外科腫瘍学(がん治療学)の原則 

               ケイデイ教授のニューイングランド外科学会会長講演より

はじめに

リンパ節転移や局所再発は、癌の性質が悪いことをしめす指標にすぎず、したがって、リンパ節を郭清したり、拡大手術をしても癌のなおりやすさは変わらないという考えを主張する代表者としてBlake Cady教授がいる。アメリカの3大クリニックの一つとして有名なLaheyクリニックで甲状腺を専門として業績をあげ、その後Harvard Medical Schoolの関連病院であるNew England Deaconess病院で乳癌治療をおこない、現在はロート゛アイラント゛州のBrown Universityで乳腺治療センター長の要職についている。彼は、リンパ節郭清が外科治療の基本とされるなか、1980年代から、リンパ節転移は癌の性質のマーカーであり、リンパ節を取ることによっても、癌がなおるかどうかは変わらないと主張し続けてきた。

リンパ節は、癌細胞の流れを防ぐハ゛リアーであるという外科の古典的な考えに対し、リンパ節は外界の抗原を認識して抗体を産生するために発達した生物学的なものであり、リンパ節を取り除いてもがんがなおることはなく、重要臓器への遠隔転移の有無が癌がなおるかどうかを決定するのだと考えているのである。主要外科雑誌のeditorをつとめ、1996年のNew England外科学会の会長、1998年アメリカ内分泌外科学会長でもある。彼の外科腫瘍学の考え方は、決して主流派ではない。いうなれば、左翼の論客であり、「私の主張に反対する人もいるだろうし、なかには、気違い沙汰だと思う人もいるだろう」とも述べている。しかしながら、近年の乳癌治療に対するパラダイムの変化など、古典的(主流派)な外科治療の概念に対する誤りも認められるようになっており、彼の言に耳を傾けることで、現在の外科腫瘍学の問題がむしろ、はっきりとしてくると思われる。1996年のNew England外科学会会長講演が「外科腫瘍学の原則」としてArchives of Surgery 1997年132巻338ヘ゜ーシ゛に掲載されている。それを基に彼の考えをみてみることにしよう。

第1章 どのようにして、外科腫瘍学の原則の考えにいたったか。

医科大学卒業後、ホ゛ストン市民病院での研修で、「感染症治療には徹底的にするのがよいが、癌治療は保存的に行ったほうがよい」と学んだ。ホ゛ストン市民病院には、貧乏で、年老いた、低栄養の進行癌患者が多かったからである。また、癌手術の多くが、伝統とドグマに基づいており、個々の症例に応じた治療や合理的な考えのもとでの治療がおこなわれてない事に気づいた。そこで、癌の手術に合理的な考えを導入することが私の使命だと考えた。

New Yorkのメモリアル・スローンケタリンク゛癌センターに1965年から2年間研修した。当時、そこは癌の拡大手術の世界的メッカであり、半身切除などの拡大手術の限界もおこなわれていたが、癌の拡大手術についての、かげりが見え始めていた。多くの科をローテイトすることで、あらゆる領域の癌についての経験が得られた。拡大手術による患者の精神的、肉体的苦痛や体力の限界を学ぶことができた。進行した癌が多くみられたこともあり、癌の早期発見、一般人の啓蒙、予防について考えさせられた。メモリアル病院では癌手術に関するドグマに関する疑問は許されなかった。研修医長として講演会の演者を選ぶことができたので、乳癌に関する講演会において、クライルを演者の一人として招待した。当時、クライルは、乳癌の定型的乳房切除術(ハルステット゛手術)に反対し乳房温存手術をおこない始めていた。乳癌治療部門のある先輩は、半年間、口を聞いてくれなかった。クライルのような異端の説を認めることはできなかったのである。

以上のような経験から、外科腫瘍学というものの理解を自分なりに深めていった。外科医にとって外科腫瘍学の原則を学ぶことは非常に重要である。癌患者を扱う際の基本となるからだ。また、私の考えの多くは、他人—上司、友人、同僚、研修医、学生、患者、文献—から得たもので、真の独創性はない。私の主張に反対する人もいるだろうし、なかには、気違い沙汰だと思う人もいるだろう。私の目標は、自分達のやっていることについて、もう一度考え直し、基本原則を問いなおすことなのだ。外科医は癌手術後の患者を、内科腫瘍医や放射線治療医にまかせてしまってはいけない。多科の協力を得ながらも、一般常識と臨床センスに基づいて、外科医が術後を含めた患者の全般的管理をおこなうべきだ。私は、手術後に補助治療をおこなうかどうかを、内科腫瘍医や放射線治療医にコンサルトしたことは、ただの一度もない。内科腫瘍医は抗癌剤治療をやりたがり、放射線治療医は照射をしたがるため、損得勘定に基づく、治療の有用性と危険性の合理的判断ができなくなるからだ。癌の術後補助治療や、再発治療には、多くの努力と費用と苦痛を伴うものだが、得られる利益は僅かなものなのだ。外科医は癌治療について熟知し、治療の必要性についての合理的な損得勘定をくださなければならない。互いに尊敬できる多科のメンハ゛ーからなる症例検討の場があり、外科医が癌治療全般の知識をもち、その意見が充分述べられるというような状況があれば理想的である。

第1章の解説

癌手術の伝統とドグマとは、どのような考えなのだろうか。それは、リンパ節を広範に郭清しながら臓器を摘出することが正しい癌手術とする概念であり、リンパ節を癌細胞の広がりを防ぐハ゛リアーと考え、癌はそのハ゛リアを破ってから全身に広がるため、水際で癌のひろがりを防ぐためには、リンパ節ごと一塊として病巣を摘出しなければならないとする考えである。アメリカの外科医ハルステット゛が1890年代に、乳癌手術においてこの考えを打ちたてたのだが、乳房が体表にあり解剖学的にも明瞭なことから、乳癌手術が癌一般の手術の基本と考えられていたため、すべての癌手術においてこの原則があてはめられ、ドグマとなっていったのである。そこには、外科医のやりがいが関与していることが指摘されている。つまり、ハルステット゛の考えによれば、癌が治癒するかどうかが外科医の腕にかかってくるため、治療する外科医の役割が決定的に重要となる。そのため外科医によって、この理論が熱烈に受け入れられ、癌治療のドグマとなっていった面があるのだ。

乳癌手術においては、しこりを切除するだけでは不充分で、乳房全部、胸の筋肉、腋のリンパ節を含めて、一塊として切除する手術(ハルステット゛手術)が定型的な手術とされてきた。そのため、術後にはあばら骨が浮き出し、醜形を残すことになるが、治療のためにやむを得ないこととされていた。1960年代に当時の学会からは、外科医のヒッピーと呼ばれ異端児扱いされながらも、乳房温存療法をアメリカで最初におこなったのが、シ゛ョーシ゛・クライル・シ゛ュニアである。乳房温存療法では、美容的に優れた乳房を残すことが可能となる。1930年代にイギリスでシ゛ョフリー・ケインス゛が、腫瘤切除と放射線照射による乳房温存療法をおこなっており、その治療成績がハルステット゛手術と差がなかったことを認めたため、クライルは縮小手術の正当性を確信したのだ。乳房温存療法をおこなうことで、多くの外科医から非難され、クリーフ゛ラント゛医学会からは、ハルステッド手術を非難することは、その手術を受けた患者が術者を非難する原因になるということで譴責されている。彼は、自分の妻が乳癌になった時も温存療法をおこなったが、不幸にも再発死したため再婚した。そのため、新しく若い妻を得るために、温存療法をおこなったのだろうとまで陰口をたたかれている。多くの非難にも関わらず、同じ進行度の乳癌では、ハルステット゛手術と温存療法で治療成績の差がないという自分の成績を後に発表している。また、一般大衆むけに、縮小手術の正当性を訴え続け単なる外科医ではなく、哲学者のようだとも評されている。そのクライルを講演者に招いたところ、外科の先輩医師が半年間口を聞いてくれなかったというエピソードは、1965年代にいかに癌手術のドグマ〔ハルステット゛理論〕が浸透しており、それに反対することが感情的反発をまねいたかを物語っている。

なお乳房温存療法が乳癌手術として妥当なものであるということは、多くの臨床試験の結果1990年に証明された。メモリアル・スローンケタリンク゛癌センターはニューヨークの中心部にある現在でも世界最高レベルの癌センターである。US steelの重役であったスローン氏とケタリング氏の寄付をもとに設立されたためその名をもつ。1950−60年代には癌の拡大手術のメッカとして世界をリードしていた。乳癌においては、シ゛エローム・アーハ゛ンが拡大乳房切除術をおこなっていた。ハルステット゛手術に加えて、内胸リンパ節をも切除する手術である。彼は、拡大乳房切除術により、治療成績が向上すると主張し続けたが、後に無作為化比較試験によりその主張は否定されている。( ヘ゜ーシ゛参照)乳癌に限らず、そのころ行なわれた拡大手術は、後にはほとんどがおこなわれなくなった。手術の拡大により合併症は確実に増加したが、治療成績の向上がはっきりしなかったからだ。ケイテ゛イ教授の学んだ1965年代はその拡大手術のかげりが、ようやく見え始めた時期であった。当時そこで学んだことは、拡大手術の限界を身をもって体験できたこととなり、彼の外科腫瘍学の考えに大きな影響を与えたことは想像にかたくない。

第2章 外科腫瘍学の王国では、癌の性質が王、症例の選択が女王、技術的な手術手技は王子と王女。王子と王女は、王と女王の巨大な権力を覆すそうと試みるが、つかの間の成功はおさめても長続きすることはない。

In the world of surgical oncology Biology is King Selection is Queen Technical maneuvers are the Prince and Princess Occasionally the prince or princess tries to usurp the throne: they almost always fail to overcome the powerful forces of the King and Queen.

第2章の解説

ケイテ゛イ教授のいう外科腫瘍学の原則を、外科腫瘍学の王国という比喩で述べたものである。かれのいう外科腫瘍学の原則はまさに、これにつきるのである。Biologyとは、癌のもっている性質という意味である。癌と一口にいっても非常に多様であり、おのおのの生物学的な性質は治療の段階でほぼ決まっている。非常に性質の悪い癌では、どのような治療をしても結局なおることはなく、また、比較的性質の良い癌では、逆に、どんな治療をしても、なおることが多いのである。もちろん全くいい加減な治療でかまわないという意味ではない。癌が治るかどうかの運命を決定する要因として、癌の性質自体のほうが、どんな治療を受けたかという治療因子よりも、より強く影響するということことなのである。ただ、癌の性質を正確に把握することは困難なこともある。しかし、癌の大きさ、リンパ節転移の程度、癌細胞の異型度など、いろいろな要素から推定可能である。その性質を正しく推定し、外科治療が有効な症例を正しく選択することが、手術手技の技術的側面よりも重要であるということも外科腫瘍学の原則である。癌の治療成績を向上させようとする場合重要なことは、癌の生物学的性質に対する治療の限界を充分に理解することである。名人芸の拡大手術によっても、決して癌細胞の生物学的性質を覆すことはできず、手術合併症が増えるだけで治療成績は向上しないとケイテ゛イ教授はいう。彼は、日本でおこなわれている胃癌手術に対する広範囲リンパ節郭清に対しても否定的である。いままでのあらゆる癌の手術の歴史的教訓に学ぶことで、おのずと明らかであるという。なお、胃癌手術において、広範囲リンパ節郭清が治療成績を向上させるかどうかという無作為化比較試験がオランダでおこなわれたが、最終的な結論でも、そのことは証明されなかった。(N Engl J Med 1999;340:908-14)

第3章 局所再発は癌の性質が悪いことを示す指標であり、直接命取りになるものではない。

Local recurrence: An indicator but not governor of outcome.

癌の局所再発は、特別な場合を除き生命を左右することはなく、癌の性質の指標である。ある程度の余裕をもって完全切除すれば充分であり、広範囲に拡大リンパ節郭清をしても治療成績は向上しない。メラノーマの切除には、少なくとも5cmの余裕が必要だと教わってきたが、その根拠を調べたところ、たった1例の他の腫瘍の切除経験から権威者が述べたコメントに基づく曖昧なものであった。臓器の切除に必要とされる余裕も、近年、大幅に減少してきた。乳癌においては、照射を併用するならば、ごく一部に取り残しがあってさえも良いとされるようになった。非照射の場合、1cmでよいとされるようになった。美容的な理由(乳癌など)や機能的な理由(四肢の肉腫や直腸癌)で切除の余裕が少ない場合には、補助照射で対応できることがわかっている。直腸癌の局所再発、胆管癌の肝門部再発などでは、そのこと自体が致命的になるが、それは、局所再発の原則としては例外的なものである。局所再発は癌の性質が悪いことをしめす指標であり、それが原因で直接命取りになるものではないというのが、局所再発の原則である。あらゆる癌の臨床試験で、拡大手術によっても生存率の向上は証明されていない。乳癌を例にすると、乳房切除後の胸壁再発は、遠隔転移の前触れであり、再発自体が致命的になることはない。乳房温存療法後の乳房内再発によって、患者は乳房を喪失することになり、将来転移をおこすリスクが増加するが、乳房内再発自体が転移の原因になることはないのだ。

第3章の解説

局所再発が癌の性質の悪さをしめすマーカーにすぎず、それが原因で致命的になることはないというケイテ゛イの考えは、外科手術の原則を全く否定するものであり、一昔前までは到底認められなかったであろう。外科手術の原則は、不充分な手術で癌を取り残すことから局所再発をきたし、それが致命的になるという考えだからだ。そのため、リンパ節郭を含め広範囲に臓器を摘出するのを基本とする。ところがケイテ゛イは、明らかに癌を取り残すようでない手術であれば、それで充分だというのだ。この考えは、おそらくBernard Fisherのいう乳癌の全身病理論から導かれたものだろう。Fisherは、乳癌が治癒するかどうかは、診断時に既に全身にある微小転移巣が育つかどうかによってきまり、手術の大小によっても変わらないという理論を打ち立てた。乳房温存療法を施行した場合の乳房内再発は、癌の性質が悪いことを示すマーカーであり、乳房内再発自体がリスクを増やすことはないとも主張した。Fisherが自説を証明するために企画した臨床試験NSABP-B6では、約2000人の乳癌患者を1、単純乳房切除術 2、腫瘤切除術 3、腫瘤切除術+乳房照射〔温存療法〕の3群に振り分けて治療成績を比較している。12年経過をみたところ、乳房内再発が1群では(乳房を切除しているので)もちろんないが、2群で35%、3群で10%にみられた。しかし乳房内再発率の差にもかかわらず、3群間で生存率に差がでなかった。乳房内再発が生存率の低下とならず、手術の大小によっても治癒の可能性が変わらないことが、この試験では確かめられたのだ。他にもSweden,Canada,Scottlandで、腫瘤切除術と腫瘤切除術+乳房照射の成績を比較する無作為化比較試験がおこなわれている。これらの試験でも、乳房照射の有無により、乳房内再発率に明らかな差が生じるにもかかわらず、生存率の差はついていない。これらの乳癌に対する臨床試験の結果や、他の部位の癌においても、拡大手術による治療成績の向上が無作為化比較試験というかたちでは証明されていないことから、Cadyの考えは導かれたと思われ、現在においては、一笑にふすことはできない。ただし、反対意見は強く、あくまで少数意見である。やはり局所再発が遠隔転移の源となり、致命的になる可能性があるとする意見が多数派である。乳癌においては、近年、乳房切除後に胸壁照射を加えることで、生存率が上昇するという成績が発表された。局所治療を充分におこない局所再発を減らすことが、生存率の上昇につながるというものだ。また、先の臨床試験で温存乳房内再発によっても生存率が低下していないのは、経過観察がまだ短いことと、臨床試験に参加した人数が充分でないためであり、乳房内再発の差が生存率の差につながるという意見が強い。癌治癒の可能性を少しでも増すためには、充分な局所コントロールが必要だという正統的な意見が今だ主流なのである。ただ、Cadyのような意見もあり、合併症を無視した過度の局所治療はおこなわれなくなってきている。

第4章 Lymph node metastases:Indicators,but not governors,of survival. リンパ節転移:癌のなおりやすさの指標であり、致命的になるものではない。

リンパ節転移も局所再発と同様に、癌のなおりやすさの目安であり、それ自体は命取りになるものではない。リンパ節転移はいわば、乗用車のスヒ゜ート゛メーターであり、エンシ゛ンではないのだ。リンパ節を取ることは、スヒ゜ート゛メーターを壊すことであり、実際の車のスピードには影響しない。拡大リンパ節郭清の有効性が臨床試験で確かめられたことは一度もない。生存率は向上せず、手術合併症が増加するだけだ。近年、拡大リンパ節郭清が流行しているが、歴史を繰り返すだけと思われる。過去にもリンパ節郭清が流行し、否定された歴史があるからだ。乳癌、大腸癌、胃癌、肺癌術後の10年健存率を調べたところ、生存例では3個以上のリンパ節転移があることは稀であった。拡大リンパ節郭清は、古典的なハルステット゛理論に基づいているが、その理論は、リンパ節は癌細胞の流れを防ぐハ゛リアであるという、リンパの流れを重視する器械的な考え方であり、生物学的なものではない。リンパ節は、外界の抗原を認識して抗体を産生するために発達したものであり、異物除去フィルターではないのだ。外科腫瘍学の目的は、指標にすぎないリンパ節を、てまひまかけて数多く取ることではない。癌がなおるかどうかを決めるのは、重要臓器への遠隔転移の有無なのだ。癌の早期発見に努めることが、拡大リンパ節郭清に努力するよりも有効であり、日本の胃癌の例で証明されている。最近、リンパ組織の中でのみ成長する、リンパ節嗜好性の転移性癌細胞があることが実験で示された。肝臓や骨などの特定の臓器にしか育たない癌細胞 も指摘されている。リンパ節にだけしか発育しない癌細胞もあると思われる。少数のリンパ節転移しかない患者が長期生存するのもこのためだと思われる。多数のリンパ節転移がある場合には、既に他の臓器に特異的な転移が存在するのだろう。

第4章の解説

癌手術においてリンパ節郭清が最も重要な点とされ癌手術のドグマとなっていたことは前述した通りである。リンパ節が癌細胞の広がりを防ぐハ゛リアであり、癌はそのハ゛リアを破ってから全身に広がるため、水際で癌のひろがりを防ぐためには、リンパ節を広範に郭清しながら一塊として病巣を切除しなければならないというものである。1960年代に動物実験によって、リンパ節が癌細胞のひろがりを防ぐ有効なハ゛リアとはならないことを発見したBernard Fisherはこのドグマに疑問をいだき、乳癌の全身病理論を提唱、その中で、リンパ節は単なる器械的なハ゛リアではなく、宿主と腫瘍との力関係を生物学的に表現する場であると考えた。つまり、リンパ節が転移により腫大していることは、癌細胞が宿主の免疫力に打ち勝っていることを意味し、腫大したリンパ節から癌細胞が全身へひろがるのではないと考えたのだ。

彼は、1971年にNSABP-B4と呼ばれる大規模な臨床試験を企画し、腋窩リンパ節が腫大していない乳癌患者約1100人を、1、ハルステット゛手術(腋窩リンパ節も郭清される) 2、単純乳房切除術+腋窩照射 3、単純乳房切除術のみ施行し、後に腋窩リンパ節再発が生じた場合はその際郭清の3群にわけて治療成績を比較し、生存率に差がないことを証明した。ハルステット゛手術をした群には、実際には40%に腋窩リンパ節転移があった。つまり、臨床的に腋窩リンパ節が腫大してなくても、40%には顕微鏡的な腋窩転移があることになる。しかし、単純乳房切除術のみを施行した群で、実際に腋窩リンパ節再発をおこしたのは、18%しかなく、またそのために全身再発が増えることはなかった。この臨床試験から、臨床的に明らかでないような顕微鏡的なリンパ節転移を放置しても約半分22/44は、臨床的な転移とならない。つまり、リンパ節転移を放置しても大きくなって再発するとは限らない。また、予防的なリンパ節郭清によっても生存率は向上せず、後にリンパ節再発が明らかとなってから郭清をしても生存率はかわらない、ということが示されたのだ。しかし、リンパ節転移に関するこの新しい考え方(new biology)は、まだ一般的には受け入れられていない。NSABP-B4の解釈についても、ハーハ゛ート゛大学放射線腫瘍医のJ.Harrisによる反論がある。リンパ節転移から遠隔転移をきたす可能性があり、腋窩リンパ節治療により、5−10%の生存率向上が期待できるというものだ。腋窩リンパ節治療の意義については、他にも臨床試験がおこなわれているが、結論はついていない。大きな生存率の差がないとは認められているが、僅かな生存率の向上があるかどうかにつき賛否両論があるのだ。

このnew biologyを、治療成績からの考察により乳癌だけでなく他の癌一般にもあてはめ、外科手術においてリンパ節郭清の拡大郭清が無意味であることを主張しているのがCadyである。肺癌、乳癌、胃癌、大腸癌、頭頚部癌、膵癌、メラノーマなどにおいて、全てリンパ節転移の個数と生存率は相関しており10年生存者で、4個以上のリンパ節転移があったものは稀である。リンパ節転移は癌の悪性度をしめすマーカーであり、リンパ節郭清によって生存率が大きく変わることはないというのだ。シカゴ大学放射線腫瘍医のHellman教授は、既に遠隔転移が生じておりリンパ節郭清に意味がない場合もあるが、リンパ節転移はあるが、まだ全身への転移が生じていないという状況があり、その場合には、リンパ節転移を放置することが遠隔転移の原因となり、リンパ節治療が決定的に重要であるというスヘ゜クトラム理論を主張しており、一般的には受け入れられている。現在でもリンパ節郭清(治療)は、ルーチンにおこなわれるのが原則である。

第5章 Cancers arising in the same organ may be biologically distinctive

同じ臓器にできた癌でも、全く異なるタイフ゜がある。

同じ臓器にできた癌でも生物学的性質は異なり、画一的な手術で治療すべきではない。甲状腺の分化癌が典型例である。低危険群と高危険群の二種類に分類でき、低危険群での20年生存率は100%に近い。低危険群と高危険群とでは、治療方針は全く別のものとなるべきである。どちらのタイフ゜に属するのかを分ける分類法がある。甲状腺を専門とする内分泌外科医は、補助内照射治療が施行しやすくなるという理由で、全ての症例で甲状腺全摘術をすすめているが、一般外科医に当てはめる必要はない。低危険群では、縮小した手術でも治療成績は同等であり手術合併症も減るのだ。低危険群では補助内照射治療は不要である。甲状腺全摘術は高危険群の患者の場合にのみおこなう根拠がある。胃癌においては、噴門側胃癌と幽門側胃癌とで、疫学、病因、術後成績が全く異なる。噴門側胃癌の成績はリンパ節転移の有無に関わらず悪いため、広範なリンパ節郭清をおこなっても治療成績は変わらない。幽門側胃癌では、ある程度のリンパ節郭清の意義がある。スキルス癌は、ほとんど治療のしようがない。手術が可能だった際には、胃全摘術が必要となる。リンパ節郭清と治療成績とは無関係であり系統的郭清は不要である。乳癌では、炎症性乳癌と通常の進行乳癌では性質が異なる。1979年にFoxは、乳癌の生存曲線に2種類あることを示した。ひとつは、毎年4人に1人の割合が癌死するタイフ゜であり、多数派であるもう一つの型は、毎年40人に1人の割合で癌死するタイフ゜である。炎症性乳癌や局所進行乳癌に対する現在の標準治療は術前化学療法であり、放射線治療とあいまって、治療成績向上に役立っている。これらの患者の多くは、術前化学療法によって乳房温存療法が充分可能となった場合にも、たいていは乳房切除術がおこなわれている。局所再発を恐れるがために、乳房切除をおこなうという考えは誤っている。局所再発は致命的になるものではなく、病変の悪性度をしめすマーカーにすぎないー外科腫瘍学の原則—のであり、局所病変の進展ではなく遠隔転移の有無が勝負を決めるのだ。小さな管状癌や髄様癌(乳癌の特殊型)では、局所切除のみで充分であり、放射線照射と腋窩郭清は省略可能である。対照的に、腫瘍径の大きな組織学的異型度の悪い乳癌では充分な治療が必要である。腫瘍径1cm以下のマンモク゛ラフィで発見された管状乳癌に、乳房切除術やリンパ節郭清、放射線照射をおこなうことは、原則論に固執したものであり常識的な対応ではない。

第5章の解説

外科腫瘍学の王が癌の性質biologyであるならば、その性質を見抜いて、過不足ない治療をおこなうのが正当であるとCadyはいう。彼は、もともと甲状腺癌の再発危険群の分類で名声をあげた実績があるのだ。AMES分類というもので、Age(年齢), Metastasis(転移の有無)Extent(局所進展度),Stage(病期)の4つの要素により、甲状腺分化癌の患者を低危険群と高危険群の2群に分類できるというものだ。彼はMemorial病院で頭頚部外科を学んだとき、高分化型の耳下腺類表皮粘液癌は、どんな手術をしても長生きしているのに、低分化型では逆にどんな手術をしても癌死していることに気づいたことから、手術の大小によっても癌の性質を超えることはできないと考えるようになったという。Lahey Clinicでの甲状腺癌の治療成績をまとめることで、年齢を主とする4つの要素から、甲状腺癌患者の予後を2群に分類できることを発表し、低危険群とされたものでは、甲状腺癌死することはほとんどなく、したがって合併症のおきない縮小治療をやるべきだと主張したのだ。

1997年の第43回頭頚部外科学会の招待講演で、Deaconess Hospitalでの甲状腺分化癌の治療成績(1980-96年)を発表しているが、低危険群152例中癌死は1例のみであったの対し、高危険群40例では19例の癌死がみられた。また、低危険群では再発が5例あったが、4例は再治療にて治癒、それに反し高危険群では内照射治療にもかかわらず19例再発全員が死亡していたと報告している。甲状腺分化癌症例の約80%は低危険群であり、合併症の多い甲状腺全摘術をおこなう必要はない、高危険群でのみ内照射治療のため甲状腺全摘術を施行すべきであると主張している。しかし、甲状腺専門医の間では、低危険群の場合でも甲状腺全摘術が標準術式として薦められている。例えば、1998年7月にNew England Journal of Medicineに掲載された甲状腺癌治療のreview論文でも、甲状腺全摘、内照射治療が標準治療とされている。このような状況には、実は専門医の保身も考えられるのだ。全摘術は、縮小手術に比べ、上皮小体機能低下症という合併症をおこす率が高くなり、専門医でなければ困難な手術となるからだ。亜全摘以下の縮小手術では一般外科医でも安全に施行可能である。また、内照射治療には特殊な施設が必要となり、専門病院以外ではおこなえない。Cadyも内照射治療が特殊な専門医にしかできないことをふまえ、「ハンマーしか持っていないと、全てのものが釘に見えてくる」と例え、専門科であるがゆえに、過度の治療がおこなわれている傾向を指摘している。

甲状腺癌が性質の良いものと悪いものとの2群にはっきりと分類できることは、日本の甲状腺治療の権威であった藤本吉秀(前東京女子医大教授)先生も、指摘している。甲状腺癌の患者は低危険群の死なない癌をもっている患者と、高危険群の死ぬ可能性のある癌を持っている患者の二つにはっきり分類でき、治療法もそれにより変わるべきだという。藤本前教授はCadyの論文(surgery,104:947-53,1988)を読み、そのdiscussionの中で、「低危険群の癌であれば患者は死なない。従って術後の内照射やホルモン抑制療法をやっても、それ以上生存率が良くなりようがないではないか」と述べていることにつき、アメリカの中でこのようなdiscussionをするのは危険なことと思うのに、実に哲学的な内容ではっきりと主張していることに共感を覚えたと述べられている。乳癌の場合、生存曲線が高危険群と低危険群の2種類にわけられることは、MIT(Massachusetts Institute of Technology)の生物学者Foxが1979年に(JAMA;241:489)報告している。彼は生物学者の立場から、乳癌の羅患率と死亡率のテ゛ータを統計学的に解析し、乳癌を患者の60%は年間2.5%の割合で癌死する低危険群タイフ゜であり、他は年間25%で癌死する高危険群タイフ゜にわけられると主張した。クライルが乳房温存療法をおこなって問題ないと考えた根拠は、乳癌はかなり初期の段階から全身転移しているものと、いつまでも乳房局所にとどまるものの2種類に分けられ、前者の場合、いくら手術を拡大しても治癒率は向上せず、後者の場合、縮小手術をして再発しても再手術で治癒できると考えたからであり、この報告は彼の考えをある程度支持するものであった。Foxによると高危険群の治療成績は、19世紀の無治療例の成績と同様であったという。また検診でみつかったような癌の中には、一生臨床的な癌にはならないものもあると考えられ、検診をすすめることは、このような癌を多くみつけることになる(いわゆるoverdiagnosis)と危惧している。ただし、診断のついた乳癌が高危険群に属するか低危険群に属するか、また、放置可能なものであるのかを明確に区別できる方法はなく、診断がついた時点で充分な治療はおこなうべきだと述べている。重要なのはこのようなdilemmaが存在すること認識することであり、それが今後の乳癌治療の進歩につながるとしている。進行乳癌の場合に術前化学療法で癌が縮小し温存療法可能となった場合に、乳房温存療法をおこなうことは、実験的におこなわれており、今までの所、大きな問題はないと考えられている。Cadyは温存療法後の乳房内再発によっても生存率は低下しないと主張するが、反対意見も強く、また例え乳房内再発によって生存率は低下しないとしても、再発は患者にとってストレスであり、温存療法の適応は慎重に選ばれている。現在、乳房温存療法では、放射線照射は必須のものとされている。放射線照射を省略すると乳房内再発が約4−6倍に増加することが明らかとなっているからだ。しかし、切除範囲を広くした場合(全体の約1/4を切除)や、高齢者、髄様癌や管状癌のような性質のよい特殊型の場合など、放射線照射を省略しても乳房内再発率が許容範囲内と考えられる場合(10年で5%程度)、Cadyの主張するように非照射治療も考慮できる。患者の負担と医療コストの両方の軽減が可能となる。

甲状腺癌の分類ほど明確に癌の性質を区分できる場合は例外的である。基本的には、癌が1、性質が悪くて、拡大手術をしても結局再発して癌死してしまうもの、2、性質が良く、縮小手術をしても治癒するため、手術を縮小できるもの、3、その中間の性質で、適切な手術が治癒するかどうかを決定するもの、の3群にわけられることには異存はない。問題は常に3番目の可能性がありうるために、適切な手術が重要となることである。治療する癌が三つのどれにあてはまるかが、はっきり分類できる場合は少なく、そのため、画一的治療をおこなわざるを得ないのだ。ただ、Foxの主張したように、このようなdilemmaが存在することを認め、Cadyのいうように、すべての癌を同じように治療するのではなく、性質に応じた治療がおこなわれるように努力すべきである。

第6章 Adjuvants to surgical resection, both systemic and local, achieve only proportional reductions in recurrence.

手術後の補助治療は局所療法であれ全身療法であれ、その相対的リスクを減らすにすぎない。

手術後の補助治療は、再発の絶対数を減らすのではなく、相対数を減らすに過ぎないということを理解しなければならない。25%の再発リスクを減らすということは、40%のリスクを30%に減らし、10%のリスクを7.5%にするということである。乳癌術後の補助治療は、再発リスクの高い患者にだけおこなうべきである。最近、補助治療の適応がひろがってきていが、再発リスクの少ない患者に補助治療をおこなっても得られる利益は僅かであり、おこなうべきでない。相対的な再発リスクの低下という概念を理解してない患者は多く、また充分な説明も受けていない。例えば15%の再発リスクがあると仮定した場合、補助抗癌剤治療をして得られる利益は3−4%に過ぎず、その場合96%の確率で補助抗癌剤治療をしても無意味であるという説明がなされるべきである。ホルモン剤治療の場合でも、もともと再発のリスクが低い場合には得られる利益は少なく、高齢者全員にタモキシフェンを5年間投与するというような方針は、損得バランスの許容範囲を超えている。抗癌剤治療は、高血圧の薬とは違って、全員が副作用の被害を受け、利益を得る人は少数なのだ。再発リスクの低い患者の大部分には、補助治療をおこなうことは正当化できない。再発リスクが高く、補助治療による絶対的な利益が15−20%になるような場合に限って、補助治療をおこなってしかるべきだ。乳房温存手術後の補助照射治療による局所再発(乳房内再発)の低下も相対的なものである。しかも局所再発によっても生存率は変わらないのだ。局所再発のリスクが高く、照射によりそれが30%から5%に減少する場合には補助照射をおこなうべきだが、12%から2%に減らす場合には、経済的な面からみてもおこなうべきではない。局所再発をおこしてから再治療をしても、10年後の生存率も乳房温存率も計算上変わらないからだ。小さな乳癌の場合、術後照射を省略することをもう一度考え直す必要がある。

第6章の解説

補助治療の効果は証明されているが、その効果の程度は、相対的再発を約30%低下させるというものである。決して絶対値を30%減らすものではない。St.Gallenでの国際会議によると乳癌再発リスクが10年間で10%以上のものには、補助治療をおこなうことが薦められている。Cadyのいうように、補助治療による利益が僅かなものに対しても、補助治療をおこなうことが薦められているのだ。うがった見方をすれば、欧米では抗癌剤治療を専門にして「食っている」医者が多数存在しており(medical oncologist)、彼らの利益とやりがい、それに、抗癌剤製薬会社の利益がからんで、どんどん適応が拡大しているとも考えられる。しかし、現在の乳癌治療において、術後の補助治療以外に治癒率を向上させる方法が無いのも事実である。患者にとっては、ほんのわずかな効果であっても抗癌剤治療を受けることを望むものもいるはずである。従って、大事なことは抗癌剤治療の損得勘定を正しく理解して、患者が自分の意志で補助治療を受けるか否かを決定することである。例え得られる利益が絶対値として2−3%であっても抗癌剤治療を希望するものもあるだろうし、得られる利益が5%であっても95%は無駄だということで希望しないものもあるだろう。どちらの選択も誤ってはおらず、最終的な決定が正しいinformed consentのもとで患者がおこなえるようにする状況を作らなければならない。乳房温存療法後の補助照射については、何度も繰り返すように、乳房内再発によって生存率が低下する可能性が指摘されているため、原則として施行されるべきである。Cadyの主張するように、乳房内再発が癌の性質を示すマーカーにすぎず遠隔転移の源となることがなければ、照射を省略しても問題はない。もし乳房内再発した場合、再度温存治療が可能となる場合が多く、計算上は乳房温存率も生存率も変わらないからだ。現在非照射による温存療法の臨床試験がいくつかおこなわれており、その成績がはっきりとでるまでは、安全な方法、つまり極力乳房内再発を減らす方法を選ぶことが賢明であると思われる。

第7章 Will Rogers is alive and well in the land of surgical oncology.When the Okies moved to California ,the IQ of both states went up.

ウィルロシ゛ャース現象は外科腫瘍学の世界では今でも認められている。オクラホマ州の人間がカリフォルニア州へ引っ越すと、どちらの州も平均知能指数が上昇する。

拡大手術を施行し広範なリンパ節郭清をおこなった場合、一見したところ治療成績が向上したように見える病期の移動(stage shifting)という現象がある。より多くのリンパ節を切除した場合や、ひとつのリンパ節をより詳細に調べた場合にもこの現象はおこる。極微小なリンパ節転移をみつけるために、PCR法という検査が最近おこわれているが、それは、乳癌を含め既存の病期分類を台無しにしてしまうと思われる。病期の移動によって、両方の病期の治療成績が向上するのだ。外科腫瘍学の論文を読む場合には、この病期の移動ということに注意する必要がある。最近、10cmの余裕(margin)をもって胃切除ができた場合を根治手術と定義し、その際の根治率の高さを自慢する論文を読んだ。編集者は、病期の移動の概念を理解していない論文を掲載したのだ。

第7章の解説

ウィルロシ゛ャース現象とは、病期の移動により、一見治療成績が向上するように見えることを指す。1930年代にオクラホマ州の住民がカリフォルニア州へ引っ越した際、どちらの住民の平均知的レベルも向上したという警句をウィルロシ゛ャースという人文哲学者が発しており、病期の移動により早期の病期も進行期の病期も治療成績が上昇する現象がウィルロシ゛ャース現象と名づけられたのだ(N.Engl.J.Med.312,1604;1985)。この警句は、もともとの平均知的レヘ゛ルがオクラハマ州でカリフォルニア州よりも高いという前提で、オクラハマ州では平均以下とされるが、カリフォルニア州では平均以上となるような住民が移動した場合に成立する。外科手術の拡大(広範リンパ節郭清)により治療成績が向上したかどうかを、拡大手術群と標準手術群とで比較する場合に、この現象が問題となるのだ。全く同じ患者が、標準手術を受けた場合と、拡大手術を受けた場合を仮定してみよう。標準手術では1群のリンパ節しか切除せず、拡大手術では1群と2群のリンパ節を切除するとする。この患者が肉眼では明らかでないが、1群と2群の両方でリンパ節転移があったとする。1群のリンパ節転移がある場合と、2群までのリンパ節転移がある場合では、所属する病期が異なり、2群まで転移がある場合にはより進行した病期とされる。従ってこの患者は、標準手術をした場合には早期の病期に分けられ、拡大手術をした場合には進行した病期に分けられることになる。同じ病期の患者で、標準手術と拡大手術での治療成績を比較した場合、手術の効果にかかわらず、拡大手術群が有利となるバイアスが必然的に生じているのである。「拡大手術をしたところ2期の胃癌の生存率が80%であった。以前の標準手術では生存率は65%であった。従って、拡大手術によって生存率は向上した。」ということは、必ずしも成立しないのだ。「拡大手術でも標準手術でも全く治療効果は同じであるが、ウィルロシ゛ャース現象のため、一見拡大手術の成績が向上したように見えた。」ということが正しい可能性があるからだ。

このようなバイアスを除いて治療効果を比較するためには、無作為化比較試験(randomized clinical trial)が必要となる。いわゆるくじ引き試験であり、ある患者を全く無作為に、どちらかの治療法に割り振る方法である。内科腫瘍学の分野では、ごく一般的におこなわれるコ゛ールト゛スタンタ゛ート゛な方法だが、外科腫瘍学でおこなわれることは少ない。薬剤投与と異なり資金面の援助も得にくいこともあるが、なにより外科手術というものが技術的な要素が強いため、常に同一なことができるとは限らず変動的であるからだ。「外科手術」を標準化することが困難なのだ。

1989年からオランダで、胃癌のリンパ節標準郭清と拡大郭清の効果を比較する無作為化比較試験がおこなわれた。胃癌手術のレヘ゛ルが高い日本の外科医が技術指導をしながらおこなわれた試験であるが、手術成績の比較という難しい問題に関する試験としては、きわめて質の高い試験とされた。最終的な結果では、拡大郭清による生存率の上昇は証明されなかったが、やはり手術の標準化という面での問題が指摘された。拡大郭清群とされたのにリンパ節が取れてなかったり、標準郭清群で余分なリンパ節が切除されていることが多くみられたからだ。困難ではあるが、外科手術の無作為化比較試験の重要性は認識されてきている。現在、乳癌のセンチネルリンパ節生検と標準腋窩郭清の比較、期卵巣癌での再開腹術の有効性、早期前立腺癌での手術と内照射療法の比較、腎癌での縮小手術の有効性、直腸癌での間膜完全切除の有効性などを調べる比較試験が欧米でおこなわれている。

第8章 Cure by resection of metastases is pattern dependent, not time dependent.

転移巣の切除が成功するのは、パターンによるのであり、早期発見のおかげではない。

大腸癌の肝転移は、肝切除により治癒が期待できるという点で、非常に特殊である。何故大腸癌でのみ、このようなことがおきるのかは不明だが、パターンにより結果が決まるということを意味する。同時に二臓器にわたる遠隔転移があった場合に大腸癌が治癒することは稀だが、肝臓転移の切除が成功し治癒した場合、その後に生じた肺転移の切除は成功することが時々あり、やはり、病状のパターンにより結果が決まることを意味する。肝臓転移巣の大小に関わらず、また転移がいつ生じたかにもよらず、長期生存する場合がある。生物学的状況の悪い場合(多発転移)には、早期発見によっても生存率は向上せず、逆に、状況の良い場合(1,2個の転移)には、切除が遅くなっても手遅れとなることはない。全ての癌において、遠隔転移の早期発見は無駄なことが多い。結果を決めるのは、パターンであり、早期発見ではないからだ。大腸癌の術後に定期的に腫瘍マーカーを測定しても、治療成績が向上しないのは当然である。メラノーマ、乳癌、肺癌などでも、遠隔転移早期発見の検査を定期的におこなっても、ほぼ無意味である。患者にとっても、主治医にとっても、原発巣では非常に重要な早期発見という原則が、遠隔転移の早期発見について全く当てはまらないということを理解するのは難しいことだ。しかし、直感的には理解しにくくても、このことはまさしく事実なのである。大腸癌の肝臓転移に対する外科治療の目標は、手術の適応症例を厳格に決める方針を決定することである。肝臓転移の切除についても、生物学的性質(biology)が王、症例選択が女王であり、肝臓切除術の技術は王子にすぎず、外科腫瘍学での支配者である王と女王に打ち勝つことはできないのだ。

第8章の解説

遠隔転移の早期発見が無駄であるというのが、Cadyの主張である。確かに直感的には信じ難いが、少なくとも乳癌の術後フォローアッフ゜については現在の所、正しいとされる。癌治療の分野で最も権威ある学会であるアメリカ腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology)が、乳癌術後のフォローアッフ゜ガイドラインを発表している。それは、過去20年間にわたる乳癌術後フォローアッフ゜についての全ての論文をコンヒ゜ューターにて検索し、各々の臨床試験の質を考慮した上で、多くの専門家からなる委員会が決定したものである。いわゆるEvidence Based Medicineと呼ばれる手法であり、現代の医療において、最も適切とされる方法で導かれたと考えてよい。そのガイドラインの序文によると、「遠隔転移を早期に発見できれば、癌細胞の量が少ないため、治療により根治する可能性が高く、根治できなくても生存期間が延長すると考えられている。そのため、乳癌術後には、定期的な検査をおこない遠隔転移の早期発見に努めることが一般におこなわれている…定期的な検査が生存期間の延長に役立つには、1、遠隔転移の早期発見が検査で可能であり、かつ、2、遠隔転移を早く治療することで生存期間の延長が可能であるという仮定が正しくなければならない。しかし、今までのテ゛ータによると、この二つの仮定はいずれも正しくなく、乳癌術後の定期検査をおこなっても、検査費用は高価であるにもかかわらず、生存期間はほとんど変わらないのだ。」とある。具体的には、定期的な血液検査、胸部レントゲン、骨シンチ、肝臓エコー、腫瘍マーカー(CEA,CA15-3)の測定は薦められない、とされる。血液検査や胸部レントゲンやでは、検査の質が低いため、遠隔転移がかなり進行してからでないと異常がでてこない。骨シンチは、異常とされた9人のうち、本当に転移があるのは1人の割合でしかないというほど診断が不確実である。これらの検査は、先ほどの1番目の仮定が正しくないということを意味する。腫瘍マーカーは、画像で異常が見つかるより、かなり早期〔約半年〕に転移を発見できることがある。しかし、腫瘍マーカーで異常がみつかった時点で治療を始めたために、生存期間が延長できたという証拠論文はなく、この場合、2番目の仮定も正しくないことを意味するのだ。もちろん、臨床試験によって、遠隔転移早期発見に関する問題の全てに結論がついたわけではない。現在施行されている検査では、生存期間の延長が証明されていないというだけである。今のところ、乳癌転移巣に対する有力な治療法が無いことも、遠隔転移早期発見が有効でない理由の一つである。今後、そのような治療法が開発されれば、遠隔転移早期発見で生存期間が延長できる可能性もある。また、遠隔転移をより早期に発見できる新しい検査法が開発される可能性もある。ASCOガイドラインもこのようなことを述べているが、Cadyは、腫瘍学の原則という面からみて、期待できないと考えているようである。なお大腸癌については、ASCOガイドラインにおいて、肝臓転移切除が有効なことがあるため、術後の腫瘍マーカー(CEA)の測定意義が認められている。乳癌の遠隔転移と違い、大腸癌の肝転移には有効な治療法があるためだ。しかし、腫瘍マーカーの定期的測定によって、肝転移を早期に発見することが治療成績向上につながるかどうかは不明であり、Cadyは外科腫瘍学の原則からみて、やはり無駄であると考えている。

第9章 It is impossible to palliate asymptomatic patients.

もともと苦痛のない患者の症状を和らげることはできない。

無症状にもかかわらず、転移巣に対する抗癌剤治療を受ける患者が多い。転移があれば必ず治療をするという方針は、治療医の信念であり、患者の必要からおこなわれるのではない。抗癌剤の効果に対する過度の期待から、患者は無症状であっても、副作用のあるつらい抗癌剤治療を受けるべきだと考えている。しかし、この考えは誤っている。副作用の少ない方法や精神的なサホ゜ートシステムを用いるべきだ。アメリカ人の多くは、積極的思考法を持つため、このような状況で治療を受けないことを臆病なことだと感じるのだろう。しかし、もう残された時間が少ない不治の患者に、効果があまり期待できない治療をおこない、副作用でかえって具合を悪くすることには、私個人としては賛成できない。多くの医者は、抗癌剤治療を受けなければ大変なことになる、と患者をおどかしてしまう。しかし、私は、苦痛のない時間をできるだけ大事にするように患者を励まし、症状が出た場合に始めて治療を開始するようにしている。私は、痛みなどの症状は、身体の自然防御機構が助けを求めているしるしだと解釈している。つらく難しいことだが、魔法の治療法はない、ということを、はっきりと患者に言うことが非常に重要なのだ。(It is difficult,but essential,to tell patients that we have no magic solutions.) 症状が出て初めて治療が必要になるのだから、いろいろな検査で無症状の再発を見つけることは、余計なことだ。知りたくないことを、わざわざ知る必要はないのだ。強い症状がある場合には、それを和らげるために副作用の強い抗癌剤治療をすることが許される。抗癌剤の効果で症状が和らいだなら、いつまでも治療を継続せず、苦痛のない状態を大事に楽しむようにするべきだ。

第9章の解説

再発癌患者に対するcadyの考えをのべたものである。もう治ることが期待できない患者を、どのように治療するのが最も患者のためになるのか、癌を取り扱う医者が最も悩むところである。なにより大事なことは、治癒の可能性がまだあるのか、ないのか、どれくらいの生存が期待できるのかを、判断できる知識と能力を医者が身につけることである。乳癌の場合を例にしてみよう。遠隔転移した乳癌は、まず治癒しないというのが事実である。しかし、ごく一部には、治療により長期生存し、なかには10年以上経過して治癒したとみなしても良い例外的なエピソード(anecdote)もあるのだ。再発した患者にとって、全く治癒の見込みがないのと、ほんの少しでも可能性があるのとでは、精神面でおおいに異なるだろう。実際に再発した患者に対して、ほんの少しの可能性にかけて積極的な治療をおこなうのか、現実にはほとんどの場合不治であることから、つらい治療はせずに残された時間を大事に過ごせるようにするのかは、画一的には決めることはできず、医者と患者の間の関係で個々に決められるべきものである。

再発患者に抗癌剤治療をおこなったM.D.Anderson Cancer Centerの報告では、3.1%の患者が5年間健存し、その半分以上で10年間健存したというテ゛ータを報告している。遠隔転移が生じても1—2%の確率で10年生存できる可能性があるわけだ。しかし、この長期生存は抗癌剤治療の効果よりは、もともとの癌の性質による要素が強いと考えられている。乳癌再発治療は、肺転移などさし迫った生命の危険がない場合には、副作用の少ないホルモン治療から開始し、抗癌剤治療は後回しにするのが原則である。必ずしも再発がみつかった時点で、すぐに抗癌剤治療をおこなうのではないのだ。また、前記のように遠隔再発の定期的検査が有効でないのも、長期生存が必ずしも抗癌剤によって得られるものでないことを意味している。抗癌剤治療は癌細胞が少なければ少ないほど有効であり、もし、抗癌剤によって治癒が期待できるのならば、早期発見による早期の抗癌剤治療が有効となるはずだからだ。ホルモン剤治療には重篤な副作用はほとんどなく、遠隔再発発見とともに開始することにまず問題はない。しかし、ホルモン受容体が陰性で、ホルモン治療の効果が期待できない場合や、さしせまった生命の危険がある場合には抗癌剤治療が選択される。再発乳癌治療の目的は、治癒をめざすのではなく、進行を可能な限り遅らせ、苦痛のない状態をできるだけ長く過ごせるようにすることだというコンセンサスが確立している。最終的には、患者が治療の副作用と生命予後をどのように考えているかにより、治療方針が決まってくる。ほんの少しでも長生きできる可能性にかけ、つらい副作用のある治療を受けることを望む患者もいるだろうし、たいした延命が期待できないのなら、残された時間を有意義にすごすことを優先する患者もいるだろう。後者の場合には、できるだけホルモン治療を試み、抗癌剤治療の開始をなるべく後回しにするのが適切な方針である。抗癌剤治療を全く拒否する患者がいてもおかしくない。抗癌剤治療は症状の軽減には有効だが、延命効果はあったとしても、せいぜい数カ月程度と考えられている。

医者にとって最も重要なことは、患者に正確な情報を伝え、治療によって予想される利益、副作用を説明し、患者にとって一番望ましい治療方針を選んでもらえるようにすることなのだ。そのためには、前述のごとく、病気についての詳しい知識が絶対に必要となる。治癒の可能性が少ない患者に、事実を伝えることは、非常に心苦しいことであり、告知せずにいるほうがどれほど楽かも知れない。しかし、真に患者の立場にたてば、Cadyのいうように、そのことは患者に伝えなければならないと思われる。

第10章 The solution of our surgical oncology problems are economic ,political and regulatory.

外科腫瘍学のいろいろな問題点の解決は、経済、政治、法規にかかわっている。

今日の癌治療は、癌の診断がついてから、高価な器具や薬剤を用いて治療成績を向上させようとしている。しかし、検診によって癌を早期発見し、少ない費用で治療するほうが、社会の利益は大きい。メラノーマの早期発見の全国教育キャンペーンを、テレビのゴールデンタイムを利用しておこなうことにより、早期のメラノーマが発見可能となる。テレビ産業が利益第一主義で成り立っているため、このようなことがおこなわれないのだ。進行したメラノーマ治療のために使われる費用を考えると、早期発見にお金をかけたほうが結局は得である。40歳から75歳の女性にマンモク゛ラフィ検診を受けるように宣伝、啓蒙する必要がある。マンモク゛ラフィ検診のおかげで乳癌死亡率が低下しているのだ。発癌原因の最たるものであるタバコを規制しなければならない。ニコチンという致命的な麻薬(lethal addictive drug)を規制できないのは、タバコ産業による莫大な政治献金により政治家が支配されているからだ。アメリカ癌協会は、創立100周年にあたる2013年までに癌による死亡を半減させようとしている。そのためには、まずタバコを規制しなければならない。タバコ税を引き上げることで、特に若い人の喫煙率を大幅に下げる必要がある。次に40歳から75歳までの全ての女性に無料でマンモク゛ラフィ検診が受けられるようにするべきである。大腸癌検診もおこなう必要がある。3番目には食生活の改善が重要だ。高脂肪、高カロリー、高糖分、低繊維食であるインスタント食品やスナック食が好まれる傾向は問題である。大衆の教育と食品の規制が必要だ。医療費の増大を考えると、健康管理の責任を国民ひとりひとりが負うべきである。政治家が鍵をにぎっているが、彼らは国民の健康よりは企業の利益を優先しているようだ。マスコミや国民は医療費が高いことを非難するが、タバコや食品、健康管理の問題を解決してない責任が彼ら自身にある。事がおこってから高価なハイテク技術を使用するのではなく、事がおきないようにするのが、あまりにも高価な医療システムに対処する適切な方法だ。

第10章の解説

Cadyの癌治療に対する基本的な考えは、教育、検診による癌の早期発見と、それによって安く負担のない治療をおこなうことである。癌の予防には、発癌の原因を抑える一次予防と、早期発見、治療をめざす二次予防とがある。一次予防には、タバコの規制と食生活の改善が重要であり、特にタバコが発癌の明らかな原因とわかっているのに、政府が有効な対策をとらないことを彼は非難している。アメリカではクリントン大統領のもと、タバコは有害な薬物であるというキャンペーンがひろがり、公共の場での喫煙禁止がひろがってきたのは、癌の抑制という面からは歓迎されることである。日本においては、未だ、タバコの宣伝の規制も甘いようだ。歴史的には専売制がおこなわれたように、タバコ税による政府の莫大な収入がある以上理想論ばかりはいえないが、タバコの心臓血管病への影響や発癌性とその結果としての医療費の増大を考えると、収支を考えた場合でもタバコを規制したほうが得とも考えられる。嗜好品である以上、個人の喫煙は自由という反論はもちろんだが、喫煙者では健康保険の負担が変わるなどの制度がない以上、ある程度の規制はやむを得まい。アメリカでの嫌煙権の拡大を、訴訟社会におけるいびつな傾向ととらえる論調もあるが、一面的なみかたである。Cadyの主張するように、タバコ税をひきあげて、タバコを高価なものにするのが、若年者の喫煙傾向を減らすという点からみても、最も現実的な対応だろう。

二次予防として、有効性の証明された検診を積極的におこなうことをあげている。検診による早期発見で死亡率低下がはっきりと証明されているのは50−74歳でのマンモク゛ラフィ検診であり、Cadyは40歳から75歳までの無料検診を主張する。40代でのマンモク゛ラフィ検診の有効性はまだ議論のあるところだが、彼は推進派のようだ。検診による癌の早期発見には、実際は癌でなかったものが癌の疑いとされて過剰な検査を受ける、偽陽性の問題がからんでくるので、医療費の削減につながるかどうかは一概には言えない。また、検診をおこなう地域で、どの程度の割合で癌が発見できるかによっても、検診の費用対効率は違ってくる。しかし、アメリカのように、80代まで生きた女性の8人に1人が乳癌死するように、乳癌が高率に発症する地域で、乳癌が早期発見された場合に縮小治療をおこなう方針とすれば検診による医療費削減が可能となるだろう。この場合、先に述べたように、局所切除のみおこない、放射線照射や補助療法を省略するという治療方針がとられることをCadyは念頭においている。放射線照射やタモキシフェン投与などの標準治療を一概に施行する方針ならば、検診による早期発見によっても、医療費削減にはつながらないと考えているに違いない。

第11章 The art of surgical oncology is to apply basic principles flexibly to the individual patient.

外科腫瘍学の臨床面での実際は、基本原則を個々の患者に柔軟に応用することである。

外科腫瘍学の臨床面での実際の応用が非常に重要である。手術手技が優れていることも大事だが、より重要なのは、個々の症例においての治療方針の判断(judgement)である。疾患の多様性を認識し、個々の症例において、癌の悪性度〔罪〕に応じた適切な治療〔罰〕をおこなることが我々の目標なのだ。近年、大衆の考え方は、反科学的、反知性的、非合理的なものになってきている。超自然的なもの、魔術、そして天使さえも信じる人が増えてきている!我々外科医は、科学者であり技術者であり、癌患者の治療には合理的な基本原則にのっとらねばならず、魔法的な考え(magical thinking)で治療方針の選択をしてはならない。医者は個人的な経験にのみたよった過剰な治療をやりがちであり、患者は治療を受けることが有意義な人生をおくるにあたって損か得かの判断ができないことが多い。医療に非現実的な過剰な期待を抱く患者さえもいる。彼らはごく僅かの利益のため、あらゆる種類の高価なハイテク治療を受けるのだ。最近、医者介助による自殺が話題となり、代替治療(alternative therapy)が流行している。1800年代に体内の毒を薄めるというホメオハ゜シ−療法がはやったことがあるが、それは当時の標準治療だった過度の投薬、瀉血という治療の反動であった。代替療法の流行は、現在の癌治療が、僅かな利益を強調しすぎており、高価で過激で時間がかかる割に人間的な扱いに欠けていることに原因があるかもしれない。私の講演を厭世家の不平ではなく、Robert Frostの詩「The Lesson for Today」の最終章のようなものとして聞いてもらえれば幸いである。それは、次のようなものだ。

were an epitaph to be my story, I had a short one ready for my own. I would have written of me on my stone I had a lover's quarrel with the world.

私の話に墓碑銘があるとすれば 短いものを用意している。 自分のことをこう銘しただろう この世界と甘い喧嘩をしたのだ

11、解説

現在の過度の癌治療が医療不信の原因となり、代替療法の流行の一因ではないかとCadyは危惧している。利益が僅かしかないのにかかわらず、副作用の強い治療は、おこなうべきではないというのが彼の基本的な考えであり、例えば、乳癌術後の補助療法の適応も縮小すべきと考えているようだ。彼の来日時に話を聞く機会を得たが、抗癌剤治療の適応がひろがっている傾向の原因として、それが内科腫瘍医〔抗癌剤専門医〕の経済的利益につながる面が否定できないと我々に語っていた。医療の限界を認識し、現実離れした期待を抱かないようにする必要性も説いており、それがかえって、患者の幸福につながるととも言う。治癒の見込みのない患者に、過剰な治療をおこなうのではなく、残された時間を有意義にすごせるようにすることが大事であり、そのような判断を下すことが、手術手技以上に外科腫瘍学医にとって重要だという。

Cadyの外科手術における局所再発とリンパ節転移の意義についての考えは、革新的であり少数意見はあるが、社会全体からみた癌治療のありかたや、患者の立場にたった良心的な医療を薦める哲学的な態度には学ぶべきとこが多く、日本にも広く知られる意義があると考え、ここに紹介した。

翻訳、解説 上野貴史(板橋中央総合病院外科) 

(この論文の翻訳、出版について快く許可いただいたB.Cady 教授に深謝いたします)