第45話 美弥子の事情(彼女サイト)




    「主任、おはようございまーす。あれ? 部品課の狩野さんはもう帰っちゃったんですか? 主任が出勤して来られるのを、さっきまで待っていらしてたんですよ?」

    「おはよ……だっ、だぁ〜れが、あんなのと……」

    挨拶もソコソコに、あたしは事務員の瑞穂さんからの報告で、思わず言葉を詰まらせてしまった。

    「うふふっ、主任ってば純情〜。顔、赤くなっちゃってますよ? 狩野さんって、面白い方ですねー。いいなぁ〜」

    「はぁあ? 狩野のドコが?」

    『いいな〜』って、嘘でしょ? しかも、遠い眼をしちゃって……瑞穂さんってばどうしちゃったのよー?

    「だって、いつも話題が豊富で面白い方ですもん。退屈しないし……チョッと男クサイって言うか、えっちっぽい所も全部ぅー。シモネタをあれだけサラッと軽〜く出せる人って、そんなに居ないでしょ? その狩野さんに想われているだなんて、主任のこの幸せモン〜」

    「……なっ☆ ……なに〜〜〜っつ?」

    「あれ? 狩野さんって、主任のカレシじゃなかったんですか?」

    「ち、違うわよっつ☆」

    きっぱりと否定。

    「え〜? アタシ、てっきりそうだと思っていました」

    「あ、あのね……」

    勝手に決め付けないで欲しいわ。

    瑞穂さんはそう言ってクスッと爽やかに笑い、あたしは言葉を失って、それまで真っ赤だった顔面を真っ蒼にさせてしまった。血の気を失うって言うのはまさにこの事だわ。

    狩野のヤツ……朝っぱらから他部署に来てナニをセクハラ遣って盛ってンのよ? それに、瑞穂さんの言い方だと、まるであたしと狩野が付き合っているみたいじゃない!

    どうしてそんな話になっているのよ? 冗談じゃないわ。

    あたしにはトッキーが居るのよ? ……まだトッキーには『美弥』の正体があたしだってコトを、そのう……まだ伝えていないけど、あのオクテ丸出しのトッキーが、あたしにキッ、キスをしてくれたんだからぁ。

    ……途中妨害が入ってそこまででSTOP……だったけどね?


    勇気出して襲ってみたけど、ホント、上手く行かないものね。だけどあのトッキーの方からキスしてくれるとは思いもよらなかったわ。大人しい草食系だと思っていたけど、結構ヤル時はヤルんだわね?

    昨日のコトを思い返して、あたしはそっと中指の先で自分の唇を触れてみた。自分の指先なのに、微妙に体温が違っていて、唇に妙な違和感を覚え、朝ぱらからなんだかヘンな気分になってしまいそう。

    結局、オジャマ虫のケントさんが遣って来て、トッキーを攫って行っちゃったけれど、ケントさんが来なかったら、あのままあたしはトッキーと親密なセフレ状態になっちゃっていたのかな……?

    自分の好きな人が現れたら、セフレでもいいや……と想い始めたのは、ほんの半年前。この資材部二課の兼任部長をしていた川本部長への想いが尊敬から恋慕にすり替わってしまった頃だったように思う。

    それは、あたしが二十六歳の誕生日を迎えた数日後、家庭の事情の悩み事から始まった。


    連日のように田舎の実家から電話でお見合いの話を持ち出され、『修正』の入ったお見合い写真と『釣書』を一方的に送り付けられ、相手に会わなければ実家に強制的に連れ戻すと言われて殆んど『脅迫』状態に晒されて、週末の度に会いたくも無いお見合い相手と会う為に実家に戻り、いろんな相手と引き合わされていた。

    大学の卒業当時は、今どき『お見合い』だなんて流行らないし、自分の旦那様くらいは自分で見付けるわよと豪語してから、早くもカレシイナイ歴を五年間以上更新し続けていたあたしだった。

    最初は控え目に且つ丁寧にお断りをしていたけれど、仲介のお世話を買って出ていた人も、なかなか決めないあたしに対して痺れを切らせ、遂には自分の身の程・器量すら知らないのかと、あたしの悪口を親に言い出す始末。

    だけど心ならずも会ってみたって、結局はがっかりな相手ばかりなんだもの。

    高級料亭での食事会にTPOも弁えず、サンダルにジーンズ姿で来た人。ドライブが趣味だからと遠出をした挙句、どうせ遅いか早いかだからといきなりエッチを強要しようとして来たヤツ。モチロン、コイツはぶん殴ってノックアウトしてやったわ。

    お茶をして、まだ付き合っていないからと割り勘を提案してくるセコイヤツに、ガソリン代まで請求して来たヤツや、あたしの実家の遺産額を初対面なのに面と向かって真顔で聞いて来たバカも居たっけ。

    そんな失礼丸出しの奴等なんかに、何処をどうすれば恋愛感情なんか持てるって言うのよ?

    それに、あたしはこのW・グローバル社で遣り甲斐のある『主任』と言うポストがあったから、余計にそんな奴等の為に仕事を棄ててまで付いて行こうだなんて馬鹿なコト、ちっとも思わなかったもの。

    あたしの姉が独身三十路女になっちゃったからって、あたしに矛先を向けて、その埋め合わせを押し付けて欲しくなんかないのよね。

    そんな悩みを抱えていたあたしに、川本部長は声を掛けてくれた。

    家庭的で優しくて、常に相手の立場を理解した上で適切なアドバイスをしてくれる部長への想いが抑え切れなくなって、思い切って告白しちゃったら……数日後に、部長の異動が発表されていたのだ。

    タイムリーだっただけに、もの凄くショックだったけれど、部長は前々からの人事だったからと言って、傷心のあたしを慰めてくれたっけ。


    上辺だけの軽〜いお付合い程度なら入れ食い状態のこのあたしなのに、いざ自分から真面目本気オーラを出しちゃうと、ゼンゼンHITしない……って、一体どう言う事なのよう? えーん。自分の事なのに、判んないっつ。



      *  *



    今朝のお天気は曇っていて、午後からの雨が六十パーセントとの予報。気温が高くて湿度も高いから、タダでさえ不快指数が高目なのに、昨日のトッキー襲撃未遂事件の反省をしていたあたしは、瑞穂さんが誤解してくれたお陰で、あたしは朝っぱらから自分の不快指数数値が更に上がった気がした。

    それに……

    もうトッキーとはお別れなんだと思ってしまうと、余計にこの蒸し暑さが辛く、厳しく感じられる。

    ケントさんが高級リムジンでトッキーを連れて行ったのを、あたしは自室の窓から黙って見送っていた。赤貧ビンボーのトッキーが、何故リムジンに乗せられたのかは、前にトッキーの部屋でケントさんとの会話を聞いてしまったから、ある程度は理解出来ていたけれど、あのままトッキーはもう戻って来てはくれないって、そんな気がしたの。

    ……お金持ちって、ずるいわ。

    あれじゃトッキーが可哀相。大昔の身売りとなんら変わらないじゃないのよう。

    あたしは思わず感極まった涙眼でトッキーの居たデスクの方を見遣った。

    主任管理職を任されて、持ち場で初めての新入社員だったのに……せっかく見付けたカレシ候補だったのに。

    文字通り『ツバを着けた』状態だったのにぃ……

    「瑞穂さん」

    「はい?」

    「土岐さんは今日から暫らくお休みされるそうですから……」

    あたしは胸を詰まらせて俯くと、泣き出しそうになるのを必死で堪えてそう言った。

    「えー? どうしてですか? トッキーならもう来ていますよ?」

    「は?」

    ……って?

    瑞穂さんに否定され、驚いて顔を上げると、トッキーは着席こそしてはいなかったものの、既に業務処理中で、業者への発注ファックスを送信するために席を立っていただけだった。

    「おはようございます……? どうかされましたか?」

    あたしの涙眼ガン見視線に気が付くと、トッキーは爽やかに挨拶して、片手で眼鏡をくい☆ と押し上げ、何事も無かったよう普段通りにニコリと笑顔を向けてくれた。







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