第30話 無傷ヒーロー?(彼女サイト)
多分、トッキーはあたしを見送るために追い掛けて来てくれてたのだと思う。でなきゃ此処にトッキーが居るコト自体不自然だし、説明が付かないもの。
幾ら人通りの多い駅前の道だって、女の子が歩く夜道には変わりは無い。派出署があっても引っ手繰りや痴漢行為、一寸した軽犯罪は相変わらず発生していて、被害は一向に減る気配が無いし、むしろ被害者が黙ってしまう件数の方が多い筈だと言われている。
強かな欲に眼が眩んで、トッキーのマンションに夜遅くまで押掛けちゃったあたしは問題アリだけど、トッキーはそんなあたしに対して心配してくれて、此処まで追い掛けて来てたんだぁー。そう思うと、ナンだか『カノジョ』に近付けた気がして、あたしはもの凄く嬉しかった。
それなのに、コイツ等ときたら……なんてコトすんのよっつ!!! 大体、誰に断って撮影なんかしてンのよっつ!?
普段、勤務中は一応『主任』と言う役職貰っているから、滅多なコトじゃ怒ンないけど、それとこれとは別問題。トッキーに手を上げるだなんて……上げるだなんて、お姉ーさんは……ゆ……ゆ……許さないんだからぁあああ―――ッツ!!!
「ツ……」
路上に投げ出されたトッキーは、派手に吹っ飛ばされた割にはダメージが少なかったみたいだった。俯いたままだったけれど、素早く上体を起こすと片手で口元を拭う素振りをする。
「『止めろ』と言っても、聞いては貰えないみたいですね?」
トッキーは顔を伏せたまま静かに喋った。ゆっくりと両手をアスファルトの路上に着いて立ち上がり、自分を殴ったスクリーン男をキッとばかりに睨み付ける。
きゃぴゅーん☆
あたしはハッと息を飲んでトッキーの凛々しい顔に注目してしまった。『気迫』の篭った鋭い視線に、あたしのトキメク大き目の胸がぐぁしっと掴まれてしまった気分だわ。
普段、勤務中の穏やかな寝顔ばかり眼にしていたあたしは、トッキーの中々サマになっている本気モードの素顔を見て、思わず胸がキュン☆ となる。だって、眼鏡の無いトッキーの『マジになった素顔』を見たのは、これが初めてだったんだもの。
でも、黒縁の眼鏡が吹っ飛んだトッキーのキレイな顔は、殴られて真っ赤に腫れあがって……腫れ上がって……?
あ、あれ? なんとも……なってない???
立ち上がったトッキーが軽く首を振り、少し長めの柔らかそうなサラサラ栗毛の前髪が、一房眉間にハラリと掛かった。長い睫毛をした大きい瞳に、日焼けなんかしたコトが無いんじゃないの? って思えるくらいとーっても柔らかそうな白い両頬が、興奮しているせいか薄くバラ色に染まっている。
ああん、とってもオイシソウ。一体、どんなお手入れしたらトッキーみたいな綺麗な肌になれちゃうの? ……思わずスリスリしたくなるぅー。
トッキーの絵になる美しい真剣表情に、あたしは無条件で見惚れてソソラレた。
「ほぉー、こりゃまたオッタマゲ! キレイドコロが勝手に増えちまいやんの」
カメラ男は被写体を急遽トッキーに変更して、思い掛けない飛び入り参加のトッキーを嬉しそうに歓迎する。
……って、コイツ等トッキーの事を、まさか『女の子』だと思ってるのじゃないでしょうね? いや、間違えても仕方ないか。出逢った時はあたしだって、最初は間違えそうになっちゃったくらいだもの。
「毎度ぉ! あざぁーっす!」
トッキーに平手をお見舞いしたスクリーン男が余裕をコイテそう言いながら、殴ったハズの右手首をブラブラと振っている。その仕草はまるで、思いもよらずに硬いモノか何かを殴ってしまった後で、その痛みを逃がすために振っているみたいだった。あたしの眼には、その男が負けてしまったのに、強がりを言って牽制しているようにしか見えないし。
だって、眼鏡を飛ばして派手に転んだトッキーだったのに、本人は掠り傷ひとつ負っていないみたいなの。一体、どんな受け身をすればそうなるのよ?
「ひょーっ! 急遽変更して5Pイクか?」
「イイッツ! もぉ駄目ぇえええ〜〜〜」
デブが卑猥な喘ぎ声をワザと真似て、どっと沸く痴漢撮影隊。
連中のハシャギっぷりに呆れたのか、それとも怖くなってしまったのだろうか? トッキーは再び顔を伏せてしまった。
「ここではナンだからさぁー、もっと楽しめるトコロへ行かね?」
「やぁーいいですねー」
死人が提案すると、カメラ男も調子に乗ってさっさと同意する。
どうでも良くはないけれど、それよりも先に、あたしの上着からその汚い手をさっさとお放し! 死人男! これ以上上げられちゃうと、ブラがまる見えになっちゃうじゃないのよ!
「じゃあ、そーゆーコトで。場所、移動?」
あたしの両手を拘束していた、肉体野郎が同意すると、地面に伏せてニーソックスを丁寧に舐めまわしていたデブが、名残惜しそうにあたしから離れた。
……ああん、ソックスがべとべと〜。
あたしは背筋がぞぞぞとなって気持ち悪くなり、泣きそうになった。だってニーソックスの表面に、デブの唾液が付いちゃって、ナメクジが這った後みたいに、照明に反射してテラテラ光ってンだもん。
ぐっすん! もうこのソックス使えないわ、どうしてくれンのよぉ?
俯いたせいで長めの前髪が、トッキーの表情を判らないように覆い隠している。
勝手に騒ぐ連中の会話を聞いていたトッキーだったけど、やがてその唇が、微かに解けた。
「……」
「んあぁあ? ナンか言ったかぁ?」
トッキーはビビッて喋れなくなってしまったの? 傍に居たスクリーン男が調子に乗って右耳に片手を当てて、聞えないぞーとばかりにオーバーアクションを披露する。
「……」
「ハッキリ言えや! ボケェ!」
ボソボソと呟くトッキーに業を煮やしたのか、それともトッキーから妙な違和感を覚えて焦ったのか……スクリーン男は突然トッキーの薄っぺらな胸倉を左手で乱暴に掴み上げた。そして、右の拳を大きく引いて振り被る――
「きゃぁあああ!」
あたしはそこまでしか直視出来なくて顔を逸らせた。トッキーが殴られちゃう! 今度は平手じゃなくって拳なのに!
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