第34話 オヤジカノジョ?




    覚えのある仄かな甘い香りに包まれて、俺の心中は癒されて穏やかになる処か、妙な不安に包まれて落ち着きを失くしてしまう。

    この広ーい世の中で、偶然出逢えた女の子が自分の会社の女の子だなんて、興醒めも良い所だよ。そこまで狭くて良いのかと、自分の出逢いに突っ込みを入れたくなってしまうし。


    はぁー、でもココって女の子の部屋なんだよなぁー。

    俺は感極まってウルウルしてしまった。彼女の部屋は、俺の全く何も無い殺風景な部屋とは全く違っていた。藍色とベージュのギンガムチェックカーテン。デカイ座椅子みたいな熊のヌイグルミにフワフワのソラマメ型ビーズクッション。木製の小物なんかが食器棚に飾られていたりして、何処かの雑誌で見た事があるようなカントリー調で統一されていた。

    「マサくーん、ビールでい〜い? っても、発泡酒しか無いんだけど、ダメかなぁ?」

    「あ? は、ハイ。それでいいです」

    ……んっ???

    無意識に彼女に合わせて返事しちゃったけど、今、確か彼女は俺のコトを『マサくん』って呼ばなかったっけ?

    「……」

    ……気のせいかな……?

    俺はキッチンに向かう彼女の後ろ姿を視線で追いながら、さっきの出来事を思い出していた。美弥を追い掛けていたのに、彼女が絡まれて困っているみたいだったから思わず声を掛けてしまったけれど、彼女が全くの別人で美弥じゃないって言う保障は何処にも無い。

    仮に美弥だったとすれば、それはそれで奇跡的な確率なのかも知れないけれど、結構、美弥は美人だし、そっ、その……お、おおおおっぱいも大きくってナイスなプロポーションだし、少しハッチャケた明るい性格だから、そのう……男からはなんて言うか……付き合いたいって言うか、独り占めしてみたいって言うか……イジリたくなるって言うか……

    そこまで考えを廻らせると、俺は自分がかなり美弥のコトを意識しているのだなと気付いて、思わず赤面してしまった。だって、俺の妄想がどんどんエスカレートして行きそうだったから。

    ああ、俺ってば彼女の後ろ姿を見て、何脱線してンだろ? 

    いや、細く括(くび)れたウェストとか、すらりと伸びた細い脚に、キュッと締まった足首とか見ていたら……って、またまた脱線。

    俺はゾワワと鳥肌立った自分の両腕を撫で擦った。ダメだ。彼女の姿で今にも俺のジュニアが元気になりそうで怖い。

    だけど、彼女はやっぱり美弥に似ている。二人に共通しているのは、モテルちゃん系の女の子だって事だし、彼女が美弥本人だって言う確率だって、全く皆無で在り得ないワケじゃないんだ。

    彼女が美弥だったのなら、俺にとっては好都合だよ。俺は美弥を送る為にわざわざ駅に出向いたんだから。

    ……待てよ? 

    俺は彼女の姿を眼で追いながら、とあるコトを思い付いた。

    彼女にメイド姿になって貰えたら、美弥かそうでないか判るかも知れないなぁーと思ったんだ。


    「おっ待たせぇえ〜♪」

    彼女の上機嫌な声に振り返ると、ニコニコしながら缶ビールとグラスを二個ずつトレイに載せて持って来た。

    しかも缶ビールは350だと思ったら、500のロング缶。おつまみだか食事だか判らないくらいの山盛りの枝豆に、レンジでチンしたばかりのフライドポテトがどっさりと大きい皿に堆(うずたか)く盛り上げられていた。

    ウソみたいな持て成しに眼を見張ってしまう俺。

    「……あの……」

    「なに?」

    アリか? こんなの? 一体何人と飲むんだよ? って聞きたくなるようなこの大量つまみ。

    俺、飲むんならそんなに食わないからつまみ自体要らないんだけど。

    「誰か後から此処に来るんですか?」

    「ううん。どうして?」

    彼女はアッサリと否定する。

    「だってこんなに一杯……」

    「あれー? 食べないの?」

    「った、食べないのー? ったって……フツーこんなに一杯食べられないでしょ?」

    「えー、あたし独りでも食べられるよー」

    「……マジ?」

    俺は彼女の言葉にドン退きする。この量を独りでも食えると豪語した彼女だが、平然として顔色一つ変えずに言ったその言葉には、どうやらウソはなさそうだ。

    つか、こんなに食える胃袋持ってンのかよー?

    俺なら絶対に無理だっつ。彼女は底ナシの胃袋を持っているのかよ???

    「やぁ〜だぁ、コノぐらい普通でしょー? 食べなきゃあたしが全部食べちゃうから、残るの心配しなくっても大丈夫だよー?」

    「フツー……って……」

    大食いコンテストにでも参加するツモリなんだろうか……しかも、コレだけ食ってもナイスなプロポーションが維持出来ているってトコロがもの凄い。

    グラスはイイよと遠慮すると、彼女から、駅でのヘンな連中から無事に逃げ出せた事と、俺との出逢いにカンパイされてしまったし。


    「あ? なんかコレ、飲み易いですね?」

    初めて飲んだ発泡酒は軽い口当たりで、俺的にはビールよりもこっちの方がヨサゲだった。仕事関係以外でアルコールを飲むのは初めてだけど、晩酌って言うのかな? ああ、もう日付けが変わっちゃったから、晩酌って言わないのだろうか……? 

    なんて取り留めのナイコトを考えながら彼女を見たら、もう二缶目を空けてるし〜〜〜???

    旨そうに喉をゴクゴク鳴らしてゴーカイな飲みっぷり。そして、一気飲みした彼女は、缶から唇を離すと『っぷはぁあああ―――っつ☆』って声を出して満足そう。

    「くぅう〜〜〜っつ! あ゛―――ッツ!!! やぁーっぱ家で飲むのってサイコーだわぁー」

    「そ、そうですね〜」

    マッタクもってオヤジっぽい彼女。安心し切ってリラックスしているんだなと思った。でも、彼女がオヤジっぽく振舞っても、ゼンゼン俺的には大丈夫だった。つか、見た目とギャップが在り過ぎて、却って新鮮に思えてしまう。

    うーん、俺の周りにはこんなに面白そうな娘は居ないよな?

    「あー、あたしのコト、オヤジっぽいーっとかって思っているでしょぉー?」

    俺と視線が合った彼女。一気飲みした発泡酒のせいか、やや眼が据わっちゃっている。

    「い、いや、そんなコトないですよ? リラックス出来てヨカッタですね?」

    うーん、俺が思っていたコトをズバリ読まれて、言い当てられてしまったな。

    「さっき、あたしのコトずっと見ていたでしょ? ねぇ、どうしてぇー?」

    彼女はニコニコの上機嫌。シラフじゃない今なら、俺のオーダーも軽いノリで聞いてくれそうな雰囲気だ。

    「あ、あのですね」俺はさっき思っていたコトを口にした。「メイドの姿になってくれませんか?」

    「はいっ???」

    キョトンとして、長い睫毛をパチパチと瞬(しばたた)かせ、彼女はクリッとした大きな眼で俺をじっと見返した。




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