第32話 美弥…かな?




    「あの……や、やっぱり俺、帰りますから」

    「いいじゃない。コレが終電だもの、せっかくだし寄って行って?」

    「でも、明日……じゃないや。今日も仕事がありますから」

    「あたしも仕事だよ?」

    「は……ぁ……」

    笑顔でそう言われてしまうと困ってしまう。

    電車に揺られながら、俺は彼女の誘いを何度も断り、途中下車して帰ろうとした。でも、その度に掴まれた腕を引き寄せられて、ニッコリと天使みたいに微笑まれてしまうから、俺は強引に逃げ出す事が出来なくなってしまったんだ。

    しかも、引き寄せられた俺の腕が彼女のグラマーな胸に当たっているんだけど……コレって彼女全く気付いてないのかなー?

    俺は彼女の胸の谷間に挟まれた自分の腕をチラ観した。

    あはっ……女の子の胸って、柔らかくってフワフワしてるのに、それでいて弾力があって……キモチ良いんだぁー。

    チョッとだけ、得をした気分になる俺。

    視線が合うと、俺に逃亡の意志が無い事を確認して安心したのか、抱き締めていた俺の腕を、彼女は放してくれた。

    いや、放さなくっても別に構わなかったんだけどな?

    「助けて貰ったんだもの。お礼したいの」

    「はぁ……?」

    『お礼』って、一体どんなお礼なんだろうか……???

    凄く気になるトコロだけれど、それよりももっと気になっていたコトがあったんだ。

    この彼女……引き裂かれて、はだけてしまった襟元を片手で軽く押さえると、長い睫毛に包まれたパッチリとした澄んだ瞳で俺を見詰めて来た。

    あ? 純真無垢そうなその笑顔……俺はこの笑顔を何処かで見た事があるような、無いような……? 

    ……ん〜〜〜ダメだぁ。あと少しで思い出せそうなのに、思い出せないや。

    軽い自己嫌悪に陥って、俺は肩で大きく溜息を吐いた。

    こんな時、常日頃から女の子に詳しくて、コト扱いに関してはスペシャリストの狩野先輩だったなら、彼女を目の前にしても、気後れせずに上手く立ち回れるのだろうなぁ……そう思えた先輩が羨ましかったりする。

    別に女の子に興味が無いワケでも、身体的に問題があるワケでも無かったけれど、女の子と出逢うキッカケすら無かったし、俺には借金返済義務があるのだから、女の子と出逢う処か付き合う暇さえ無いから……だなんて、自分で自分を弁護していた部分がある。

    あーあ、なんて情無いんだろ。

    年頃の二十歳前後のどの女の子を見ても、同じ娘に見えてしまうから不思議だ。個人の個体差さえ全く判らなくなっている。まるで、海外旅行に行って外国人がみんな同じ人に見えているのと同じ現象に遭っているんだ。

    俺、女の子に対して、もの凄く失礼なコトを遣っているのじゃないのかな……? そう思うと、尚更彼女の誘いを無下に断るべきでは無いんじゃないのかと思ってしまった。


    美弥のコトが心配になり、止めようとするケントを振り切って、駅まで闇雲に追い掛けて来てしまった俺だけど、この『彼女』に絡んでいた妙な連中に声を掛けてしまって、美弥を結局見付けられず終いになってしまったが……彼女はちゃんと帰宅出来たのだろうか……?

    もしかしたら、この電車に乗り合わせているかもしれない。いや、『終電』の言葉に反応していた美弥のコトだ。きっと乗っているだろう。


    ……行き先方角が合っていれば……の話だが……

    市内の中心街で大きく三方向に分かれて郊外へと向って行く電車。三方向だから、確立は三分の一。で『乗り損ねる』って言う、俺的には在り得ない状況を含めて四分の一。

    俺は『もしかしたら……』のそんな淡い期待を抱いて美弥を捜そうと『彼女』から視線を逸らせて周囲を見回した。

    けれど……どの女の子もみんな美弥に見えてしまって、区別が付かない〜〜〜。

    この『彼女』だってそうだ。メイド服を着せて、サラサラ銀髪猫耳の格好にしたら……似……合……う?

    ☆ って???

    えええっ??? もっつ、もしかして……こ、この『彼女』が『美弥』なのかっつ??? 

    「どうしたのぉ?」

    俺のソワソワ挙動不審に、キョトンとした彼女。ぷるん☆ としたさくらんぼみたいな唇を軽く半開きにさせて、不思議そうな表情を浮べて小首を傾げるその仕草が、妙にグッと来てしまう。

    「あ゛あ゛あ゛のっつ!!!」

    『美弥さんですか?』って聞きたかったけど、さっき彼女のコトを『どちら様……』だなんて言ってしまった手前、今更問い質すコトなんか出来ないし。万が一、人違いだったらサイアクだよっつ!

    よ、よし、本当に間違い無いか、確認を……

    そう思ってもう一度、他の乗客に向ってぐるりと頭を廻らせてみるんだけれど……

    だぁ―――っつ!!! 

    意識すればするホド、女の子がみぃ〜んな美弥に見えて来るぅううう〜〜〜!



      *  *



    俺はこの女の子(美弥かも?)の言いなりになって、彼女のマンションに連れて来られてしまったんだ。

    彼女の部屋は十八世帯が入居出来る三階建てマンションの、三階一番端っこ。

    女の子の部屋だなんて、入ったコトなんか無かったから、彼女の部屋に入る前から、妙に落ち着かなくってソワソワするし。

    「ささ、狭いトコだけど、あがって?」

    「はぁ……じゃあ、お邪魔しまーす」

    一歩玄関に踏み入ると、お香……? なんだろうか? 微かに甘いバニラの香りが、ふんわりと部屋の中を満たしている。

    「……?」

    アレ? この香り、確か会社で誰かから漂っていたような……???




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