ホーランドロップのリンク集
定年退職と訊問。
友人の姉上のご亭主股が長年の勤めを終えて、めでたく定年退職なさったそうだ。
歳の離れたこのご夫婦は、子供の学業のためや何やかやで、ご亭主殿は数年前から単身赴任ということで離れ離れで暮らしていたが、定年退職とともに終始一緒の生活となったわけだが、日々の積み重ねが長くなるにしたがって、彼の姉上はご亭主がだんだん煩わしい存在になってきているそうである。
 三度の食事にお茶だ新聞だ、眼鏡は、テレビのリモコンはどこだ、といちいちうるさいらしい。
ちょっと出掛けようとすれば、どこへ行く何しに行く何時に帰るとしつこく聞く。
その都度いちいち説明が必要となるそうだ。
まるで訊問されているようでとても不愉快だと姉上は愚痴っていると言う。
年がら年中家に屯している夫に、いままでのように気軽に友人を呼んでお茶することも出来かねる様子らしい。
長年夫婦をやっていると、お互いなくてはならない空気のような存在になるのだと聞いてはいたが、今日びの夫婦はそうもいかないらしい。
 いなければ困る、いれば煩わしい、夫婦とはなんと不可解なものなのだろうか。
その昔、あなたがいなければ、君がいなければ、我が人生闇の中であったはずだ。
犬も食わない猫もまたぐような、他人さまのごたごたや愚痴を聞いているほど、わたしゃ暇じゃない。
そんな愚にもつかない話を聞けるほど寛容でもない。
ストレスのお裾分けはいらない、謹んでご辞退いたします。
犬猫兎の抜け毛取り ピロコーム   ピロコームとは 
墓場。
「結婚は人生の墓場なり」かあ、なるほどね。
確かにそうだ、昔からよく言われることだ。
そして、女三界に家無しともいう。
嫁しては夫に従い、家に仕え、老いては子に従いは、いまの世も基本的には結婚という形態の根底には歴然とあるのではないだろうか。
結婚するということは極端に言えば、自分が自分ではなくなることなのだ。
すなわち、OOさんちのお嫁さん、○○さんの奥さん、○○ちゃんのおかあさん、となるわけだ。
「わたくし」はどこにもいない。
それでも人は、大いなる結婚願望に悩むのである。
そして人々は恋人ができると、始終一緒にいたい、一つ屋根の下で暮らしたいということになるのである。
結婚したあとの悩みのほうが大きいのにね。
 恋愛とは言うが、恋と愛とは全く別ものであることを人々は知らない。
恋とは、嬉し、楽し、恋しいあの人となるわけだが、愛とはそうはいかないのを見落としているのである。
愛とは見返りを求めたりはしないものなのだ。
本来はね。
ただひたすら無償なのが愛なのである。
それを忘れてはいけない。
求めるから愛も恋も結婚も人生の墓場なり、となるわけなのである。
なのに、大いなる勘違いの下に結婚は人生の墓場なり、となってしまうのである。
 その挙句の果て「こんなはずじゃなかった!」と叫ぶのだ。
それはまさしく自己責任というものである。
結婚には想定外の出来事がいっぱいあるのだ。
結婚には、それらがもれなく付いているのだ。
「こんなはずじゃなかった!」が結婚の副賞なのだ。
お・ま・け、である。
 サービスしておきました、と運命の神さまが言っていた。
輝く被毛はゴールデン・レトリーバー フラットコーテッド・レトリーバー ボーダー・コリー  我輩は猫王メインクーン    Land2 花ランド  ペットのパピヨン  踵齧りウエルッシュ・コーギー・ペンブローク  世界のネコ 
井戸端会議。
仲間が集まればサミットとなる。
主要人物首脳会議、おねえさんサミットなのだ。
高尚なことではなく、身近なことを論ずる井戸端会議に毛の生えたようなものである。
「環境及び気候変動」「アフリカの飢餓と開発」「アジア諸国と日本の関わりについて」「北朝鮮の拉致と日本の支援姿勢について」「食料安全保障」 等も時には机上に乗ることもある。
あるにはあるが、日本国の東の端っこで論じてみても、それはまさしく机上の空論の運命を辿るのみでしかない。
よって本日の議題は、「『種類と類友』について、思うがままに感ずるがままに身勝手に論ずることとする」。
 この宇宙空間の地球という星に人類が誕生して以来、我ら人類は、古代より長大な歴史の中において、宇宙の尊厳であるべき平和を脅かし、争いを繰り返してきた。
侵略戦争、宗教間の争い、領土争奪、異文化間のわだかまり等々。
争いの種は尽きなかった。
そうして人類は、かけがえのない尊い人命と貴重な文化遺産を失ってきたのだ。
この島国日本もかってはそうであった。
戦国の時代があった。
そうして時は流れI。
大政奉還が行われ、江戸時代が終わり、明治維新があり時代は移り変わり、尾張徳川家の一部は家臣と共に、新天地を求め蝦夷地開拓に生計の糧を見出そうと移住したという。
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