第21話 ウソっつ?




    それからは、いつもなら襲って来る睡魔も何故か無くて、午後の業務は事の他手際よく片付いた。

    美弥に貴重な睡眠時間を削られたって言うのに……だ。

    今思えば、ホボ徹夜状態だったから、一種のナチュラル・ハイになっていたのかも知れない。

    ただ……


    『去年、お得意さんと遣り合っちまってな。相当相手を怒らせちまったんだと。コッチは商売。売らないと稼げないのに、美弥子は会社が長年築き上げて来た客との信頼関係を、たった一瞬でぶち壊してくれたんだよ』

    『そんな……』

    『その件は、上の方じゃ未だに燻っている話さ。何があったのかは知らないが、売れなきゃ商売上がったりだからな。で、その後人事異動で資材部に飛ばされたんだよ。お前の主任はな』


    あの時の先輩との遣り取りが、業務中ずっと頭から離れられなかった。

    一体、あの榊主任にどんな遣り取りがあったって言うんだろう?



      *  *



    退社後、近くの激安スーパーに寄って三日分の食材を買った。ガラガラに空いている駐輪場に自転車を停めて、マンションを見上げてみると――何故だか俺の部屋に明かりが煌々と灯っている。

    美弥にマンションのスペアキーを貸しているから、まさかこの時間までずっとTVも何も無い俺の部屋に残っているだなんて考え難い。

    美弥ってば電気を消し忘れちゃったんじゃないだろうな? ……あの天然ボケの美弥の事だ。きっとそうに違いないと思った。

    俺は多少の苛立ちを感じながら、ずんずんと階段を上り、マンションのドアに手を掛けた。

    がちゃ☆

    あ? あれ? 空いてる……

    ウソだろー? 鍵まで掛け忘れて出て行ったのかよー。

    本当に、なんて天然なヤツなんだよー。

    確かに俺の部屋には金目のモノなんか皆無だし、鍵なんてこの部屋には必要無いかも知れないけれど……それでも一般常識として、出て行くのなら明かりを消して鍵をするのが礼儀なんじゃないのか?

    俺は美弥の超ズボラな所に閉口してしまった。

    「ったく……鍵くらい遣って行けよ……」

    思わず不満が口を突いて出てしまう。

    美弥なんか拾ったりするのじゃなかったし……って、後悔しながらドアを開けて中に入ったその時だ。

    「マサくん、お帰りぃー」

    「いっつ???」

    美弥っつ??? なんでっつ???

    俺は在り得ない現状に驚いて、暫しその場で固まった。

    しかも、メイド姿の筈だった美弥はいつの間にか着替えてて、白いタイツに淡いピンク色の半袖ナースの制服になっていた。頭には制服と同じ色のナース帽。

    玄関の足元をよく観ると、隅っこに白いナース用サンダルがきちんと揃えて置かれていた。

    「み、美弥さん?」

    「なに?」

    「まさかとは思うけど、職業は看護師さんなの?」

    「どうして?」

    「どっつ『どうして?』って、その格好……」

    そこまで言うと、俺は美弥がここに居た理由がオボロゲながら想像出来た。

    看護師なら交代制――あ、ナンだ、納得。

    「そうか、美弥さんはこれから『夜勤』なんだ。で、これから『出勤』なんですね?」

    勝手に自分で納得していたが、美弥はアッサリと俺の答えに首を横に振ってくれた。

    「ううん。違うよ?」

    「って、ならなんでその格好……」

    「やーん、マサくんに見せたかっただけだよぉー」

    「……」

    「ねっつ☆」

    何が『ねっつ☆』……だよ。可愛いけど。

    美弥はそう言って両手を胸元に引き付け、顎を軽く握った拳の上にちょこんと載せてはにかんだ。

    「あのー……」

    ぐううう〜〜〜☆

    「……?」

    言い掛けた俺の言葉に被せるように、美弥の腹が鳴った。

    ……女の子の腹の音、初めて聞いちゃったよ。

    まあ、普段から女の子には至近距離に居ないよう心掛けてはいたんだけど……こんなまさかのハプニングに退いてしまった。なんつーか、女の子だからって……想像していたカワイラシイ音じゃなかっただけに、面喰ってしまった。野郎と変わんないし。

    「……」

    余りのショックで、俺は何が言いたかったのかを忘れてしまった。

    いや、それドコロじゃ無い。美弥が俺の部屋にマジで住み付いてしまうのじゃないだろうかって、急に不安になってしまう。

    でも取り敢えずは……

    「……ご飯にしましょう」

    「うん!」

    元気のいい美弥の返事に、俺は思わず『はぁあー』と深い溜息を漏らしてしまった。

    「大したモノは出来ませんよ? それとも美弥さんが作ります?」

    「ウン、マサくんのでいいよぉー」

    「……はい」

    つか、何で俺なの?

    ゲンナリして返事をすると、美弥はニコニコしながら俺の顔を覗き込んで来た。

    ……うっ……カワイイ……

    至近距離のドアップに、俺の心臓がドキンと大きく弾んだ。

    あ? 睫毛長いんだ……なんて変な事を思っている場合じゃなかったし。

    俺、なんで扶養家族が出来てンの?




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