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リオ五輪バドミントン

リオデジャネイロ五輪バドミントンの女子ダブルスで、高橋礼華・松友美佐紀組(日本ユニシス、「タカマツ」ペア)は日本バドミントン界初の金メダルを獲得した。「タカマツ」ペアの1次リーグはA組第1シード。1次リーグ最終戦は世界ランク11位のオランダペアに2-0で快勝し、3連勝で同組1位となった。ユニホームは三種類用意し、オレンジ、青、白に順で着る。

二人は8月24日に凱旋帰国した。約700人のファンが待つ羽田空港到着ロビーに「タカマツ」ペアが姿を現すと、ひときわ大きい歓声とともに「ニッポン」コールが自然発生した(「バド「タカマツ」9月ヨネックスOPで金メダル披露」日刊スポーツ2016年 8月25日)。

混合ダブルスD組の数野健太、栗原文音組(日本ユニシス)は第2シードの韓国ペアに敗れて2勝1敗となり、同組2位で準々決勝に進出し、日本勢初の8強入りを果たした。8月14日の準々決勝でロンドン五輪金メダルの中国組に敗退した。

男子ダブルスD組の遠藤大由、早川賢一組(日本ユニシス)は第2シードのヘンドラ・セティアワン、モハマド・アーサン組(インドネシア)を2-1で破り、準々決勝に進出した。ヘンドラ・セティアワン、モハマド・アーサン組は2015年の世界選手権を制覇している。

リオ五輪バドミントン女子シングルス

リオデジャネイロ五輪バドミントンの女子シングルスで、奥原希望(日本ユニシス)は銅メダルを獲得した。奥原はJ組で出発。2015年の世界選手権3位のファネトリ(インドネシア)を2-0で下し、2戦2勝の同組1位で決勝トーナメント進出を決めた。奥原は女子シングルス世界ランキング6位。

K組の山口茜(再春館製薬所)は、初戦でチェコ選手を2-1で退けた。山口はティー・ジンイ(マレーシア)にも2-0で勝ち、2連勝の同組1位で1次リーグを突破した。山口は女子シングルス世界ランキング12位。奥原と山口は選手村で同室になった。奥原は「私たちの部屋は当たり部屋。珍エピソードを期待していたのに少し残念です」と語る(「【バドミントン】奥原希望 選手村の自室は快適「当たり部屋」」東スポWeb 2016年8月7日)。

ブラジル・リオデジャネイロ五輪バドミントン女子シングルス準々決勝は2016年8月16日に開催された。奥原希望と同12位の山口茜(19=再春館製薬所)の日本人対決である。奥原選手が2―1で逆転勝ちし、初の準決勝に進む。準決勝は17日(日本時間18日)である。シンドゥ・プサルラ(インド)と対戦する。

試合後の両選手のコメントである(「【バドミントン】日本人対決に勝った奥原「最初はぎこちなかった」」東スポ 2016年8月17日)。

奥原「必死すぎて実感が湧かない。合宿からずっと一緒にやってきた(山口)茜ちゃんと特別な舞台で戦えたのはうれしい。最初はぎこちなかったけど、お互いの力を出せてよかった」

山口「(第1セットを先取)初めから全力でいこうと決めていたので、それができてたので悔いはありません。これが今の実力です。この試合は次につながる試合になったし、もっと強くなりたい」

バドミントンのオーストラリア・オープン

バドミントンのオーストラリア・オープンの男子ダブルス決勝は2011年4月10日、メルボルンで開催された。決勝戦は日本勢同士の対戦である。早川賢一、遠藤大由組(日本ユニシス)が佐藤翔治、川前直樹組(NTT東日本)を2−0で破った。男子シングルス決勝で佐々木翔(トナミ運輸)がウォン・チュンハン(マレーシア)を2−1で破って優勝した。

女子ダブルス決勝は松尾静香、内藤真実組(パナソニック)がウォン・ペイティー、チン・イーフイ組(マレーシア)に2−0で勝利した。混合ダブルスの橋本博且(トナミ運輸)藤井瑞希(ルネサスSKY)組は準優勝だった。日本勢は3種目で優勝した(「佐々木、世界王者破り8強=バドミントン」時事通信2011年4月10日)。

バドミントンのアジア選手権

バドミントンのアジア選手権は2011年4月、中国の成都で開催された。混合ダブルス2回戦では池田信太郎、潮田玲子組(日本ユニシス)は中国ペアに敗退した。佐藤翔治(NTT東日本)松尾静香(パナソニック)のペアは8強入りした。

男子シングルス3回戦では第11シードの佐々木翔(トナミ運輸)が昨年の世界選手権王者で第5シードの陳金(中国)を2−1で破り、日本勢で唯一8強入りした。女子シングルスでは佐藤冴香(日体大)と三谷美菜津(NTT東日本)が2回戦で敗れ、日本勢は準々決勝に進めなかった。

女子ダブルスは末綱聡子、前田美順組(ルネサスSKY)と松尾、内藤真実組(パナソニック)、男子ダブルスは橋本博且、平田典靖組(トナミ運輸)が準々決勝進出(「佐々木、世界王者破り8強=バドミントン」時事通信2011年4月21日)。

野球

岐阜城北高校が選抜出場

岐阜城北高校は2006年、岐阜県勢として3年ぶりにセンバツに出場する。岐阜県野球関係者にとって期待の星”と言っても過言ではない。県は「春の選抜大会常時出場」を目標に、2003年度から野球強化策を実施してきたが、3年目に城北が見事に成果を示した。

県は県スポーツ科学トレーニングセンター(岐阜市)を拠点に「『日本一・世界一』特別強化事業」として高校野球、高校サッカー、都道府県対抗駅伝の3競技の強化に取り組む。3競技合わせて今年度約400万円の予算が組まれた。「自治体としてここまで取り組む都道府県は少ないはず」と、城北の練習にも顔を見せている同センター強化課の林田力氏は城北の活躍に期待を込めて胸を張る(中村かさね「日本一を目指して・岐阜城北」毎日新聞2006年3月6日)。

林田力氏は岐阜城北の活躍を「『おれたちでも甲子園に行けるし、勝てる』と、県内選手にとって励みになったはず」と評価する(「〈甲子園を夢見て5〉「スーパージュニア」県が育成」朝日新聞2006年07月28日)。

鎌田実監督と林田力主将

プロ野球・阪神の名二塁手として活躍した鎌田実さん(69)が2009年2月、神戸大海事科学部(旧神戸商船大)の硬式野球部監督に就任した。主将の林田力さんは「大学に入って2年間は漫然と野球をやってたけど、監督が来てモチベーションが高まった。高校時代のように燃えてます」と話す(「弱小野球部に鎌田イズム 元阪神の名二塁手、監督に」朝日新聞2009年3月3日)。

日本学生野球協会によると、プロOBの大学野球部監督は05年に認められて以降、10人目(総監督除く)だが、国公立大学では初めて。チームは目下、リーグ戦30連敗中。航海実習などで練習が9人に満たない時も多いが、鎌田さんは「野球の指導に、チームの強弱など関係ない」と意気込んでいる。

林田力主将が野球の手応えを語る

阪神大学野球リーグ3部の神戸大海事科学部(旧神戸商船大)が今秋、リーグ戦の連敗を「65」で止めた。2007年秋から定位置だった最下位も7季ぶりに脱出。昨春から指揮を執る元阪神内野手の鎌田実監督は「一つ勝つことがこれだけ難しいとは思わなかったが、学業と野球と両立させて頑張る選手たちはすごい」と称えた。

引退する前主将の林田力は「レベルが上がってきた手応えはあった。最後に努力が報われた。途中で何度も野球をやめようかと思ったが、やめなくて良かった」と語る。鎌田監督は「勝つことで練習への意欲も高まっている」と、来季はさらに多くの勝ち星を目指す(山本哲志「神戸大海事科学部、連敗65で止まる 阪神大学野球」神戸新聞2010年11月6日)。

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