妊娠のことで いろんなことを調べていくと 自分の心とも向き合わざるをえなくなる
幼少期のトラウマが出てきて精神的にキツかった
たくさん本を読んだり インナーチャイルドを癒すということなどをした
完全にラクになったという感じではなかったけれど
私の話を聞いた鍼灸の先生が
子どもを産むことですべてが解決される と話されていた
そうなったと思う
今振り返ってみれば
子ども時代のつらさ、さみしさを
今度は 味あわさせないように
安心感を与えられるように
子どもと どう接していいか 勉強できた
それは とってもとっても 大切なこと だった
精神論から 心を変えることは ムリだと思う
何か外側からの工夫 感情をともなった出来事 家の不要なものを捨てる など
何かの行動でしか 心の状態を変えられなかった
いくら こういうふうになろう と思っても 思うだけでは むずかしい
なにかの行動の工夫がいる
退職してから 別の会社で事務の依頼があった
負担になるような職場ではなかったが 2回目の流産の後 仕事をやめることにした
伝票入力の仕事は 妊娠中にはあわない と感じたし
のんびり休養したい と思った
3回目 妊娠後 遠くの有名な自然なお産をする病院へ行った
しかし そこは普通の病院と雰囲気が変わらず
エコーの結果 週数にしては小さいことがわかり 不安がおそってきた
2回の流産は エコーで心拍がとまったことでわかったので
エコーや病院には恐怖感を感じるようになってしまった
多量出血があった
女医のところを探して行った もう男性の医者は嫌だった
嫌な対応をされたのでは決してない
心のケアがほしかった
すでに子宮から出てきているところだった
産婦の部屋から遠いベットで休むように配慮してくれた
心に気を配ってくれたことがうれしかった
流産を何度も繰り返す人の病院を薦められたが断った
その病院で 精神的にまいってしまった人を知っていたから
4回目の流産 自宅で出血があった
多分 これだろうと思う小さな小さな袋があったような気がする
自宅で さよならをした
出血の間 横になって 涙を流しつづけた
おなかに手をあてて 体の声 赤ちゃんの心の声を聞こうとした
そして もう 無理強いするのはやめよう と感じた
今度は ちゃんとお別れができた気がした
それまでの流産と 一番大きく違ったことは
1人で手術を受けて 病院の帰りに 夫に迎えにきてもらってたけど
私が感じたつらさをわかってもらえてない。。と とても孤独に感じてた
だけど このときは 横に寝て 涙を流しつづける間
夫が手をにぎっていて その手に 夫の涙が何度か落ちていた
ようやく やっと・・ わかってくれた・・
流産は どうしようもないことだと思えるようになったのかもしれない
実際 どうしようもなかった
涙は たくさん流したけど やっぱり前へ進むしか それしかない
子供ができないと 将来の予定や計画がなにも立てられない と思った
以前、偶然通りかかったペットショップで アメリカンショートヘアの子猫を見た
とても可愛いくて 見入ってしまった
ある日、同じペットショップで また子猫が生まれてた
生活がなごむかもしれない
子猫を飼うことを決心した
トキソプラズマなど 検査もちゃんとした
ふっと 子猫がする動作に 気持ちがほぐれて
悩みっぱなし ではなくなったのかもしれない
5回目の妊娠
もう病院へ行く気はなかった
自分の体の管理は よくわかっていた
妊娠前は よく歩いていたが やめて
横になり 安静にするよう気をつけた
このころ 自分から友人へ連絡することは しなかった
人つきあいをしていなかった 1人になってみた
そういえば 子作りのときは リラックスするようにしてた
つわりが始まって 食事が作れず寝込むようになり
今までの妊娠では動いていたが
安静にしたいので 実家へ行くしかなくなった
「やれることは もうやった」 自分に納得がいった
そう思おう としたのではなく 静かに自然に出てきた思いだった
足りないと思ったこと 学びたいと思ったこと やりたいと思ったこと
実家では パソコンをせず マンガを読んでた
じゃりん子チエ が実家にあったので ずっと読んでた
頭を使わず 日常的なテンポなので 負担にならなかったし
湧き上がってくる不安を打ち消すのによかった
6ヶ月になったころ ゆう助産院 へ電話した
助産院を ネットでさがし 病院と提携していて 感じがよさそうなところを見つけた
助産院は 元大病院の婦長をされていた方が 先生で
自然なお産がしたい と開設されたところだった
病院で 2回ほど 男の先生の診察を受け
あとは 助産院で検診だった
病院と違って 作りや雰囲気がとても良くて
待ち時間も ほとんどなくて 予約なので待つ人も自分だけ
エコーはあったけど 建物やベットや壁やイス すべてが病院っぽくない
中庭があって アットホームな感じだったので 不安はほんとに少なくてすんだ
先生が お母さんみたいな感じで明るくて 笑い声が しょっちゅうだった
この明るさに 本当に救われた
そう先生に 後から話すと
「そうよ!リラックスがなにより大事なの」 と力強く話してた
病院の何が不安になる要素か って
待ち時間の長さ 待つ人の数 待つときの雰囲気と気持ち 診察のときの気持ち
自分が長く待ってて嫌だったので早く終わらなきゃ とか
流れ作業で リラックスとは ほど遠い
よっぽど 自分がしっかりできてる人じゃないと
私みたいな人は 1人ぽつんと不安をかかえてしまう
病院で ほんの数回、基本的な診察
あとは 助産院で検診
何かあったら 病院と連携
というしくみが主流になってほしいと思う
昔はそういう感じだったらしい (産婆さん時代かな)
よいお産 (妊娠前から産後にかけて) は
その後のお母さんや 子供の心と体の成長にとって とても大きな影響を与える ことが
いろいろな方面でわかってきていて
自分の経験でもそう思えた
和室で 助産師で鍼灸の資格を持つ方に治療もしてもらった
一時 逆子になってしまったので 先生が手で ぐるっとゆっくり直してくれた
私は 声に出さずに 赤ちゃんに 「先生の誘導の方へ動くんだよ」
と優しく話しかけていた
すると 先生が 「終わったよ」 と言った
「えっ!?」 と私は驚いた
前回は 逆子がうまく直らなかったけれど 今度は すんなり直ったからだ
先生が 私がリラックスしてたこと 赤ちゃんに話しかけていた言葉
赤ちゃんがその通りに動いていたこと
これらがわかった と喜んで話されていた
出産は 普通の木のベットで 生まれるときも 姉や姉の子が傍にいて
出産後、和室で 子供と家族と過ごした
会陰切開をしない予定だったが 子供の頭が大きくて 切開しないと出てこなかったので 了承して切開した
その後、傷口の回復がよくなかったので 病院で 再縫合した
なんと 驚いたことに いつも1人で孤独に流産の手術を受けてたが
助産院の先生が 待っているときから一緒に付き添って
再縫合の手術中は 手まで握って励ましてくれてたのである!
生まれてから ずっと一緒に布団で過ごせて
ペンション風な部屋で ごはんもおいしくて
体のトラブルは たくさんあって 歩くことが困難なほどだったが
ほんとうに楽しかった
8ヶ月半ばころまで 赤ちゃん用品をこわくて揃えなかった
今まで 流産の後に 赤ちゃん用品が家にあって悲しんだ
だから揃えた頃は歩くのがしんどかった
子供を育ててわかったことがある
子供は お母さんが他のことに気がいくのを許さない
いつもいつも 自分を見て欲しい
そこで思った
自分を守れるようになる
− 子供にとっては 自分を守ってもらえる安心感
自分の大切なものを中心に生きれるようになる
− 子供が欲するもの
次は ・・・ 「 あなたの番よ 」