第25話 常盤財閥…1
だけどそんな事を言われても、俺は借金返済があるからマジで困ってしまうんだよー。
大体、俺を脅迫してナニをセシメようって言うんだよ? 金や金目の物になりそうなモノなんか、俺は全く持ち合わせちゃ居ないんだし。
「美弥どの、ここはお引取りくださりませぬか?」
俺の困った表情を読み取ったケントが口を挟んだ。
「だって、マサくん……」
「美弥どのの事を、ここでお話しても宜しいので?」
「……」
有無を言わさないケントの『押し』に、美弥は軽く息を飲んだ。それは同時にお互いの事を他言しないよう示し合わせた取引みたいだった。
日本屈指だった常盤財閥――その執事長であったケントの手腕はダテじゃない。隠し事なんか遣っても無駄だ。
ケントの気迫に飲まれてしまったのか、それとも他に理由があったのかは判らなかったが、美弥は少しだけ顔を引き攣らせ、肩を竦めて涙眼になってしまう。
「私も大切なお話がございますゆえ。美弥どの、本日の所は誠に以って申し訳ありませぬが、お引取り願いませんでしょうか?」
「……」
再度強い口調で促され、美弥は萎縮したまま、俺の傍らから仕方なくと言う様子で立ち上がる。
「女の子に……何もあそこまで言う必要があったのか?」
しょんぼりと肩を落として部屋を出て行く美弥の後姿を見送りながら、俺はケントの強引な言動に多少なり不快感を覚えて言い捨てる。
「彼女の場合、あのくらいでないと引き下がってはくださりませぬ……」
そこまで言うと、ケントは押入れからヒョイと出て、美弥がさっきまで座っていた場所にスタッと正座した。そして、よどみの無い動作で三つ指を着いて俺を見上げ、感極まって涙ぐむ。
「坊ちゃま……ほんに……ほんにお久しゅうございます」
そう言って、ガバッと床に突っ伏した。
「お、俺はもう『坊ちゃま』じゃない。そんな呼び方はしないでくれ」
深々と頭を下げられて、俺は弱った。
俺はまだ人から頭を下げられるほど出来た人間じゃない。その事は、独りになってしまった三年前から、強く実感している事だ。それまでの俺は『常盤』と言う温室の中で、なに一つ不自由なく暮らして来ていたのだと、痛感するには十分な月日だったさ。
「いいえ、常盤財閥はまだ続いておりますぞ?」
「え?」
「常盤グループの経営破綻は、坊ちゃまもご承知の通り、内部告発の計略からでございました。目下、傘下におりました関連事業所のうち、三分の二をほぼ掌握出来ておりまする」
「……」
「元の形態に戻すのは時間の問題かと。既にお屋敷も元通りに……ささ、こちらの登記書類にお目通しして頂きまして、坊ちゃまのご署名を頂けば宜しいだけでございます」
自信に満ち溢れた笑顔を見せたケントの口元からは、真っ白い歯がキラリ☆ と光った。
懐から白い封筒を取り出し、俺の前にあるテーブルに書類一式を押し拡げて見せた。そして、ビシリ! とサインの箇所を指し示す。
主従関係が断ち切られているにも関らず、昔と変わらない対応をするケントに対して、俺は込み上げて来る懐かしさと嬉しさを覚えたが、同時にケント達への贖罪の念が交錯してしまい、俺は内心複雑だった。
俺はケント達を解雇した側の人間だ。例えケントが俺の両親に何らかの恩があったとしても、当人である両親はもう既に他界している。
かと言って、その……俺にまで……?
大体、解雇の命令を下したのは俺自身だ。確かに解雇の際にはケント達と相談して、可能な限り復職出来るよう手は尽くしておいたが、ケントを含めた使用人や、屋敷に携わって来た者達から非難や恨みを買う事はあっても、昔と同じ様に接してくれるとは思ってもいなかったし、在り得ない展開だと考えていた。
だから猶の事、目の前でニコニコしながら座っているケントを見ていて、俺は良心がチクチクと痛んだ。
「……」
「さあ、何を躊躇っておいでです? 坊ちゃま、常盤財閥の復活は今ですぞ?」
「……」
「さあ、さあ」
「ま……待ってくれ」
俺は逸るケントに詰め寄られ、至近距離のドアップに思いっ切り退いた。
「何を仰いますか? あの輝かしい常盤財閥の復活ですぞ? 私ももう一度執事を勤めさせて頂ける光栄に甘んじられるのかと思うと、もう嬉しくて、嬉しくて……」
「……」
ケントは眼を閉じると、片手を自分の胸に押し当てて感慨深げにゆっくりと頭を振り、感極まったのか、何かを堪えているように唇を噛締めた。
だがしかし、俺はケントとは違っていた。
勿論、それはまだ内部事情を知らされていないからなのだが……常盤財閥が稼動するためには、見えない莫大な資金が必要だ。その金額は一体どこから遣って来るんだ?
「流石でございますな。坊ちゃま」
俺が疑っている事に気付いたケントは、満足そうに大きく頷いた。
いや、感心して貰うよか、常盤財閥が復活可能になるほどのスポンサーが何処なのかさっさとネタばらしをして欲しい。
「口上は良いから、早く言ってくれ」
「実は私も昨年まで与(あずか)り存知ませぬ事でございました。誠に御めでたき事ですぞ?」
「だからなに?」
ケントは再び勿体を付けるみたいに、コホンと一つ大きく咳払いをした。
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