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君の笑顔のために

 

 きょうは補習がある日だ。それなのに、学校を抜け出してきてしまった。このままでは、卒業も危うい。

 それでも、ケイは呟いた。

 学校なんて、もういいや……。

 ケイは、お気に入りの場所に向かった。そこは、古くて大きな工場の跡地だ。バイパス沿いのこの場所は、景気が悪くなってから閉鎖され、今ではすっかり車の往来も減ってしまった。

 ここは、道路沿いにフェンスが延々と続いているのだが、どういうわけか一箇所だけ土地が奥まっている。そこには大きなケヤキの木があって、ケイはその太い枝の上で昼寝をするのだ。

 もちろん、きょうもそうするつもりだった。だが、いつもと様子が違って落ち着かない。下のほうが何やら騒がしいのだ。

 何を揉めているのかと思い、葉の茂みから見下ろすと、そこには高校生のアベックがいた。男子生徒のほうは紺色のブレザーにブルーの地にピンストライプのネクタイ、グレーのスラックス、女子生徒のほうはベージュのジャケットに紺とワインレッドのリボン、大きめのプリーツが入った寒色系のタータンチェック、黒い靴下を穿いている。それぞれ異なる学校の制服だ。

 何だ、痴話喧嘩か……。

 ケイは、恋愛に関心が無い。誰と誰がくっつこうが、別れようが、そんなことは自分の知ったことではないと思っている。だが、今は騒々しくて落ち着かない。

 何の話だ?

 両耳に手を当てて身を乗り出した。その瞬間「そんなのひどい!」と彼女のほうが大声を出したので、驚いて危うく下に落ちそうになった。

「だって、しょうがないだろ、アイツのことを好きになっちゃったんだから。それに、元々、告ってきたのはオマエのほうじゃんか。でなきゃ、オレだってオマエと付き合うことなんてなかったんだからさ」

「それは、確かにそうかもしれないけど……」

「悪いけど、オレ、これで行くわ。じゃあな」

「あっ、待って!」

 男のほうは、彼女の声に振り向きもせずにその場を立ち去った。彼女は、呆然と立ち尽くしていたが、ふいに空を見上げた。

 うん?

 小さな丸顔に切れ長の目。ケイには、その顔に見覚えがあった。そう、たしか前期試験の宿題でテキトーに選び、恋の願いを叶えてあげた女の子だ。

 その彼女の目から涙がこぼれ、頬をすーっと流れて落ちた。

 何ともバツが悪かった。ケイは、後のことなど考えず、ただ彼女が好きな男とくっつけることしか考えていなかったからだ。

 ところが、その結果がこれだ。自分がいいかげんだったばかりにこんなつらい思いをさせてしまったのだ。

 ケイは宙に舞い上がり、学校に向かって飛び始めた。戻って、ちゃんと補習を受け、今度こそ彼女が幸せになるような恋を実らせてあげようと思ったからだ。

 天使になるのも楽じゃないな……。

 ケイは、いつものように愚痴をこぼした。だが、その瞳は輝き、表情は真剣だった。

 

(完) 

 

(この作品はフィクションであり、登場する人物および団体等の固有名詞は、全て実在のものとは関係ありません)

 

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