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難民に冷たい日本

 観光以外で日本に出稼ぎなどのためにやって来る外国人は、年間20万人以上にのぼり、日本に生活している外国人は1998年末には151万人を突破した。この数は、日本の総人口の約1.2パーセントに当たる。

 今や街中で外国人労働者を見ることは当たり前となったが、こうした外国人のなかには、本国で様々な政治的迫害を受け、やむにやまれず日本にやってきた政治的難民と言うべき人々も多い。東西冷戦構造の崩壊は、それまでの東側から西側への難民という構図ではなく、民族、宗教対立などによる地域紛争を背景とした政治的難民を大量に生み出している。

 ソナ・ラム・チャクマさんは、バングラデシュのチッタゴン丘陵地帯(CHT)に住むジュマ民族の出身だ。今、このジュマ民族はバングラデシュ政府の暴力的な入植、同化政策のもとで絶滅の危機に晒されている。現地で抵抗運動を続けたソナ・ラムさんは生命の危険を避けて1991年に90日ビザで日本にやってきた。彼は日本政府に難民申請を行ったが拒否され、これに対する異議申し立ても却下され、現在裁判所にこの処分の不当性を訴えている。

 彼と彼の民族が抱える深刻な問題について、ほとんどの日本人は知らないとうのが現状だろう。しかし、この問題は単にバングラデシュの国内問題として片付けられるべきものではない。アジア開発銀行を通じて日本はバングラデシュへ多大な経済援助を行ってきた。明らかにODA4原則のなかの人権要項に抵触する人権抑圧がバングラデシュでまかり通っているにも関わらず、日本政府は援助の見直しなどを行おうとしていないのだ。

政治的難民に門戸を開く日本社会を

 日本政府も1981年に加入した「難民の地位に関する条約」によると、難民とは、『人種、宗教、国籍、政治的意見、または特定の社会的集団に属することなどを理由に、迫害を受けたり、その恐れがあるために、国籍国あるいは居住国から逃れ、帰国できないあるいは帰国を望まない人』をいう。

 バングラデシュでジュマ民族の抵抗運動に参加し、肉親や親戚を目の前で殺され、自らも電気ショックなどによる拷問を受けるなか日本に政治的難民としての受け入れを求めてやってきたソナ・ラム・チャクマさんらのジュマ民族は、こうした国際的な難民認定の条件を十分に満たしているはずだが、既に述べたようにソナ・ラム・チャクマさんが行った難民申請は、入国後所定の期日後に申請がなされたという手続き上に理由によって拒否されているのである。(※ソナ・ラム・チャクマさんは、2002年6月に「一時在留許可」を得ることができました。)

 日本の入管法には60日ル−ルというものが定められており、難民申請は「日本に来てから60日以内」または「日本には来ていたのだけれど、例えば母国で内戦が起こって、帰れない、とわかってから60日以内」にしなければならないとされている。日本にやってくる外国人がこうした情報を事前に持っていることはほとんどない。資料不足ともからんでソナ・ラム・チャクマさんのように多くの申請者は、たびたびこの規定に引っかかり、門前払いされ、強制送還されることがあるのだ。

 しかし、「難民の地位に関する条約」の33条に【ノン・ルフールマンの原則】と呼ばれる重要な規定がある。日本語で「追放送還の禁止の原則」といわれ、難民の保護の基本的根拠となるものだ。和平協定が締結されたとは言え、CHTにおける人権侵害は続いており、ソナ・ラム・チャクマさんが本国に強制送還されれば、即座に生命の危険にさらされることは明らかだ。事実、同じく難民申請をしているジュマ・ピープルズ・ネッワーク・ジャパンの代表であるシシカ・チャクマさんの弟は、和平協定締結後にもシシカさんが日本でバングラデシュ大使館への抗議デモを組織したという理由で現地で拷問されている。これらから彼らジュマ民族の難民申請は、速やかに受理されるべきだろう。

 ジュマ民族だけでなく、今や日本にはミャンマーなどからも政治的難民としての受け入れを求める人々が多く入国してきている。しかし、日本の難民認定制度発足以来、1998年末までに難民認定されたのは1,703人の申請の内227人に過ぎず、1,090人は不認定となっている。ヨーロッパ諸国などの難民受け入れの状況と比較して、余りにも日本の門戸は狭いと言わざるを得ない。

 日本がアジアの民衆との共生関係を本気で築き上げようとするのならば、アジア各国で自国の民主化や人権の擁護のために闘う人々にもっと政治的難民としての受け入れの門戸を広げるべきだ。軍事独裁、開発独裁の時代はすでに終焉しつつあり、アジア各国で民主主義勢力が伸長していくことは歴史的な流れなのだ。

 今日本に政治的難民として来ている人々の中には、将来のその国の中心的な存在となるような政治的信念と能力を持った人々も多い。彼らを含めて、未来のリーダーや住民活動家達と交流し、彼らに日本という国を理解してもらうことは、日本にとって最も戦略的な援助となるのではないか。








2008.10.25
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2008.07.16
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