第2話 猫耳人形




    コンビニから俺のオンボロアパートへは、モノノ五分と経たないウチに到着する。

    四畳半の1DKで一応は鉄筋入りの建物(ビル)だ。

    だけどココに居られるのもあと半年。大家さんがココを壊して、もっと大きなマンションを建てる計画なのだそう。

    古惚けたマンションだったから、家賃が二万程の格安だったのに、新築賃貸マンションに殆んどの住人が出て行ってしまい、三階建ての十二部屋で十二人が身を寄せ合って住めるにも関らず、実際に住んでいるのは俺を含めてたった三人しか残っていなかった。

    水漏れや害虫。老朽化したアパートには、生活していると衛生面で何かとモンダイが出て来るからなぁ。


    俺は肩車をしていた猫耳人形を狭い玄関で降ろそうとして、ウッカリと下駄箱に人形の頭をぶつけてしまった。

    「ぎゃんっつ☆!!!」

    「え?」

    い、今のはナンだ? 

    俺は人形が悲鳴を上げた? みたいに聞えたんだけど???

    俺は訝ってマジマジと人形を見詰めた。

    って、特に変わった事はナイ……みたい?

    「気のせいか?」

    なぁーんてね?

    俺はさっきの悲鳴が何であるのかを追及するのが怖くなって、スルーしたように『見せ掛けた』。

    だけど、シッカリと見ちゃったんだ。この猫耳人形の目尻に薄っすらと涙が滲んでいたのを。

    出来の良いアンドロイドだって、こうは行かない。

    コレは人間の生理現象の一つだからさ。ツイデに俺は、この『猫耳』がとても精巧に造られたダミーだって事にも気が付いた。

    しかも彼女のメイド服、フリルヒラヒラのペチコートからも、耳と同じ素材で出来た長いシッポを発見したし。


    結論――彼女は人間であって『猫耳人形』なんかじゃナイ。

    それでも俺は女の子との至近距離コンタクト初心者だ。

    どうすればいいのかよく判らないし、彼女がどうしてこんな格好になっていてゴミステーションに居たのか謎だったから、取り敢えず俺は彼女を『人形』だと勘違いしているままで居ようと決めたんだ。


    俺は彼女をお姫様抱っこで俺のベッドへと連れて行った。

    幾ら彼女を人形扱いしようと思ったって、眠っている彼女を冷たいフローリングの床に転がして置くのはナシだろう?

    とすん! とお尻からベッドに降ろしてやると、振動で猫耳女が眼を覚ました。

    「んにゅ?」

    両手でコシコシと寝惚け眼を擦り、パッチリと栗色の大きな眼を見開いて俺の顔を覗き込む。

    「……かっつ……」

    カワイイ……つか、好みだ。

    彼女からカワイイ顔を最大限に近付けてマジマジと見詰められ、俺はどきん! と胸を高鳴らせた。

    トタンに顔が熱くなり、緊張してしまった。

    「あ、あのっ、そ、その、こっつ、コレは、え、えええエッチしようとしたんじゃない……です……から。きっつ、君が眠っていたから、そ、そそそその、よっつ、横にしようとしただけで……」

    「ぅん……」

    彼女は何を思ったのか、俺の喉元に顔を寄せて、くんくんと鼻を鳴らして頻りに匂いを嗅いでいる……

    って、マジ?

    フツー、女の子って初対面の男の匂いを嗅ぐものなのかっつ???

    それとも彼女がニオイフェチ???

    だけど、厭な気分にはならなかった。

    俺と同じくらいの背丈か、若しくは俺以上あるかも知れないのに、身体を丸めてくんくんしている所が、妙にカワイク思えてしまう。

    「あのぉー、俺って臭くない?」

    そう言ったトタン、彼女が両手でぐぁしっつ☆ と俺の胸倉を捕まえて引き寄せた。

    「いやー、そんなに気に入って貰えるとナンだか嬉しくなっちゃうなぁー」

    ……って? 

    「くぅー、すぅー……」

    んあ?

    彼女……もう二度寝しちゃってるし。

    何があったのか全くもってミステリー。

    彼女は俺の胸倉を掴むと、寄り掛かるようにして安らかな寝息を立てている。

    ちょっと酒臭いのが気になるけれど、ナンだか俺、凄くオイシイ眼に遇って……いるのかな?

    だけど、この格好で長時間は辛いだろ?

    つか、俺だってせっかくの貴重な時間だ。サッサと風呂に入って仮眠取らなくっちゃ。

    俺はシッカリと握り締めた彼女の細い指先を、起こさないようにそーっと一本々開かせて、ヤットの思いで彼女から逃げ出した。



    きゅ☆

    俺はシャワーのお湯を温い目に設定して、前日の汗と汚れを洗い流す。

    彼女……俺のニオイを嗅いでいたけど、どうせ嗅ぐなら汗で汚れた俺のニオイなんかじゃなくって、シャワー浴びてキレイになってからのニオイを嗅いで欲しかったなぁー。

    きっと、汗臭いなぁーとかって思われているんだろうなぁと、勝手に思い込んでブルーになってしまった。

    それにしても、彼女……ナンだか何処かで見た事があったような、無かったような……???

    だけど残念ながら、俺には年頃の女の子どころか、ましてや銀髪の女の子だなんて知り合いには居ないし。

    そこまで考えて、俺はハタ! と気が付いた。

    あのキレイなサラサラ銀髪は、もしかしたら偽物じゃないのかな?

    『変装』? 『仮装』? だったら何となく彼女の格好に説明が付くんだけど?

    それともコスプレマニアとか?

    う〜ん、ちとヲタクっぽいけど、コレはこれでいいのかも。

    メイド姿だなんて、俺的にはイケテルし。

    女の子にニオイを嗅がれて凹んだが、彼女との出会いは衝撃的?

    俺は拾った女の子とのシチュエーションに、ウキウキしながら頭にトニックシャンプーを掛けた。両手の指先を立てるようにして、ワシャワシャと泡立て中。

    がちゃっつ☆

    「うぇっつ!?」

    狭い浴槽ドアがイキナリ開き、俺は驚いて飛び上がった。



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