第28話 痴漢?(彼女サイト)
あたしはぱたんと後ろ手でトッキーの部屋のドアを閉じた。そして重い足取りで駅に向って歩き始める。
これからトッキーがどう反応するのか、あたしにとってはもの凄く知りたい重要事項。気になって仕方がないのに、こんなのって無いわ……そう思ったら、なんだか目の前がぼやけて見えた。
ぐしっ……
俯いてしまったあたしの眼から何かが毀れそうになって、慌てて片手で眼を擦り、鼻を啜った。
ヤダ……あたしったら……
……なに涙ぐんじゃっているんだろ?
あたしが如何こう口を挟んでみた処で、決めるのはあの二人なのに。
だけど、前々から勝手にターゲットにしていたトッキーと、急速接近出来たって言うのに、こんな話聴いてしまったせいでトキメキも色褪せてしまって、もう嬉しくなんかないわよう。
小学生のお嬢様に一目惚れされちゃって、トッキーはどうする心算なのかしら?
まさか小柄なトッキーの事を、中学生か高校生だと勘違いしたのかな?
小学生なのに、ケントさんから『お嬢様』って言われているくらいなのだから、きっと何処かのお金持ち……なのよね?
トッキーの今の生活は『清貧』って言うレベルよりも、更にレッドゾーンな『赤貧』レベル。二人が言っていた『ママゴトの延長』って言っても、普通レベルの生活より、もっともっと良い生活が出来るかも知れないわ。
だったらあたしに勝ち目なんか……無い。
虚しい脱力感があたしを襲った。
トッキーがイイ所のお坊ちゃまだったら、こんな理不尽な条件くらい断る事が出来るでしょうけれど……幾ら頭が良くって隠れ美少年でも、トッキーは一般人なんだもの。
きっとケントさんは、あたしがトッキーの事を想っているのを知っていて、あたしに席を外させようとしたのだわ。
さっきみたいに追い出そうとはしなかったのは、鍵を忘れて舞い戻って来たあたしが、終電に乗り遅れると困るのを知っていたからなのよね?
そうだと気付いて余計にあたしは落ち込んだ。
「……?」
駅のすぐ近くにあるショップへ、ナースの衣装を返却してお店を出た頃から、あたしはなんだか誰かに後を付けられているような気がしていた。しかも独りじゃなくって何人も。
もちろんあたしが歩いている駅までの通りには、夜中でも昼間と変わらないくらい多くの人が出歩いていた。視線に気付いて顔を上げれば、何人もの通りすがりの人達と視線が合う。でも、ずっと背後から注がれている、肌に粘着して纏わり付くような数人の視線は、明らかにあたしに向けられているものだと確信が持てた。
……どうしよう?
ザワザワとあたしの第六感が、身の危険を感じてざわめき始める。
あたしは取り敢えず的な護身術も兼ねて、ボクシングを遣っていてジムに週一で通ってる。けど、通い始めてまだ三ヶ月しか経って無い超初心者。不意打ちで一人くらいならなんとか出来るかも知れないけれど、複数だとそれも無理。第一、実際に痴漢に遭ったコトなんて無いし、そんなのって怖過ぎるわよ。
あたしは視線の主達に気取られないように、細心の注意を払いながら、滅多に用事が無い駅前の派出所に足を向けた。
普段なら、この時間でも平気で出歩いているあたしなのに、今日に限ってなんだかいつもと違っていた。きっと、トッキーの逆玉の輿な縁談を聞いちゃって、自分でも気付かずに隙だらけになっちゃっていたのかも知れないわ。
派出所までもう少し……あたしは逸る気持ちを宥め賺せながら、それでも見た目はがっくりと項垂れて、トボトボと歩いて行く演技を続けた。
ああ……派出所まで、もうすぐそこだって言うのに、随分な距離を歩いているみたいな気がするわ……
「うん?」
後を付けていた気配が動いた。
ハッとして顔を上げると、既にあたしは数人のソレっぽい男ドモに左右を挟まれている。
あたしの右側に居るのは、ヒョロリと背の高いモヤシ男。左の小鼻と、紫色みたいに見える血色の悪い唇に、銀のピアスを付けた金髪ロン毛頭だった。睡眠不足でお疲れなのか、時間が経ったサバみたいにドンヨリと濁った生気の無い眼をしてクマを作っている。蒼白い頬は痩せこけて、ホント死人みたいで薄気味悪い。
そして、左側には、ガムをクチャクチャ音を立てて噛み、歯が浮きそうな甘ったるい匂いを振り撒いている色黒デブが立っていた。ハナイキがもの凄く荒くてカロリーを消費しているのか、辺りはそんなに暑くも無いのに、ソイツの額にはビッシリと珠の汗が噴出していた。なんだか観ているだけでコッチが暑苦しくなってしまいそう。
……いや、まだ後ろにも気配がある!
微かな違和感と人の気配に気付いて、慌てて首を廻らせてお尻の辺りを見ると、後ろからあたしのスカートの中を携帯で盗撮しているゴツイ男の『手』があった。
ケントさんが帰って行った後、あたしは一旦自宅に戻り、夕方出直していたの。合鍵は貰っていたし、もしかしたらまさかのラッキーハプニングがあるかも知れないって期待して。
チョッとだけカワイイ系を意識して、ゴスロリもどきの黒いフレアのミニスカート。普段の『素』のあたしの姿で一旦お邪魔させて貰っていたのだけれど、トッキーを待っている間、だんだん不安になって来ちゃって、結局コスプレショップに駆け込んで、ナースに変身してしまったの。
だって、あたしの正体……『美弥』が自分の部署の主任だった……て、知ったトッキーの驚く顔を見たくなんか無かったし、嫌われたくは無かったもの。
「きっ!?」
なっ、なななナニすんのよっ!!!
さぁ―――っと一気に頭から血が退いて行った気がした。背筋に冷たいものが奔り、膝がガクガクと笑ってる。怖くて……こ、声が出ないっ!
携帯を手にして盗撮していた男は、スキンヘッドのテカリ頭。ラメ入りド派手なジャンパーの下は、かなりマッチョなムキムキボディ。素肌に、幾つものゴツイチェーンを巻き付けているけど、左右からあたしを挟んでいる二人よりかは少しはマシな方かしら。
三人ともかなり個性的。一体ナニ繋がりなのかしらん???
って言うか、三人ともあたしのタイプじゃないし、盗撮を平然と遣ってのける、いかにもってカンジの態度から、強烈に生理的嫌悪を感じてしまった。
テレビや雑誌で見た、痴漢に遭った人達の証言を実際にイメージ映像したりしているのと、全く同じ状況だった。そして、被害者になっているのがこのあたし。
派出所まではあと五十メートル。走ればすぐの距離なのに、あ、足に力が入らないわよう!
「何処行くのー? 改札はソッチじゃないでしょー? おねーさん?」
色黒デブが、口からニチャニチャと音を立て、ニタニタ笑いながらあたしを見た。そして、あたしの身体を足の爪先から頭の天辺まで、値踏みして舐めるように視線を這わせる。
ああっ! 視線がまともに合っちゃった。もう、最低っ! 見ただけで、暑苦しいっつ!!!
あたしは全身にゾワワと鳥肌が立った。
「あ! 逃げちゃダメじゃん。続きが撮れないでしょ? もう」
「ヒマぁ? 俺達が遊んで遣るよ」
「そうそう、そうしなよ」
涙眼で怯えた表情を浮べるあたしを見て、調子付く死人と盗撮バカ。デブはあたしを無視して、持っていたスナック菓子を夢中になってガッツいている。
に、逃げなくっちゃ!
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