Junichi YONETA 米田淳一


 今日もよねでん線を電車が走ります。
 がたん、がたん、がたん。
 2車体の連接車が通って行きます。
 がたん、がたんがたん、がたん。
 2連のボギー車が走って行きます。
 がたんがたん、がたん、がたん、がたん、がたん、がたん。
 機関車にひかれた砂利を積んだ二軸貨車の列車が走って行きます。
 再後尾の車掌車のテールランプが赤く残って行きます。
 シグナル、主本線用腕木信号は、そのたびに腕を上下にさせます。
 がたん、がたんがたん、がたん。
 行き止まりの小倉嵐山駅に電車が入ってきます。
 かわって、駅に止まっていた列車が発車して行きます。
 シグナレス、副本線用出発信号機はそのたびに腕を傾けて送りだします。

 平成19年、この21世紀でもシグナルとシグナレスの2人は現役でこのよねでん線小倉嵐山信号所で働いています。
 もともとは宮沢賢治さんの『シグナルとシグナレス』という短編が由来です。


 シグナルとシグナレス
  http://why.kenji.ne.jp/douwa/33siguna.html

     森羅情報サービス・宮沢賢治作品館
     http://why.kenji.ne.jp/index2.html

 このよねでん線のシグナルとシグナレスは、かつてのロッドで動いていたのとは違い、途中にサーボを使って、います。
 実質的には灯火信号と同じでも、2人はこのよねでん線という観光鉄道のシンボルとして働いているのです。
 ぴぽーぽーん、ぴぽーぽーん。

 ミュージックホーンのメロディーを鳴らしながら、真っ白い特急電車がやってきます。
 小倉嵐山の美しい海と山に、人々が訪れます。
 みな瞳を輝かせ、楽しそうです。
 こんななか、通勤にこのよねでん線を使うひともいます。




 腕木式信号は、ピンと腕を横に伸ばすと『止まれ』、斜めに下げると『進め』になっています。
 平成の代ではもうほとんど見られないものです。

 しゅー、しゅー、しゅーっ!
 ブレーキの空気の音が響きます。
 しゅううううう。
 停止位置で運転士さんがかけたブレーキ弁の空気の抜ける音が構内に響き渡ります。
「終点・小倉嵐山です。お忘れ物のないようご注意ください」
 しゅー。
 ぐおん、ぐおおおお、すこんすこんすこんすこん。
 折り返していく電車でコンプレッサーが作動します。
 
 がたん。
 列車が通りすぎ、シグナルが腕をまた上げます。
 シグナレスはまだ腕を上げたままです。
 2人とも、このよねでん線が開通して以来、ずっとこの日々を送っています。
「シグナルさん、今日も一日よろしくお願いします」
「こちらこそシグナレスさん。今日もいい天気ですね」
「漁港の高架の方から見ると、私たちのレンズが朝日に輝いてたいそう美しいそうです。ほら、今日もたくさん撮影の方がきて」
「ほんとうですね。今日は幼稚園の団体貸し切りの列車も来ますね」
「たのしんでいってくれるといいですね」
「ええ」
 サーボがはたらき、シグナルは腕を傾けました。
「小倉嵐山、主本線場内進行!」
 運転士さんが喚呼して行きます。

 よねでん線一の古豪・クモハクモハニが通って行きます。
 ハイキングに来たとおぼしきおじいさんとおばあさんが、懐かしさがこみあげるように、二人を見つめて行きます。

「このロマンスカー列車の降り返しのために車内清掃があります。
 ドアをいったん閉めさせていただきます」
 
 よねでん線は今日も大いそがしです。

 鳥が二人の腕にとまりました。
「シグナルさん、シグナレスさん、こんにちは。
 いつもなかよしでいいですね」
「ありがとう。私たちはいつも一緒。二人で一つなの。そして、一つだけど二つ。
 同じ夢を描いて、いっしょにいるの」
「いいですね」
 鳥がさえずります。
「ちょっとごめん、電車が来るから腕を下げなくちゃいけないんだ」
 シグナルは声をかけます。
「わかりました。シグナルさん、シグナレスさん、いつまでもお元気で」
「ありがとう」
 シグナルは鳥が去ったあと、腕を降ろしました。
 その下を、電車が走っていきます。

 その日の晩でした。
 信号係のおじさんが、二人の梯子を登ってレンズを拭いてくれます。
「よくはたらいてくれるね。これからもたのむよ」
「はい!」
 2人は元気よく答えます。

 夜になりました。
 2人は降るような星の星空を見上げます。
「これからも、ずっと、ずっといっしょだよ」
「ええ。ずっと」
 2人は運転の終わった信号所で、寄り添うように輝きつづけていました。





 しかし、そんな日々に、雲がさしはじめました。
 風にのって、どこかから話し声が聞こえます。
「やっぱり迂遠なのさ、ATSと腕木式信号の併用なんて。
 サーボを付けて電気信号をロッドの動きに変えるって言うけど、保守コストが上がって仕方がないらしい」
「いくら観光鉄道とはいえ、実寸大の鉄道模型のようには行かないしな。経営を圧迫している面は否めないだろう」
 シグナルは気づきました。
 ――僕らの仕事、腕木式信号の使用が、合理化のために終わってしまうの?
 ――僕らはどうなるんだろう?
 ――たぶん別々に引き取られて、どこかで飾られればまだいいけど、まあ普通はスクラップだろうな。
 ――そんな!
 シグナルはそのとき、サーボの引っ張りに気づき、慌てて腕を上げました。
 あわてて、がたんと音をたててしまいました。
 シグナレスが変わって腕を下げます。
 小倉嵐山から電車が出て行きます。

 ――ぼくたち、どうなっちゃうんだろう。




 そして、それからしばらくした雨の日でした。
 その雨は、夏近いといえ寒々と降り、人々は傘を差しても滲み込んでくる湿気にうんざりしていました。
 ――あれ?
「シグナレスさん! どうしたんですか!」
 シグナルは雨音にまけないように叫びました。
「シグナルさん、どうしよう!
 腕が!
 腕が動かない!」
「おちついて!
 信号係さんがしらべてくれるよ!
 係さんがきっと直してくれるよ!」
 小倉嵐山駅の出発信号、シグナレスが赤のままとまってしまいました。
 雨の朝のラッシュアワー、列車は満員で、そのうえ数珠つなぎで運転しています。
 どこかで止まってしまえば、それをよけることは行き違い駅でなければ無理です。
 電車は次々と動けなくなり、よねでん線は運転を見合わせるしか、なくなりました。
 振りかえ輸送のために駅員さんたちががんばる中、信号係さんが彼女を修理してくれます。
 でも、なかなか直らないのです。
「私……もうだめだわ。こんなおんぼろ、これでスクラップになっちゃう」
「あきらめちゃだめだよ!」
 雨の降る中、シグナルは必死にシグナレスを励まし続けます。



 でも、シグナレスが直ったのは、日がくれてからでした。


『ああ、お星さま、遠くの青いお星さま。どうか私どもをとって下さい。ああなさけぶかいサンタマリヤ、まためぐみふかいジョウジスチブンソンさま、どうか私どものかなしい祈りを聞いて下さい。』
                               −『シグナルとシグナレス』より





「もうだめだわ。
 スクラップになっちゃう。
 永遠を誓ったけど、私はもうダメ」
 夕焼けもないうちに、暗くなり、雨はそれでもまだ降り続いていました。
「あきらめちゃだめだ!」
「あなたとずっといっしょにいたかった。
 あなたと一緒の未来を夢見ていた。
 でも、でも……!」
 シグナルも、心がねじ切れそうでした。
 ずっと一緒にいられるはずだったのです。
 よねでん線が開通し、2人並んだそのときから芽生えた気持ち。
 生まれたときから、ずっと胸の芯で細く震えながらも点っていた灯火。
 まるで繊毛のように柔らかで優しいその気持ちが、引き裂かれるようで、とても苦しみました。
 
 そのときです。
 あれは?
 虹だ!
 夜の虹だ!
 小雨模様の天気のなか、月明かりでうっすらと虹が浮かんだのです。
『大丈夫よ。
 私も守ってあげる。
 永遠は難しくても、魂だけはどうあっても永遠。
 そして、出あうことは、あなたたちが生まれるよりもはるか昔から決まっていたこと。
 今、私が力をあげる。
 あなたたちが迷わないで済むように』

 虹の声なのでしょうか。
 不思議な声が響きました。
 そしてそれが終わると、虹の光がさーっと降りました。
 光は夏の雨のように二人に降り注ぎました。


 
 

 そして、すべてがまた星空に戻って行きました。
 
 夢のような夜が明けました。
「おはようシグナレスさん」
 ちょっと、間がありました。
「おはようシグナルさん」
 ――また壊れたらどうしよう。
 形があるものは、いずれ壊れる運命にある。
 ――でも、壊れて、直せなかったら。
 不安はありました。
 永遠を誓っても、引き裂かれた二人は、この世にいくらでもいる。
 冷たい定めを思いました。
 でも、シグナルは、決意を胸に言いました。
「今日も一日、がんばりましょう」
 シグナレスも、応えました。
「ええ」

 また一日が始まりました。
 信号故障のあとでしたが、今日はダイヤは平常どおりでした。
 内心、ちくりちくりと不安と心配がありましたが、それでも二人はいつもとおなじ腕の上げ下げに、いっしょうけんめいでした。
 
 そして、それからしばらく経った日でした。
「あの写真はここから撮ったんだな」
「ああ。まったく、かなわないよ」
 『なんだろう』とシグナルとシグナレスは、聞き耳をたてました。
「夜の虹とシグナル。朝月新聞写真展の大賞の写真には文句なしだったな」
 その写真は、夜の虹とふたりの信号の明かりをとらえたものでした。
「ここまで有名になっちゃ、廃止することもないだろう。これからも記念物として残っていくんだろうな」

 ふたりは飛び上がって喜びたい気分でした。
 あの夜の虹は、夢ではなかったのです。





 がたん、がたん、がたん、がたん。
 乗りいれロマンスカーが連接車特有のリズムを刻んで去って行きます。
 過ぎ去って、シグナルは腕を上げました。
 ぴんと上げた腕は、いつもよりも、さらにしっかりと力がこもっていました。

 二人は、永遠のものと、有終のものをともに胸に、今日も働き続きます。
 運転士さんの喚呼の声が響きます。
「小倉嵐山、主本線、進行!」







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