第18話 アンフェア?
美弥とは、一体いつ何処で毎日出逢っているんだろう……?
俺は片道五キロチョイの通勤路を、なけなしの貯金で買ったシボレーの二十六インチ自転車に乗って、キョロキョロしながら出社した。
だけど、彼女が居るらしいと思われる場所の心当たりなんて全く無い。
本当に、毎日彼女と俺は会っているのかな?
コンビニのゴミステーションからお持ち帰りで拾って来た、美弥が言ったあの言葉。
『毎日会っている……』
美弥はそう言っていたけれど、その言葉は会社が近付くにつれて、だんだん怪しく思えて来た。
今思えば、あれは俺に対する口封じのデマカセだったのかも知れない……なんてそんな気になった。
何せ彼女はコスプレマニアみたいだし。
俺はコスプレに対して、そんなに偏見を持って居る心算は無いけれど、あれも裏を返せば一種の自己倒錯みたいなものだろうと思う。
『こんなハズでは無い。現実の自分から離れたい……』そんな鬱屈した想いから変身願望に到達しちゃって『コスプレっちゃいましたぁ〜☆』って?
でも、そう思わずには居られないくらい、美弥は美人だった。
コスプレなんかしなくったって十分イケテル美人なのに、一体何が不満なんだろう?
いや、不満が無い事自体が不満……なのか?
それとも女性心理なんて俺の知らない聖域……だからなのか?
「うーん……」
現実逃避したいほどのストレスを抱え込む女性……大袈裟かも知れないが、ある意味そう言う見方も出来るよなと思った。
その、銀髪おかっぱサラサラヘアの銀色猫耳メイド姿が、もの凄く似合ってたし、俺は最初美弥が人形なんだと思ってしまったくらいだもの。
俺よりも年上なんだろうけど、何だか見ていて危なっかしいや……美弥は俺にそう思わせてしまう人だなと思った。
美弥をお持ち帰りで拾ってから、ずっと彼女事が気になって仕方が無い。
俺、どうしちゃったんだろう?
仕事にならないよ〜。
「お疲れ様です。土岐さん、どうかしましたか?」
「え? あ? ……ああ、お、お疲れ様です……」
午前中の休憩時間は十時から十分間。俺はお茶室でコーヒーを淹れながら、美弥の事を考えていた。
寝不足且つ、美弥からの『抜き』に遭い、俺の意識は普段以上に集中力を欠いて、ぼんやりとしている。
そうしたら、同じ部署の光永美恵さんがマイカップ持参でお茶室に入って来た。
俺は、今まで女性とは視線さえ合わせられなかったのに、無意識に礼を失して彼女の顔をぢいぃ―――っと見詰めてしまったらしい。
美恵さんは俺よりも十二年センパイで、別の会社にダンナが居る既婚者だ。
俺よりも少し背が低くて小柄なスレンダー体型。顔にそばかすが出ているが、肌の白さと相俟って彼女の個性的なかわいらしさを引き立てていた。
俺の視線に美恵さんは、ポッと顔を赤らめた。
「わたしの顔に、何か付いていますか?」
「え? ええ、そ、そんな。べ、別に何も……す、すみません」
ニコニコして問い掛けて来た美恵さんから、俺は慌てて俯き視線を逸らせた。そして、彼女を無意識とは言えマジ見してしまい、失礼な事をしてしまったと心の中で反省する。
「謝らなくても良いですよ? でも、珍しいですね? 土岐さんって、女性に興味がお有りじゃ無いのかと思っていましたから」
「そ、そんなコト……な、無いです……」
俺の答えに、意地悪っぽく問い掛けた美恵さんはクスッと笑って『そうでしたね』と相槌を打った。
ま、まぁ……確かに女性とは視線を合わせないよう、普段から意識していたのだけれどね?
「今日、主任お休みでしょう?」
「え? は、はい。そうですね?」
……って、ああっつ、俺って馬鹿だ。
せっかく話題を振ってくれているのに、自然に会話が続けられない。
終らせてどうするんだよ? と自分に突っ込んだ。
「昨日、合コンだったそうよ? 貴方も見習えば? 今度ご一緒させて貰ったらどうかしら?」
「え?」
……主任の何を見習えだって???
俺は彼女の言葉に暫し呆然となってしまった。
「その『女性嫌い』を何とかしなくっちゃ、モテナイ君のままになっちゃうわよ?」
美恵さんはそう言って、顔を上げた俺の額をコツンと指先でつついた。
「……っお、おお……」
「あ? ゴメンね。要らぬ心配だったしら?」
「え?」
『大きなお世話です』って言い返そうと身構えたが、美恵さんは俺の顔を間近で覗き込むなり『あら?』と小さく声を出した。
「『もう気になるお相手が居ます』って、顔に書いてあるもの」
「???」
美恵さんはニコニコと笑ってそう言った。
???
どゆコト?
意味深な美恵さんの言葉に、俺は首を捻ってしまった。
……確かに気になる女性はいるけれど、美恵さんが指摘しているような、恋愛感情なんて自覚、無いんだけどね?
俺が美弥の事を気にしているのは、コスプレで変身しちゃってる彼女が誰なのかを、興味本位で知りたくなっているだけなんだよ。恋愛感情だなんて持ってやしないと思うんだ……きっと。
そこまで考えたら、また美弥の事を思い出してしまった。
俺のむさ苦しいあの部屋で、無防備で眠っていた彼女の寝顔を思い出した。今頃はまだオヤスミ中なんだろうな?
そう思うと、眠っている彼女がチョッピリ羨ましかったりする。俺、今でもかなり眠いもの。
だけど、本当に彼女と俺は面識があるのだろうか……?
また堂々巡りで悩んでしまう。
「あれぇ? 何を悩んでいるのかな?」
「はいぃ?」
美恵さん、鋭いっ!
彼女は俺の心を読み取れるエスパーか何かなんだろうか? しかも、何だか悩んでいる俺を見て、楽しそうにしているし。
「何を悩んでいるのかは知らないけど、『彼女』を泣かせるような事は厳禁だよ?」
「は……ぁ」
『奥様』にクギを刺されてしまった。
別に泣かせるような事は遣ってはいない。寧ろ、俺の方が泣き出したいくらいだよ。俺にとっては初対面でイキナリなコトされて抜かれちゃってるし。
美弥は俺のコトを知っていると言ってるのに、俺は美弥の事を全く知っちゃあいないんだ。こんなアンフェアな事って無いだろう?
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