第46話 主任 Vs 主任(彼女サイト)




    「えっつ? あ? ああ……な、何でもないの。おはよー」

    来ていないと思っていたトッキーの姿を眼にして焦り、慌て両手を拡げて胸前でぱたぱたと左右に振った。

    「? ……はぁ……」

    トッキーは軽く首を捻ってあたしの不可解な反応を若干気にするようではあったけれども、発注ファックスの送信完了サインを確認するために、再びあたしに背を向けた。

    うあー、ビックリしたぁー。

    ケントさんから強制退去させられちゃったあの後に、一体何があったのかは判らないけれども、会社にはちゃんと出社してくれたんだぁー。

    あたしにもまだチャンスは残っているかしら……? そう思うと少しだけ心が浮かれて軽くなってしまう。

    「何焦っちゃってるんです?」

    「えっ? ええ? あ、あせ、焦ってなんかいないわよ?」

    コロコロと表情を変えるあたしに、訝った瑞穂さんが隣でボソリと突っ込みを入れて首を傾げた。


    ……あ……れ?

    さっきのトッキー、なんだかいつもと違わなくない?

    いつもはボサボサ寝癖アタマで、分厚い圧縮レンズの眼鏡を掛けた目元を前髪が覆い隠すように伸びている冴えない男のトッキーだけど……なんか違う。

    ドコかが違う……? って思ったら、うどん屋の暖簾みたいに伸びていた前髪がスッキリとカットされていたんだわ! しかも、今までは俯いて視線を合わせなかったあの『はにかみオトコ』のトッキーが、あたしを見ながら挨拶した―――っつ!

    ……なんだ。会社でもちゃんと遣れば出来るじゃないのよ。

    しかも、なんだかいつもより元気そう。栄養ドリンクでも飲んだのかしら? 

    ……って、それはあたしか。


    「あ、そだ。主任? 週末の川本部長の送別会、参加どうされますか?」

    「え?」

    トッキーは送信が完了した発注書の原本をファイルに綴る作業をしながら、ボーっと突っ立っていたあたしに向かって問い掛けた。

    急に何を言い出すかと思ったら、部長の送別会の事かぁー。そう言やぁ、まだ返事していなかったっけ。だけどねー、あれだけ周りからデキてるって噂されていたし、今更あたしが行ってもなぁー……どうしよう?

    「まだ返事していなかったわね? ああ、今週末だから、男の人は汀さん以外はクララ濾材のパーティに行くのだったわよね? どうしよ……」

    「僕も部長の送別会に参加組ですよ?」

    トッキーはふわりと笑ってそう言った。

    ……え? ウソ。トッキーも送別会に行くの?

    「行くっつ!」

    咄嗟にあたしの右手が挙がっていた。

    返事に迷っていたけれど、トッキーが参加すると聞いてしまった以上、ここは参加しないと! ……そう思って即決で参加を決めたあたし。

    うーん、トッキー本人どころか、周囲の社員さん達まで、気持ち退いちゃってるよー。

    「あ、あたしも行きますから」

    「あれー? 美弥子この前は用事があるとか言ってなかったっけ?」

    あたしの言葉に反論して来たのは、隣の部署――国際事業部に配属されていて、あたしと同期である上原 聖羅(せいら)だった。


    聖羅の髪は短めのサラサラボブ。髪は女の命だと言わんばかりの烏の濡羽色した艶やかさに、相当お金を継ぎ込んでお手入れしているのが見て取れる。背も体型もほぼあたしと同じなのだけど、決定的なのが胸の無さ。こう言うのって『貧乳』って言うのかしらね?

    出身も大学も全く違うあたし達だけれど、彼女も主任職に就いていて、業務スキルもほぼ同格。そして一番重要なカレシ……いない歴をあたしと同じく更新中。そのせいなのかは判らないけれども、何故かあたしをライバル視しているみたいで、事ある度に張り合おうと吹っ掛けて来る、あたしから見れば性格良くない意地悪女。

    「部長の送別会はウチ持ちでしょ? 拘わんないでよ」

    「ザンネンでしたー。あたしも参加なのよー」

    「なんですって?」

    聖羅は偉そうに腕組みをすると、小首を傾げて斜め視線であたしを見上げた。

    「送別会の日に接待が入ってる資材二課のメンバーが寂しいからって、同じフロアの誼(よしみ)でお声が掛かっていたのよー。大体美弥子も馬鹿ねー? なんでダブルブッキングなんか遣っちゃったのよ? 部長に失礼だとは思わないの? 計画性、ゼロだわね。んま、アンタのしでかす事だから、ミスはトーゼンの付き物でしょうけど?」

    厭味ったらしく言う聖羅にカチン☆ と来るあたし。

    「っさいわねー。部長の都合がなかなか付かなくって、どうしても今週末しか時間が取れないからって言われていたのよ。それに今回の幹事はあたしじゃないわ。一言多いのよアンタは」

    「あら、そうだったのー? あたしはてっきり考えナシの美弥子の性格を踏まえて納得していたんだけど?」

    聖羅はオープンスペースを真ん中で仕切っているキャビネットに片手で頬杖を着き、もう片方の空いた手で頬に掛かった髪を耳に掛けるよう撫で付けながらそう言った。





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