2008年7月19日

社団法人 日本解剖学会
理事長 柴田洋三郎 様

「人体の不思議展」に関する要望書

 

                         「人体の不思議展」に疑問をもつ会[1]

          代表 刈田啓史郎(東北大学元教授、生理学)

 

【事務局】〒960−1295 福島市光が丘1番地

福島県立医科大学医学部人間科学講座    

電話:024−547−1111(内線2602)

                           FAX:024−547−1995(総務G)

e-mail:suenaga@fmu.ac.jp (末永 恵子)   

 

私どもは、「人体の不思議展」にさまざまな問題があると考え、その展示興行に反対している有志のグループの「人体の不思議展」に疑問をもつ会と申します。                      

 全国で巡回展示されている「人体の不思議展」について、7月6日の貴学会常務理事会での議論の結果を伺いました。貴会は「日本解剖学会として協賛・後援などを行ったことはない。この催しについては学術的・教育的な展示であるとは認識しておらず、主催団体についても解剖学・形態学に関連した学術的な活動を行っている団体とは考えられない」とのご見解をお持ちであることのことです。

 

研究倫理が、社会の高い関心の的になっている昨今において、献体という広く社会的理解を必要とする貴重な資源によって成立する学問の専門家で構成される貴会におかれましては、このご見解にとどまることなく、いま一歩踏み込んだ行動をとっていただきたくお願いする次第です。以下、その理由を述べさせていただきます。

 

【「人体の不思議展」の問題点】

「人体の不思議展」は、実物の人間の死体を標本として一般公開している営利的展示です。これまでの展示会場には、模型ではなく本物の人体を樹脂加工した標本が展示されています。その中には人体をプレート状に水平にスライスしたものや、わざわざ弓を持たせてポーズをとらせているものもあります。さらには人体標本に触るコーナーまでありました。

(献体の同意に関する不透明性)

展示会場には、「献体による」と表示されていますが、標本の人体は、本当にインフォームド・コンセントを経た献体かどうか疑問です。仮に同意書があるとしても、果たして上記の展示扱いを受けることまで納得していたのか、おおいに疑問です。

(標本における差別性)

展示されている標本の人体は、すべて日本の国内法の適用を受けない中国人のものと思われます。仮に日本の国民が医学教育用に献体の意思を示しても、このような標本化と展示をなされることは、日本の現行法の「死体解剖保存法」などの制約によって実質的に不可能です。標本がすべて他国人であることは、法的あいまいさにも起因していますが、日本社会にある民族差別意識の問題にも根ざしていると考えられ、人権上問題があります。

(展示方法の問題性)

すべての人は、死後遺体となっても人間としての尊厳が守られなければなりません。遺体に対しては、最大限の丁重な扱いをするのが当然です。しかし、この展示は興味本位の見世物になっています。

(死体の商品化)

展示は、一般市民から高額の入場料を徴収しており、いわば、死体が金儲けの道具になっています。会場では、キーホルダーなどのグッズを会場で販売するなど営利目的は歴然としています。死体を商品化すると献体は成立しなくなります。

(「死体解剖保存法」との関係)

 日本での死体の扱いは「死体解剖保存法」によって規定されています。同法によれば、死体の解剖と保存はあくまでも医学教育と研究のためと限定しています。したがって、この営利目的の企画は極めて問題の多いものであると考えます。

 

【同展と日本解剖学会の関係】

同展に対して貴会は、後援・主催こそ行っておられないものの、主催者は科学的・学術的展示であるかのような宣伝をし、「解剖学会の後援・協賛も受けている」旨の発言をしたことさえあります。そして、最近では弘前大学・青森県立保健大学・岩手医科大学が後援に名を連ね、各地の大学医学部・医科大学が展示の解説員を出している事実があります(その後岩手医大は、後援を降りました)。  

おそらく展示の問題点を把握しないまま、主催者による一方的な情報のみを鵜呑みにしたものと推察いたします。しかし、具体的な影響は、研究者個人に及んでいます。たとえば、解説員をさせられた方から、当会に寄せられたメールをご紹介します。

「先日より『人体の不思議展』が開催され、大学が後援しているため、私は解説要員として会場へ出向きました。 (中略)標本につけられた説明文は、全くpoorで、例えば頭部と消化管だけを残した標本が展示されていましたが、説明のパネルには各臓器の名称も記載されてない有様でした。見学者から私が受けた質問も、教科書や一般の啓蒙書レベルで確認できる程度のことばかりで、敢えてあのようなデモンストラブルな標本を見ないと身につかない知識など皆無と思われます。(中略)貴ページをみると既に数年前から問題になっているようで、己の世間知らずを恥じ入るばかりですが、今は組織の一員としてでもあのような展覧会に加担するような行動をとってしまったことを深く後悔しております。

 

また、篤志解剖全国連合会事務局には、会員やご遺族から同展への不快感を示す声が多く寄せられているそうです。後援をした医科大学の篤志解剖の会の集まりにおいても「かかる催し物は、不快極まり無い」という会員の発言もあったということです。篤志解剖の会の方の切実な声には、座視するに忍びないものがあります。

不幸なことに、当初何人かの高名な医学者が、100周年記念の展示と同様だと錯覚して名前を連ねてしまったと思われます。今は名前をおろしていますが、反省の表明はなさっておられず、学会としても正式な反対ないしは抗議声明を出されていないので、問題が覆い隠されております。主催者は、依然として学術的・教育的な展示であると標榜したままです。

周知のように、献体システムを日本に成立させたのは、先人の長期にわたる尽力によるものです。その努力を無に帰すような死体の商品化に対して、上記常務理事会のご発言のみに終始することは、妥当でしょうか?社会に対するその姿勢は、いわば、沈黙に等しいと映らざるをえません。

 

【ドイツの医学界の対応】

さて、ドイツ国内では「Body Worlds」と称して開催された同様の展示に対して多くの反対意見が寄せられ、2003年2月には、ミュンヘン市が展示を禁止しているそうです[2]。教育界・宗教界も反対しており、2006年11月にはブランデンブルグ州の教育大臣(ドイツは州ごとに教育大臣がいる)は、生徒が展示を見ることを禁止しました[3]。そのような中でドイツ医学界も批判の声を上げています。ドイツ解剖学会は、「Body Worlds」に対して、「展示開催者は医学の規定に違反している[4]」として抗議声明を発表しています。また、ドイツ病理学会も、この展示について声明を発表し、「解剖学的標本は尊厳を以て扱わなくてはならないし、商業的なものであってはならない[5]」と述べています。

同展を放置することは、医学の専門家集団にとって、患者・献体者・被験者から信頼を得ることと矛盾するとの判断のもと、抗議声明が出されたと推測します。

 

そこで、具体的なお願いをさせていただきます。

1、ドイツ医学界のように、貴会の会誌・HPその他のメディアにて反対ないし抗議声明を出し、立場を鮮明にしてください。

2、学会員に対して同展に関与することが無いよう呼びかけて下さい。

3、篤志解剖全国連合会を構成する篤志の会の会員にこれまでの経緯を説明し、おわびをする文書を発行して下さい。

 

皆さまのご賢察をお願いし、この要望書に対するお答えをお待ち申し上げます。

以上                        



[] http://sky.geocities.jp/jbpsg355/

[] 『ドイツ医師会雑誌』ニュースレター20031028日付。

[] 『ドイツ医師会雑誌』ニュースレター2006年11月22日付。

[] 国際解剖学会のNews Letter である『Plexus2004 12 月号に掲載。

[] 『ドイツ医師会雑誌』ニュースレター2004120日付。