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2006年3月29日、友人のトニーが、Inner
Peace の コンセプトにこのことばがぴったりだと思う、と言って、この「ことば」を私に教えてくれました。実際に、この会で言おうとしている「和」というのは、この「ことば」にあらわされています。この訳の「和」ということばは、Peace
ということばにあてたものです。ただ、ここでは、「平和」ということばに、もう少し深みと幅をもたせたかったので、単に「和」として、あえてInner
Peace ということばをこの会の名前にしました。
「和」とは、こころの深いところでの静けさをいいます。またこの「和」は誰もが、どんなところででも持つことができるものです。それは私たちだれもが、すでにこの「和」をその内に持って、いま・ここにあるからです。「和」は、存在の深いところでのつながりによってつくられ、その「つながり」を通して見えてくるものです。私たちがいま・ここに生きていること自体、「つながり」なくしてはありえないものです。
とすれば、私たちはすでにその中に「和」を宿しています。
「和の会」の目的は、人々が本来もっている「和」を思い出し、みなでそれを分かち合うことです。この「わかちあい」によってわたしたちは「つながり」をより強めていくことができます。あるいは、「つながり」によって、より豊かに、いろいろなものを「わかちあう」ことができるのかもしれません。
さて、ここで分かち合うことのできるものにはどんなものがあるでしょうか。人間は「こころ」「からだ」「たましい」というものがあわさってなっています。「からだ」は目に見えやすいものです。それは物質的なものといえるかもしれません。「からだ」などの物質的なものの変化や、変化への努力はもっとも見えやすいものです。「もの」と「もの」とのつながりとしては、物質的に地球とつながることをつうじて、「こころ」でも、地球や宇宙とのつながりをたしかなものとすることができます。この見えやすい変化を通じて、自分の中の変化に気づくことができ、「つながり」を強めていることを知ることができます。ここでは、地球とともにいのちをわかちあう生き方を、毎日できることを案内したいと思います。
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また、「からだ」が地球の「いのち」とつながることは、その「いのち」を地球に住むみんなでわかちあうことであり、この「いのち」を私たちにつなげてくれていた昔の人々や、これをつなげていく、未来の人々ともつながっていくことになります。そのようなしっかりとした根っこをつくりあげていくことは、私たちの「からだ」や「こころ」が、わたしたちの「たましい」とつながっていくことのように思います。それは「いのり」となって、みんなでわかちあうこととなるでしょう。
それでは、以下に、1)「こころ」の師について、また、2)1日の生活を思うことでの「からだ」や「こころ」、「たましい」でのつながりについて、私自身がこころがけていることを書いてみます。
私にとってのInner Peace:和の考え方の先駆者で、精神的な支柱となっているのは、ベトナム出身の禅僧、
ティク・ナット・ハンです。
みずからが幸せで平和でないならば、愛する人たちや、同じ屋根の下に住む人たちとさえ、平和と幸せを分かちあうことはできません。平和で幸せであるならば、私たちは
微笑し、花のように咲き開くことができます。
ティク・ナット・ハン氏は、瞑想をし、呼吸を深め、さまざまな出会いについて思慮深くあり(マインドフルネス)、「いのち」とつながることで平和に生きることの大切さを言います。
息を吸い、体を鎮める。 息を吐き、ほほえむ。
この瞬間に生きる。 素晴らしいとき。
Breathing in, I calm my body. Breathing
out, I smile.
Dwelling in the present moment I
know this is a wonderful moment.
この詩を思いながら、静かに呼吸をします。いま、この瞬間が本当にすばらしいときであることを知ることができます。
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