産GO!35歳【妊娠編】 
〜無事に「産後35歳」を迎えられるのか?〜

文/菊池「柿」安芸子(当時34)

この物語は、
2000年夏に妊娠が発覚し、
2001年春に出産するまでの、
34歳〜35歳の菊池安芸子の毎日をつづった
笑うしかない妊婦生活である。

まだブログが一般的でなかった当時、
毎日「ひとこと日記」としてHPに更新していたものを、
ひとまとめにして再公開。

一気に読破しようとすると、
出産するより疲れるとの説もあるので、
ご注意あれ。

では、はじまり、はじまりぃ〜。。。



【001 こない!】
 七夕。
 来ない。
 思春期に始まって以来、一ヶ月たりとも不順になることなく毎月定期的に訪問してくれていた「女の子週間」が。心当たりは…ないわけではない。三月に結婚して四ヶ月。六つ年下の夫とは毎日が幸せでたまらない日々を過ごしている。
 だから…。
 もしや…。
 …いや、待って。
 ふつふつと沸き起こる可能性を抑える。
 だって、まだ心の準備ができてない。
 なにがって、その…ああ、言葉に出すのも恐ろしい。けれど、その…妊娠。
まさか、結婚するとは思ってもいなかったが幸せな新婚生活をおくっている今。だが、出産子育てなんて考えられない。考えたくもない。子供は欲しくないと思い続けていたし、自分が生めるとも考えていなかった。そう、子供は欲しくないんだ。泣いてばかりでうるさくて汚くて手がかかって、成長したらしたらでクソ生意気で金かかるガキ。子供なんて欲しくなーい!
 しかし、この眠さはなんだ?
 このだるさはなんだ?
 この気持ち悪さはなんだ?
 一般的に世間で言われている妊娠初期症状ばかり。
 いや、待て。最近、友人で妊娠したのが続いたから、そのせいで、なんか、そういう気分になっているのかもしれない…ああ、なんて説得力のない考え。
 週末はキャンプの予定だ。
 そう、キャンプだ。この夏は夫と一緒にあちこちの山や川へ出掛け、キャンプしまくるんだ。MTBにも乗って、山陰だけでなく房総でもカヌーを満喫して、テントもおNEW買ったし、バックパックだって新調した。夏は外へ飛び出さなくては!そうだ、妊娠してる場合じゃないじゃないか!
 「まじかよー」と文句を告げつつある三十四歳の身体からの反応を無視して、夫の4WDの助手席に乗る。もちろんキャンプ・グッズを満載して。車は首都高を越えて北上。夫の友人と待ち合わせる福島へ。
 だが。
 福島県へ辿り着くまでに予定は変更された。体調不良のため?否。天候不良のため。台風が関東を直撃し、この週末は荒れ狂うらしい。…天気予報を見ながら残念に感じつつも、心のどこかで安堵している自分がいた。ああ、情けない。

【002 …まだ】
 その一週間後。
 本来なら、すでに来て終わっているはずの「女の子週間」はまだ来ない。
 不安だよー。
 こわいよー。

【003 頼む、嘘といって】
 さらに一週間。状況は変わらず。
 夫は出張、同居の姑も一泊旅行に出掛けて留守。一人で晩ご飯を食べる。ここぞとばかりにスーパーの総菜とインスタントですませる。かかさずビールも買ってきて。そう、三度の飯よりビールが好きな私。今宵は一人だ。いつもなら発泡酒一缶で我慢するけれど、贅沢に大好きなバドワイザーも呑んでやれー。
 し、しかし…。
 あんなに大好きだったビールをおいしいと思えない。そればかりか一缶あけきるまでに「もう呑みたくない」なんて思っている。嘘だろー。それでも二缶流し込む。酔って不安を吹き飛ばしたいよー。でも酔えずに悶々と時が流れていくのであった。

【004 どうしよう!】
 翌晩。
出張から帰ってきた夫に、おもいのたけをぶつけてみる。
 「妊娠してるような気がする。どうしよう」
 私の表情をみて、夫も困り顔。
 「どうしたい?」
 「…わからんよ」
 結局、二人そろって「どうしよう」と考え込んでしまう。夫は子供が欲しくないわけではない。いや、それよりも欲しいはずだ。だけど、私が子供欲しくないのを知っている。私より複雑な気持ちなのは確かだ。

【005 検査薬の結果】
 七月二十日。
 かつて暮らしていた山陰の田舎町では伝統芸能「虫送り」の日。去年の今頃は、地元の男衆にまじり浴衣姿で太鼓を持って踊っていたのに。
 ああ、しかし、悩んでいても仕方ない。夕飯の買物ついでに薬局で検査薬を買ってくる。そう、尿で計る妊娠検査薬。まさか、この薬を自分が買う日が来ようとは!
 帰宅して、冷蔵庫に食糧を放り込んでから、「じゃ、行ってくるよ」と戦地に赴く気持ちで夫に手をふり、いざ、トイレへ。
 えーっと、ふむふむ、この部分に尿をかける…と。そいから、数秒後に結果が出るわけね。では、その瞬間を夫と待ち受けようではないか。…あれ。
 結果は数秒後どころかたちどころに出てしまった。まだ私がパンツをはく前どころか、トイレットペーパーさえ使う前に。なんてこったい。
 水を流し、トイレから出て、待ち受ている夫に、ひきつった笑顔を向けた。
 「陽性」
 「え」
 結果よりも、その早さに夫もたじろぐ。
 それから2人してもういちど説明書を読み、結果を見て、間違いないことを確かめ、そして、「…陽性だね」。
 その後、言葉にならず、夫をみつめる私。
 「そんなに哀しそうな目しないで」と夫。
 哀しい目をしているの、私?
 …だって、どうしていいのかわかんないじゃん。
 「いいから、今日はもう寝てな」と夫。そう言いながら寝ころんだ自分が先に寝息をたてている。平和な顔をして。その寝顔をみて、ちょっとだけなごむ。ほっとした気持ちになる。同時に「この人にこれ以上の重荷を背負わせてもいいの?」と哀しくなる。
 なんとかなる、なんとかするって言ってくれるけれど、この人の夢は?
 私も覚悟できてる?
 アメリカは?
 キャンプは?
 カヌーは?
 二人きりの生活は?
 二人の老後は?
 だけど、そう、だけど、生まれてくる子供にも会いたい…!

【006 不安だよー】
 その夜、お風呂にはいってお腹に話しかけている自分がいた。「お前が欲しくないわけじゃないんだよ」と。そうなんだ、この子に会いたい。この子と一緒に過ごしたい。この子に人生がいかに愉快で笑いに満ちているか教えてあげたい。涙があふれてくる。でも…不安もいっぱいになる。
 もうすぐ三十五歳になろうとしている自分。これまでのいい加減な食生活を振り返る。無事に産めるの?産んで育てられるの?
 ベッドに入って、そっと夫に告げた。
 「あのね、怖いけれど、不安だけど、ちょっと嬉しい」
 そこで、夫の顔に笑みがこぼれた。ほっとしたような笑みだった。「俺も」そう言って抱きしめてくれた。「がんばるから、俺」と。
 ありがとう、夫。

【007 はじめての産婦人科】
 翌日、病院へ。
 検査薬で陽性とでたものの、それが正確かどうかはわからない。まずは、ちゃんとした産婦人科で診てもらわねば。心のすみっこに、まだ、もしかしたら間違いかもしれない…なんて、あわい期待のような感情を抱きながら、生まれてはじめて産婦人科のドアを開いた。いや、生まれてはじめてではないな、生まれたときにいたのは産婦人科なのだから。
 自動ドアがウィーンと開く。靴を脱ぎスリッパにはきかえる。待合室にあふれんばかりの妊婦の姿。うわー、まぎれもなく産婦人科だよー。受付の窓に恐る恐る声をかける。
 「あのー、妊娠しているかどうか診ていただきたいんですが」
 「はい。でしたら、これに記入してください」
 クールな反応と一緒に一枚の用紙が手渡された。
 氏名、住所、生年月日を記入するようになっている。続いて結婚の有無、夫と一緒に暮らしはじめた日にち、それから、つひに、おお、この質問だ。最後に生理があった日、それから周期。もれなく記入してゆく。それを提出して、しばらくすると名前が呼ばれた。  「菊池さん、はい、これで尿検査しますから」
 今度は紙コップが手渡される。
 「はい」
 冷静なふりをして受け取りトイレへ。こぼしたらどうしよう…なんて心配しながらも、そんなネタを作ることもなく採取し提出。再び待合室に戻ったのだった。
 それから、さらに一時間待たされる。ま、こんだけ人がいるんだから、待たされても仕方ないか。初診なんだし。開き直ってみる。しっかし、妊婦の多いこと!これで少子化?それとも、皆、ミレニアム・ベイビー作戦なわけ?
 「菊池さん、どうぞ」
 おお、やっと呼ばれたぞ。
 「そこにおかけください」
 先生の前の椅子を指され、おとなしく腰かける。先生は私が記入した用紙に目を通している。一緒に尿検査の結果も出ているのだろうか。ああ、なんか、ドラマみたいだな。ドキドキして検査結果を告げられるのを待つ主人公。先生がメガネをなおしたりして、そんで顔をあげて言うんだ。「おめでとうございます」とか「おめでたですね」とか。「おめでたい人ですね」とは言われないだろうな。さぁ、先生、教えてくれ、子供ができてるのか、どうか…。もう、覚悟は決めてんだから。どっちなんだい?
 そして、先生は目もあげずに口を開いた。「えーっと、菊池さん、結婚はいつですか?
 へ?「去年の、あ、いや今年の三月です」その紙に書いてるじゃん?
 「最後に生理があったのは?」
 「六月の、えーっと、」その紙に書いてるじゃん?「十二日です」
 「それから四日間?」
 「はい」
 「いつもと変わらず?」
 「はい」
 「いつも周期は決まってましたか?」
 「はい。だいたい」
 ぜーんぶ用紙に記入してるじゃんかよ、先生!
 「えーっと、初めてですか?」
 「…」何が?産婦人科に来るのが?それとも「妊娠がですか?」
 「ええ」
 「…はい」ってことは妊娠してんのね、私。
 なんて、おマヌケな瞬間。自らが診断したような気さえする。
 そこで先生はようやく目をあげた。「はじめての妊娠?」と念を押すように。
 初めてだよ。三十四歳だけど初産だよ。悪いか、三十路半ばで初めての妊娠で?
 反抗期の高校生のような言葉が脳裏をよぎったが、さすがに口をついてはでなかった。
 「はい。あの…」小さな声になってしまう。「妊娠してるんですね?」
 「はい」淡々と返事が返ってきた。「じゃ、こっちへ」
 え、先生、どこへ?
 カーテンに仕切られている一角へ案内される。
 シャーッ。
 その向こうには、おお、噂でしかきいたことなかった、あの台が!
 「じゃ、下着を脱いで横になってください」と看護婦さん。
 うへー。つ、ついに、こ、この瞬間が!
 しかし、戸惑ってる場合じゃない。菊池安芸子、三十四歳、いきます。ズボンとパンツを脱いで、指定されたとおりに腰をおろし、脚を乗せる。あとは…うへー。文章にはしないでおこう。ちょっとした恐怖の瞬間。でも、あっと言う間で恥ずかしがってる場合じゃない。
 頭上に小型のテレビスクリーンがあった。そこに何か白いカタマリが映し出される。
 え、こ、これ、もしかして!
 「ああ、これが赤ちゃんですよ」
 やっぱ、そうくるかっ!
 私の腹の脂肪の下で、白い小さなカタマリが動いていた。「わ、動いてる!」
 なんか、始めてこの場に遭遇する妊婦ならこうあるべきという反応を見せてしまう。ちょっと感動もあったのだけど、先生に対して、このくらいの反応を見せたほうがいいのかなと考えたりして。
 それなのに先生ったら冷静に「こんなもんじゃないですよ」。
 そ、そうですか。
 しかし、その後は、よくある妊婦の感情と思われる波が押し寄せてきた。涙が出そうな、口元が緩みそうな…、うん、…感激ぢゃ。
 我が子よ、はじめまして。
 てへへ。
 「はい、じゃ、服きてください」
 そんな感情を押し隠し、許可がでるやいなや台から跳ね起きる。パンツはいてズボンはいてベルトしめて…。
 最初と同じ先生の正面の椅子に座る。さっきまであられもない格好で対面していたかと思うと、こっぱずかしいが、先生は慣れっこなんだろう。悔しい。
 「えー、今、五週目ですね」先生が一枚の紙を出す。『妊娠期間の表現について』とタイトルがつけてある。「最終月経がここで、」紙に書かれている表にボールペンで矢印を入れながら先生が言う。「ここが排卵日です。えーっと、予定日は…」なんか電卓のようなキーを叩く。「平成十三年の三月十三日ですね」
 「三月十三日」先生が用紙にその日付を書き込むのを見ながら繰り返していた。「十三年三月十三日。覚えやすいですね」
 しかし、そのコメントにふれてくれない先生。「予定日に産まれるというわけではなく、その前後二週間が分娩時期になります」
 「…あ、はい」
 「では、また、二週間くらいしてきてみてください」
 「…あ、はい」
 「気をつけて」
 「…あ、はい」え、それだけかい?初めての妊娠で気をつけなければならないこととか、注意しなければならないこととか、一言ないの?しかし、先生にうながされるまま、「あ、ありがとうございます」と退散する私。
 待合室に戻って腰かけようとすると、もう一度声がかかった。「菊池さん、もう一度中に入ってください」
 「え?」そうだろ?そうだよね、何かあるよね?「はい」
 また、先生の前に座る。
 「予定日ですが、」先生は私に渡した用紙を取り戻す。「三月十九日です」とボールペンで上から修正する。
 「へ?」
 「平成十三年三月十九日ですね」
 「あ、はい」それだけ?
 それだけだった。それだけ訂正されると診察室を追い出されていた。次に名前を呼ばれたのは受付。そうか、精算せねば。
 「菊池さん、四八〇〇円です」
 どへー!保険がきかないとは言え…。妊娠って金かかるんだ…。ここでも産婦人科の勢いに圧倒されて、何も聞けず、言われるがまま支払い、結局、私らしくなく無口に病院を後にしたのだった。

【008 妊娠判明初日】
 病院の帰りに早速本屋に寄って、お産の本を買ってみる。レジでお金を払うのも「私が妊婦ってわかるかな」なんて思ったりして。
 そして、昼の時間になるのを待って夫の携帯に電話した。
 「もしもし?」夫の声だ。低い声。耳に心地よく響く声。
 「おめでとう、おとうさん。」すぐに告げた。「三月十九日」
 「…そっか」
 コメントはそれだけ?
 くそー。きっと近くに同僚の誰かいるんだな。そーゆーときは照れて対した会話はしてくれない。酒が入ったら周りに誰がいようと、だらだら話しかけてくるくせにー。
 電話をきってお産の本を広げてみる。
 えーっと、なになに?
 げ。
 つわりが一ヶ月以上もあるって?
 まじっすか。
 ひどい人は出産まで続くって?
 うへ。
 それだけで気分が悪いのが倍増した気になる。
 げっそり。
 でも、不思議。
 自然と顔がにやけてくる。
 昔は、あんだけ「子供なんて欲しくない」って言ってたのに。あれ、もう、「昔」の話にしてるや。つい昨日のことなのに。妊娠がわかった瞬間から、こんなにも気持ちの変化があるなんて。恐るべし母性本能。
 お腹に手をやる。早く会おうぞ、ベイビー。一緒に遊ぼうね。

【009 まさかできるとは】
 それにしても自分には子供できないと思っていた。それでも独身のうちにできたら大変なので、「そーゆー場面」では、それなりに「予防」はしていたけれど。でも、なんとなく自分にはできない気がしていた。私ってば女性ホルモン少なそうだし。夫も元気とはいえ環境ホルモンにやられていそうだし。それでも、結婚しても、やっぱ欲しくなくて、私は「作らないように」してもらっていた。毎度のことではなく、「いいよ」と承諾した時も確かにあったのだが。そう、このまま子供が出来てもいいと思ったときには。そしたら、できた。きっと、あの日…だ。カレンダーを思い出す。夫と頷く。心当たりは、うん、きっと、あの日だ。夫の二十代最後の誕生日。

【010 両親へ報告】
 七月二十二日。
 明日は広島の実母の誕生日だが、一日早いプレゼント…と言うわけでもなく電話をかけてみる。夫を隣に座らせて広島の市外局番にダイヤルする。なんて言おうかな。
 ぷるるる。
 カチャ。
 「はい、柿本です」父が出た。
 「もしもし、父さん?」
 「おお」
 「あのね、赤ちゃんできた」何の前置きもなく告げてしまった。
 「ありゃ!」父親がすかさず答える。「そりゃあ母さんに代わらにゃ」
 …なんで?こーゆーとき、男親の反応ってこんなもんなのかな?
 「もしもし?」母が出てきた。
 「母さん?三月十九日に子供が生まれる」
 母はすかさず返してきた。「へぇ、あんたも産む気になったんね」
 うへぇ、小憎らしい〜。そりゃ、今まで、さんざん『子供なんていらん!』って言ってきたよ。何かあると『子供を産んで育てて一人前になる』と説教たれてくれた母の前では特に。『結婚しなくても子育てはしなさい』と顔をあわせると言っていた母の前では。あまりにも恩着せがましく言うので、せっかく感じ始めていた親への恩が消えてなくなるほど。しまいには『あんたを育てて母さんは一人前になった』とまで発言するので『じゃ、感謝してね』と逆に恩をきせていたくらいに。
 しかし、ここで『出来たんだから仕方ないじゃん』って答えるのも腹立たしい。そこで何気なくでてきた言葉が…。「まぁね、産んで保険金かけて殺さにゃいけんけんね」
 そう、当時、世間を賑わしていたのがこのニュース。我が子に多額の保険金をかけて病死に見せかけて殺害及び殺害未遂していた看護婦の母親事件。心にもない発言だが我が母には浴びせてやる。だが、母の方が上手だった。
 「じゃあ、えっと(たくさん)産まにゃあね」
 …う、負けた。
 私に対しては憎まれ口しか叩いてくれない母だが、夫にかわると口調がかわったらしい。まず「おめでとう。お父さんだね」と声をかけてくれた。ありがとう、お母さん。

【011 つくされる妻】
 その日は休日で、夫とお出掛けするも体調がすぐれず、そそくさと帰ってくる。例によって、眠い、だるい、気持ち悪い。なんか、こぉ、乗ってもいないのに永遠に車酔いしている気分。これが、つわりってものか。ツライのはツライが、妊婦ならではの経験。これも芸の肥やしだ。ネタにして乗り越えてやるぞ。
 と拳を握りしめながら寝ていた。起きたら夜で、夫がカレーを作ってくれていた。朝はホットケーキを作ってくれていた。
 …こんなにつくされて大丈夫なのかしら?
 …大丈夫に違いない。

【012 姑へ報告】
 その夜は同居している夫の母に報告することにした。仕事に出ている姑は夜になって帰ってくる。それまでに夫と打ち合わせした。「子供できたから」と一言告げるのは夫の役目となった。口べたな夫には過酷な任務に違いないが、これは夫に告げてもらいたい。  夕食のカレーを食べながら、姑が話し続ける。今日の職場での出来事やテレビのことなどなどなどなどなどなどなど…。きりがなく、なかなか夫が話題を変えて切り出せない。ようやくカレーを食べ終わった頃に、姑が一息ついた。そこで、夫にサインを送る。「今よ、言うのは!」今を逃せば、また…。
 「あのさ、」夫がようやく一言口にする。
 「なに?」姑が素早く反応する。
 「あの…」二言目につまった夫に姑の攻撃力のある一言が襲った。
 「なに?おめでた?」
 …なんで、こーなるの?
 「あ、う。」夫はしどろもどろ。「うん」
 「あらー、そうだと思ったのよー!」と姑の一オクターブ高い声。
 …なんで、こーなるの?
 その後、産婦人科の話だとか、夫の妹の出産話や、最後には姑自身の出産話まで勢いよく飛び出して、我々夫婦は黙って拝聴したのだった。そして寝る前になって気が付いた。姑に「おめでとう」と言ってもらえなかったことを。いや、別に根に持っているわけじゃないけれど。いや、これが、妊娠初期の症状で、いちいち姑の言動に腹をたてる始まりじゃないけれど。…多分。

【013 スパイ志望】
 腰痛で眼が覚める。ベッドに腰かけていたら、起こしてしまった夫がさすってくれた。朝のトーストも用意してもらう。今からこんな調子で十ヶ月もつのだろうか。迷惑かけます、夫。
 午後からは仲良く「ミッション・インポッシブル」のビデオを見る。先週、「ミッション・インポッシブル2」を映画館で堪能していたのだが、やっぱ、かっこいい。
 見終わって、かっこいいなぁ〜とうっとりしている夫に言った。
 「スパイになったら?」
 転職中の夫。この後、再就職が決まるまで一ヶ月以上のブランクがあることを、この時は予想だにしていなかった。

【014 里帰り出産なんて】
 家族には告白したが、友達への報告は控えた。だって、せっかく房総半島という離れた地に嫁いできたのだ。デカイ腹をみせずにこっそり出産して、来年の夏くらいに里帰りしたときに「生んだの」と子連れで帰って驚かせたい。って企む気持ちもあるけれど、本当はデカイ腹みせるのが恥ずかしいだけ。だから実家での里帰り出産なんてもってのほか。このまま千葉の近所の産婦人科で生むことにした。そのほうが、ずーっと夫と一緒にいられるし、生まれてすぐでも夫に見てもらえ、入院中も毎日、会いにきてもらえる。なんて、二ヶ月以上も夫と離れてしまうのが心細いのが一番なんだけど。それに、生まれて一ヶ月とかの赤児を連れて広島から千葉までの距離を帰ってくるのも恐ろしい。

【015 立ち会いたい?】
 最近は夫の立ち会いのもとに出産するのが普通になってきているようだ。
 「立ち会いたい?」夫に尋ねてみる。
 「うーん。安芸子は?」
 ずるいぞ、夫。私が先にきいたのに。「立ち会ってもらいたいような、もらいたくないような」こっちも中途半端な返事を返す。
 「俺は、安芸子が立ち会ってもらいたいなら、立ち会うよ」  ちょっと男らしくも聞こえるけれど、私は知っている。夫が、そーゆー場面が苦手なことを。荒れ地や野や川では自然現象のなにごとにも屈しない堂々とした態度でいられる夫。だが、しかし、役所、病院、宝石売場、スーパーのタイムサービス…、自分のテリトリーでない場所では、やたら困りはてた顔をしてカタマル夫。産婦人科に入るだけで緊張しまくるだろう。それが分娩室まで立ち会うとなると卒倒するかもしれない。
 もっと後になって同じ質問をぶつけたら、もっと正直な答えが返ってきた。「俺は立ち会いたくない」でも、それは「冷たい」と感じる口調ではなく、その頃には私も「立ち会ってもらいたくない」と思っていたのでお互いがホッとしたのだった。だって、そばにいられると頼ってしまいそうじゃん?それに、すーんごい姿なんだろうし。その後の夫婦生活に支障をきたしても困る。
 すると、一つの事実が判明した。私が通い出産することにした産婦人科は、夫の妹が第一子を出産したところ。聞けば、今どき珍しく、立ち会い出産不可な病院らしい。なーんだ。これで悩みは解決。立ち会ってもらいたければ病院を変わればいいのだけど。でも、夫にはイライラしながら廊下で待ってもらうという一昔前のドラマのような体験をしてもらいたくもある。
 「男女の性別も生まれる前に知りたい?」
 この問題も解決。病院は、やはり今どき珍しく、生まれる前に性別は教えてもらえないらしい。しつこく聞けば教えてくれるそうだが、ま、生まれるまでの楽しみにのけておこう。

【016 きみつ情報】
 友達への報告は控えたのだが、どうしても報告しておきたい友人が一人いる。私たち夫婦の出逢いから些細なことまで知っている盟友シャロン。婚姻届の証人にまでなってもらっている。独身の彼女は「自分の婚姻届にサインする前に、人の婚姻届に署名するなんて」とぶつくさ文句言いながらも、こころよくその任務を引き受けてくれた。そーゆー友人だ。  結婚を決めたときも彼女に一番に報告した。そのニュースを信じられない仲間たちからは、直接私に問い合わせてくるでなしに、仕事中の彼女に電話して真偽を確かめたと言う。まるでマネージャーのような彼女。山陰での私の仕事の「後任」であり、そのせいで共通の仕事仲間も多いからか。
 その彼女にだけは報告しておこうと思った。どうせ、いつかはばれるのだろうから、それなら、早いとこ、自分の口から彼女にだけは伝えておきたい。しかし…。しかし、電話して告げるのも恥ずかしい。うーん、メールにしよう。
 仕事であれこれメールのやりとりをしているが、その一番最後に付け加えるように書いた。「実は妊娠してしまった。でも、これは極秘事項だ。秘密にしておいてくれ」と。
 予感があった。
 シャロンからだ。
 「はい、菊池です」
 受話器の向こうからは、ぴーひょろろろろろ。FAXの音。
 用紙が流れ出してくる。
 大きな字で「おぎゃあ」と書かれ、赤ちゃんのイラストまでついている。
 わっはっは!
 思わず大笑い!
 あとでメールが届いていた。妊娠のニュースにたまげたものの、誰にも言えず、口をもごもごさせながら事務所のすみで、ささっと書いたらしい。それを、ささっとFAXしてきたらしい。苦労かけるね、シャロン。ありがとう。

【017 情緒不安定?】
 妊娠が判明して一週間。なんと、長い一週間なことよ。寝ても寝ても一日が終わらない。でも眠い。良く眠れるなぁ…って感心できるくらい眠い。しかし、夜は一時間おきに眼が覚めてトイレへ。もともとトイレは近いのだが、ますます近くなったようだ。
 トイレに目覚め、再び寝つくまで三分とかからないのだが、(これまで寝付きの悪かった私からは奇跡的な変わりよう!)それまで、あれこれ考えてしまう。
 それは姑との同居のこと。「嘘のつけない正直な人」と言えばそれだけのことで、「良い人」には違いないのだが、「酔い人」になると、あまりにも忘却無人な姑の言動。
 姑と同居のこの家で我が子を育てるのは嫌だ、出たい。
 夫が駄目って言っても一人ででも出てやる。
 ここでは、やってけない。
 貧乏でもいいから、きちんと育てたい。
 でも、やはりそれは無理か、いっそ産めないのか…いや、それは嫌だ。
 いやいや、ここでがんばってゆこう。
 姑の家だからって私一人なら我慢していたけれど、子供のためなら鬼嫁になってあれこれ文句つけてやる。
 あれもこれも改善して、子育てには口ださせない。
 でも、そんなんも、やっぱ、無理だ…ああ。
 この繰り返し。
 あー、ゆーうつ。
 そして耳に響いてくるのは隣室で安眠を貪っている姑のイビキ…。

【018 えせ妊婦】
 週末に広島のカヌー仲間である石田母娘とキャンプの約束をしていた。まさか妊娠するとは思ってもいなかった一ヶ月前に。まだ妊娠は告げていないし、黙ってキャンプに出掛ける手もある。しかし、ちょっと体力的に自信がなかった。眠いし、気持ち悪いし、夜はトイレ近いし、それに、万が一ってことがあったら怖い。まだまだ安定期には遠いのだ。そこで正直に告白した。やっぱ、恥ずかしいので、メールでだけど。
 「実は、腹の中に胎児が宿って」と。「去年までは、この出た腹の中身はビールだったけれど、どうやら、今年は違うらしい。哺乳類の胎児が入っているようだ。ただ、人間かどうかはわからない。夫の遺伝子をついでいれば人類だが、私の血が濃ければお猿の可能性もある」と。
 私の妊娠を知った石田母娘は驚愕の色を隠せないようだったが、それでも「でかした!」とメールをくれた。結局、キャンプはお流れになったが、はるばる房総半島まで遊びにきてくれることになった。アクアラインを経由するバスにのって横浜から。夫とバス停まで迎えにいく。
 バスが着く。
 乗ってるかな?
 あ、降りてきた、降りてきた。
 この人、似てるな、石田母娘の石田母のほうに…あ。
 次の瞬間、私は歩道に崩れ落ちていた。
 な、なんてこったい、やられたっ!
 そこには石田母の満面の笑顔、大きめのワンピースのお腹に詰め物をしてふくらませた石田母の…。
 なんと、芸達者な石田母は、アクアラインのトンネルにはいると、鞄の中からタオルを出して、お腹に詰め込んだらしい。石田娘は隣の席であきれたらしい。バスの運転手も乗客も不審に思ったに違いない。乗るときには妊婦いなかったはずなのに、降りるときには臨月の腹を抱えた婦人が一人増えていたのだから。

【019 命名】
 賑やかな石田母娘と一日を一緒に過ごし、夕食にお好み焼きを食べていて、子供の名前で盛り上がった。
 「もう名前は決めた?」
 山陰の田舎町で暮らしはじめた頃、伝統芸能である神楽にふれたとき私の心は大きく動き叫んでいた。「子供が生まれたら神楽って名前にする!」と。しかし、実際に身籠もってみると、その案も捨てがたいけれど、ここ、房総の地で育っていく我が子には酷な名前にも思えた。夫は石見神楽を見たこともないと言うし。それに、今どきの読めない漢字の名前はさけたい。読みやすい漢字で、平凡な名前。そのほうが、今どきにはない名前でいいんじゃない?これには夫も大賛成。
 二人でテレビを見ていると「大輔」とか「健太郎」とか出てきた。「こーゆーシンプルなのがいいよね」と夫。おっしゃる通り。
 菊池ダイスケ
 菊池ケンタロウ
 しかし、ここで考慮しておかねばならないのは、甥や姪の名前。夫の妹には二人の息子がいる。シンスケとセイタ。この二人の名前だけでも混合して「セイスケ」と呼んでしまう姑。〜スケと〜タはさけねばなるまい。どっちも捨てがたいのだけど。それならケンタロウってのもいい。だけど、これは実兄の長男の名前に近い。その名はケント。日本人なのだが。もし、ケンタロウってつけたら、どっちもケンちゃんで広島の両親はパニックをおこしてしまうだろう。ケントの妹はチエミ。このときは男の子が欲しいばかりで男の子の名前しか考えていなかったが、女の子の名前もいくつか候補にあげておかねば。
 「名前は考えてる?」石田母娘に尋ねられて、その考えを述べた。
 「二人ともさぁ、」石田娘が提案した。「アウトドア好きだから、その路線で考えたら?」  兄の子供が生まれたとき、山好きの両親はいろいろ練っていたに違いない。登山仲間には孫に「穂高」とか山の名前をつける人もいたらしいから。しかし、そのとき私は兄貴に電話で助言していた。「山の名前もいいけれど、どうせなら世界一の山の名前にしたら?」と。
 「エベレストか?」と兄。
 「ううん。チョモランマ」
 電話が切れた。
 石田娘は、そのときの私のノリだった。彼女は後にモンベルに就職が内定することになり、「双子をうんで、モンとベルにしたら?」と言い出す始末。それを言うなら「パタとゴニアもいい」と言った人もいたっけ。
 「お兄さんの子供はなんだっけ?」と石田母の方。
 「ケント」
 「じゃ、テントは?ケントのイトコでテント。菊池テント」
 「…テントの会社みたいじゃん」
 しかし、その後、この石田母娘との会話では、生まれてくる子は「テント(仮名)」と呼ばれることになるのだった。
 石田母娘にしてみれば、テントを仮名だと認識していないかもしれないのだが。

【020 小説家の子供に】
 この頃、書きかけの小説に、子供を登場させることを思いつく。
 そう、舞台を二〇二〇年くらいに設定して、成人した我が子が活躍する未来世界。
 この頃にはまともな名前をいくつか考えていた。(許せ、石田母娘よ。)男の子なら「コウヘイ」。女の子なら「はる」。春に生まれるから春。「アキコ」の娘が「はる」なんて安易だけど、それだけじゃない。これから二十一世紀の地球。温暖化がすすみ季節の変化も危うくなっている。この子が成長したときに「私が生まれた今世紀初頭には、日本という国には、まだ春と呼ばれる季節があった。寒い凍えるような冬を終わらせ、人々の心をなごませ、微笑みをこぼさせる温かいパワーを持った春が」と言わせてみたい。
 ふっふん、SFっしょ?
 この案で小説を書くのを思いついた。出産までに書き上げて、この子が一歳の誕生日を迎えるころにはベストセラーに。よし、決まり。そのあとは印税暮らし。親子三人でアラスカへキャンプ。いぇいっ!
 …夢は広がる。

【021 夫へのプレゼント】
 夫が自分のことを「お父さん」と呼んだ。
 それを耳にして、「ああ、私は彼をお父さんにしてあげることができちゃうんだ」と感動してしまう。夫に最高のプレゼントをあげられる私って、けっこう、すごいじゃん、と。  あんなに子供欲しくないって言ってたくせに。現金な私。

【022 帰省】
 お盆。
 つわりでしんどいくせに広島への里帰りを強行する。もちろん夫も一緒。だって私の大好きな山陰の田舎町の空襲のような花火と夏祭りを経験してもらいたいもの。胎児にも。って、ただ、もう同居の姑から離れたい一心でもあったのだが。ツワリがしんどくても、それ以上にしんどい姑。
 友人には妊娠を秘密にしているが、その秘密を共有しているシャロンにも会う。目が「ぷぷぷ!」と笑っている。かつての同僚達にも数人会う。
 「幸せそうじゃのぉ」懐かしい方言。
 「うん、幸せだもん」のろけてみせる。
 「赤ちゃんはまだか?」と腹をさわってくる。
 「うん、これはビール」去年と同じ言葉を返しておく。
 出産後に会ったときに「実は、あんとき、腹の中にいたんだ」なーんて告白して悔しがらせてやる。へっへっへ。
 胎児よ、母はつわりの最中にこんなことを考えていたのぢゃ。

【023 夫からのプレゼント】
 楽しかった数日が終わり、房総半島に戻ってくると、夫の妹が子供二人を連れて帰省してきていた。別に長男の嫁らしくしてないし、「おねえさん」とも呼ばれてないので、つわりでしんどいことにして家事をまかせてしまう。姑は娘と孫がいるのでご機嫌。それなら、それで、いいっしょ。
 夫は、九ヶ月になろうとしている甥にせまられ、膝によじのぼられている。すね毛をつかまれ困った顔しながらも、でも、ちょっと嬉しそう。おそるおそる甥を抱っこしている夫を見て、決意も新たにする。うん、命に変えても元気な子供を生んで、彼にプレゼントするぞ!と。私があげられる最高のプレゼントじゃない?そして、私が彼からもらえる最高のプレゼント。

【024 はじめての写真】
 三度目の検診。
 超音波検査でスクリーンに映し出される我が子は、腕をばたばた振り回していた。落ち着きのない子だなぁ。誰に似たんだ?…私に違いない。ああ、この映像を夫に見せたいな。産婦人科によっては全検診でビデオにしてくれ、家に持ち帰らせてくれるところもあるとか。その思いに気がついてか、その日は先生がプリントアウトしてくれ手渡してくれた。  やたっ!
 頭から尻まで三、七センチの胎児の写真!親でなければ、どこが何でなんだかわからん超音波写真。と思いきや同じ親でも父親である夫には「ん?」とちんぷんかんぷん模様なのであった。それでも、それをコピーして広島の実家にも送る。そう言えば兄貴も甥のこんな写真を送ってきてたっけ。そして、母に「わっきゃわからん」と言われていたっけ。それでも送りつける私。
 検診では「つわりも軽いほうでしょう」と言われてしまう。吐き気は続き、トイレに駆け込むこともあるけれど、そう言われただけで、もう、つわりも終わった気分。なんて前向きプラス志向の私。……今日は。

【025 母子手帳】
 つひに母子手帳を手にする。
 「きみつ警察の正面に健康センターがあります。そこで発行されますので」と教えてもらう。
 「え?ひみつ警察?」なんて、もう、ぼけたりするものか。
 君津市の保険センターは新築されて一年やそこらの、近代的な建物の中にあった。公共事業をつかいまわして山の中に乱立されている山陰の過疎地の公共施設を思い起こさせるような建物だ。
 恐る恐る入る。かつて暮らしていた石見町役場が新築されたときには、結婚式場か?と思われるような豪華な建物で、自動ドアにふかふか絨毯で、「こりゃ、田植えのあとに長靴はいて来られんの」と言いあったっけ。ここも似たような感じだ。ま、田植えする人はあんまりいないんだろうけれど。
 「すみません、母子手帳をいただきにきたんですけど」丁寧に告げる。
 「あ、はい。どうぞ、こちらへ」カウンタに座らせられる。「これに記入してください」  住所、氏名、年齢、職業…書き込んでいく。職業欄には、もちろん「物書き」と三文字。それを見た保健婦さん(だろう)が尋ねてくれた。
 「小説家さんですか?」
 「近い将来、芥川賞作家に」と答えるのが今までの私。でも、「目指すのは小説屋ですけれど」と、おとなしめに答えておく。「今は、えっと、かっこよく言えばフリーライターです」かっこ悪くいえば、原稿依頼も減ってしまった妊婦ってところか。
 それからプリント類や冊子をどっさりカウンタにおかれる。
 「うへ」思わず声がもれる。「たくさん、勉強しなくちゃ」
 「目を通していただくだけで違いますから」と柔らかな声の保健婦さん。「母親学級も開いてますから、ご参加ください」
 家に帰ってから母子手帳をめくってみる。なんだかカラフル。お盆に帰省したときに実母から自分を出産するときの母子手帳をもらったが、それと比べてもずいぶん時代を感じる。そりゃ、ま、三十四年前のもんだもんな。使ってある漢字も古かったりして。だって、私が生まれたのは昭和四〇年だもん。幼い頃に、この母子手帳と桐の小箱におさめられたへその緒を見せてもらったことがあるが、私も、この手帳をしっかりつけて保存して、子供が大きくなったら見せてやろう。
 君津市母子手帳。
 これから七年、八年、小学校に入学するまで使ってゆくんだな、これ。大切に、大切にして、この子が親になるときに見せてあげよう。
 コウヘイ?はる?どっちの性でもいいから、元気で出ておいでね。おかーさん、待ってるから。…なんてネタ帳に記す日が来るなんてまったく想像すらしていなかったよ。

【026 仕事】
 千葉にきてもらえるようになった数少ない「物書き」仕事の取引先からメールがきた。企業HPを作製している部門でライターとしてやとってもらっているのだが、その部所の取引先の一つでもあるデザイン事務所から。妊娠が判明する前に会社案内を作ったのだが、そこの取締役さんとやらが、やたらと、私の書いた小憎らしいエッセイを気に入ってくださって、才能を買って下さったのだ。しかし、新婚だと言うと「子供ができたら女は仕事できないからな」と一言。「妊娠したら仕事まわせませんよ」とまで言われていた。
 これって、セクハラの裁判沙汰にしたらいくらか慰謝料もらえるかもしれない発言。だけど、そのときは笑って「そうっすね」と答えていた。だって、そのときは子供を生む気なんて、さらっさらなかったんだもん。それに、実際、子供がいたら仕事の幅は縮まってしまうと思っていたから。ところが、どっこい、妊娠しただけで、どーよ、この世界の広がりよう!妊婦だからこそ書くことができる豊富なネタの数々!
 仕事の打ち合わせには同年代の女性デザイナーも同席した。けっこうシビアな話し合いで、迫ってくる締切までに仕上げなければならないコピーの仕事をいただく。ふむふむ。ま、なんとかなるかな、と引き受けてから告げた。
 「実は、妊娠しちゃいました」と。
 取締役さん、頭かかえてしまった。「いや、実は、そう言うのではないかと恐れていた」と。そのまま暗い流れになって、今後の仕事はまわせないと断言されるかと思いきや、女性デザイナーが奇声をあげた。「わーっ、いいなぁーっ!」
 へ。
 「おめでとうございます!」
 「あ、ありがとうございます」
 「でも、年いくつでしたっけ?」
 「もうすぐ三十五ですよ」
 「大丈夫なんですか?」遠慮のない聞き方だけど嫌味にとれない。
 「んー、ちょっと恐れちゃいるんですけど、気持ち的には十九歳なんで」
 「あ、そりゃ、いいや!」
 同年代どころか、ちょっと上にも見える女性デザイナーも、数年前に結婚しているらしいのだが、どうも子供が欲しくてもなかなかできないでいるらしい。
 「いいなぁ。私も年齢制限ひっかからないうちに生みたいなぁ」
 「お幾つっすか?」
 「え、きかないで」
 そりゃ、ないよ。人にはきいといて。
 「でも、あれかな。妊娠しにくいのは年齢だけじゃないのよね」
 けっこう、失礼な発言だけど、なんか許せちゃうのは、この人の人柄か?
 「そっかな」
 「あ、でも、旦那さんが若いんでしたよね?」
 「え。まぁ。六つ下」
 「だからかー。いいなぁ」
 「え。貸せませんよ」
 女二人で会話は弾み、仕事の打ち合わせの倍の時間、話し込んでしまったのだった。  その仕事はきっちり納期までに納め、数週間後に新聞チラシとなって世に出回った。それから二ヶ月後にギャラが振り込まれたが、さすがに、それから仕事の依頼は来ない。妊婦や母親が仕事を持つって、やっぱ、現代日本では、まだまだ難しいことのようだな。

【027 さんまが…】
 夕食にさんまを焼いた。
 大根おろしもつけた。
 うまいっ!
 最後にみそ汁を飲み干した。
 …う。
 やばい。
 トイレに駆け込んだ。
 …全部でた。
 ああ、さんま。

【028 ばれてたまるか】
 山陰では私は田舎暮らしを堪能する「物書き」だった。登山やカヌー、川原キャンプなど日々を過ごしては日焼けしていた。そこで七年間暮らしたわけだが、そのきっかけとなったのは、過疎高齢化に悩む町が公募した「農村体験生」のシステムだった。その一期生に十倍以上の確率で合格し町民として暮らしはじめたのだ。一年間の滞在期間のあとも居残って、広域事業に取り組む公的機関で広報や企画の仕事に就いた。フリーになったのはラスト二年。そのきっかけでもある「農村体験生」時代に世話になった役場職員さんが上京してくることになった。
 「農村体験生」事業は今も続いていており、現在は八期生が滞在している。一期六人だから計四十二人の「農村体験生」がいることになる。うちの何人かは町に残って働いたり結婚したりしているが、何人かは元の都会に逆Uターンして戻ってきている。関東在住も何人かいる。そこで声をかけて集まることになった。
 遠くは山形からも一人。
 この山形の友は二期生で、同じ時期に結婚が決まって町を出てきた口だ。最後の最後までつるんで良く遊んでいた。その子も妊娠し一月末が予定日と言う。だが、その子にすら、私は妊娠を告げていなかった。だけど、顔をあわす今日こそ、告白するぞ…と胸に秘め。夜、一緒のホテルに宿泊するので、それまでのけておくことにして、とりあえず、他の研修生達には内緒のまま。
 皆でバスに乗る。東京駅から茨城のハーブガーデンまで。バスは高速を降りたあと、荒い運転を繰り返し、だんだんと気分が悪くなってくる。幼い頃は長距離のドライブとなると必ずゲロゲロもどしていたが、大人になってからはなくなっていた。しかし、さすが、私は妊婦。だんだんと気持ち悪くなってきた。が、ここで、吐いたらばれてしまう。どうしよう…。と思っていたら、山陰から出てきた役場職員さんが真っ青な顔を向けた。そして「私、酔っちゃったみたい」と言うと、間髪いれずにビニール袋をひっつかみ席をうつって……。ああ、出しちゃった。
 私も出したい。
 必死でこらえる。
 バスはその三分後に目的地に到着した。
 吐いた職員さんの顔色は元に戻り、調子も戻った雰囲気。私は、まだ、ひきずっていた。  「私も酔っちゃって」と告げる。
 皆が「大丈夫?柿ちゃんが酔うなんて珍しい」と声をかけてくれる。ちょっと罪悪感。しかし、役場職員さんのおかげでつわりとばれずにすみそうだ。肝心の山形の妊婦はけろっとしている。
 それからハーブガーデンを大騒ぎで散策し、夜は夜で居酒屋になだれ込んだ。女五人でテーブルを囲み、あれやこれや注文する。呑み物は…。
 「生ビール!」
 「私も!」
 「じゃ、私も」
 と声があがっていく。去年までは、私が率先して「生!」と叫んでいた瞬間だ。さすがに山形の妊婦は「ウーロン茶」という。その声にまぎれるように小声で私も注文した。「私もウーロン」
 「え!」
 その瞬間、一同が凍り付いたように私に注目した。
 「どうしたの、柿ちゃんが呑まないなんて!」
 え。そ、その。妊娠してるから…とここで白状してたまるか。いや、妊娠していても呑みたかったら一口でも呑むはずだ。しかし、不思議なことに呑みたいと思わない。「いや、その、ドクターストップかかってて」これは本当だろう。産婦人科は飲酒をすすめたりはしなかった。
 「えー!」
 「大丈夫?」
 その中で「柿ちゃんも子供できてたりして」と鋭い一言を向けてくる役場職員。
 「ま、まさか。ははは」なんとか話題を変えてみせる私であった。

【029 夜更かし妊婦】
 その夜、新宿まで戻り、山形の妊婦と二人で週末の歌舞伎町をさまよう。別に夜遊びしようってわけじゃなく、安いビジネスホテルがそこだったのだ。たどりついたホテルから、それぞれの夫に「大丈夫。今、ホテルについたから」と電話する。それから疲れているから、すぐ眠ればいいのだけど、やっぱ、告白しておきたい。
 風呂上がりに、それぞれのベッドに腰かけているとき言った。
 「実は、見せたいもんがあるんだ」と。
 「何?」
 「ちょっと、目を閉じて」
 「なになに?」
 彼女が目を閉じてるあいだに、私は鞄から母子手帳をバーンと出す。「いいよ、あけて」  コンマ数秒。「わーっ!」彼女の叫び声がせまい部屋に響いた。「柿ちゃんもー!良かったー!」山形でも同じデザインの母子手帳らしいが、そんなことより、妊婦仲間が増えて嬉しそうな彼女。その夜は興奮した妊婦が二人、妊娠話や、検診のことなどなど、夜遅くまで、いや、朝早くまで盛り上がったのであった。

【030 妊婦の夢】
 翌晩は、その反応を夫に話すのに同じテンションになり、またしても興奮しまくっていた妊婦なのであった。
 そして、夢を見た。
 私が出産で死んでしまう夢。でも、別に恐ろしいわけではなく、ふわふわしていい気持ちの夢だった。はる(そう、夢では女の子だった!)を生んで直後に死んでしまう私。夫は愛車ダットサンにチャイルドシートをつけ、男手一つで娘を育てようと誓っている。私は手をばたばたさせて飛びながら、頭上から見守っている。なかなか平和な夢だった。その中で姑と義妹が「おにいちゃん、早く再婚しなさい」って言うまでは。
 そして、まさに、家では、妊婦の気持ちを最悪にさせる事件が起きようとしていた。

【031 渡る世間は…】
 決して「妊婦の情緒不安定」とだけは言い切らせない事件がおきた。
 話せば長くなりまくるので別のところで暴露しまくるつもりだが、まるで橋田寿賀子(実家の我が母にそっくりな橋田先生。ってことは、私も三十数年後には…?)のドラマにでてきそうなシーンの連続だった。
 そして、私は決意した。
 絶対に子供が生まれてくるまでに、この家をでてやる!と。こんな家で子育てできない!と。
 夫を困らせてしまうのはわかっている。しかし、どうにもならない、この感情。
 姑は離婚して女手一つで三人の子供を育ててきた人。それなら独立独歩の近代女性で、老後は子離れして楽しむぞー!と考えているのかと思いきや、長男である夫に頼り切っていた。自ら「子離れできてないの」と自覚されているが、子離れできる努力くらいしてほしいものだ。いや、そもそも、子離れする気があるんだろうか? もちろん、子離れできない親の気持ちは私には想像するしかない。多分、生まれてくる子が手を離れるときになってはじめてわかるのだろう。でも、そうやって世代交代していくのではないか? 姑だってそうやって家を飛び出してきたのではないのか? どうして周りの人を思いやれないのだろう?どうして自分だけ可愛そうと思えるのだろう?うー、いいかげんにしろー!  これは妊婦特有のブルーな気持ちがなせる技なのか?  否。それだけではないはず。それなのに、今、嫁は妊娠中だからそんなことを言うんだなんて思っている姑も義妹も、その思考回路が許せなーい。
 息子(私の旦那だ)が結婚して夫婦そろって仲良くお出掛けなんかしてるのを見て孤独感に苛まされるとか。…ふーん。だけど「今はさみしいけれど、お兄ちゃんの子供が生まれたら、楽しくなると思う」とまで言うか? 私は姑を寂しがらせないために子供を生むんじゃないぞー。しかも、お兄ちゃんの子と言ったな? せめて、お兄ちゃん「たち」の子、と言えないのかー! ああ、いやだ、いやだ。そして何よりも嫌なのは、こう思っている気持ちを言葉にして姑に言えない良い嫁ぶっている自分だ。
 夫を困らせるのは私のわがままだ。ごめんなさい。だけど、子供のためにも、そして夫のためにも一日でも一秒でも早く出たい、この家!
 そして、脳裏に鳴り響くテレビドラマのテーマ。「ちゃららちゃららららんらららん♪」

【032 寝ぼけた夫】
 そんなクソおもしろくもない日々の中でも、耐えていられたのは、夫のおかげだ。私より、間にたたされてつらいに違いないのに。いつも、怒るまえに「仕方ない」と溜め息ついて諦めている夫。そうやって子供の頃から我慢させられていたんだ。ああ、もう、いい加減解放してあげてほしい、夫を。
 だけど、夫はツライ顔ひとつ見せずに私と一緒に過ごしてくれる。
 夜中にちょっとした地震があり、私がびびると、寝ぼけながら「大丈夫、俺がいるから」と抱きしめてくれる。もう、それだけで安心感が増し、熟睡できた。朝になって「夕べの地震すごかったね」と言ったら「え?」と地震そのものの記憶がなかったにしても。
 別の夜も、やはり寝ぼけて夜中に足下をガタガタしていた。起きてみると夫は椅子の脚をつかんでいる。いつも扇風機をおいている場所だ。なにしてるんだろ?
 「どしたの?」と尋ねる。
 「暑いんだ、俺」と返ってくる。
 あ、もしかして。「扇風機と間違えてる?」
 「……」黙ってベッドに戻る夫。
 朝おきてみると椅子の位置が大幅に変わっていた。なんだか憎めない。可愛い。まもってあげたいとまで思えてしまう。
 耳元で蚊がぶーんとうるさい夜があった。パチン!と叩くと、その音で夫が目を覚ます。  夫「どした?」
 私「あ、ごめん、起こした?蚊がいたんだ」
 夫「蚊?」
 私「うん」
 夫「ごめん」
 そして再び寝入る夫。きっと、明日の朝には今の会話は覚えていないだろう。だけど、蚊を退治してあげなくてごめんなんて思ってるんだ、寝ぼけていても。そんな風に保護されてしまう妻の立場を心地よく思い、すやすや眠る夫の寝顔を眺めてしまうのだった。

【033 寝ぼけてない夫】
 「ちょっと、あれ」と、今度は寝ぼけていない昼間に夫のそばにおいてあったシャツを指して言った。「渡しといて」と。
 すかさず、にやりとして私のそばに立つ夫。
 「なに?」シャツを渡して欲しいのに。
 「だって、言ったじゃん?」
 「なんて?」
 「私と居て」
 「…」
 世の新婚さんって、みな、こうなのかな? サニー、お前のお父さんは愉快な人だよ。良かったね、とお腹に話しかける。

【034 胎児名】
 そう、この頃から子供の名前は生まれてくるまで「サニー」となった。それまで「コウヘイ」と呼んでいたのだが、女の子の可能性もあるわけで、それならかわいそうだ。
 サニー。
 息子のsonからとっているのではない。太陽のsunからでもない。いや、強いて言えば太陽かもしれないが。私と夫が出逢った場所、sunny-side-walk-in camp site。ここから。私たちの結婚指輪と同じだ。
 結婚式も結納も新婚旅行さえなくても良かった。だけど、結婚指輪だけは欲しかった。夫にもしてもらいたかった。それまで近寄ったこともない宝石売場に二人してドキドキして立ち寄った。一刻も早く逃げ出したい感情を持って。三月に籍をいれる一ヶ月前。東京。私の指は霜焼けでむくんでいた。そのサイズであわせて買ってしまったペアリング。決して高くないけれど、二人で結婚指輪として選んだリング。普通、日付やイニシャルを入れるものだろう。それかファーストネームとか。だけど、普通でない私たち。相談して決めていた。リングの内側に刻む文字を。
 sunnyとside。
 キャンプ場の名前だ。そして夫が言った。「安芸子がsunny。俺はそばにいるside。」と。  ちょっと、胸がきゅん!となった。
 結婚して半年、むくみがとれた指には、ぶかぶかになってしまい、風呂掃除や洗濯をしていると、とれてしまうこともあるが、これこそ私の結婚指輪なのだ。そして、胎児の名前なのである。
 サニー。
 毎晩、毎朝、夫は私のお腹に手をおいて話しかける。「サニー、お父さんです」幸せを噛み締める瞬間だ。束の間、姑のことも我慢できるようにすら思える。束の間であるが。

【035 ふくれてきた腹】
 山形の妊婦友達を訪問。妊婦二人とその夫でキャンプとなった。広島出身の私がお好み焼きを伝授し、山形ならではの芋煮をご馳走になる。そして帰りには全員で喜多方ラーメンを。体重が気にならないわけではないが、うまいものは美味いっ!
 二泊三日で房総半島に帰ってきたときには、腹がはちきれんばかりに膨張していた。  妊娠しているからだけではないように思えるのだが、夫が太鼓判を押した。「間違いなく妊婦の腹だ」
 サニーもお好み焼きと芋煮と喜多方ラーメンを満腹食べてくれたんだろう。

【036 パパママ学級】
 山形の友人は、私より一ヶ月半早い妊婦生活をおくっており、すでに母親学級も経験していた。彼女の住む地域では「パパママ学級」と言って、「パパもご一緒に」と一言あるそうだ。しかし、平日の昼間に参加できるパパって少ないに違いない。そこで「大丈夫、一人で行くから」と参加したら、なんと、独り参加は彼女だけ。十数人いる参加者は皆、夫同伴だったらしいのだ。しかも、いつもは仕事が忙しくすれ違い夫婦というカップルまで仲良く二人で参加。彼女は大阪出身で言葉のハンデもおっているので、友達もいないのだろうと気をきかせた保健婦が二言目には、彼女の身を案じるような発言をして、とても可愛そうな妊婦と思われたことが辛かったそうだ。
 その話を夫にすると、夫は「俺、行こうか?君津の母親学級?」と心配してくれた。が、君津のは「パパママ学級」ではなく(私は、一度となく「ままはは学級」と言い間違えてしまったが)「母親学級」。「お父さんの参加もお待ちしております」と書いてあるが。だけど「母親学級」。もともと、そーゆー場は苦手な夫。一言申し出てくれただけで、私は十分。「いいよ。一人で大丈夫」と断った。
 断って良かった。十月末に第一回目の母親学級に参加したが、夫連れは一人もいなかったのである。

【037 戌の日の言い訳】
 さて、その母親学級に先立つこと数週間前、私は広島に帰省した。
 どーにも我慢ならない姑のこともあったし、戌の日の祝いを口実に広島の親に会いたかったのも真実だ。だいたい、姑は私の妊娠を把握していない。戌の日は五ヶ月にはいってからだってのに、九月と間違えているし。そもそもお祝いしようって気がない。いいよ、別に祝ってくれなくても。なんて言葉をはきながらも、私だって妊娠するまでは戌の日がなんたるものか知りもしなかったのだが。多産安産の犬にちなんで安産祈願をする戌の日。そんな日にかこつけて広島に返るわけだが、別に広島で神社にいくわけでもない。ただ、帰りたいのだ。これも情緒不安定の成せる技か?
 「千葉で出産するから、当分、帰れないだろうし」を口実に広島行きの飛行機をとった。夫は一週間で帰ってきてほしそうな顔をしていた。だけど、姑のことで私がおもしろくないのをわかっているから「せっかくだから、ゆっくりしておいで」と言ってくれた。その言葉に甘えることにする。だけど、夫と離れるのは、正直、心細い。

【038 妊婦の下着】
 三十五歳の誕生日。
 朝、夫におくってもらって空港行きのバスにのり、それから飛行機に乗った。一人で広島に戻り、一人で山陰の田舎町へも「里帰り」した。横に夫がいないけれど、独身のときよりも二人の気がする。
 実家にたどりつくと、新聞のチラシに「ベビーグッズ」が出ていた近所のスーパーに実母と繰り出す。腹帯代わりのサポーターや、妊婦用の下着、ヒップより前部分が大きいジャージなどを購入。
 それにしても妊婦用の下着はおもしろい。同じ女性として生まれても妊娠しなかったら知らなかった世界だ。お尻よりお腹のほうがでっかいパンツ。後に夫に「小学生みたいなパンツ」と形容されたへその上までかくれるパンツ。色気もなにもないパンツ。そしてホックが星の数ほどついているブラ。これなら少々のサイズの変化をまかなえる。さらに、それは「授乳もできるブラ」とやらで、肩紐のところから乳房を覆う部分がぺろんとめくれちゃったりするのだ。これは逆に夫の興味の対象にもなっていた。しかし、結局ブラはめんどくさくもあり、季節が冬になってくると、毎日ノーブラで過ごす私なのであったが。だって乳腺圧迫して母乳がでなくなったら嫌だし…なんて言い訳しながら。どっちにしても、しばらくは普通の下着はタンスの奥で眠ってもらうことになる。

【039 仲間の反応】
 山陰では、久しぶりのカヌー仲間との一夜を過ごした。不思議な時間の流れ。数ヶ月前までは、その中心にいたはずの自分が、その勢いに乗り切れずにいる。戸惑いすらある。それが寂しくもあり、安心でもある。これって、あれだろうか。「結婚した友達をは話があわなくなる」と思っていたあれだろうか。今、私の仲間達はそう思っているのだろうか?
 内緒にしていた妊娠も、このときに発表した。
 正しくは、告白する前にばれた、のだけど。
 私が戒厳令をひいていたばかりに、口をむずむずさせながらも、一生懸命黙っていた石田母娘の努力の甲斐もなく、まさか!と思った人の口からニュースはもれたのである。関東在住の一人のカヌーイスト。私も、まさか、この人からばれると思っていなかったから「内緒にしておいて」と言っておかなかったのだ。しかし、元をただせば、この人にばれたのも、石田母娘がうっかり関東で口を滑らせたカヌー仲間からであり、責任は彼女たちにあるのだけど。
 妊娠がばれて、一様に皆、驚いてくれた。
 「お前、本当に女だったんだな」
 「だけど、腹の中にはいってるのは人間か?」
 「僕は菊池君と温泉に入ったことあるから、僕の子かもしれない」
 これだけ話題提供できれば、私もサニーも大満足なのである。
 その頃から、腹もデカクなり始めていたが、腰や胸に脂肪が多いにつき始めていた。

【040 私の居場所】
 結局、広島には二週間滞在した。思えばここ八年間で、そんなに長期間実家に寝泊まりしたのははじめてだ。それにしても、夫に会えないのは寂しかった。辛かった。哀しかった。それなら、さっさと千葉へ帰ればいいものを。夫一人なら、すぐにでも飛んで帰るのに!
 そして、やっと、わかった。
 七年間暮らした山陰の田舎町への愛着もあるけれど、七ヶ月しか一緒に暮らしていなくても、房総半島の夫の隣が私の定位置なのだ、と。そこが、一番居心地が良い場所なのだ、と。
 もう、絶対に一週間以上、夫と離れないぞ。
 里帰り出産なんてもってのほかだ。

【041 三十五年前のオムツ】
 収穫もあった。
 我が実母によると、私は半年でオムツがとれたらしい。なんと動物を躾けるがごとくトイレに連れていき仕込んだらしいのだが。いろいろ出産話をきいていたら、母が押し入れから風呂敷包みを出してきた。
 「これ、あんたがしてたオムツだけど」と。
 うへっ、三十五年前のオムツ!
 なんと物持ちの良い母。半年しかしていないから痛みは少ないようだが、なにせ年代物。私の出産があと十年早ければ、まだ使えたかもしれないけれど。
 オムツを片手にカタマッテいると「ま、我が家には、もうじきオムツがいりそうな人が、もう一人いるし」と言う母。その視線の先には酔っぱらって寝ころんでテレビを見ている父の姿があった。…そんな、母さん。「父さんはまだ呆けないよ」とかばう娘でありたかったが、「呆けて寝たきりになっても紙オムツの方が楽じゃん」と返してしまった現実的な娘なのであった。ごめん、父さん。

【042 胎動】
 「自分のお腹の中に自分でない生物が生息している状態」を体験するには、映画「エイリアン」の登場人物か妊婦になる方法が考えられる。そして私は考える間もなく後者になってしまった。一年前までは自分が結婚するとも思っていなかったし、ましてや妊娠しようとは計画すらしていなかったのに。それどころか、わずか半年前までは「子供なんて大嫌いっ!私は子供はいらない!」と断言していたのに。それが、妊娠が判明するや否や即刻「産みたい」と心変わりするとは…。独身友達から「裏切り者」の刻印を押されても返す言葉もない。
 そして、妊婦になって五ヶ月半、ついに、その日がやってきた。そう、我が腹の中で胎児が動く日。もちろん、胎児はずっと前から腹の中で動き回っていたのだが。母胎にもそれが感知されるようになるのが、だいたい五ヶ月か六ヶ月らしいのだ。待ち望んでいた瞬間ではあったが、最初の胎動というのが、いまいちはっきりしない。「動いた!」と思うのだが、どうも自分の内臓のようにも感じられるのだ。
 私の場合、最初のその瞬間が、美容院でシャンプーをしてもらっている時だった。一瞬、ピクリ!と感じ「あ!」と思ったのだが身動きするわけにもいかず、黙って次なる動きを待っているうちにシャンプーが終わってしまった。その次に感じたのは映画館で、それこそ大声で「動いた!」と言うわけにもいかず、ましてや、それが胎動と言い切る自信もなく、そのままの姿勢でメル・ギブソンの青い眼を見ていた。
 まだ、広島の実家にいたので、その夜、夫に電話する。「動いたような気もするけれど、内蔵のような気もする」と。
 実際に、確信をもって、はっきりと「動いたぞ」とわかったのは、それから一週間後であった。千葉の夫の元に戻った夜のことであった。
 夫が手を腹に乗せたら、ぴくぴくくっ!
 これは間違いない。サニーだった。
 寝る前に横になり、夫が「腹、でかくなったなぁ」と溜め息まじりに腹に手をおいた時であった。まさに、それに反応するように動いたのである。おおっ、父親に最初の動きを見せるとはなんと父思いの子だ!夫も感激した模様だった。よし、この状態を維持して、沐浴もオムツ換えも夫にまかせるように仕向けていかなくては…と私が秘かに企んだ瞬間でもあった。
 それから、寝ころぶと良く動きがわかるようになった。夜中に腹帯がきつくてはずすと、待っていたかのように、どんどこ踊りはじめた。こいつ、アフリカ大陸の血が入ってるのかな?というステップで。それとも神楽を舞ってるのか?

【043 ぷぅ】
 その後も胎動は日に日に強く大きくなり、「我が腹に別の生命体が存在している」のを実感できるようになってきた。ただ、夕食を食べ過ぎた夜などは、ちょっと危険なのである。どうもお腹の中で何かが動いているのだが、それが胎児なのか、腸の中を移動しているガスなのか区別つかないのである。なんだか、おならが出そうな気配があるのだが、「ぷぅ」出ない。だから胎児が運動しているのだ…と思って油断していると放屁してしまったりするのである。いやはや。夫には「妊婦だから」と世の妊婦に叱られそうな言い訳をしているのだが、冬の布団の中のオナラは、そう…臭い。ごめん、夫。しかし、いつからだろうか、夫の前でオナラできるようになったのは?まだ新婚一年目なのに。これって、数々のアウトドア経験で野外トイレを堪能していた豪快さが成せる技なのだろうか?
 おならも困るのだが、トイレが近くなるのも困る。もともと一日のトイレ回数は多いほうなのだが、妊娠してから増える一方。出ないよりは出たほうがいいのだけど、腹が冷えないように妊婦用のでっかいパンツの他に腹帯やら何やらと厚着しているから、トイレに行くと時間かかってたまらない。その追い打ちをかけるかのように、胎児が腹の中で膀胱を蹴ったりしてくれる。「頼む、膀胱を圧迫するのだけは勘弁してくれ」と言ってみるのだが、我が子は聞き分けなく蹴り続けてくれる。くっそー、覚えてろよ、生まれてきたらオムツ換える時にくすぐってやる!夫は大のくすぐったがり屋(指を曲げて「こちょこちょ」と言っただけで身をよじらせて笑う程)なので、我が子もそうに違いない。楽しみだ。

【044 天才児】
 以前は「はる」を生んだ夢をみたが、今度は「こうへい」だった。夢の中の彼は天才児で、生まれて四日で歩き、一歳で小学校に入学していた。なぜかアメリカのナショナルチームでサッカーのオリンピックにも出場していて、カヌーですげぇ滝落ちしたあと、その滝を登ってまでいた。すごい夢だった。そして、夢の中の「こうへい」は夫と同じ位置の髪がはねていた。ああ、遺伝子。

【045 一ヶ月で三キロ】
 六ヶ月検診。
 産婦人科では相変わらず待たされる。診察は九時から始まるのだが、九時に行くと、「ただいま分娩中」の札。それから四十分後、ようやく先生が診察室に戻ってきた。思えば、先生も大変だ。休む暇ないだろう。さらに待って十時に尿検査をすませ、十時半に体重と血圧を計る。
 この体重が…。
 一ヶ月で一気に三キロも肥えてしまっていた!
 思わず「うへ」と口走ると、看護婦さんが厳しく一言。「これから三ヶ月太っちゃ駄目ですよ」
 「はい。気をつけます」
 「はじめての妊娠?」
 「はい」
 「それならなおさら」
 「はい」
 元は五十六キロだったのだから、すでにプラス六キロ。
 先生に診察してもらえたのは、それから有に一時間は過ぎていたが、空きっ腹をかかえて帰宅し、めいっぱい昼御飯を食べたのだった。

【046 恥ずかしい単語】
 初の母親学級。参加者のほとんどは初産を迎える人々。しかし、皆、年下に違いない。  二度目の母親学級。妊婦体操なるものを習う。
 三度目の母親学級。助産婦さんなる人が登場。まるで高校時代の家庭科の授業を思い出させるような展開だった。しかし、妊娠関係の本にしても会話にしても、けっこう恥ずかしい単語が連発されてくる。それを平常心で聞き流してしまえるのは妊婦の技なんだろうか。あられもない格好で診察してもらい、出産するのだから、それくらいのこと、ほんと、屁みたいに感じてきてしまう。妊婦は動物だ。

【047 夜中のトイレ】
 つわりが落ち着いてから遠ざかっていたトイレだが、やはり夜中に三度以上もトイレに起きるようになった。なぜか眼が覚め緊急にトイレに駆け込みたくなるのだ。しかし、トイレにいって便器に腰かけたところで尿は申し訳なさそうに、ちょろちょろ…としか出ない。それでも、実際に便座に腰かけるまでは「やばい!」と思えてしまう。これって膀胱炎の症状なのだろうか?それとも夜中に何度も眼が覚めてしまうのは、出産後の授乳の練習なのだろうか?
 昨夜も二時間おきに眼が覚めてしまった。不規則な生活をしていた独身時代は、寝ていて眼が覚めることほど大嫌いな現象はなかった。それが遠くから聞こえてくるバイクの音や階下の住人の物音だったりしたら不機嫌度は増す一方。普通に朝になって眼が覚めるのも嫌だったのに。しかし、妊婦の今、夜中に眼が覚めるたびに朝が待ち遠しく思える。少なくとも、朝になれば夫が起きて何か笑わせてくれる。
 トイレからベッドに戻って熟睡している夫をつついてみる。
 「うーん、どうした?」
 「ん?なんでもない」
 「そっか。ごめん」
 こう言うとき何故か謝る夫。起こしたのはこっちなのだから、こっちが謝らなければならないのだけど。やっぱ、寝ぼけている。かわいい。きっと、朝になっても夫は何も覚えてないに違いない。すやすやと睡眠の世界に戻っていく夫の寝顔を見ながら平和な気持ちになる私なのであった。
 だが、これがトイレだけでなく、腹がはったりして起きて眠れなくなると、こんな平和な闇は過ごせない。
 あーん、腹がはるよー、腰が痛いよー。ベッドの上に起きあがっていると、ときどき夫が起きて腰をさすってくれたりするのだが、それが申し訳なくも思えてくる。だから「いいよ、寝て」と言うのだが。そのとき、何が腹立つって、相も変わらず、隣室から響きわたって聞こえてくる姑のイビキなのであった。

【048 夫と胎児の会話】
 夫が毎晩寝る前と、毎朝起きる前に、お腹に手をおき「サニー、お父さんです」と話しかけてくれるようになったのは、けっこう初期の頃からだった。妻としては、なんとも言えない幸福な気持ちになったりするものだ。夫の手はでっかく(指もでかい。夫の小指と私の人差し指が同じサイズなのだ。私は決して小さい手の持ち主ではなく、どちらかと言うと指も長いほうだ。Fコードこそ苦手だったがギターだって弾いていた。さすがにバスケットボールを片手で持てなかったが、それは手の大きさより握力の問題であろう。)そう、夫の手はでかく、そして温かい。夫の手がお腹におかれると、ぽっかぽかいい気持ちになる。
 夫はそうやって、夜には一日の出来事を語りかけ、朝には今日の予定を告げる。ときどき、「サニー、お母さんには内緒なんだけど」と私に聞こえるように心の内を語ってくれることもある。そんな時は、私もかかさず「サニー、お父さんは知らないと思うけど」と前置きして腹に話しかける。腹の中で胎児は「お前らさ、俺をまきこまないで二人で話してくれよ」って思ってるに違いない。
 さて、夫は日課のようにそうやって話しかけてくれるのだが、夜、眠くてたまらないときもある。そーゆーときは眼が真っ赤に充血していて、無理してるのがばればれ。だったら静かに寝かせてあげればいいのだけど、夫にちょっかい出したい妻は小声で(しかし、夫には聞こえるくらいの小声だ)「サニー、お父さんは今日眠そうだから寝かせてあげようね」と言うのである。すると夫は一生懸命に眼をあけて手を腹においてくる。「サニー、お父さん、今日は眠いんだ。また、明日の朝、電話するから」
 え?
 次の瞬間には、もう寝息をたててすやすや寝ていた夫であった。そうか、そうなのか、お前達は内線電話で会話していたのか?
 翌朝、夫にそのことを告げるとゲラゲラ笑いながら、夫は腹に手をおいた。「もしもし、サニー?」サニーは携帯電話をもっているのか?いつ契約したのだろう?通話料は誰の通帳から自動引落しされてるんだろう?

【049 マッサージ】
 サニーと会話してくれる他に、ほとんど毎晩、夫がしてくれることがある。それはマッサージ。両足の裏と肩と腰。とーっても心地よい。最初の頃は「いいの?疲れてるんじゃないの?」と遠慮しがちな私であったが、これが、だんだんと図にのってきて、夫の腕を肩にのせ、催促するようにまでなってきた。いや、心の中では「申し訳ない」気持ちでいっぱいなんだよ、ほんと。でも、やめられない。だって気持ちいいんだもん。そう、夫の手で気持ちよくしてもらう方法はいくらだってあるのだ。
 母親学級で一緒だった妊婦たちは口をそろえて「夜中に足がつった!」と叫んでいたが、私は、この夫マッサージのおかげか、まだ足つらない。その代わり、夫の手がつってたりして。

【050 アカデミー賞よりすごいこと】
 三十路半ばで独身で人生を謳歌していた。自分の食いぶちだけを稼ぎ、余裕があってもなくてもカヌーや登山を楽しみ、好きなときに呑み食いしていた。「結婚してる友達が不自由でかわいそう」とまで思っていた。そんな私が結婚・妊娠。日曜日の公園で親子連れを目撃しては、ああ、私もこうやって一般の人々に紛れ込み、おちぶれてゆくのね…と我が身を哀れんでみた。そう、かつては芥川賞を受賞する予定で、その後はアカデミー賞主演女優賞までとる予定だった私が。一般的な主婦として出産することを幸せだとかみしめるように「なりさがった」のだと。
 いや、待てよ。芥川賞は妻となり母となっても取れる。そして、アカデミー賞をとる女優になることより、妻となり母となる方が大事業かもしれぬ。そう、あのジョディ・フォスターだってアカデミー賞とって、人工授精で妊娠して母にはなったけれど、妻にはなっていないではないか!だったら、母とアカデミー賞女優という二つの座を持つジョディと、妻と母という二つの座を持つ私ってば同等じゃん。一般的な主婦に「なりさがる」のでは決してなく「なりあがった」んじゃん!
 なーんだ、母になるってすごいことじゃん。

【051 兄貴一家】
 兄貴一家がベビーバスなどのお古を持って遊びにきてくれた。七歳の長男と二歳の長女のいる兄貴一家。この二人が兄貴の子供らしく、まさに、じっとしていない。彼らに会うと溜め息もでてしまう。ああ、子育てって大変。
 でも義姉をみていると、それなりに楽しんでいる様子。これには、かなり、ほ。

【052 ベビー服】
 義姉からもらったベビー服のおふる。二歳の姪が愛用していたもの。七歳の甥が着用していたのを覚えている服もある。思い出の服。いいのかな?私ならとっておきそうだ。そして押入がいっぱいだって?そう言えば実母は何着かとっているに違いない。なんてったってオムツをとっていた人だ。
 天気の良い日、肌着を漂白して洗濯して干してみた。うっへー、ちっせー!まさに夫の手のひらサイズ!そう、何度も言うが夫の手はでかい。彼の小指と私の人差し指が同じサイズ。それにしても小さいベビー服。が、ここにも変化があった。これまでデパートやスーパーの子供服売場を通っても全然「かわいー!」なんて思ってもいなかったのに、突然、「かわいい!」とベビー服を抱きしめて頬ずりしたくなったのだ。恐るべし野生の母性本能!

【053 チャイルドシート】
 チャイルドシートの着用が法律で定められるようになりニュースで報じられていた頃、それは他人事だった。結婚してないし、子供なんて作ろうとは微塵にも思っていなかったからである。それは夫も同じだったらしい。そして、妊娠が判明して、なによりもまず必要なのはチャイルドシートと二人とも思った。だって、山や川へ出掛けるのが大好きな我々二人。乳児連れでも休日は車でお出掛けってのが当たり前のようにも思える。そこで、店頭やパンフなどでチャイルドシートを見て、たまげた。
 たけぇーっ!
 市役所では格安や無料で貸出もしているらしい。そりゃ、チャイルドシートを買えない家庭だってあるだろう?それなのに法律で決めているんだから、そんな家庭の子供は車に乗っちゃいけないってことになるじゃんか。ところが、市役所のチャイルドシートは長い予約待ち。しかも生まれてからでないと申請できず、万が一うまく貸し出されても半年で返却しなければならないらしい。意味ないじゃーん。
 これは、血の汗流して働いてでも自分たちで購入せねば。さすが、私は、貧乏なくせに三度の飯を二度にして子供をつれて山登りしていた両親の娘である。どこにもいかず家で大人しくしていれば金を使わないですむわけだが、それでは身体が腐ってしまう。嫁入り道具として島根からドライブしてきた我が愛車デミヲは、チャイルドシートをつけて走行するにもってこいの車種だと思う。夫の愛車ダットサンのピックアップトラックでも、そりゃ、いけないわけではないが。
 だけど、4WDにチャイルドシートって、なんだか、とってもワイルドだ。それでも、その4WDでお出掛けのときは、そっちに付け替えねばなるまい。そこで、ふと思った。島根の田舎の家庭に一台は必ずあった軽トラ。軽トラにチャイルドシートをつけて走行している人、いるのだろうか…と。あるいはツーシーターのスポーツカーに…。見てみたい、そんな車。

【054 三億円】
 君津市で母子手帳をもらったとき、何枚か検診の無料券がついていた。血液検査の無料券とかと一緒に。その中に「三十五歳以上で初産を迎える妊婦に限り有効」な超音波無料券があった。ラッキー、私は三十五歳。これは使える。保険のきかない検診費はけっこう痛い出費なのだ。ま、ラッキーなだけでなく、そのくらいの年齢になると出産にも危険が増しますよ、だから検査を無料でサービスしますよ、ってことなんだろうけれど、そんなことより目先の検診費。ラッキーに他ならない。
 この話を悪友にした。彼女は三十路を越えたものの、まだ三十五歳にはなっていない。よく夕暮れの川原でビールを呑みながら、「宝くじで三億円当たったらどうしよう」と悩んでいた悪友だ。そんなん当たってから考えても良さそうなものだが、彼女曰く「当たったらそれどころじゃないから、今のうちから計画たてておかなくっちゃ」。彼女のプランでは三億円のうち一億円は日頃迷惑かけている両親に、一億で外国に土地を買い、あとの一億で遊ぶ…。これではとても具体的な計画とは言えないのだが、ま、こんだけ考えていれば、あとは当たるのを待つだけである。
 また、彼女は「結婚はどっちでもいいけれど子供は欲しい」派の一人でもある。だが、今日の日本では、まだまだシングルマザーの立場は弱い。出産も子育てもお金がかかるというのに、シングルマザーでは仕事もままならない。そこで、彼女の新しい三億円プランが練り上がった。「私、三億円あてたらシングルマザーになるわ」働かなくても、二十四時間子育てに専念しても食っていける三億円。
 そんな規模の会話をしながら、三十五歳以上で初産は超音波検査無料券が一枚ついてくることに異常に反応する悪友。「へー、いーじゃん、私も三十五歳すぎてから出産しようっと」
 それにしても検診費は高い。後でほとんどは返ってくるといっても分娩費も高い。加えてマタニティ・グッズも、ベビー用品も高い。長期間使わないのに値がはるものばかり。でも揃えないわけにはいかないから、買ってしまう。どうも足下をみられているような気がする。悔しい。
 少子化を問題にする前に、妊娠・出産・子育てにかかる費用を減らす努力を日本政府に求めたいと、よく耳にするが、それが駄目なら、妊婦に三億円当てさせる機会を増やしてほしいもんだ。

【055 子育ての心構え】
 妊娠してから周囲から「当分、遊べなくなるね」と、なんだか哀れんだ声をかけてくれるが、そんなものなのだろうか。うん、きっと、そうに違いない。私だって、子育てしている友達を見て「うへー、大変!私はしたくなーい」と思ってきたのだから。
 だが、待てよ。
 そう、妊婦はここで待ってから熟慮することを覚えた。
 子育てで遊べなくなるのだったら、子育てそのものを遊んでしまえばいいのではないか。  オムツを換えるのも、お風呂にいれるのも、乳をやるのも、ぜーんぶ遊びだと思ってしまえばいいのだ。そう、私の子供だ。私がくすぐろうと、笑わせようと、文句を言うのは夫以外にいまい。その夫だって、私に負けずに子育てを遊びにしてしまいそうだ。
 ふっふっふ、怖いものはない。いつでも出てこい、胎児。
 きっと、腹の中で我が子は怯えているに違いない。

【056 高齢出産の不安】
 世にあふれる出産本を読んでいると、励ますつもりで書かれていることが、逆に気が滅入る内容なのもある。それが、ずら〜りと並んだ妊婦の病気とか、子供の障害とか、わけのわかんないカタカナの病名が書いてあったりするコーナーだ。こんだけ病気や障害があるんだったら、我が子が健康に生まれてくる可能性はゼロに等しいのではないか?と落ち込んでしまう。それでなくても三十五年間、健康をかえりみずに生活していた我が身。タバコこそ吸ったことないが、飲酒は大好きだった。(妊娠してからは「控えて」いるが)それに牛乳嫌い。高校生くらいまでは牛乳は水代わりに飲んでいたのだが、どうも大人になって駄目になった。飲むと「うえっ」っと出てきてしまうのだ。それでも我慢して飲むとお腹がごろごろごろ…。トイレへ。それでも妊娠が判明してからは朝コップいっぱいは飲むように努力してきた。そう、薬だと思えばいいのだ。牛乳さんには申し訳ないけれど、しかめっつらして飲み干して、水で口をゆすいだりして。でも、そんなことしても手遅れだったら?あれこれ考え込んでしまう。何らかの障害をもって生まれてきたら?生まれてきても病気があって生きることができなかったら?いや、それよりも、生まれてこれなかったら?さまざまな不安がよぎる。なんてこったい。
 心配し始めるとキリがない。
 だから、キリをつけて前向きに考えてみることにした。例えば、私は三十五歳だ。それだけで、いろいろな可能性のパーセンテージがあがってくるらしい。加えて、私はパソコンの前に座り、電磁波を受けながら仕事をしている身だ。電磁波って胎児に影響があるかもしれない。だが、それは悪影響とは限らないではないか!
 電磁波を受けて天才児として誕生してくるかもしれない。
 生まれて四日目には歩き、七日目には喋り、十日で一人前に生活できるようになる。  いいじゃん。
 夫も私も「自分のことは自分でできる子」に育てたいと思っている。
 夜中に「おぎゃあ!」と泣き出しても、「なに?おしめ?自分でかえなさい」と言うと、おとなしく「ばぶばぶー」と言いながら、自分でオムツを換える。その一時間後、また「おぎゃー」と泣いたら、「なに?ミルク?じゃ、自分で作って」と言う。すると、起きあがって台所にいって「ばぶばぶ」と言いながら自分のミルクを作り始める。そんなときは、すかさず言ってやるのだ。「おかあさんにコーヒーもいれて」と。きっと「ばぶばぶ」と言いながら、おいしいコーヒーをいれてくれるに違いない。いいぞ。夢広がる生活。

【057 H】
 妊婦は性欲が衰えると数多くある「妊娠出産本」に書かれているが、全ての妊婦があてはまるわけではなかろう。確かに、以前に比べて「したい」と思う回数は激減したのは事実だ。しかし、それを夫に気取られるのも悔しい。夫の様子をチェックしながら、それ相応に楽しんでしまう。「迫ってくる夫を拒否した」とか「したくないのにした」とか「手でしてあげた」とか「演技した」とか物の本にはいろいろ乗っていた。ふむふむ。そして私はと言うと…夫もこれを読むであろうからここでは告白できない。

【058 体型の変化】
 「妊娠すると胸がでかくなる」
 これが私をわくわくさせた。かつて二十歳の頃、そう、まだ、ぷくぷくしていた女子大生の頃、私の身体にも一応「バスト」と呼ばれるが部分があった。誰も信じてくれないが本当だ。当時、悪友と一緒に自主製作映画を撮っていたが、そこには「走ると揺れる私の胸」が写っている。(注:そういう映画を作っていたわけではないのだが)だが、いつの間にか体重が減り、気が付いたら胸は貧相にぺったんこになっていた。同時に肩こりもなおりはしたのだが。以後、どんなに太ろうと、一度失った胸部は豊かな組織を戻してくれることはなく、望んでもいない箇所(例えばお腹、お尻、背中、二の腕、あご等)にお肉がつくばかり。三十路を越えてからは努力することもやめた。貧乳でも、どうせ困る人間はいない、と。しかし、これがいたのである。まず、我が夫。ま、巨乳が好きなら、私と結婚しようとは思わなかったかもしれないが。前にも書いたが、夫の手はでかい。だから、決して私の胸が小さいだけなのが原因ではないが、なんか、こぉ、「ごめんね」と謝りたくなる。
 しかーし!
 膨らみはじめたのだ、我が胸部!
 妊娠が判明して数ヶ月。ある日、ブラがきついな…と思った。夫に報告する。「胸、でかくなったと思わん?」当然、腹もでかくなってきているのだが。「そだね」やさしい夫は同調してくれた。少なく見積もってもワンカップ上をいくサイズに成長している。やった!このまま大きくなり、出産して、うまく母乳が出るようにがんばれば、巨乳だって夢じゃない!ま、妊婦の胸なんて美しいと言うよりグロテスクで動物っぽいのだが。それでも嬉しい。あの揺れる胸部が戻ってくるのは。どうせ、授乳期間が終わると消えてなくなるとは言え。ああ、女に生まれて良かった。
 胸もだが、腰つきも丸くなってきた。どうも、お腹が出ているというより、背後からみて、お尻や腰に肉がついてきたように思う。待て、これは、ただの肉か?妊娠とは関係なしに、ついてしまった肉とか?だって、妊娠が判明して以来、ウエストを締め付けないような服ばかり着ている私。お腹だって、のびのびと大きく膨張している。うーむ、これって、生んだあとも体型そのままってパターンなのか?夫には「出産後は、出産前よりスマートになってみせる」と宣言していると言うのに。うーん、どうしよう。ま、それはまた出産後に悩むことにしよう。

【059 内診】
 超音波写真を数枚並べて夫に見せていた。六ヶ月半の今、手元には四枚の超音波写真がある。なんだか、わけわからん白い物体写真から、一枚に身体全部が入りきれないくらい成長し、背骨までくっきり写っているものまで。その成長具合を夫に見せていた。
 「この写真からこっちは、お腹の上から撮った写真だよ」
 何気なくそう言ったとき、夫は「え?」とカタマッタ。
 これは、お腹の上から撮った写真…?じゃ、これは、どうやって撮ったの?と。
 「んーっと、胃カメラみたいな奴を先生が突っ込んで」
 「…どこへ?」
 「…あそこへ」
 そんな顔するなよ、夫。私だって好きこのんで撮ってもらっているわけじゃない。
 複雑な表情の夫は小さな声で言った。「変な気持ちにならない?」
 「ならない」即座に否定した私なのであった。
 やっぱ、夫ってこーゆーものなのかな。心配や嫉妬してくれているようで、ちょっと恥ずかしいけれど嬉しかったりする反応でもある。だけど、あれだな、やっぱ、我が夫には立ち会いはやめてもらおう。うん。

【060 エンドレス情緒不安定】
 やっぱ、どうも、妊婦は情緒不安定になるらしい。もともと情緒不安定だから、かえって落ち着いた安定しきった情緒の持ち主になれるかと思ったら、やっぱ、そう甘くはなかった。
 些細なことで涙ぐんでは夫を困らせてしまう。
 姑のこと、
 家のこと、
 姑の言葉、
 家事、
 姑の態度、
 家…え? 全部、同居の姑のことだって? そう、まだ続いていた。同居の姑の一挙一動、全につっかかってしまう。そして、それを妊娠のための情緒不安定とは呼びたくないのだが、姑がそう思っているのは確実だった。それだけで、もう悔しくて涙が出てくるほどの情緒不安定だった。まだまだ、この不安定はおさまりそうにない。

【061 痔の恐怖】
 妊婦は便秘になりやすいらしいのだが、生まれてこのかた便秘知らずの私は、妊娠しても快便が続いていた。朝起きて朝食をとり、新聞を読みながら、ゆっくりコーヒーを飲んでいると、自然ともよおしてくるのである。これは実母譲りの体質で、こればかりは両親に感謝するばかり。夫も便秘知らずの身。ってことは、我が子も便秘知らずで私たちに感謝してくれるに違いない。
 そんな便秘知らずの私が、一日だけ出てくるのを嫌がった便を無理矢理押しだそうとしたために、痛い目にあってしまった。そう、排便とともに出血したのである。つまり、切れちゃったわけだ。
 えーっ!
 ペーパーについた鮮血に私はおののいた。も、もしかして、これは痔!つひに、私も痔主?
 夫に告白してみると「それだけなら痔とはいわないんじゃない?俺もときどきあるよ」なんだか慰めになっているのかどうだか。
 幸いにも、その後、それはおさまり、今はなんともない。このままの状態が続くことを祈るのみである。「出産時に痔がでることもある」という一文は目にはいらなかったことにする。こわいよー。

【062 消えゆく恥じらい】
 陣痛。それはあまりにも痛いらしいが、実はそんなに恐れてはいない。だって、子供を生んでいる人は経験していることなのだから。(帝王切開や他にも出産方法はあるけれど)そして、この世の中には出産経験者はわんさといるのだから。それよりも、ドキドキしてしまうのが、次の三つだ。
 浣腸。剃毛。そして会陰切開。
 最初の二つは妊娠経験のない方でも理解できるであろう。三番目のそれは、私も妊娠するまで事実を知らなかった。いや、耳にしたことはあったのだが…。つまり、出産時にあそこが裂けちゃわないように、事前に切り込みをいれるって行為だ。…想像するだけで、あの、その、しどろもどろ…。陣痛でそれどころじゃないとは言うが、なんだか、恥ずかしい。恥じらっている場合ではないのはわかる。だが、内診同様に平気な顔でのぞめるだろうか、その現場に。
 なんて、戸惑っていたが、母親学級に出て気が付いた。だんだんと、過激な単語や言葉に平気になっている自分に。
 おっぱい、乳首、乳頭、乳輪、尿道、膣、肛門…。
 ちょっと前までは、なかなか素面では言えなかった単語だ。それが、日の高いうちから、真面目な話の内容として、ぼんぼこ出てくるのである。そして、聞いているうちに、読んでいるうちに、だんだんと平気に言えるようになってくるのである。出産経験のあるオバチャンが恥じらいなくなるのもわかる気がする。

【063 胎児との意志疎通】
 ぼんぼこお腹を蹴るように動くサニーと会話するように、腹の上から、ぽんぽん!と軽く叩いてやることがある。すると、嬉しそうにサニーから返事が返ってくる。
 こりずに、また、ぽんぽん。
 すかさず、ぼんぼこ。
 ぽんぽん。
 ぼんぼこ。
 数回続くと、なんか、こぉ、胎児と会話しているような気になって、顔がにやけてくる。でも、もしかしたらお腹の中ではサニーは「うるせえんだよ、叩くのやめてくれよ」って抗議でぼんぼこしているだけなのかもしれない。

【064 おっぱいマッサージ】
 お風呂でおっぱいマッサージを始めた。
 ベビーオイルを買ってきて、母親学級で習った通りに。入浴時間がちょっとだけ長くなった。夫が興味津々で「どんなことすんの?」顔をしている。「俺がやってやろうか?」とも。
 これこれ、君がすると、別の方向に行ってしまうだろ?
 そう言えば、ちょびっと胸がでかくなったと盟友シャロンに報告したとき、彼女がすかさずメールを返してくれた。「その、ちょびっとデカクなった胸は赤ちゃんのものだと夫君に伝えてくれ」と。
 そう、これは残念ながらサニーのもの。ま、ときどき、サニーから貸してもらってね、夫。

【065 台所の夫】
 日曜日の朝はホットケーキ。これは夫が自ら作ったメニュー。そう、彼が日曜の朝は朝食を作ってくれるのだ。これに甘えてしまった妊婦。安定期にはいった頃、転職した夫は、一ヶ月ほど求職期間が続いてしまった。家にいる夫は、なんかこぉ身の置き場がないようで、台所の掃除はしてくれるわ、ちょっとした家事もしてくれるわ、なんと昼御飯や晩ご飯まで作ってくれるようになるわ…で、申し訳ないような、それでいて、ラッキー!と思う妊婦なのであった。しかし再就職が決まった今、かつての早起き弁当作りと、日常の家事が私を待っている。

【066 妊婦多い】
 それにしても周囲に妊婦が多い気がする。「それは、自分が妊婦だからそう見えるだけだ」と言われてしまえばその通りなのだが、それでも友人の中に何人妊婦がいるだろう?夫の知人にも多い。産婦人科にいっても、相変わらず妊婦は多いし。ミレニアムベイビーや二十一世紀ベイビーって意識されているのだろうか。それなら、そんな目的意識なしにできてしまった我が子はどうなる?

【067 親としての心配】
 母親学級で一緒になった数人と子育て論で盛り上がった。幼稚園児の中にすでに派閥がありイジメがあるとか。心配で毎日授業が終わるまで一緒に小学校に行く親がいるとか。確かに、今のままの日本の学校教育機関に我が子を預けるのは、ちと不安だ。いっそ、夫と三人で山にこもって自然の勉強でもさせようか。本屋で問題集かってきて教えれば学習にも問題ないわけだし。…って育てると、変な子になっちゃうんだよな。どーしよ。

【068 男?女?】
 さて、男の子と女の子とどっちが欲しいか?と問われると、ちょっと前までは、間髪おかずに「男の子!」と答えていた。女の子であった自分も、ずーっと男の子になりたいって思って育ってきたし。(妊婦となった今は、女の子で良かったと実感しているが。)だって、野球の選手になれるし、カヌーしてて川原で立ちションもできる。やっぱ、男の子がいい。自分そっくりの小生意気な女の子と一緒に暮らすかと思うと、ぞっとする。姑が「女の子の服を買いたい」なんて言うのをきくと、ますます男の子が欲しくなる。たとえ女の子が生まれても、そんなふりふりのついた服なんか着させたくもない。我が母がそうだったようで、私も兄貴のお古で育ったもんだ。やっぱ、男の子だ。一緒に山や川で遊ぼう。高校生くらいに成長して、野太い声で「母さん」とも呼ばれたい。夫も男の子希望と言う。そりゃ、山や川に連れていきたいし、バイクにも乗せたいのだろう。それとも女の子の扱いがわからないのかもしれない。
 なんて男の子ことばかり考えていたが、義姉と姪を見て、あ、女の子もいい…なんて思ってしまった。男の子のように乱暴でないし柔らかい。食費もかからないであろう。夫と私の希望する「山や川に連れ出して遊ぶ」のも、女の子だっていいわけだ。そう、幼少の私を連れ出した我が両親のように。うん、結局、どっちでもいいじゃん。よって、性別は生まれるまできかないでおこう。そのほうが楽しみだ。

【069 へびどし母子】
 今年三十五歳というからには、二十一世紀最初の年に三十六歳という年女な私。先日、久しぶりに同級生に会った。実家が近所で小学校から高校まで一緒に通学し遊んでいた友人だ。彼女は二十代前半で結婚し今は小学生の母親。PTAの役員になって忙しいと言っていた。不思議なもんだ。ついこの間まで自分たちの母親がPTA役員で、私たちは児童と呼ばれる立場で面倒みてもらっていたのに…。子供会や祭など行事が目白押しで大変そうな友人との会話に、十年後の自分の姿を想像してみた。お腹の子が生まれて小学生になっている十年後。去年までは「他人事」だと思っていた世界が身近に迫ってきている。友人は友人で「十年たったら、うちは就職や結婚で忙しくしてるのかなぁ」と想像していた。友人の娘は小学六年生。三月生まれなので年が明けたら十二歳になる…と聞いて「ん?」と反応する私。
 「もしかして、へびどし?」
 「そう、私たちと同じ巳年。うちは母子そろって巳年なの」
 「うへ」だって、我が腹の中の子も三月出産予定だから巳年。「うちも母子そろって巳年」
 母親同士は同級生だけど、子供は一回り違う巳年。なんてこったい。
 そう言えば数年前に一回り年下の巳年に同級生と思われたこともあった。若くみられたのは嬉しい気もするが、ちと悔しくもある。落ち着きのない三十代って思われたことになる。そこで一緒に一回り下に見られた同級生(盟友シャロンだ)との発案で、職場にいたもう一回り上の巳年と、クラブを作ることになった。「へびどし」のクラブ。その名も「にょろりクラブ」。活動方針は「くだをまく」!
 母子そろって「にょろりクラブ」会員となる我が菊池家。母子そろって「くだをまく」に違いない。そうなる覚悟ができているのだろうか、亥年生まれの夫は平和な表情で来年の年賀状に「へび」をデザインして準備している。ごめんね、夫。うだうだ言うに違いない母子となるのを許して。

【070 いとこ誕生】
 私の兄には七歳の息子と二歳の娘がいる。夫の妹には四歳と一歳の息子がいる。だから、すでに二人とも「おじちゃん・おばちゃん」であり、サニーには生まれる前からイトコがいるのだが、もう一人イトコが誕生した。夫の弟夫婦に女児が誕生したのだ。そろそろ予定日…と思っていた明け方。四時半、電話がなった。義弟からだった。「これから病院へ行くから!」
 隣室で眠っていた姑を起こして報告。「今から病院だったら早くてもお昼かな」初産は通常十時間以上らしいから。
 ああ、これも恐怖なんだがな。十時間耐えず陣痛ってわけじゃないけれど、それでも長いよ十時間、何本映画が見られるだろう!
 まぁ、今回は私の陣痛ではないから、もうひとねむり。すると六時半にまた電話がなった。義弟からだった。「生まれた!」え!嘘っ!病院にいって二時間で出産!
 あとで義妹に聞いたのだが、夜中に大便に行きたくなったらしい。それでトイレに行ったのだが、なーんか違う気がして、ちょっと待って「もしや?」と病院へ行ったら、すでに子宮口は六センチ。十センチで出産へ臨むのだから、けっこう、すすんでいたわけだ。それからは、浣腸する間もなく、あっというまにすすんだらしいのだが、開口一番「痛かったよ、やっぱ」ああ、そうか、やっぱ、痛いのか。それでも、痛いのかー!
 サニーいとこ誕生のニュースに、その夜見た夢は、私自身のイトコが出産する夢だった。わかりやすい体質の私。サニーもお腹の中でたくさん動いていたように思える。腹の中からでもイトコ誕生ってわかるのかな?

【071 世間渡るぞ】
 サニーのイトコは姑にとっては初の女の孫。可愛いに違いない。これで私がどっちを産もうといいわけだ。ほ。助かった。義弟のところへ一週間ばかり泊まり込みに出掛けた姑を送り出して、さらに、ほ。
 再就職した夫の仕事が落ち着いたら近所にアパートを探すつもりだが、万が一、このまま同居を続けるとなったら、私は鬼嫁になるぞ。「おかあさん、ちゃんと雑巾あらってください」「おかあさん、この茶碗、まだ汚れてます」「おかあさん、家の中に植木をいれるときは泥おとしてください」「おかあさん、脱いだものをそのへんに置いとかないで」「おかあさん…」それこそ、姑が「頼むから出ていってくれ」と泣きついてきたくなるくらいに。ふっふっふ、めざせ、鬼嫁。世間を渡ってやる。
 三人の子供を生んだ姑にはサニーは四番目の孫。しかし、私たち夫婦には初めての子供。子育てには神経質にもなるだろう。姑には手出しさせないぞ。そう、私は鬼嫁。
 情緒不安定は終わる様子をみせない。

【072 七ヶ月妊婦の願い】
 うつぶせで眠りたい。
 妊娠するまで、うつぶせでないと安眠できなかった私。さすがに腹がでかくなってきてからはできなくなった。横に向いて眠れるようにもなったが、ああ、やっぱ、うつぶせで眠りたい。雑誌とかうつぶせで寝ころんで読みたい。
 それからジーンズはきたい。すでにクローゼットの奥にしまいこんだが、かつてはいていた細目のジーンズが目につくと、思わず手にとってぼーっと眺めてしまう。ああ、ジーンズはきたい。
 そして自転車のりたい。夫と一緒に乗る予定にしていたMTB。玄関で埃かぶってる。出産してもすぐには乗れないだろうし、まさか、子供をおんぶしてMTB乗るわけにもいくまい。
 うつぶせ寝、ジーンズ、MTB。
 ささやかな七ヶ月妊婦に夢。

【073 体力は何処?】
 体重増加をふせぐためと体力作りをかねて、一時間のウォーキングを日課とした。ウォーキングったって散歩レベルだけど。しかし、昼間も夕方も、ここんとこウォーキングしている人多い。大半は中高年。帽子を目深にかぶり、ぴっかぴかの白いスニーカーをはいて、腕を元気良くふって歩いている中高年。しかもアスファルト道を。かつて暮らしていた山陰の田舎町では見られない光景だ。歩いていたら「どしたんや?乗せたろか?」と必ず誰かが車で声をかけてくれる世界。好きこのんで歩くなんて考えられない。これこそ都会の風景だ。
 そんなウォーキングする中高年にまじって高年齢妊婦も歩いてみる。けっこう調子良いときもある。歩き出して五分で腹がはってくる日もある。休日の夫と連れ添って歩くと調子悪くてもご機嫌。
 夫はジョギングを日課としている。…いや、独身時代はしていたらしい。仕事から帰って毎夕。休日ともなると二〜三時間走っていたらしい。ぐうたらな私から見れば、なんと、物好きな…と思える行為だが。かつて完走直前で体力不足のため事故ってラリーを断念した経験をもつ夫。いつの日か、また、ラリー出場できる日を夢みて、体力を落とさないように努力しているのだ。えらいっ!
 だが、二十代最後の年を迎えた身体は、けっこうボロボロ。膝も壊れているようなのでサポーターを買ってあげた。それを膝につけてウェアを着込み「ジョギンガー!」と変身して今日も走って行く。
 それに比べ…。家の階段を拭いただけで、洗濯物のカゴを持って二階にあがっただけで、台所に五分たっただけで、ぜぇぜぇ言ってしまう私。いったい、いつの間にこんなに体力落ちたのだろう? そりゃ、バスケットボールのコートを何時間も走り回っていた高校時代から十五年以上たっている。駅のホームを全力疾走していたOL時代からでさえ十年。だが、いったい、どこへ行ってしまったの、私の体力?こんなんで十時間にもおよぶかもしれぬ出産に耐えられるのか?

【074 ジョギンガー出動!】
 ちょっとした動きでも関節がボキボキなる夫。どうもコンドロイチンという物質が不足しているらしい。いわゆる関節潤滑剤ってやつだ。もともと身体が固いうえに、無理な運動で酷使していたに違いない。風呂上がりに一生懸命、柔軟体操をしているのだが、それは、私を笑わせてくれてるの?と見入ってしまう身体の硬さなのだ。
 そんな夫だが、友人達のあいだでは、とてもクールな男として通っている。姑や義妹ですら「無口でおもしろみのない男」と評価している。君たち、彼の楽しさを知らないな!この私ですら耳を疑うようなギャグを言う彼の才能を!けっこうお茶目な笑い顔を。しかし、そんな素顔を私以外に見せない夫。それは、ちょっと残念なようで、それでいて、くすぐったいくらいに嬉しい。だって、私にだけ許された特権。どうしようもないギャグを言って一人で嬉しそうに笑い転げている夫をみると、ここまで彼を壊してしまった責任すら感じる私であるが…。「ニヒルなきくっつぁん」と私の友達に形容されて、ふっふん!と口をゆがめて笑っているが、同時に心の中で「アヒルな俺」とかギャグつくってるに違いない夫。…いとおしいじゃないか!
 「へんしーん!」
 そして、今日も、ジョギンガー変身ポーズを決め、ジョギングにでかける夫。決して「ジョガー」とまともに英訳せずに、「ジョギンガー」にこだわる夫。膝を保護するサポーター、黒い下着サポーター、お気に入りのパンツ、ジョギング用と名付けた靴下、速乾性のTシャツ、風が冷たいときは耳当てと上着、そしてグローブも忘れない。最後に二十八センチの巨大シューズ。全てを身につけ「しゃきーん!」と効果音を口にしてポーズを決める。「ジョギンガー出動っ!」
 あと数ヶ月もすれば、私以外にギャラリーも増える。いや、もう、腹の中から見てるかな。「勘弁してくれよ、親父」と言いながら。でも、サニー、こんな愉快なお父さんで良かったね。きっと、楽しいよ。

【075 妊婦の特権】
 広島のJAから講演依頼の仕事が舞い込んだ。いわゆる都会からIターンして農村暮らしを堪能していた私には、この手の仕事も多かった…去年までは。結婚して都市部に暮らす一主婦と成り下がった…いや、成り上がった今となっては、もう、こないであろうと思っていた。だから、千葉から広島までの交通費まで出してくれるという話に乗らない私ではない。出産費用などなども稼がねば。
 往路は飛行機。インターネットで予約し、すでに座席を確保していたのだが、羽田空港のカウンタで妊婦の特権を使ってみることにする。「すみません、お腹が大きいもので、できるだけ前のほうの通路側に席を変更できませんか?」と。
 以前、台風の影響で遅れたアメリカ行きの飛行機で、カウンタで「通路側あいてますか?」とねばったところ、なんとビジネスクラスをゲットできた経験を持つ私。東京から広島の一時間の飛行とはいえ、楽な席に乗れたら良いに越したことない。  「予定日はいつですか?」と尋ねられる。
 臨月だと乗れない場合もあるらしい。「三月です」と答えて、言わなくてもいいことまで付け足してしまう。「トイレが近いもので」と。
 カウンタの係員は、かちゃかちゃとキーボードを操作して「七列目の通路側をご用意しました」とチケットをくれた。
 「ありがとうございます」にっこりと妊婦の微笑みを返して受け取る。
 七列目か。悪くない。乗り降りも早めにできる位置だ。でもビジネスじゃないよね。  乗ってみると、前二列がスーパーシートらしいゆったりシートだった。七列目は普通のシート。それでも、一応は満足してみせ腰を落ち着ける。
 だが、落ち着きはらってはいられなかった。
 離陸してドリンクサービスにきたスチュワーデスがニッコリと話しかけてきたではないか。「三月が予定日と伺っております。何かありましたらお声をおかけ下さい」。
 うへ、情報ばればれやん!
 ここは邑智郡か?
 それにしても、空港のカウンタと乗務員の連携がとれている、さすがANA。
 なーんて感心したけれど、その後、珍しくもよおさなかったにもかかわらず、トイレに行ってみた私なのだった。だって「トイレが近いもので」と空港カウンタで告白しちまっていたから。
 広島での仕事を終え、復路も飛行機だった。そして復路でもこりずに同じ手を使ってみた。
 「お腹が大きなもので、できるだけ前の通路側を」
 すると、じゃーん!
 出てきたのは一列目のシートだった!
 来るときの便では、確か二列目までゆったりスーパーシートだった。
 いいぞっ!  意気揚々と機内に乗り込む。
 が!  機種変更された便は一列目から通常シートだった。
 ま、それでも足下ひろびろだし、いっか…と思っていたら、甘かった。
 気が付くと、小さなお子さま連れまみれの乗客が周囲を覆っていた。
 あちゃー。
 小さなお子さまは、どの子も母親達に本を読んでもらって良い子にしていたのだが、その本を読む母親達の声が非常に大きく響いていた機内なのであった。

【076 妊婦の特権…乱用】
 飛行機では、こんな姑息な手段を使ってしまったが、広島市内を走るアストラムラインに乗ったときに、自分より年上の女性に席を譲られてしまったときは、とてつもなく申し訳なく思ったのであった。もちろん、ありがたく譲ってもらって座ったけれど。

【077 この記号の意味は?】
 七ヶ月の検診に行ってきた。
 これまでの検診では、嫌というほど待たされての検診だったが(朝九時に行って昼過ぎまでかかっていたのだ)、なんと今日は一時間で終わってしまった。まず、病院の駐車場がガラガラ。待合室もガラガラ。今日は休診日?と疑い、思わず受け付けで「今日、検診やってらっしゃいますよね?」と確認したほど。なんか、よく、わからんけれど、早く済むのは良いことだ。
 体重も、ウォーキングの甲斐あって、増加は一キロに抑えられた。よっしゃ。今日はおやつ食べるぞ。
 さて、今日から、お腹の上から先生が診察する外診なるものもしてもらった。先生もゆとりある口調で「良く動くでしょう?」とか、超音波の画面を見ながら「これが頭で、えーっと、こっちを見てますね」なんて解説してくれる。
 今日現在のサニーの頭は直径六十五ミリ。これが標準よりデカイのか小さいのかわかんないけれど、もはや、超音波スクリーンの画面に頭しか入りきってないぞ。あとは、なんだか内蔵っぽいのが見えるけれど、それがなんだかはわかんない。先生の説明もそこまで。
 それから、例によって夫には見せられない内診をしてもらって、その後、先生がサイズなどなど母子手帳に記入してくださる。じっくりそれを見ていたら、なんとも不可解な記号を発見。
 胎児の頭直径を「BPO」と記すらしく、前回までは「BPO五十一mm」とか記入してあったのに、今回は「六十五mm」と書かれている前に、数字の「6」が酔っぱらったような、ギリシャ語のような、音符のような記号文字。
 胎児はギリシャ人なのか?
 それともベートーベンかモーツァルトなのか?
 だが、この記号、見ようによっては…「♂」にも見える。
 ……ふむ。
 確かに、そろそろ性別がわかる頃。
 でも、この世に出てくるその瞬間まで知りたくない私と夫。
 先生、頼むから黙っていてくれ。

【078 渡る世間は…長編スペシャル】
 家から歩いて五分の距離にアパートを見つけた。
 古くて、日当たり悪くて、湿気多いけれど、夫と二人で暮らせる空間だ。すぐにでも引っ越したい。だが、決断する前に姑に相談せねばなるまい。私たちが別居を望んでいることはわかっているはずだが。
 夜、ご飯を食べたあと、切り出した。
 「家から歩いてすぐの所に部屋を見つけんですけど」姑の勤める病院からなら歩いて一分だ。
 ところが、まるで寝耳に水のような反応をする姑。
 その反応に、私の中の最後の砦が崩れる。もしかしたら、まだ、同居の道があるかもしれない…と控え目に考えていたあれこれが消え去る。「ここの家のローンもいくらかは負担します」
 今現在払っている額面をそのまま告げる。だが、毎月そんな大金を仕送っていたのでは、我々は干上がってしまう。自分たちの暮らしもあるのに。姑はそれもわからないのか。「おかあさん一人なら、なんとか暮らしていくからいい」と言いながらも、具体的案はない。意地でも家を手放さないんなら、意地でも仕送りいらないって言えばいいのに言わない。くっそー。
 子育てのことにも言及した。私がしたい子育てを。理想論かもしれないけれど。だけど、神経質すぎると言われるくらい神経質に子育てしたい気分。哺乳瓶の消毒どころか口移しで離乳食を与えるのが当たり前の姑には気に入らないだろうが、掃除機かけまくった部屋で、洗濯しまくったものを着させたい。
 ところが姑は言い切った。「子育てには、口も出すし手もだす」と。
 い、いまどき、それってあり?
 開いた口がふさがらない私。
 そりゃ、ありがたいことなのかもしれない。そーゆー嫁さんだっているだろう。しかし、私にはありがたいどころか…迷惑だぞ。農村の跡継ぎ息子を生むならいざ知らず。
 兄貴の子育て論が気にいらなくても一言も出さずに我慢している我が母と、思わず比べてしまう。義弟が一生懸命考えたに違いない子供の名前をきいて「変なの!」と第一声を述べた姑だ。義妹があれだけやめてくれって言ってたのに口移しで離乳食を与えた姑だ。駄目だ。やっぱ、ここでは子育てしていけない。
 そして、その後、何を話しても「自分がかわいそう」モードに入ってしまった姑に聞く耳はなかった。私もしびれを切らして二階へと上がった。階下に残って話を続けていた夫もあきらめて上がってきた。
 それから数分後。
 夫がお茶をとりに階下に降りると…一升瓶を出してきて泥酔している姑の姿があった。「呑んでも酔えない!」と叫んでいる姿は、どう見ても酔っている。
 「駄目だ、こりゃ」と再び二階へ上がってくる夫。
 それから騒ぎは静まるどころか大きくなる一方。
 ガンガンガン!
 姑、つひに家を壊し始めたか!と感じるくらいに荒れて床や壁を叩きまくり、怒鳴っている。「バカまことー!」と。
 …そりゃ、ないだろ。自分の息子、しかも一緒に住んで家のローンを払ってくれている息子に向かっていう言葉?
 嫌でも忘れられない夏の一夜「渡る世間は…菊池家版」が甦る。

 それは帰省中の夫の妹の誕生日だった八月のことだった。しかし、姑はその溺愛する娘の誕生日を忘れて友達と呑みにいく約束をしていた。その時点で義妹はちょっと不機嫌であった。夜、夫が姑を車で送っていった。免許のない姑は必ず夫か私を運転手にする。それは、まぁ、良しとする。些細なことだ。そう、数々の事件は些細なことだったのだ。その晩、酔っぱらった姑が帰ってくるまでは。
 電話がなり、迎えにいったのは義妹だった。まず、それがいけなかったらしい。きっと、一緒に呑んでる友達には「息子か嫁が迎えにくる」と自慢たらたらしていたのだろう。それが娘がきて、さらに友達に「息子は結婚したら嫁にとられたと思え」なんて言われたようなのだ。
 あったりまえじゃん、そんなの!
 五十すぎて、まだ、そんな一言でショックを受けるわけ? 人にはいろいろ好き勝手なこと言ってるくせに、なんて、まぁ、無責任な。身勝手な。
 姑は、帰ってきてから、今度は、わんわんと泣き始めた。「おかあさんだって寂しいのよ!」と。夫がなだめる。「だから俺たち一緒にいるじゃんか」
 でも、どうやら、それがお気に召さなかったらしい。
 「お兄ちゃんなんか!」結婚した息子をいつまでもお兄ちゃん呼ばわりするのも年甲斐もない。「お兄ちゃんなんか…。私はお姉ちゃんと暮らしたい」嫁いで五年になる娘をお姉ちゃん呼ばわりするのも…。娘の結婚式では、私も一緒に連れていけと泣いたらしい。義妹も困ったもんだろう。
 私は、このやりとりを隣の部屋できいていた。子離れできていない姑のわがままぶりは覚悟していたが、その言葉は言わないでもらいたかった。少なくとも、一生懸命つくしている夫の前では。彼の夢をむしばんで、彼が夢のために貯めていたお金に手をだして自分では返せるあてのないローンをくんで家をたてておいて。それも婿に名義を借りてまで。そこまでして建てるものなのか、家って? その家を長男である「お兄ちゃん」につがせたいとまでのたまっておいて。ここを出たいと思い続けている夫の意志すら確認せず。そこまでして面倒みさせる気か? 夫も私も、言っちゃ悪いがこんな家欲しくない。山の中の田舎でひっそり暮らしたいだけなのに。それなのに、子供がいないと一人前に暮らすことすらできないくせに、親面するなー!
 私の中で、何かがプツリと切れた。
 姑はそのまま泣いて眠り、夫は溜め息だけの一夜を過ごした。そして翌朝、昨夜のことを何も覚えていない二日酔いの姑がいた。本当に「覚えてないのよ」と悪びれずに笑う姑。だが、酔ったからこそ本音がでるのを私は知っている。そう、身に覚えがある。酔っぱらってるときこそ人間は正直になるのだ。案の定、別居したいと申し出た私たちに「お兄ちゃんには遠慮している」と言う。さらに「お兄ちゃんよりお姉ちゃんがいい」とも。信じられない! 自分の目の前で、自分より妹が可愛いと言われる息子の気持ちを考えもしないのか? そうかもしれないと思っているだけでもツライのに、そう宣言されて、だが、それでも「仕方ない、おふくろなんだから」と受け入れることしかできない夫の気持ちを!  遠慮されてまで一緒に暮らしたくない!
…それが真夏の夜の「渡る世間は…菊池家版」だった。そして、今夜、まさに、その再放送。

 夫は、大きく深い溜め息をついてベッドに入った。「ごめんよ、安芸子。今晩はうるさいよ」
 なんで、そう冷静にいられるわけ?
 悔しくないの?
 「慣れてるから、俺」と目線が下向きな夫。
 息子にこんな思いをさせる母親っているの? …ここにいたよ、ったく。
 階下からは、しばらく罵声が響いてきていた。
 またしても、眠れない夜がきた…と思いきや、夫は寝息をたてはじめた。しばらく賑やかだった階下も、今度は規則正しい大きなイビキで賑やかになった。
 …信じられん、この状況で、良く寝られるな、この親子。
 ショックのあまり呆然とするしかない妊婦な嫁が、いっちばんバカみたいじゃん。
 翌朝、あんなことまで言われたのに怒りもしない息子である夫は階下に降りて、出勤していく母親を気遣っていた。「大丈夫?二日酔い?」と。…信じられん。姑は姑で、小さな声で何か言い訳がましく呟きながら出勤していった。…信じられん。
 これって、菊池家的には良くあること?
 「年に何度か」と夫は苦笑して答えた。
 嘘やー! 嘘といってくれー! 年に何度か泥酔して暴れる姑? その原因を作ったのは嫁の私? 嫌だー、こんな家で子育てしたくなーい!
 昼すぎ。
 職場の昼休憩を利用して姑が帰ってきた。顔も見たくないし、声も聞きたくないので出掛けて留守にしておこうかとも思ったが、それも腹立たしいので、私は二階で仕事をしていた。そこへ上がってくる姑。
 「安芸ちゃん、」普通の声で。「昨日のこと、ごめんね。何も覚えてないの。謝っていたほうがいいと思って」
 ……。
 おいおい、まじかよ。「覚えてない」「ごめんね」で済む問題なのかよ? 菊池家的には?
 カタマル私。
 返す言葉もありません。
 そして電話がなる。宮城にいる義妹からだ。アパートを見つけて引っ越す話は手紙を書いておいた。「一緒にいてもらえれば安心だけど」と義妹は言っていたけれど。でも、それでは私も子供も安心ではないのだよ。聞きたくもないが、受話器に向かう姑の声が聞こえる。義弟に生まれた子供にお祝いを送るのに住所をきいてきたようだ。兄弟の住所を知らないだなんて。と、姑の声が一段低くなるが、やはり聞こえてくる。「昨日、言われたわよ」我々の引越のことだ。「いきなり最後通牒。それだけ」
 !
 またしても、自分だけ被害者?
 電話が切られ、もう我慢しきれない私は姑のいる部屋へ足を向けた。
 「お義母さん、ちょっと、いいですか」話してやる。この気持ちを。「私一人なら我慢できますが、昨日のようなことが度々あるような家では子育てできません」
 「…そうね」
 なかなか物わかりいいじゃんか。
 「お義母さんが子離れできないのはわかりますが、子離れするお気持ちがあるんですか?」
 この言葉にカタマル姑。ああ、やっぱ、子離れできないってわかっていながらも子離れする気は、さらっさらなかったんだ。だけど、その「子供」は長男である夫に限ったわけではなく、夫の妹や弟でも誰でもいいのだ。一人でさえなかったら。
 「お義母さんの夢はなんですか?」
 これには、相当、答えたようだ。即答できない。
 「私と誠さんの夢は田舎暮らしです。子供も田舎で育てたいです」
 思いのたけをぶつけた。涙があふれ出ていた。気がつくと、腹が張ってきていた。いけない、こんなことで興奮して胎児に心配かけちゃ…。
 「悪いのは私です。こんな嫁が来たばかりに、お義母さんに面白くない思いをさせました。でも、悪いのは私です。それなのに誠さんを責めるのは筋違いです。もう、いい加減、誠さんを苦しめるのはやめて解放してあげてください」
 この昼の会話は女二人の間での話し合いだった。嫁と姑の。その間に立たされ苦労している夫・息子に心配をかけさせないための。ところが…。
 言いたいこと言ってスッキリしたはずなのに、どうも、心がもやもやする私。夕方、疲れて帰宅してきた夫に告白してしまった。「今日、お義母さんにキツいこと言っちゃった」  「…しょうがないっしょ、言ってしまったものは」と夫。
 ああ、また、夫に心配をかけてしまう。ところが…。その後、帰宅してきた姑も、やはり言っているのだった。しかも、私が二階へ上がった後にぶちぶちと文句たれで。
 「何か言われたの?」
 「安芸子に『夢は何ですか?』って聞かれたのがこたえたって」
 「…ふーん」
 「この家で、俺たちと孫と暮らすのが夢だ…ったって」
 嘘だ。一緒に暮らしたかったのは、夫の弟か妹。そして、その子供たちだ。私たちじゃない。しかし、いまどき、そんな夢にしがみつく姑っているの? それを、しゃーしゃーと口に出していう姑が? …いたんだな、いまどき、アツイ姑が、ここに。
 姑は、根っからのワルではない。なーんでも、すぐ口に出して言ってくれるお正直な人。少しは気を使って発言してほしいもんだが。隠し事できないらしく、普通、考えたら、こんなこと嫁には言わないぞって感情までペラペラ出してくる。職場で話題になっている同僚の嫁姑問題とか。まるで我が家には関係ないと言うように。その度にニコニコ受け流した私。その場で我慢して良い嫁ぶった私が悪いのかも…と、今になって反省。だけど、いくら隠し事できないって言っても、これを言ったら傷つくかな?くらい察してもらいたいよなぁ。

 そして、引越の日。
 どんなに腹たっても、夫の母だし、子供の祖母だから、我慢して挨拶はきちんとしておこうと思った私。正座して「短い間でしたがお世話になりました」って言ったら、座りもせずに「なんにもお世話してません」って返された。だから、「あ、そうでしたね。私がお世話したんでした」って言うところだった。だけど、夫が哀しそうな顔してたので、グッとこらえた。  その後、仕事に出掛けた菊池母。みると洗面所においていた私のスリッパがない。どこかに置き忘れたかな?と夫と探してもないから、足冷たいけれど、いいや、掃除だけすませちゃえ!と動いた。家をでるとき、下駄箱あけたら、私がはいていたスリッパが、しまいこまれていた。…もちろん菊池母の手で!  心配せんでも、こんなボロスリッパもって出ていかんわい!  下駄箱から出して、玄関の見える所に並べたおいたんだけど、夫が「頼むよー」と泣きそうだったので、あきらめて下駄箱へ戻した。
 そこで、最初のスリッパ事件を思い出した。
 嫁にきてすぐ、「このスリッパはきなさい」と姑が出してくれたスリッパ。お揃いだが派手な色が菊池母で、出してくれたのは地味系。デザインもいまいち。私のタイプじゃない。でも、「ま、せっかく出してくれちゃったんだから」とはいたら、なんだか中古っぽい。数週間して、義妹が子供つれて遊びに帰ってきた。そしたら「安芸ちゃん、あのスリッパ、返して」と。そう、それは義妹のスリッパだったのだ。
 新居(建物が古くても「新」とは、これいかに)に越して二日目。自分で五八〇円でスリッパ買った。
 わーい。
 荷物を整理しながら思い出す。
 結婚してきたときだって祝いはなかった。「別にいいや」って思ったけれど、同じ時期に結婚五年を迎えた義妹に姑は「お祝い」を送った。その商品を一緒に選びにいかされまでした。今、思えば、ただの運転手だったのね、私。
 盗まれた自転車の代わりに新しいのを買ってあげたときも、「え?でも、もう私には自転車いらないじゃない。嫁と車があるんだから」って顔したよね。
 張り切って掃除と洗濯をする嫁をいたわるつもりで言ったんだろうけれど、「家の窓を開けておいてくれるだけでいい」って言葉。私は嫁じゃなくて留守番にきたのかい?
 義妹に「安芸子さん」と呼ばれ、義弟の嫁には「おにいちゃんの奥さん」そして、十才以上も若造の義弟には「安芸ちゃん」と呼ばれ…。ま、いいよ。兄嫁らしいことしてないから、さ。だけど、もうすぐ三十になる息子をつかまえて「お兄ちゃん」はないよな。嫁にいって二人の子供もいる娘を「お姉ちゃん」もないけれど。母親が母親だから…ったく。  外食しても払うのは私たちばっか。「節約、節約」って言いながら、ガスつけっぱなしで庭でるし、テレビもストーブもつけっぱなしで寝ている。
 ご飯作ってても何よりもビールだし。ご飯よりビール。給料日前に、お米を買おうと残していた三千円でビールを買っちゃう人。酔って陽気になるのならいいけどさ。なーんだか、いつも愚痴って、自分だけかわいそうって思うみたい。
 しかし、そーゆー人生を送ってきたとは、かわいそうな人だな。何がかわいそうって、友達がいない。子供の頃からの友達もいない、嫁にきてからの友達もいない、職場で仲良しさんがいるみたいだけど、何かあると、けなしてる。…こんなんじゃ誰も信じられないだろうな。
 「前の家も三年でゴタゴタして手放した」とも言われた。ゴタゴタ? 私はゴタゴタかい? 意地でも何でも維持できるものなら手放さなくてもいいけれど。どう考えたって持ち家を建てられる身の上じゃないでしょ? 土地と建物あわせると月額八万を越えるローン。そのうち七万と塀のローンが私たちの負担。ボーナス月は倍以上あるし、あと二年たてば返済額も上がる。…計画性をもって家を建てて欲しい。でも、これって、裏をかえせば、日本って無計画でも家主になれるってこと? ローン組ませるほうも無計画だよー。姑独りの収入はローンはくめなかったから、家の半分は義妹の婿の名義。婿も嫌なら断ってくれていれば良かったのに。夫は「家をたてるからお金かして」って姑に言われて、ラリー出場するために貯めていた百万単位のお金を貸したら、返ってくるどころか「あんたも住むんだから」っていつのまにかローン返済マシーンにされている。はっきり断れない夫も悪いんだけど。
 でも、子供の夢を叶えてやるのが親じゃないのだろうか。子供の夢を自分勝手に決めて、自分と一緒に新しい家を建てて暮らしていくことって思い込むことが親なんだろうか? 今さら、売っぱらっても借金だけ残る家。そして、一人ではとうてい払いきれないくせに売る気ない姑。世間では、息子夫婦が住むマンションを買い与えてくれる親もいるのに…。親と同居してるって言うと、若夫婦の収入が少なくて、援助してもらってるってイメージだけど、うちは、その逆。
 「借金だらけなのよ、うち。それでも嫁にきていいの?」と確かに言われた。だからって、そこで「じゃ、やめます」なんて言えるわけないじゃん。私は菊池誠の嫁になって、これからの人生を築くつもりで結婚した。借金まみれの菊池誠の母親の嫁になったわけじゃない。だが、確かにわかっていた。ローンまみれなのは。だから、覚悟してきたのだ。しかし、知らなかった。そのローンを払っている家は夫の名義でもないことを。そして、さらに知らなかった。酒乱の姑がいることを。
 苦労して女手一つで三人の子供を育ててきた言い分はわかってみせる。これでも物書き。想像力は並以上。でも、同じような人生を歩んできても、酒におぼれることなく、子供を大学まで卒業させて、結婚させて、不自由ない暮らしをさせて、自分は自分の夢に生きるって前向きな女性だっている。いつまでも子供にうじうじしがみついてるから、子供だって見捨てることができずに面倒みなきゃいけないって思うんじゃんか。
 やさしすぎる夫。マザコンとは思わないけれど、そこまでしなくちゃいけないの?「私とお義母さんとどっちが大切?」なんて陳腐な台詞ははかないけれど。でも、これから、もっと無防備な扶養家族が一人増えるってのに。親孝行は、親の面倒を直接見るだけじゃなくて、自分の子供を立派に育てることだとも思うのだけど? でも、肝心の姑がそーゆー考えを持っていないんじゃ無駄かな。
 ああ、でも、これも、皆、芸の肥やしなんだ! ハングリー精神で芥川賞受賞作品書くぞーっ!

【079 引越】
 私の愛車デミヲと夫のダットサントラックの二台で二日かけて二往復で荷物は運び終えた。二階から大きな机も、パソコンも、ベッドも、本の山も、運び降ろしてくれたのはまだ二十代の夫。三十路ど真ん中妊婦の私は「重いものもてない」「高いところ背のばせない」で役立たず。運んだのは七ヶ月の胎児のみ。
 引越の最中、暴れちゃいけないと自粛してくれたのか、お腹の中は静かだった。だけど、あまりにも静かすぎて、逆に心配になる私。
 今回の騒動で、この子にどのくらいの負担をかけてしまったんだろう?
 子供に負担かけるなんて、私も姑を大差ないじゃないか…。
【080 胎児も引越】
 七ヶ月目に入り二度目の検診。
 引越のバタバタのおかげか、急激な体重増加もまぬがれている。とは言っても、すでに、妊娠前からプラス八キロだが。腹囲も立派な九〇センチ。
 前回、ガラガラだった病院だが、今回は元通り、妊婦でごったがえしていた。先生も疲れた感じで忙しそう。それでも、腹の上からぐいぐいって触って一言。「今日は右を向いてるね」  そう言えば前回は「赤ちゃんは左向いてますよ、今」って言われた。見ると、先生、母子手帳にマークをつけている。
 あ!
 そう、前回、「6」が酔っぱらったようなマークをつけられたっけ。なんと、今回は、その鏡像。酔っぱらった「6」が左右逆に向いているマーク!ってことは、「6」マークは胎児の向きだったのか!「♂」ではなかったのだ。
 しかし、親である私たちが引っ越したからって、胎児も胎内で位置を引っ越すとは。それにしても、右向いたり、左向いたり。どっちにしても前向きな奴じゃないな。でも、後ろ向きでもないから勘弁してやっか。
 その晩、えっちらおっちらと「妊婦体操」なるものをしていたら、腹の中でも、えっちらおっちら体操していた胎児。
 今の私の心配事は…。やたらと身体のカタイ我が夫。風呂上がりに柔軟しているのも、どうもギャグとして笑わせようとしているとしか見えない姿。そのカタサが遺伝で引き継がれていて、子供が産まれてくるときに、「お、おれ、身体カタイんだ。産道でれないよ!」って引っかかったら、どうしよう!と。

【081 古くても新居】
 引っ越して一週間。
 姑のことは、さすがに顔あわせないだけ声きかないだけで、平穏な日々を過ごすことができている。時計みて台所降りたり、二階に上がったりしないでいいし、値段をきかれる心配しながら買い物しなくてもいい。なんだ、やっぱ、私って気をつかっていたんだ…と改めて気が付く。
 なによりも嬉しいのは冒険料理ができるこっ! もともと料理は得意ではないが、そんなに嫌いでもないことを発見しつつある今日このごろ。ただ、「ちゃんとした」料理を食卓に並べる自信がないだけ。昨夜は「肉じゃが…もどき」とサバが食卓に並んだ。腹ぺこ夫は、なんでも、がばがば食べてくれる。ほ。
 産後は、この「建物古くても新居」で迎える予定だ。夫と二人。我が夫は、何かとマメな人で家事も私より上手…かもしれないし。もともと姑が働いてる人だったので、子供の頃から、台所関係は嫌でもやらされていたみたい。妹や弟のご飯とか作っていたらしい。ふ、不憫じゃ。姑と同居のときだって、気がついたら、夫がキッチンの掃除してたり、ゴミなんて、いっつも夫が出していた。きっと、今、姑は困っているだろう。
 実は、同居のままで産後を夫の実家で迎えるのが一番怖かった。入院する前に、整理整頓してでてきたはずなのに、赤子を連れて戻ってくると姑が散らかしあげてる…って容易に想像できるから。世間一般なら家事できない旦那が散らかしあげてるって図なんだろうけれど。姑は、はいはいし始めた義妹の子供が来るときだって、埃まみれの植木や小さな置物も、そのまんまで、掃除機かけない人。それなら、この「古くても新居」の方が、よっぽど安心なのだ。
 広島の実母が、産まれたらとりあえず来てくれるし。顔みて帰るだけかもしれないけれど。母曰く「うちには赤ん坊より手のかかる老人(父)がいるから留守できない」。…ごもっとも。もっとも、父は「少しは一人にしてくれぃ」って思ってるんだろうけれど。ま、いざとなれば東京に義姉いるし。でも、赤子もいて大変なのに、姑や母にも気をつかわねばならんほうが気が重い。ここは一つ、出産が待ち遠しい若い夫をこき使うことで乗り越えるつもりだ。

【082 スタントマン夫婦】
 姑の家のローン、やはり七万円プラスαを負担する我々夫婦。それに「古くても新居」の家賃。春には子供も産まれるというのに…。常識で考えてくれ、姑よ、住みもしない家に七万円も払わせて(そりゃ好きこのんで出てきたわけだけど)、そのうえ別に生活してゆくことが息子夫婦の財政状況を。…ま、常識が通用する人じゃないからな。おっと、いかん、また「渡る世間は…」テーマ曲が流れ始めるところだった。それを全て承知で、わがまま言って出させてもらったのだ。貧乏なんかにくじけるもんかっ!再就職したとはいえ、一生懸命働いてきてくれる夫の収入だけには頼られない。とは言うものの、妊娠してから物書き業も限られてくる。出産すれば、さらに限られてくるにちがいない。プラス育児にどれだけかかるか想像つかない。
 まさに、我が家の台所は「火の車」!…を通り越して「炎の車」! ま、これだけボーボー燃えたぎっていれば、真冬でも寒くないか…ははは。言ってるギャグにもはりがなく、笑い声も乾ききる。「炎の車のドライバーです」と友人にFAXする夫。そのナビは私。まさにスタントマン夫婦。
 だけど「ローンと家賃で自由と未来を買った」と思うようにしてる。古くて、湿気多くて、日当たり悪いアパートだけど、こっからスタートしてゆくよ、私たち夫婦は。そんで五年以内には山陰のあの町、邑智郡に「Uターン」するんだ!
 親の面倒をみるだけが親孝行じゃなくて、立派に子供を育てることも親孝行のはずだ。我が親はそう言って見守ってくれている。だから、その言葉を重んじて我が親への親孝行は、我が身が一人前の母親となることで勘弁してもらおう。そんで、そうやって育てた子供が旅だっていくとき、「子育てさせてくれてありがとう」って気持ちで送り出したい。  …と書いたことを、誰か、三十年後に私に思い出させてくれ。
 しかし、我が夫。結婚前に我が両親に挨拶で「覚悟してます」と言ったばかりに、こんな目にあっている。すまんのぉ。

【083 消えたへそ】
 そんなこんな事件にまみれた安定期まっさかりの七ヶ月もすぎ、八ヶ月に突入しようとしている二〇〇〇年末。そう、まさに世紀末。だんだんと腹はせり出してきて、横向きでないと寝苦しくなってきた。さらに、背中に痛みがはしるようにもなる。腰ではなく背中。右肺の後ろ辺り。なんか、こぉ、寒くなると出てくる肋間神経痛のような痛み。二十四時間絶え間なく痛むのではなく、同じ姿勢を続けていたり、冷えたり、夕方や夜になると、こぉ…「にがる」のである。広島弁でいうところの「にがる」。これが、なかなか関東人の夫にはわかってもらえないのがもどかしい。それでもマッサージしてくれるのだけど、これが、ときどき息するのも刺されるように痛くなる。これって、神経痛…とか、大きくなったお腹に圧迫された血管が…とかでなく、とんでもない病気なんじゃなかろうかって不安がよぎるくらい。
 でも、結局は、せりだしてきた腹が原因なんだろうな。
 …だが、その痛みの中でも、腹の胎児にはうらめしい感情は出てこない。逆に「ごめんよ、かあちゃん、年寄りで」と申し訳なく思ってしまう。
 さて、そんなご老体が休まる場所、それが風呂である。あったかいお湯に巨体をつけると腹の重みを感じなく、ふーっと息が吐き出される。あったまるからか背中も痛くない。そこで八ヶ月妊婦は発見するのである。へそがなくなりつつあることを。
 そう、まるで、これ以上、腹の皮膚がのびきらないから、へそ部分の皮膚がカバーしますと言わんばかりに、へそが出てきて平らになるのだ。
 つるん!
 なんだか蛙の気分。
 でもって、これも元通りになるんだろうか…と不安もよぎる。

【084 運】
 妻は売れっ子作家になって印税生活が現実になると信じているが、夫は邑智郡Uターンをより現実的なものにするために、ナンバーズやロト6研究に余念がない。そして、ラジオのプレゼント応募もマメにする。
 それは、十二月二十四日、クリスマス・イブのことだった。日曜日で休日な夫は朝からお気に入りのFM局をかけていた。そして放送で「ディズニーランドのパスポートをペアでプレゼント!」と聞いて、一生懸命、携帯から電話していた。それは、六番目と七番目に局に電話をかけた人に当たるプレゼント。ラジオからサンタクロースの声が聞こえてから電話するというプログラム。サンタの笑い声が聞こえる度に電話する夫。しかし、その度に話し中。そのうち、あきらめて愛車のダットサンの洗車をしに出た。
 お留守番して洗濯していた妻は、つけっぱなしのラジオからサンタの笑い声をきき、半信半疑でメモしてあった番号にダイヤルした。
 かかった。
 「もしもーし!」
 私は六番目だった。いきなりラジオ生出演し、そして、ペアチケットをゲットしてしまった。
 直後、興奮気味に夫の携帯に電話する妻。
 「聞いてた?」
 「何を?」
 ラジオの受信状態が悪かったらしく、聞いていなかったらしい夫。しかし、妻の報告にビックリ仰天!
 翌々日、FM局から届いたペア・チケット。しかし、妊婦な身体ではスペースマウンテンも、スターツアーズも、ビッグ・サンダーズ・マウンテンも無理。かと言って、乳児を連れて行くのも大変。夫は、うきうきして、一月にも行く計画をたてているが、妻は「この運、年末ジャンボに使いたかった」と溜め息をついているのであった。そして、かすかな期待をかけ、送られてきたペアチケットの封筒と、年末ジャンボの入った封筒を並べて、本棚の上の神棚のような存在になっているダース・ヴェイダーの置物に、備えているの夫婦であった。
 こんな夫婦に二十一世紀も幸おおからんことを。

【085 大晦日の夜】
 夫は大晦日の夜に恒例行事がある。十代後半の頃よりの仲間と、行きつけの焼鳥屋「かご八」に集うのだ。結婚直前の大晦日の夜も、そこから酔っぱらい電話をくれた。これは結婚してからも変わるものじゃないだろうし、「菊池は結婚してから付き合い悪くなった」って思われては妻の座がすたる(?)ので、「行っておいでよ」と送り出した。夫は「一緒に行こうよ」と誘ってくれたのだが、妊婦な身体としては、どうせ呑めないし、家で寝ころんで紅白歌合戦でも見ているほうが楽。「まぁ、楽しんでおいで」と笑顔で送り出した。夕方の六時過ぎだった。
 夫の仲間といっても、仲良しなのは三人。その「仲良し」ってのも、私のレベルからは計り知れない「仲良し」で。皆、バイク好きで、一緒にキャンプなどに出掛けるらしいのだけど、つるんで走るツーリングは嫌いらしいから、「スタート点で集まって、次に顔あわせるのは現地について」ツーリングとか。それも「若い頃」で、ここんとこ一緒に遠出することはないらしい。だけど、そろえば「かご八」の席に落ち着いて呑むらしい。
 今年は、その仲間の一人が元旦早くに遠出するらしく、早めに帰ると言うから、夫も出掛け間際に言った。「俺も早めに帰ってくるから」と。妻はその言葉を信じた。 酔っぱらってしまうので車は置いていった夫。だから、お迎えは妻の役目。まるで山陰の町みたい。妻は「迎えにきて」電話を待って、大人しくテレビを見ていたのでした。
 八時、九時、電話はならない。
 十時、十一時、だんだんと寂しくなってくる。
 十一時半。電話が鳴る!「はい、菊池です!」「あ、俺」夫だ。お迎えにきてって言うのかな?…否。「もうちょっと帰れそうにないけど、店に来ない?」「え」どうしようかな。日付変更線越える前に店にいって、それから一緒に初詣に行こうってのもいい。だけど、まだ、お店いるんだよね…。「んー、まだなら家にいる」と答える妻。「ゆっくり楽しんでおいでよ」やせ我慢したりして。
 そして、十二時。
 新婚で身重な妻は、独りさみしくカウントダウン。
 そして、独りさみしく二十一世紀を迎えたのでした。
 でも「楽しんでおいでよ」と夫を送り出した妻としては、寂しいけれど、ここは我慢…。そこへ電話が。
 夫だ!
 勇んで受話器をつかむ妻。が。それは、山形の新婚夫婦からの「「あけましておめでとー!」電話。彼らの新居には仲間が数人集まって、賑やかな宴会になっているらしい。楽しい会話をして、切ってから、部屋の中はしーん。
 …う。なんだか哀しい。
 涙がぽろぽろ。
 お腹もすいてくる。
 年越しソバ…ならぬカップ麺を食べる。
 それも、なんだか哀しい。
 時間は午前二時。
 夫は焼鳥屋のカウンタで酔いつぶれているのだろうか。
 つひに、待ちきれなくなった妻は、夫の携帯に電話。「もしもし」。そして、夫の声がきこえてくると、今度は涙がとまらなくなってしまったのでした。「まだ、帰ってこない?」ああ、いかん、声がふるえる。
 それから、一緒に残っていた仲間の車で飛んで帰ってきてくれた夫。どうも、焼鳥屋でお客が自分たち以外にいなくて、帰るに帰れなくなった…とマスターに言えと言われたらしい。
 そんなことよりも、三十五歳にもなって独りでお留守番もできずに泣いてしまう自分が情けない。久しぶりに友達と呑んでいた夫を呼び返してしまって罪悪感。だけど、新婚なのに、身重なのに、放っておかれたようで自分がかわいそう。わがまま言っては「ごめん」と謝って泣きじゃくって困らせる妻。…ああ、これじゃあ泥酔した姑と同じじゃん。その事実にがっくりきて余計に涙があふれ出る。
 夫は「ごめんよ」と謝って抱きしめてくれる。それが、また、申し訳なくもあり、嬉しくもあり…。
 そんな夫は、焼鳥屋に八時間近くいたと言うのに酔っぱらった風でない。七〜八杯の生ビールと焼酎を呑んだらしいけれど。しっかりしていて、なんだか、それも、それで、物悲しい。  結局、泣きながら寝たのでありました。
 そして、明け方、五時か六時。
 夫が布団から出る。
 おそらくトイレ。
 ガタガタガタ。
 ?
 目を開けてみると、夫は押入をあけて、引き出しをガタガタいわせている。
 「どしたの?」と尋ねると、
 「トイレのドアが開かないんだ」と夫。
 「…そこ、トイレじゃないよ!」
 「…え」そこで気がつく夫。
 しかし、さらに、そこで違う押入を開け、妻に指摘され、三度目の正直でトイレへ行ったのでした。…寝ぼけてる。
 妻は夏の「扇風機と椅子を間違える寝ぼけた夫」事件を思い出していたのでした。
 それから約一時間後。
 また、夫が布団から出た。
 また、おそらくトイレ。
 ガタガタガタ。
 ?
 目を開けてみると、今度は、夫は窓を開けようとカーテンと格闘中。
 「そこもトイレじゃないよ!」
 「…え」気がつき、トイレへ行く夫。
 朝、起きてからの夫の弁は、「家(引っ越す前の姑の家の寝室)では、こっちがトイレだったじゃん」
 ま、そう言えばそうだけど。でも、あれ、押入あけて、引き出しもスッと開いていたら、そこにオシッコしてたのかな?その引き出しに入っているのは、私のバンダナ。ピンチ。それにしても、まるで、わざとネタをされているような寝ぼけ具合!「ドラえもん」でも見ているのかと妻は思ったのでした。
 寂しかった大晦日の夜も、こうして一年分の笑いのネタを作ってくれた新年幕開けで帳消し。
 独りじゃないって愉快だね。

【086 仲間外れ】
 二十一世紀となった。  サニーが誕生してくるまで二ヶ月ちょっと。夫が腹に手を置いて言う。「サニー、お父さんとお母さんは二十世紀生まれだけど、サニーは二十一世紀生まれなんだよ」そう、我々夫婦は前世紀の遺物となる。だけど、それじゃ、ちょっと悔しいから母として付け加える。「そう、お前だけが新世紀生まれ。仲間外れなんだよ」と。  ここんとこ胎動が少なくなって、昼間もあまり動かない。ときどき思い出したように腹の中でビクッてなってくれるだけ。その代わり、毎晩、夫が大きな手を腹に置いて話しかけると、待っていたかのようにピクピク動き始める。こいつ、父親の手と声が絶対にわかっているに違いない。そーゆーときは、逆に仲間外れになったようで悔しい私。  でも、実際に誕生の瞬間に仲間外れなのは夫なのだ。悔しいかな?

【087 二十一世紀最初の買い物】
 元旦。
 すっきり晴れ渡り、ちょっぴり強風の二〇〇一年の幕開けとなった。近所の神社に初詣にいく。去年までは、暮らしていた山陰の邑智郡石見町で、大晦日の夜に除夜の鐘をつき、その足で初詣に行っていた日本人な私。今年からは詣でる神社が変わった。名字も変わったのだ。氏神様も変わるってわけか。子供が生まれたら、ここでお宮参りもするであろう。  パンパン!
 柏手を打ち、笑顔に満ちた健康いっぱいの一年を祈願する。もちろん、安産のお願いも忘れずに。その後、「運転」を職業とする夫に交通安全の、そして私に安産のお守りを夫に買ってもらう。やっぱ、日本人なんだよね、私たち、こーゆーとこ。でも、大切に受け継いでゆきたい文化でもある。
 おみくじをひくと「吉」。出産は安産とでた。幸先いいじゃん。
 それから、夫と車を走らせていると、富士山、発見!
 天候によってときどき見えることある富士山。さすが関東圏に暮らす住民の特権だ。元旦早々、富士山を拝めるなんて。ホント、かっこいい山だ。そんでもってデカイ。私の腹よりデカイよ、当たり前か。
 さて、そんな元旦、夫が初売りの広告の中に「ベビーベッドと布団」を見つけた。ベビーベッドは必要と思うが買っても高いし邪魔になるだけだからレンタルにしようと決めていた私たち。ところが「一万円」と言う値段をみて店に走った。そして、速攻で購入を決意。数分後にはデミヲの後ろに載せて「古くても新居」に持ち帰っていた。
 これまで肌着やベビー服など買い揃えたり、お古もらったりしているけれど、こーゆー大きなベビーグッズを購入し、実際に目の前にすると、いきなり出産が現実実をおびてくる。
 ああ、ほんとに生まれてくるんだなぁ。
 腹に手をやる。
 「サニー、ほら、ベッドと布団が来たよ」
 もう、いつ生まれても大丈夫…なんて思ってしまう。

【088 まだ出てくるな】
 正月二日目。
 どうも朝から調子が悪い。背中は相変わらず痛むし、ちょっと出掛けて腹が痛くなった。なんか、こぉ、下腹部が固くなって重い感じ。帰って横になる。
 ごめんね、夫。こんなヤワな妻で。
 ごめんね、胎児。こんな年寄りな母で。
 なかなか腹痛はおさまらず、もしかしたら、このまま出てくるんじゃないか?と不安になる。
 高年齢って八ヶ月の早産ってありがち?
 本によると八ヶ月で誕生しても胎児の機能は整いつつあるから大丈夫とは書いてあるが、それはいかん。ちゃんと自力で呼吸して生きていけるようになってから生まれてくれ。それに、こんな正月早々に病院にかつぎこまれたりしたら分娩費も入院費も医療費も大変。炎の車操縦中の親を助ける気持ちがあったら、三月の予定日近辺まで待ってくれ。頼む。いくら布団とベッドを買ったからって、まだ、まだ、出てくるんじゃないよ。

【089 恥じらいは何処?】
 世紀を越え、八ヶ月に入った妊婦の身体は、急激な身体の変化に悲鳴をあげはじめた。これでも七ヶ月までは「楽勝、楽勝!」って軽く構えていたのに、八ヶ月に入ったとたん、世の妊娠本に書いてある通りの症状が出てきたのだ。
 腰痛の代わりに背中痛。これは、きっと冷えたせいの神経痛…。
 寝ていると手がしびれ、霜焼けも悪化。
 太股がつって目が覚める始末。
 ちょっと動いただけで息切れ。
 そして、「おっぱいマッサージ」なるものをしていると乳白色の液体が出てくるし、つひには油断してクシャミして「ちびる」という恥ずかしい行為も体験してしまった。それを黙っていればいいのに、嬉しそうに夫に告げる私。告げられた夫のほうが「恥ずかしいなぁ」と困る。
 そこで反省。
 まだ結婚して一年もたってないのに、初々しさというか、その新妻の恥じらいを捨て去っている私。いかん、ただでさえ六年も年上というハンデ(?)をおってるのに、これ以上、夫をがっかりさせるような言動は慎まねば…。
 でもね、夫、この身体の変化、楽しいんだよ、誰かに報告したいんだよ、でも、夫以外に言える人がいないんだよー。だから聞いて。

【090 一度でいい】
 日に日に…どころか秒単位で重くなってきている身体を見つめ、「あと二ヶ月、この老体で耐えられるのか?」と自信をなくしそうな正月。元旦の朝刊に「五十六才で初産」なんて記事を見つけてたまげた。仕事一筋で人生を楽しんできた女性が、五十代になって「やり残したこと」として「出産」だと思い立ったのだそうだ。そこで、すでに閉経後であるにもかかわらず人工授精して出産したとか。そんな体力、五十六才であるのか?
 それよりも何よりも、そんな身勝手あるのか?
 もちろん、個々それぞれの人生だ。個々それぞれが出来うる範囲のことを楽しめばいいのだろうけれど、あまりにも自分勝手な選択だなぁ…とも思えてしまう。出産は無事にできても育児はどうするんだろう? 八十歳まで健康に何のかげりもないとわかっているのなら、いざ、知らず…。
 ま、今は、他人事より自分事。
 とにかく、この腹の中身を丈夫で健康な状態で世に送り出してやることが、私の今一番の任務だ。
 しっかし、まだ、産んでもいないのだけど、やっぱ、妊娠は一度でいい…と今は思う。そりゃ妊娠しなかったより妊娠したほうが良かったけれど、こんなに大変なものだなんて…。これに、まだ、陣痛ってもんがもれなくついてくるんだ…。うへー。
 寝起きにつった脚をさすりながら夫に告げた。「あのね、どんなに頼まれても、二人目は勘弁してって言うかもしれない」  「俺も、」夫も苦笑い。「こんなに我慢するくらいなら二人目はいらないよ」
 …何を我慢するって?

【091 体力・精力・知力】
 「妊娠中の性生活」に関しては、いろーんな本で、いろーんな表現がされていて、けっこう楽しい。だいぶん前の項目でも書いたけれど、一般的には妊娠中の女性は、そんなに発情(?)しないらしい。だけど、それに当てはまらないタイプもある。うん、実際、ある。と自信を持って言おう。そう言うと、すごい色魔みたいだけど。
 幸か不幸か、デカ腹でも意欲を失わない夫に恵まれ(若いからか?)、妊娠中の夫の浮気を心配することもなく日々を過ごしている。なんの根拠もなく「大丈夫だ」と言う妻を、胎児を心配する夫は信じていないようだが。実際のところ、そんなにまでしてHしたいと思わないけれど、そーゆー気になれる夫婦ってだけで、なんとなく安心してしまうのであった。しかし、よく、こーゆーことをHPに書くなぁ。そして、夫も書かせてくれるなぁ。やっぱ、これでないと物書きの夫はつとまらない? 遊んで暮らせる印税生活のために夫は耐えているのかな。
 検閲ぎりぎりまで書いてしまいそうな私だけど、数年前までは、こんなこと考えるだけで赤面して恥じらってしまう純粋な乙女だった。ホントだってば。かつて、OL時代の上司から、こんなメールが届くほど。
 『未だに柿本さんが赤ちゃんを産むなんて想像できません。(まして、その原因になるようなことをするなんて!…H!)処女懐胎か、想像妊娠ならわかるけど…)』
 やっぱ、デカ腹抱えた妊婦を見ると、世の男性陣は「あ、やったんだ」って思うのでしょうか。実際、私も妊娠するまでは、親や兄弟との会話に「妊娠」って単語がでるだけで背徳の香りをかぎつけていたものですが。ところが、自分が妊婦になったら、恥ずかしげもなく、親に報告し、腹つきだして威張って歩いているわけで。でも、そう言えば父親の反応は、確かにちょっと恥ずかしげだった。なにかの本で、公園を散歩してる妊婦が通りすがりの小学生に「あの人、Hしたんだー!」って叫ばれたという話もきいた。ま、そりゃそうなんだけど、さ。
 でも、妊婦はそんなことでは負けていない。私が、そんな小学生に遭遇したら言い返してやる。「そうだよ。Hしたんだよ。すっごい気持ち良かったんだよ。うらやましいだろ。あんた達には、まだまだ無理よね」と。
 すごい意地悪?
 だから、メールをくれた元上司にも遠慮せず返した。
 『想像力豊かな私のこと、もしかして、想像妊娠かもしれません。産婦人科医も騙す想像力。まさに、芥川賞作品の誕生』さらに、付け加えた。『マリアさまでない自信はあるので処女懐胎ではないでしょうが、白い象の夢を見た晩に懐妊したに違いないので、子供は脇の下から産まれて、すぐに立ち、両手の指で天と地を差し、「天上天下唯我独尊」と静かに述べることでしょう』と。
 その上司からは、その後、メールはない。
 勝った。

【092 まっすぐクラブ】
 へびどしだ。
 年女である私は二十四歳…であるわけなく、三十六歳になる、今年。そして、腹の中の子も、へびどし。我が婚姻届の証人でもある盟友シャロンも同い年のへびどし。一回り下の男の子に同級生と間違えられた経歴を持つ彼女。かつて同じ職場だった一回り上の人もへびどし。茨城のハーブガーデンへ行く途中で気分悪くなってバスのなかで吐いちまった職員さんもへびどし。そんな我々のクラブがある。その名も「にょろりクラブ」。名付け親はシャロン。活動方針「くだをまく」って、特に集まって何かするわけじゃないけれど、なんだか、嬉しい「にょろりクラブ」。
 それを悔しくおもったのか、亥年うまれの夫もクラブを結成した。「まっすぐクラブ」。酔っぱらって寝ぼけて押入をトイレと思ってまっすぐクラブ? だけど、ホント、思い込んだらまっしぐら!の夫。だから、私を嫁にしてくれたんだろうな。「まっすぐクラブ」。後にシャロンに「どどどクラブ」を改名された。ああ、まさしくバイク乗りの夫にふさわしいクラブ名。ただいま会員募集中…らしい。ほんま?

【093 母子手帳よりネタ帳】
 妊娠前から体重もすでに八キロも肥えてしまった。
 次に検診に行くのが怖い。本当は二週間おきの検診。正月だから一週間のばしたけれど、その一週間の間に体重が急激に増加。ああ、やばいよ〜。
 先週まで何事もなく通過できていたドアの隙間も通れなくなり、お風呂に入いれば大量のお湯があふれて排水溝に流れて行く。
 でも、なかなか出来ない体験をネタ帳に記し、ほくそ笑んでいる八ヶ月妊婦なのでした。こうなったら分娩台にまでネタ帳もってあがるぞっ。

【094 鉄分募集中】
 体重計を恐れていてはいけないと、勇気を振り絞って検診へ。
 いつも院長である「じいちゃん先生」なんだけど、その日は大学病院から若い先生が出張して診察にあたっていた。あまりにも若くて「坊や」って感じで、診てもらうのが、ちょっぴり恥ずかしいような、それでいて「おねえさんがリードしてあげなきゃ!」と思わせるような「坊や先生」。
 いつもの「じいちゃん先生」は必要外のことは言わないのだけど、この「坊や先生」は、超音波写真も二枚くれて、「今、二〇〇〇g弱ですね。ちょっと大きめかな」とも教えてくれた。そして、私の子宮高とか復囲とか計って、その数値と見比べたら、八ヶ月妊婦のくせに、胎児も私の腹も九ヶ月近いデカさ!
 この際、ばっちり機能も成長していて、一ヶ月早く生まれてくれれば…と思いながらも、まだまだ出産までにしておかなきゃいけないことだらけ!
 焦ってきた…。
 さて、その検診で、つひに使いました、「35歳以上で初産を迎える妊婦が使える超音波無料券」を。
 が!
 わーい!「今日は無料だ!」と喜びも束の間、妊娠後期の血液検査とかで検査料千百十円。産婦人科、ちゃっかり、してやがる。しかも、検査の結果、妊娠後期にありがちな「貧血」の数値。こぉんなに血の気多いのによぉ〜っ!
 鉄分の錠剤とか薬を手渡されることに。食後二時間、毎日飲むように…とか。ウンコが黒くなる錠剤だ。だけど、薬ばっかに頼るのは嫌だ。これまで便秘知らずだったのに、ここで便秘になるのも嫌だ。病院から帰りにホウレンソウとレバーも買う。次の検診の時には診察室の鉄製品をくっつける磁石になるくらい鉄分増やしていってやる。

【095 デブ母子】
 さて、ドキドキしていた体重は、さらに一キロ増加され、妊娠前よりも九キロ増加。もはや、あとはない九キロデブ。その原因にしたい胎児の大きさは二〇〇〇g弱。ちょっと大きめとは言え、九キロ増加の言い訳にはならない。まいった。
 さらに、苦痛の一つであった背中痛も先生にきいてみた。なんか、こぉ、肺の後ろ側が、夕方になると息をする度に痛くなる。ただ「冷え」が原因の神経痛のような気もするが、それにしてもひどい。
 「背中が痛いんですけど、これも大きくなったお腹が原因でしょうか」と尋ねると、坊や先生は親切丁寧に答えてくれた。
 「大きくなったお腹をかばうために腰や背中に負担がかかります」ふむふむ、本に書いてあった通りの答えだ。「鉄分がたりなかったり貧血でも背中に負担がかかることもあります」ははぁ。そりゃ検査結果みればそうだわな。
 ふと、ここで気が付いた。坊や先生だからってなめかかっていた自分を。大ベテランのドクターよりも、新米ドクターの方がかえって真剣だったりするものだ。四年間遊んでばかりいる大学生より、受験を控えた高校三年生の方が賢いように。そりゃ、いつもの「じいちゃん先生」のほうが安心できてしまうけれど、若いってだけで経験不足の新米って判断するのは良くない。
 「それから、」坊や先生は続けた。「もともと腹筋が弱いと背中への負担は大きくなります」
 あちゃー。それだ。坊や先生、大当たりだよ。
 夕食のときに報告する私に、夫が「そら、みろ」と言わんばかりに勝利の笑みを浮かべるのが容易に想像できる。
 よっしゃ、出産したら腹筋きたえるぞ。いや、次の妊娠のためではなく、あの細いジーンズをもう一度かっこよくはくために!
 子供が小学校に上がるとき「菊池の母さんって年寄りだよな」って言われるだろうけれど、それだけでなく「菊池の母さんって年くってるけどスタイルいいよな」って言われるように。うん。

【096 独身を謳歌している友へ】
 お腹の中でボコボコ動く感触を楽しんだり、あれこれベビーグッズを揃えるのが、けっこう楽しいものだと気づかせてくれた妊婦生活。ホントに、世界が、ひろがった。結婚して世界観がかわり、妊娠して芸の幅が広がり、出産したら……どうなることやら。
 そんな私のことを「裏切り者」と呼んでいるに違いない独身友達に声を大にしていいたいことが一つ。「裏切り者」と呼ばれてもいい。だって、ホントに裏切ったんだもーん。こっちの世界がこんなに幸せに満ちあふれていたなんて! …ってそんなことじゃない。彼女たちに伝えたいことは…子供を産むのなら一年でも一日でも早いにこしたこたぁないっ!ってこと。
 世間では三十五歳以上で初産でも大丈夫とか、今は医学が発達してるからとか言うし、補助もしてくれるんだろうけれど、実際に身体を痛めつけて出産するのは自分、我が身。ほんっと、身体が重くなってくると、しんどいよー。まぁ、これは年齢だけでなく、日頃の体力不足が原因かもしれないけれど。
 独身生活を謳歌している我が友たちよ、今から腹筋が割れるくらいに鍛えておくか、そうでなければ一年でも一日でも早く妊娠することをおすすめする。
 「どーせ他人事」って思ってきいてるでしょ?「結婚や出産なんて自分とは縁遠いものだ」と。ああ、それは、かつての私の姿。しかも、そんな大昔ではなく、つい去年の話。  しっかし、あれだよな。「結婚?別にしなくても…」って言ってたのに、裏切り者の勢いで結婚して「結婚っていいもんだよ、でれでれ」となり、「出産? ぜーったい子供なんて欲しくない」って言ってたのに、できてしまえば、できてしまったで、わくわくしてしまう。私って、ほんっと、幸せな人間なのだな。

【097 非国民気分の朝】
 鳥取で病院から新生児連れ去り事件が発生した。一週間で無事に保護され両親のもとに帰ったと報道されている。でも、これを「無事」と言えるのか。この一週間の両親や周りの人々の心労、新生児自身、経過してしまった一週間を「無」にはできないのだ。今までは、この手の事件が起きても「遠い話」としか理解していなかったのに、やけに身近に感じる。報道の仕方にもいろいろあるが、とにかく、両親の元に戻れたことは喜ぶべきこと。良かった、良かった。
 しかし…。朝日新聞の投書欄には「島根県の病院で…」とあり、同じく朝日系のニュースステーションでも「島根県の新生児連れ去り事件は…」と言っていた。すぐに訂正されたが、鳥取も島根も一緒なんだろうね、関東では。なんて言いながら、隣県である広島に住んでいても間違えていた私なのだから。きっと、七年間暮らしていなかったら、いまだに区別ついてないかも…。
 そんな山陰も大雪が降り、石見の友人からも「すごい雪だよ」とメールが届き、広島市内で暮らす母からも「積もったよ」と電話がきた。「寒いし家にいても暖房代かかるから、これから父さんと道後温泉まで避難するから」と母。そりゃ、ええこって。でも、「一週間くらいかえってこないかもしれないけれど、そのあいだに生まないようにね」ときたもんだ。
 私だって、この寒空に産婦人科に駆け込むようなことはしたくないし、冷え込む時期に乳幼児を連れて退院してきたくもない。お腹の中のサニーだって羊水の中のほうが暖かいんだから、そのくらいわかっているだろう。…だろ、サニー?
 しかし、寒い寒いとは言え、窓が凍り付いてあかない朝があるとは言え、まだ今年の雪をみていない房総半島住民の私は、ちょっと非国民気分なのでありました。
【098 夜遊び】
 ある晩、夢を見た。
 お腹の中でサニーが手をぐーんとのばしていて、その腹の皮を通してサニーの指の形が「グー」とか「パー」とか見える夢。それを夫と二人して「すごいねぇ」と眺めている夢なのだ。
 ふと目覚めトイレに起き、その夢を反芻しながら再び眠りにつくときに、活発に動く腹の中に気がついた。
 サニー、お前、ここんとこ昼間おとなしいと思ったら、夜中に騒いでたんだな。もう、夜更かしして夜遊びを覚えたのか?

【099 サニーグッズ】
 狭い部屋に設置されたベビーベッドの中に、続々とサニーグッズが揃い始めた。秋に広島で買っていた肌着も一度洗濯し、お天道様の下で干した。兄貴一家からゆずりうけたベビー服も準備OK。ベビー石鹸、沐浴布、湯温計、ベビー用綿棒、当面の紙おむつや、哺乳びん……などなど。
 大型グッズであるチャイルドシートは来週みにいく。ベビーカーは考慮中。それにしても、こんなものにサイズや型が豊富にあるのは知らなかった。新生児から4歳まで着用できるチャイルドシートもあれば、半年くらいから9歳くらいまでのシートもある。ベビーカーだって、AとBの二つの型式かと思えば、その中にもいろいろあって、もぉ、カタログみるだけで嫌になってくる。でも、けっこう値がはるものだから、じっくり検討して入手しないと後悔するだろうし。どっちにしても、日本の法律とメーカーにいいようにしてやられてるような気がする。
 「必要かな?」と思われた抱っこヒモも「うちは車で出掛けること多いからいらないや」と買わないつもりだった。
 …が。
 朝刊に折り込まれた近所のお店のチラシ。
 『半期に一度のベビー用品セール』と名うってある。
 これは行かねば。
 そして、「もし買うとしたらこれかな」と目をつけていた抱っこヒモが半額になっていているのを見つけてしまう。
 しかも、残り二つになっている。
 「あー、どうしよう!」
 …と迷った時であった。腹の中からサニーが一発蹴ってくれた。それが「買ってくれよ、母ちゃん」に聞こえ、サニーのせいにして、買ってしまった私。まさに、火の車の家計に油をそそぎ込む行為。
 その結果ではないのだが、ベビーカーはレンタルすることにした。どうせ生後二か月からしか乗れないのだから、生まれてきてからオーダーしよう。もしかしたら、天才児で生まれてきて、二ヶ月くらいで「俺、これに乗るよ」と私のMTBに乗り出すかもしれないし。そうなったら、ベビーカーいらないし。そうなったら、抱っこヒモもいらないけれど。

【100 今のうちに】
 今日もサニーは腹の中で運動会をくりひろげている。これだけ動き回っているのだから、二〇〇〇gからダイエットすればいいのだが。しかし、あと数週間で生まれてしまうと、お腹の中で「ぼんぼこ」動く感触が味わえなくなるのが、ちょっぴり寂しいと思っている今日このごろ。とは言うものの、早く「生」の我が子にも会いたい。…と、楽しみにしながら、今の内に夜の安眠をむさぼっておくよ。

【101 電磁波】
 パソコンの調子が悪い。メールソフトが悪いのか、サーバが悪いのか、私の頭が悪いのか、メールを送信するとフリーズする。酷使してるから、パソコンも疲れているのだろう。
 そう言えば、パソコンの電磁波が胎児に良くないとかも言われているけれど、胎児もパソコンに何か電磁波のようなものを発しているのかも?
 もしかして、サニーがパソコンに電磁波返ししてるのか?

【102 医者嫌い?】
 お腹が張ってしょうがない。
 夕方になると、下っ腹が張り始める。ちょっと歩くと張る。立ち上がるだけで張る。最後には寝ていてもパンパン。陣痛の練習をしているのだと思うけれど、ちょっとばかり不安になる高年齢妊婦。
 「おさまらないようなら、明日、病院にいってみようか」と呟く。
 「うん。いってきな」と夫。
 翌日から張りが減った。
 もしかして、サニー、きいてた? そんでもって病院嫌い?

【103 シングルマザーの村】
 カヌー仲間が面白いことを言ってきた。
 三十路を越えても独身を謳歌している仲間である。なぜか、カヌー仲間にはこの手が多い。いつだったか「なんで、君たちみたいな良い女を、世の男どもは放っておくかな」と酔っぱらいに言われたとき、盟友シャロンが答えたものだ。「私たち、高嶺の花ですから」
 これを聞いた三十路独身女性のカヌー仲間はがぜん勇気がわいた。(当時は私が率先していたのだが)
 私たちは高嶺の花。そう、高山植物!と。
 ところが、高山植物の特徴を述べているうちに、だんだんと声が小さくなった。
 決して群れない。
 荒れ地でしか咲かない。
 崖っぷちで秘かに咲く。
 保護されている。
 採取すると罪になる。
 近づくのも命がけ。
 …そう、我々に近づいてくるのは命がけの行為なのだ。
 我が夫は、命知らずか?
 さて、そんなカヌー仲間がメールで言ってきた。
 『三十五歳以上で初産だと検査無料ってのもいいけど、四十歳以上で初産だと検査どころか出産も無料!と言う画期的な券を出す市町村はないのか? 歳とともに縁遠くなり、しぶとさだけが際だってくる三十路の今日この頃。日本政府も、こんなシングル三十路達が次にさしかかる四十路の滝にささやかなラッキーをもたせてくれてもいいのでは…と思うのだが』
 ふむ、確かに一理あるぞ。過疎高齢化に悩む山陰邑智郡の町村長諸君、いかがであろう?  カヌー仲間の言葉はさらに続いた。
 『その村独自の宝くじを作って、当たったら世界中の精子バンクからどれでも好きな精子を受精できるってのどぉ?』
 これは立派な産業になるかもしれない。いっそ、村に世界規模の精子バンクを作ってしまうとか。そして、DNA研究する科学者を誘致して…。
 だが、真面目な話、『四十歳以上は無料で出産。新生児も成人するまで医療費かかりません』とか助成制度があれば、妊婦が大量に移住してくるに違いない。しかし「老人の次に妊婦と乳幼児の多い村」ってのも、こわいな。

【104 大暴れ】
 昨夜は、腹の中で胎児がドタンバタン大暴れ。
 布団の中では夫が寝相悪く大暴れ。
 こいつら、しっかり遺伝子でつながっていやがる!
 悔しいから、出産のときは私も大暴れしてやる。

【105 タイマー】
 夜、横になると、すぐに寝てしまう夫。
 必ずテレビはタイマーでオフにしてくれと頼むのだが、このタイマーを三十分とか一時間にセットしている。本人は三分で寝てしまうくせに。そこで、寝入った夫の枕元を、がさごそとリモコンを探す羽目になる私。
 「な、なに?」
 時々、夫が目をさます。
 「タイマーは?」リモコンは?と尋ねるつもりで言い間違える。
 「あ、うん、ごめん」しかし、夫はそれに気付かず、どこからか(たいていは背中の下とか、右手の中とか)リモコンを出してくる。
 「タイマー」と呟いて。
 その呟きをきくと「大麻所持」と言い返したくなるのは毎晩のこと。
 さて、そうやって寝入った夜の翌朝、やってしまった。六時に起きて、「さ、弁当つくろっと」と台所へ。
 あれ?
 炊飯器の前で立ちつくす私。
 昨夜、米をといだあと、タイマーしかけるの忘れてた。
 お弁当に変身するはずのご飯は、冷たい米のまま。
 それから、大急ぎで「おいそぎ」スイッチを押し、炊飯器に向かって声援。
 夫出勤ギリギリ一分前に、無理矢理、ご飯を押し込めたのであった。
 ふぅ。
 これで二度目。
 夜は寝ぼけてるくせに、朝は目覚めすっきりな夫は、「なにやってんだか」とクールに私の失敗を見つめる。
 くっそー、今晩、みてろよ。寝ぼけたその顔に油性マジックで落書きしてやるっ!

【106 引っ越してきた人】
 「古くても新居」に越してきて一ヶ月がたっていた。
 二階建てアパートの一階の角部屋。隣は住人がいるけれど、部屋同士はくっついていないので騒音の問題は大してない。上の部屋は空き室だった。これなら、赤ん坊が少々泣いても大丈夫…と思っていたら、引越屋さんのトラックが止まり、お揃いのユニフォームを来た人たちが急に現れて荷物をあげ始めた…上の階に。そう、つひに、上の階に引っ越してきた人がいるのだ。
 ドタンバタンドン。
 大きな物音が響き、引越屋さんが何往復も階段を駆け降り駆け上がり、たいそうな荷物を運び込む。全て無言の作業。プロだ。一時間ほどで作業が終わったのか、引越屋さんは何事もなかったかのように消えた。あとに残ったのは駐車場の車一台。シルバーブルーのシルビア。和泉ナンバー。ちょっとシャコタン気味。大きなマフラー。後部にスポイラー。スクリーンが張られた窓。ちょっと、いや、かなり、ヤンキー系入ってる…と見えた。  ああ、どうしよう、怖い人だったら。
 赤ん坊が泣いたら「うるさい!」って包丁もって怒鳴り込んでくるような人だったら…。  夕方、晩ご飯の支度をしていると、「ぴんぽーん」とチャイムがなった。
 「はーい」
 「すみませーん、上に引っ越して来た者ですが」
 おおっ。挨拶に来られたのか? いまどき、引越の挨拶をきちんとできる人なんて、そういない。こわい人じゃないかも。いや、こわい人だって挨拶はするか。
 玄関を開けると、そこに立っていたのは…。黒い皮のつなぎを着た青年。
 うわっ!
 だけど、その黒い皮のつなぎが可愛そうなくらい似合わない、人の良さそうな笑顔の青年。
 「こんばんは。○○と申します」せっかく挨拶に来られたのに、緊張のあまり、名乗られた名字をきいたはしから忘れてしまう失礼な私。「しばらく、うるさくすると思いますが、よろしくお願いします」関西弁だ。
 ああ、よさそうな人で良かった。この人なら、夫が留守中に大地震に見舞われて生き埋めになっても助け出してくれそうだ。
 「あ、いえ、こちらこそ」こちらも笑顔を返す。「三月に子供が生まれるもので、うるさくすると思いますが、よろしくお願いします」
 「あの、これ…」青年が差し出したのは、浜名湖名物うなぎパイ。「つまらないものですが」
 「あら、すみません」遠慮なくもらう主婦。「いただきます」
 「ご主人様にもよろしくお伝えください」
 不動産屋で、我々が夫婦で先月入居したと聞きつけたのであろうか。彼は、うなぎパイを手渡してくれ、二階へと戻っていった。
 あまり階下で、いちゃいちゃして、二階の彼を刺激しないようにしなければ。
 しかし、新婚(一応)の我々に、うなぎパイ。
 夜のお菓子、うなぎパイ。
 何か意味があるのか、うなぎパイ。

【107 生んでもいい体重】
 九ヶ月に入っての検診日。
 相変わらず、産婦人科は大賑わい。待合室は大混雑。結局、二時間半待って五分で診察は済んでしまったが、「まぁ、家にいるより温かいし」と待ち時間覚悟で出掛けたから、そんなにビックリもしなかったし、疲れもしなかったし、腹もたたなかったけれど。
 それよりも「菊池さーん、体重と血圧はかりまーす」の看護婦さんの声が一番恐ろしかった。
 前の晩、体重計に乗ったら…ああ、嘘といって、六十六キロ。すでに妊娠前からプラス十キロ。それから何度乗って降りても数値は変わらず。…当たり前か。翌朝、見事に快便した後に再トライしても、結果は同じ。二週間前からみれば六〇〇グラムしか増えていないのだけど、だけど、ああ、プラス十キロ。
 その数値は、産婦人科の体重計でも変わることなかった。
 看護婦さん一言。「もう、生んでもいい体重ですね」
 「…はい」母子手帳の妊娠前体重を多めに書き直しておくんだったぜ!
 「間食がやめられない?」
 いや、甘いものは食べていない。もともと甘いもの好きではない。お腹がデカクなって胃を押し上げるから、食事を食べ過ぎてもない。ただ…。ただ、食事の回数が増えているのだ。三度が四度に。朝、夫を送り出したあとトースト一枚。昼ちょっと前にお腹がすいてきて軽く昼食。二時すぎにまたしても空腹感を覚え昼食と同じボリュームの何か。そして四時頃にミカンかバナナ食べて、夫が帰ってきたら一緒に晩ご飯。え?甘いものじゃなくっても立派な間食だって?……う。だって、食べたいんだもん。
 超特急で診察してくれた先生も一言。
 「大きく成長しているようですね」
 中身も大きくなってるんなら、外身もデカクなるのを許してよー。

【108 小説家さん?】
 産婦人科には受付さん二人組がいる。
 最初、無愛想に感じられ、ちょっと怖くもあった。だんだん慣れてくると、ときどき笑顔も見せてもらえ最低限の会話もできるようにもなった。そして、この日、つひに氷がとけた気がした。
 これまで尿検査のカップをもらうのも、忙しそうに手渡されていただけなのだが、この日は、二人そろって目をあげ、ニコニコ顔でカップを差し出してくれるのだ。
 な、なんだ?
 ドキマギしながらトイレへ行った。
 その理由は診察を終え、精算するときに判明した。
 「菊池さん、母子手帳の職業欄を見させてもらったんですけど、」と切り出された。「菊池さんって小説家さん?」
 え?
 そう、恥も外聞もなく職業欄には「物書き」と書くようにしている私。いつも「女優」ってのも考えるけれど、ここんとこ女優活動はしていないので。(女優したことあるのかって? うん。学生時代には映画創ってたし、過疎地域の住民時代は演劇で舞台にも立った。それで収入を得ていたわけではないけれど)確かに「物書き」として一人前に食ってるわけではなく、夫の扶養に入れてもらっている身ではあるが、いつ、なんどき、売れっ子作家になるかわかんない。細々とは言え、創作活動を行っているのだから。
 だけど、「小説家?」と聞かれて、事細かに説明するのもめんどくさい。だから、「ええ、まぁ、そんなもんです」と答えてみた。
 「本か何か出してるの?」
 「あ、いえ」いかん、ボロがでるぞ。「小さなタウン誌とインターネットに連載を」  「エッセイとか?」
 「ええ、まぁ。エッセイも」ここで逆襲に出る。「実は、今、妊婦エッセイも書いてます」
 おめぇ達のことも書いてやったでよ、へへへ。
 受付二人組さん、どうやら、私が有名作家かもしれないと思ったに違いない。うん、でも、近い将来、必ず、そうなるから、期待して待っててよ。そしたら、言うんだろうな、「あの人、ここの病院で出産したのよ」とか。そのうち、私が入院した部屋とか、分娩した台とか、プレミアもんになるかもよ。

【109 全員集合】
 今朝、テレビが倒れた。
 と言っても地震で倒れたりしたのではなく、脳卒中のように画像が消えていったのだ。結婚当初から調子悪かったテレビくん。だましだまし使っていたのだけど、ここにきて、「もう、疲れたよー」とでも言うように、へなへな…と消えていったのだ。ああ。炎の車の菊池家に、再び、過酷な試練が。
 しかし、テレビのない朝は静かだった。代わりにラジオついたけれど。このままテレビなしの家にしたら、サニーは皇族と結婚するだろうか。
 その後、朝食にトーストを食べて机に座り、インターネットに接続しようと思ったら、うんともすんとも言わない。電話の受話器をとったら、ザーッと空電。そう言えば、このあいだ天気の悪い日も同じことがあった。確か、山陰石見でもあった、同じ現象。「雷が入った」という奴。
 回線の中で、高木ブーがウクレレ弾く姿を想像しながら、NTT故障係に無理矢理電話した。すーんごい雑音を交えながら、故障係のおじさんと話した。おじさん、親切だった。おじさんの名前も「キクチ」。ちょっと親近感。おじさんが言った。
 「工事のものを行かせますから」
 おお。高木ブーの次は仲本工事がくるのか!
 駄目だ、こりゃ。
 次、いってみよ。

【110 虐待】
 ここんとこ「幼児虐待」のニュースが多い。
 みな、どうしたと言うのだ。妊娠中の大変な想いを忘れてしまったのだろうか? それとも、妊娠中の恨み!とばかりに虐待に走るのだろうか。
 検診費・分娩日・各種ベビーグッズ・これからかかる育児費…。総計すればアラスカにキャンプに行ける額だ。だから、私はサニーが一緒にアラスカに行ってくれるまで、ものすごーく可愛がってやる。…これこそ虐待?

【111 子供が主体】
 広島の五十路のカヌー仲間がメールをくれた。夏に、妊婦の格好をして房総半島に遊びにきてくれた石田母だ。
 『広島市役所児童福祉課が開催する義務研修に出席しました。児童療育指導センターの先生の話がとてもよかった。発達とは包みをはがすと言う意味で中の状態が整えば自然に花が咲くという事だ。一つの受精卵ができるのに三億の精子が必要で精子を選び着床するときも子供が主体。産んでやったのではない。初めから別の人格を持つ一人の人間。栄養も自分で取り込む。出産日も子供がホルモンを送りその結果胎盤がはがれる。出産も自分で頭をマッサージしながら自分で回りながら出る。急に出ると気圧が違う為、脳に損傷をおこすから。時間をかけてゆっくり出る。出たとたん「オギャー!」と泣いて息をはきだすことで 肺と心臓がつながっている所に栓をして肺呼吸になる。あらゆる困難をくぐりぬけてやっと誕生した子供が「自分が自分であってよかったなー」と思える世の中を作るのが大人の責任…などなど』
 私もその研修に出席した気分になった。
 子供が主体。
 子供が主人公。
 ちょっと前に図書館で見かけた本にもあったっけ。
 「生まれてくる子の性別を気にするのは親のエゴ」と。
 息子がいいとか、娘が可愛いとか言うのは、子供を親の所有物だと勘違いしている証拠なのだそうだ。性別を決めて生まれてくるのは子供の選択。そりゃそうだ。一人で生きていけるようになるまで手助けしてやるのが哺乳類の親の役目。親が子供を所有しているわけではない。
 その数日後、姑が言った。
 「男の子かしらねぇ、女の子かしらねぇ!」
 いまだに女の孫が欲しいと思っているに違いない。三十歳になろうとする息子は自分のものだと思い込んでいる姑は。
   

112【今さらだけど…その一】
 今さら…の話だが『夫と私が結婚に至った』編というのも語っておこう。
 サニーが物心ついたときに読むかもしれない…と想定して。その頃、私がこの世にいるとは限らないではないか。え? そーゆー心配をする奴に限って、次世紀まで長生きするって? それならそれでいいや。
 そもそもの始まりは、そう、一九九九年六月にアメリカ合衆国カリフォルニア州のヨセミテ国立公園にキャンプに行ったことだった……。

 その七年前にもヨセミテでキャンプした経験がある私。実は、さらに、その数年前にも、バイトで滞在していたサマーキャンプの同僚や子供達と一緒に同公園には訪れていた。
 一九九九年、映画「スターウォーズ」の新作を公開日に本国で見たくてバックパックに寝袋とテントを詰め込んで飛行機に乗った私は、まず東海岸の友人を訪ね、大陸横断バスで移動し、西海岸で旧友宅に居候し、そして合流してきた「高山植物仲間(前項参照)」の三人とと一緒に、女ばかり四人でヨセミテに滞在したのだ。六月最初の二週間ほどのことだった。
 それから帰国して、カヌー仲間が載っているという雑誌を見ていた。すると、お便りコーナー的なページに、どこかで見た写真が載っているではないか…。それは、ヨセミテ公園を象徴するハーフドームの姿。その横に「ヨセミテに行ってきました」とキャプションが入り、短いレポートが載っていた。見ると、ほとんど同じ日程で同じサイトにテントをはっていたらしい。親近感がわき、掲載されていたホームページにアクセス。「私も同時期に同じキャンプサイトにいたんですよ」とメールまで送ってしまった。
 すると、律儀にもメールが返ってきた。「もしかして女四人でキャンプしてた日本人ですか?」と。それが、半年後には夫になる菊池誠だったのだ。

113【今さらだけど…その二】
 それから、週に一回程度のメール交換。まさか、こんな風に発展するとは思いもしなかった。実をいうと、それ以前に遠距離恋愛というのを経験したことある私。知り合って、お互いにメールアドレスを交換し、その男性とは、毎朝、毎晩、時には仕事中ですらメールをやりとりしていた。メールで話して、実際に会話してないのに、気持ちまで添付されている気になっていた。彼にとっても私にとっても幸いなことに(?)、その恋は長続きしなかった。以後、遠距離でメールで恋するなんて信じられない絵空事にしか思えなかった。だから、山陰に住んでいた私には関東の「菊池くん」は、ときどきメールで話すアウトドア好きな人としかイメージがなかった。「菊池くん」もそうであったに違いない。今では良くわかる。ネット上の付き合いは軽薄なその場限り的なものだと夫は感じているようだから。彼のパソコン利用方法もメールでの連絡は必要なだけに限っているから。それでも、まぁ、メールが来れば嬉しかったし、ドキドキしなかったと言えば嘘になるが。その辺は、盟友シャロンが良く知っている。
 さて、メールだけで終わらなくなったのは、山陰の酒の話が出たからだった。二週間ほど福島に出張に行くという「菊池くん」に旨い酒を送ってあげようと申し出た私。携帯の番号がかかれて返事がきたので、私も電話番号をメールした。そこへかかってくる電話…。
 初めてきく声。
 緊張しながらの会話。
 出張先の住所をきき、約束通り地酒を送った。
 数日後の夜、電話がなった。
 「もしもし、菊池です」
 「あら、菊池くん」
 声の雰囲気は決して酔ってなかった。が、べろんべろん泥酔状態で本人は何も覚えてないとか。携帯の電波状態が悪く、何度も切れ、その度にかけなおしてくる。しかも、会話は私とするでなく、同じ部屋に寝泊まりしているらしい同僚である「イマイさん」に報告しながら。
 「俺、今度、島根に行こうかな」と言う彼。
 「ほんと? 島根は韓国なんだよ。パスポートがいるよ」と返す。
 これにゲラゲラ笑いながら、「イマイさん、島根はパスポートいるって!」と繰り返している。
 「ほんと、俺、島根に行くよ。そのあと、千葉にきてよ。ディズニーランドいこう」
 「そうねぇ」
 「島根いくよ、いつ、いこうかな」具体的な日にちがあげられる。
 その間も携帯電話は電波障害で何度も切れる。が、すぐに、かけなおされてくる。ちょっと困りはてたころ、電話は切れ、もう鳴らなかった。それはそれで、ちょっと寂しくもあった。
 翌日、出掛けて帰ってくると、留守番電話が入っていた。
 「菊池です」申し訳なさそうな声で。「夕べはごめんなさい。覚えてないんだけど、電話して謝っておけって皆に言われて」
 そして、送られてくる福島の魚。
 出張から帰ってメールも届いた。本当に島根に遊びにくると。酔った勢いでマラソンに出ようと友達と話し、本当に出場して四時間きって完走するだけの男だ。口に出したことは実行する。
 だけど、困った!
 気軽に「おいでよ」と言ったものの、どうしよう!
 どういう気持ちで来るのだろう? あとで判明するのだが、その時は、まさか、向こうも、ぜんぜーん、そーゆー気はなかったらしい。そーゆー気ってどーゆー気? それがわからなくて、ドキマギしてしまう自分。何か下心あってくるんだったら冷たくあしらうべきか。それとも、ただ、単に、島根に興味を持っただけなのに過剰反応してるだけなのか。本音を言うと、ちょっとばかり期待はしたい。
 ちょうど、タイミング良く、カヌー仲間と川原キャンプをすることになった。十二月。真冬の島根で川原キャンプ忘年会。「これにおいでよ」と誘ってみる。これなら、一緒にヨセミテに行った三人も参加するし。寝泊まりする所も特に用意しなくても良い。
 が、会うことになって、心にひっかかる問題があった。ヨセミテでは、彼の存在は全然記憶にないのだが、どうやらテントをはったサイトは隣だったとか。ってことは、向こうは記憶にあるはずだ。女四人でこうるさかった私たちのことを。そして…。何をかくそう、そのとき、私は坊主に頭を剃っていたのだ。大陸横断バスに乗って独り旅するのに、ハクつけようとスキンヘッドにしたのだ。結果は、ハクつくどころか可愛い一休さん。床屋さんで「宗教はなに?」と聞かれる始末。即座に「浄土真宗安芸門徒」と答えたが。親鸞さんのおかげか危険な目にもあわなかったけれど、つんつるてんの坊主頭だったのだ。彼はそれを知っているのか? いや、なにも、下心あってくるわけではないだろうが…、私以外の三人は、一応、まともな可愛い女性。それを期待してくるのであれば、私の正体が、あの小坊主と知ったとき…。
 罪の意識に苛まされ、メールを書いた。「実は、私は四人の中の小坊主です」と。
 彼はすかさず返事をくれた。「女の声しかしないのに、一人、不思議な存在があると思ってみたいたんだ」と。
 ははは。
 しかし、ひいた風でもないし、来るのをやめるとも言ってこない。よっしゃ、それなら、どーんと受けてたってやろうではないか。

114【今さらだけど…その三】
 一九九九年十二月十一日。
 この夜から川原キャンプ。だが、私は「知事と語るシマネスクふるさと会議」の副代表なるヤクザなことまでしていて、この日は、まさに知事と語る日。どうせだから語りあげてやれ!と持ち時間を大幅に過ぎ七年間の私の暮らしを述べた。都会からIターンで移ってきて七年。来年も居続けるであろう!と豪語して。
 それから一時間後、国道沿いの道の駅に向かった。「菊池くん」との待ち合わせ場所。そこには袖ヶ浦ナンバーのダットサントラックが待っていた。運転席をノックすると寝ぼけた顔で彼がいた。
 「こんばんは。ようこそ、島根へ」
 なんだか、マヌケな挨拶だ。
 それから、私の車を先行させて暗い山道をぐねぐねドライブ。皆がキャンプする川原へ。到着するも、皆に「千葉から来た菊池くんです」と紹介するだけで、離れて座ってしまう。せっかく遠路はるばる来てくれたと言うのに、緊張してうまく会話できない私。だって、思いっきりタイプなんだもん、菊池くん!
 その後、仲間と川原に二泊もする。菊池くんも一緒だ。三日目に片付けて場所を移してまた宴会。そこで高級輸入チーズの臭い匂いに包まれて愉快な一夜を過ごして…。結局、彼は私の部屋にやってきた。なんとなーく、いいムードになりかけては、食べたチーズが消化する音がキュルルとお腹から響いてくる。お互い大笑い。翌朝は、二人とも腸がからっぽになるような快便。チーズのおかげ。

115【今さらだけど…その四】
 その後、数日、島根に滞在した彼の車に乗って、今度は私が東へ。
 だけど、まっすぐ関東へ向かわず和歌山へ寄り道。我が父のルーツとも言える村を訪ねる。すーんごい峠を越えて集落へ。幼い頃、一度だけ訪れたことがある家に辿り着く。子供の時は大きな田舎の一軒家だと思っていたけれど、大人になって再訪してみると、今は誰も住んでいない朽ち果てた小さな小屋があった。
 そこでは温泉へ。実は温泉嫌いな私。目が悪いのも手伝って、見知らぬ広い場所に無防備な格好でいることが落ち着かない。って、まぁ、身体に自信ないから温泉嫌いってのもあるんだけど。だから、カヌー仲間とも女友達とも一緒に温泉に行ったことない。ところが!
 今思いだしても我ながら勇気あると思う。
 「露天風呂がある」と言う情報に二人でそこへ向かった。辿り着くと、思いっきり混浴! ちょっとビビッタけれど、ここで「やだー」と引き返すような小娘でもない。えーい、ままよ!と服を脱いで入浴した。ビビッタのは彼のほうであったろう。
 それから静岡まで同行し、新幹線で帰ってきた。
 島根の部屋に辿り着くと、「菊池くん」からの留守番メッセージが待っていた。それから、翌日、速達で配達されてきた手紙。お互いの気持ちを確かめあうように、クリスマスの大雪をおして、彼はまたしても島根にやってきた。
 その時には、そんなに一生懸命想ってもらってどうしよう、私に責任とれるのかしら…なんて心配していた。結婚の二文字がちらつくものの、こんなに簡単に決めてしまってよいものか、本当に私で良いのか、と。
 どうしよう、どうしよう…と心の中でドキドキしながらも、顔を見て言葉をかわすと安心できた。やっぱ、メールや電話では伝わらない感情を彼は持ってきてくれた。
 三日ほど滞在して、夜行バスで千葉に帰っていった。見送ったあと、妙に寂しく思えた。

116【今さらだけど…その五】
 そして、年が明け、今度は私が千葉へ押し掛けた。
 ワーキングホリデーでNZへ旅立つカヌー仲間を見送りがてら、千葉まで足をのばす。彼は東京駅まで迎えに出てくれた。その顔をホームに見つけたとき、涙が出そうになった。そのまま、図々しくも、母と同居している彼の家へ。家についたのは夜遅く十時を過ぎていた。
 「あら」リビングで彼が驚いた顔していた。「すげぇ片づいてる」
 今思うと、菊池母は、すごい勢いで片付けて掃除したとしか思えないくらい部屋は整然としていた。それが普通の状態だと思っていたのだ、そのときは。
 彼の母はもう寝ていた。先に寝ているからと伝言があったので、挨拶は翌朝で良いだろうと心配せず、彼の部屋にあがり、話しこみ、そのまま寝た。そして、そして…、起きたら朝十時!
 ひえーっ!
 あわてて階下に降りる。
 「お、おはようございます。は、はじめまして。」しどろもどろ挨拶。
 「寒くなかった? お布団、下の部屋にだしていたんだけど」と返ってきた。
 うへ。
 息子が初めて連れてきた女友達は、夜遅くにやってきて、そのまま息子の部屋で息子の布団で寝て、しかも朝寝坊して起きてきた…なんてこったい。
 菊池母は、けっこう、きっちりした人に見えたので(そのときは!)、もう、緊張しまくりだったのだった。
 その夜は三人でスキヤキ。テレビでは小泉今日子が出ていた。
 「キョンキョンも、けっこう年よね」と菊池母が言った。
 笑いをとるつもりで「私、同い年でーす!」と言うと、沈黙が流れた。
 ま、まずい…。
 それでも傷口に塩をすりこむように年齢の話を広げていく。年齢から干支の話へ。
 「わたし、ねずみ」と菊池母。
 「あ、私の母もねずみ年生まれです」
 「あら、そう!」
 しかし、同級生ではない一回り違う。昭和十一年生まれの我が母。
 …どろぬま。

117【今さらだけど…その六】
 数日滞在し、島根に戻った。
 その頃には「今年中には結婚」と二人とも考えていた。具体的な日にちまでは決めていなかったけれど。
 彼とは毎晩のように電話で話した。NTTから、けっこうな請求書が来た。島根と千葉を往復するのも金がかかる。
 「なら、いっそ、早くに結婚しようか」
 「いいよ」
 「じゃ、三月」
 「いいよ」
 あっちゅう間に話がすすんでしまった。もともと式をあげるつもりも、結納をかわすつもりもなかったから話は早い。その後、私の仕事が入ったりして「三月で大丈夫か?」と思われることもあり、「ちょっと延期しようか」と自信なく言うと、彼が「え!」と固まり、「嫌だ、三月」と言い切ってくれた。ほ。
 その頃、何が楽しかったかって周囲の反応を他においてない。まさか、私が結婚するとは誰も思ってもいなかったので(私も含め)誰もが皆、一様に驚きの反応を見せてくれた。
 「結婚することになりました」と言うと、ほとんどの人の反応が「うそ!」。それから「相手は人間?男?」。それとも、まるっきり信用されず、「んで、その話のオチは?」と展開される。
 後は、こんな反応ばかり。
 ●「結婚することになりました」
  「ちょ、ちょっと、待って、鍋の火とめてくる」
 ●「結婚することになりました」
  「…誰が?」
 ●「結婚することになりました」
  「あんたがや?」
 ●「結婚することになりました」
  「博打だのぉ」
 ●「え?柿ちゃん、どっかいくの?」
  「うん、嫁にいくの」
  「うへっ!」
 ●なんだか目がすごぉーーーーく覚めた感じ。
 ●とっ、とりあえずおめでとう。
 ●笑う前にいきなりぶっ飛んでしもうたがな。
 ●まさしくこれが二〇〇〇年問題ってやつだね。何も起こらなかったと安心していたのに、このような急展開になろうとは大変驚きです。でも、人命に関わる事ではないので、よかったよかった。
 ●ビッグニュースだと思ってみんなに教えてやろうと思ったら、みんな知ってるの ね。やっぱり、石見町の連絡網の威力はすごい!
 そう、私が結婚というニュースは、中山間地の邑智郡だけでなく島根を駆け巡ってしまったのだ。果ては知事から祝いのハガキが届くほど。そりゃそうだろ。会議で「来年も島根にいます!」と言い切った舌の根も乾かぬうちに、千葉に嫁ぐと言うのだから。
 この中で災難にあったのは、盟友シャロン。私のかつての職場に後任として勤務していたから、共通の知人も多かったのが理由であろうが、まるで、私のマネージャーのように扱われてしまったのだ。多くの人が、直接、私に「結婚するってホント?」と尋ねる勇気がないまま、彼女に電話しては「ところで…」と聞き出したらしい。ごめんよ、シャロン、迷惑かけた。しかも、彼女とは同級生だったことから、「お前もがんばれよ」とか、いつのまにか励ましの言葉までかけられたと言う。すまない、シャロン。
 数多い同じ年頃の周囲の独身女性にも多くの動揺を与えてしまった。皆に「柿(私のことだ)が結婚できるなら私でも大丈夫」と勇気を与えながらも、「でも、どうして柿が結婚できて…」と反感すらも与えたらしい。
 千葉に嫁ぐ前に、あちこちで「壮行会」が計画された。ありがたいことだが、でも、なぜ、「壮行会」?「祝賀会」でない???

118【今さらだけど…その七】
 さて、親の反応も見物だった。
 七年も前の話。和室の座布団をきれいにして「これで、いつ結納があっても大丈夫」とまで言っていた母。それから七年。また、座布団きれいにやりかえなきゃって怒るかな。でも、結納しないからいっか。久しぶりに実家に帰ると…あれ?
 塀が変わってる!
 ええっ?
 ガレージの車まで変わってる!
 庭も違う!
 定年退職した父の退職金で、思い切って改装して新車を購入したらしい。それなら電話で教えてくれても良さそうなものを。
 「あんたをビックリさせようと思って」と母。
 ほほー、そうくるか。それなら、こっちだって。「私もビックリさせようと思って」
 「なに?」
コホン「お父さん、お母さん、大変長らくお待たせいたしました」三十四年だもんな。「結婚することにしました」
 瞬発おかずに母が言った。「まったー。本当だったら連れてきてみんさい」
 …一世一代のこの台詞、信じてもらえなかった娘なのであった。
 それなら、連れてきてやろうじゃないか!と一月末、彼が広島にやってきた。さすがに、そのときには両親とも、これはただごとではないことに気づき、ようやく娘にも結婚話が舞い込んだことを理解していた。
 緊張する彼を連れ、実家へ。父も母もいそいそしている。玄関に入る。彼は、早いとこきちんと挨拶すませて楽になろうとしていたようだ。そうだよな、私みたいに、いきなり寝坊して寝室から現れるって設定じゃないもんな。ところが、母が上手だった。
 「まぁまぁ、先にご飯にしましょう」とテーブルの椅子をひく。そこは兄が座っていた席だった。九年前に結婚して東京にいる兄の。「ここに座って。そこが息子の席だから」
 息子の席…。
 「ああ、はい」母の勢いにおされて座る彼。
 それからスキヤキを囲み、ぎこちなくも会話がはずむ。彼はなかなか肝心の挨拶を言い出せないでいて、母が先に「こんな、わがまましか言わない娘でいいの?」と尋ねた。そして、彼が答えた。「覚悟してますから」
 これが、母のお気に召してしまったのだ!
 その後、ことあるごとに「ごめんねぇ。覚悟してるって言ったばかりに」と持ち出す母。苦笑いの夫。きっと、これは一生言われるだろうな。
 その後、私がトイレにたっている間に、彼はそれとなく挨拶したらしく、肝心の瞬間に私は立ち会えなかった。悔しい。だけど、無口ながらも誠実な彼の人柄を両親にわかってもらえて幸福な一日だった。ただ娘が連れてきた男を信じて結婚を許してくれ、披露宴も結納もなにもしないで嫁いでゆく親不孝も認めてくれて。両親には感謝するばかり。と、面と向かっては照れて言えないのでここに書いておこう。
 二月に一週間ほど今度は私が千葉に赴き、結婚後に必要なあれこれを買い揃える。そして三月、彼が島根に迎えにきてくれた。大丈夫、ちゃんと、一人で引越くらいできるってのに。と思っていたら、ここで初めて気がついた。私、一人じゃ駄目だったんだって。それまで三十四年間、私はぬかりない人生を過ごしてきたと自信あったけれど、彼が手伝ってくれて主導権を握ってくれた引越で、いかに、自分がポカ多くて、彼がいなくては駄目なことに気がついたことか。
 彼が迎えにきたということで、あちこちから友人が集まってくれた。遠路はるばる片道三時間もかけて松江から引越の整理の最中に大勢できて居座ってくれた人も数人いた。…ありがたい。しかし、それは祝う気持ちよりも、彼がどんな物好きかとか、本当に結婚するのか真偽を確かめにって感じで。「もしかして、これ、引越屋さんのオプションサービスなの?」と彼のことを言う失礼な発言も飛び出したり。彼も彼で、そんなこと言われてるとは知らず「俺、人件費高いんだから」と発言してみたり。
 最後の夜は、お世話になりつくしていた町の方々が宴を開いてくださった。披露宴をしない私たちのためにケーキまで焼いて。この町から嫁げることは、とても、とても、幸せなことなのだと涙がでそうになった。結婚が決まったとき、町長が言った。「帰ってきたら家たてちゃる」と。本当だな、町長。直に帰ってやるからな!
 翌日、荷物を満載してシャコタンになったデミオに乗って石見から旅だった。途中、実家に電話して。「じゃあ、いってきます」「はい、気をつけて」受話器の向こうの母の声が涙声だった。
 「あなた色に染めて」と言うところが、色が黒いので染まらない。「あなた色に脱色して」と千葉へ向かった。
 島根から千葉へのドライブが二人の新婚旅行。経由した富士山の壮大な姿を私は忘れない。

119【吹雪の夜】
 チャイルドシートを見に行こうと計画していた一月末の週末のことだった。
 臨月間近になったら映画も当分見にいかれないだろうし、生まれたら、それこそ映画館とは疎遠になってしまいそうだから、映画みて、チャイルドシートみて…と。ちょっとデート気分。ところが!
 朝から雪。去年まで暮らしていた山陰の町では「お、雪だな」レベルだけど、君津では「すげー!何年ぶりだろー!」レベルの積雪。昼間でもどんどこ降り積もって十センチ近くの積雪。
 「今日は仕事休みで良かったね」と胸をなで下ろしたあと、夫は大はしゃぎ。お家で大人しくしていようという妊婦を尻目に、お散歩に行きたくてたまらない様子。部屋にいても窓の外を眺め、「すげー」とか「スノーシューあったらジョギングいくのに」とか「こんな真っ白な世界は滅多にないんだよ!」とコーフン気味。だんだんと妻も血が騒いできて、道路渡ってすぐの八百屋さんに買い物に行くことに。
 雪道を踏みしめて歩くこと五分、八百屋さんに辿り着くとお客さんガラガラ。いつも広告に出たらすぐに売り切れてしまう一斤九十八円の食パンも、たくさん棚に余っている。すかさず購入。おやつにバナナも購入。お豆腐も安いじゃんと購入。卵も買っておけと購入。隣の肉屋さんではレバーも購入。結局、たいそうなお買い物をして帰ってきたのであった。
 夕方になっても、雪はやむどころか吹雪になり強くなる一方。その中、夫が言った。「雪を見ながら焼酎呑みたい」と。「ビールしかないよ」と言う妻。「買ってくる」と言う夫。もうすぐ五時になろうとしていて外は薄暗い。しかも吹雪。普通、外出はしないぞ。しかし、夫は焼酎を呑みたいばかりではなく、雪に埋もれた町の様子も観察したいらしい。「じゃ、行ってくれば」と冷たく言い放つ妻に送られ、夫は玄関で靴をはいていると…バシャ。
 「え?」
 「どした?」
 停電。南国房総半島では雪対策ができていないためか、送電線が接触したとかで停電。雪で停電なんて何年ぶりの経験だろう! でも、ま、すぐにつくだろう…とタカをくくる妻。夫も重要視せずに「行ってくるよ」と焼酎を求めて出掛けたのだった。一番近くの酒屋さんは、八百屋の並びにあるので、雪あっても五分で帰ってくるだろう…と思っていたら三分で帰ってきた。
 「どしたの?」
 「駄目だ。停電で真っ暗。レジ動かないから売ってもらえない」
 「そりゃ、呑むなってことでしょう」
 停電とあり、懐中電灯とキャンドルを持ち出して、ちょっとロマンチックな気分の妻。夫も、キャンプ道具をガサガサ出し始め、ガスのカートリッジとランタンまで登場。ちょっとしたキャンプ気分だ。
 そこで夫婦の会話はストーブに集中した。「古くても新居」で大活躍している灯油ストーブ。夫が中学生の頃からの付き合いで、年代物で妻の言うことはなかなかきいてくれない灯油ストーブ。その名も「ストーブン」。しかし、電源なしで温かさを供給してくれ、お湯まで沸かしてくれ、焼き芋まで出来ちゃう灯油ストーブ。えらいっ! エアコンやファンヒーターでは停電では役立たずだ。今どきの一般家庭ではエアコンやファンヒーターだから、この停電時どうしてるだろう? しかし、電気に頼りきっている現代社会。炊飯器も使えない。あと数分遅かったら、炊飯器のスイッチもいれていただろうから危なかった。そのとき停電開始からすでに一時間近く。でも、まだ、つかない。外は暗くなる一方。テレビもラジオをつかない部屋で、夫はうずうずし始めた。「やっぱり焼酎呑みたい」と。歩いて十分くらいのスーパー(二十四時間営業)ならやっているかも…と呟いている。それには片側二車線両側四車線の道路を渡らねばならぬ。停電して信号もついていないだろう道路を。薄暗い時間に、滑る横断歩道の上を、スリップしてくるかもしれない車を避けて。行きたくてそわそわしている夫。「死んじゃうよ」と極端に心配する妻。「横断歩道で滑って転んで頭うって。それか車がスリップして突っ込んできて」あれこれ想像力が働く。「そうやって生まれてくる子供に会うこともなく死んでゆくんだ。いいよ、お葬式出してあげるから。葬儀屋さんにローン組んで支払うから。子供にもちゃんと言うから。お父さんは雪の中、焼酎を買いにいって死んだんだよって」そこまで言うと、さすがに出られない夫。すると、今度はかわいそうになって「いいよ、行っておいでよ」と言い出す妊婦な妻。そして、結局、夫は出掛け、手ぶらで帰ってきた。「駄目だ。向こうのスーパーも全滅。シャッターしまってた」いつも広告に『二十四時間営業・永遠無休』とうたってあるのに嘘つきだ。
 しかし、けっこう、このとき君津の町は非常事態に入りつつあった。消防車のサイレンが響き、「建物火災発生!」と防災スピーカーが叫ぶ。消防車がどんどこ出動する音がして、しかも、一軒目が消火されないうちに、また「火災発生!」と叫ばれる。外は暴風雨。これは延焼してゆくかも。「きっと、皆、停電で寒いから布団とかもぐりこんで、ロウソクとか使って火事にしちゃってるんだ」と解説する夫。
 その時、我が家の電話がなった!
 「え!」
 停電で電気使えないので電話も使用不可のはずなのに。受話器をとると、ぴーひょろろろ。FAXだ。だけど受信できない。停電でも信号音だけは受信できるのか? 誰からのFAXだろう? 思い浮かぶ名前は「元木」。それは山形の妊婦友達。同じ時期に結婚して山陰から嫁ぎ、同じように妊娠してしまった友人。しょっちゅうFAXで話している。彼女はそろそろ予定日を迎える。
 「生まれたかな」「そうかもね」と薄暗い部屋で会話する我々夫婦。その後、何度がトライされるFAX。だけど、やっぱ、受信できないFAX。山形では「流れん!」と元木夫がイライラしているに違いない姿を想像しながら「生まれたんだね」「うん」と会話する夫婦。  外は嵐のような雪。道路も凍結してくる夜。そして停電。ああ、こんなときに産気づいたりしたら…と怖くなる。
 サニーの予定日が三月後半で良かった。何がなんでも予定日近くまでは腹におさめておかねば。この子が大きくなったら言ってしまうのだろう。「お前が生まれた年は大雪で」と。そして、その度に返されるのだ。「母ちゃん、それ、毎年言ってるよ」と。
 時計は七時をまわり、空腹に耐えかねた夫婦は夕食作りへ。今宵は、鉄分不足の妊婦のために、夫が野菜炒めとレバーを用意してくれるはずだった。しかし、なにも暗い台所で不自由して料理しなくても…と譲歩し、簡単にパスタがゆがかれた。せっかくだから「レバーだけは」と、ニンニクとバターで夫が炒めてくれたが。
 七時十分。パスタ完成。レバーも良い香り。そこでパシャ。
 え?
 電気ついた。
 二時間ぶりの文明の灯の下で、パスタとレバーと食パンを食べ過ぎるくらい食べた夫婦。「結局、あのFAX誰だったんだろう?」「やっぱ、章ちゃん、生まれたのかな」章ちゃんと言うのが山形の友人の名前だ。「章ちゃんは生まれてるよ。章ちゃんの赤ちゃんだろ」そんな小学生のような会話。いまどき、小学生でもこんな会話しないか? 数分後、沈黙の中、夫が呟いた。「そうか、生まれたかー」と。
 それから後片づけし、風呂に入り、さ、寝ようか…と妻が机の上のFAXが用紙を吐き出していることに気が付いた。それは予測通り、山形からのFAXだった。が。
 生まれてないやん、まだ。
 『予定日まで二日。いつくるかドキドキだよー』と書いてあるのだった。

120【やえぐりめんこいわらすこ】
 一月最後の日のこと。
 いつものように六時に起きて、お弁当を作り朝食を食べ夫を送り出した。それから、いつもと同じように、洗濯して、メールチェックして、さ、仕事…とパソコンに向かうのだが、どうも背中が痛い。なんだか息苦しい。ちょっと横になってみる。ああ、このまま寝てしまいそう…。
 と電話のベルがなった。
 「はい、菊池です」
 ぴーひょろろろろ。
 FAXだ。
 「うまれましたっ!」文字が踊っている。山形の元木夫の文字だ。「今日、三時三十七分頃、イイモンつけて出てきました。男の子です。三一四〇グラム。章子も元気です」
 おおっ、つひに生まれたか!
 眠気も息苦しさも吹っ飛び、受話器を握りしめると、山形に電話していた。
 「まーくん、おめでとう! 菊池ですっ!」
 「あ、ああ、ありがとう」眠そうな元木夫の声が返ってきた。そりゃそうだ。明け方生まれたんだから寝ていないはず。それでも、彼は、陣痛がきて前日の夕方から入院し十二時間かかったことや、章子は元気で食欲モリモリで出産直後に芋パンを食べたことなど、話してくれた。
 「そっかー、良かった、良かった!」なんだか涙ぐんでしまう。「ま、とりあえず、ゆっくり休んで。まーくんも章ちゃんも」
 「うん。ありがとう。また、落ち着いたら連絡するよ」
 「章ちゃんによろしくね」
 「うん、言っておく」
 「じゃあ」
 電話を切ったあとも、なんだか興奮してしまう。そのまま、夫の携帯に電話していた。
 「もしもし?」
 仕事中の夫の声だ。一瞬、あ、やばかったかな?と脳裏をよぎる。「今、大丈夫?」
 「うん、どした?」
 「章ちゃんとこ、生まれたって」
 「そっか」眉間にしわよせてる夫の顔がとけそうな笑顔になるのが想像できる程のやわらかい声になる。
 「ごめんね、それだけなんだけど」
 「うん」
 「んじゃ、気をつけて」
 「はーい」
 受話器を置いてから深呼吸。
 さ、次は私の番だっ。
 FAX用紙の一番最後から、父親になった元木夫の喜びの字が、私を見上げていた。「山形弁で言うと、やえぐりめんごいわらすこだ」
 夫にも、この手の台詞をはかせたいものだ。

121【子育て理想論?】
 今日も、いつものように六時に起きて、お弁当を作り朝食を食べ夫を送り出した。寒空の中、真っ白な息をはきながら出勤してゆく夫の後ろ姿に感謝しながら、ひとりぬくぬくと過ごすわけにもいかず、早速、洗濯にとりかかった。小学生の頃、自分や父親が「行ってきます」と家を出た後、母さんはストーブの部屋にいられていいなぁ…なんて思っていたけれど、それは大きな間違いだった。母もストーブを切り家事に専念していた…に違いない。母は和裁の内職をしていて、冬休みは母が仕事部屋にしていた小さな部屋に本や宿題をもって入り、一緒に温まったもんだが。そのとき、ラジオから流れてくる歌を一緒に口ずさんだり、いろんな童話を聞かせてもらったもんだ。うん、なんだか、私って、母親の愛を一心に受けて育ってきたのね。と、今になって思う。
 兄が幼稚園に通っていた頃も、幼い私は内職する母のそばで童謡を一緒に口ずさんでいた。今でも童謡が唄えるのは、そのときのおかげか。新聞の広告で裏が白いものはお絵かきに使った。両方とも印刷されていても固い紙のものは正方形に切られて折り紙になった。母の見よう見まねでいろんなものを折った。今でも忘れてないのも、そのときのおかげか。お昼寝の前には、童話を読んでもらった記憶もある。なんと、幸福な子供時代を過ごしていたことよ。
 母ができたことは、私にもできるはず。同じように、童謡や童話をきかせて我が子を育てたい。昔話や創作話。それから新聞広告の折り紙。自分がしてもらったのと同じように育ててゆけば、間違いはないような気がする。…って自分のように育つだけかな? 少なくとも、虐待を受けた覚えはない。お風呂(当時は五右衛門風呂だった!)でお尻を火傷したのも入れてくれた父が悪いのでなく自分らしいし、お返しに風呂の中で大便したとも言われるし。強いて言えば、物心つく前から両親の登山につきあわされ(一歳で三段峡ハイキングしたらしい。証拠写真もある。だが、歩いたわけではなく父親におぶさってらしいが)、キツイ登山道も登れるように躾けられたことか? ま、この辺りも、私と夫なら同様な行為をしそうだな。「クビが座る四ヶ月が夏だから、あの山に行って…」と、すでに計画し始めてるくらいだから。
 うん、やっぱ、自分が受けてきた愛情を、そのまま子供にそそげばいいんだ。それだけのことなんだ。今、世間をにぎわせている虐待する親って、子供の頃、虐待を受けて育ったんだろうか。それは、とても哀しいことだ。

122【孝行】
 学生時代の友人からメールが届いた。
 三十路間近で結婚し、結婚後しばらくして出産した友人だ。その友人も、まさか妊娠するとは思っていなくて、妊娠してからも「ここんとこ調子悪いなぁ」くらいにしか考えていなかったとか。健康診断でレントゲンをとることになり「妊娠してませんか?」と聞かれて「していません」と言い切ったとか。それでも医師の方が万が一を考えて検査してみたら妊娠していたとか。最後には帝王切開になったらしいが、健康な赤ん坊を出産した。その友人の仲人をされた方の言葉。私なりに解釈してみた。
 「どんな年齢になっても、子供を授かるということは、その夫婦に子育てする準備ができていること」
 そして、もう一つ。
 「子供ができない夫婦は、すでに親孝行のなんたるかがわかっていて、実際に親孝行している夫婦」
ってことは、三十五歳と二十九歳の夫婦は、これから親孝行せねばならぬってわけだ。もちろん、何度も言うようだが、親に直に返すだけが親孝行ではないと理解している。子育てだって自分流に楽しむつもりだ。子育てさせてもらえることに感謝して。だから、我が子にも孝行の強要はしない…つもり。

123【できるようになるもの】
 昨年、子供を生んだ友人からもメールがきた。これまで結婚出産した友人とは遠のいていた連絡が復帰しつつある。やはり、共通の話題があると話しやすいものか。いや、それだけではない。二十歳やそこらの若い頃、一緒にバカやった仲間と言うのは、数年会ってなくても、一気に昔に戻れたりして話ができるものだ。友達ってありがたいと思う。宝だし、何事にも変えられない財産だ。
 私は特に子育てに不安感は抱いていないのだが(今のところは)、その友人から「できるようになるから心配しなくても大丈夫」と助言をもらった。よく、最初の三ヶ月は夜中の授乳が大変とか、最初の三ヶ月までは寝るだけだから楽だとか、いろいろな説を耳にする。それぞれ正解なのだろうし、子供によって異なるものであろう…くらいは理解している。授乳にしても、オムツ換えにしても、離乳食にしても、ま、なんとかなるんじゃないかな…くらいに考えている。発熱や嘔吐となると、ちょっと慌てるかもしれないけれど、生きているんだから…と落ち着いて対処できるくらいの心構えはするつもりだ。いざとなれば、どうなるものだかわかんないけれど、でも、だからって、今からやきもき心配していてもしょうがないもんな。
 「できるようになるもんだ」とは、あちこちから言ってもらえるけれど、昨夜、夕食の支度をしながら実感してしまった。みそ汁の具にタマネギを切っていて気がついたのだ。
 あ、私、料理してるやん…と。
 そう言えば、先週は初めてトンカツも作った。結婚して初めてではない。生まれて初めてのトンカツ作り。三十五歳になるまで自分でトンカツなんて揚げたことなかったくせに、やってみたらできたのだ。けっこう、簡単に。ちょっと、びっくり。世間的には、三十五年間、トンカツを作ったことなかった方が驚きかもしれないが。
 独り暮らししていても、料理の必然性にかられなかった。適当にインスタント食品やコンビニですませたり、たまに弁当とか作っても、そんなにこったもの作らなかった。それで困ったことはなかったものだ。そして、「私は台所にたつよりも、机に向かって創作活動しているほうが建設的だし、社会の為なんだ」なーんて粋がっていたものだ。
 結婚して、「夕食作らなきゃならない」と追われているよりも、「夫にうまいもん食べさせたい」と感じることが増えてきた。ああ、こうやって、皆、料理するようになってゆくのかな。
 みそ汁を作るのも手際よくなった(と自画自賛)し、お弁当の卵焼きだって失敗しなくなった。ときどき、冒険料理をしては、夫が絶句することはあるが、ま、それは、お愛嬌。へへ。
 そう言えば、山陰での最後の仕事で「郡内の中学校で講演」と言うのがあった。地元のハローワークが主催しているもので、かたっくるしい講師先生の眠い講演よりもってことで、私に機会を与えてもらったのだ。そこでは、地元の川でカヌーに乗っていることから、アメリカ独り旅で日本の方言で会話したことなど話した。実際に、自信ない小さな声で「エ、エクスキューズ、ミー」と言うより「ちょっと、通しちゃんさいよ」と大声で言ったほうが人混みをかきわけられたのだ。最後にアメリカで巡り合った人と結婚すると言うと、皆、「うへー」と感嘆の声をもらしてくれたものだ。自分の中学生時代を思い出して、私も力説した。中学時代、英語も家庭科も2だった私。でも、「英語が2でもアメリカに行けるし、家庭科2でも結婚できる」と。うん、ええこと、いうじゃん、わたし。
 こうやって、できるようになってゆくんだろう。だから、子育てだって、自然とできるもんだと理解してみる。

124【八時半の電話】
 広島の実母は、朝のNHK連続テレビ小説を見ている。
 私が子供の頃から、どんな内容のドラマであろうと、家にいるときは、かかさず見ている。留守していて数日みなくてもストーリーについていけるのも魅力らしい。朝の十五分間の彼女の楽しみだ。朝の一仕事を終え、ちょっといっぷくする時間。そして、八時半から、仕事や家事を再開していた。
 そして、そんな事実を知ってか知らずか、祖母や叔母からかかってくる電話は八時半だった。特に用はないのだが近況報告電話というやつか。ときどき、かかってきたり、母がかけたり。必ず、八時半からだった。数分間喋って納得して受話器をおいていた。
 さて、かくいう私も、朝の連続ドラマ小説が嫌いではない。年によっては「け!」と見向きもしないものもあるが、気に入ったドラマだったら、朝みて、昼の再放送を見たり、衛星放送を見ていた頃は日に三度も見ていたりしたものだ。そして、見終わったあと、「母さんに電話するかな」とか思ってしまう。
 なんと、習性とは恐ろしいものよ。
 母も母で、必ず、朝の八時半に電話してくる。  夜してきてもよさそうなものだが、大した用でないときは、朝の八時半なのだ。
 「古くても新居」に越してからは、遠慮なくかけてきてくれる。私も遠慮なくかけてしまうが。妊娠も後期にはいると、月曜朝八時半の電話が定例化してきた。どちらからともなく電話して「まだ生まれてないよ」とか「変わりないよ」とか話してしまうのだ。
 今朝は、ちょっと、お願いがあったので、こっちからかけた。
 ぴぽぱ。
 八時半以外なら、定年退職して家にいる父が出ることも多いが、八時半は必ず母が出る。普段なら「はい、柿本でございます」とよそ行き声で出てくる母の声が、今朝は思いっきり笑いながら出てきた。「はっはっは、今朝は先こされたね」と。
 これも、ささやかな親孝行か。
 あと十年できるかできないかの朝八時半の電話。できなくなったら、きっと、さみしくなるんだろうな。その頃には、サニーがかけてくるようになってくれるのかな、八時半に。

125【脅迫電話】
 山形から電話があった。
 一週間前に出産した友人が赤ちゃんを連れて退院してきたのだ。開口一番、「柿ちゃん、大変やで。体力いるで」実感こもった友人の声に、思わず、へなへなへな…。
 相当な覚悟はしているつもりだは、その覚悟していた友人も「たまらん!」大変さだったらしい。友人としては脅かすつもりはないのだろうが、あれこれ言ってくれる言葉が全て「大変そう」なのであった。受話器の向こうで友人の旦那の声がした。「そんなに脅しちゃいかん」と。そして「俺に代われ」と。代わった旦那が言った。「いやー、柿ちゃん、大変やで、ほんま」
 こらー、おめぇら、夫婦そろって脅かしやがってー!
 思わず笑いがもれてしまった妊婦なのであった。
 あれこれ、励ましてくれているのだろうけれど、結局、最終的には脅しの言葉でしかなかった。それにしても、噂にきく様々な要素が、現実味をおびてくる情報であった。
 しかし、どんなに大変で、どんなにツラクとも、赤ん坊は可愛い!と。二人が声をそろえて言うから、きいていて目が細くなる。二人の息子は「條太(ジョウタ)」と名付けられた。これから、しばらく寝不足の日々が続くのであろうが、それも楽しみながら暮らしてゆくであろう。
 九年近いつきあいになる友人。知り合った頃は二十代も前半で子供のようだった友人。いつのまにか母親の声になっているのが不思議であった。

126【頭】
 三十四週目。九ヶ月半の検診日。
 体重は、おさえにおさえて、二週間前と代わらぬプラス十キロを維持して検診に向かった。胸をはって体重計に乗る。ところが、ほめられるどころか、「え?」と首をかしげる看護婦さん。「前回と一緒?」
 「はい。増えすぎたんで努力しました」と答えているのに、「もう一回乗ってみて」と体重計をうながす。
 ちくしょー。
 もう一回乗っても、針は六十六キロ。へへーんだ、変わらないよーっだ。
 その後、血圧を計りながらカルテを見て「この字でアキコって読むの?」と看護婦さん。
 そう、安芸子。我が母に言わせると「芸を身につけて安全・安心に暮らせる子」と命名。友人達には「安っぽい芸の子」とも言われるが。でも、もちろん「広島出身だから」ってのもある。そこで言い返す。「広島出身ですから」と。
 ところが看護婦さんは「へぇ。京都の芸妓さんみたいね」と反応。
 ……文化がうすいぞ、千葉県君津市。
 さて、気をとりなおして、待ちぼうけて、先生の診察。
 デッカイ腹だして寝ころぶ私に先生が一言。「立派なお腹ですね」
 思わず大声で笑い返してしまった。「ははは!妊娠する前から立派でした」
 それにしても、今日は看護婦さんも先生も、けっこうな失礼発言が多いな。
 超音波も時間をかけてもらえる。九時半に受付をすませた私が診察してもらえていたのは十一時半。まだまだ待合室には妊婦や患者があふれている。それなのに、いつもは、さっと済んでしまう外診も内診も丁寧。さらに超音波は五分以上も時間をかけてもらっている。もう九ヶ月をすぎたからか? それとも、どっか、変なのか? ちと不安になる。
 超音波映像も、いつもは画面を横にずらして、寝ころんでいる私にも見えるようにしてくれるのに、先生だけが見える位置にあり、先生、ちょっと難しい顔してカチャカチャ計算しはじめるし。
 …どしたんだろ。
 普通なら、ここで妊婦が何か質問するのだろうか。でも、性別をきいたところで教えてもらえないだろうし、こっちも知りたくない。元気ですか?と聞くのも、なんだかマヌケに思える。何を聞くべきなのかなぁ。
 すると、先生がついに口を割った。「頭、大きいですね」
 え!
 あわてて付け加える先生。「正常な範囲ですよ」と。
 だが、しっかり、聞いたぞ、頭がデカイと。
 先生は続けた。「大きめの赤ちゃんですよ。すでに二六〇〇g」
 「え!」思わず声が出た。
 あわてて付け加える先生。「推定ですけど」と。
 頭のサイズから体重を推定するらしい。ってことは体重は推定だけど、頭は確実にデカイってことじゃん。それって、もしかして、難産?
 前日の山形からの電話と言い、先生の言葉と言い、分娩台にあがる前から撃沈。でも、ここで「やめる!」ってわけにいかない。勇敢に果敢に挑まねば、出産に。そう、難産だったら、トニー谷の真似をして「なーんざんしょ、なんざんしょ!」と唄ってやる。先生や婦長さんなら、トニー谷を知っている年代だろう。…なんで私が知ってるんだろ。
 夜、夫に報告。「デカイってさ」
 夫、失笑気味に「そっか」。
 私も夫もデカイほうだし、私は骨盤もデカイから、ま、デカクでてきたら、育てるのも楽かな、はっはっは…。笑ってみたら、ちょいと楽な気分にもなった。そうだ、頭がデカイんじゃなくて、身体が小さいんだと思えばいっか。
 夜、横になって夫の寝顔を見た。うん、確かに、夫の頭、デカイ。身体も大きいから目立たないけれど…デカイよ、夫。

127【巨】
 ちょっと前までは「三十五歳以上妊婦」は、母子手帳に高年齢出産の印「高」マークをつけられたらしい。今は廃止されたとか。ところによっては、いまだに押印されるところもあるのかもしれない。三十五歳妊婦の私としては、ちょっと残念。だって、せっかくの機会なのに…。
 噂にきくだけなのだが、今でも残っているのは「巨」マーク。四〇〇〇g以上のベビーを産むと巨大児の印「巨」マークをつけられる…らしい。真偽のほどを確かめたい私。こうなったらデッカイ・ベイビーを産まねば!
 でも、カープファンだから、「巨」の代わりに「カ」にしてもらえんかのぉ。

128【三人目の母】
 広島から石田母がやってきた。
 カヌー仲間であり、影になり日向になり私を励ましてくれる石田母。そう、妊娠初期に、タオルを腹につめて千葉まで遊びにきてくれた石田母だ。ようやく五十代になった石田母をつかまえて、我が母と同じ年代にするのは申し訳ないが、「母」と呼ぶには、我が母、姑に次ぐ三番目の母だ。しかし、「母」と呼ぶよりは近い存在でもあり、その面では一番目の母と言うべきか。
 神奈川に住む自分の娘に会いに来て、そのついで…と言いながら、はるばる千葉まで足をのばしてくれた。わざわざ私のデカ腹をみるために。
 いや、あれは、私がいかなる料理をして主婦しているか偵察するためだったのか? 「古くても新居」に初めてお泊まりしてお客人として滞在。ただし寝たのは寝袋だったが。…すんません。出産や子育ての話の他にも、あれこれ、いーっぱい話し込んで帰っていった。思いのほか私が身軽に動いていることに感心してくれて、思いのほか私が主婦しているのも感心して(?)、「安心したよ」と満面の笑顔で言ってもらえた。会えば、妊婦の不安をかき立てる姑とは大違い。ここにきて出産に大して撃沈気分であった私の気分をもり立ててくれたのだった。
 今度は三月に関東上陸予定。娘の卒業式があるのだ、ちょうど出産予定日頃に。なんだか、自分の母や姑より早くに病院に現れそうな気さえする。いや、もしかしたら、分娩台で力んでいるときに、そばにいるんじゃないか?
 心強い味方だ。
 ありがとう、石田母。
 「炎の車」の家計をあわれんで、肉をたらふく買い込んで冷蔵庫と冷凍庫をいっぱいにして帰っていった。本当にありがとう、石田母。…また来てね。

129【渋谷で瀕死】
 カヌー仲間である石田娘(前述の石田母の実娘だ)が卒業制作で作ったカヌーを展示しているというので見に行った。渋谷まで。
 いやー、東京は人も車も建物も多い…。
 そして、地下鉄の階段を登るのに死ぬかと思った。
 登りの階段が、あんなに、しんどいなんて!
 そして、下りの階段が、あんなに、怖いなんて!
 でも、都内で臨月まで働いている妊婦さんってゴロゴロいるんだよね…。すごいのぉ。私には真似できない。物書きで良かった。

130【ひ、ひどいっ!】
 そんな渋谷の地下鉄の駅から階段をぜぇぜぇと肩で息きらして登りきると、夫が一言。
「まるで病人みたいだな」
 …ひ、ひどい。でも、逆らう気力もなかった。確かに体力不足なんだから。
 九ヶ月半の妊婦としては、しばらく二人でゆっくりお出掛けなんてできないだろうから、美味しいレストランで外食でもして帰りたいなぁ…なんて思っていた。そりゃ、あんまり贅沢できる財政状態ではないけれど。ところが、夫は「早く帰って家でゆっくり食べよう」と。そんな…。帰って何か食べるって何もないし、だいいち料理するのは…誰? だけど、疲れ果てている私の顔を見て、いたわる気持ちで言ってくれたのだと理解し、黙って頷いた。
 東京駅からバスに乗り二時間弱。君津に着いた。満員のバスで、途中、暑くて生汗がジットリ出るも座っていられるのだから我慢、我慢。バスから降りて冷たい空気にふれたときは、正直、ホッとした。
 バス停から歩くこと十分。ところが、だんだんと腹が固くなってきた。疲労感がヒシヒシと感じられる。途中、コンビニが見え、「お弁当買って帰ろうよ」と言いたくなる。が、強がって「パスタしかなけれど、夕食はパスタでいい?」と言っている。「いいよ」と答えてくれる夫。
 しかし、身体は重くなる一方で息苦しい。だんだんと歩幅も小さく遅くなる。苦しくてうつむいて歩いていたら夫に言われた。「前向いて歩けよ」
 …ひ、ひどい。でも、逆らう元気もなく、「うん」とだけ答える。
 なんとかかんとかアパートにたどりつくと着替えるのもつらく、そのままベッドに倒れ込んでしまった。うー、このまま眠りたい…。そこへ夫が冷たく一言。「サニー産んだら、体力つけるんだな」
 …ひ、ひどいっ!
 妊娠したこともないくせに、そんな言葉はくなんて!
 意地で起きあがった。
 動悸がする。
 でも、ねてられるかっ!
 着替えもせずに、そのまま台所に立つとパスタをゆがく鍋を出す。
 蛇口をひねる。
 水を出す。
 鍋に入れる。
 火にかける。
 大きな音で料理しはじめた私に、今度は夫がビックリ。「ど、どうした?」
 答えもせずに憮然とパスタを取り出す。
 「な、なに怒ってるの?」と心配そうな夫。
 「どうせ体力不足よ!」怒ってみせるのだが声が小さく迫力にかける。「妊娠したこともないくせに」
 そこで、初めて、夫は自分の発言と私の体調に気がついたようだ。あわてて「ごめん」と謝ってくる。だけど、ここで許してしまえる気分ではなかった。
 「ごめんよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」仲直りを求めてくる夫に背を向け、しゃがみこんで皿を出す。立ち上がるときに力が入り、ますます下っ腹がカタクなる。
 くっそー。
 「手伝うよ」と言う夫を無視し、ソース用の鍋を出す。
 「これ、二人分?」夫は出したパスタを見る。
 「私は今ほしくないから食べない」と冷たく言いきる。
 「それなら、俺、つくるから」と泣きだしそうな顔の夫。
 「いい」
 しんどいくせに無理して突っぱねる。自分でも愚かだとわかっていながら止まらない。
 結局、私が怒ってバタバタと一人前のパスタを作るあいだ、夫はおろおろして見守りながらも手を出す。できあがる。「ホントに食べないの?」と哀しそうな声の夫。
 「早く食べたら。さめないうちに」
 「う、うん」
 夫を一人にさせ、自分は寝室に飛び込んだ。ベッドにもぐりこむと涙があふれでてきた。  くやしい。
 夫に言われた言葉ではない。その言葉通りの自分。どうしようもできないしんどさ。身軽に動けない我が身。同時に、二人で東京で美味しいもの食べて帰ろうって思っていたのが、こんな現実になってしまった悔しさも。
 だけど、結局、その後、なだめにきてくれた夫に涙の訴えをし「ごめんよ」と抱きしめられると、今度は、悪くない夫に当たり散らしてしまった我が身をのろって謝るのだった。「ごめんなさい」。
 そして、仲直りしてしまうのであった。えへへ。

131【テーマパーク】
 さて、しばらく東京にもお出掛けできないだろうし(って、もともと、そんなに東京までいたわけでもなく、あんまり出たいと思ったわけでもないけれど)、映画館にも行けないだろう。大阪にできるユニバーサル・ジャパンにも行きたいけれど、しばらく、そーゆーテーマパークともお別れ。
 だけど、きっと、子供がいる生活って、毎日がテーマパークや冒険活劇映画に違いない。

132【コント】
 ここ数日で、またしても腹が突き出てきた。
 「いよいよ佳境に入った!」って感じだ。風呂に入る前に、ふと、洗面所の鏡で横から腹をみて、我ながら「でけぇ!」と笑ってしまう。
 ほんま、コントに出てくる妊婦さんみたい。

133【サイズ】
 さて、前回の検診では「すでに二六〇〇gです」と言われ、へこんでしまったが、よーく考えると、それって普通にも思える。今、すぐに二六〇〇gで生まれたら小さすぎて可愛そうだ。予定日がきて二六〇〇gでも、なんだか心もとない。ま、要は目方ではなく健康状態なのだろうけれど。
 だが、私自信、三六〇〇gちょいあった。
 夫は三八〇〇gあった。
 ってことは、そんな二人の子供が三〇〇〇g以下で生まれることの方が大変だ。
 あんまり巨大でも困るけれど、巨大なら巨大で特別でかっこいい…と思おう。

134【クシャミ太郎】
 一昨日くらいから、鼻水とクシャミがとまらない。
 風邪?と思いきや、花粉症の可能性も捨てがたい。山陰に住んでいた頃は無縁だった花粉症。こんなに鼻水じゅるじゅるで、はたして分娩台にあがれるのか?
 「はい、りきんで!」
 「へーっくしょい!」
 「おお、クシャミと一緒に胎児が出たぞ!クシャミ太郎だ!」
 こんな分娩シーンが実現するかも。

135【目と目】
 食後にオレンジをむいた。
 夫と半分ずつテレビを見ながら食べた。
 手がべとべとになった。
 夫が何か言いたそうに目で訴えかけた。
 「あ、ティッシュ?」
 頷く夫。
 一枚とって渡した。
 わかった瞬間、嬉しかった。
 わー、夫婦だーと思ってしまった。

136【チャ、チャ、チャイルドシート】
 いよいよ臨月突入!という週末に、夫と二人でチャイルドシートをつけた。
 さすがに夫の愛車ダットサントラックにつけるわけにいかず、我が愛車デミヲの後部席に。取り付ける前に説明書を読み、一緒についてきた説明ビデオまで見て、「よし」と二人でデミヲへ。取付は簡単そうだった。十分もあれば完成しそうだった。ところが…。
 夫がシートベルト片手に四苦八苦。長い、短い、あ、っくっそー!
 だんだんと表情が険しくなってゆく夫。
 ちょっと怖い。
 その横で「トイレに行きたい」と言い出せずに手伝う妻。
 結局、夫婦二人がかりで一時間半もかかってしまった。
 おそるべし、チャイルドシート。

137【準備万端】
 午後からはベビー布団も干した。
 「いつ、生まれてもおかしくないからな」と嬉しそうな笑顔の夫。
 そう言いながら、これから一ヶ月以上たって生まれてきたら、チャイルドシートは日焼けしてしまっているだろうし、布団だって埃まみれになっているに違いない。
 さてさて、いつ来るのか、陣痛。

138【兆候】
 『そろそろお産が近くなると身体に変化を感じます』
 本を開くと、さまざまな身体の変化が臨月のページに書いてあった。
 『胸や胃の圧迫が取れて息苦しさが少なくなり、食欲がすすみます。』ふむ、確かに食欲はある。だが、前から変わらずあるような気もする。
 『赤ちゃんの下降とともに子宮全体が下がり、お腹の膨らみが下がったような感じがします』ふむ、入浴前に鏡をみると、なんとなく前日より下がった気もする。
 『不規則にお腹が張ったり、下腹部が痛んだりします』ふむ、夜中にそういう状態で目が覚めることもある。お散歩に出掛けて感じることもある。
 『便意を感じたり、便が気持ちよくでないこともあります』ふむ、ここまで便秘知らずできたのに、なんだかスッキリ出きった気がしなくもない。これまで行きたくなかった時間に行きたくなったりもする。でも、でないけれど。
 『尿が近くなり残尿感があります』ふむ、もともとトイレは近いほうだったけれど、ここんとこ、ますます近くなった。夜なんて一時間おきだ。
 『胎動が静かになります』ふむ、そう言えば、前よりは暴れなくなった気もする。
 『腰や恥骨部の痛みが強くなり、足の付け根がつれたりします』これこれ!毎晩、一時間おきに悩まされているのがこれだ! やっぱ、間近に違いない、出産!
 『体重があまり増えなくなります』…あ。前言撤回。相変わらず、増えつつある我が体重。

139【りんげつけつけつ】
 最近の夫のお気に入りは、太股との境界線がなくなったプヨプヨの我がおけつ。臨月腹と同じくらいの大きさだ。赤ん坊、もしかしたら、オケツから生まれるんちゃうか?

140【睡眠中のアクビ】
 夜、一時間おきに目がさめてしまう。
 足の付け根がつるのと、トイレと、その交互。その度に夫を起こしてしまって申し訳ない。どんなに、そっとベッドから出ても、トイレから戻って布団に入ると、眠そうな心配口調で「大丈夫か?」と声をかけてくれる夫。
 「うん、大丈夫。起こしてごめんね」
 この会話、一晩のあいだに何度くりかえされるだろう。
 そのまま睡眠に戻るときもあれば、つった足を自分でマッサージしていると、そっと手をのばしてさすってくれることもある。
 やさしい夫だ。
 この人の妻になれて良かった…と心がなごむ。
 どうせ、夫は、翌朝、覚えていないのだけど…。
 昨夜、同じように目がさめ、ああ、トイレに行こうかな…と布団の中で悩んでいると、夫がうなされはじめた。歯ぎしりもしている。なんか夢を見ているのか?
 「まこっちん」
 ささやいて揺り起こしてみる。
 「うーん」歯ぎしりがやむ。代わりに、ゴジラのような大あくび。「かーっ」
 ああ、起こしちゃった、ごめんね…と思いきや、再び始まる歯ぎしり。
 え?
 寝ていても、あくびするのか、我が夫。
 きっと、サニーもそんな表情を見せてくれるに違いない。

141【臨月検診で再会】
 セブンイレブンの角を右折し、産婦人科に向かう。
 陣痛に耐えているあいだ、夫にここのセブンイレブンに買い物にきてもらうことになるかもしれない…なんて思いながら。
 次の角を左折すると、お世話になっている塚本産婦人科だ。
 おお!
 いつもは、いっぱいこっぱいの駐車場がガラガラだ。今日は休診日ってことないよな?不安を感じながらも、真ん前に駐車して中へ。先客は3名ばかり。受付に診察券と母子手帳を出すと、すぐさま尿検査のカップを手渡された。
 今日は早いぞ!
 尿を提出し一息ついて、鞄からネタ帳を取り出す。四月から連載開始の小説を、まだ、まとめきっていないのだ。待ち時間で、ちょっとでも書き加えよう…と、「今、何ヶ月?」と声をかけられる。
 顔をあげて「ああ!」ビックリ。
 母親学級で一緒だった子だ。
 見ると、もう、お腹はぺったんこ。ってことは「なに?今日は?一ヶ月検診?」
 母親らしき人と、カゴに入ったベビーを連れている。
 ちょうど、一ヶ月前に出産したとか。
 前日には、やはり母親学級で一緒だった人からメールも届いていた。ここにきて、母親学級時代(んな時代、あったのか?)が復活してくる。なんとなく自分より若い人ばかりで話題についていけない部分もあったりしたもんだが、子供が主役になれば、母親の年齢なんて後回しの存在になるのかもしれない。それに、うん、最近の若い人のほうがしっかりしている…なんて思ってしまう。逆に励まされたらしして、さ。

142【赤線】
 検診で、尿を提出したあと、いつもの「体重と血圧測定」が待っていた。
 体重は増えていた。えーい、かまうものかい!と勢いよく体重計に乗った。
 堂々の六十八キロ!
 二週間前からプラス二キロ。
 妊娠前からプラス十キロ。
 思わず、えっへん!と威張ってしまう。
 看護婦さんが冷酷に一言。「自慢できませんよ」
 「あ、はい」
 「注意するよう赤線ひいておきましょう」
 本当に、母子手帳の体重を記入された欄に赤線ひかれてもうた。
 ひー。

143【そして検診】
 待合室に人が少ないと思いきや、だんだんと、ごったがえしてきて、しかも、診察券だけ出して後から来る患者さんもいたりして、結局、いつもと同じ混み具合となってきた。 待つこと二時間。母親学級で一緒だった子の赤ちゃんを見ていると時間をたつのも忘れるが、それでも、しっかり二時間。呼ばれて中に入る。
 先生が外診と内診を淡々とすませる。そして一言。「順調ですね」…それだけかい。「位置も心音も正常です」…それで?「今度からは一週間おきにきてください」…おしまい。
 でも、忙しそうな先生を見ていると、迷惑かけたくなく、そそくさと診察室を後にする私。
ああ、典型的日本人であった。
 それにしても、これで三千八百円。これが来週から一週間毎となる。予定日をすぎたら五日毎とかで、他に検査も増えて検診料も五千円こえるとか。ああ、サニー、我が家の財政状態を察するなら、早く出てきておくれ。

144【母子共に健康】
 日曜日の昼下がり。
 ぽっかぽかと陽があたる窓際に腰かけて、夫が携帯と取っ組み合っていた。
 夫の携帯にはメール機能がついているのだが、夫のデカイ指はその細かな作業に適しているとは言い難い。私のB5サイズのパソコンのキーボードをうつのも眉をしかめるくらい。もっぱらメールは夫のパソコンを使ってのみの作業。しかし、その夫が携帯に友人の番号やメールアドレスを書き込む作業に取り組んでいたのである。
 それは、何故か。
 赤ん坊が生まれた一報を各方面に知らせるため。
 …と言っても、夫の人間関係で知らせる相手は夫の母だけだから、普通の電話ですむ。やたらと多い私の知人関係が夫を悩ませているのだ。電話して「生まれたよ」と言えばいいのだけど、電話が苦手な夫。なんとか、喋らずにすませたいと思っているようだ。そこで、メールで伝えられる相手にはメールで…と、アドレスを書き込んでいたのだ。
 「生まれた直後に、ひとつひとつアドレスを入れてメッセージを書き込むなんて細かな作業はできない!」と思った夫は、さらに作業をすすめた。すでに『生まれました』メッセージの作成まで行っていたのだ。
 腰が痛いよーと無言の訴えをして横になる妻に背を向け、カチャカチャカチャカチャ…。
 「あ、違う」
 「う、消えた」
 「なんでー」
 「もぉ!」
 様々な感嘆符が夫の口から飛び出す。小一時間ほど携帯を片手に作業する夫。ちょっと前までは、腰をさする動作をするだけで、すぐにマッサージしてくれていたのになぁ…と、ちょっと哀しくなる妻。それを、知ってか知らずか、携帯に向かって真剣な表情を向ける夫。
 ああ、今度、生まれかわったら夫の携帯になりたい…と思いたくなるほど。
 メッセージは完成した。
 『生まれました。男・女。○日○時。○○g。母子共に健康。』
 これを編集して、各地に同報送信するらしい。しかし、先に『母子共に健康』と書かれてしまった。これは大変。意地でも母子共に健康な出産にせねば!

145【また、行けもしないのに…】
 年末にFMでディズニーランドのペアパスポートチケットが当たった。出産後はとうてい無理だろうから寒空の一月に夫婦で出掛けた。
 そして、この週末、同じFMで、今度は大阪にできる「ユニバーサル・ジャパン」のペア・チケットのプレゼントを行っていた。映画好きの私たち夫婦としては、とーっても行きたいテーマパーク。しかし、二,三年は無理だろう…と諦めていた。
 それなのに、プレゼント応募の合図が流れるたびに電話する夫。
 「当たっても行けないじゃん」と言う妻。
 「お世話になってるあの人に…」と答える夫。
 夫の頭の中には、すでに当たったペアチケットを、とあるお世話になっている方にプレゼントしようと言う構想がねられていた。そして、週末、ラジオから応募の合図が流れるたびに電話するのだが、ずーっと話し中。無理だよ、やっぱ。
 が。
 日曜日の午後五時すぎ。
 ラジオから合図が流れた。
 腱鞘炎になるんじゃないか?くらいに携帯を握りしめていた夫の指が動いた。そして、叫ぶ。「かかった!」
 そのプレゼントは、合図が流れて七十六番目にコールした人に当たるという過酷な内容だった。そして、なんたることか…。「おめでとうございます」夫の携帯から声が聞こえた。  あ、当たってしまった!
 「ありがとうございます!」すーんげぇ嬉しそうな夫の笑顔!
 また、行けもしないのに当たってしまったペアチケット。だが、その夫の最高の笑顔を拝めただけでも価値ありというもの。ありがとう、インターFM。
 …でも、これで運つかいはたして、グリーンジャンボはハズレかな。

146【外食するのも…】
 出産したら、とうぶん外食なんてできない。
 これが合い言葉になってしまって、先週も今週も、週末は外食をしてしまった。炎の車のくせに。ま、外食ってったって贅沢なレストランにいくわけでもなく、近所の牛丼屋さんとか、安価なファミレスで、ただ、単に、手抜きをしたい妻なだけなんだけど…。
 給料日後だった、この週末、夫が「カツ食べに行こうか」と誘ってくれた。
 週末は夫が食事当番…と自ら豪語している夫。朝からホットケーキを焼いてくれてサービス満点なのだが、夕食に「俺がご馳走するから」と近所のカツ屋さんに連れていってくれた。
 歩いて一分のお店。
 そして、これが、もぉ、ばかうま!
 カツ丼研究家(自称)の私は瞬発おかず「ソースカツ丼」を注文したのだが、これが、もぉ、ほんっとに美味しいっ! やわらかお肉に、さくさく衣。そして手作りのソース。難なのはボリュームがありすぎる点か?(小食の私には…だが、もちろん)
 三十五年間のカツ丼歴で第一位は、邑智郡瑞穂町の国道沿いにある「すぎはら」のカツ丼だが、ここのは二位か三位に次ぐ勢いだ。
 そして、たらふく食べ過ぎてしまって苦しくなる妊婦なのであった。
 ああ、これで悔いなし。このまま陣痛きても体力もりもりふんばれる。
 そんな私を見て夫が言った。
 「これで、今週も生まれなかったら、来週末も外食なのかな」

147【本当に大便なのか?】
 さて、たっくさん食べると、そのぶん排出もされるのが身体の仕組み。
 幸いにも妊娠したからといって便秘知らずの私。もともと快食・快眠・快便な健康な身体であったが、これは妊娠してからも変わっていない。
 カツ丼やら何やら、たらふく食べた翌日には正直に反応する腸が、私をトイレへといざなってくれる。
 が、ここ数日、もよおしてトイレに腰かけてから、ちょっと考える。
 本当に大便だろうか?
 友人から「大便が出る!」と思ったらそれが胎児だった…なんて話を良く耳にする。分娩台にあがって力むのに、「あ、トイレ!」と思って、先生に「うんこ行きたいです」と訴えたら「それは、うんこじゃない。赤ちゃんだ」と言われた友達もいる。ニュースでも便器に産み落とした赤ちゃんなんて報道されたりもする。そこまで安産で生まれればいいけれど、でも、トイレで生みたくない、サニー。
 そこで、トイレで力むのが怖くなる。これで便秘になる妊婦も多いのだろうが、私の場合、力む間もなく、ゆるめの大便が一気に排出されることもある。
 すーっとする。
 そして、それが大便であり、胎児でなかったことにホッとし、ちょっとは軽くなったお腹をさすって安堵するのであった。ああ、胎児が出ても、このくらいスッキリするのかな…なんて。

148【野菜炒め】
 やはり、私には料理の才能がどこかしら欠けているようで、またしても「すごいもの」を食卓に並べてしまった。
 いや、私的には、じゅうぶんイケル野菜炒めだったのだけど。ちょっと炒めすぎの感もあり、あれこれ調味料をいれすぎもした。でも、ま、食べられる…代物ではあった。だが、野菜大好きの夫には「言葉も失う」出来だったようだ。しかも、その日はいつもよりも空腹を抱えて帰宅していた夫。無口に輪がかかった無口になり、さすがに私も反省して涙まで出てきてしまった。
 だって、やっぱ、不味かったんだもん、その野菜炒め。
 しかも、一緒に並んだのが煮くずれたカボチャだったから、夫もフォローのしようがなかったに違いない。
 それでも一応は腹にいれて、少し時間がたつと、夫も口をきいてくれるようになった。
 「今度、野菜炒め作るときは、俺が作るよ」
 「……ごめんなさい」
 またしても涙が出てきてしまう妊婦なのであった。

149【お好み焼き】
 野菜炒めの失敗で涙した私を励まそうとしたのか、やさしい夫が言ってくれた。
 「久しぶりに、お好み焼き、食べたいなぁ」
 広島風お好み焼きなら、夫よりも誰よりもうまくできる得意料理。(料理と呼べるか?)野菜炒めでの失敗を挽回させてくれようという夫の配慮が嬉しい。
 だが。
 キャベツは冷蔵庫にあるが、豚肉、もやし、そば、さつま揚げ、とろろ昆布、天かす…と材料を新たに買ってこなければ。かえって割高につくではないか。しかし、夫の希望を叶えるため、そして名誉回復のため、スーパーをはしごする私なのであった。
 買い揃えたお好み焼きの材料は冷蔵庫の中で今夜の出番を待っている。今、一番恐ろしいのは、この瞬間に産気づいてしまうことだ。このまま入院ってことになったら、あの材料達はいったい…。もし、陣痛がきても、今宵のお好み焼きを食してからでないと出産できない。

150【にょろり】
 三月になった。
 待ちに待った予定月だ。つわりに苦しめられていた夏には、遠いカレンダーの未来としか想像できなかったが、つひに、辿り着いたのだ。ああ、いつ出てくるんだろう…。
 巳年なだけに啓蟄に世に出てきたりして。
 にょろり…と。

151【母と子のサイズ】
 広島の実家の母から電話をもらった。
 さすがに予定日近くなると、母も気が気でないらしく、頻繁に連絡くれるようになった。まるで、母が出産するみたいだ。ま、そーゆー気持ちも私ももうじき母になればわかるものなのだろうか。
 「腹位はねぇ、九十五センチかなぁ」
 そんなサイズを告げたところで安心のもとになるとはしれないが、とりあえず、私を安産で生んだらしい母を安心させるために言ってみる。
 「体重の増え方もさ、同じ時期の母さんと同じくらいだよ」
 私を生んだときの母子手帳をもらったので、その数値と比べてみたのだ。
 「だから、そんなにたいしてデカクないんじゃない?」
 しかし、母は衝撃の一言を言ってくれた。
 「だって、あんたは二番目だったんよ。お兄ちゃんを生んだときは、お母さんはもっとほっそりとした妊婦だった」
 え。

152【また来週】
 そして三十七週目の検診日。
 春一番が関東を吹き荒れた翌日、雨の中、安全運転で産婦人科へ行った。安産運転なんてあれば、即実行するんだが。
 今日の待ち時間は一時間ちょい。
 そこそこの患者さんの中、体重は先週から維持し同じ数値。
 ほ。
 先生とも、そこそこの会話をしながら検診。
 「どうですか?」
 「あ、まだ、良く動いています」
 心音をきくためのマイクみたいなのを腹にあてたら、ドクンドクンドクンと聞こえてくるのだが、その最中にサニーが一蹴り。ドクン!が一つ大きく響く。
 えへ。
 思わず苦笑してしまうが、先生は慣れっこなのか冷静に何事もなかったように外診。
 「お腹が張りますか?」
 「明け方に」
 「出血は?」
 「ありません」
 なんだか、今日は本当の診察みたいだ。
 「まぁ、もう少し、焦らず様子をみてみましょうかね」
 はーい。
 それから内診。
 「ふむふむ。まだ、降りてきてませんねぇ」
 この一言で『今日にも生まれるのか?』とワクワクしていた気持ちが遠ざかる。同時に、執行猶予を与えられたようでホッとする。
 「また一週間してきてみてください」
 「はい」
 ゆっくりと起きあがってパンツをはく。実は、先週、あせって下着をはいて、後ろ前だったのだ。
 お礼を言って診察室をあとにし、受付で会計をすませる。
 半年前は怖くてたまらなかった受付の女性とも、笑顔で会話できるようになっていた。
 「はい、じゃ、菊池さん、検診ですから、三千八百円ですね」
 だからと言って検診費をまけてもらえるわけではない。
 「はい」
 お金を渡して、母子手帳と診察券を返してもらう。
 「じゃ、また、来週」
 サザエさんのように挨拶されてしまった。
 「はい。また来週」

153【しのちゃん】
 山陰で七年間暮らした石見町に住む「しのちゃん」から電話をもらった。
 私と同じ研修生として移り住み、町内の酪農家に嫁いだしのちゃん。保育園に通う娘と旦那そっくりの息子(二歳だっけ、三歳だっけ? ごめん、しのちゃん。でも、人の子の成長は早くて年齢を覚えていられない。ついでに言うと、人の妊娠・出産も早く感じる)がいる。二児と旦那と四人家族…と思うなかれ。彼らの牧場には多種多様の動物が満ちあふれているのだ。本業は酪農だから乳牛がぞろっといるのだが、馬、羊、山羊、ロバ、鶏、チャボ、犬、猫…と思い出せるだけでもこれだけいる。最近は、豚も増えたと言っていた。
 さて、そんなしのちゃんが「もうすぐだねぇ、出産」と励ましの電話をくれたのだ。そこで、しのちゃんが出産したときの様子を話してくれた数年前を思い出した。
 最初に娘を生んだのは、彼女の実家のある京都だった。入院していて予定日より一ヶ月早く誕生したのだった。ちょうど石見町の集落に伝わる伝統芸能の日で、同じ研修生だった「けーちゃん」が石見町に里帰りで遊びに帰ってきていた。服部牧場の主であるしのちゃんの旦那に会って「もうじき生まれるね」って挨拶して、けーちゃんを広島駅まで送りにいって戻ってきたら服部さんから電話があった。「う、生まれたです」
 ひえー。
 しのちゃん曰く「するっと出たよー」
 動物の出産に日夜遭遇しているからか、動じる様子のない母の誕生であった。
 二番目の息子の出産は京都に里帰りしなかった。牧場の搾乳の時間に陣痛がきたらしいのだが「まだ、大丈夫。搾乳を終えてから」と我慢したらしい。ところが、つひに耐えきれなくなって「びょ、病院へ」と、旦那に車で三十分少々の産婦人科へ連れていってもらった。ところが、この日は休日で、いつものドアがあいていない。おろおろする旦那を尻目に「こっちだ」ゲシゲシと時間外受付を目指し、あわてて飛び出してきた看護婦さんが車椅子をすすめるのも「歩きます」と断り分娩室を目指したとか。
 いざ、分娩台に乗ってみると、先生がハサミを手にしているのを目撃。
 「せ、先生、何をしているんですか!」
 「切るんだよ」
 「き、切らないって言ったじゃないですか!」
 「裂けたほうがいいかな」
 「…切ってください」
 産婦人科医と、こんなやりとりをしたとか。
 産後二日ほどで電話もくれた。
 「大丈夫なの?」と心配する私に「ちょっと、ちくちくするです」と笑って答える彼女。
 母は強い!と思った。私には無理だ、とも。
 しのちゃんの話を聞いていると、するっと産めそうな気もする。ありがとう、しのちゃん。
がんばって動物並みの出産をしてくるよ。

154【かわださん】
 山陰で暮らしていた時代から連載を持たせてもらっている広島のタウン誌の担当編集さんが、退職されることになった。わざわざ電話をもらった。陽気に話して受話器を置いた瞬間、なんだか、じんわりと寂しさがこみあげてきた。こんな私でも、いっぱしの物書き扱いしてくださる担当さんだった。また、いつか、一緒に仕事したい。早く、芥川賞をとって取材しにきてもらおう。

155【渡る世間は…春の特番スペシャル】
 それは、夫がいつもより三十分早くでかけなければならない朝のことだった。
 その朝は、姑が駅まで送ってくれと言っていたのだ。バス旅行に参加するために。しかも夫がいつも出勤する時間の十分前。断りきれない夫も夫だが、息子の出勤時間すら気にせず運転手を頼める姑も姑だ。
 「仕方ないから」といつものように引き受けてしまった夫。仕方ないから三十分早めに起きて朝食と弁当を用意する。そんな朝だった。
 姑を送って帰ってきて朝食を食べるという夫。早めにでて帰ってきた。そして一言。「大変なことになった」
 夫の弟が帰ってくるらしい。去年の二月に借金を抱えたまま行方不明になった弟だ。しばらくして落ち着き先から連絡があったらしい。彼もまた結婚していた。そして子供ができたらしく真面目に働いていた。
 いろいろと身の上がわけありな弟夫婦なのだが、またしてもわけあって君津に戻ってくることにしたらしい。その身辺整理を行うとなると本当に穏やかな話ではないのだが、私はこれを「大変」と受け止めずに「吉報」と聞き入れた。そうでないと、臨月腹かかえた妊婦としては対応できない。
 何かあれば運転手や郵便局などを夫に頼む姑。金銭的にも私たち夫婦がローンを払っている家。なんとか自立してもらいたいものだが、全然そんな気配を見せない姑。どこまで夫に甘えれば気がすむのか…。でも弟一家が帰ってきて一緒に住むとなると、これで、お役ごめんになるはず…きっと。しばらくはローン返済の負担は夫の肩にかかるだろうが、夫と生まれてくる子供と三人で君津を出る将来の先行きが見えてきた。
 「いつ、帰ってくるって?」
 「今晩か明日」
 「それで、お義母さんは何て?」
 ここでビックリ。姑はバス旅行をキャンセルすることなく出掛けていったのだった。
 「夜七時頃、迎えにきてってさ」
 うへ。
 さて、夕方。
 早めに帰宅するも、姑を迎えに行かねばならぬ夫は、入浴もできず、夕食にもできず、ただ、ぼーっと雑誌を眺めるだけ。夕食の支度をすませた私も手持ち無沙汰。そこへ夫の携帯がなる。
 姑?と思いきや、弟。
 いま、東名高速を走ってるのだけど、千葉までどうやって帰ればいいの?
 なんと、荷物一式と、嫁と三ヶ月の赤ん坊を乗せて、新免許の彼が首都高に向かっているらしい。
 今晩から、もう菊池家に帰ってくるのだ。
 言葉だけでなく、この素早さに驚くと共に安堵する私。
 これで姑から解放されるぞ…と。
 夫は荷物を降ろすのを手伝ってくれと言われていた。お腹の大きな私は遠慮した。
 しばらくして、今度は姑からの電話。
 「今、幕張あたりなんだけど」とーっても楽しそうな声。今回のことでヤキモキしているのは、本人たちではなく、どうやら私達夫婦だけみたいだ。なんのこっちゃ。
 結局、姑を迎えにいき、その後、弟たちの荷物を降ろすのを手伝いにいった夫。
 「ごめんね」
 なにかと苦労をかけると思ったのか夫がしょんぼりして言った。
 「しっかりしろー」空元気で励ます。「少なくとも、このことでは私は出ていったりしないから」と。
 荷物を運び終えた夫が帰ってくる。
 溜め息。
 「なんだか、昔っから、あの家で暮らしてるみたいにくつろいでいたよ」
 そりゃ、さすが…としか言いようがない。
 末息子とその嫁と可愛い孫娘に囲まれて暮らせば、姑も幸せなのに違いない。
 やれやれ。
 家を出ていて正解だった。
 ローン返済さえ軽くなったら、もっと自分たちのことを考えたスペースに移ろう。
 バタバタしたけれど、希望が開けた一日であった。
 しっかし、あれだな、夫以外、だーれも私が妊婦だという気遣いもないのだな。
 そして、翌日の夕方。
 夫と私はクローゼットにおいていた荷物を取りにいった。スーツや夫のバイク用品など一部は、まだ置かせてもらうことにする。「古くても新居」の我々のアパートは湿気がすごいのだ。だが、置かせてもらうと言ってもこっちが恐縮することはない。まだ、この家のローンを払っているのは夫なのだ。
 それから食事となった。
 昼過ぎに、夫の携帯に「今夜、焼き肉しよう」と電話があったのだ。それは「一緒に食べよう」と言う意味であったと思いたい私。「うん」と答える夫に告げられたのは「ホットプレート持ってきて」だった。
 ……。
 その日は3月3日で、初節句を迎える弟夫婦の娘のために、私たちはケーキまで用意した。ケーキ屋にいくと「おひなまつり用ケーキ」が並んでいた。けっこう高い。そこで無理せずショートケーキにしておいた。主役である姪は4ヶ月弱で食べられないし。後で、ああ、無理してデッカイの買わなくて良かった…と思うのだが。
 いやー、それにしても…ビックリした。
 弟の嫁には姑もタジタジなのだ。なんでもかんでも、ばんばん言ってのける。自分の血のつながった母にも言えないようなこととか、どっちかってぇと下ネタ系も関係なし。私も、とても初対面とは思えない勢いで迎えられた。あの姑でさえ気をつかってか尋ねなかったいくつかの質問(家賃とか、間取りとか、私の妊婦状態とか)を、ばんばか、あびせられた。加えて、夕食を食べながら出産話。食事しながら、出血だとか、浣腸だとか、オッパイだとか…。夫の言うとおり、あの家に、昔っから暮らしていたみたいな雰囲気だった。弟も嫁も思いっきりヤンキー系。そんでもって嫁のほうが3つか4つ年上で、姑の前であろうと、どこであろうと、「アキラ、アキラ」とアゴで使いまくり、アキラもそれに従うのみ。
 つえ〜っ!
 いや、まぁ、あのくらいの勢いでないと同居はやってけないだろうな。
 だけど、経済状態以上にいろいろ問題ありで大変な状態なのを、2人とも、いや、姑を含めて3人とも、深刻に受け止めている様子がなく、それが、ちょっと心配。普通なら…私の感覚でいう「普通」なら、あんなに迷惑かけて出ていった息子が帰ってきたところで、即座に家にあげるとは思えない。それが、今や、すっかり、主。ちょぴっとだけ姑が可愛そうにすら思えてくる勢いで。夫曰く、そうやって許してしまうから駄目なんだ。そうだろう。これが夫だったら、姑の対応も違うのだ。姑にとって「お兄ちゃんは何でも出来て当たり前」で、そうやって何でもさせて自分も頼ってきていたのだ。もう、駄目だぞ。もう、あんたの息子はあんたのものじゃないぞ、姑よ。
 何はともあれ、これで夫も解放されると思いきや…甘かった。翌日には電話があって「ねぇ、ビール買ってきて」だって!ふざけとる!さすがに、夫も腹をたてて、その依頼は蹴られた。ほ。
 「ふざけんな。ビール買う金があるんなら借金返せ!」夫の叫びは胃潰瘍を呼び起こしそうであった。
 とにかく…。我々夫婦は、自分たちと生まれてくる子供の生活を守るために生きてゆくぞ。

156【よってたかって…】
 夫の昔のバイト仲間から電話があった。
 夫に用事かと思えば私に話だった。出産経験のある女性だが、あれやこれやと自分の出産話をはじめ、大変な難産で産後の肥立ちも悪く、きいていて胸が悪くなるような内容だった。とても、これから出産に挑む妊婦を励ますような内容でもなかった。最後には、私が通う産婦人科を「悪い評判しかきかない」とまで言ってくれた。そう言いながらフォローのつもりか「なんて私が言う相手は皆、安産なのよね」と締めくくった。…いったい何の用だったんだろう?
 弟の嫁もいきなり「痛いよー!」と顔しかめるし、姑と一緒になって、腹の形をみては男の子だろうと言い張るし、なんだって、みな、妊婦とみると、一言、そーゆーことを言いたくなるんだろう?
 最初は、いちいち戸惑って、ドキドキして、気に悩んでいた私だが、いい加減、そーゆー反応もめんどくさくなってきた。夫は最初からドッシリかまえていた。「人それぞれだから」そのとーり。
 世の出産経験者よ、今のうちにあれこれ好き勝手言っておいてくれ。私はもう聞く耳持たんぞ。…と言う私も、出産後は、そーゆー人種になりかねない。気をつけねば。…あ、そっか。皆、誰かに自分の話をしたいだけなんだ。そして、私には、この「産GO!35」で胸の内側を暴露してスッキリする場があるんだ。なんて、恵まれてるんだろう!そして、無理矢理、この文章を読まされてる皆さんは…ごめんなさい。

157【渡る世間は…春の特番NG】
 は…ははは…は。
 その知らせをきいたとき、乾いた笑いしかでなかった。嵐のように帰ってきた弟一家が、また、以前の街に戻ると言うのだ。
 な、な、なんですとー?
 あの週末の騒ぎはなんだったんだろう?
 いろいろわけありの身の上の弟一家。あちこちに相談すると、今は、君津に戻らず以前の街にいたほうが安全だとか…。
 荷物もすっかりほどいて、これからの生活のことも話していただけに、姑も夫も、そして本人たちもビックリ&ガッカリ。
 わずか2日の滞在で、彼らはまた去っていったのであった。
 夢でも見ているかのような週末だった。
 ちょっと開けてきていた展望が、音をたててしぼんでいった。
 夫はますます恐縮しきって、「ごめんね」を連発。夫が悪いわけではないのに。これで夫の肩の荷が少しは降りると思っていた私たちだったのだが。
 「俺のなで肩は、なおりそうにないな」と溜め息。
 さらに、明け方、半泣き状態でうなされていた。夢をみたらしい。私が菊池家に愛想をつかして出て行く夢らしい。「どこにも行かないで」と哀しそうに言う夫。…うい奴ぢゃ。
 そして、こんな大騒ぎの中、動じることもなく、出てくる気配を見せないサニー。きっと、お前は大物だね。

158【妊婦の予感】
 3月5日の啓蟄は過ぎた。巳年なだけにこの日に出てくるつもりか…と思っていたのに。
 3月6日。昼過ぎに「もこっ」っと大暴れして、私の腹の皮を破かんばかりに寝返り(?)をうった。「さぇて、そろそろ、いくかな…」って読めた。それから1時間後。散歩に出た。ぽかぽか陽気の春の陽差しの下、銀行と郵便局の用をすませる。夫に頼まれたトトのクジも購入。ふと、感じた。こいつ、明日、出てくる気だ…と。
 何の根拠もない妊婦の予感。
 …でも、しょっちゅうはずれてしまうんだよな。

159【祖父母孝行?】
 3月7日、朝。
 はっはっは、あえなくはずれてしまった、妊婦の勘。明け方からお腹パンパンにはって、臀部の骨の蝶番もギシギシいってるけれど、陣痛はこなかった。
 うーむ。
 そして、朝のニュースを見てわかった。山陽新幹線が一部区間で運行できなくなっている。送電線の故障とか。広島に住む我が両親、「生まれた」と電話があれば、速攻で新幹線に乗ってくると昨日も電話で話していた。飛行機の方が安くて早いのだが、空港まで行く手間暇や天候に左右されることを考慮したのだろう。ところが、その新幹線が動いていない。ってことは、サニーはあれだな、こーなることがわかっていて、今朝、生まれるのを遠慮してくれたんだ…。なんて、都合の良い解釈?
 広島の両親は、私の出産が無事にすむまで予定がたたず、わくわくしながらも、いらいらしているらしい。父曰く「予定日には出てこなくても行くぞ」。ま、言うこときかない子の子なのだから、祖父母の言うことなんて聞きもしないだろう。でも、新幹線が運行するようになった直後に陣痛きたら…。それは、とても祖父母孝行な孫だということか。

160【パンツの位置】
 朝、いつものように夫が我が腹に手をやって胎児に呼びかけようとした。
 「サニー、」と言ってから、言葉がとまった。「なんか、さがったね」
 やっぱ、そう思う、夫?
 私だけの早とちりじゃないよね?
 位置、さがってきてるよね?
 だって、朝、トイレいったとき、いつもとなんだかパンツのゴムの位置が違った気がしたんだ。サニー、さがってきてる。ってことは、もうじきか? 今度こそ、本当にもうじきか???

161【渡る世間は…いい加減に最終回にしてくれ】
 できるだけ考えないようにしていた、姑のこと、家のこと。気にしたってプラス方向にはならないし、溜め息でるばかり。そんなん胎教にも良くないし、自分でも面白くない。別居して顔も声も離れた場所で暮らすようになって、気持ちが楽になっていた。穏やかな妊娠後期をすごして出産を迎えたかった。
 だから、仏心なんか起こして運転手かってでるんじゃなかった。
 今回の夫の弟のことで、姑が気の毒にみえた私が悪かった。
 だが、どうも解せない。
 もう、やだ。
 なんで、末息子には甘いの?
 愛想尽かせないの?
 「死ぬまで面倒見なきゃ」って言ったね?
 ってことは、死ぬまで夫から搾取して、末息子に貢ぐってことじゃん!
 税金5万円の尻拭い?
 「いつも、こうやって、おかあさんが尻拭いしてる」と被害者面。
 なんで、姑が払うの?
 納付書を弟に送りつければいいじゃない?
 夫が一生懸命働いて返済しているローン6万円を、ドブに捨てるようなものじゃない!
 これまでも、あったんでしょ、そーゆーこと。
 生活費やローンとして渡したお金を、弟に送って…。
 姑よ、夫はあんたの何?
 運転手でもなければ、米屋でも、灯油屋でも、ビール運びでもない!
 ましてやローン返済だけみたいにこきつかうなー!
 自分たちの税金や年金納付だってままならない生活してるのに、なんで、あんたが溺愛する息子に貢ぐために、私たちがひもじい思いをしなければならないの?
 もう、払わない、ローン!
 いい加減にしろ!
 そこまでして住むような家なのか!
 お前も弟のところへ行ってしまえー!

 …と言う気持ちを、お風呂で夫に訴えた。
 黙って最後まできいてくれた。
 そして「お義母さんに、そう言っていい?」と聞くと、「駄目」と答えた。
 「なんで?」
 夫が切々と想いを述べてくれた。決して悲観的でもなく、そして、楽観的でもなく、彼の決意と想い。簡単なものではないけれど、しっかり言葉にしてくれる夫の心に、乱れていた感情が静まった。ああ、やっぱ、この人でないと、私の旦那は。ますます重荷を増やし、なで肩が脱臼しそうだけど、信じてついてゆこう。このことをわかっていない姑はバカだ。…いや、もう、そーゆーレベルの感情は捨てよう。夫のために。
 話し込み、湯から出るきっかけを失って、2人とものぼせてしまった。

162【恐怖】
 3月8日。
 再び検診日が巡ってきた。正直言うと、この検診前に出産したかった。だって、体重計の目盛は70キロ。あー、看護婦さん、怖いよー。

163【奇跡】
 今日の塚本産婦人科も患者さんがいっぱいだった。
 「菊池さーん、体重と血圧はかりまーす」
 「はーい」
 恐怖の瞬間…。
 「あ」
 68.8キロ。
 き、奇跡ぢゃ…って薄着してきた甲斐あった。

164【降りてきてる?】
 外診しながら先生が訊いた。「変わりありませんか?」
 「はい」と答えて言ってみた。「なんだか蹴ってくる場所が下がってきた気がするんですけど」
 「張りは?」
 「増えました」
 「定期的に?」
 「あ、いえ、定期的ではありません」
 「それで、今か、今かと、ドキドキしてる?」
 あ、先生、なんだか、今日はノリが軽いぞ。
 超音波で頭をじっくり見る。内診する。それから…。「変わりありませんね」
 へ。
 なんだったんだ、この数日間の「生まれるぞ、今日あたり」とうきうきわくわくしていた状態は? ただの妊婦の勘違い?
 いや、きっと、先生は「焦らないで」と言う意味をこめて診察してくれたに違いない…んですよね、先生???

165【左右不均等】
 風呂上がりにデカ腹を眺めた。
 しみじみ…。
 さわってみる。
 サニーの足と尻がわかる。
 そして、左右対称でないことに今さらながら気がつく。
 右側に背中、尻。左側に足…らしき手触り。
 サニー、その姿勢できつくない?
 身体のカタイ父さんには理解できない格好でしょ?
 サニー、その姿勢できつくない?
 早く出ておいでよ。
 足のあたりをくすぐってみる。
 反応がない。
 ちっ。

166【記念日】
 明日、3月10日は我々夫婦の初の結婚記念日。
 そう、1年前の今日、荷物を満載にしたデミヲで、島根から富士山経由で君津にやってきた。荷物を整理した翌日、夫と2人で君津市役所に婚姻届を出したのだ。
 もしかして、サニーよ、両親の結婚記念日を誕生日としようとしているのか?
 けっこう、イベント好きな子だったりして!

167【耐久レース】
 3月10日。
 初めての結婚記念日を夫婦水入らずで過ごさせてくれる気のつかいようはA型か、我が子よ?
 そんな結婚記念日に、夫は早起きして朝食にピザトーストを用意してくれた。…ああ、幸せ。後片づけもしてくれて一休みする間もなく夫は言った。
 「行ってくるよ」
 秋に奥多摩である山岳マラソンに出場しようとしている夫。24時間で70キロを走破するレース。目標は完走。28cm(メーカーによっては29cm!)の特別仕様の足を持つ夫にフィットするシューズがなかなか見つからなかったのが、インターネットで探しあて、お気に入りのブランドで、ピッタリの靴が見つかった。バレンタインデーのに妻からのプレゼントとして購入。同時期に、ジョギングシューズも入手した。デッカイ靴が2足も増え、ただでさえ狭い玄関はキュウキュウだけど、夫の笑顔がまぶしくて、甘やかしてしまう妻なのであった。
 そのシューズをはいて近場の山まで走りにいくという。トレーニングだとか。週に半分、仕事から帰ってきて30分ばかりのジョギングをする夫。休日には2時間近く走る。別に走るのが好きなわけでなく、どちらかというと嫌いらしいのだけど、身体を動かさないでいると、贅肉ついて年とってきそうで不安なのだそうである。…私への嫌がらせか?  アスファルトの上を走るジョギングは週に半分しているが、アップダウンのある登山道は、ここしばらく走ってない。そこで、家から一番近い山へトレーニングへ行くことに。近いっても登り口まで車で20分。そこまでも走ってゆくと言う。大丈夫なのか、夫よ。
 「今日は携帯電話持っていくから」
 通常のジョギングなら身軽な格好で出てゆくので10円玉しか持たない夫だが、山岳マラソン用に友人から譲り受けたバックパックにシューズや水を詰めてゆくので、携帯も持つという。
 「しんどくなったら、迎えにきて電話するよ」
 そう言われて、ちょっとは安心する。
 いつものジョギングウェアに身を包み、嬉しそうにウキウキして靴を履く夫を見送る。
 「お昼には戻れるかな」朝の9時過ぎ。「お昼ご飯も、俺、作ってあげるから」
 …ああ、幸せ。
 送り出して、パソコンを開け、一仕事。
 カチャカチャカチャ。コーヒー飲みながらカチャカチャカチャ。んー、お腹すいたなぁ。時計を見ると、もう11時をまわっていた。そろそろ帰ってくる頃かな。
 11時半。
 まだ。
 お腹がなる。  12時。
 まだ。
 お腹ぺこぺこ。
 12時半。
 まだ。
 待ちきれない。食べてやれ。
 1時。
 まだ。
 さすがに心配になる。
 1時5分。
 携帯に電話してみる。
 「もしもし」と言う隙すらあたえず機械の声。「留守番電話サービスに転送します」
 え。
 「もしもーし…。今、どこ?」
 何かあったのだろうか。電波が届かないだけ?どっかでケガしてるのかな。ガケから落ちてるとか。でも、どのコースで捜索しにゆけばいいんだろう。
 1時10分。
 帰ってこない。
 1時20分。
 ガチャ。
 玄関のあく音。そして、疲れ果てた声。「ただいま」
 玄関へ飛んで出た。「電話くらいしてよ、心配するじゃん!」
 「ご、ごめん…」なさけなそうな顔をした夫がしょんぼり立っていた。「携帯が充電されてなくてさ」
 「もぉっ!」怒ってしまう。
 「ごめんね」私の後ろをおっかけて部屋をうろうろする夫。「ごめん」
 トイレへ入る私。出ると台所で夫は立ちつくしていた。「ごめんよ。心配してると思ったんだけど。俺も迎えにきてもらおうと思ったんだけど、電話が…」
 そーゆー口の中に何かが入っている。ん?この匂いは?「なんで、たくわん食べてるの」
 「だって、もう、お腹ぺこぺこなんだもん」
 まいりました。
 「お昼ご飯、作ってあげるから、シャワーしてきたら?」
 「う、うん、ごめんね」まだ、しどろもどろにおろおろしている夫。
 「早く、シャワーしてきなさい」
 フライパンを出してチャーハンをジャー。
 さすがに、ばてばてのようだ。心配のあまり怒り飛ばしてしまったが、かわいそうに。疲れ果てて帰ってきて叱られて。
 後でいろいろ聞き出してみると、山に登るまでは良かったそうだ。降りてきてからが読みが甘かったらしく「電話しよう」と携帯を取りだして充電されていないとわかってからは、気分がなえたらしく余計に疲れたらしい。そこから、ちょっと走ってはトボトボ歩き、帰路についたらしい。総距離40キロ少々とか。詳細は【http://www5a.biglobe.ne.jp/~w-hearts/sangaku.htm】それでも筋肉痛も何もでず、慣れないバックパックを背負っての走行だったから肩がちょっと痛いだけという。
 いやはや。
 夫よ、走るなとは言わないし、山岳マラソンも出るなとは言わないけれど、無理しないでおくれ。
 しょんぼりしてる夫。結婚記念日に、もう妻に嫌気がさして失踪したのでなければ許すしかない妻。でも、これ、結婚記念日のたびに思い出して、いじめるネタにしようかな。
 友人に話したら「ベビーシッターしてあげるから、柿ちゃんも一緒にトレーニングして出たら?」と。
 うへー、勘弁してくれ。私の耐久レースは出産だけで十分だ。

168【姑来襲!】
 日本全国に寒波が襲ってきているという週末。
 ニュースではあちこちで雪の映像が見られ、3月というのに冬に逆戻りしたよう…だけど、ここ房総半島はなんたることでしょう。一昨日も昨日も今日も広がりまくる真っ青な空。お庭からは(正しくは、隣の造園業のお庭からは)「ホーホケキョ」と春の声。国道沿いには黄色い菜の花。春爛漫なのどかな日。全国の皆さん、ごめんなさい。
 そんな日曜日の午後。
 午前中に私の車を洗車してくれた夫が、昼食にラーメンを作ってくれた。なんて、いたれりつくせりなんだろう。こんなんでいいんだろうか、うん、いいの…と自問自答しながら、お風呂の足拭きを干しておこうとベランダに出た。
 「あれ?」
 どっかでみたオバサンが一人歩いてきていた。
 誰だっけ?「こんちは」と挨拶しかけて気がついた。
 姑だ!
 まさか、このアパートにやってくるとは思っていなかったから、とっても不思議な映像。
 「花、持ってきたのよ」
 実は、昨日の我々の結婚記念日に、姑の家にメモを残したのだ。ビールを一缶添えて「おかげさまで私たちも結婚1周年を迎えることができました」と。娘の結婚記念日は覚えているようだし、末息子のことでも頭いっぱいだろうけれど、ここにも生活している息子夫婦がいることを自己主張。ちょっと嫌味ったらしいかな?とも思ったが。
 案の定、私たち夫婦の結婚記念日なんて頭になかったみたいだけど、さすがに何もしないわけにいかないと思ったのか、ちょっとした花束を作って持ってきてくれたのだ。
 「どうぞ」と言わないわけにはいかない。
 ラーメンを食べたばかりの部屋にあげる。
 「へぇ、広いじゃない」
 そっか、私たちがローン払ってるあんたの家のほうが広いだろ?…とは口が裂けても言えない。
 「新しいし」
 そっか、私たちがローン払ってるあんたの家のほうが新しいだろ?…とも口が裂けても言えない。
 「これで4万6千円はいいんじゃない?」
 そっか、私たちがその倍ローン払ってるあんたの家よりは整理してるだろ?…とも。
 「あ、お母さん、ここにいらっしゃる
 なんのことない、コーヒー飲んで、アパート中を探索して「いいじゃない」を連発して帰っていった。
 夫は、子供が生まれる前に顔を出してくれたことで、なんだか安心してホッとしてるけれど、私としては、これで、姑が来やすくなって、毎日昼休みにここで過ごすようになるんじゃないかって、すごーく不安。
 どうして、私たち夫婦がこのアパートで暮らしているか、その根本の原因、わかってるのかなぁ。

169【週末メニュー】
 朝、ホットケーキを焼いてくれた夫が、昼にはラーメンを作ってくれた。そして、なんと夕食も用意してくれると言う。
 台所で、ガタガタガッシャーンと音がするたびに冷や冷やしてしまう妻だが、ここは大人しくまかせるしかない。
 出てきたメニューは野菜炒めにサンマのひらき。エノキたっぷりの味噌汁まである。これが、なかなか美味い。…悔しいことに。
 「これからは、野菜炒めも週末メニューかな」
 夫も自画自賛。
 料理が嫌いではないのだと思う。
 おいしい料理が食べたいから「週末は俺がシェフ」宣言をしたのだろうか。
 これまで、カレーは週末メニューだった。私が手をだしてはいけない料理。これに野菜炒めが加わった。
 ま、いっか。
 こうして週末メニューを増やしていって、そのうち、それが週半分メニューになって、食事は全部、夫が当番とかになって…。
 しめしめ。

170【ケチケチした子】
 予定日は3月19日である。
 この日は平日の月曜だが前日は休日である日曜。翌日は祝日である春分の日。ってなことで、友人知人が心配してくれる。「休日に出産すると特別料金とられるよ」と。正月やゴールデンウィークでないだけ安心していたが、休日は休日だ。しかも夜間の分娩だったら時間外料金もとられるらしい。
 まいった。
 とは言え、出てくるものを引っ込めるわけにはいかないし、こうなったら、どのくらいの時間外料金を請求されるのか楽しみにするくらいの覚悟がなければならない。
 加えて。
 初期の頃は1ヶ月に1回の検診が、2週間に1回になり、臨月になってからは毎週になった。おそらく次回からは5日に1回だ。そのぶん検診費もかさむ。
 なんてことを広島の実家の母に電話で話していたら、叱られた。
 「そんなケチケチしたこと言ってたら、ケチケチした子が生まれるよ!」
 あ、そっか。
 もう、じゅうぶんケチケチ節約主婦の感覚になっていて、時すでに遅し…という感もあるが。
 そして、ふと気がついた。私がケチケチしているのは、結婚してからに限ったわけではないことを。幼少の頃から電灯を消してまわり、お風呂のお湯だってちょっとで入浴したり。最近になって聞いた話だが、母が私を出産したときは、とても、とーってもお金に不自由していたらしい。
 私を出産したとき、病院の大部屋は満員で母は個室に入れられたらしい。そして、退院の時に個室の請求書を渡されて「好きで個室を選んだんではない!」と反論し、大部屋料金に負けさせたとか。それでも入院費がたりそうになかったので、見舞いにくる兄弟姉妹に「祝いは現金でちょうだい」と宣言し、退院するときには祝いの袋の中からお金を数え出して支払ったとか。
 …母さん、あんたも、じゅうぶん、ケチケチした出産、したんじゃないか。
 …だから、私がケチケチした子に育ったんじゃないか。
 でも、ケチの割には経済観念がまるでない姑よりはいいと思うな。

171【最終回】
 あらかじめ言っておくが、私は木村拓哉をカッコイイとは思わない。特別に好きでもない。たれ目だし、より目だし、不愛想だし。全然、カッコイイとは思っていない。だが、その、たれ目で、より目で、不愛想なところが似ているのである…我が夫に。
 わかってる、わかってる!
 我が夫を知る人は「えーっ、全然、似てないよー!」って言うだろう。
 だが、私にだけ見せてくれる、ちょっとした表情の隙間に、その顔があるのだ。
 月曜の9時から、その木村拓哉のドラマをやっていて、これまで連続ドラマなんてバカにして見なかった夫までが、はまって毎週見ている。そう、視聴率がバカにいいらしい「ヒーロー」っちゅうドラマ。これまで多かった恋愛モノでないのがいい。誰がキスしたとか、誰が寝たとか、そんなんじゃないのがいい。テンポもいい。カメラワークもいい。木村拓哉の脇を固める俳優陣がいい。それでいて安心して見られる。勧善懲悪。気がついた。こりゃ、水戸黄門のノリなのだと。
 2月の後半から、毎週月曜10時までテレビを見て夫と言うようになった。
 「来週は見れないかもね」
 そう、出産のために入院していたら、ドラマどころじゃないだろう。
 「ビデオに撮っておいてね」
 と願ってみるが、陣痛の真っ最中だったら夫もビデオどころじゃない。
 なんて言ってるうちに予定日一週間前が終わった。
 来週こそ予定日。
 そして、月曜日。
 「最終回、見れないかもね」なんて言いながら、2人とも心で思っている。
 来週も見終わってから、「やっぱ、見れたね」って話してるのかも…と。

172【楽】
 「サニーよ、早く出てきて母さんを楽にしておくれ」
 とデカ腹かかえてフーフー肩で息をしながら願う日夜であるが、出てきたら出てきたで楽でないのは必至。今のうちに安眠をむさぼろう。
 いずれにせよ、子供は親の思い通りにならないことを、すでに実感。

173【3月13日】
 ホワイトデーの前日のこと。
 帰宅してきた夫が開口一番言った。
 「ごめん、ホワイトデーだけど、何もない」
 「…ホワイトデー、明日だよ」
 「…あ」
 しまった!と顔に表情が浮かんだのを見逃さなかった。

174【ひとり】
 そして、ホワイトデー。
 「ただいま」
 夫は頼んでいた除湿剤を買って帰ってきてくれた。湿気の多い「古くても新居」の押入にいれる除湿剤。受け取りながら、今日一日のあれこれを話し込む私。そこへ…。
 「はい、ホワイトデー」と夫が小さな包みを出した。
 「え。」
 CDが1枚。
 ゴスペラーズのCD。
 「一番新しい奴にした」
 照れくさそうに言う夫。
 早速、デッキにいれる。
 うひゃ!
 第一声からキュン!となる歌詞だった。
 「この歌詞知ってて選んだの?」
 「いや、」夫も戸惑い気味。「一番新しかったから」
 私も照れ隠しにお腹に声をかけた。
 「ほら、サニー、見て。いいでしょ。お父さんに買ってもらったんだよ」
 CDには3曲はいっていた。冒頭の曲にキュン!となり、3曲目にジーンときた。ニュースステーションの曲にもなっている歌『永遠に』だった。
 昨夜のことも、今日がホワイトデーだとも念頭になかった私。一応、バレンタインデーにはプレゼントはしていた。「チョコレートは顔にブツブツできるから」と言う夫にありきたりのプレゼントはしない。秋に山岳マラソンを完走しようとしている夫が欲しいものは、28cm(メーカーによっては29cm!)の足を包み込むシューズ。ジョギング用でもなく、山岳マラソン用。サイズがサイズなので、なかなか見つからなかったが、インターネットでオンラインショッピング。届いた商品は夫も大満足の一足だった。
 だけど、ホワイトデーの頃は出産間近だから、それどころじゃないだろうとお互いにふんでいた。昨夜の一言もあったことだし。
 明日から一日中かかっているだろう、ゴスペラーズの『ひとり』。

175【さしょうさん】
   予定日直前の検診日。
 相変わらず大繁盛の塚本産婦人科。いつも、ごったがえしている待合室に気になる人がいた。毎週木曜日に訪れる私と同じ検診日なのか、「さしょう」さんと呼ばれる妊婦さんがいるのである。いつも、チェックのマタニティを着ている。そういう私もマタニティは薄手フリース地のベージュの1枚しか持っていないから、検診日はいつもこの服。私が気がついているくらいだから、向こうも気がついているだろう。「あ、また、同じ服の菊池さんだ」とか。
 見たところ、お腹の出具合は私くらい。ってことは、もしかしたら出産も同じ頃になるかもしれない。今のところ、会話も会釈もないが、同時期に入院したりしてたら、どちらからともなく言いそうだ。「いつも会ってましたよね」と。
 それにしても看護婦さんも受付の人も呼びづらそうだ、「さしょうさん」。
 だけど、この辺では少なくない名字らしい。

176【心拍数】
 さて、今日の検診では、「ノンストレステスト」をすることになった。
 デッカイ腹の周りをぐるぐると帯みたいなのをまいて、先端にあるデッカイ聴診器みたいなのを2つ、腹にぺったりつけるのである。そのまま30分くらい楽に横になってるだけでいい検査。胎児の心拍数とか調べて、胎児がお産のストレスに耐えられるかを調べる検査だ…と説明書をもらった。要するに「お腹の張り具合」を調べるらしい。
 明け方や夜になると、ギューッとカタクなるお腹。
 昼前には、拳をつきださんばかりに暴れる胎児。
 実は、30分間一人で横になって検査を受けるのだが、これが、けっこう退屈ではなかった。カーテンの向こうから聞こえてくる先生と他の患者さんのやりとりも聞こえたりして。
 そんなん聞き耳たてちゃいかん!と自制心が働くのだが、分娩後3日目で傷口が痛むとベッドから降りてきた入院患者さんの訴えは、聞かずにはいられなかった。だって明日は我が身。
 いや、そんなことで退屈をしのいでいたわけではない。腹から発信された(?)胎児の心拍数が表示される心電図らしき針の動きがめまぐるしくて楽しいのだ。130くらいかと思うと、急激に170になったりする数値。これって、サニーの心拍数…だよね?何をそがぁに興奮しとるんだろう?たまにビクッと動くと、針もビクッと振れる。それも記録される。その動きを見守りながら、30分経過した。
 「張りました?」
 看護婦さん登場。装置をはずしながら尋ねられ答えた。
 「ちっとも」
 そう、せっかく検査してるのに、我が腹はキュンとも張らなかった。
ちっ、もったいない。
 その後、外診、内診といつもの診察があり、このテストの結果も見て先生が言った。
 「19日という予定日は気にしないでおきましょう」
 つまり、ちーっとも生まれてくる気配はないってことだ。
 ま、のんびり待つとしますか。

177【老体】
 それよりも、ちょっぴりショックだった。
 毎度の検診で尿たんぱくや浮腫(むくみ)などを調べてもらって、「マイナス」と一発勝負に合格していた。気になるのは体重増加だけだった。ところが、浮腫の検査をする先生の手が、いつもと違ったのだ。
 いつもは外診のあと、足のふくらはぎの下あたりを先生がグイッと押して、その戻り具合を見るかみないかの早さで「マイナス」と言うのに、今回は一度押して、「ん?」と反応があり、もう一度押して、さらに逆の足まで押されて「プラスマイナス」と。
 つまり、ちょぴっと、むくみが出ているってこと。
 がーん。
 「立ち仕事しましたか?」
 「いえ、」前日、パソコンに向かう時間がいつもより長かった。「机に座りっぱなしだったかも」
 「ちょっと横になることも大切ですから」
 「はい」よしっ、公認でお昼寝できるぞ。
 「あと、塩分は控え目に」
 「はい」もともと薄味だけど。でも、気をつけよう。
 だが、しかし、サニーよ、母の老体は、だんだんとガタがきてるぞ。早いとこ出てきておくれよ。

178【でこぽん】
 デコポンという柑橘類をご存じであろうか?
 2年くらい前だったか、両親と瀬戸内海の島にに登山にでかけたとき、地元農協で売られていたデコポン。それが私とデコポンの出逢いだった。ハッサクのように見えるが、その名の通り「デコ(頭)の部分がポン」と出ているのだ。形は不細工だが、けっこう甘くて美味い。お気に入りの果物となった。ちょうど、北朝鮮の爆弾「テポドン」が話題になっていた時期でもあり、母と2人で言い間違えたものだ。「デコポン」と「テポドン」を。
 そんなデコポンとスーパーで再会した。地元農協で安く売られていたのに比べて高級品だった。しかし、ちょっと手が出る価格にまで下がってきていた。一つ買って食後に夫と半分づつ食べた。
 夫の顔も輝いた。「うまいじゃん、これ!」
 「でしょ!」嬉しい妻。
 そして、かつて妻が言い間違えたように夫も言い間違えた。「これ、デポコン?」
 …それじゃ、ロボコンだよ。

179【全国でドキドキ】
 北は北海道から、南は広島…島根、いや、山口、下関まで、全国各地の友人知人家族親戚をドキドキさせている奴がいる。あらためて紹介するまでもないが、我が胎内の子、サニー(仮名)。
 「私までドキドキしてきた」とメールをくれたけーちゃん、母娘で日替わりに電話してきて様子を確認してくれた石田母娘、一月末に出産してすでに子育て真っ最中の山形の夫婦、「三日以上メールが来なかったら生まれたと思えばいいね」とメールをくれた広島の同級生、「明日から韓国に焼き肉食べに行くんだけど、もう出た?」電話をくれた島根のカヌー仲間、そして島根県邑智郡の面々、初めての甥or姪の誕生を心待ちにし電話がなる度にドキドキしてくれているらしい東京の兄貴夫婦、冷静さを装っているもののそれ以上にドキドキしているに違いない広島の両親…。
 各方面から電話やFAXやメールで問い合わせられてくる。
 その度に「まだだよーん」と答えるしかない私。下手すればプレッシャーにもなりかねない皆さんの反応だが、まだ、今のところ「こがぁにたくさんの人に待ちわびてもらってるだ」と嬉しい気もする母心。

180【何痛?】
 明け方になると痛む。
 どこが?と言われても特定できないのだが、まず、鈍痛に目が覚める。太股の外側の筋肉が突っ張ってるような感覚。我慢できずに起きあがると、痛みは太股からお尻へと移る。腰…の付け根というか、なんというか…。
 もしかして陣痛なのか?
 サニーが降りてこようと骨盤を広げているのか?
 身体の中身を想像してみる。
 ああ、だが…イテテ。
 思わず声がもれたりする。
 本物の陣痛はこんなもんじゃないに違いないが。
 その声に夫が目覚めたりする。
 腰をさすってくれて、その気持ちは大変ありがたいのだが、夫よ、そこじゃない。
 しばらく座っていると痛みはおさまる。
 この痛み、何痛なのだろう?
 お尻の重みに耐えかねた肉が悲鳴をあげているようにも思える。

181【牛乳効果】
 朝一に冷たい牛乳をマグカップいっぱいに飲み干した夫が、トイレから出てきて、 さわやかな笑顔で言った。
 「朝から3回目。3回とも快便」
 …いいなぁ。
 牛乳のみほしたらサニーも出てこないかなぁ。

182【夢】
 臨月に入り、ときたま不安な夢を見るようになった。
 出産はするものの、その後、サニーがいなくなる夢だ。医師が「ちょっと実験してみたいので」と連れ去ったり、問題があり姿を消したり…と。自分の腹がへしゃげているのだが、出てきているはずのサニーは登場しないのである。
 ふっと目が覚めて恐ろしくなる。
 半分寝ぼけて夫に「サニー、連れていかれちゃった!」と訴えてたりしているのだ。
 いかん、今からこんなことでは。
 最初は心配してくれていた夫だが、最近はなれたもので、「大丈夫、俺がとりかえしてやるから」と呟き、再び眠りの世界に戻っていっている。そのカッコイイ言葉に妻は安心するが、案の定、夫は翌朝は覚えていない。
 自分の年齢のこともあり、無事に出産できるか不安な気持ちを隠すことができないが、夢にまで見るとは。「男でも女でも健康であればいい」と誰もが言ってくれるが、私としては「健康でなくても生きて誕生してきてくれれば」と思いなおさずにはいられない。障害を持って生まれてきたとしても…。もちろん、我が身が持つだろうか…の不安もあるが。
 なんて自分と子供のことばかり考えていた明け方、さらに恐ろしい夢を見た。夫が殺害されるのである。なぜか有名ボクサーと対戦することになった夫が、相手ボクサーを狙うかたせ梨乃と浅野ゆう子に刺されてしまうのだ。それを実家の母のタンスの前で知る私。なんだか良くわからん設定が夢としか言いようがないが、その夢の中でも「もう夫に会えないんだ!」と思っただけで苦しくなり…目がさめた。
 「死んじゃったよー!」と夢うつつの夫本人に抱きついてみた。
 「な、なに?どした!」夫が驚いて目を覚まし、その声に私も夢から引き戻された。
 「あれ、いるじゃん」
 「どした?」
 「……。」
 良かった、ちゃんと、いる。
 ほ。
 安堵すると同時に痛感した。
 ああ、1年で私はここまでこの人に依存しきった日々を暮らしているのだ、と。

183【あら、出てたのね】
 風呂に入る前に、パンツを脱いで鏡を見てみた。
 横向きになって腹をチェック。
 「さがってきてるかなぁ…」
 無意識に下腹をかいて、ん?と気になる。
 鏡を利用しないでは見られない部分、下腹部。
 「あれ?」
 ちょっと赤いような傷跡のような縦線?
 「これって妊娠線?」
 それともパンツの跡?
 入浴後に夫に見てもらった。「ねぇねぇ、これって妊娠線かな?」
 「…え?」戸惑い気味に夫。「わからん。そうかな」それで励ますように一言。「でも、別にいいじゃん、誰かに見せるわけじゃないんだから」
 そりゃそうだ。一番見せられる本人がそう言うんだから気にしないでいいだろう。
 実は、気になるどころか、出来て嬉しかったりもする。
 せっかくした妊娠。この際、妊娠線なるものも生で見たかった。
 だけど…。今のこの腹じゃ…生で見れない。
 サニー、早く出てきて妊娠線を鏡なしで確認させてよー。

184【落ち着けない夫】
 夫が久しぶりに帰省してきた友達に呑みに誘われた。
 しかし、予定日間近がばれて「お前は来るな」とまで言われた。哀しそうな夫。結局、私からも「行っていいから」と友達に告げて、揚々と出掛けていった。
 「何かあったらすぐに電話してね」と言い残して。「呑まないから、俺」とも言い残して。しかし、2時間もしないうちに帰ってきた。かわいそうに心ゆくまで呑むことすらできない。ま、長い人生でそうそうあることでないこの月日、我慢してよ。
 と思っていたら夫が告白した。飲み物をオーダーするのに「ウーロン茶」と言ったのだが、行きつけの店だけにマスターが「まさか菊池君がウーロン茶ってことはなかろう」と気をきかせ、ウーロン杯を作ってくれたらしい。当然、夫はそれを呑んだらしいが。

185【もしもし?】
 明け方、寝返りをうったら夫が目を覚ました。
 肩を叩かれた。
 「なに?」と尋ねると、「なにが?」と寝ぼけ声が返ってきた。
 「今、もしもし?って叩かなかった?」
 「もしもしって何?」
 「……」駄目だ、こりゃ。「おやすみ」
 「うん」
 こーゆーことが数回ある。どうも、夫は寝返りをうつたびに、無意識に私がそこにいるかどうか確かめているに違いない。トイレに行くときも目を覚ましてくれる。そして、「大丈夫か!」とビックリしたような声をかけてくれる。時々、腹が張ってるときもあるが、ほとんど、全然、大丈夫な私。そのとき、「大丈夫だよ」と明るく答えるのが申し訳ないくらいに「大丈夫か!」と陣痛が始まったに違いない!というような反応をしてくれる。だから、ちょっと、苦しそうに「うん、大丈夫」と演技してみる妻なのであった。
 どっちにしても、翌朝、夫が覚えていることではないが。

186【何の日?】
 3月19日。
 何の日だっけ?
 えーっと…。
 あ!
 出産予定日じゃん!
 ちょっと前の気持ちでは、もう出産して退院して寝不足の毎日を過ごしているはずだったのだが。
 えーっと、子供はどこ?
 ……まだ腹の中ぢゃ。

187【つひに!】
 3月20日。春分の日。
 明け方、また夢を見た。サニーが生まれていた。でも、両脚がなかった。こわかった。嘘だー、腹の中でこがぁに蹴飛ばしてるじゃないかー。
 起きて、トイレに行った。
 あ。
 少量の出血。
 これは、まぎれもなく…「おしるし」という奴だ。ってことは、ここ数日のうちに出てくるのだね、つひに。遅くとも2〜3日中に。早ければ今日にも?
 夫に告げた。
 「…そっか」
 心なしか、顔がほころびかけていた。
 「サニー、出てくるときは、するっと出てくるんだよ」
 昨夜、最終回を最後までキッチリ見たキムタクのドラマ。その間にあったCMの一言。
 ブレイクスルー。
 うん、サニー、ブレイクスルーっと出ておいで。イヒ!っと出ておいで。
 みな、待ってるよ。

188【執行猶予】
 朝10時を過ぎて病院に電話してみた。
 一応、出血があった場合は電話をするよう書いてある。今日は祝日だし、当番の看護婦さんが出るのだろうか…?
 「はい、塚本産婦人科です」
 「あ、お世話になっております菊池です。昨日、予定日だったのですが、」落ち着いて話しているような演技になってしまう。「今朝方、ちょっとだけ出血がありまして…」
 「出血だけなら大丈夫ですよ」演技でない落ち着いた女性の声。「痛みが5分、10分間隔になったら病院へ来てください」
 「はい、わかりました」素直に従う。
 「遠出しないでくださいね」とやさしく付け加えられた。
 「はい、ありがとうございます」
 「お大事に」
 ふー。
 ちょっと一息。
 執行猶予をもらったような気がする。

189【出産前の一仕事】
 昨日、仕事のメールがきていた。
 創刊当時から連載をもたしてもらっている島根のタウン誌を、5月号で最終回とすることになったのだ。先週、送った原稿を最終回用に書き直す。締切は来週の週明けくらいだが、この調子でいくと入院中か、退院して帰ってきていてもそれどころではないだろう。タッタカター!と指をキーボードに走らせ書き終えた。メールに添付して送る。
 もう一つお仕事メールがきていた。4月から邑智郡のHPに小説を連載する話がある。一ヶ月分の原稿は送っているのだが、その打ち合わせ的なことが一つ、二つ。そのうちの登場人物紹介文を、またしても、タッタカターと書く。メールに添付して送る。
 いつも、このくらいの集中力とスピードで原稿書きができれば良いのだが。
 パソコンに向かっていると時間を忘れがちになる。
 が、どうもパソコンを開けていると、胎内でサニーがもぞもぞする回数が多いようにも思う。それに、なんだか、張ってくる回数も増えてきたな。まだ、痛みはないけれど。
 おっと、こんなことしてる場合じゃないか。
 今のうちにトイレ掃除しておこっと。
 台所のゴミも。
 それから…。

190【なかにはの「なか」】
 出血は少量ずつではあるが止まらない。
 陣痛の「じ」の字も来ない。
 ときどき、張るだけ…。
 と、ドキドキの一日を過ごした。
 しかし、朝になっても変わらず。
 うーん。
 痛くないのだから不安に思わなくてもいいのだが、痛くないのが不安だ。
 トイレに行く。
 出血は相変わらず、だ。
 明日が検診日。
 でも、今日、行ってみよう。
 病院へ行った。
 いろいろ検査した。
 んで「おしるし」の範囲でしょうと診断された。
 「特に心配することないですね」と答えて、『ホッ』と安心するのと同時に、『まだかよー』と不安にもなる。身勝手なもんだが。
 帰ってから本を広げた。
 『おしるしがあって、ほとんどの人は一両日中に出産となります。中には4〜5日かかる人もいます』
 …すでに一両日はたっている。ってことは、私は『中には』の『中』だね。

191【楽しみは最後まで】
 広島の母も電話の向こうでヤキモキしている。
 「楽しみにしとるんじゃけんね」
 「うん、」わかっとる。楽しみなのは私も一緒。「ま、楽しみは、なるべく長期に渡って楽しんでよ」
 生まれてしまえば、どっちかな、男かな、女かな…なんて楽しみもなくなっちまうでしょ。…と自分に言い聞かせる。うん、楽しみはのけておかなきゃ。
 そう思うと性別を聞いていなくて正解。陣痛の苦しみを乗り越えてからわかるご褒美だ。  

192【大物】
 しかし、たっくさんの人を待ちぼうけにさせ、電話なるたびにドキドキさせ、仕事も手につかないようにさせ、我が子ながら、なかなかの大物だ。
 推定体重を聞いて納得した。
 3800g。
 …大物だ。
 ドンと来やがれ。

193【】



出産編に続く
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