第38話 空気…って?




    「あ……れ?」

    「んな、なな、ナンでしょうか?」

    美弥も俺の相棒に気が付いたみたいだ。でも俺は必死に惚けて、ナケナシの余裕を浮べようとするのだが……イカン。火が出そうなくらい顔が熱いし、笑顔が引き攣って固まってしまう。

    「あのー……」

    「いや! 気のせいですっつ☆ 美弥さんの気のせいですからっ! コレは錯覚なんですっ!!!」

    言い掛けた美弥の言葉に被らせるよう言い放つと、俺は両膝で股間を防御するみたいに内股気味に擦り寄せつつ、パンツの上から厳重に両手でガードして見せる。

    俺の『美弥さん拒否!』の態度がいけなかったのだろうか? 急に美弥は膨れっ面になって怒ったみたいだった。

    「マサくんってば、女の子に恥を掻かせるようなコト、平気で遣っちゃうのね?」

    「はぁ?」

    俺は焦った。

    いっ? ……いや、チョッと……待て。

    俺がいつ美弥に恥を掻かせるようなコトをしたんだよ?

    「だぁって、この格好……」ソコまで言うと、美弥は急に大きな眼を潤ませる。「マサくんがそうしろって言ったから、あたしは恥ずかしいのをガマンして……」

    「……」

    うーん、そう来たか……今にも圧し掛かって襲いそうなこの体勢で。しかも、ガッツリシャワー浴びておいて、どの口が言うんだよー?

    俺は、被害者ブリッ子している美弥の強かさを垣間見たような気がした。

    だって、俺は『メイド姿』になってくれないかとは言ったけれど『エプロンだけにしろ』だなんて、そんな嬉しいえっちなコトは一言も言って無いぞ? 

    しかも弱気になった俺に猛然と襲い掛かって来たのは、美弥の方じゃないかよー? でもって、美弥からは『逃がすかっつ!』ってオーラがバンバン立ち昇っていた気がしていたし。

    んで、思い通りになりそうにならなくなったら今度は泣き落とし……なの?

    と、ソコまでは思ったんだけど……俺は自分が思っていた以上に、美弥のコトが嫌いにはなれそうにないよ。美弥のコトで少しも腹立たしくならないから。


    エプロン姿だって、マジで恥ずかしかったのだと思う。俺がメイド姿をオーダーしちゃった時に、美弥は即答しなかった。あれは何か理由があったから返事が出来なかったのじゃないのかな?

    そう考えると、何かに追い立てられているみたいに怖いくらい強引だった美弥の事が、逆にいじらしく思えて来るから不思議だ。少なくとも俺のコトが嫌いだったら、ココまで強引には……出来ないと思うんだよね?

    俺は上体を起こして身体を少し移動させると、美弥の下から逃げ出した。

    あー、これで対等に……なれたかな?

    「ねぇ、美弥……さん」

    「ぐしっ……ん?」

    軽く鼻を啜って、美弥は一旦眼鏡を外すと目元を拭った。

    「あ、そのまま」

    「?」

    眼鏡を掛け直そうとしていた美弥をやんわりと引き留めると、俺はフワリと微笑みながら、胸の前で軽く両手を拡げて『おいで?』の合図をした。

    「……?」

    あれ? 何で急に弱気になってるんだ??? しかも、納まりかけていた赤ら顔も、完熟トマトみたいに耳朶まで真っ赤になっちゃってるし。

    「どうしたんです?」

    「あ、あの……」

    「???」

    さっきの勢いはどうしちゃったんだよー? 俺が『攻め』に廻ったら途端に大人しくなっちゃって……

    「逃げないでくださいね?」

    『それと、顔面パンチもしないでね?』……と、心の中で祈るように呟くと、少しだけ強引に美弥の肩を引き寄せた。

    「あん?」

    美弥が小さく声を上げる。

    そのまま、モロに素肌になっている背中に腕を廻すと、緊張したのかガチガチに硬直してしまった美弥の身体がスッポリと俺の胸に納まった。俺の若干貧相な薄い胸に、薄絹のエプロン越しから美弥の巨乳としなやかな身体が、気持ちイイ弾力を伴って押し当てられる。

    「嫌なコトをさせちゃった?」

    「え……? う、ううん?」

    「あれ? 嫌だったんでしょう?」

    「……よく……判んない……」

    はにかんだ美弥は俺の肩口に顔を埋めると、小声でそう答えた。

    ん―――? 素直にメイド服のコトを謝ろうと思ったのに、ココではぐらかされてしまったら困るじゃないかよ。でも、急に大人しくなっちゃって、一体美弥に何が起こったんだろうか? 

    ……女の子って……不思議だ。

    「ねぇ、マサくん?」

    「はい?」

    美弥は徐(おもむろ)に埋めていた顔を擡(もた)げると、トロンとした目付きで俺を見上げた。

    「ん? 美弥さん、眠いの?」

    気を利かせた心算だったのに、美弥は俺の言葉にムッとなった。

    「ち、違うわよ……眠いのは少しだけよ」

    「え? 眠いんでしょ?」

    美弥の不思議な反応は、やっぱ、眠かったからなんだな? よく、眠くなると不機嫌になったり、ワケの判らないコトを口走っちゃう人って……居るよな?

    なぁんだぁー。そーか、そーか。

    俺は自分の推測が正解だったのだと納得してしまった。眠くなってグズッた美弥って、なんか俺的に……カワイイ……なんて勝手にそう思っていたら、美弥は更に不満そうな膨れっ面を見せた。

    「もぉ〜〜〜! 乙女心が判らないわねッ」

    「え?」

    「空気、読んでよぉー」

    「く……空気ぃ?」

    そ、そう言われたって、この俺にドウシロと……??? 

    今の俺って、頭にでっかい初心者マークを付けているみたいで、ナンだか凄〜く情ナイ。何せ女の子とこんなに長い時間話したコトも初めてなら、素肌で抱っこも初めてだ。女っ気の全く無かった今までの俺からは、到底想像出来ないゾーンに突入しているんだし。

    オタオタする俺に向かって、美弥は容の良いピンク色の唇を薄っすらと広げた。

    「……して?」

    「は?」

    ん、なっ、ナニを???

    「ん、もー、女のあたしから言わせないで? こんなのアイコンタクトで判ってよぉ〜」

    涙眼で俺に訴えて来られても……どうすりゃ良いんだよー?




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