第25話 常盤財閥…2




    「坊ちゃまはお生まれになられる前から、山路コンツェルンのお嬢様とのご縁談が、既にご用意されておりました」

    「ええっつ?」

    え、縁……談っ???

    俺のリアクションに、ケントは承知とばかり顎を引いて大きく頷いた。

    「然様で。此方は今は亡き奥様と山路家の奥様との間で、ご内密にて取り交わされておられました事。しかしながらお約束当時、山路家には姫君処かお世継ぎさえまだお生まれではなかったものでしたので……」

    「忘れてしまったのか?」

    「は、忘れていたと言う訳ではございませぬが……その……面目次第もございませぬ」

    後を続けた俺の言葉に、ケントはもう一度深々と頭を下げた。

    『縁談』って、もしかして俺に婚約者? ……いや、もしかしなくってもそう言う事だろう。

    彼女イナイ歴を更新してきたこの俺に、まさか、まさかのイベントかぁあ???

    俺はケントの話に妙にときめいてしまった。此処の所、ずっと辛い眼に遭ってんだ。少しくらいはイイ事があっても構わないじゃないか。

    「で?」

    俺はケントに先を続けるよう促した。

    「は、坊ちゃまが聖ヨシュア学院初等学校にご入学なさいまして間も無く、山路家にお世継ぎの翔坊ちゃまがお生まれに……」

    「って、男じゃない?」

    俺は微妙に退きながら突っ込んだ。

    聖ヨシュア学院は義務教育の小・中学校と高校が一つになった私立の名門中の名門校だ。名の通りカトリック系の学校で、俺は小学生にして『お受験』をクリアした『お坊ちゃま』連中の一人だった。

    だけど、この時に産まれた子供って……なら俺よりも5、6歳下になるが、それ以前にコレは論外。関係無いだろっ???

    「はい。私もこれは如何いたしましょうかと奥様にご相談を……」

    「つか、しなくてもいいだろ?」

    更に退きながら突っ込む。

    「山路家はなかなか子宝に恵まれぬご家系だとか。私も最悪の事態を想定致しまして……」

    「だから、しなくていいって」

    婚約者が男だなんて勘弁して欲しい……つか、在り得ないだろー?

    「そうは申されましても、第二子がお生まれにならぬまま幾月と瀬……私もこの件に関しましては深く追求致しかねまして、そのまますっかり忘却の彼方になっておりましてでございます」

    「まさか、その翔って子と今回のスポンサーの件が深く絡んで来るのじゃないだろうな?」

    俺は厭な予感に駆られてしまい、念の為に問い質す。

    「坊ちゃまからお暇を頂きました数ヶ月後、私は山路家の奥様から内々にご連絡の文書を頂戴致しました。なにぶん、破綻直後の事でしたので、てっきりご縁談の解消かと思いまして、拝読するには及びませんでしょうと、ずっと内容を検(あらた)めずにおりましたのでございます。ですが、山路家の奥様より、再度同様のご連絡……と言いますか、返信の催促を承りまして……」

    「いや、解消だろうが破棄だろうが、それ以前に成立していないから」

    結論を先送りするような引っ掛る話し方をするケントに、俺は尚更不安になって仕方がない。ケントの話の内容から察すると、山路家の連絡は解消じゃなくてその逆を示唆しているみたいだ。

    きっぱりと言い切った俺の言葉が、ケントに届いているのかいないのか……?

    「山路家のお爺様は、御歳八十七にございます」

    「それが何か?」

    ってか、ナンの話だ? 今は山路の爺様の話を暢気にしている場合じゃないだろう?

    「来年米寿を迎えられるにあたり、お孫様の正式なご婚約を祝福されたく、今回の……」

    「ま、待ったあぁあああ―――っつ!!!」

    ガマンの限界を通り過ぎ、俺は堪らなくなってケントの話を遮った。

    「じゃあなに? 山路の爺様の一存で、そっつ、その六つ年下の男と、こっつ、婚約しろって言うのがスポンサーサイトの条件なのか???」

    こ、声が震える。

    冗談じゃないっ! 幾ら山路家の条件だからって、聞ける条件と聞けない条件があるだろう?

    「概ねは正解ですが、一つだけ違っておりまする」

    「は? つか、もー聞く気無いよ。俺はホモでもゲイでも無いんだって!!!」

    俺、相当動転しちゃってるよ。

    会社で不本意ながら女の子扱いされてただけじゃ飽き足らないのか? ケントまで俺にそんな恥を掻かせて……そんなマネをしてまで常盤の家名を護りたいのか?

    目の前のケントは昔のまんま。泰然と構えて余裕すら窺える。この状況下で、なに当たり前みたいな涼しげなスタンスで居られるんだよ?

    「勿論でございます。坊ちゃまが男子とご婚約なぞ、斯様な真似などとんでもございません。この常盤財閥の名誉に賭けて、誓って然様な事はございませぬ」

    「……な、ならいいんだ」

    あ―――、焦ったぁあ―――。

    ケントの気合の篭った力説に、俺は肩を落として安堵の大きな息を吐いた。

    「だよね? そんなの当たり前……」

    「お相手は、坊ちゃまが行かれました聖ヨシュア学院初等学校の二年生にあらせられます、明日香お嬢様でございます」

    「……? 今、なん……て?」

    俺の笑顔が固まった。聞き違いでは無いのかと、自分の耳を疑ってしまう。

    「ですから、お相手は明日香お嬢様です」

    「その前になんて言った?」

    もう一度聞き返す。

    「は、御歳六歳の初等学校二年生にあらせられます」

    「んな……に??? 初等って、小学……生っつ???」

    ……しかも低学年……完全に俺の射程(レンジ)外……だ。

    「然様でございます。勿論先方は幼いお嬢様ですゆえ、ご婚約と申されても形式上だけで宜しいと申されております」

    「あ、ああ、当たり前だッツ!」

    一体、幾つ歳が離れているって言うんだよっつ? 俺まだ犯罪者になりたくないんだけど?

    「坊ちゃま、形式だけでございます。此度の件は、明日香お嬢様の方から坊ちゃまをお見初めになられての事。たまたま信号待ちをしておられました山地家のお車の前を、坊ちゃまが通られ、お嬢様のお目に留まったのだそうでございます。消滅し掛けていたとは言え、元々ご両家にございましたご縁談話。先方は見返りとして……」

    「詰まりはママゴトの延長か?」

    「然様で」

    「じょ、冗談じゃ無いよ! 子供が相手って、そんな……」

    若い娘(コ)が良いってみんな言ってるけれど、これはヤバイよ。若過ぎるよぉー!

    「坊ちゃま、山路家がお相手であると言う事をお忘れなきようお願い致します」

    「そうは言ってもだな……」

    言い返そうにも言葉に詰まってしまった。常盤が元通りの常盤財閥として復活してからの話であれば、一蹴するのも可能だ。だが、今は立場が違っている。発言力は山路が上。そしてこの場合、俺に選択権は認められてはいないのかっつ???

    言い切ったケントの口調に、俺は得体の知れない恐怖を覚えて、ゴクリと喉が鳴った。


    「そんなの横暴だわっ!!!」

    「〜〜〜???」

    イキナリ背後から金切り声に似た女性の大声が浴びせられた。

    話に夢中になっていた俺とケントは、迂闊にその侵入者を部屋の中へと赦してしまった事に驚き、息を飲んで怯んでしまった。

    聞き覚えのある声を訝って、俺とケントは声のした玄関に首を回す。

    「あっつ……み、美弥……さん?」

    「な、なんとぉお!」

    俺は一瞬でフリーズし、ケントは大袈裟に声を上げた。

    そこには、硬く握った両の拳を胸に引き寄せているナースの姿が……つか、いつからそこに居たんだよ?

    「ロッカーの鍵を忘れちゃったの。取りに戻ったら……二人共なんて事を話しているのよッツ? 大体、ケントさんだって、マサくんを……」

    美弥はタダでさえキツイ目付きをしているのに、それを更に三角にして怒り出した。

    延々と続きそうな雰囲気の美弥の説教に、俺の頭の中でずっとワレガネが鳴り響いている。


    ああ……とうとうバイト、無断欠勤……だ。




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