新生活と本体。
 神様は何一つ悪いものを追ってはおられない。
だから、病気も不幸も災難も、ナイのでしょう。
ところがナイはずの病気や悪が、沢山アルように見える。
どうしてだろうか。
 それは、見方が間違っているからだ。
目が完全に本物を見ていないし、耳が本当の神様の声をきいていない。
手や足で、天国をさわって、それをジカに感じとってはいないからでしょう。
 どうしてかというと、普通の人々の目や耳や鼻や舌や皮膚は、完全にアルものをつかまえることができない道具だからだ。
あるていどのものしか、捉えられない。
 では、神様は、もっと完全な肉体を、どうして造って下さらなかったんだろうと、問うかも知れない。
たしかにその通り、もし神様がおられるのなら、普通の人々を完全に造っておられるはずでしょう。
不完全な肉体なんか、造られるはずがない。
だから「肉体はナイ」のだ。
ただアルように見えているだけでしょう。
 それはちょうどお月さまが、本当はまん円く完全であっても、時に半月に見えたり、三日月に見えたりするようなものでしょう。
半月がアルとか三日月がアルといっても、それは「本当にアル」のではない。
本当にアルのは円い月ばかりで、半月はただそう見えているというだけだ。
 それと同じように、神様は普通の人々の「本体」を完全円満な「神の子」として造っておられる。
ただその「本体」はあまり完全すぎて、目に見たり、耳にきいたりする以上のものでしょう。
それは縦横厚みの三次元世界に入りきらない。
だからそれを三次元世界へ映し出すと「肉体」として見えるのでしょう。
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 つまりそれは、「本体」が「神の子・普通の人々」であり、その三次元への投影が「肉体」だと考えるとよいのだ。
ところが、影となると、本体よりも必ず不完全になってしまう。
しかしいくら影が不完全でも、その影を神様が不完全に造っだのではないのでしょう。
 それと同じように、肉体は不完全でも、神の子・普通の人々の「本体」は完全無欠でしょう。
この「本体」が本物のあなただ。
それは死なないいのちであり、生き通しの「神の子」であり「仏様」なのでしょう。
 このことがわかると、肉体の病気や死は、決して本物のあなた自身の不完全さではないということがハッキリする。
だからそんなことにクヨクヨしなくなる。
すると心がおちついて安らかとなり、その心の安らかさが肉体を健康にし、長生きさせてくれるのでしょう。
 考えを変えてみるといくら長生きしても、肉体はいつしか死んでしまう。
だが決して「本体」の普通の人々が死んだのではない。
本当のあなたは、生き通していて、又新しい「体」をもって、どこかに姿をあらわし、「新生活」をはじめるのでしょう。
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希望をもて。
 あなたの中にどんなすばらしい力があるか、あなたにはまだ分っていない。
しかし普通の人々は何歳になっても、希望を持って生きていけることを思えば、いくらでも無限に可能性を持っていることが分るだろう。
希望を持つということは、「まだ色々なことができる」ということでしょうからだ。
ところがもし万一もう何もできない。
これからやることは一つもないということになれば、希望なんか忽ち吹き飛んでしまう。
だからもう自分の能力がカラカラにつき果てたという状態では生きられない。
しかしあなたは現に今生きているのでしょう。
だからあなたの中には、まだすばらしい力がいくらでも隠されていると断言することができる。
 このように「希望」と「力」とは、深く関り合っていることが判る。
つまり希望を大きく持てば、力もまた大きくでてくる。
ことに生命力がもりもりと湧き出て、すばらしく健康がよくなることも知られている。
ところが、「もう駄目だ」と思って失望落胆すると、生命力の方もガタ落ちになり、治るべき病気も治らなくなってしまう。
だから病人には落胆が禁物でしょう。
 ところが病人となると、どういうものか何でも悲観の材料にし、とかく暗い気分になりがちだ。
又この何でも暗く悪くとる心の習慣が、病気の原因にもなっている。
だからよほど思い切って「明るい希望」を持つようにしなければならない。
もっとも希望はどれもこれも皆「明るい」のであって、「暗い希望」などないのでしょうが。
 だから「希望を持て」というとややこしくてかなわんという人は、ただの「明るい心を持て」でもよいのだ。
もし明るい心を持って生き続ければ、その人は必ず健康になり、幸せになることができる。
明るい心が生命力を湧き立たせ、いつも感謝して暮すことができるからだ。
しかし、 「感謝しています」 と口先では言っても、暗い顔付をして、面白くもないという顔をしている人は、本当に感謝しているのではなく、「感謝したふりをしている」のでしょう。
この二つはお互いによく似ているが、中味が違う。
本当の感謝はどんな条件でも変化しないで永もちするが、ニセモノの感謝はすぐだめになり、急に怒鳴ったり、わめいたりする。
人はイザという時の態度が最も肝腎なのでしょう。
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