶袴は青森県よりも北海道の普及時期が早い。本書では青森県で普及が遅れた理由を「教育界の上層部が伝統に固執していた」と推測する(155ページ)。

 その後、1970年代になると高校学園紛争が勃発し、北海道では制服を廃止する高校が増加する。一方、東北地方で服装自由化実施の動きが生じるのは、かなり後とする。第二に結婚式である。道南地域では披露宴よりも、会費制の祝賀会形式が普及しているという(137ページ)。本州では結婚祝いの金額が不明瞭である。それに比べると会費制は金額が明瞭で合理的である。

 一般に歴史となると政治史、特に政治指導者の人生に関心が集中しがちである。しかし、社会を形成しているのは民衆である。軽視されがちな民衆の生活史を取り上げた本書の意義を高く評価したい。

 最後に一点だけ本書に指摘する。各地の出身者が集まって北海道の日本人社会は形成されていくが、無人の土地に移民したわけではない。北海道にはアイヌという先住民が存在した。和人による北海道の生活文化の発展の影にはアイヌ文化の抑圧と犠牲が存在していた。アイヌの衰退と同化の過程にも目も向けることで北海道の生活史としての本書の完成度を高められると考える。

【書評】『歌舞伎町のシャブ女王』薬物依存の怖さ

本書は「夜回り組長」の異名をとる著者(石原伸司)と「歌舞伎町のシャブ女王」と呼ばれた太田アスカの壮絶な交流記録である。著者は暴力団組長を引退後に作家となった。

現在は作家として活動しながら、繁華街を夜回りし、非行少年少女の更生に尽力する。その活動はNHK「ゆうどきネットワーク」(2008年10月31日放送)で「特集〜夜回り組長 再出発の応援歌〜」と特集されるなど、広く認知されるようになった。

暴力団組長という経歴を持ち、大勢の非行少年少女と向き合ってきた著者にとっても、アスカは衝撃的であった。著者をして「こんな女、見たことがない」と言わしめるほどであった。何しろ13歳からの筋金入りのシャブ(覚せい剤)&セックス中毒者である。自分を裏切ったヤクザの組長を警察に売る一方、刑事をシャブ漬けで破滅させるという荒業を行った。

そのアスカは著者(石原)と出会うことで更生を決意する。しかし、荒んだ生活が身についてしまっているアスカは一筋縄ではいかない。商業的には非行少女の更生物語として感動的にまとめたいところである。著者自身、本書の企画時点ではアスカの更生物語とするつもりであったと書いている。急死した飯島愛さんを目標としてタレントとして売り出す構想まであったという。

ところが、アスカが失踪するなど現実は期待通りに進まなかった。本書ではアスカに裏切られた著者の困惑と落胆を率直に記している。予定調和の展開にならず、話の座りは悪いものの、ありのままに記録した著者を始めとする出版関係者の誠実さは高く評価したい。

更生物語としては中途半端になってしまった本書であるが、それ故にこそ薬物中毒の怖さが印象に残る。一度中毒になってしまうと抜け出すことは容易ではない。止めた後も何年にも渡って心身を損なう。本書のアスカも幻覚に苦しめられており、それが不可解な行動になっている。

本書出版後の2008年は有名大学の大学生への大麻汚染が社会に衝撃を与えた。その背景として薬物依存に対する認識の甘さが指摘されている。大麻の吸引がファッション感覚になっているという。その意味で当初の企画からすると不本意な内容になったとしても、本書は非常にタイムリーな書籍である。期せずして社会の問題意識に適合した内容になった。多くの人が本書を読み、薬物依存の怖さを認識して欲しいと感じた。

『歌舞伎町のシャブ女王 覚醒剤に堕ちたアスカの青春』
石原 伸司
(バジリコ 2007年12月22日)

【書評】暴力団と対決『警察裏物語』

本書(北芝健『警察裏物語 小説やTVドラマより面白い警察の真実』バジリコ、2006年)は元警視庁刑事による警察の内幕を扱った作品である。

2年後に出版された続編(北芝健『続・警察裏物語 27万人の巨大組織、警察のお仕事と素顔の警察官たち』バジリコ、2008年)がユニークな警察官や事件をピックアップした傾向があるのに対し、本書はマクロな視点で警察の仕組みについて書かれている。いわば続編が面白い内幕話を集めたのに対し、本書は警察のありようを一般に理解してもらうための基本書である。

本書は警察内部の話だけではなく、警察から見た右翼、左翼、宗教団体などについて言及する。警察学校では右翼について「右翼もまた民主主義の破壊者であることを諸君たちは忘れてはならない」と教えているという(92頁)。

左翼側からは右翼と警察の癒着が批判されることがある。しかし、上述の警察学校教官の言葉は右翼も取締りの対象であり、ズブズブの蜜月関係でないことを示している。一方で、「右翼もまた」という表現からは警察組織が思想的には右翼に近いところにあるところを正直に吐露している。本書では殊更に警察を美化することもなく、一方で不本意な退職者にありがちな過度に貶めることもしていない。副題に「警察の真実」とあるとおり、等身大の警察を描いている。

特に本書で力を入れているのは暴力団との対決である。現在の暴力団は潜行化し、表の経済への進出が著しい。本書では東急グループを例に暴力団と大手企業の癒着に触れている。「東急コンツェルンが広域組織系フロント企業との仕事を通じ、コンツェルンそのものが広域暴力団組織に乗っ取られそうになった」という(244頁)。実際、広域暴力団の関係者が1989年に東京急行電鉄に株式を大量に買い付けた話は有名である。

暴力団に対し、著者は以下のように断言する。「ヤクザが相手の精神性を省みず、暴力によって利益を上げていこうとする事実がある以上、警察はヤクザと対極に位置しなければいけない」と断言する。そして暴力団と「闘争(コンフリクト)し続けること」が警察官の責務とする(245頁)。

暴力団の問題点を「相手の精神性を省みず」と表現したことは卓見である。暴力団のシノギは一般の取引のように自由意思によらず、相手の自己決定権を侵害するから社会悪になる。脅しではなくて騙しになるが、私は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実(隣地建て替えなど)を説明されずに新築マンションを購入してしまった経験がある。

引渡し後に真相を知った私にとって、不利益の結果以上に不利益の説明を受けた上で判断する選択の自由が損なわれたことが許せなかった。故に消費者契約法に基づき、売買契約を取り消した。暴力団が社会悪であるのも、暴力被害をもたらすという結果以前に、相手の精神的自由を侵害する点にある。人権や民主主義という観点から著者の言説に問題を感じたことも皆無ではないが、精神への侵害を憎む著者の正義感は純粋に評価したい。

自然な形で肌の潤いを保つスキンケア

【体験レポート】男性の肌にこだわった携帯用スキンケアキット

 DHC for MEN ハイライフ トライアルキット(さっぱりタイプ)は、DHCマリンクレイフェースソープ、DHCライト&リフレッシングフェースローション、DHCライト&リフレッシングフェースジェル、DHCサンスクリーンフェースミルクの試供品4点からなる。

 実は私は皮膚に何かをつけるのはあまり好きではない。ベトベトする感覚に違和感を覚えるためだ。しかし、とりわけ乾燥した冬季には肌のカサつきが気になる。とはいえローションを塗った結果、ベトベトするとかえってそれが不快になるという状況であった。これが体験レポート「男性の肌にこだわった携帯用スキンケアキット」に応募した背景である。

 トライアルキットは2008年11月21日に当家に到着し、翌日から使い始めた。トライアルキットは銀色のポーチに入っている。このポーチはおしゃれなので、試供品を使い終わった後も旅行時の小物入れにも使えそうである。

 トライアルキットに同封されていた説明書によると、4点セットは以下の効果が期待されている。最初に洗顔ソープで、皮脂・汚れを除去し、ローションで肌に潤いを与える。それからジェルによってローションで補給した水分の蒸散を防ぎ、日焼け止めで紫外線をブロックする。

 以下、試供品ごとの使用感を述べる。

 第1に洗顔ソープである。洗顔ソープはプラスチックのケースに入っている。せっけんの色は写真では灰色であるが、実物はもう少し緑色が入っている。微妙な色合いはマリンクレイ(海泥)、麦飯石、緑茶エキスなど多彩な成分が配合されている影響と思われる。使用方法には「ソープを濡(ぬ)らして充分に泡立てて、泡で顔全体を包み込むように洗います」と記載されているが、少し濡らした程度でも充分に泡立った。

 第2にローションである。ローションは「さっぱりタイプ」の名の通り、無色透明な液体である。水をつけるのと同じような感覚で、皮膚には全く負担がかからずに潤いを補給できる。肌がカサついている時に塗れば、さわやかな気持ちになることができる。このローションが4点セットの中では私の一番のお気に入りである。

 第3にジェルである。こちらも無色透明な液体であるが、ローションと比べると粘性がある。ローションしか塗らない状態であると、塗った当初は肌に潤いあるが、次第に蒸散して肌が乾燥してしまう。実際にジェルを塗ることで潤い感を持続することができた。

 第4に日焼け止めである。この製品はUVAとUVBを共にブロックできるという。これは白い液体でドロッとしているが、丁寧に塗ればベタつかず肌になじむ。日焼け止めは満遍なくきちんと塗らなければ効果が薄い。しかし、一定量を塗ると白さが残ってしまう製品もあり、難しいところである。この製品は白浮きしないので、安心して塗ることができる。

 私が肌について意識し始めたきっかけは東急不動産との裁判闘争であった。

私は不利益事実(隣地建て替えなど)を説明されずに東急不動産(販売代理:東急リバブル)から新築マンションを購入したため、引き渡し後に消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、売買代金返還を求めて東急不動産を提訴した(参照「東急不動産の遅過ぎたお詫び」)。

裁判を抱えているということはストレスとなり、肌のコンディションを悪化させる。一方で裁判では原告本人として外見にも気をつけるように心がけた。裁判において見た目も重要であることは書籍でも指摘されている(梅中伸介『訴えてやる!』扶桑社、2007年、102ページ)。

肌がカサつき過ぎると貧相に見えてしまう。一方でクリームを濃厚に塗りたくった状態もだまし売りの被害者らしくない。ケア不足や拙劣なケアで悪印象を与えてしまったならば明らかに損である。そのため、自然な形で潤いを維持してくれるスキンケア製品を求めていた。この点、本製品は私の期待を満たしており、朝の洗顔後の習慣として取り入れたいと考えている。

【KFC】辛旨チキンとサーモンサンド

ファーストフード大手のケンタッキーフライドチキン(KFC)で辛旨チキン(からうまチキン)とサーモンサンドを食べた。ともに期間限定メニューである。

辛旨チキンは辛めの和風チキンで、2008年12月26日から発売されている。和風チキンということで、和服姿の井川遥さんが出演するテレビCMも放送されている。

これまでもKFCでは「香り揚げ醤油チキン」や「ゆず辛チキン」などの和風チキンを販売してきた。それらは、お高く澄ました上品な和風という感じであった。これに対し、辛旨チキンは泥臭い和風である。ニンニク醤油で味付けし、唐辛子の辛さが効いている。チキンというよりも唐揚げ的なイメージである。決して上品ではないが、直球的な味付けはファーストフードに適している。

和風味付けで成功したファーストフード商品といえばテリヤキバーガーである。これも決して上品な和風を追求したわけではなかった。ドロドロとした味付けが魅力である。辛旨チキンも近いところを狙っているように思える。テレビCMでは井川さんが辛旨チキンを食べた後で指に付いた衣を舐めるシーンがある。上品な食べ方ではないが、ファーストフードの目指すべき美味しさをよく理解している。

サーモンサンドはオホーツク産のピンクサーモンのサンドで、2009年1月8日から発売された。レタスとマヨソースも一緒に楕円形のパンにはさんでいる。チキン専門のKFCでサーモンに違和感を抱く向きもあるかもしれないが、調理方法の点でチキンのフライ技術を活用できる。サクサクした衣ですっきりした味である。辛旨チキンのようなホットな辛さのチキンとは対照的であり、良い組み合わせであった。

KFCのサンドも基本はハンバーガーと同じく円形である。KFCの場合はハンバーガーショップと異なり、チキンがメインである。イートインではチキンはバスケットに入れられて提供される。そのため、円形のサンドも注文するとトレーが窮屈になりがちである。サーモンサンドのように細長いパンではチキンと一緒のトレーの収まりが良い。これは意外な発見であった。

ファーストフードの期間限定商品は年中行事のようになっているが、考えて作られていると感じられるメニューである。

『かっぽうぎ』の三品定食【吹田】

手作り居酒屋『かっぽうぎ』JR吹田駅前店で昼食に三品定食を食べた。

『かっぽうぎ』は手作り料理をセールスポイントとするチェーン店である。JR吹田駅前店はJR西日本・吹田駅を出てすぐの場所にある。複合施設・吹田さんくす1番館の2階に位置するが、JR吹田駅の改札口が2階にあり、ペデストリアンデッキで連結されているため、文字通り改札を出てすぐである。

三品定食は、ご飯、味噌汁に、おかず三品が付いた定食である。おかずは主菜が1つ、副菜が2つである。主菜・副菜とも複数種類あり、カウンターに並べられている皿をカフェテリア形式で選択する。

前金制であり、最初に入り口のレジでお金を払う。次に、お盆をとって、隣のカウンターから、おかずを選択する。

私は主菜にハンバーグ、副菜に豆腐・ポテトサラダを選択した。最後に奥のカウンターから、ご飯と味噌汁をとって席に着く。お茶はセルフで注ぐ形である。

カウンターに並べてある作り置きのものをとっていく形であるため、ハンバーグもできたてのアツアツではない。しかし、冷たくなっているわけでもない。この点は実家の手作り料理というコンセプトに合っている。作り置きのものを選択するために待たずに食べられる点は昼食向きである。それでいて安食堂のように食べ終わったらすぐに出なければならないわけでなく、お替りやお茶を飲んでゆっくりできる雰囲気が良い。

『かっぽうぎ』では実家に帰った雰囲気を売りにしており、食べ終わって店を出る時は「行ってらっしゃい」と送り出す。秋葉原のメイド喫茶が珍しかった時代は、店を出る時に「行ってらっしゃいませ、ご主人様」と声をかけることが話題になったが、『かっぽうぎ』のコンセプトも類似しており、面白く感じられた。

◆『かっぽうぎ』JR吹田駅前店
住所:大阪府吹田市朝日町1番
TEL:06-4860-7272

【ロッテリア】食べ応えある絶品ベーコンチーズバーガー

ロッテリア新大阪駅店にて2009年1月16日に絶品ベーコンチーズバーガーを食べた。

ロッテリアは大手ファーストフォードチェーン店である。新大阪駅店はJR新大阪駅構内の改札の外にある店舗である。絶品ベーコンチーズバーガーは絶品バーガーシリーズの1種で、2008年11月21日から発売された。絶品シリーズは上等な食材を使用した高級志向のハンバーガーである。新大阪店では注文に悩んでいると店員から「絶品ベーコンチーズバーガーは如何ですか?」とリコメンドされた。また、レシート上段にも「とろーりチーズと極上ベーコンの絶品ベーコンチーズバーガー新発売!!」というコピーが印刷されていた。ここからはロッテリアにとって絶品ベーコンチーズバーガーが重点商品であることが分かる。

絶品ベーコンチーズバーガーの見た目は想像していたよりも小さい。特にマクドナルドのメガマックやクォーターパウンダーに馴染んでいると余計小さく感じられる。ボリュームではなく、凝縮された高級感で勝負している商品である。

絶品ベーコンチーズバーガーはビーフとチーズ、ベーコンのサンドである。バンズやビーフパティ、チーズは絶品シリーズの元祖商品である絶品チーズバーガーを踏襲している。味付けにはケチャップを使わず、素材の味で勝負する。また、サラダもはさまず、チーズと肉を前面に押し出している。

絶品ベーコンチーズバーガーは絶品チーズバーガーにベーコンが追加された形である。これによって、味わい深さが増した。チーズは言うまでもなく、バンズもビーフも柔らかい。これに対し、じっくりと燻製されたという厚切りのベーコンは噛み応えがある。ベーコンが一枚入るだけで食感は大きく変わる。

但し、厚切りベーコンは中々噛み切れない。噛み切れない結果、ベーコンだけが引っ張り出されてしまうこともある。ベーコンだけを先に食べ、残りは単なる絶品チーズバーガーになってしまう。食べ方には気をつけるべき点があるが、小さいながらも自己主張の強いチーズやベーコンによって食後も食感が持続するハンバーガーである。

足利将軍の菩提寺・常光円満寺【吹田】

慧日山・常光円満寺(大阪府吹田市元町)は行基によって開かれた高野山真言宗の寺院である。JR京都線(東海道線)吹田駅及び阪急北千里線吹田駅から共に徒歩5分の場所にある。JR吹田駅は大阪の新幹線の玄関口・新大阪駅から2駅である。大阪に立ち寄った際にふらっとアクセスできる立地である。

常光円満寺は市街地の中にあるが、西暦736年(奈良時代)に開かれたという歴史のある寺院である。摂津国八十八箇所の第42番の霊場でもある。境内は自由に入ることができる。

開山の行基は鎮護国家の仏教であった奈良時代において積極的に民衆救済に取り組んだ僧である。そのため朝廷から弾圧されたこともあったが、やがて影響力が朝廷にも認められ、行基は東大寺の大仏造営にも協力することになる。常光円満寺は行基の布教道場として始まった。
室町時代には将軍・足利義満が深く帰依し、足利将軍の菩提寺になった。本堂(浜の堂)正面の香炉には二つ引両(足利将軍家の家紋)が描かれており、足利家ゆかりの寺であることを示している。往時は広大な寺領荘園を保有して繁栄していたが、応仁の乱で全焼してしまった。再建されたのは江戸時代になってからである。

現在では水子供養で有名である。境内の絵馬掛に掛けられた絵馬には「産んであげられなくてごめんね」などと書かれえたものも多く、水子供養の寺院であると改めて認識した。常光円満寺はウェブサイトでも水子供養のお寺であることを前面に出している。遠隔地や事情があって参詣できない人向けにネットからも水子供養を受け付けている。供養料の支払いはコンビニ払いも可能であり、近代化されている。

常光円満寺では水子供養の他にも厄除けや安産祈願をしている。水子供養は地蔵堂、安産祈願は七福神両天堂と別々のお堂で行っている。日本仏教は葬式仏教と揶揄されることもあるが、常光円満寺では人々の救済に目を向けているように感じられた。民衆と歩んだ開山の行基の精神を受け継いでいる寺院である。

【テレビ評】「天地人」第3回、ラブコメと戦国ドラマ

NHK大河ドラマ「天地人」第3回「殿の初恋」が2009年1月18日に放送された。「天地人」は戦国武将・直江兼続を描くドラマである。第2回までは子役(加藤清史郎)が中心であったが、この回からは妻夫木聡がメインとなる。

この回はサブタイトル「殿の初恋」が示すとおり、伝統的な大河ドラマには似つかわしくないラブコメ調である。民放の恋愛ドラマで活躍するキャストを揃えただけのことはある。

直江兼続と言えば切れ者というイメージがある。また、その主君である上杉景勝も無口ながら謹厳実直で威厳があるという印象である。両者共に老成した重々しいイメージである。ところが、この回の主従はコミカルで軽い。兼続(与六)は景勝(北村一輝)のためを思って色々と画策するが、全て空回りしてしまう。活躍は場を白けさせた景勝のために田舎踊りを陽気に踊って雰囲気を和ませたことくらいだが、これも智将のイメージとは異なる。

景勝も上杉謙信の別の養子・景虎(玉山鉄二)と比較される冴えない男という設定であった。また、兼続の尻を叩こうとするようなどお茶目な一面も見せている。主従に対する印象が大きく変わる回であった。大人物に成長していく主従を観ていくのが楽しみである。

前2回が泣ける話として感動的にまとめられたのに対し、今回はて笑えるシーンが多かった。また、景勝のシャイぶりに観ていて恥ずかしくなるほどであった。今回登場したヒロイン・お船(常盤貴子)と兼続が結婚するのは御館の乱後で、まだ先である。しばらくはラブコメ調が楽しめそうである。

今回は恋愛要素が強い一方で、戦国大河ドラマとしての要素も健在である。戦国武将を演じる俳優の雰囲気が歴史の教科書に登場する戦国武将の絵と非常に合っている。吉川晃司演じる織田信長は長興寺(豊田市)所蔵の紙本著色織田信長像(狩野元秀作)にそっくりである。

また、阿部寛演じる上杉謙信も熱演している。初回で登場した景虎時代の謙信は目が凛々と輝く豪傑風であった。史実の謙信は家臣同士の争いに嫌気をさして高野山に入ってしまうような繊細なところもあった。阿部謙信からは、そのような弱さは感じられない。一方で今回は法体姿で登場した。この姿は上杉神社(米沢市)所蔵の上杉謙信公像に似ている。阿部謙信は他者から観た謙信の再現と言える。

視聴率が好調と報道されている「天地人」はラブコメとシリアスな時代劇が同居する大河ドラマとして幅広い層に支持されそうである。

【書評】『逢えてよかった』少年少女を見下す大人への怒り

本書は少年少女の更生に尽力する著者(石原伸司)の活動記録である。著者は暴力団組長であったが、引退後に作家となった。現在は作家として活動しながら、渋谷センター街などの繁華街を夜回りし、一人でも多くの少年少女を悪の道から救おうとしている。いつしか著者は「夜回り組長」と呼ばれるようになった。

本書の特色は著者が非行に走る少年少女達と正面からぶつかっていることである。綺麗事や理屈ではなく、体当たりでぶつかっている。それ故に少年少女から真実を引き出せている。実際、本書ではリストカットを繰り返す両親や娘に売春を要求する親など、非行に走った少年少女達の衝撃的な家庭環境が明かされている。これらは当人にとっては中々他人に話せない内容である。それを聞き出せただけでも、著者が少年少女から信頼されていることが分かる。

そして著者の優れている点は現代の少年少女が置かれている厳しい社会環境を問題として認識していることである。現代の少年少女は、過去の世代と比べると物質的には豊かであり、はるかに恵まれている。そのため、現代の少年少女の非行を物質的豊かさ故の精神的病理と分析する向きもある。

しかし、この種の分析には落とし穴がある。非行に走る少年少女は甘やかされて育った現代っ子特有の贅沢病と突き放すことになりかねないためである。それは少年少女の苦しみから目を背け、「最近の若い者は」的な無意味な批判に陥ることになる。そして自衛隊に入隊させて性根を叩き直せば良いという類の間違った解決策を生み出すことになる。

これに対し、著者は現代っ子が昔以上に大変な状況にあると認識している。故に著者は「最近の若い者は」と無意味に偉ぶることはしない。これが著者の夜回りの大きな成功要因である。当たり前のことのように思えるが、これは非常に大変なことである。著者自身は敗戦後の焼け野原の中を浮浪児として過ごしている。食べることや寝る場所を探すことに苦労する少年時代を送っていた。生物的な意味で生きることの大変さは現代っ子の比ではない。

著者は「悪の道を歩いてきた自分だから、非行少年少女を受け止められる」と言うが、それほど簡単ではない。むしろ凡人ならば「俺の方が苦労している。それに比べて最近の若者は……」となってしまうのではないか。その意味で少年少女の苦しみを受け止められる著者の共感力には非常に優れたものがある。

その著者が本書で少年少女が荒れる原因を端的に説明している。それは以下の文章である。

「子供を軽く扱い、軽視する、そんな大人の態度は子供にもわかる。子供がイラつき、キレる原因はこれだろう」(117頁)。

記者(=林田)は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実(隣地建て替え)を説明されずに新築マンションを購入してしまった経験がある。これは裁判にまで発展するトラブルになった。

記者の怒りは騙し売りをされたことに対して向けられただけではなかった。「たらい回しにしておけば泣き寝入りするだろう」というような消費者を見下す東急リバブル・東急不動産の不誠実な姿勢にも怒りをかきたてられた。それ故、著者の分析には大いに共感する。

記者には東急リバブル・東急不動産という明確な敵、分かりやすい悪があった。しかし、子ども達の場合は漠然とした大人社会に対する反感となってしまい、怒りの明確な対象が見えにくい。その結果、自分や身の回りの人を傷つける方向に向かってしまう。ここに大きな悲劇がある。

少年少女の問題は当の少年少女ではなく、大人が大人の視点で論じるため、どうしても少年少女の現実を無視した的外れな議論となってしまうという限界がある。その中で本書は少年少女と正面からぶつかった力作である。少年少女の置かれた状況を理解するために多くの人に読んでほしい一冊である。


『逢えてよかった―夜回り組長にココロを預けた少女たちのホンネ』
石原伸司 著
産経新聞出版発行
日本工業新聞社発売
2008年8月8日発行
243頁

北芝健氏からミクシィ年賀状が届いた

ネット時代の新たなファンサービス

 元警視庁刑事で作家の北芝健氏がミクシィ年賀状をファンに送付した。記者(=林田)あてにも北芝氏と親交のある作家・石原伸司氏が一緒に写っている写真付きの年賀状が届いた。Web 2.0時代の新たなファンサービスの一形態として注目される。

 ミクシィ年賀状はSNS最大手のミクシィ(mixi)によるサービスである。住所や本名が分からないマイミクシィにも、日本郵便のお年玉付き年賀葉書で2009年の年賀状を郵送できる。年賀状を送りたい人はミクシィ上で送付先のマイミクを選択する。受取人にはミクシィからメッセージが送られる。メッセージの指示に従って住所を登録すると、ミクシィが年賀状配送手続きをしてくれる。

 作家やコメンテーターとして活躍している北芝氏は、ミクシィのユーザーでもある。ミクシィの日記上において自身の出演する番組やイベント、書籍の出版についてアナウンスしている。元モーニング娘。の後藤真希さんがミクシィ内のプロジェクトSWEET BLACKにて新曲「Fly away」を発表するなどミクシィを利用したプロモーションはニュースにもなっているが、北芝氏もミクシィを効果的に活用している。

 誰でもアクセスできるWebサイトと異なり、SNSは会員(登録者)でなければ閲覧できないクローズドなコミュニティである。そのため、可能な限り多くの人に告知したいプロモーションには一見すると向いていないように思える。

 しかし、Webサイトは閲覧者側でアクセスしにいかなければ見てもらえないのに対し、ミクシィでは日記を書けばマイミクのトップ画面にも更新情報が伝達される。そのため、マイミクの目に留まり、閲覧される可能性が高い。何よりもマイミクという形でつながっていることが親近感を持たせてくれる。

 北芝氏の面白い点はマイミクの希望者に年賀状を送付するにあたり、条件を付したことである。それはミクシィのレビュー機能を利用して書籍の感想を書くことである。対象の書籍は北芝氏の著書『続・警察裏物語』(バジリコ)などである。これはWeb 2.0の傾向を見事にとらえたやり方である。

 従来の枠組みでは北芝氏のような作家は情報の送り手であり、ファンは受け手と位置付けられる。送り手と受け手の立場は固定化していた。しかし、インターネットの発達によって一般消費者も情報の発信者になれるようになった。消費者自身にも受け手に甘んじることをよしとせず、自己表現の欲求が存在していた。「インターネットが社会を変える」というと技術面に関心が集中しがちであるが、消費者の潜在的欲求を実現できる技術が整ったことが重要である。

 北芝氏はマイミクに書籍の感想の発表を求めることで、消費者の表現欲を上手に刺激した。意識的であるかは別として、北芝氏はマイミクを単なる情報の受け手とはとらえていない。単に新しいシステムとしてインターネットを利用するだけでなく、インターネット時代のユーザー心理を踏まえている。世代的にも元警察官という経歴からもインターネットに対して保守的であってもおかしくないが、技術に振り回されずに上手に利用する姿勢は注目に値する。インターネット利用の面からも北芝氏の今後の活躍を期待したい。

さよならドーミーイン新大阪センイシティー

リーズナブルなビジネスホテル

 大阪府大阪市淀川区西宮原のホテル「ドーミーイン新大阪センイシティー」は賃貸借契約終了に伴い、2009年1月31日に営業を終了する。記者は2009年1月13日から駆け込みで宿泊した。ドーミーインは株式会社共立メンテナンスの運営するホテルチェーンである。

 ドーミーイン新大阪センイシティーはJR西日本新大阪駅徒歩10分の繊維卸問屋街を中心とした複合商業施設「新大阪センイシティー」(愛称:ゆめっせ)内にある。施設には100店以上もの繊維卸問屋が軒を連ねる上にホームセンターのコーナンなどもある。

 「1月限定 大バーゲンプラン」で予約した記者の宿泊料金は、朝食付き・サービス料および消費税込みで1泊4200円であった。新大阪駅徒歩10分という好立地ながら割安である。朝食はバターロールとトーストを好きなだけ食べられ、ホットコーヒーも飲める。

 料金が安い理由の1つに、トイレおよび洗面所、浴室が個室にはなく、共用であることがあげられる。いちいち部屋から出なければならないのは不便である。しかも扉がオートロックではないため、部屋から出る度に施錠しなければならない。

 とはいえ、トイレなどが遠く離れた場所にあるわけではない。特に記者が宿泊した部屋は向かい側が大浴場であった。すぐに浴場に行け、湯冷めすることなく部屋に戻れた。

 いちいち施錠して部屋から出なければならない程度の不便によって料金が安くなるならば、その方が望ましい。しかも狭いユニットバスよりもサウナ付きの広い大浴場の方がゆったりした気分になれる。日々の生活を送るわけではなく、せっかくの宿泊なのだから非日常の感覚を味わうのも良い。

 ただし、向かい側が大浴場であることには難点もある。浴場に出入りする宿泊客の足音などでうるさいためである。しかも、浴場の前には入浴中にルームキーを保管するためのロッカーがある。液晶画面で暗証番号を指定する電動のロッカーで、操作の度にピーピーと電子音がする。それが部屋の中からも聞こえてしまう。早朝に入浴する宿泊客も結構いるために記者は物音で起こされてしまった。とはいえ起床に苦労する記者にとっては、物音で目が覚めることは悪いことではない。

 低価格が魅力のドーミーイン新大阪センイシティーでは、リーズナブルにするための工夫をしている。その1つが「エコ運動キャンペーン」である。連泊する宿泊客は滞在中の清掃を不要と連絡すると、ドーミーイン特製のミネラルウオーターをもらえる仕組みになっている。これは北海道・大沼国定公園の横津岳山麓(さんろく)から湧(わ)き出た天然水500mlである。

 新大阪は営業終了となるが、別のホテルでも無駄を省き、消費者にとってもコスト面でも環境面でも有用な取り組みを継続することを期待する。

『ケータイ不安』の感想

 本書はケータイやネットによるトラブルから子ども達を守るための入門書である。子ども達がケータイやネットを使用することに対する漠然とした不安を検証し、具体的なリスクへの対処法を教授する。本書は大きく3部に分かれる。

 第1部では子ども達のケータイやネットの使い方を概観する。
 第2部ではケータイやネット利用で巻き込まれる危険の予防とトラブルの対処法を説明する。
 第3部では教育機関や業界、社会の取り組みを紹介し、今後を展望する。

 本書のスタンスはケータイやネットを頭ごなしに悪と決め付けていないことである。ネット世界が子ども達にとってリアルよりも危険とは限らない。ネットで知り合っただけの人の誘いに無防備について行ってしまう子どもは、路上でナンパされても無防備について行ってしまう可能性があるとする。しかも路上では強引に車に連れ込まれて誘拐されてしまう危険があるが、ネット上では無理やり誘拐される危険はない。

 また、ネットでは別人格になれるという特性についても、それによって子供たちが救われる面があると指摘する。リアル世界で息苦しい子どもの変身願望を満たすことができるためである。

 人は自分が理解できる範囲しか理解しようとしない。そのため、ケータイやネットについて無知な大人は頭ごなしに危険視する傾向がある。これに対してIT社会の現実を直視する本書は、子ども達のケータイ使用を禁止してしまおうとする保守的な傾向を「軽率な対応」と批判する。「発達段階に応じた情報モラルを教え、インターネットの新しい世界へ大人が子どもを適切にナビゲートすることによって初めて、ネットいじめや犯罪から子どもを守ることができる」とする。

 一方で著者はネットやケータイを使いこなす現代っ子を礼賛するだけではない。ユニークな点は炎上についての分析である。炎上は批判コメントが殺到するネット上の現象である。この炎上であるが、子ども達のサイトでは何ヶ月も炎上することはほとんどないという。悪口の書き込みがなされてもスルーされて、元の雰囲気のまま楽しく会話が続く。もしくは悪口を契機として誰も書き込まなくなってしまう。

 著者は「いったん誹謗中傷がなされると反論もせず、周りも引いてしまうせいではないか、炎上するほどにまで相手にぶつかっていくエネルギーがなくなっているせいではないか」と推測する。そして炎上することさえできなくなった子ども達は言いたいことも言えず、ストレスを溜め込み、いつか爆発させてしまうのではないかと危惧する。

 炎上は否定的に言及されることが多いが、これまでは発言の場がなかった市井の個人が怒りを表明できるようになったという側面がある。多くの人が怒りのコメントを書き込むことで、リアル社会におけるデモと類似の効果がある。

 例えばビジネス誌の週刊ダイヤモンドは、従来は泣き寝入りしていた消費者がネット上で企業への不満を主張し、炎上させる状況を「お客が企業に対等にモノを言う時代」に突入したと位置付ける(「ウェブ炎上、<発言>する消費者の脅威−「モノ言う消費者」に怯える企業」週刊ダイヤモンド2007年11月17日号)。

 公正のために補足すると、前掲ダイヤモンド記事は私の東急不動産に対する裁判が関係する。この裁判を契機として、「自分もこのような目に遭った」と東急不動産や販売代理の東急リバブルへの批判がインターネットで急増して炎上状態になったと記事では報道する。

 話を本書に戻すと、子ども達が炎上しないとの著者の分析は考えさせられる。現代の子ども達がネット空間においてさえ、「炎上するほどにまで相手にぶつかっていくエネルギーがなくなっている」ならば、非常に勿体ないと感じる。

 リアル空間において相手にぶつかっていくことは非常に大きなエネルギーを要する。特に相手が政府や大企業のような巨大組織や権力者である場合は尚更である。これに対してネットではコストをかけなくても個人が情報発信者になれる。これはネットが発達する以前では考えられなかったことである。

 本書の子どもは物心ついたときからネットが存在するデジタル・ネイティブである。ネットが当たり前な彼らは却ってネットの恩恵を意識しにくいのかもしれない。それ故に日常会話をメールで代用する類の当たり障りのないコミュニケーションに活用するだけではスキルの持ち腐れである。たとえITスキルは劣っているとしても、大人だからこそデジタル・ネイティブに教えられる内容はある。その意味でも保護者が子どもを導くことを想定して書かれた本書の意義は大きい。

【書評】『やんちゃ、刑事。』破天荒でも相違は尊重

本書は元警視庁刑事で作家の著者が半生を振り返った自叙伝である。喧嘩に明け暮れた不良少年時代からヨーロッパ留学中のラブロマンス、ユーラシア大陸を横断する放浪旅、一念発起して警察官となり、公安警察に異動するまでを描く。

著者は自らの警察官の経験を元にした書籍を数多く出版している。本書で記載されたエピソードも類書(『警察裏物語』『スマン!刑事でごめんなさい。』など)と重なるものが多い。北芝作品はエンターテイメント性が強く、どこまでが真実で、どこからが誇張なのか微妙な話もあるが、別々の書籍でも繰り返し登場するエピソードは作り話と切り捨てられないリアリティがある。

類書と比べた本書の特徴は放浪旅の経験に紙数を割いていることである。著者は英国留学をしていたが、日本への帰途はバックパッカーとしてユーラシア大陸を横断する。安宿に泊まりながらギリシアやトルコ、イラン、アフガニスタン、インドを旅していく。

北芝作品の魅力は痛快な武勇伝である。それは警察官になる前の喧嘩エピソードにも警察官時代の殊勲にも共通する。一方、それを自慢話に感じてしまう向きもあり、好き嫌いは分かれるところである。記者は著者に好感を抱いており、エンターテイメント性を楽しむために本書を手に取った。しかし、本書には武勇伝に留まらず、含蓄ある言葉が存在する。

イギリス留学の箇所において著者は以下の述懐をしている。「当時は、人種差別は今よりもひどかったけれども、やっぱり相手の文化をしっかりと学び、尊敬の気持ちを示せばちゃんと分かり合えた」(74頁)。

また、警察時代についての箇所では警察内部の職種(交番勤務や刑事)で優劣を判断する傾向を批判する。

「仕事の優劣なんてまったくない。例えば警備の任務にしても、交通課の協力がないと交通整理もできないし、信号も変えられない。そのため、お互いの部署間の関係にはとても気を使うし、お互いを尊重しあっている。だから、一つの仕事に対して優越感や劣等感なんて内部的思考は全くない」(177頁)。

日本社会の悪平等主義に対しては以前から強く批判されている。一方で平等幻想の破壊後に出現した格差社会は「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」の語が示すように悲惨な状況である。ここには日本人の相違に対する未熟さが表れている。

日本人は異なる人に対して優劣をつけたがる傾向にある。正社員と契約社員、営業と事務職、刑事と交番勤務と異なる立場の人がいると、どちらが上でどちらが下かというレッテルを貼らなければ気が済まない。相違が格差に直結してしまうために、格差に反対する側の論理も相違を否定する悪平等主義に陥ってしまう。

その点、著者の感覚は相違があることを認めた上で、相違があることを尊重している。ここには悪平等主義も格差意識も存在しない。著者の日本人離れした感覚は閉塞感に苦しむ日本社会において非常に貴重である。


『やんちゃ、刑事。』
北芝健(著)
竹書房
2007年11月30日

【アニメ】「クレヨンしんちゃん」謎のしんこ再登場

テレビアニメ「クレヨンしんちゃん」(テレビ朝日)は2009年1月23日に「また! しんこちゃんだゾ」を放送した。「クレヨンしんちゃん」(略:クレしん)は5歳の幼稚園児、野原しんのすけの生活を描く作品である。臼井儀人の同名の漫画が原作になっている。

「また! しんこちゃんだゾ」では謎の少女・しんこが登場する。しんこは「謎のしんこちゃんだゾ」(2008年12月5日放送)に続き、二回目の登場である。「謎のしんこちゃんだゾ」は普段の「クレしん」らしくないミステリアスな雰囲気で、明確なオチがなく、インターネット上で話題になった。今回の放送でも、しんこの謎は明らかにならなかった。

しんこは、5歳くらいの少女である。しんのすけや妹のひまわりと同じ下ぶくれの顔である。しんのすけやひまわりと習性や癖も類似する。しんのすけと同じ言い間違い(「おやつ」を「おつや」と言う)もしている。何故か野原家について詳しい。しんこが登場する時には、うんち状の灰色の雲が発生し、非日常の雰囲気を強く醸し出している。また、しんこが登場すると雨が降り出す。そして突然いなくなる。

このような特徴からSF風に考えれば未来のひまわり、ファンタジー風に考えれば異次元世界の女性版しんのすけ、怪談風に考えれば母親みさえの流産した子など様々な推測が可能である。
初登場時のしんこは、みさえとひまわりに積極的に接触していた。一方、今回は父親のひろしの前に登場した。初登場時は霊がひまわりへの乗っ取りを企んでいるのではないかという不気味さがあった。しかし今回の放送を観ると、そのような可能性は否定できそうである。道路を飛び出して車に轢かれそうになった、ひろしをしんこが助けており、未来から来たという推測を補強させる。

しんこは、ひまわり、みさえ、ひろし、シロと接触したことになるが、主人公のしんのすけとはまだである。むしろ前回はしんのすけの帰宅時に姿を消し、今回はしんのすけが遊びに行ってしまった後に登場した。しんこは、しんのすけとの出会いを避けているようである。そもそも、しんこという名前からして、しんのすけを連想させる。しんこは、ひまわりやみさえよりも、しんのすけと関係が深い存在であると予想する。「クレしん」らしからぬ「しんこ」の登場によって、「クレしん」がますます楽しみになっている。

【映画】警察の腐敗に迫る「ポチの告白」

警察タブーに正面から切り込んだ大作映画「ポチの告白」が2009年1月24日に東京の新宿K’s cinema(ケイズシネマ)でロードショーとなった。本作品は警察問題ジャーナリストの寺澤有氏がスーパーバイザー・原案協力・出演の3役をこなしている。この寺澤氏と大学の先輩後輩の関係にあたるのが記者の知人の御堂岡啓昭氏である。記者は御堂岡氏に誘われて公開初日の初回上映を鑑賞した。

本作品は真面目な警察官・竹田八生(菅田俊)が警察組織の中で悪徳に染まり、自滅するまでを描く。数々の警察犯罪を取材してきた寺澤氏が内容を提供しただけあって、警察の腐敗の実態はウンザリするほどである。しかも、恐ろしいのは警察犯罪を糾弾できない仕組みになっていることである。司法機関や報道機関までも抱き込んだ警察による恐怖支配の体制が描かれている。

本作品の登場する警察官は腐敗した悪人ばかりである。総務の女性職員さえ捜査協力費の虚偽請求に協力している。しかし、彼らが全て骨の髄まで悪人然としていないところが、かえって問題の根深さを感じさせる。本作品一番の悪徳警官は刑事課長(後に署長)の三枝(出光元)であるが、その彼でさえ好々爺然としたところがある。自らの責任回避を最優先とする小役人でしかない。陰謀話の後に趣味の釣り自慢をするなど、自らの悪事について真剣に自覚しているかさえ疑わしい。公務員失格であることは論を俟たないが、悪人としても無責任である。

それは主人公の竹田にも当てはまる。彼の告白は宣伝コピー「日本を震撼させる、衝撃のラスト6分」のとおり、とても迫力がある。しかし結局のところ、「警察官は上司の命令には従わなければならない」ということである。自分の行動によって被害を与えたことに対する内省の要素は乏しい。この無責任体質は政治家や行政、企業の不祥事にも共通する。

記者(=林田)は大手不動産から不利益事実(隣地建て替え)を説明されずにマンションを購入したために裁判で売買代金を取り戻した経験がある。このトラブルで記者が絶望したことは、一生に一度あるかないかの買い物で問題物件を騙し売りし、消費者の人生設計を狂わせかねない結果に対する大手不動産担当者の無関心さであった。大手不動産の体質を裁判で目の当たりにした記者は、このような会社の物件には住んでいられないという思いを強くした。

本作品は警察を批判するだけでなく、警察支配を許している日本人も批判している。ポチに甘んじる一般日本人と対照的な存在が草間(川本淳市)である。最初は「木鐸」と言う言葉も知らない無学のチンピラ風の彼が独学で勉強し、日本外国特派員協会で警察犯罪を告発するまでになる。

過去を水に流すことが日本人の習性とされるが、執念深く声を上げていかなければ状況は変わらない。これは記者自身が大手不動産のトラブルで声を上げた経験から実感をもって断言できることである。奇しくも草間は下の名前に因みリッキーと呼ばれ、記者の名前とも似ている。その意味でも竹間には大いに感情移入できた。多くの人が鑑賞し、日本社会について考えて欲しい映画である。

■ポチの告白
監督:高橋玄
出演:菅田俊/野村宏伸/川本淳市/井上晴美/井田國彦/出光元
公開:2009年1月24日
上映時間:195分
配給会社:アルゴ・ピクチャーズ
「ポチの告白」オフィシャルサイト
http://www.pochi-movie.com/

警察権力の腐敗描く大作映画「ポチの告白」原案協力者が語る

 警察権力の腐敗の実態を正面から描いた社会派映画「ポチの告白」(高橋玄監督)の公開に先立つ1月22日、原案協力・出演者の寺澤有氏がトークイベント「対決!! 公安 VS 右翼 〜北芝健と鈴木邦男の邂逅」で作品の意義を語った。

 「対決!! 公安 VS 右翼」は元警視庁刑事の北芝健氏、一水会顧問の鈴木邦男氏、寺澤氏を迎えて、東京都杉並区にあるライブハウス・阿佐ヶ谷ロフトAで行われた。「ポチの告白」は警察不祥事を精力的に取材している寺澤氏がさまざまなエピソードを提供して一つのストーリーにした映画である。

 作品は2005年に完成したが、3時間という大作で、回転率を高くするために短い作品を好む映画館の傾向から公開する機会がなかった。「靖国 YASUKUNI」の配給で知られたアルゴ・ピクチャーズが配給し、1月24日から新宿K's cinemaで公開される。

 寺澤氏はトークイベントで「映画には記事に書いていない裏話も載せた」と語る。映画の内容はすべて実話に基づいているとする。現実の方がエゲツなくて、逆に嘘くさくなるから止めようとなったほどという。警察官を「ポチ」呼ばわりすることに反感を抱く警察官もいるかもしれない。しかし、映画を観れば、日本国民全体が強い者になびく「ポチ」になっているとの警鐘だと分かってもらえると語った。

 映画を観た鈴木氏は「3時間は長いと思ったが、あっという間でした」と感想を述べた。「短い映画で回転率を上げる中で、3時間もの作品を発表することは勇気がある。成功していますね」という。

 これを受けて寺澤氏は、映画館に受け入れられるようにするために短縮版も作ったという裏話を披露した。しかし、「ポチの告白」の醍醐味は当初は真面目な警察官が段々と悪に染まっていくことである。何か大きな事件に遭遇して悪に一変するわけではない。警察組織で過ごしていくうちに悪に染まっていくという感じが短縮版では出せず、お蔵入りにしたという。

 鈴木氏は「靖国 YASUKUNI」以上に問題提起する映画と絶賛した。「北芝さんも呼んで映画館でトークショーをやる。それが北芝さんの目指す警察の信用回復にもなる」と提案した。

 今回のトークイベントは「北芝健の対決シリーズ第1弾」と銘打っており、北芝氏がホスト的な位置付けである。警察絶対擁護派を公言する北芝氏がホスト的な立場のトークイベントに、警察から取材拒否されたこともある寺澤氏が出演すること自体が異色である。北芝氏の懐の深さを感じさせた。

 その北芝氏も警察の問題として、志布志事件については強く糾弾した。志布志事件は選挙違反の捜査で鹿児島県警が自白の強要や異例の長期勾留などを行った冤罪事件である。自白を得るために「踏み字」を強要した鹿児島県警のやり方を「同じ警察官と思えない。警察官である前に人間でない」と批判した。また、捜査を指揮した警部補1人だけが責任をとらされた結果も「トカゲの尻尾切り」とする。

 あまりの剣幕に司会の御堂岡啓昭氏が「ここまで北芝さんが警察を批判するとは思わなかった」。その御堂岡氏からは「ポチの告白」に登場する悪徳警察官が実在の元警察官をモデルにしているのではないかとのイニシャル・トークも飛び出した。

 イベント後半にゲスト出演した石原伸司氏(元暴力団組長・作家)も参加者からの質問に答える形で警察の問題を語った。警察の取調べを受けると体をガタガタにされてしまう。特に関西は酷いという。暴力的な取調べに対する暴力団側の対策についても石原氏は説明した。それは逮捕前に弁護士に裸の全身写真を撮影してもらうことである。これによって、留置中に傷ができれば警察官による暴行であると証明する。

 イベントの最後で寺澤氏は「警察組織に顕著だが、日本は弱いものイジメがはびこる社会になっている」と警鐘を鳴らした。問題なのは自殺してしまうなど弱者もなされるままになっていることである。「弱者も一矢報いるようになれば、強者も少しは気をつけるようになるのではないか」と発言した。

 私はマンション購入トラブルで泣き寝入りせず、売主の東急不動産と裁判で争った経験がある(「マンション販売トラブルで『お詫び』 東急リバブル・東急不動産」)。

 トラブル当初の東急不動産の態度が正に消費者に泣き寝入りを強要する弱いものイジメの態度であった。それ故に一矢報いるようにしなければ変わらないという寺澤氏の発言は共感するところが大である。反骨精神から野心的なテーマに取り組んだ「ポチの告白」が世の中を変えるうねりとなることを期待したい。

【テレビ評】「天地人」第4回、上杉景虎の孤独と安らぎ

戦国武将・直江兼続の生涯を描くNHK大河ドラマ「天地人」第4回「年上の女(ひと)」が2009年1月25日に放送された。前回の「殿の初恋」に続き、大河ドラマらしからぬサブタイトルである。

景勝は前回から引き続き恋する男子である。初恋相手のお船(常盤貴子)の前で必死に冷静さを装う姿が見ていて恥ずかしくなるほどである。そのお船は実は兼続に気がある様子だが、鈍感な兼続は気がつかない。鈍感さに苛立つお船は会えば兼続に憎まれ口を叩いてしまう。ニヤニヤしたりドキドキしたりする青春ドラマになっている。

今回は上杉景虎(玉山鉄二)と華姫(相武紗季)の婚儀が行われる。北条氏康の七男として生まれながら、景虎は親からは大事にされず、寺に入れられるか、他家に養子に出されるかであった。華姫との婚儀によってようやく安らぎを得た思いになる。景虎を慕う華姫は、「常に景虎様の妻でいる」と約束する。微笑ましい夫婦であるが、はらりと花が散る演出が二人の未来を暗示していて切なくなる。

景虎は上杉謙信(阿部寛)の死後、御館の乱で上杉景勝(北村一輝)・兼続(妻夫木聡)と対決することになる。物語前半の敵役となる存在だが、この作品では実家の北条家からも大切にされず養子に出された景虎の孤独な心情を吐露している。

兼続を主人公として盛り上げるならば、上杉家乗っ取りを企む悪漢として景虎を描くこともできた。その種の単純な善悪二元論にしないことで物語の奥行きは深まる。昨年の大河ドラマ「篤姫」の小松帯刀と同様、歴史に埋もれた人物に光を当てる姿勢は高く評価する。

一方、御館の乱は景勝側の先制攻撃であった。景虎が悪玉でないならば先制攻撃には大義名分が見付かりにくい。義のために生きた兼続の生涯を描くドラマにおいて、どのように御館の乱を正当化するのかという点にも注目したい。

後半になると時代の動きを感じさせる展開になった。織田信長(吉川晃司)はますます凄みを出している。そして兼続は「信長という男を見てみたいのです」と信長への使者を申し出る。智将・兼続らしい好奇心である。無鉄砲にも見える兼続を「自分のできないことをやっている」と評価する景勝もいい。主従の強固な信頼関係を示している。

次回はいよいと兼続が信長と対面する。作品タイトルの「天地人」は事を成就するために必要な「天の時、地の利、人の和」を意味する。ドラマ内で天地人の意味を解説したのは信長であった。その意味で信長は兼続に大きな影響を与える存在になるのではないかと推測する。戦国時代劇的な展開になると思われる来週の放送が楽しみである。

ホットメールがメールソフトから利用可能に

WebメールのSMTP/POP3対応

 マイクロソフト(Microsoft)が無料で提供するWebメール「ホットメール(Hotmail)」がPOP3およびSMTPに対応した。開発者のブログ「Windows Live team blog」で2009年1月14日に発表された。

 WebメールはWebブラウザ上で閲覧できる電子メールである。通常形式の電子メール(POP3メール)と異なり、メールソフト(OutlookやThunderBirdなど)なしでもメールの送受信が可能である。自分のPCでなくてもインターネットに閲覧できる端末ならば利用できるため、便利である。

 一方でWebメールはPOP3メールと比べて不便な点もある。POP3メールはメールをメールソフトに取り込めば後はメールソフトで処理するだけである。これに対してWebメールはメールを閲覧するために一々Webサーバと情報をやり取りしなければならない。これは毎回HTTPリクエストを発行し、レスポンスを受けることを意味する。操作性や処理速度の点ではPOP3メールが上である。

 視点を変えてプロバイダーとの関係で見ると、ホットメールのようにプロバイダー契約者以外でも取得できるメールアカウントは、プロバイダーから提供されたメールアカウントと比べて2点のメリットがある。

 第1にプロバイダーを乗り換えたとしても、メールアドレスを変更しなくても良い。

 第2にメール送信先に契約しているプロバイダーを知られずに済む。面識のない人々ともコミュニケーションできることはインターネットの利点であるが、怖いところでもある。信頼関係ができていない相手とのやり取りにフリーのアカウントを使うことはネット社会における初歩的な自衛策として定着している。

 そのため、プロバイダーから提供された電子メールを有していても、フリーのWebメールを使うユーザーは多い。記者(=林田)も、その一人である。記者の場合は東急不動産との裁判闘争がネット生活にも影響を及ぼしている(参照「東急不動産の遅過ぎたお詫び」)。

■ポート番号の設定に注意

 記者は東急不動産から購入したマンションの売買契約を取り消した上で、東急不動産を提訴した。そのため、いつでも引っ越しできるように契約中のプロバイダーに依存するメールアドレスを多用したくはなかった。他方で裁判を有利に進めるために情報収集・意見交換を積極的にしたが、何しろだまし売り企業との戦いである。情報収集でも「蛇の道は蛇」的なところがあり、気が抜けない。そのためにフリーのアカウントを利用することが多かった。

 正直なところ、プロバイダーのアドレスよりもホットメールをメインのアドレスにしたいくらいであったが、ブラウザから一々Webページを閲覧しなければならない操作が不便であった。その問題は今回のPOP3/SMTP対応によって解消する。

 このPOP3/SMTP対応はGoogleのGmailなどほかの多くのWebメールサービスでは実装済みである。ホットメールはWebメールの中でも老舗であるが、2009年になってのPOP3/SMTP対応は非常に遅い。恐らくマイクロソフトとしてはポータルのMSNを梃(てこ)入れするために、ユーザーの利便性を犠牲にしてもWebメールに限定させることで、ユーザーにWeb画面を閲覧させ、そこからMSNへのアクセスにつなげようという意図があったのではないかと思われる。いずれにしても利用者に利便性をもたらすPOP3/SMTP対応は歓迎できる。

 ホットメールをメールソフトで利用するための設定は難しくなかった。つまずくことがあるとすればPOP3サーバのポート番号が一般的な110番ではなく、995番になっていることである。Web上に大量のメールデータが存在する場合、設定後の最初の受信時に蓄積されていた全データをダウンロードするために時間がかかる点には注意を要する。今後はWebメールとPOP3メールの長所を共に生かせるホットメールをもっと活用していきたい。

梨の食感が絶妙 雪梨ヨーグルト

「雪梨(ゆきなし)ヨーグルト」は森永乳業が2008年12月16日から発売された冬季限定商品である。2月末までの販売を予定している。

雪梨は中国梨の一種で、果肉が雪のように白いところから名付けられた。その雪梨が細切れになってヨーグルトの中に混じっている。りんごの果肉をヨーグルトに入れたりんごヨーグルトはポピュラーであるが、その梨版になる。

梨の収穫期は冬ではないため、雪梨ヨーグルトが冬季限定である必然性はないのだが、「雪梨」の語感と梨に加えて雪を描いたパッケージが冬の季節感を醸し出している。本来は冬と関係ないにもかかわらず、上手く冬と結び付けた商品である。マーケティングの勝利と言えよう。

とろけるようなヨーグルトの中に混じった梨の果肉がアクセントである。カッティングされた梨のサイズは小さく、必然的にヨーグルトと一緒に食べることになる。パッケージに「シャリうま!」と書かれてあるとおり、梨のシャリシャリした歯応えが絶妙のコンビネーションとなっている。 内容量は125gであり、3個または4個を1セットで販売する製品に比べてボリュームがある。

この雪梨ヨーグルトで興味深い点は主要ターゲットを「20〜30代男性」としていることである。これは森永乳業が12月9日に発表したニュースリリース「「クリーミーなヨーグルト」と「シャリシャリとした雪梨」のおいしい組み合わせ『雪梨(ゆきなし)ヨーグルト』 12月16日(火)より冬季限定新発売のお知らせ」に書かれている。

スイーツ好きは女性という固定観念があるため、男性を主要ターゲットとすることには意外感がある。しかし、過度な甘みがない本商品は男性にも受け入れられるスイーツである。

また、梨を入れたヨーグルトという明確なコンセプトを有し、パッケージから中身や味を想像しやすい本商品は、奇をてらわない直球勝負で男性好みと言えるかもしれない。

女性からも十分に支持される味であり、実際は女性の顧客の方が多いかもしれないが、男性を主要ターゲットとして打ち出す試みはメーカーにとって意義のあるものと推察する。

【書評】『銀河おさわがせ執事』ドタバタSFコメディ

本書は人類が宇宙に進出した未来社会を舞台に、宇宙軍士官であるウィラルド・フールの活躍を描く「銀河おさわがせ」シリーズの第6作である。


フールは銀河有数の大富豪であるが、ジェスターの名前で軍人になっている。上層部からは疎まれて、落ちこぼれ部隊・オメガ中隊の隊長に任命される。フールは自身の度量と豊富な財力によってオメガ中隊を掌握し、銀河を縦横に活躍する。

作品世界の統一政体である宇宙連邦には人類の他にエイリアン種族も参加しており、映画「スター・ウォーズ」の世界観と類似する。一方で帝国のような明確な敵対勢力は存在しない。過去の巻ではマフィアを相手に大立ち回りをすることもあったが、今作では倒すべき明確な敵はいない。

フールの執事ビーカーが恋人ラヴェルナと再会した途端、ラブラブモードになり、勝手に休暇旅行に出かけてしまう。ビーカーに連絡を取る必要があったフールは追跡の旅に出る。中隊員のスシとドゥーワップは影ながらフールを助けるために、その後を追う。間が悪いことにフールが追跡に出かけた直後に、フールを敵視するブリッツクリーク大将がオメガ中隊を視察することになった。レンブラント中尉以下の中隊の面々は大将に中隊長不在を気付かれずに視察を受けなければならない。

この三者の展開によって物語は進む。登場人物達は色々な計画を立て、策を練るが、事態は彼らの思い通りには進行しない。ビーカーとラヴェルナの足取りを追うフールは後一歩のところで近づけず、いくつもの惑星を旅することになる。その後を追うスシとドゥーワップも最後までフールを直接的に助けることはなかった。レンブラント中尉らはブリッツクリーク大将を欺くために準備するが、機械の故障という番狂わせが起こる。

このように全てがうまく行かないが、偶然的な要素が働き、最後は予定調和の大団円を迎えることになる。登場人物が知恵と力の限りを尽くして相手を出し抜くのではなく、ケセラセラ(なるようになる)の精神が物語を貫いている。登場人物間の粋な会話のやり取りを楽しむ作品である。

■ロバート・アスプリン、ピーター・J・ペック著、月岡小穂訳
『銀河おさわがせ執事』
早川書房
2007年4月25日発行

野村證券とジョインベスト証券の統合検討

両ユーザーの納得するサービスの維持に期待

 野村ホールディングスは2009年1月27日、野村證券のリテール部門と子会社のジョインベスト証券の統合についての検討を開始したと発表した。2008年4-12月期連結決算(米国会計基準)での当期損益4923億円の巨額赤字が背景にある。

 ジョインベスト証券は業界最低水準の株式売買委託手数料が魅力のネット証券である(参照「銘柄分散より、「時間分散」を実行」)。野村ブランドを用いず、野村證券の顧客とは異なる客層を開拓する戦略を採っていた。ネット共通ポイント「ネットマイル」を付与するポイントサービスを行うなど、ネットユーザーへの訴求を狙っている(参照「ポイント貯まるネット証券、徹底比較」)。

 一方、野村證券でも自前のオンライン取引サービス「野村ホームトレード」を提供している。また、ネット専用の支店に相当する「野村ほっとダイレクト」も存在する。記者は株式取引でジョインベスト証券を利用することが多いが、「野村ほっとダイレクト」にも口座を開設している。そのために統合については期待と不安が存在する。

 格安手数料でネットユーザーに特化したジョインベスト証券に対し、野村ほっとダイレクトは良くも悪くも大手証券会社らしいサービスである。手数料は対面取引に比べると割安というレベルで、ジョインベスト証券とは比較にならない。但し、必要か否かは別として高いなりのサービスはある。ここでは3点ほど指摘する。

 第1にネットでの操作に不慣れな方など向けにコールセンターを開設しており、応答率の高さと親切・丁寧な応対をセールスポイントとしている。

 第2に標準の設定では、取引報告書を紙で発行し、郵送する。ジョインベスト証券を含むネット証券ではPDFファイルとして提供され、ブラウザで確認する形態が一般である。野村ほっとダイレクトでも電子ファイルへの提供に変更することができ、その場合は手数料が割り引かれる。

 第3にセキュリティ面ではワンタイムパスワードを採用している。ログインには通常のユーザーIDとパスワードとは別に、ハードトークンと呼ばれるパスワード生成機を使用して生成したパスワードを入力する必要がある。これによって、ジョインベスト証券を含む一般のネット証券のようなユーザーIDとパスワードだけの認証方式と比べて強固なセキュリティを実現できる。

 これら野村ほっとダイレクトの特徴はジョインベスト証券のターゲット層には必ずしもメリットにはならない。ネットの操作に慣れているユーザーにとってコールセンターは不要であるし、紙で取引報告書を郵送されても嬉しくない。また、小額の取引を繰り返し行うために頻繁にログインする人にとって、ログインの度にトークンでパスワードを生成しなければならないワンタイムパスワードは面倒である。

 結局のところ、ジョインベスト証券と野村ほっとダイレクトは上手く客層の棲み分けができていた。従って、シナジー効果が上がるような統合は口にするほど容易ではない。子会社のジョインベストが野村證券に飲み込まれるならば、手数料の値上げや少額投資がやりにくくなるなどのサービス低下が懸念される。野村證券及びジョインベストの両ユーザーが納得できるサービスの維持を期待したい。

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マクドナルド「シャカシャカチキン スパイシーガーリック」を新発売

ファーストフード大手のマクドナルドは2009年1月26日、「シャカシャカチキン スパイシーガーリック」を新発売した。シャカシャカチキンは骨なし一枚肉のフライドチキンである。後からフレーバーを入れてシャカシャカと振って味を付けることから、シャカシャカチキンという商品名になっている。

新しく登場したのはフレーバーのスパイシーガーリックである。フレーバー人気投票でNo.1に輝いた商品という。ガーリックの名に違わず、粉末のニンニク臭は強烈である。但し、食べてみるとニンニク色はきつくない。昼食で食べても大丈夫そうである。スパイシーの名のとおり、辛味が利いているが、一方で甘くもある。老若男女食べられる味になっている。

マクドナルドはシャカシャカチキンをスナックと位置付けている。食事としてだけでなく、間食としての利用も期待されている。100円マックというワンコインで購入できる廉価商品とされていたのも、間食としての利用を見込んでのことであろう。その後、シャカシャカチキンは120円に値上げされたが、携帯電話のクーポンを使えば100円で購入できる。

間食利用客を増加させる戦略はマクドナルドにとって大きな意義がある。飲食店にとって混雑するのは食事時であるが、間食として利用する客が増えれば、時間帯による繁閑の平均化に資する。マクドナルドは24時間営業を進めているが、営業時間を拡大しても顧客が入らなければコストがかさむだけである。メインの食事は別に済ませた人でも、軽く食べたいという人を惹きつける必要がある。

スナックとしてシャカシャカチキンを捉えると、競合として最初に想起するのはケンタッキー・フライドチキンのボンレスチキンである。しかし、競合はファーストフード店に限らない。例えばコンビニエンスストアチェーンのファミリーマートではファミマチキンを販売している。これら競合商品と比較したシャカシャカチキンのセールスポイントはフレーバーを振りかけてシャカシャカさせることにある。その意味で魅力的なフレーバーを揃えることがシャカシャカチキンの成功要因となる。

『世界と日本の絶対支配者ルシフェリアン』の感想

 本書は世界を支配する闇の勢力の存在と陰謀を告発した書籍である。闇の勢力とは古代バビロニア時代から現代まで続く秘密組織ルシフェリアンである。そして宗教改革、フランス革命、明治維新、ロシア革命、911同時多発テロなど歴史上の大事件の陰にはルシフェリアンの陰謀があったとする。

 資本家(ロスチャイルド家、ロックフェラー家)やユダヤ人、フリーメーソンを世界支配の黒幕とする陰謀論は数多い。本書に登場する陰謀の内容は既存の陰謀論と重なる。本書の独自性は黒幕勢力をルシフェリアンとした点である。ロスチャイルド家やロックフェラー家、フリーメーソンはルシフェリアンの一党または手先という位置付けである。

 黒幕勢力を資本家やユダヤ系組織ではなく、ルシフェリアンとすることによって、より納得のいく陰謀論の説明が可能になる。

 第1に陰謀論では世界を支配している黒幕勢力が破滅的な戦争(第三次世界大戦、ハルマゲドン)を引き起こすことを企んでいるとするが、ここには大きな矛盾がある。黒幕勢力が世界を支配しているならば、世界を破滅に追い込むことは自らの支配基盤を危うくすることになる。これは支配勢力にとって合理的な選択とはいえない。しかし、バビロニアの宗教の一部を勝手に取り入れて歪曲したキリスト教に根深い恨みを抱いているルシフェリアンが現社会を破滅させようとすることは不自然ではない。

 第2にアメリカのイラク戦争についてである。イラク戦争はイラク人民にとって悲惨な結果をもたらしているが、それはアメリカの国力も消耗させ、声望を貶めている。中東民主化、大量破壊兵器、石油利権などでは正当化できず、アメリカにとって合理的な選択とは言い難い。しかし、バビロニア王国の復活をもくろんでいるとするならば、説明としては筋が通る。

 本書には信じ難い内容が多いが、著者に対する奇妙な攻撃が逆に著者の主張の説得力を増大させている。著者が911事件を追及し始めてから、著者を陥れようとするイメージ操作が何者かによって行われるようになったという(169ページ)。インターネット上では頭がおかしくなったと誹謗中傷する書き込みがなされ、UFOを信じている狂人とラベリングされたとする(170ページ)。

 記者は購入したマンションのトラブルから売買代金の返還を求めて売主の東急不動産を提訴した経験がある(マンション販売トラブルで「お詫び」 東急リバブル・東急不動産)。

 裁判中にはマンションの他の住戸に怪文書を配布され、住宅ローンの返済に窮したために訴訟しているなどと事実無根の風評を立てられたことがあった。それ故に著者への攻撃は実感をもって理解できるし、それがあるために一層、著者の主張を信用したくなる。

 本書のタイトルは「世界と日本の絶対支配者」とあるが、本書を読めばルシフェリアンは決して万能ではなく、その支配は破綻し始めていることが分かる。本書の趣旨はルシフェリアンのなすがままにされる現状を追認することではなく、ルシフェリアンの支配に抗うための知恵を提供することにある。

 とりわけ著者は日本に期待している。現在の日本は中国脅威論が喧伝され、嫌中思想が根付いている。本書は、これをルシフェリアンの情報操作の結果とする(219ページ)。韓国も北朝鮮も中国もロシアも嫌いという、雇われ右翼的発想では日本は極東で孤立する。孤立した日本はアメリカに依存するしかなく、ルシフェリアンはアメリカを通して支配できる。

 著者は「真の改革を実現し、本物の独立を勝ち取ることができるか?日本はいま、正念場を迎えている」と結ぶ(234ページ)。陰謀論を信じられない人でも、日本が対米従属状況のままでいいのか、日本人が嫌韓や嫌中になることで得をする勢力がいるのではないか、と考えることはあるだろう。本書は多面的な考察をするための材料を与えてくれる1冊である。

こだわり 〜おっとっと〜

名が体を表していないスナック菓子

「おっとっと」は1982年に発売された森永製菓の定番スナック菓子である。「おっとっと」のパッケージには赤い色をしたクジラのマスコットキャラクター(鯨野とと丸)が描かれている。

中身のスナックはヒトデやタコ、イカ、ウニ、マグロ、マンボウなど魚介類の形をしている。スナックが魚介類などの独特の形状をしているために、魚は最初に頭から食べて胴体を食べたり、反対にしっぽから食べたりというような食べ方にも楽しみがある。時々、潜水艦やイカリやトト丸、ペンギンというレア物が入っていることもあり、それも食べる楽しみになっている。

味は「ソース焼きそば」や「たこ焼き」など複数種類あるが、オーソドックスな味は「うす塩」である。「ノンフライ・カルシウムたっぷり」を標榜(ひょうぼう)しており、その言葉通り、塩気は抑制気味で、さっぱりしている。そのため、腹にもたれず、軽く食べられる。

ただし、生物をかたどった複雑な形状であるため、細かいくぼみがいろいろな個所に存在する。そのため、食べる時に味が濃い部分もあり、アクセントになっている。食べ終わった後に、指についた粉を舐(な)めるのもおいしい。

「おっとっと」は非常にユニークな菓子である。「おっとっと」は記者の子供のころから販売されていたが、子供心にほかの菓子とは違うユニークな存在として印象に残っている。ここでは3点ほど指摘する。

第1に商品名の「おっとっと」は商品の内容から想起できないものである。飲み屋での議論で、酒が杯からこぼれそうになり、「おっとっと」と思わず口に出たことが名前の由来という。

第2にスナックは魚介類の形をしているが、原材料に海産物を使用し、シーフード風味になっている訳ではない。塩気が磯の風味を、そこはかとなく醸し出している程度である。

第3に商品のパッケージは「とと丸」が中心になっているが、「とと丸」は標準ではスナックの中には存在しない。

「名は体を表す」という言葉があるが、「おっとっと」は名が体を表していないスナック菓子である。そのためにかえって強烈な印象を植え付け、つい買ってしまう菓子になっている。

元モー娘。辻希美がブログ開設

元モーニング娘。(モー娘。)の辻希美が2009年1月30日、アメーバブログ(アメブロ)に公式ブログ「のんピース」を開設した。初記事は20時55分に投稿された「辻ちゃんです☆」で、ブログ開設の動機を「娘の希空(ノア)が昨年11月に1歳のお誕生日を迎え、少しずつ自分に余裕ができ初めた」ためとする。

アメブロでは同じく元モー娘。の矢口真里が「初心者です。」、保田圭が「保田系」を開設している。また、夫の杉浦太陽も「太陽のメッサ○○食べ太陽」を開設している。「ハロー!プロジェクト」から離れているが、石黒彩も「あやっぺのぶたの貯金箱」を開設している。特に矢口と杉浦はアメブロの芸能人・有名人ブログのランキング上位常連である。矢口が先鞭をつけた後に辻が登場するという流れは、ユニット「ミニモニ。」リーダーとしてメンバーを引っ張った矢口らしい。

辻は2000年に石川梨華、吉澤ひとみ、加護亜依と共にモー娘。第4期メンバーとして加入した。増員と卒業(脱退)を繰り返して成長したモー娘。であるが、第4期の増員は大きな賭けであった。既にモー娘。は『LOVEマシーン』『恋のダンスサイト』と立て続けにミリオンヒットを飛ばし、トップグループの仲間入りを果たしていた。

そこに新顔が4人も加わることになる。知らない顔が4人も入れば誰が誰だか分からない状態になってしまう。折角、安倍なつみと後藤真希のツートップという核ができたモー娘。の存在感を希薄化させかねない恐れがあった。しかし、石川、吉澤、辻、加護の4期メンバーは個性と才能を発揮し、モー娘。の黄金期を現出させることになる。

特に辻と加護は子どもチックな天真爛漫さが幅広い世代に親しまれ、低年齢のファン層の拡大に大きく貢献した。頭の回転が速く、ませているところもあった加護に比べ、辻は実年齢以上に幼いところがあった。自分の名前を「のの」「のん」と呼ぶところも、それを表している(ブログタイトルの「のんピース」もここから来ている)。

その辻のブログ開設には期待だけでなく、不安もあった。子ども然とした印象の強い辻が、たとえばブログで流麗な美文を披露したら、突然の妊娠発表並みにイメージが崩れるためである。しかし、それは杞憂であった。初投稿「辻ちゃんです☆」は「みなさん こんちには」と誤字から始まっている。辻ちゃんらしくて微笑ましいブログになっている。芸能活動を再開する辻を応援していきたい。

【テレビ評】「天地人」第5回、義とは何か

戦国武将・直江兼続の生涯を描くNHK大河ドラマ「天地人」第5回「信長は鬼か」が2009年1月25日に放送された。今回は前回までの青春ドラマとは大きく雰囲気が変わった。兼続は義のために戦った武将とされ、義は本作品のテーマになっている。しかし、何が義であるかは簡単ではない。今回は、その難しい問題に取り組んでいる。

兼続(妻夫木聡)は織田信長(吉川晃司)に謁見し、義の精神をぶつける。しかし、信長は義を戦の口実に過ぎないと一蹴する。これは義のために戦う上杉謙信(阿部寛)と義を否定する信長という対比になりやすい。しかし、そのような安直な二元論にしないことが本作品の奥深いところである。

兼続と信長のシーンは迫力満点であった。鬼気迫る信長に兼継はたじろぐ。それでも自らの思いを少しでも伝えようとする意志の強さがある。唇がワナワナと震える兼継には、真に迫るものがあった。そして信長と言葉をぶつけることで、兼続は信長を単に破壊し尽くすだけの存在ではなく、天下平定という義が存在するのではないか、と考えるに至る。

兼続と言えば次の天下人となることが確実と思われた徳川家康に喧嘩を売った男として歴史に名を残している。しかし、豊臣秀吉には早くから臣従し、関が原の戦い後は徳川家重臣・本多正信の息子・本多政重を養子に迎えるなど江戸幕府にも低姿勢を示した。兼続は無闇に権力者に逆らったのではなく、時代の流れを見る目を有していた人物である。

一方、謙信の義も悪逆な信長を討つというような短絡的なものではなく、戦による民草の苦しみを考えて悩むストイックなものであった。ここには民生を重視する温かみのある為政者の精神がある。兼続の兜の前立ての文字「愛」について原作の「天地人」では仁愛と解釈するが、謙信の精神とつながるところがある。

今回は信長と謙信を交互に映し出す演出をしており、それぞれの義を持つ両雄と位置付けている。その謙信と信長の軍勢が次回戦うことになる。この戦いは兼続の初陣でもある。このドラマでは兼続は完全無欠の人格者ではなく、泣き虫と呼ばれながらも成長していく存在である。初陣を経た兼続が武将としてどのように成長するのかに期待したい。

【アニメ】「BLEACH」原作好シーンを活かすオリスト

テレビ東京系列で放映中のテレビアニメ「BLEACH」(ブリーチ)は2009年2月3日に第205話「ドキ!虚だらけの蹴鞠大会」を放送した。「BLEACH」は死神となった高校生・黒崎一護(くろさきいちご)の活躍を描く漫画原作の作品である。メインストーリーでは死神と破面(アランカル)の激闘が続いているが、前回の「一護の切腹説得大作戦☆」と今回の放送はアニメ・オリジナルの番外編的な話であった。

前回も今回もパロディー色のあるタイトルであるが、そこには力を抜いたアニメ・オリジナルのストーリーの良さがある。今回の話の中心人物は過去に放送されたアニメ・オリジナルストーリー「新隊長天貝繍助篇」で登場したオリジナルキャラクターの霞大路瑠璃千代である。瑠璃千代は霞大路家の当主としてなすべきことをめぐり、侍従の犬龍と喧嘩してしまう。二人は互いに主張を譲らず、一護達を巻き込んで蹴鞠勝負で決着をつけることになった。

格別目を引くようなストーリーではないが、原作の好シーンをリフレインさせる内容であった。例えば朽木ルキアがヘタウマな絵で蹴鞠のルールを説明し、黒猫から人間の姿に戻った四楓院夜一の裸に一護が眼を背けるシーンなどである。

また、蹴鞠勝負でもコンが改造魂魄として強化されたジャンプ力を活かし、井上織姫が破壊された鞠を復元するなど、キャラクターの能力を発揮させている。コンが悲惨な扱いを受けることも、いつもの展開である。最後には敵キャラクターの虚(ホロウ)も登場し、バトルアクションらしくまとめている。
連載漫画を原作とするアニメでは、放送が原作に追いついてしまうために途中でアニメのオリジナルストーリーを挿入する必要に迫られる。しかし、優れた作品だからアニメ化されるのであり、オリジナルストーリーが原作並みの品質を保つことは困難である。その意味で原作の好シーンを活用する「BLEACH」のオリジナルストーリーの組み立て方は原作ファンにも楽しめる内容である。

次回からはメインストーリーに戻り、仮面の軍勢(ヴァイザード)の因縁が明らかになる過去篇に入る。緊迫した展開に入る前に息抜き的に楽しめたオリジナルストーリーであった。

『ガチミシュラン』の感想

 本書は『ミシュランガイド東京2008』で星を獲得したレストラン・料理店を辛口グルメ評論家が再検証した書籍である。3つ星店・全8軒、2つ星店・全25軒、1つ星店・117軒中56軒の計89軒を検証する。加えて著者の推奨店9軒を紹介する。本書はグルメレポートとしてはユニークな書籍である。ここでは3点ほど指摘する。

 第1に、価格に見合った味か、というコスト・パフォーマンスを意識していることである。自腹で食べ歩いた著者ならではの視点である。コスト・パフォーマンスという言葉は何度も使用されるため、「CP」という略語を登場させるほどである。

 第2に、料理だけでなく、店の雰囲気や内装にも気を配っている。もっとも、建物や内装の豪華さを絶賛する訳ではない。料金を払って食事をする場所としての良し悪しを評価している。

 第3に、これが最大の特徴となるが、辛口評論であることである。著者の友里征耶氏は辛口グルメ評論家・覆面ライターである。本書のタイトル『ガチミシュラン』はミシュランにガチンコ対決の意味であり、ミシュランの評価軸に真っ向から異を唱える形になっている。

 辛口評論には皮肉や嫌味が効いており、読みながら思わず笑ってしまった箇所もあった。例えば地下街にある店舗がバリアフリーを謳っていることに対して、地下街に入るには狭い階段を下りなければならないのに、「地下の飲食店のフロアだけをバリアフリーにして何を狙いたいのか私には理解できません」と疑問を投げかける(44ページ)。

 レビューという行為はレビュー対象が存在して初めて成り立つ。それ故にレビュアーはレビュー対象へのリスペクトの気持ちを忘れないようにすべきだと考える。この観点からは「この店に行くのなら時間と費用をもっと有効にお使いください」(79ページ)とまでこき下ろす著者の辛口スタンスには嫌悪感を抱く向きもあるだろう。

 しかし、辛辣な指摘も理由や根拠を明示しており、1つの価値観として筋を通している。著者は「レストランの嗜好、とりわけ料理(味)の好き嫌いに個人差がある」ことを前提とする(224ページ)。同じ店の同じ料理に対しても異なる評価は存在する。故に一般読者は「自分と嗜好の合う書き手の評価を参考にすれば良い」とする(225ページ)。

 著者は表現こそ厳しいものの、自分と異なる考えを認めない類の偏狭な人物ではない。それ故に料理店経営者は著者に酷評されたとしても、営業妨害と過剰反応する必要はない。著者の嗜好を満足させられなかったに過ぎない。別の嗜好の顧客を満足させられるように精進すれば良い。

 著者をして辛口批評に駆り立てる原動力は癒着したグルメ批評への激しい怒りである。一般客の役に立つことよりもシェフや経営者と仲良くなることばかりを考えて提灯記事を書くグルメライター達が幅を利かせている。この消費者無視の実態への怒りは、不利益事実を説明されずにマンションを購入してしまった失敗経験を持つ私にとって大いに共感できる(「マンション販売トラブルで「お詫び」 東急リバブル・東急不動産」)。

 実際のところ、著者が糾弾する、高いだけの料理店と新築マンション販売の問題点は重なるところが多い。例えば満席でもないのに満席と主張することで、過熱感を装って客を呼び込もうとする策略があるという(7ページ)。新築マンションでも売れていないにもかかわらず、モデルルームでは成約済みの花をつけて、売れ行き好調に見せかける手法が指摘されている。

 また、肝心の料理ではなく、内外装の奇抜さで客を引っ掛ける傾向もあるという。マンションでも日々の住み心地や建物の耐久性を軽視して、実際は利用せず維持費ばかりかかる豪華な設備を売り物にする物件がある。

 著者は再開発ビルに入居する店舗にコスト・パフォーマンスの良い店はないとも指摘する(10ページ)。この点も地域住民を無視した再開発の記事を書いてきた私にとって「さもありなん」と思える内容である(「二子玉川東地区再開発を問う住民の会発足」など)。

 市場原理が理想的に機能すれば、高額な料金に見合った料理を出さない店は淘汰される。ところが社用族や接待族が跋扈するために、値段が張るだけの店にも需要が存在する。需要があれば供給がなされる。それ故に虚名だけの高級店も存続できてしまう。そのような店を一般消費者がありがたがる必要性はない。本書の率直な批評は、市場原理を補完する点で大きな意義を有している。

【映画】『20世紀少年 <第2章> 』全体主義の怖さ

映画「20世紀少年<第2章>最後の希望」(堤幸彦監督)が2009年1月31日に公開された。本作品は浦沢直樹のSFサスペンス漫画『20世紀少年』『21世紀少年』を原作とする実写映画である。映画は3部作になっており、本作品は第2章になる。

第2章はケンジ(唐沢寿明)の姪のカンナ(平愛梨)が主人公的存在である。時は西暦2015年で、第1章では幼児だったカンナも高校生に成長した。2015年の日本は救世主とされた「ともだち」が支配する社会になっている。2000年の「血の大みそか」はケンジ一派のテロと濡れ衣を着せられた状態である。行方不明のケンジに代わり、カンナやヨシツネ(香川照之)、オッチョ(豊川悦司)は「ともだち」の正体に迫る。

第2章も第1章に引き続き、原作の雰囲気に忠実であった。ストーリーも原作をなぞっていたが、長編漫画を映画にまとめる関係上、省略されたエピソードも多い。そのため、次第に日常が非日常に侵食されていくという原作の不気味さは弱まっているが、一気に見せる映画の性質上止むを得ない。一方、「ともだち」の正体は原作とは異なり、第2章の最後になっても分からずじまいで、第3章のお楽しみとなっている。この点は原作と異なる内容になる可能性があり、第3作も観なければならないという気にさせられる。

オーディションで大抜擢されたカンナ役の平愛梨をはじめとしてキャストの好演が光った本作品であるが、不気味さを怪演していたのは高須光代(小池栄子)及び彼女の率いる「ともだちランド」スタッフである。高須らは「ともだち」教団の裏仕事を担当するが、悪事をしているという後ろめたさを全く感じさせないハイテンションさが不気味である。

第1章でケンジの経営するコンビニを襲撃した集団は、いかにも洗脳されている狂信者という印象であった。これに対し、高須らは非常に軽い。命令に対して「サンキュー」や「喜んで」と答える。まるでサービス業の接客マニュアルのような応対振りである。それがかえって怖さを感じさせる。

「ともだち」の組織はカルト的な宗教団体である。それが自作自演のテロ事件を起こし、日本を支配することになる。現実にもオウム真理教による地下鉄サリン事件などが起きており、決して荒唐無稽な話ではない。それでもカルト組織は通常の市民生活を送る人々にとっては縁遠い別世界の話である。

ところが、高須らの集団は日本社会に普通に存在するサービス業従事者のような行動規範である。ここには企業組織が容易に全体主義の歯車に転嫁してしまう怖さを感じてしまう。実際、多くの企業不祥事は企業内部の常識が世間の常識とずれていたために起きている。企業の内部にいると、社会的には悪いことをしているという感覚が磨耗してしまう。

記者も東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実(隣地建て替えなど)を説明されずにマンションを購入して裁判で売買代金を取り戻した経験があるが、その時の東急不動産の課長(当時)の論理は「隣地建て替えを説明しても、もし建て替えられなかったならば問題になる」という消費者の利益を無視した身勝手なものであった。消費者の立場を理解しようとしない東急不動産従業員には宇宙人と話しているような不気味さがあった。同じ不気味さが高須らの集団からも感じられた。

カルトという特別な集団だから問題なのではない。普通の企業であっても、間違った方針の下、構成員が思考を停止し、歯車になってしまえばカルトと同じような暴走をする。異常なカルト教団が社会に浸透する恐怖を描いた第1章に対し、第2章ではカルトに限らない全体主義の怖さがある。そして一見するとソフトな全体主義こそ、現代日本において第一に警戒しなければならないものである。その意味で第2章は前作にも増して社会性が深まった作品である。

Yahoo!ファイナンスがリニューアル

市場トレンドにマッチした変更

 「Yahoo! ファイナンス」が株式などの詳細情報とチャートのウェブページを2009年2月2日からリニューアルした。「Yahoo! ファイナンス」は大手ポータルサイト「Yahoo! JAPAN」内の金融情報を提供するページである。

 リニューアル前と比べ、字を大きくし、要所で水色のアクセントカラーをつけることで、見やすくなった。リニューアル前はテーブルの中に各種指標をまとめていた。これに対して、リニューアル後は各種指標を1行ごとに表示する。白を基調としたシンプルな画面であったリニューアル前に比べると、随分派手になった。

 以前の表示形式に慣れている身には違和感を覚えてしまう。「Yahoo! JAPAN」のトップページが2008年にリニューアルした時と同じようなインパクトである。とはいえ、「Yahoo! JAPAN」のトップページと同様、次第に慣れていくと思われる。

 リニューアルの特徴は年初来高値や年初来安値を更新した場合に目立つように表示されるようになったことである。株価表示欄の左隣に白抜き文字で年初来高値または年初来安値と表示される。年初来高値は緑、年初来安値は赤の背景色である。加えて年初来高値および年初来安値欄も白抜き文字で「更新」と表示される。年初来高値や年初来安値を目立つようにしたことは乱高下する昨今の相場トレンドにふさわしいリニューアルである。

 また、信用取引情報(信用買残、信用売残など)も表示され、より投資家に有益になった。信用取引が株価に及ぼす影響は大きく、現物取引のみの投資家にとっても信用取引の動向を見逃せない。

 一方、リニューアル前には存在した「配当利回り」や「1株配当」がなくなってしまった。記者は新規投資の指標として配当や利回りを確認することが多かったために残念である。特に「配当利回り」は証券取引所から送られたデータそのものではなく、株価と年間配当金の計算によって算出する値であり、ポータルサイトによる付加価値情報である。この消滅はサービスダウンになる。

 一方で配当利回りをなくすことは投資家の甘えを断ち切るという意義がある。余裕資金で投資している記者には、購入した株価が下がっても、定期預金よりは有利な配当利回りがあればいいという甘えがあったことは事実である。そこから高利回りの銘柄を投資対象としたことがある。

 しかし、サブプライム問題による株価の急落は配当金を吹き飛ばすほどの含み損をもたらした。さらに世界不況による業績下方修正によって配当までもなくなってしまう可能性がある。現在の市場状況において株式を配当利回りで評価することは非常にリスキーである。その意味で配当利回りを引っ込めた「Yahoo! ファイナンス」の選択は一つの見識と評価できるかもしれない。技術者的な視点から機能改善を図ったというよりも、市場環境の変化に対応したリニューアルになっており、興味深い変更である。


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