
春の野原のように、のびのびと、すこやかに、おおらかに育ってほしい。
誰もが幸せを感じるような、春の野原のように…。
そう願ってつけた(ことにしている)娘の名前。
春野。
その娘が生まれて半年くらいのときだったろうか。
すやすやと眠る娘の顔を眺めながら「ああ、どっか旅をしたい」と、日本地図を眺めていた。
そして、なにげなく目をやった高知県に見つけてしまった。娘と同じ名前を持つ町、春野町を。
その夜、仕事から帰ってきた夫に告げた。
「高知県に春野町って町があった!」
夫、いつもの冷静さのまま答えてくれた。
「うん、俺も最近みつけた。静岡にもあった」
何も知らずにすやすや眠る赤ん坊を横に、地図帳を広げる夫婦。
あった。
春野町。
行ってみたい。
それから8年の月日が流れ、2009年5月。つひに、そのチャンスが到来した。
泊まるところもなにも決めず、ただ、バックパックに寝袋とテントをつめこんで、地図を片手に旅にでる。結婚する前は、それぞれ、そんな気ままな休日を過ごしていた夫と私だが、娘が生まれてからは『護りの態勢』にはいってしまい、寝泊りする場所を確保してからの旅行をしていた。
だが、娘も8歳。もう、最低限の危険からは我が身は守れるはず。
…と言うことにして、娘が3年生になったゴールデンウィークに『無計画の計画』が実行された。
行き先は高知県春野町。ただ、それだけ。
あ、それから同じく高知県にある安芸市。だって、私の名前は安芸子。
夫の名前である「誠」のつく町は見つけられないけれど、とにかく、行こう!
幸か不幸か、世の中は不景気真っ只中。不況の影響をモロにうけている自動車業界で働く夫は、GWが11連休という長期休暇。総理大臣自ら無駄遣いを推奨する低額…じゃない、定額給付金もでた。ETCをつけている愛車に乗れば高速道路は千円。それぞれのバックパックに、それぞれの寝袋を背負って旅に…と言いたいところだが、この『ETC千円』のフレーズにのせられて、この度の旅は車に決定。いざとなれば車中泊もできるし…と。思いっきり日本政府の仕組んだ罠にはまってしまうようで悔しいが、きちんと税金を納めている日本国民としては、餌にひっかからないではいられない。
とは言っても、罠にははまっても、渋滞にははまりたくない。
そこで、カレンダー的には平日である5月1日の夕方から出発することにした。
夫が「夕日が沈む時間にしまなみ海道を渡ろう」と提案。
なんてロマンチストなの、夫。
そのためには、三次を5時には出発したい。
だから、娘が学校から下校しだい出発。
だが、よりによって、1日(金)は6時間!
そわそわしながらも、午前中は夫はプールへ。私は仲間とソフトバレーに。じっとしていられない夫婦。
午後から寝袋だのテントだのを車につみこむ。
午後2時。
なにやら外が賑やか。
窓から見ると、あ!母さん!
県北の山帰りの両親が寄ってくれた。
そうなんだよな。この二人に育てられたんだよな、私。お金がなくても、いっぱいのかけうどんを家族4人で分けて食べてでも、この両親に連れられて、休みには「お出掛け」していたんだよな。とりあえず車にのりこんで。海辺に赤い三角テントで一週間暮らしたこともあったよなぁ。お金がなかったっても、いっちばんリッチな体験をさせてもらってたんだよな。娘にも、大人になった時、そんな風に思い出して笑ってもらいたいもんだわ。
…しんみり思い出しているそばで、あわただしく、二人の72歳がトイレを借りて帰っていく。
午後4時。
そろそろ娘が帰ってくる時間。じっとしていられず、自転車に乗って、娘の学校方面へ迎えに出てみる。MTBなので、迎えに出たところで、二人乗りして帰ってこれるわけでもないのだけど。
まだ6校時が終わったばかりで、子どもたちの姿は見えない。今回の旅を楽しみにしていた娘は、「終わったらすっとんで帰ってくるよ!」と鼻息荒くして登校していったが…。
あ。
学校の門から、すっとんで来る小さな姿が…。
娘だ。
後にも先にも、他の子どもの姿はなし。
3年生にしては小柄な娘が、ただひとり、本当に、弾丸のように、すっとぶように駆けてくる。
「おかえりー!」
「母さんっ! 早く、早くっ!」
自転車をUターンさせる間に、娘、すっとんで駆けていく。
はやっ!
普通に歩けば10分の距離を、いつもは30分近くかけて帰ってくる通学路を、3分で駆け抜け、家につく。
「早ぉ、シャワーしんちゃい! 母さんは、制服を洗濯しとくけぇ!」
連休明けの学校に間に合うように、制服と体操服を洗濯して干している間に、娘はシャワーで汗を流し、なんと、宿題もほとんど終わらせていた。
プリントと漢字ドリルのほかに、5月末の運動会で踊るヨサコイの練習も宿題らしい。娘の小学校では運動会で3年生はヨサコイを踊る。1年生のときから、それが憧れだった娘。嬉しくてたまらない。車に乗り込む寸前まで、「やーれんそーらん…♪」と歌って踊っていた。
夫が最終チェック。
テント、OK。
寝袋、OK。
地図、OK。
戸締り、OK。
午後5時、三次を出発。
やった。
ギリギリ日没前に尾道へ到着。
しまなみ海道にのる。
尾道市から6つの島と7つの橋を経由して今治市へ。
せっかくの旅だ。娘には地理の勉強と漢字の勉強。
向島、因島、生口島、多々羅大橋、大三島、伯方島、大島、来島海峡大橋、今治市…。
なんて読むか?
どこから愛媛県か?
なんてノートに書いていた問題をだしあってると…おおっ!
真っ赤な夕日が!
お団子のようにまん丸な夕日が、瀬戸の島々に沈んでいく!
うぉー!
きれいじゃー!
因島大橋の上で奇声をあげる一家であった。
大浜PAで休憩。
夕日を背中に浴びながら、ここでもヨサコイを踊る娘。
お腹ぺこぺこの夫は、尾道ラーメンのセットのWとたこ天を食べる。
この、たこ天が美味しく、ただそれだけで幸せいっぱいの一家であった。
…と、ゆっくりしていたら、すっかり日が暮れてしまっていた。
あとの橋と島は暗くてよく見えない。
海も暗くてよくわからない。
誰?しまなみで日没を迎えようって言い出したのは?
ラーメン食べずに渡りきってから、食事にすればよかった…とは、今さら言えず、ひたすら夜のしまなみ海道を突っ走り、四国上陸。
愛媛県に上陸して高知県まで。海岸沿いを走って、徳島、香川をまわって四国一周をするのもおもしろい。地図を勉強し始めた3年生の娘も楽しいだろう。しかし、車酔いがはげしい娘には、やさしくない四国の道。
一気に南下するか…。
ETC千円の誘い文句につられて、そのまま松山道から高知道へ。
信号もなく、スイスイ走る高速道路で、娘は爆睡。私もウトウト…。
黙々と運転していた夫だが、高知県の南国SAへ。
早速、車中泊。
荷物をできるだけ寄せ、娘には、できるだけフラットなスペースを確保してやる。
その間にも、爆睡で、ピクリとも起きない娘だが。
夫は運転席を倒して斜めになって寝るという。
私は、フラットにした娘のシートの横で、半分斜めの難しい姿勢…だったけど、寝相の悪い娘は、まわって、まわって、せっかくの広いスペースから、せまいせまいはじっこのはさまってしまいそうな空間へ。おかげで、私はひろびろ。
夫が眩しくないように駐車したのは大型車のゾーン。ウトウトしかけたら、隣に大型トラックがプシュ〜っと駐車。とまらないエンジンを子守唄がわりにウトウトしていたら、プシュ〜ット発車。それが2,3度くりかえされ、ウトウトもくりかえしていたら、車のドアが開く音がした。
5時。
夫が起きた。トイレに行ったらしい。
夫も、うつらうつらしかできなかったらしいが、いつものジョギングタイムに目が覚めたらしい。
トイレから帰ってきた夫と話していたら、娘も目がさめた。
第一声が「うわー、たすけてー」。
頭が下になっていて、どうやって起きたらよいかわからなかったらしい。
笑いながら抱き起こしてやる。
普段は寝起きの悪い娘だが、さすがに、この雰囲気では朝から全開の大笑い。
車を降りてみてビックリ。
ガラガラだったSAの駐車場が車で満杯!
大型車ゾーンにも、大型車の姿はかぞえるほどで、他県ナンバーの乗用車がずらり!
って、ウチもその中の他県ナンバーなんだけど。
こんなに本州から車が流れ込んできて、四国、沈みやしないか?
いらん心配をする。
トイレに行くと、同じように寝ぼけた顔をした人が、ぞろぞろと顔を洗っていた。
5月2日(土)。
早朝から地図を広げ、家族で相談。次のICで高速を降りて、春野町へ向かうことに。朝ごはんは高知らしい美味しい物を食べたい…と願う夫だったが、「サービスエリアの自販機の焼きおにぎり」を食べたい娘に却下され、おにぎりとサンドイッチとコーヒーですます。
南国SAの自販機のコーヒーは吉本新喜劇のお笑いの映像がながれるもので、美味しいコーヒーがはいるまでの数秒間、楽しめる。一緒に並んでコーヒーを買ってたおねえちゃんが、その映像をみて、笑ってる。
思わず、「朝から笑わせられちゃいましたね」というと、おねえちゃんも笑顔で「ほんまやな。やられたわ」と関西弁で返してくれた。
広島からは、しまなみ海道でつながっているが、岡山からは瀬戸大橋、関西からも淡路島を経由して近い。四国、地味に見えるが、実は交流拠点と見た!
南国ICを降りて数分と走らぬうちに、春野町に到着。
想像していた通り、期待を裏切らない、牧歌的な雰囲気。って連休の早朝だもんな。
春野○○ショップ、春野中学校、春野文化ホール…。
あちこちに春野の名前がかかげられている。
あたりまえっちゃあ、あたりまえなんだけど、なんだか、嬉しくなる。
意味もなく大声で看板を読み上げる一家。
すでにハイ。
春野庁舎発見。
合併して高知市春野町になるまえは、春野町役場だったにちがいない。
休日の早朝でしまっているが、車を停め、記念写真。
駐車場で待ち合わせをしているらしい中年の男性が、いぶかしげに見てくる。そりゃそうだろ、あやしい一家だろう。
さらに車を走らせる。
「はるのの湯」を発見。朝から温泉にいくか?って、まだ開いてないわな。
春野総合運動公園へ入る。
でっけぇ!
野球場、サッカー場、陸上競技場、プール、テニスコート、相撲の土俵、アーチェリー、ライフル射撃場まである!
そういえば、どこかプロ野球のチームがキャンプしてたな。
その立派な公園の中で、ちょっとさびしそうにたたずむ遊具で遊ぶ。
ここでも、ヨサコイを踊る娘。
次なる目的地、安芸市…へ向かう前に、私が行きたかったのは桂浜。
坂本竜馬が特別に好きってわけじゃないけれど、小学生のときに桂浜に来て見上げた竜馬の像の印象が強烈だったのだ。
祖母と母と叔母と兄と従弟と。女子供ばかりで四国旅行をした。誰も運転できる人がいなかったから、バスと電車を乗りついでの旅だったのだと思う。道後温泉の前で逆光の写真をとり、お猿の国で従弟が猿にキーホルダーを取られ、はりまや橋を探して右往左往して、そして竜馬像のデカさに面食らったのを覚えている。
ざら〜っとのびる砂浜と水平線。ドドーン!とそびえたつ竜馬の像。ここまできたんだったら、もう一回見て見たい。
…と観光客にまぎれて像のふもとに立ったが、あれ? こんな感じだったっけ? 像は小高い丘にあった。なにもない砂浜にポツンとあったような気がしてたけど。大きさは記憶の中のままだったけれど、観光客に囲まれているからか、私が世慣れしすぎてしまったからか、竜馬さん、なんか、ちがうぜよ。
子どもの頃の四国には、両親と兄と家族4人でもきていた。それこそ車で。確か、大歩危あたりで夜中になって道もわからなくなり、路肩によせて家族4人で車中泊した。翌朝、起きたらそこは崖っぷちだった。
夏休みのことだったはずだ。高校野球の季節で、高知の強豪校が甲子園で決勝を戦っていた。うどんを食べた食堂では、店員さんが野球観戦に夢中で、私たち以外に客もなく、ちょっと迷惑だったかもしれない。でも、その店では、もっと迷惑な事件もおこした。店員さんが、皆、テレビを見るのに奥に引っ込んでしまった店で。先に食べた父が、先に車に戻った。後からたべ終わった私と兄と母は、父が会計をすませていると思って店を出た。
1時間ちょっと車で走ってから、父が母に言った。「なんぼだった?」
「え?」と母。
母は父が払ったと思っていた。
父は母が払ったと思っていた。
…つまり、誰も払ってない。
…つまり、食い逃げ!?
払いに戻るには遠い道のり。
ごめんなさい、高知県。
そんなヘンテコな事件ほど覚えている子どもの頃の旅。娘もそうかな。
大人になっての四国への旅は、女3人の日帰りならぬ夜帰りドライブ。夜の島根を出発して、フェリーに乗って四国に上陸し、一日遊んで、瀬戸大橋を渡って帰ってきた。
結婚する前の年には、四万十川カヌーのツアー。
そのときガイドしてくれた女友達と待ち合わせてキャンプしたアメリカの国立公園でテントが隣だったのが夫。
そのとき一緒にくだった仲間の一人が、今、偶然にもご近所さんで、子どもが同じ通学班。
そのとき一緒にくだった仲間の二十歳だった娘が、この9月には母になる。
そのとき一緒にくだったその娘の母は、アラ還でおばあちゃんに!
まわる、まわるよ、時代はまわる。
まわるのは4時台じゃないよ、夫。
昔を思い出しつつ、娘と桂浜水族館に。30分もあれば一周できるこじんまりした水族館で、お世辞にも近代的とはいえないけれど、手作りで工夫してあって、とても好感がもてた。飼育されている動物や魚に関するパネルも愉快に書いてあって、実物を観察するより解説文を読むのが大好きな娘は目をキラキラさせている。館内に隠れているキャラクターを探すスタンプラリーにも夢中になり、館内を5周はしただろうか。
「あった!」
娘が指す方向をみると、なんと、展示されている舟の名前が…誠丸!
春野町と安芸市の中間に、あったよ、夫、あなたの名前、誠。
水族館を出たあと、砂浜を歩く。裸足になって波打ち際まで行く娘。
太平洋の波が、ザッブ〜ンッ!
千葉の外房でつかっていらいの太平洋だね、娘。って、娘は覚えていないのだけど。
車で東へ。
次は安芸市。
安芸駅の前で記念撮影。「叱られて」や「靴がなる」などの童謡の里…とある。町のあちらこちらに歌碑があるようだ。
「叱られて」は私の実母の思い出の曲だ。実母が子どもの頃、一番下の弟を背負って、「叱られて」を歌いながら子守をしていたらしい。「弟の面倒をみなさいっ!」って母親に叱られて、「叱られて」を歌いながら。って昔話を子どものころ、母からきいた私。だから、私にも、「叱られて」は思い出の歌。って話を娘にする。だから、娘にも「叱られて」は思い出の歌…になる?
安芸市内の道路標識を読みながら、ふと思う。
遊園地や公園を「○○子どもの国」って名付けてあるところも多いが、もし、安芸市にも、それがあったら…。
「安芸 子どもの国」とか。
ぷぷっ!
「安芸子どもの国」
私と同じ安芸子って名前の女がぞろぞろ集まった国。ひゃー、うるさいだろうなぁ。
っておばかなことばかり言ってると、夕方になる。
さて、宿はどこにしよう?
まぁ、宿っていうか、どこにテントを張ろう?
夫が地図にキャンプ場を発見。
行ってみよう。
迷いながらも到着すると…すでに駐車場いっぱい。
嫌な予感を抱きつつ、管理事務所へ。
嫌な予感的中。
テントサイトは予約でいっぱい。
唯一、バンガローが一棟だけ空いている…と。
菊池家、日本のゴールデンウィークをなめていました。
キャンプ場なら、どこか隅っこにテントをはれば寝れると思ってたのだけど。
日没も近くなり、これからテントを張る場所を探してさまようのも…。
昨日、車中泊だから、今日は足を伸ばして寝たいし。
結局、大枚はたいてバンガローを借りる。
6畳スペースに2段ベッドが2つ設置されているバンガロー。
娘は大喜びで、バンガロー内をアスレチックに見立てて遊ぶ。
そして、ここでも、ヨサコイの練習が始まる。
ま、娘が楽しければ楽しい親バカ夫婦。
持参していたパスタをゆがいて、簡単お手軽ディナーとした。
キャンプ場内は、ぞろぞろキャンパーがいたが、ほとんど子連れ。10時消灯とあったので、はやばやと静かになった。
我が家も、8時過ぎにはベッドの上に寝袋をひろげ、「今日みたものしりとり」をしながら、眠りに落ちていった…娘は。
しかし、窓からもれる外灯がまぶしい。満杯のお客さんが、トイレに行くのに気をつかってくれているのか。キャンプ場なのに、懐中電灯がいらない明るさ。まぁ、10時には消灯だから、暗くなるだろう…と、うとうとしては眩しさに目を覚まし、うつらうつらしては「まだ10時じゃないのか」と目を閉じ…、気がつけば朝。外灯は朝までついていたのであった。
5月3日(日)
夫も外灯の眩しさに寝れない夜を過ごしたらしい。それでも5時前に、ピキッと目が覚め起き上がる夫。いつものジョギング・タイムだ。連休中といえど、キャンプ場といえど、夫の朝ジョグは休みがない。いや、連休で、キャンプ場だからこそ、いつもより力はいってるのかも。
1時間たらずの朝ジョグから戻ってきた夫が、コーヒーを豆から挽いてパーコレーターで沸かしてくれる。
おいしい〜♪
あとで聞いたら「久しぶりにパーコレーター使ったら失敗してやりなおした」んだそうだけど!
このキャンプ場があったのは、香北町。あんぱんまんミュージアムがある町。
「もう、あんぱんまんは卒業してるよー」と言っていた娘だが、ここでスタンプラリーをしていると知ると、朝一番に、ラリー開始である道の駅にいた。
町の中のあちこちに、アンパンマンやバイキンマンがいる。6ヶ所、スタンプを押して、(その途中のアンパンマン図書館で小一時間ほど読書をして!)道の駅に戻る。スタンプを押した用紙を見せると、アンパンマンのステッカーがもらえた。と、その道の駅で、見つけてしまった…鳴子を。
そう、ヨサコイを踊る小道具、鳴子。
娘、もう目が離せない。『旅の記念に何か買うために』と渡した小遣いをはたいて、娘、鳴子を購入。
その後、アンパンマンミュージアム前の公園広場で、鳴子をふりまわし、ひとり黙々とヨサコイを踊る娘がいた。
次に立ち寄った道の駅で、「道の駅のスタンプラリー」を見つける。
スタンプラリー好きの娘。これから行く先々で押していこう…と思うものの、どこの道の駅も他県ナンバーでいっぱい! そんな中、なんとか停めた道の駅で、娘、おじさんが売ってる鮎を発見。
鮎の塩焼きが大好きな娘。
江の川沿いで暮らす知人のところに遊びにいき、捕まえたばかりの天然鮎を、その場で焼いて食べた味を、娘の舌は覚えている。
鮎焼きの屋台の前に佇む娘。
500円。
先ほど、鳴子を買ってしまったので、小遣いは足りない。
だが、食べたい。
夫が「自分で注文できるなら」と条件を出し、足りない分を出してやることにする。人見知りが激しく、知らない人と話すには、とてつもない勇気をふりしぼる娘だが、鮎食べたさに、おじさんに歩みより、「鮎、下さい」と言う。
おお、娘、成長したな。
だが、残念。
「鮎は、今、売り切れなんよ」
どうも、今、屋台で売られているのは鮎ではない川魚らしい。
味は舌で覚えていても、姿は覚えていなかったのね、娘。
娘、涙を浮かべて断念。
そのまま車を走らせ、かずら橋に向かう。
夫が渡ってみたいな…と何気なく口にしたので行ってみることにする。
が!
もんのすごい渋滞!
車がずら〜…。
ただ、のろのろでも進んでいるから、とりあえず最後尾についた。
それから駐車場にとめるまで約1時間。
いつだったか、九州の吊り橋に何時間も並んで、行列を作って渡る観光客のニュースを見て、夫を「あそこまで並んでまで渡りたいもんかねぇ」と否定的に語りあったものだが、今、まさに、その状態の私たち。
とりあえず、車をとめて、橋へ…と、ぞろぞろと歩いて域、これまたとんでもない光景を目にした。
かずらでできた橋…もすごいけれど、それを渡ろうとして並びに並びまくっている人、人、人…!
ここはディズニーランドか!?
どう見積もっても渡り始めるまで2時間以上並びそうだ。
ここでUターン。
多くの人が同じように、ここでUターン。
ああ、だから、駐車場の回転が速くて、のろのろでも進んで駐車できたのね。
その駐車場へ帰る道すがら、娘は、今度こそ、ゲットした。鮎の塩焼き。
満面の笑みで頬張る。
スナック菓子は残すくせに、鮎は尻尾から頭までペロリ。
一口でも残したら、おこぼれにあずかろうと思っていた夫はガッカリ。
それから、車は大歩危小歩危へ。
吉野川に四万十川…。四国へ行くのにカヌーをしないなんて、もったいない! そう思う自分もいたが、今回は「いきあたりばっ旅」。チャンスがあればすれば良いし、別にできなくてもいいや。と思っていた。思っていたが、見たらしたくなる! したくなるが、もう夕暮れ。それよりもテントを張る場所を探さねば。
タイミングよく現れるモンベル大歩危店。
この連休に広島にもオープンしたアウトドアのお店。
ふらふらと吸い寄せられるように入っていき、娘に速乾性のシャツを買ってやる。
そして、店員さんにきいてみる。
「この辺でキャンプできるところはありませんか? キャンプ場じゃなくても、川原でもいいんです」と。
二人の店員さんが、顔を見合わせて、「それなら…」と教えてくれた。
地獄に仏。大歩危にモンベル。ありがとう。
教えてもらった川原につくと、すでに、いくつもテントが並び、川遊びしてきた若者グループが用具を干して、わいわいやっている。
ああ、にぎやかそうだな。
でも、さみしいよりいっか。
そのときは、そう思った。
なんつっても、川原キャンプ。
そう、キャンプはこうじゃなくっちゃ!
はじっこにテントを張って夕食の支度をしていた、ちょびっと年配の3人組に会釈し、隣にテントを張る。
夕餉は、これまたお手軽アルファ米。娘が「アラフォー米」と言ってしまった乾燥米飯。
ビールをちびちび飲みながら、親子3人で川原でご飯。
いいねぇ〜。これがしたかったんだよ〜。
あいにく空は曇ってきて、星は見えない。
前夜も、その前夜も、熟睡できてないから、だんだんと眠くなる。
テントに入る。
寝袋に入る。
グースカ寝てしまう…娘は。
そして、夫と私も、うとうとし始めた頃、始まったのだ。若人どもの宴会が。
「おー、こっちこっち!」
連れの車がきたらしく、川原にエンジンを唸らせ、タイヤを空回りさせながら入ってくる。
「ここに縦列でとめてー!」
あまりの勢いの良いエンジン音に、このままテントに突っ込んできそうだ。
バタン、バタン。
数人が車から降りて宴会に加わる声。
「うぉー!」叫び声があがる。
「自己紹介ッ、自己紹介ッ!」手拍子であおる声が響く。
「鳥取大学、探検部ーっ!」叫んで自己紹介をする若人。
「○○子ちゃんが飲んで、△△子ちゃんが飲めないわけがなーい!」どっかの飲み屋でのコンパ状態か?
「今日は言っておきたいことがあるー!」なにやら自己主張も始まる。
「わたくしー、鳥取大学○○学部△回生××はー、☆☆学部□□さんとー、12月、結婚しまーす!」
ものすごい騒音の中でも、娘は熟睡。それが救い。
始まったのが10時ごろだったろうか。まぁ、夜中には落ち着くだろう。
そう思っていた。
若さゆえのアホ。
私にも見に覚えがある。
日常から逸脱して、羽目をはずしたくなるもんだ。
キャンプは静かに。自然と人間の邪魔にならないように…が鉄則ではあるけれど、ちょっと多めにみてやるか。
夫は違った。
夫は、この手の人種が許せないのだ。
かつて、まだ、幼児だった娘をつれて富士山周辺でキャンプしたとき、あまりにうるさかった若者に注意しにいった夫。
この夜も行きたかったに違いない。
私は、それを心配してヒヤヒヤ。
だって、相手は10人以上の酔っ払い。逆切れされたら何をされるかわかったもんじゃない。
おさえて、夫。おさえて…。
夫、起き上がって座っている。
おさえて、夫。おさえて…。
夫、テントをあける。
待って、夫!「短気をおこさないで!」
夫、振り向きざまに一言。「オシッコいってくる」
夫がテントを出て、じゃりじゃりっと川原を歩く音がする。そして、あまり間をおかず、ジョボジョボジョボ…と。夫、もうちょっと離れたところでオシッコしてよ。
夫のオシッコの後も、鳥取大学探検部の宴は続いた。
それでも、二日寝ていないから、うとうとし始めた…と思っていたら、熟睡しまくっていた娘が、むくっと起き上がった。
とうとう、外のうるささに目が覚めたか?
否。
「鼻が両方ともつまって、息ができん」と。
ティッシュを出して「鼻をかめ」と言い放つ。
しゅーん。
とするものの「まだ、両方ともつまってる」と寝ぼけたままの娘。
ふと、眠気と死闘をくりひろげていた私の頭脳が、ひとつの情報を思い出す。『鼻がつまったら、つまったほうの脇の下にペットボトルをはさむとなおる』。テレビでそうみて、半信半疑でやってみたら、つまった鼻が開通した経験もある。これだ。
「ほら、お茶のペットボトル。脇にはさんでみんさい」
喉が渇いていた娘は、先に一口お茶をのみ、それから、母に言われたまま、脇の下にペットボトルをはさむ。
ジョボジョボ…ああっ!
ペットボトルのふたが、ちゃんと閉まってないじゃんかー!
「もーっ!」
思わず、大声がでる。
暗がりで手を伸ばした先にあったハンドタオルで、お茶でぬれた寝袋をふく。
その間にも、鳥取大学探検部の宴は続いていた。
そんな騒ぎに惑わされることのない8歳の睡眠がうらやましい。
娘は、また、すぐに熟睡状態に戻り、夫と私は、悶々と夜を過ごした。
いくらなんでも夜中には沈没するだろう…とたかをくくっていたが、鳥取大学探検部、朝3時までがんばった。何を探検するのか、鳥取大学探検部。私は一生忘れないよ、君たちを。
朝3時。
ようやく静かになった…と思ったら、今度は、となりの年配キャンパーのテントから、聞こえてくる。
グォー、グォー…。
イビキが。
おっちゃんたちも眠れなかったのよね…。
5月4日(日)
朝5時。
やはり、いつものジョギングタイムに目が覚める夫。
そんな夫が起きた気配で目が覚める私。
娘も起こして、撤収。
黙々と娘と私は荷物を車へ運び、夫はテントをたたむ。
隣の年配キャンパーのひとり、50代らしきオバチャンがテントから出てくる。
「おはようございます」
「おはよう。」思いっきりしかめっ面で。「うるさかったわね…」
「異常でしたね…」
バカ騒ぎする大学生の気持ちもわからないでもないけれど、すでに『コチラ側』の人間なんだな、私は。と、オバチャンを見て妙に安堵する。
川原に横付けでなく、ちょっと上に停めていた車に荷物をつめ、夫は、川原の残骸を写真にとっている。
鳥取大学探検部の宴の跡のすさまじさ…。
彼らが、朝、正気に帰って、これの跡始末をきちんとする常識だけは持っていてほしいものだと願わないではいられない。
にしても、鳥取大学探検部。今日は頭と喉が痛いだろうて。
と、経験者である私は思うのであった。
一応、四国最終日としていた5月4日。
カヌーやラフティングもしたいけれど、実は、娘には内緒でビックリさせてやりたい計画もあった。親は変わり者だけど、娘は普通の小学生。「いきあたりばっ旅」も楽しんでくれているけれど、普通に遊園地にもいきたい気持ちが手にとるようにわかる。
行ってやるか。
娘には黙ったまま、レオマワールドへ。
車の中から看板を見つけ、車を駐車場へいれる。
娘、パッと顔が輝く。
大喜び。
そんな娘を見て大喜びの夫と私。
やっぱり、親バカよね。
覚悟はしていたものの、人込みの遊園地。そう思って早めについたのだが、入場前から行列。並んだ甲斐があって、はやめにチケットをゲット。とりあえず、一番初めに並ばずにジェットコースターに乗る。直後、まだ並ぶ様子がないので、もう一回乗る。あとは、もう、なにをしようにも、どこへいこうにも、人、人、人…。イベントステージでヨサコイが踊られると聞き、レッツゴー。行ってみるとアンパンマンショーの場所取りの若い親たちで、すごいことになっている。それでも、娘、ヨサコイを間近で見られるチャンスとばかりにがんばって、ロープをひかれた通路の一番前に陣取る。アンパンマンショーを子どもに見せるために奮闘する若いママさんに紛れて、ヨサコイを娘に見せるために43歳の母も奮闘したのであった。
その後、帰路の運転をせねばならぬ夫には途中から戦線離脱してもらい、温泉へ。
娘の気持ちの赴くまま、園内をあちらこちらに歩き回り、最後に「もう一回乗ろう!」といったジェットコースターが1時間半待ちだったため、あきらめがついた娘と車へ。
帰ろう。
渋滞に巻き込まれる前に帰ろう。
午後4時半には坂出ICに。だが、瀬戸大橋は、すでに渋滞。与島PAへ入るのに40分待ちの表示。PAにはいるつもりはなくても、のろのろ運転になり、とうとう橋の上で止まってしまった。
初めてだ。瀬戸大橋でとまったの。開通したてのころは、駐車して写真を撮るドライバーもいたりして問題になっていたけれど。
それでも、大きな渋滞にまきこまれず本州へ。ETCレーンが二つしかなく渋滞。山陽道と合流するジャンクションでも、ちょびっと渋滞。ちょびっとでよかった。関西方面へ向かう車線は、ちょびっとじゃなかった。すいすい走り、尾道から県道を北上し、夜7時には三次に帰ってきた。
馴染んだ街並み。
「あー、帰ってきちゃった」って失望の思いと、「あー、帰ってきたなぁ」って安堵の気持ち。この町で暮らして3年半。ここが「帰ってくる場所」なんだ…と実感。旅にでると「帰ってくる場所」があることにホッとする。その確認のために、旅にでたくなるのかもしれない。
『僕には帰れる場所があったんだ。こんな嬉しいことはない』ガンダムのアムロの台詞が頭の中をまわる。『ララァには、またいつでも会えるから』
車の中でそう呟く。
でも誰も突っ込んでくれない。
…ララァって誰よって。
7時には帰ってきたものの、家に帰っても、なにも食料はない。そこで、黄色いラーメン屋さんに寄る。だって、今日は替え玉
フリーの月曜日。夫は2回も替え玉をしてもらって大満足。
それが、この旅の一番の思い出か?
5月5日(火)
洗濯と寝袋とテントを干し、片付けたら、日常が待っている。
あー、今日からご飯つくらなきゃ。
(っていうほどの料理はしてないけどね)
さて、次は、静岡の春野町かな。
それとも熊本県の菊池市かな。
え! アメリカのスプリング・フィールド!?
了