俳句雑誌 滝 since 1992

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渓流集(221)

       

  花目眩          石母田星人

野火猛る空を卜占官の杖

音立てて花眩惑のやつてくる

鉄鉢の気息を思ふ穀雨かな

逃水は大縄跳の膝頭

春光を剥けば野槌の跳びにけり

惜しみなく宇宙の余白より落花

 

  椿             鴨 睦子

ぎしぎしと日はのぼるなり蘆の角

卒業の蹄鉄の音うつくしき

良寛の山の椿は踏まぬなり

仕事師の越後なまりや田螺和

鐘供養あひるが鳴いて通りけり

オリーブの沈むカクテル三鬼の忌

 

  菜の花           酒井恍山

菜の花や礁をなめる波の音

糸ゆるぶ姉の琴爪春うれひ

引く波に力ありけりリラの冷

神々のおはす山より芹の水

盛り上がる香炉の灰や雁帰る

猫柳耳のよろこぶ流れかな

 

  草だんご          牧野春江

春一番墨堤に曳くだるま船

誰待つとなき言問の草だんご

スカイツリーぐんと伸びたり春の雲

木の洞を突き抜ける風雁供養

石組みの底に水音蝶の昼

春泥を跳んで離宮の出口かな

 

  明石            阿部風々子

蝶生るる油に浸す髭発条

不等辺三角形の猫の恋

電球の芯の鳴き声昭和の日

呼子鳥明石に挟む観世縒

教会を出でし羽二重山笑ふ

額縁をはみだす獣春ショール

 

渓流集(220)

 

  浮遊           石母田星人

浮遊する私を抜けてゆく帰雁

春天の眼しづかに閉ぢにけり

鳥葬にするぞ目を開け春を吸へ

号泣の拳のそばの土筆かな

母逝きて春が直立してをりぬ

肉体のほどけて蝶となりにけり

 

  天鵞絨           鴨 睦子

舟を曳く舟の太綱冬夕焼

相輪に大寒の月かかりけり

おんおんと夕日は島へ山椿

水音に灯る機関区春ショール

まゆ玉に日暮れの水音とどきけり

天鵞絨のやうな夜の来る辛夷かな

 

  水温む           酒井恍山

水温む絹の艶もつ昼の月

凍滝の光の帯の蒼さかな

ひと振りの胡椒にむせる余寒かな

竹蜻蛉春めく空の円なり

生国の美しき闇鬼やらひ

鬼は外逃げ行く鬼は星となり

 

  雪解            牧野春江

水底に光るものあり二月来る

滑りよき寺のくぐり戸鳥雲に

甘噛みの犬にうなづく余寒かな

魚ごころ水ごころとて春炬燵

紅梅の真昼こんにやく取りおとす

磴十段雪解しづくのとめどなく

 

  鶴帰る           阿部風々子

鶴帰る正倉院の懸け守

年積みし女の謡鳥雲に

黄道光腹に拳の雁帰る

龍天に北上川の土の笛

梅の花羽化の始まる流れ膝

全開にせよ立春の非常口

 

渓流集(219)

 

  濾過            石母田星人

鮟鱇のぬめりの残る夕日かな

雪中の犀は幻花を知りつくす

木菟のこゑ蹙蹐の風連れてくる

大空を濾過してゐたる梅の花

沫雪の手首に羽音迷ひこむ

思案する佐保姫の指見えてゐる

 

  闇             鴨 睦子

まゆ玉や波一枚の闇がある

その中のもっとも寒き鷽を替ふ

楪の雪をゆらして父帰る

ぐい呑みの歪みを愛す鰤起し

つづら屋のつづらに夕日小正月

どんど火や太郎が次郎呼んで来る

 

           酒井恍山

羽子突きや破風より抜ける海の風

読後感書き終えひとり屠蘇を酌む

煤逃げの同士相寄る囲碁サロン

背の子の熊手の放つ星ひとつ

嬰眠る繭玉揺るる影の中

琴爪の角の尖りの淑気かな

 

  鴉             牧野春江

冬の虹軽くて重き夫の嵩

元旦の日差し伸びくる空の椅子

寒林の奥へ奥へと大鴉

学校のアンテナに鳥日脚伸ぶ

相づちを重ね寒九の水こぼす

マフラーのするりと落ちて七つ星

 

          阿部風々子

囀や日の当りたる鬼瓦

蛇穴を出づ回廊の朱の柱

さるきりの蝦夷の匂ひ春の月

新品の計量台の春の月

万華鏡穴を出でたる山棟蛇

檣灯を傾けて来し春夕焼


渓流集(218)

 

      陸封       石母田星人

高僧についてゆく陸封の鮫

少年を洗へば裸木の響き

精神を肉に包んで雪の朝

匙に唇寒満月の醒めてゐる

こころもち流線形の淑気かな

加速する光と林檎酒の底へ

 

      風        鴨 睦子

枯桑や武甲の空へ手をかざす

嘶きに一つ増えたる枯木星

底冷えの藁天神に詣でけり

数へ日や喫煙室の松葉杖

まゆ玉の映る硝子戸ひらきたる

煮凝や裏山の風をさまりぬ

 

      魚拓       酒井恍山

炉に酔へば魚拓のまなこ笑ひをり

寒涛の鎮まる三味の撥捌き

取れにくき魚の小骨漱石忌

波の間にもののふのこゑ十二月

レノン忌やG線切れしバイオリン

冬菊に夕日が溢れ香があふれ

 

      清澄庭園     牧野春江

名園の巨石鎮もる冬もみぢ

寄る鯉の大口さびし冬日向

薮巻や雀離れぬ石舞台

保存樹の洞なまぐさき片時雨

雪吊の天辺に透くビルの窓

十二月八日靴音すれちがひ


渓流集(217)平成22年1月号

 

     初明り     石母田星人

坂道を鼻梁と思ふ初明り

沖へ沖へと転がつてゆく手毬唄

寒林を宇宙の匂ひ這うてくる

水切の果て大寒に墜ちてゆく

北塔が細胞と化す初錯視

魚が咲き花泳ぎたる鶴の夢

 

     胸        鴨 睦子

風ぬるき五条天神返り花

立像の木目浮きたる小春かな

夕映の枯れし近江の蘆に佇つ

ざわざわと山暮れにけり牡丹鍋

木莵鳴くや胸に手を当てねむるとき

炉の灰をきっちり均らす春星忌

 

     万両       酒井恍山

万両のかがやきに鳴るサクスホン

まぼろしの蹄の音や尾花散る

初雪や茂吉の国の晴れわたり

尺八の長きトレモロ小春かな

風荒るるまたぎの里や干菜汁

身にしむや波打ち際の坐禅窟

 

     綿虫       牧野春江

何事も無き日熟れ柿くづしけり

冬はじめいつもの椅子にいつもの人

綿虫や遅れて覗く井戸の底

せかせかと遠き人声霜日和

石蹴りて石につまづく冬わらび

雪迎へキリンの黒き舌伸びて


渓流集(216)

    

 青星       石母田星人

落葉降る空に埋もれてゆく作為

青星とチェロのみ通る穴ならむ

身ほとりに焔のそだつ冬泉

音感の歪みの中を冬の蝶

片翼をもがれ轍を逸れる鱶

白菜を抱へて空虚虚無虚空

 

     鵙        鴨 睦子

新涼の紅殻格子灯りけり

山国の鴉連れ鳴く水の秋

舞殿に色なき風の渡りをり

行間の太き朱筆や鵙の声

かりかりとセロリを食べて夢なくす

蓑虫に夕べの窓を開けておく

 

     萩の花      酒井 恍山

輪唱の空に溶けゆく萩の花

紅葉やお百度石に女佇つ

石の黙草木の黙露寒し

冬の蝶撞木の鉄鎖匂ひけり

ほほづきの鬼門に乾され朱を放つ

修羅となる金銀の鯉石蕗の花

 

     ぐいのみ     牧野春江

ぐいのみの新酒一気に鬼の留守

手を借りて渡る石橋秋惜しむ

借景の裏山猪の棲む気配

ひよんの笛鳴らす憂しともさみしとも

高麗人の墓とや色なき風の果て

風呂敷の身に添ひ釣瓶おとしかな


渓流集(215)200911月号

 

     月代       石母田星人

犀の中白秋が打ちよせてくる

秋風の少し崩れてをりにけり

心象がながれてゆくよ紅葉山

月代の雲梯を臍渡りゆく

白墨が階段を生む星月夜

晩秋にあり天壌と曲炎と

 

     伏見人形     鴨 睦子

紫蘇の実をしごき明日を考へる

三寸の伏見人形秋のこゑ

邯鄲やうなづきて盃重ねたる

神官の木沓の音や豊の秋

蛇笏忌や笛吹川へ笛を吹く

重なりて山暮れにけり温め酒

 

     蓑虫       酒井恍山

蓑虫の鳴くや月山雲払ふ

包帯の重き中指小鳥来る

曼珠沙華耳痒くなる夕まぐれ

ゆるやかな城垣の反り穴まどひ

団栗のぬくみに昭和恋ひにけり

初紅葉円通院に雨を聴く

 

     車椅子      牧野春江

通るたび邪魔になる石草の花

人呼んでゐる真昼間の薄原

冷ややかや両手につかむ柵の錆

梨むいてひとり鴉の啼く日かな

車椅子たたみ身ほとり秋めきぬ

眠りたきものの眠りぬ後の月


渓流集(214)

 

     粒子       石母田星人

秋風を粒子と思ふ日暮かな

竹の春一角獣の渦ひとつ

酸漿の近づいてゆく虚空かな

無花果の臍は潮騒聞いてゐる

芒原漕ぐ虚と実を縫ふやうに

流木を秋の街路に見失ふ

 

     金魚       鴨 睦子

拱手して翡翠のこゑ聴くばかり

さみしさが人強くする金魚かな

下足札いの一番やどぜう鍋

不揃ひの糸瓜の下に父のゐる

声ありて人見えぬなり蘆の花

標本の蝶とびたがる賢治の忌

 

     鼻緒       酒井恍山

墓参り鼻緒に残る日の匂ひ

くちなしの象牙の光少女過ぐ

雷鳴の尾に打たれたる伊万里皿

落日のぬくみをたたむヨットの帆

まなかひに太き稜線夏料理

突堤に魚籠を見せ合ふ残暑かな

 

     小短冊      牧野春江

巴里祭をとこ腕組みしてゐたり

山の名を一つおぼえて暑にこもる

大暑かな絵馬堂に絵馬見尽くして

夜は秋の大ぶりに裁つ小短冊

秋はじめ不揃ひの皿捨てもせで

鉄を切る匂ひ九月の川しづか


渓流集 (213)

 

     直立       石母田星人

白桃のうしろを雲の流れけり

繊月は低し少女の背鰭より

想像のそばに直立する檸檬

片翼のペガサスの群秋夕焼

身をめぐる水と火の音耕衣の忌

朝霧のたたまれてゐる奥座敷

 

     麦秋       鴨  睦子

肘つきて肘おとろへり吊忍

前をゆく項の美しき茅の輪かな

米櫃の中のくらさや梅雨の雷

点りたる鬼灯市に傘ひらく

肩上げの子と綾取りや送り梅雨

麦秋やサイロの扉開け放つ

 

     雲の峰      酒井 恍山

身ほとりの本を砦に梅雨ごもり

小説の中に身をおき明易し

日盛りや一字埋まらぬ原稿紙

乗馬鞭鳴らす一瞬雲の峰

読み返す絶筆の文蝉時雨

晩学の机をすべる団扇風

 

     魔よけ札     牧野 春江

黴の家原色図鑑真ん中に

梅雨ごもり塩あらく挽く昼の酒

短夜や砂のこぼるるブーメラン

風向きのかはる河原や星の夜

鉄風鈴埴輪の馬の耳小さく

かとんぼの闇しなやかに魔よけ札


渓流集(212)20098月号

 

     帆船      石母田星人

泣きじやくるやうに大章魚這うてゐる

細胞を帆船の行く晩夏かな

星雲の氾濫蝉のもぬけかな

捻子巻の音が炎暑の内部より

肉球と星の融合青山河

石首魚のこゑは星間物質か

 

     嘘       鴨 睦子

葭切や苦き錠剤半割りに

気を変へて紅ひきにけり夏の雨

どぜう鍋嘘と知りつつうなづけり

何もせぬ家居おそろし金魚玉

鍵かけて鍵たしかむる梅雨の月

筆立てに筆ぎつしりと光琳忌

 

     更衣      酒井恍山

橋脚に美しき魚影夏柳

掴みたきひとはけの雲更衣

裸婦像の影の息づく薄暑かな

菜の花の斜面の起伏老画伯

切株の淡き香りやほととぎす

天金の錆濃き洋書青時雨

 

     朴の花     牧野春江

更衣身ぬちにのこる軽き揺れ

前山の朴の花咲くかつぱ渕

青葉闇鯉のひそみし水の嵩

クレヨンの匂ふ太陽父の日に

しんかんと開けつぱなしの夏至の昼

水よりも明るく海月裏返る


渓流集(211)

 

     尻尾      石母田星人

青梅雨の森に尻尾を置いてくる

夏霧の欠片を包む無音かな

揚羽舞ふ伸びちぢみする黄昏を

虹の羽化見てゐる耳の形かな

夏空の奥に漆黒立つてゐる

燃犀や若葉は空を掴めるか

 

     幟       鴨  睦子

ふり向きてうなづく父や麻の花

望潮ぶつきら坊の返事かな

ぼうたんの開きすぎたる夜の空気

山が山呼び合ふ鞍馬夏帽子

ゆつくりと一輛の過ぐ幟かな

青葉木菟うるさき髪を束ねけり

 

     角砂糖     酒井恍山

海光になびくたてがみ花うばら

お手玉の影のふたつや蝶の昼

角砂糖梅雨冷えの夜に沈みけり

遠吠えのたびに星増ゆ鑑真忌

あぢさゐの千の毬より千の声

少年期にもどる指先草矢打つ

 

     歌麿忌     田中一光

けふよりは苧環が棲む壁鏡

雨へ出て郵便もらふ歌麿忌

麦あらしをとこ埴輪は琵琶を弾け

一輪の黄薔薇鮮烈雨のなか

蒟蒻の花に猫きて尿りけり

毛虫立ちあがり絶叫してをりぬ

 

     日めくり    牧野春江

まなうらにかすかな痺れしやぼん玉

昭和の日卵を割りて暮れにけり

竹の子の伸びすぎてゐる裏鬼門

交番に大き日めくり五月来る

昼の酒メーデーの歌遠くなり

パイプ椅子重ね八十八夜かな


渓流集(210)

 

黒点消失   石母田星人

蝶よぎる黒点のなき日輪を

幻想が齧られてゐる東風の海

陽炎の音は翼をたたむ音

さくらさくら核融合の生命かな

初虹や雄螺子雌螺子の皮膚呼吸

困惑の結び目ひとつ蝶の道

 

     黒酢     鴨 睦子

にこにこと日は西へ落つ田螺和

囀の山に眠れる子を起こさむ

春日傘船板塀を擦って行く

波音に眠る黒酢や鳥帰る

木の芽風ピアノの蓋を開けておく

アトリエに声かけてゆく桜かな

 

     紫木蓮    酒井恍山

薄紙にのこる落雁紫木蓮

日をつまみ風をつまみて苺狩

念珠出す手にひとひらの落花かな

囲碁を打つ小指の反りや康成忌

雉笛に雉笛をもて応へをり

あをあをと月に添ふ星恋の猫

 

     尾骶骨    田中一光

逃水を仔犬が跳ねてゆらしけり

春筍のどつかと尾骶骨に坐す

麦秋の帽子を変へて日暮れたり

人の死のすぐ遠くなる金魚玉

木葉木莵いま楽しいか悲しいか

どよめきに似てナポレオン忌の夜風

       

     遠眼鏡    牧野春江

白い箱ころがつてゐる花疲れ

かげろふの真ん中にある埴輪の目

遠眼鏡逆さに覗く花の闇

春深し少年白い蹠見せ

朧かな明日につづく灯を残し

逃げ水やロボットの犬耳を立て


渓流集(209)

 

     青年     石母田星人

静けさの剥落止まぬ春の闇

青年の蝶は乾漆像の罅

花冷の宇宙を走りだす笑窪

蛤を洗ふジュラ紀の音立てて

鬣は光速となりかざぐるま

花びらに満たされてゆく時空かな

 

     かげろふ   鴨 睦子

やすやすと日は暮れにけり木の芽和

引越しの荷を解く蛙月夜かな

バイエルの手擦れをさすり卒業す

かげろふを来てかげろふの中にゐる

遠ざかるサイレン麦を踏みにけり

船上のランタン灯る三鬼の忌

 

     桜どき    酒井恍山

ボトルシップ作る貌上げ桜どき

補陀落の空へ響もす芽吹きかな

古備前の壺の雄ごころ卯波立つ

島裏へ消えし航跡蕗のたう

パン生地をこねる母と子燕来る

種を蒔く農婦ひとりに海の風

 

     ひつじ族   田中一光

青年の声が踏みゆく花の屑

大いなる春のありけり万華鏡

花の雨戻りしブーツ折れて立つ

沈丁花甘きくすりは嫌ひなり

有難くなる日がちかく野に遊ぶ

逃げ水やだんだん亡ぶひつじ族

 

     人声     牧野春江

木の芽どき葉書一枚書きあぐむ

雛段の鏡の中を通りけり

ふり向けば遠き人声蝶生るる

蛙の子石のくぼみを深くして

鳥雲に入る貝ボタン虹いろに

崩れゆく夫の正論夕ざくら


渓流集(208)

 

     深空     石母田星人

薄氷と首長竜の深空かな

天極のねぢれ解かむと梅白し

球体の止まつて春の影つくる

雛の日の蒼穹を蜜浸しゆく

春昼の幹に食ひこむ時間かな

春の野は抓みたくなるものばかり

 

     軽石     鴨 睦子

くすくすと夕日は森へ種浸す

啄木の忌やそろばんの五ツ玉

軽石の浮かぶ湯桶や猫の恋

セロリ噛み昨日の夢に遠くをり

考へて顎のおとろふ鴨の岸

卒業やトランペットを洗浄す

 

     鳥帰る    酒井恍山

出羽富士の全き姿鳥帰る

探梅行まぼろしの魚生きてをり

杉の秀に色づく月や鬼やらひ

鉛筆を辞典に挟みセロリ噛む

胸に抱く筝の蒔絵に春惜しむ

反り返る革の表紙や春遅し

 

     父の匂ひ   田中一光

雁帰る夕べ縺るる紐を解き

父運び入れし夜のこと春北風

三月や足裏あはせて坐す赤子

春雨の竹林父の匂ひせり

牡蠣食べてをんなは白く坐しゐたり

負ひし子の首が落ちさう椿東風

 

     七曜     牧野春江

冴返る枕頭台の虫めがね

ものの芽のほぐれ七曜なき暮らし

背伸びしてつかむ吊革春一番

春一番使はぬ部屋の壁鏡

胸中の切株に置く花の種

豆腐切る水の粘りや涅槃西風


渓流集(207)

 

    果肉      石母田星人

紙漉の手首掠めてゆく儒艮

唇となる空想を噛めば春

春ざれや綻び見ゆる銀河系

とつておきの果肉の中を春の月

哭きながら魚釣りをする半仙戯

てさぐりに春のかたちをたしかめる

 

    土鈴      鴨 睦子

父の家の枕のくぼみ雪起し

寒紅をつけて電話を待つてゐる

ひとり居にまゆ玉ゆるるばかりなり

考へるため目をつむる枯木山

土鈴よりさみしく眠る雪あかり

島の子の大きな瞳午まつり

 

    怒涛音     酒井恍山

山脈のまぶしさに向き吹始

ぶち切りの鱈の肝より怒涛音

寒星をのせてみすゞの詩集読む

玄関にどんと火匂ふ顔ふたつ

ジョーカーを切りそこねたる三日かな

小正月文箱の花の浮き出づる

        5

    ゆがみし鏡   田中一光

きさらぎや死者を見送る猫の耳

生涯非行あみだにかぶる冬帽子

浮雲に貝や守宮や寒ゆるぶ

女肘やさしくとがる解氷期

抽斗にゆがみし鏡久女の忌

凩の夜のポットの瘤駱駝

 

    影法師     牧野春江

枯るるものなきビル街の影法師

風花とひと言眼鏡はづしけり

煮凝りをくづす少年眉細く

放課後の日を照り返す雪だるま

冬の燭継ぎ足す聖女闇を曳き

毛糸玉うしろは黝き海ならむ


渓流集(206)

        

     ひよめき   石母田星人

顋門の抱かれてをりぬ冬銀河

巨石立つ枯野を占拠する星座

回廊は宇宙開闢以来雪

億年の沈黙のあり鶴のこゑ

影はみな浄闇に溶け鯨哭く

初東雲息潜めたる弦楽器

 

     枕      鴨  睦子

塗替への火の見櫓や雪蛍

父からの捕鯨の便り廻し読む

寝る前の枕を叩く狩の宿

うなづきて冬の花火をうしろにす

肩上げの児の泣いてゐる恵方道

蕪村画の虎の咆哮寒すばる

 

     大くさめ   酒井恍山

大くさめ百羽の鳩に嫌はるる

風呂吹や翠微に戻る夕日差

波音を子守唄とし冬すみれ

綾取やぼんぼん時計三つ打ち

竹馬の子らの棄てたる裏小路

雪の音吸ひ尽くしたる日本海

 

     壷の耳    田中一光

初風を聴き分けてゐる壷の耳

びい玉の蒼のいろ増す小正月

まなうらに仏の棲める寒中梅

瞬きてまなこがありぬ冬北斗

臥す母へいくたびの嘘なづな粥

これからのこと干柿を噛みながら

 

     冬ざくら   牧野春江

石臼の廻り具合や神の留守

初しぐれ地図になき道曲がりけり

爆音の青空に透く冬ざくら

改札をするりと抜けてクリスマス

長すぎるマフラー闇をただよへり

極月の水切つてゐる男かな


渓流集(205)

 

     枯野馬車   石母田星人

よぢれつつ感覚が降る冬月夜

体内に蝶鮫を呼ぶ智拳印

秤動の剥落片は枯野馬車

こだはりの味覚シリウスへの通路

双星の施無畏印より鶴の影

冬凪は白亜紀の羽化掻きいだく

 

     時間     鴨  睦子

山国の雲厚くあり衣被

水の辺の冬蝶よりも遅れけり

蒼穹の越前高田冬帽子

泣くことも力要るなり石蕗の花

もう少し時間下さい冬の星

擦りゐたる墨の香あまし八一の忌

 

     柿簾      酒井恍山

姉の琴われの尺八帰り花

声あれば大音響ぞ柿簾

ぐい呑みの青き渦巻三島の忌

文化の日飛鳥美人の眸と合ひぬ

綿虫のただよふ彼方石舞台

啄木忌再読したき本あまた

 

     かにかく忌   田中一光

月太る壁に冷たき薬師絵図

ドライ鬼灯体温計のチッと鳴る

髭剃つて出掛けるでなき小春かな

冬菜畑書を読まぬ日の脳かろし

ねむごろに筆洗ひけりかにかく忌

三寒四温鈴失ひし寺の猫

 

     山門      牧野春江

山門の屋根に蟷螂枯れを待つ

卒塔婆を積む猫車冬近し

草もみぢ馬の足音せまり来る

行く秋やまごの手にある使ひぐせ

眠剤の効きすぎてをり三の酉

一茶忌の枯るるともなき青木賊

 


渓流集(204)

 

     冬瓜   石母田星人

天体を降りる檸檬に導かれ

冬瓜の坐る宇宙の晴れあがり

ペガサスが二重螺旋の紐招く

対流の秋夕焼を一口に

空瓶のシナリオ生える秋の浜

高跳の軌跡が宇宙卵を嗅ぐ

 

     水音    鴨  睦子

しぶしぶと夕日は森へ衣被

水音にねむたき日なり杜鵑草

紅つけて田水落しに行つたきり

いつの間に水面暮れをり新走

船笛をうしろに大根蒔きにけり

蕪村画の鴉と秋を惜しみけり

 

     白萩    酒井恍山

白萩に触れ肩軽くなりにけり

能面や寺塔に消ゆる鹿のこゑ

新豆腐星のまたたく蔵王山

ふるさとの土の匂ひの菊膾

嫁ぎし娘のピアノの黙やいわし雲

満月や家並み低き漁師町

 

     南瓜面   田中一光

感光紙のやうな唖少女秋没日

戦争を引きずつてゐる藷の蔓

ふくろふの瞑想きつと釈迦の夢

母の粥にすこし塩足す冬木立

被つてもみたきハロウィーンの南瓜面

三十二分音符の蜂が菊の上

 

     豊年    牧野春江

狛犬の吠えて声なき秋土用

桐一葉にんげんぎらひ昂じたる

豊年や開けつぱなしの勝手口

代筆の葉書三枚木の実降る

十三夜螺子まきなほす腕時計

マニキュアの爪欠けやすき暮の秋


   渓流集 203

 

     陸離      石母田星人

原泉に水蜜桃の陸離かな

矮星の終焉真雁塒入り

天穹に瘡蓋蘭の浮遊感

碧落の肌合ひ萱の旋律は

栗を剥く自己投影の妖霊星

夕芒未完の塔は地にささり

 

   梵字      鴨 睦子

仏像の背の反り美しき秋のこゑ

新涼の網に羽毛や水の音

夏水仙かなしきまでに笑ひけり

透かして注す点眼液や秋の蝉

うろこ雲梵字を読んで貰ひけり

紫蘇の実をしごき明日を考へず

 

     写経      酒井恍山

竈馬樹に立て掛けし高梯子

山鳥のこゑのかがやき走りそば

魚どちの餌食となるか流れ星

母の世の瑪瑙の付根十三夜

虫の音を忘れてをりし写経終ふ

秋風にそむき缶蹴る天邪鬼

        

     紙粘土     田中一光

人間へ塩振る習ひ黍あらし

秋高き一本の棒まぶしめり

はたはたの次の跳躍まで待つか

崩れたるときに匂ひぬ大毛蓼

秋らしき形となりし紙粘土

白膠木紅葉かのくらがりに仏の眼

 

     紙の花     牧野春江

小説の伏字を知らず休暇果つ

昼の虫只今留守とドアにメモ

蓮の実のとんで天女の指の反り

十字路に新しき供花燕去る

秋の蚊を打ちそこねたる京訛り

冷やかに芯くれなゐの紙の花


渓流集(202)

 

     巻貝      石母田星人

繊魄やゆつくりと巻貝を出る

砥ぎたての青は沖行く秋の蝶

満月に隙間のありて杳乎かな

瓔珞の解けて月光へと還る

秋天に暈しを残す櫂の音

深層へ沈みゆく艶柿の艶

 

     桃       鴨 睦子

夕ぐれの本所松坂せみの声

真っ先に犬小屋へゆく帰省かな

皿の上桃ほのぼのと眠りをり

オリーブの実や船笛の遠ざかる

これからも悪女に徹す竹煮草

河童忌や袂の煙草たしかめり

 

     炎天      酒井恍山

炎天や脂吹く瘤の松の相

かなたなる急がぬ雲や蓮見舟

はまなすや一歩に砂のきらめきぬ

昼月へ木の肌濡らし蝉翔てり

白扇の襞より妙手生まれたり

せせらぎや上り框に網代笠

 

     旅へ出よ    田中一光

新豆腐日の出の匂ひまとひけり

もみづるや古寺巡礼の旅へ出よ

折れ葦の夕づく盆の川たたく

花すすき何処までゆかば風になる

鉄棒に少年の臍いわし雲

襟元につけきし芒野へ帰す

 

     顔写真     牧野春江

日盛りのだらだら坂や飛行船

大皿を重ねガレージセール夏

白扇子セールスマンのよく笑ふ

風鈴に風の名残や父の忌来

夜の秋大きく伸ばす顔写真

薬臭の残る指先日雷


渓流集201号) 2008年9月号

 

     月の滝    石母田星人

人間に呼吸水中花に錘

たらちねのミトコンドリア月の滝

翻車魚の秋めく楕円軌道かな

いつまでも合はぬ焦点祭笛

疾走の都市すれちがひざまに虹

ぬばたまの真闇の孕む果実かな

 

     蛍      鴨 睦子

船員の肩の入れ墨はたた神

どんよりと疲れしからだ水中花

拱手して鳥の声きく茂りかな

花柄のアイロン台や夜の秋

半夏生象牙の箸の重たかり

いつの世も乳房つめたき蛍かな

   

     桜桃忌   酒井恍山

青き夜に沈む裏山桜桃忌

膕にやはらかき風蝉の殻

追伸の余白より立つメロンの香

くちなしや形見となりし切抜帳

便箋に言葉を満たす蛍の夜

山宿や香魚の肌の化粧塩

 

     チエホフ忌   田中一光

夏帽子被りて影をたしかむる

一閃は父一音は母の雷

平成の彼方の昭和かき氷

さざなみの雲炎えのこる不死男の忌

わが胸の水にこそ泛け死蛍

七十の箸を気ままにチエホフ忌

 

     わらべ唄    牧野春江

神苑の蚊遣りの匂ふ待合所

菖蒲田に男さみしき喉を見せ

閻王のゆらぐまなざし雲の峰

場違ひな人と出遇ひぬ氷水

青月夜犬知りつくす曲がり角

水中花逆さに沈めわらべ唄


渓流集200号) 2008年8月号

 

素懐      石母田星人

肉感の宇宙に腕を通す百合

物質は水にほどけてゆく蛙

蠕動の彼方に素懐ういてこい

郭公の高さの蒼の軋みかな

全天の雨意吸ひこみて合歓の花

淡き音と濃き音を放つ蝉の殻

 

雨       鴨  睦子

傘さして家遠くなる桐の花

鳴かずとぶ鳥の影あり青田波

耳鳴りの耳に手をやる夜の秋

夏至の日の明るき雨となりにけり

手を通す有松絞り盆の入り

ががんぼやロートレックのポスターに

 

人形      酒井 恍山

人形の服の背を割る薄暑かな

水面割るエンジン音や花珊瑚

チョコレートの薄き酸味や青嵐

薔薇の香の染みる机上の歎異抄

いつも同じ人を待ちゐる金魚かな

羽蟻翔つ白雲を脱ぐ峰ひとつ

 

やがてしづかに 田中 一光

抽斗に何かがつかへ梅雨兆す

革靴に入りて隠れし夏もみじ

六月や床机に鳥語あふれをる

指紋ほどの昼の月あり毒空木

まつすぐに鳶ながれゆく鴎外忌

毛虫焼くやがてしづかに一つ撥ね

 

力瘤       牧野 春江

更衣いつか遠のく重き辞書

桜桃忌柄杓の底に残る砂

父の日の大きく見せる力瘤

父とゐて遅れて放つ草矢かな

耳鳴りのリズムみだるる昼寝覚

蟻地獄指紋うすれし指の先


渓流集(199号) 20087月号

 

      麦秋の闇  石母田星人

素粒子の潜在意識かきつばた

うつし世の死角を掠めゆく揚羽

麦秋の闇を離るるDNA

星雲の底方の現の証拠かな

深く深く潜水艦とくちなはと

一心に光をみがく初夏の雨

 

          鴨 睦子

青年に従きて船降りかげろへり

新緑やぶつきらぼうの人とゐる

せりせりと日はのぼりけり河鹿宿

手を上げて青水無月の父の来る

人形に只今と言ふ夏の雨

ハイボールつくり太宰の忌を修す

 

     藤房    酒井恍山

藤房のしだるる谷を鳥かすめ

石楠花や母似のこゑのわらべ唄

木の国の柾目の皿や祭笛

鯉幟ダムの底まで空の青

棹さばく女船頭花うつぎ

日を包む雲のむらさき白牡丹

 

     菩薩なり  田中一光

蟾鳴いて欅の夕日落としけり

揚羽見しまなこ閉づれば菩薩なり

花は葉に人間は業あらはにす

初夏や明日が見たくて硝子拭く

苧環のむらさき一壷日が移る

すててこで語りはじめしアッツ島

 

     新樹    牧野春江

五月来る出合ひがしらに馬の首

針槐杖曳く人の聖者めき

アイロンの匂ふTシャツ夜の新樹

桐咲いて鍵のはずれし玉手箱

新樹光犬の検診異常なし

梶の花言葉あふるる黙の刻


渓流集(198号) 20086月号

   

 啄む    石母田星人

春暁を啄む淡き処から

滝音の止み満開の花の音

一本の桜が糸を吐く闇夜

大木の虚に消えたる落花かな

春雨が撓ふ水墨画の余白

存在の時間を包む石鹸玉

 

     日     鴨 睦子

くすくすと日は森に入る種俵

日だまりのやうな人ゐる柳かな

かげろふを来しリヤカーを押してやる

蕗味噌に口切りの酒注ぎ呉れし

ビクターの犬に声かけ卒業す

たんぽぽの絮吹く返事なき人に

 

    地図    酒井恍山

足取りを地図に書き込む花の雨

月山の耀ふ風や初蕨

青時雨切符の角の硬さかな

花疲れ鞄の底のペンライト

突風のあとの青空蝌蚪の紐

自転車のドミノ倒しや遠郭公

 

     姥をりて  田中一光

青蜥蜴に見えたる吾の如何ならむ

十鉢のガーベラ並べ十の色

姥をりて尉のをらざる苗木市

鉄線花心経は無をくりかへし

かげろふの出処河馬の大欠伸

国小さくつまづきにけり鴨帰る

 

     さくら   牧野春江

カラフルなスワンのボート花疲れ

俳号を考へてをりさくら時

春たけなは檻にコンドル睥睨す

軽き地震春眠深き犬の耳

昭和の日袋小路にまぎれけり

行く春や飲食の水なめらかに


渓流集(197)

 

    春埃   石母田星人

春の埃よ星にならむと光るのか

唐突に風を動かす風ぐるま

いつせいに椿の回る水面かな

還らざる水音を追ふ春の水

鬣の躍動軈て花ふぶき

一角獣の出てくる扉春の野に

 

    橋    鴨 睦子

お茶の葉のゆつくり開くおぼろかな

芹の香に女やさしき目なりけり

舟の名の佐助与助やかげろへり

桑の芽に風の秩父の夕日かな

永き日の橋の向こうにあなたゐる

手を延べて雨たしかむる蓮如の忌

 

    跳箱   酒井恍山

鶯やファスナー緩きペンケース

跳箱を飛びたる高さ蝶生るる

窈窕の京の言葉や春の宵

手びねりの朱泥の急須荷風の忌

喪ごころの抜けぬ日重ね水温む

明日売るピアノの上の梅一輪

 

    座敷わらし  田中一光

だまし絵にまだ何かある石鹸玉 

来ぬ筈の父待つてゐる朧かな

逃げ水やもののけじめと黒を着る

風神のつどふ夜の山木の芽時

蔵おばろ座敷わらしのこゑとほる

一瞬の記憶喪失さくら散る

 

    夕刊    牧野春江

梅を見て鳥見て神籤むすびけり

亀鳴くや手ざはりの良き夕刊紙

啓蟄の音ともならず雨匂ふ

あたたかや固まつてゐる砂時計

福耳の人に並びて花粉症

駅地下の人中にゐて春愁ひ


渓流集(196)

    諦めて   石母田星人

背凭れの角度で春が濡れてゐる

蝕甚に繋がつてゐる蜷の道

光曳く初蝶はまだ生乾き

諦めて紙風船の降りてくる

全身のこゑより生るる春の水

寂けさが四肢となり若駒となる

 

    水の音   鴨 睦子

一対の百目ろうそく春の雪

補聴器に水の音あり雪螢

啓蟄やコントラバスを担ぎ来る

提げられて寒鱈の目の恍惚と

木彫り師の眉間の皺や冬の鵙

寄居虫に女はほそき指あそばす

 

    如月    酒井恍山

如月や鑿に息かけ仏彫る

遠雪崩山河の匂ふ白き粥

北斎の色の波立つ探梅行

節分や星座を隠す厚き闇

一条の光のかたち滝凍つる

梵字凧揚げる和服の男かな

 

    乳溜まる   田中一光

半眼の仏に遠く雉子鳴けり

仏見ずほとけの影が梅の下

鳶の笛春を斜めに鳴きゐたり

大寺に巨木いつぽん雪二月

琉球の線香太し黄楊の花

流感の熱き赤子よ乳溜まる

 

    天気図    牧野春江

天気図にさがす東京雪くるか

風花の袋小路や子とろ鬼

春の雪逢魔が時を呼ばれけり

二月来る雑木林に人の声

叩き干す穴のジーンズ牛まつり

犬に添ふ体内時計つちぐもり


渓流集(195)

   球体の   石母田星人

床の間に置かれある寒怒濤かな

立春の底方より球体の来る

わたくしと東風の境の思想かな

寂さの四肢となり若駒となる

砂糖よりやさしく溶ける春の風

 

    鍵盤    鴨 睦子

大寒の空ざらざららと暮れにけり

箸づかひきれいな人や雪催

笹鳴や絵本作家のまなざしに

水鳥に起こされてゐる二人かな

シクラメン弾かぬ鍵盤磨きけり

兄の名を星につけたる枯野かな

 

    初詣    酒井恍山

アトムの面とれば年寄り初詣

年酒享く銃痕しるき熊の皮

名人の打碁並べる三日かな

稿を継ぐ寒波の底に魚眠る

お降りや松葉の光こまやかに

新日記冒頭に書く血圧値

 

    雪の竪琴  田中一光

教材に久女の一句春近し

桑畑の雪の竪琴おりに散る

焼香のやうに指もみ種を蒔く

耳鳴りを香にたとふれば山菫

帽子屋に亡父と立寄る初大師

京雛にかしづく妻よをなごなし

 

    寒卵    牧野春江

紙の目に逆らうて裂く寒さかな

冬の蝶思はぬ高さありにけり

寒昴通り過ぎたる曲がり角

まつすぐに乾く木道恵方かな

寒の水ごくりごくりと反抗期

だまし絵のうしろに座る寒たまご


渓流集(194)                                                            

    搏 動  石母田星人

藍甕に沈む搏動冬銀河

大皿に谺を描きゐる寒波

白鳥の蹼にある昏さかな

青鮫がよぎる水槽より羽音

一本の杭が風生む枯野原

真昼間の平均台を鶴の影

 

    近江の風  鴨 睦子

武蔵野の水の匂ひや雪螢

うなづきの叱られ上手炭をつぐ

枯蘆の近江の風の拗ねてをり

ささくれのやうな水面やちやんちやんこ

立像に遠き枯野の夕日かな

煉り切りの梅のかたちや良寛忌

 

    トランプの王 田中一光

舌先で虫歯をさはる初薬師

うやうやしく餅を呑み込む人の喉

トランプの(きんぐ)気取りの厚着かな

嬰の指をささへ山茶花数へけり

赤子つと顔あげ雨が雪となる

山茶花に解かれにゆく夜の小雨

 

   十二月   牧野春江

古文書の朱印あざやか山眠る

天邪鬼つぶさに眺め咳こぼす

男来てさみしきものに冬帽子

ひたすらにパン撒く男鴨寄せ

冬の鵜の潜るともなく羽ばたけり

十二月何も無き日の声高に


渓流集(172)   
    彼岸河豚・     石母田星人
    ポイマンスキー彗星彼岸河豚の毒     
   蝶々の表裏を流れゆく宇宙        
   鮮烈に時間を抉り取る朧         
   暁闇の呼気は正しく蝶になる       
   天心にかんばせのある帰雁かな      
                     
     非常口・     田中一光 
   巫女ひとり風に失せたり花辛夷      
   いつぽんの杭にこだはり涅槃変      
   赤ん坊があかんぼを見る雛の市      
   夜の梅遠くに青い非常口         
   つんのめるとき春月の匕首ありき     
                     
   鏝 絵・     館さくら 
   地下鉄の出口入口雪催          
   白鳥にはげしき性を見てしまふ      
   川縁の鏝絵ひつそり冬めける       
   気象図の見方おぼえし雪女        
   牡蠣鍋をつつき熱帯ぶ世相論       


 渓流集(171)
        
    春の闇   石母田星人
   表象の残されてゐる大根穴        
   革張の椅子の音する春の闇        
   獺祭袱紗の中の地球かな         
   沖溟く融けだしてゐる半仙戯       
   春風に微弱電流ありにけり        
                     
    涅槃像   田中一光 
   置手紙して一月の雪硬し         
   大寒の早暁に覚む肺二つ         
   ひとすぢの白髪落としぬ涅槃像      
   涅槃会の夜目に真水の流れあり      
   春の樹といふ樅の木に晴間あり      
                     
    笹鳴き    館さくら 
   一天にはだけし雄姿初蔵王        
   喪正月一世にふたつ重ぬれば       
   時の間や冬旱また冬旱          
   寒苦鳥火宅かすめて去りゆけり      
   思源閣素通りすれば笹鳴けり       
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