第2話 罠




     犯人から、二人は空港付近のホテルへ行くようにと携帯で指示された。

     先に修司が指定された部屋のドアに手を掛ける――


     照明を絞った薄暗い室内には、青臭い独特の匂いが充満していた。

     中央の大きな円形型ベッドの上に、荒縄で後ろ手に縛られた女が横向きになって転がされている。

     かなり抵抗したのだろう。

     彼女の着衣は引き裂かれて殆んど半裸状態。曝け出されている白い肌には、紅い引っ掻き傷が無数に刻まれていた。

     汗と雄の体液に塗れ、露になった大きな胸には乱暴されて赤黒い痣が残されている。

     剥き出しになっている白い太腿には、肉壷から逆流して溢れ出た白濁色の粘液が、幾つもの太い筋を引いていた。

     じっとりと汗で濡れそぼった肢体は、ひくひくと痙攣を繰り返している。

     そして、殴られて真っ赤になった頬をした幼さの残る童顔に、修司は見覚えがあった。

    「か……片山クン!」

     倒れている女性が、攫われたと通報があった片山悠里であると知った修司は、慌てて彼女の許へと駆け寄った。

    「……か、神名さ……」

     修司に抱き起こされた悠里が薄っすらと眼を開いた。彼女は半ば意識が朦朧としていて失神寸前状態だ。

    (遅かったか……)

     無惨な後輩の姿に修司は眼を細め、顔を顰めた。



    「きゃ? 何するのよ!」

     突然、背後で彩香の鋭い悲鳴が上がった。

     その悲鳴に、修司はハッと我に返る。

    「クソッ!」

     拳銃を構えようと、上着の中に右手を滑らせながら、修司は素早く振り返った。

     肩までの金髪ロン毛に、上半身逆三角形。アメリカ映画に出てきそうなゴツイ体格の男が、彩香の直ぐ後ろに立っている。

     男の身長は、百六十の彩香よりも三十センチ以上高い。

     隆々と盛り上がった筋肉を、身体にピッタリの黄色いTシャツで、さも自慢げに晒している。

    「くっ……」

     男は彩香の背後から襲い掛かり、太い片腕で彩香の首を絞め付けて、がっちりと拘束していた。

     仰け反った彩香のこめかみに銃口が向けられている。

    「アヤ姉(ネエ)ッ? ……あっ!?」

     怯んだ修司の後頭部に鋭い衝撃が奔り、星がチラついた。

     油断した。

     まさか攫われた悠里が居たとは思いもよらなかった。

     室内のドアを開けるまで、修司はマニュアル通り十分に警戒していたのだが、悠里を見た途端、修司は辺りの警戒を怠ってしまったのだ。

    「くそ……他にもまだ……」

     くらりと眩暈が修司を襲った。

     あっという間に目の前がブラック・アウトする――



      *  *


    「修司……ねぇー修ぅー司ぃいー……起きて? ねえぇ、修司ってばぁー」

     彩香の鼻に掛かった甘ったるい声にウットリしながら、修司の意識が戻って来る。

    「う……あ?」

     目の前にスーツ姿の彩香が居た。

     長い睫毛が何度も瞬かれ、形の良い柔らかそうな唇がふわりと解ける。

     心配そうに修司を見下ろしているが、まだ乱暴されるまでには至っていない。

    「アヤ姉? ……化粧、濃いぞ?」

     彩香を見て開口一番、修司が惚けてそう言った。

     まだ状況を冷静に判断出来ていないみたいだ。

    「馬鹿ッ!」

     彩香は真っ赤になって咬み付いた。

     どうやら修司が気を失っている間に化粧直しをしたらしい。

     彩香は修司が言うほど厚化粧した訳ではなく、単に口紅を直しただけだったのだが……?

     彼女のコンパクトには、何種類かの薬が仕込まれているのを修司は知っている。恐らくはその薬を取り出す為に行った口実の化粧直しだろう。

     彩香は修司が所持していた手錠を、後ろ手に掛けられていた。

     細い首にも、彼女には似つかわしくないゴツイ首輪をされ、鎖でベッドの脚部に繋がれている。

    「頭、大丈夫なの?」

     彩香はそう言って、修司の後頭部に触れた。

    「……っ痛!」

     ズキンと疼いた後頭部の痛みが、修司を一気に現実に引き戻した。


    「ヤッと気が付きやがったのかよ?」

     背後から吐き棄てられた男の声で、ハッと我に返る。

    「いつまでも寝てんじゃねーよ。オッサン!」

    「あンだとぉお?」

     ムカつくフレーズに、自分の於かれている状況を無視して修司は跳ね起きた。

     窶(やつ)れ気味で少し老けて見えるが、四捨五入すれば辛うじてまだ二十歳だ。

     まだ疼く痛みに頭を振り、身体を捻って上半身をしっかりと起こす。

    「……って?」

     修司は自分が寝かされていたベッドの周囲に、異変を感じて首を廻らせる。

     背後には、本格的な撮影機材が処狭しと並べられ、強烈な照明が煌々と灯されていた。

     その中央に据えられたディレクターチェアに、先程彩香を捕らえていた男が高々と脚を組み、偉そうに踏ん反り返っていた。

     男は他にも二人の助手らしい男を従えている。

    「フン、この状況ならもう解かっているよな?」

     二十歳前後に見えるその男が笑った。

     細身の修司とは違い、身体にピッタリのTシャツを着用している男は、ボディビルダーかと見紛う程の鍛えられた逞しい身体を持っている。

     一度は眼にしていたものの、男の肉体に修司は怯んで再び顔が引き攣った。

     金髪ロン毛のマッチョマンは、顔も中々のベビーフェイス。イケメン系なら修司も一応合格ラインだが、フケ顔の渋さが売りである修司とは全く異なるタイプだ。

    「彼女達の撮影会かい?」

     修司は虚勢を張って余裕をかまし、縛られたままでいる悠里と彩香に向って顎を杓って見せた。

     二人の女性は、拘束されているには違いないのだが、使用前・使用後状態のギャップが激しい。

     自分が居ながらアッサリと捕まってしまった。

     修司はまだ乱れていないスーツを着ている彩香を済まなそうに見詰めた。


    「ああ、お前とのな」

    「何?」

    (俺?)

     修司は耳を疑った。

    「お前と……じゃないのか?」

     男は鼻で笑った。

     そして、男は徐に銃口を修司へと向け、ニヤリと笑った。

    「ああ。俺じゃないさ」






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