時空公使ノボル![]() Junichi YONETA 米田淳一 ..はじまりの金曜日 ...真冬の悲劇 二学期の終わり近い、冬の金曜日の朝でした。 「お父さん早く起きてよ」 ノボルはお父さんのベッドの寝姿をゆすります。 木原ノボルは小学四年生の男の子です。 「ああ」 お父さんは時計を見ました。 ノボルのお父さんは川崎のJA、昔、農協(農業協同組合)とよばれていたところで働いています。 「もうこんな時間か。ノボルはもう着替えたんだな」 お父さんは時計のアラームがなぜならなかったのだろうと思うかのように時計をいじっています。 「もー、お父さん、いっつも準備遅いんだもの。バス停のある交差点まで一緒に行こうって誘ったの、お父さんじゃん」 ノボルはふくれました。ノボルの学校までは距離があるし、逆にJAまではバスでちょっと行けばすぐ着く距離で、いつもお父さんのほうが少し遅く朝のしたくをします。 「そうだったな」 お父さんは、眠気と言うよりも、何か疲れた表情です。 「どうしたの?」 ノボルはちょっと気になりました。 「いや、大丈夫だよ。ごめんな。ちょっとこのごろ仕事がいそがしいんだ」 お父さんは、前より目つきが険しくなってきたなと思います。 どういう仕事かとお父さんに聞いても、『事務の仕事だよ』としか答えてくれません。 この週末は一緒に鉄道模型の組み立てキットを作る約束をしているのですが、お父さんは、ノボルの目にも分かるほど疲れています。 「お父さん、本当に大丈夫?」 お父さんは、背の高いやせた背中で片手を挙げました。 優しいお父さん。 ノボルはお父さんが大好きです。 お父さんは、ノボルのためにマンションの部屋のかもいに板を張って、模型を走らせる線路を敷いてくれたのです。 鉄道模型はお父さんの趣味でもあります。 ノボルもそれで、鉄道模型が好きになりました。 ――お父さんの仕事は地味だけど、よく遊んでくれるし、手先が器用だし。 ノボルの自慢のお父さんです。 「お父さん、ノボル、ハンカチとティッシュは持ったの?」 「持ったよ!」 お母さんの言葉に、お父さんとノボルは応えます。 「いってきます」 「行ってらっしゃい」 お母さんに見送られて、ノボルとお父さんは家をでました。 「ノボル、勉強がんばってるか?」 歩きながらお父さんがノボルに聞きました。 「うん、塾もちゃんと行ってるよ」 「そうか。がんばれよ」 そういってお父さんはノボルの肩をぽんぽんと叩きました。 「おとうさんも、お仕事がんばってね」 ノボルはいいます。 「そうだね。お父さんもがんばらなくっちゃな」 見上げたお父さんはやっぱり疲れて見えたけれど、おだやかに笑っていました。 ノボルとお父さんはちょっと急ぎ足で、朝の公園を近道していきました。 そして、いつもの交差点に着きました。 バス停で待っているとまもなくバスが来ました。 ノボルの住む町、神奈川県東部、小田急線鶴川駅の周りは、古く狭い道路だらけでバスも小さなものしか来ません。 「じゃ、行ってきます」 お父さんはそれに乗り、いってしまいました。 ――イヤな感じがする。―― ノボルはじわりとそう思いました。 でも、だからといって、どうすることもできません。 幸せな家庭、と言う言葉があります。 ノボルはこの今まで、気にもしないことでした。 ――お父さんもお母さんも頑張ってくれている。―― 当たり前のことなのに、ノボルにはその大事さが少し感じられました。 お母さんがお弁当工場のパートに行っています。 ノボルの学校では、昼休みの時間だけ、携帯を見て良いことになっています。 携帯に、メールが届いていました。 お父さんでした。 メールを見ようかなと思ったら、給食当番のみんながまたつまらないことでもめていて、気になって見るのを止めました。 お父さんのメールが気になったまま、午後の授業が始まりました。 ノボルがちょっと苦手な音楽でした。 担任の先生がピアノを弾きながら、それにあわせて歌いました。 ノボルはたてぶえが苦手なので、今日の授業は歌でいいなと思っていました。 ちょうど歌が終わったその時です。 教頭先生が音楽室のドアを開けて先生の授業を止めました。 「四年三組、木原ノボル君、いますか」 ノボルは、教頭先生に呼ばれてびっくりしました。 ――ここ数日、なんだか心配だったけど、本当? そんなことってあるのかな。―― 教室では、みんながざわめいています。 「どうしたんですか」 ノボルはドアまで出て行って、教頭先生の顔を見あげました。 「いいね、ノボル君、おちついて」 教頭先生はちょっと声を震わせています。 「ノボル君、お父さんのJAが、立てこもり犯にのっとられたんだ」 音楽室は、わぁっと声があふれました。 ノボルは足がガクガクしてきました。 カラカラになった声でノボルは言いました。 「ほ、ほんとうですか?!」 ノボルはあせる体をおさえながら、教頭先生と職員室に向かいました。 階段を下っていても、ノボルはうわの空です。 ――お父さん、大丈夫かな。お母さん、どうしよう。―― 職員室のテレビには、普段見上げるしかなかったJAの建物がヘリコプターで上から映されています。 ノボルはどうしたらいいのかわかりませんでした。胸がドキドキして、止まりません。 職員室で教頭先生と待っていると警察の人がノボルを迎えに来ました。 ノボルはだれもいない昇降口で下靴に履き替えて、警察の人についていきました。 パトカーに乗るのかと思ったら、普通の車に乗りました。 でも、車に乗り込むと、中にはパソコンみたいなものが組み込まれていました。 その車は覆面パトカーだったのです。 「君も先生から聞いて知っていると思うけれど、立てこもり事件を専門に解決する特殊犯係が犯人を説得している途中なんだ」 警察の人は、小学生のノボルに名刺を渡しました。 百合ヶ丘署の刑事さんでした。 「いまから、急いでいくから、大丈夫だよ」 車は住み慣れた街を走っていきます。 ――お父さん……無事でいて!―― ノボルは必死でした。お父さんが元気に仕事場から出てくるところを何回も考えました。 にぎりしめた名刺に、手の汗がしみ込んでいきます。 まもなく、車の前のまどから、お父さんの働くJAが見えてきました。 そのときです。 「あっ!」 刑事さんは思わず口にしました。 「いかん!」 JAの建物が、大きな音と共にガラスが飛び散り、赤黒い火に包まれました。 「爆発だ! 自爆しやがった!」 周りを取り囲んだパトカーと消防車から、消防士さんが警察の特殊部隊とJAに突入しました。 ――お父さん!!―― ノボルはおどろいても、どうすることもできません。その場に立ちすくんでしまいました。 警察の人たちがいるなかに、お母さんがいました。 「ノボル! こっちにおいで!」 お母さんはパートで行っているお弁当工場のエプロンのまま、ノボルを呼び寄せました。 「お母さん!」 ノボルはお母さんの所に走っていきました。 「お父さんはどうなったの? お母さん、どうしよう、お父さんが……」 ノボルはお母さんの前で、泣きそうになりました。 お母さんはノボルの前にしゃがんで、ノボルの両肩を手でつかんで言いました。 「ノボル、しっかりしましょう。涙をふいて、さあ、良く聞いて。実はね、お父さんについて、ノボルに秘密にしていたことがあったの。それは、お父さんと約束して、ノボルが大きくなるまで黙っていようっていうことにしていたの」 ノボルはお母さんが何を言っているのか分かりませんでした。 「お父さんはね、二十一世紀日本の、『時空公使』だったの」 「じくう、こうし?」 ノボルはくり返しました。 「ノボルもマンガで見ているでしょう? タイムマシンのことを。過去や未来へ自由に行ける機械の話なんだけど、それが本当にあるの。 お父さんは、そうやってこの時代にタイムマシンでやってくる人たちに、『来て良いよ』とか、『帰ってください』とか、許可と命令を出す、公使さんだったの」 「うそ!」 「ほんとうよ。信じられないかも知れないけれど、お父さんはこの一週間、命を狙われていたの」 お母さんはしっかりとノボルの目を見て話します。 「だれに?」 「時空犯罪者。悪いことにタイムマシンを使う人たちよ」 「うそだ!」 ノボルは、信じられませんでした。 「うそだ、うそだうそだ!」 ノボルはお母さんの前でイヤイヤとあたまを振りました。 「ノボル、しっかりしなさい! お父さんとはしばらく会えなくなるの」 お母さんはノボルの肩をつかむ力を強めました。 「うそだ!」 ノボルは今にも泣きそうな顔をお母さんに向けました。 目にはまた涙がいっぱいたまってきました。 「でも、このままだとお父さんは死んで、ノボルと本当に会えなくなっちゃうのよ」 お母さんも辛そうでした。 そのとき、建物の中でまた爆発が起きました。 「お父さん!」 ノボルはなにがなんだかわかりません。 「しっかりしなさい!」 お母さんはノボルをしかりました。 そして、そのあと、ノボルを抱きしめました。 「お母さんも、お父さんと二度と会えなくなるなんて、そんなのいや。でも、お父さんとまた会うためには、こうするしかないの」 ノボルは何がなんだか分からないまま、どうなったか分からないお父さんを思って泣き出しました。 お母さんの胸でいっぱい泣きました。 声いっぱいに泣きました。 お母さんはノボルを抱きしめ続けてくれました。 泣き疲れて顔を上げると、お母さんの顔にも涙のあとがありました。 ――お母さんも、つらいんだ。―― ノボルは、お母さんの手を握りました。 強く握りました。 「ノボル、よく聞いてね。 お父さんがいない今、この時代の時空公使はいないの。 このままだと、お父さんをうとましく思っていた公使館第一書記官の沢渡(さわたり)さんという人が次の公使になってしまう。 沢渡さんは、時空管理機構が調べているんだけど、何かを秘密にしたまま、ずっとお父さんがいなくなるのを待ってきたらしいの」 「ひどい! じゃあ、この爆発はその人が」 「まだそうと決まったわけじゃないけど、沢渡さんに二十一世紀で何か悪いことをさせないためには、代わりの公使が必要なの」 ノボルは涙をふいて、お母さんの言葉を待ちました。 「ノボル。代わりの公使は、あなたよ。 お父さんは、そう機構に言い残していたんだって。 お父さんの代わりの公使は、ノボルにする、って。 難しい機構のきまりのなかに、そうできるきまりがあったの。 世襲っていうんだけど。それはもう消される寸前だったの。 それをお父さんは使って、手配していたの」 「公使……」 ノボルは繰り返しました。 「でも、ぼくそんな時空公使の仕事なんか、わからないよ」 「だいじょうぶ。あなたを守り、助けてくれるロボットがここに来ようとしているわ」 「ロボット?」 ノボルは目を丸くしました。 「そう。機構で最強の、戦艦が来るのよ」 そう言ってお母さんは涙を残したまま、にっこりノボルにほほえみかけました。 ...出会い しばらくの時間があったのかも知れません。 でも、ノボルはしゃくり上げていたので、どれだけ経ったのか分かりません。 そのとき、JAの駐車場にいた消防車とパトカーが、いつのまにか皆、いなくなっていました。 そして、空からヘリコプターのような音が聞こえてきました。 見上げると、ものすごく強いあかりがこっちを照らしていて、そのあかりをつけているのがなにか、よく見えません。 それが、お巡りさんの誘導で、駐車場に着陸しました。 明かりが消えました。 「人?」 あかりがきえたところには、女の人がいました。 |