第19話 人数合わせ?




    「お? 土岐よ、週末の川本部長の送別会、欠席するって?」

    同じ部署の柴田課長が、美恵さんと入れ替わりでお茶室に入って来た。

    背の低さは俺とタメを張ってはいるが、柴田課長は文字通り輝き方が違っている。自称『三十路後半の独身貴族』だそうで、二十代後半から薄毛に悩んだ末に、スキンヘッドにしてしまったらしい。俺的には勇気ある人だ。

    俺は苦手な話題を課長に振られてしまって、正直困った。

    「はぁ、その日は予定がありまして……」

    予定ったって、ナンのことは無い俺のバイトだ。

    W・グローバル社は本社K工業の方針に倣い、異動人事が頻繁にある。それは上司である管理職に対しても同様だ。

    去年一年間、この資材部二課の部長を務めていたらしいが、デスクは本社社屋の別館に構えており、この部署には滅多に顔を見せなかった他部署の兼任部長だ。俺にとってはほんの数ヶ月しかお世話になってはいないし、ましてや普段部署に顔を出さない上司にへつらう義務は無いと思っている。

    「そう言わずに、出席してくれよ。まあ、確かに兼任部長だし、部長本人もここの部署は腰掛の心算で居たらしいからなぁ」

    だったら尚更参加する必要は無いと思った。

    しかし、この様子だと柴田課長は、俺に『情』で訴えて来る心算らしい。

    だけど、俺だって生活が掛かっているんだぞ? 幾ら飲みニュケーションが一部公費扱いだとは言え、その時間が俺にとっては惜しいんだ。しかも週末はホストの日だから一番の収入源だし。

    「課長の他に、誰が参加するんですか?」

    取り敢えず、俺は参加者メンバーを聞いてみた。

    「オレ達は参加出来ないんだ。当日は取引先の祝賀パーティーがあってね、そっちに招待されているんだよ」

    「取引先って、フィルタのクララ濾材ですか?」

    「ああ」

    柴田課長はそう頷いてから『仕方なく行くんだぞ?』と後で付け足した。

    創立二十周記念の節目に、本社から会長と社長が来るのだと、俺はクララ濾材を担当している業者からそんな話を随分と前から聴いていた。

    水を濾過する機器を開発して、それを主力の生業としているW・グローバル社。この『W』こそが何を隠そう(隠してねーって!)『水』のウォーターである『W』だ。

    その中核となる濾材関連会社とは、何が何でも親しくしておかなければならない営業面がある。

    「じゃ、残ったメンバーは?」

    「ウチの部署では、事務所の女の子達。後は土岐と中途採用の汀くんかな」

    「男は汀さんと僕だけですか?」

    「ああ、本当は部署の男連中、土岐を含めた七人全員が呼ばれていたんだ。汀は先週部署に来たばかりで向こうはヤツの事を知らなかったし、土岐は……すまんが女性社員だって言って断っている」

    「はあああ?」

    だっつ、誰が『女性社員』だぁあ?

    た、確かに背は標準よりも低いですよ? 線だってそんなにゴツクないし。よく、女の子みたいだと言われたり、間違えられたりしてますけどねっつ!

    聞き捨てならない課長の言葉に憤りを感じ、俺はその理由を聞かずには居られなかった。

    もちろん課長も俺の反応を予測して、承知していた様子だった。コホンと咳払いを一つして話し出すかと思いきや……コーヒーサーバーに向って俺に背を向けた。

    程よく日に焼けた小麦色のスキンヘッドが、室内の照明でテラッ☆と光った。

    つか、話をするのならコッチ観て話せ。

    「何処も不況さ。向こうも中々参加者が集まらないらしい。人数確保で体裁くらいは整えておかないと困るそうなんだと。だけど、コッチもたった一年の上司だったが、それでもお世話になったんだ。俺としては身内である部長の方を優先したいし、どの道途中で抜け出して部長と合流する心算なんだ。部長は、別の部署に異動するだけだから、大袈裟な送別会なんか良いから先方を優先してくれと、言ってはくれたんだがね」

    「はぁ」

    で、少しでも部長の方に人数をって魂胆か。

    だけどそれでも釈然としないこの理由……なんで俺が『事務員さん』なんだよ。

    「部署に来て日が浅い汀だけじゃ、幾ら女性社員が居ると言っても心細いだろう? それに土岐が来なけりゃ男は汀だけになる。どうだ? ここは一つ無理を押して、頼まれてはくれないか?」

    課長はカップにコーヒーを注ぐと、啜りながら俺の方を振り返った。

    逃げ道を塞がれて、俺は虚しくなってしまった。こうなると、選択の余地が全く無いじゃないか。

    だけど、俺だって汀さんと似たり寄ったりの新人だぞ?

    「課長?」

    「うん?」

    「今、僕がもの凄く困っているの見て、愉しんでいません?」

    そう言った途端、柴田課長はコーヒーを吹いた。カップに口を付けた状態だったから、殆んど周囲に被害は及ばず、課長の顔面に自分で吹いたコーヒーが飛び散った。

    「げーほ、げほげほ……え? い、いや? げほっ、そ、そんな事はないぞ?」

    「……」

    ウソこけ。俺の眼が細くなる。

    課長は尻ポケットから濃いエンジ色のハンカチを取り出して、顔に散ったコーヒーを、頭ごと撫でる様にして拭い取った。

    便利な頭だが、洗顔はどの辺りまで遣るのだろうかと素朴な疑問に脱線する俺。

    「土岐が汀と女の子達をエスコートしてくれれば俺も助かる」

    『エスコート』って言葉に馴染んでしまっている俺は、ほんの少しだけ不参加の意志がぐらついた。

    「女の子って、榊主任が居るじゃないですか。別に僕が居なくても……」

    「主任は来ないよ」

    「え?」

    課長のアッサリとした返事に、俺は拍子抜けしてしまった。




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