第40話 『ふ』女子って?




    「お愉しみの途中、お邪魔でしたかな?」

    「あ? ……い、いや……」

    後ろに庇った美弥をチラ見して様子を窺うと、美弥は俺とのえっちを中断されて悔しかったのか、涙眼になってソッポを向き、頬を染めて膨れっ面になっていた。

    ケントは音を立てるでも無くススッと俺に近付き、無駄の無い身のこなしでストンと正座をすると、気品に満ち溢れたいつもの執事スマイルを浮べる。

    今、俺が何をしていたのかを全部知っているハズなのに、何一つ預かり知らぬコトだとばかり顔色どころか眉一つ顰めないトコロが流石だ。

    そこまで気を遣って貰わなくても……とは思ったのだが、まぁ、あからさまに非難されるのも嫌だし……それに、ケントのお陰で美弥から解放されたんだ。助けられたって感が拭えないから、ココは感謝すべきなんだろうなと俺的に納得する。


    「美弥殿、土岐様は大切なお方です。斯様な乱暴は土岐様のトラウマになりますゆえ、控えていただきとう存じます」

    「な、なンですって!?」

    俺に対しては甘いのに、ケントは美弥に対しては手厳しいようだ。

    ケントのあまりな言い様に、美弥はカチン☆ と来たみたいで、手にしていた眼鏡を素早く掛けると、奥歯をぐっと噛締めるよう口元を真一文字に引き結んで、ケントをキッと睨み付けた。

    ケントも笑顔を浮べてはいるが、美弥の視線には一歩も譲りそうには無い。

    うわ、見えない視線の火花が散ってるし。

    この二人、察するトコロ仲が悪い……つか、いつの間にかお互いが『気に入らない』相容れない者同士になっちゃっているみたいだし。

    二人の間に挟まれてしまった俺は、居場所を失くして立つ瀬が無い。だけど、ケントが言った『乱暴(なキス)』だって、美弥に強引にされた時は驚いて退いてしまったけど、今思えばキモイとかってそんなコトはゼンゼン思わなかった。

    ただ本当にビックリしただけだったんだ。


    ケントは暫らく美弥とガチで睨み合っていた……とは言っても、ケントはずっと笑顔を絶やさない。ウソみたいだけど、ケントは笑顔のまんま、マジになって睨み付けている美弥と視線を外さずに受け止めて見詰めているんだ。

    「……」

    あのぉ〜〜〜……

    状況が状況なだけに、退きそうになってしまう俺。



    やがてケントは、俺の視線に応えるよう彼女から眼を逸らせた。そして姿勢を正すと俺に向かって笑顔を浮かべ、三つ指を着いて深々と頭を下げる。

    ああッ、ケントの背景(バック)に華麗な薔薇の花束が見えたような気がしたし。

    「正宗様……このケント、お迎えに参りました」

    「えっつ???」

    俺の代わりに美弥が声を上げた。

    や、ヤバイ。

    ケントのうやうやしい態度を目の当たりにして、美弥は俺が普通の人ではないのだと気付いたみたいだ。



    美弥は俺のコトを知っていると言っていたが、本当の俺の素性は知らないハズだ。

    俺自身、常盤財閥の正式な後継者となるまではずっと偽名で通して来たし、常盤が破綻してしまった今となっては、当然会社やバイト先でも偽名を常用している。

    俺が常盤財閥第三十八代目の当主『常盤正宗』で居られたのは極僅か数ヶ月。それも突然の両親の不幸と、立て続けに出た不当たりの災難に見舞われて、運営どころか事後処理しか出来ず表立った経営等の一切を俺は手懸ける事が出来ず終いだった。

    常盤財閥の歴史上、俺は存在さえ認められずに抹消(デリート)されている人間だ。だから幸か不幸か、財閥の歴史年鑑なんて仰々しい記録にも、俺の名前は載ってはいない。



    俺はケントの言葉に俄かに不快感を覚えてしまい、思いっ切り嫌な汗を掻いてしまった。

    常盤は既に過去に埋もれ、消えてしまった財閥なんだ。常盤史上最後の当主だったこの俺を、今更担ぎ出して何になるって言うんだよ?

    つか、ケントはなんで美弥の前で俺の身バレみたいな真似をするんだよっつ? しかも急に『正宗様』って言い出すし……まぁ『坊ちゃま』って呼ばれるよりかはマシだけど……

    「外にお車を用意してございます。先方(山路コンツェルン)より、正宗様のお受け入れが整いましたので、どうか私と御一緒に」

    「え? い、いやその、急に……」

    「これは明日香お嬢様の、強いご要望であらせられますぞ?」

    「そ、そんなコト言ったって……」俺は困って視線を所在無く泳がせた。その先には、状況がイマイチ把握出来ない様子で唖然としている美弥が居る。「き、急にそんなコト言われても、俺の方の準備が……」

    「マンションのオーナー殿には決済を致し、先刻マンションを引き取る旨のご承諾も得てございます。正宗様のお手回り品の総ては、既に先方へとお送り致しておりますゆえ、あとは正宗様の御身のみでございます」

    「い、いきなりそんなコトを言われても困るよ……ってゆーか、美弥さんに対して失礼だぞ? ココは彼女のマンションなんだ。それに勝手に俺のマンションを引き取ったって……どう言うコトだよ?」

    「これはシタリ……正宗様のご承知を得ての手配にございまするが? ……何かご異存でも?」

    ケントは余裕でニコニコと微笑みながら小首を傾げた。その表情から、俺は忘れていた『ある事』をハタ☆ と思い出す。

    「……」

    ……う……うわぁあああ……!!!

    俺は出て行った美弥の後を追い掛けようとして、今後の事について話していたケントにいい加減な返事をして、マンションを後にしてしまったコトを思い出したんだ。

    タダでさえ女の子の区別が出来ないこの俺だ。美弥を見失ってしまったら絶対にアウトだと思い、話をサッサと切り上げたかったばかりに、俺の方から『総てを一任する』とケントに言い置いて来てしまったんだったぁあああ!!!

    「私が申す事ではございませんでしょうが、夜も更けておりますれば。斯様な婦女子の寝所に正宗様が長居されましては……」

    「わ、判ったからもういいよ」

    小言は勘弁して欲しい……そう思った時だ。


    「だ……だ……誰が『腐女子』ですってぇえええ〜〜〜」

    俺のすぐ後ろで、地の底から這い出した悪魔の様な声が聞こえた。

    「美弥殿? 勘違いをなされますな。私は『婦女子』と申したまで。決して『腐女子』等とは口にしてはおりませんぞ?」

    「煩いわねっつ! さっきから『腐女子』、『腐女子』と連呼するんじゃないわよっつ!!! それにあたしは『腐女子』なんかじゃないわ!」

    「ほう、然様でしたか。いや、そうとはお見受け出来ませんでしたゆえ」

    「???」

    一体、どうしちゃったんだよ? 

    急に美弥が眼の色を変えて、ケントに噛み付いて来た。俺は美弥がどうしてその言葉に激しく反応しちゃうのか、判らずに焦ってしまう。

    「み、美弥さん? お、落ち着いて? 『ふ女子』って『婦女子』のコトでしょ?」

    「ち、違うわよッツ!」

    「?」

    って、俺にまでヤツアタリぃい???

    ケントに喰って掛かろうとする美弥を、俺は必死で押さえ付けた。いや、美弥が強い女の子で、尚且つケントが嫌いだなーってコトは俺にだって判ってるけど、相手がケントじゃ分が悪いよ。

    「落ち着いてってば!」

    俺の目の前を素通りし、美弥は肩を怒らせて、つかつかと正座しているケントに歩み寄ろうとした。駄目だ。それ以上近寄れば、ケントの間合いに踏み込んでしまう!

    咄嗟に俺は両手を伸ばして、美弥を強引に引き戻そうとした。夢中になって美弥を引き留め、押さえ付ける事に成功した俺だったが、またしても掌に温かくて気持ちイイ弾力を覚えてしまう。

    「ひゃん? い、いやぁあ〜〜〜ん! マサくんのえっちぃいいい〜〜〜!!!」

    「へっつ??? う? うわぁあああ???」

    美弥の悲鳴でハッとして自分の手元を見詰めると……俺、美弥のおっぱい握って引き留めていたし……

    「……青春ですなぁ……」

    ……って、おいっつ!

    ケントがボソリと呟いたが、俺にシッカリと聞えているよッツ!



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