楽しいよねでん線の撮影の旅は、終わりに近づいていた。

 市ノ瀬にとって、また明日から日勤、泊まり、明け、公休の運転士の日々が始まる。
 その息子・勇一も、中古のカメラを提げながらも、学校の日々に戻るとはいえ、どこか寂しそうだ。
 そして、旅をともにする樋田社長も、早速明日からまた経営会議に奔走するという。


 市ノ瀬は、正直、迷っていた。
 自分の所属する北急電鉄の樋田社長は、かつて冷酷な首切り屋といわれてきた。
 鯵が崎リゾートの再建では、社員の半分を解雇した。
 それは経済誌に載っていた。

 それが、目の前で息子とともに鉄道に熱い視線を送っている。
 趣味と仕事は別とも言う。
 だが、それが頭の中でかみ合わない。

 3人で、よねでん線沿線を歩き、列車を撮影する。
 よねでん線は儲かっているらしい。
 その割には腕木式信号機があったりするが、それも狙ってのことだろう。
 やはり経営が健全な会社が、うらやましくないと言ったら嘘になる。

「お父さん、トイレー」
 息子の勇一が言う。
「あ、市ノ瀬さん、私もトイレ行きたいんで、ちょっと失礼します」
 樋田も如才なく頭を下げ、駅のほうにトイレを借りに行った。

 ――父さん。
 市ノ瀬は呼びかけた。
 息子の勇一は、僕と同じハンドルを握れるんだろうか。

 先年亡くなった父のことを思いだしていた。

 同じ運転士だった父。
 3代続く鉄道一家を目指していたけれど、途切れるかもしれない。

 そのとき、特殊警笛、メロディーホーンが聞こえた。
 乗り入れ特急のロマンスカーだ。
 VSEか。
 いや、VSEはもっと電子的な澄んだ音だ。
 HiSE?
 でも、あれはもっと鋭い強い音だ。

 この変ロ長調にかすれたメロディーホーンは?

 まさか。

 駅のほうを見た。



 まさか!

 あの近づいてくる列車は?



 初代SE車!

 絶句した。
 父の運転していた列車だ。

 自分がいつか運転するとあこがれた列車だ。
 当時の狭軌世界最高速度145km/hを記録した名車、SE車、スーパーエクスプレス。

 なぜ今?
 ずっと前に廃車になっていたはずなのに!

「いやあ、早速やってきたとはね」
 樋田の声が聞こえた。
「こっそり復元作業が行われていたんです。初代SE車を動態保存に戻そうというプロジェクトがあって、サプライズとするためによねでん線内で試運転と調整をしていたんです」
「お父さん! すごい! SE車だね!」
 市ノ瀬は圧倒されっぱなしだった。



 SE車はしずしずと8両編成の車体を進めていく。



 そして、去っていった。



 勇一がもっとSE車を撮りたいというので、小倉志井に入った。

 SE車は小倉志井駅で出発を待っていた。



 しばらくすると、折り返しでSE車は走り出していった。
 樋田社長がホームの端から駅撮りで後追いの写真を撮る脇に立つ。
「経営会議で資料は見ていたんだけど、やっぱりこうやって自分で撮るのは格別ですね」
 かつて冷酷だったはずの樋田社長は、今ではそこまで鉄道趣味にはまっていた。



 流線型の低重心の車体が、試運転ながらよねでん線を駆けていく。



 列車は高架の上を過ぎていった。

 そして、尾灯を輝かせながら小倉嵐山信号所を抜けていく。

「お父さん、僕もあれを運転したい」
 その勇一の言葉に、樋田は胸を突かれた思いだった。

 思いは叶う。
 そう信じて35年生きてきた。

 でも、それは妥協の連続だったのかも知れない。

 JRを運転したいと思った日もあった。
 鉄道車両のデザイナーを目指した日もあった。

 今は北急線の運転士。
 誇りを持ってマスコンを握っている。
 でも……。
 北急線は経営危機に瀕している。
 株式上場廃止を計画され、今、監理ポストだ。
 それに対して、自分は、あまりにも無力だ。



 SE車が走っていく。

「大丈夫ですよ」
 樋田が口を開いた。
「僕も妥協の日々だったんだから」
 市ノ瀬はその言葉に頭を下げた。
 樋田でさえもそうなのかと救いを失った気分だった。
「でも、それは妥協じゃない」
 樋田はカメラをしまいながら、言った。
 市ノ瀬は思わず頭を止める。
「人間は変われる。
 そして、現実は、いつも失望のあとに喜びを持って来てくれる。
 だって、予想したとおりの結果ばかりじゃ、面白くないでしょ?
 ちょっと失望する。でも、それは自分勝手な予想が外れたから。
 でも、現実はいつも、驚きと感動に満ちている」
 勇一と市ノ瀬は考え込んだ。
「大丈夫。なにか人間にはかりしれないものは、決して、生きているものの見えない向こうに大きな壁を作ったりはしない。
 必ず、それを避けられるように予兆を見せてくれるんだから」
 市ノ瀬はうなずいた。

 そして、勇一もうなずいた。

「そうですね」
 市ノ瀬はそう言って、息を吐いた。

 メロディーホーンがまた遠くで鳴った。

 小倉嵐山の高い空に、夏とは違う涼しさが入ってきた。


 秋が来ようとしている。










■あとがき

 『このモーターは当たりだぜー』(紅の豚風味)

 というわけでSE車(原型8両)よねでん線に入線。
 いやー、実に12年以来の宿願がかないました。やっぱりSE車いいわ。

 ストーリー的にどうするか迷いましたが、まあこんなところでしょう。
 注目点は駅撮りのフィギュア。カメラを構えたフィギュアの撮影ポーズがやりすぎのところが実に良い。
 まあ、架空鉄道ですので、列車は何が来ても不思議ではないと。

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 唐突に北急線の社長と運転士とその息子のショートトリップという話ですが、北急線というのはオンラインで販売している鉄道経営建て直しもの小説の舞台なんです。
 つまり、その長編小説の外伝になっているのです。
 というわけで、ご興味のある方、本編のほうも、ちょっとごらんいただければ幸いです。
 クレジットカード払い・手数料税込み(ダウンロード販売のために送料無し)で300円で購入もできますので、よろしく。

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 では。

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