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ジュマと歩む会について

 ジュマとは、バングラデシュの東部、ビルマとの国境地帯、チッタゴン丘陵地帯に住む先住民族の総称です。ここには、およそ10の民族が60万人ほど住んでいます。

 ここでは、数十年以上、それ以前から、土地の収奪や虐殺が、その時の近隣統治国家によって行われてきました。そして現在もそれは続き、国際・地域避難民として彷徨うジュマ人は、十数万人にもおよびます。もちろん、ジュマ人による独立運動、闘争活動も盛んにあります。

 1980年代後半に連続した虐殺事件を転機に、運動は激しさを増し、衝突に至ることもたびたびとなりました。当然、当局による締め付けも厳しさを増しました。そんな中、数百名にのぼるジュマ人が、国外への逃亡・亡命を余儀なくされ、そのうちの十数名が日本にたどり着きました。その一人が、シシコ・チャクマさんです。

 ダッカ大学で就学しながら活動に加わっていた彼は、当局から特に睨まれ、国外へと脱出するしかなかったのです。彼は、タイを経由してこの日本へと逃れてきました。来日は92年9月。日本に来てすでに10年以上たっています。

 日本の亡命申請規定を知らなかった彼は、日本語がやっと話せるようになり、日本の生活に慣れて初めて、亡命認定申請をしました。ですが、申請規定には、「入国後60日以内にしなければならない」というルールがあり、それを順守していないということで却下されたのです。この件については今も、彼は法務省と係争中です。2003年3月に「一時在留許可」が下り、シシコさんは初めて日本の法律によって保護されることが可能となりました。

 2007年2月、ディプティ・チャクマさんが難民認定をかちとりました。日本の入管政策の「狭き門」を考えれば、この意義は大変大きなものがあります。引き続き、日本がさらに難民を受け入れていくように働きかけていきます。

 私たちは、彼らの、日本国内での人権を守り、彼らとともにジュマを考える支援組織「ジュマと歩む会」を発足しました。バングラデシュ政府に、日本の多額のODAが供与されていることを考えると、私たちにとっても決して関係のない話ではないと思うのです。

 シシコさんの願いの一つに、「僕ら以上に苦しむ、虐殺などで両親を失った孤児たちの援助をしたい」というものがあります。その願いなどを実現させるべく行動し、共に考えていく、支援組織団体になっていきたいと思っています。

 ただ、まだ、産声をあげたばかりです。お金も、ボランティアも、知恵も足りません。協力していただける方をさがしています。よろしくお願いいたします。









2008.07.16
リニューアルしました。







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