第48話 胸キュン☆(彼女サイト)
タメ息を吐いた化粧室から出ても、まだ気分が優れない……これ以上、不安を抱えての業務だなんて、重大なミスに直結しそうで怖くなるわ。
あたしは気分転換にコーヒーでも飲もうと思って、事務所フロアの隣にあるお茶室に向った。
「熱つ!」
紙のカップを持ったまま、うっかりティーサーバーのコーヒーボタンを押したあたしは、ホットのボタンをアイスだと取り違えて押してしまい、慌てたあたしは自分の左手にホットコーヒーを掛け溢してしまった。
「イタタ……」
え〜〜〜ん……やっぱし遣っちゃったよ〜〜〜
もう今日は早退にして、サッサと帰っちゃった方が良いかもだわ。
誰もいないお茶室でドジったあたしは、コーヒーを掛けてしまった左手の人差し指と中指を右手で覆うと、お腹の前で包み込み、思いっきり凹んでティーサーバーの前で座り込んでしまった。
熱湯とは言っても、沸騰しているお湯じゃないし、大したコトはないわと思ったのだけれど……? 指先はだんだんとヒリつきを伴ったようなイヤーな痛みを感じ始めて来る。
うーん……? なんか、ちょっとヤバイ……のかな?
でも、火傷したって言う自覚なんか無いんだけどなぁ?
暢気にそんな事を思っていたら、突然頭の上で声が降って来た。
「早く冷水で冷やして」
「へ?」
「早く!」
その声に驚いて顔を上げると……目の前にトッキーが居た。
「うぁ?」
なっ、ナニっ???
あたしの左手手首を、イキナリむんず☆ と掴むと、あたしの身体ごと引き摺るようにして、サーバー隣のシンクへと引っ張って行き、素早く蛇口を捻って流水に手首ごと突っ込んだ。
「……」
あたしはワケが判らないままトッキーの動作(リード)に従った。
つーか、抵抗する暇さえ与えられなかったし。
上体を弓なりに反らせた格好になり、バランスを崩しそうになったのだけど、トッキーが素早く右のウェストに左腕を廻して支えてくれる。
トッキーの腕は想像していた以上に力強く、ふらついたあたしの身体を造作も無く支えてくれる。
「うぐっ……」
仰け反らされたあたしの喉から、ヘンな声が出た。
ひぃいい〜〜〜、恥ずかしいよう……
トッキーに聞かれちゃったと思ったけれど、トッキーはあたしの左手の状態を診るのに集中していたみたい。セーフだわ。
ちょっとした社交ダンスの決めポーズみたいな格好にさせられて、あたしは焦りつつも心の中で少しだけクスッと笑ってしまう。
「た、たいした事じゃ……」
「ないコトありませんよ。火傷は軽いと見縊っていると、時間が経ってからの処置で手遅れになってしまう場合(ケース)が多いんですから」
トッキーは少し怒ったようにあたしに言った。
「……はぃ……」
……て、あのう……あたしの左胸にトッキーの左腕が思いっ切り当たっているんだけど……この場合、スルーしておくべきなのかなぁー?
どうしようかと思ってトッキーを見上げたら、やっぱり声を掛け難いくらい真剣な表情になっていた。
あたしの事をあたし以上に心配してくれているのね? その心遣いが凄く嬉しいわ。でも、これはあたしが『上司』だから遣ってあげた……って言うノリじゃないわよね?
単純に喜んじゃってもいいのかしら……?
「今日……どうしたんです? いつもの主任らしくありませんよ?」
「……」
いつもとは逆だった。
新入社員のトッキーに……あたし、叱られているんだもの。けど、あたしから言わせて貰えるのなら、トッキーだっていつものネ暗じゃないし。寧ろトッキーの方こそ『いつも』じゃないじゃないのよ?
「部長の送別会、行きたくなければ僕の方から適当な理由を作って断っておきましょうか?」
「え?」
あたしはトッキーの言葉に思わずドキリとする。
確かにトッキーの参加に即、反応してしまったけれど、トッキーが参加しなかった場合を想定していたあたしは、断る理由に悩んでいたんだから。
告って撃沈した相手に、わざわざ会いに行くようなあたしじゃないわ。だから、親戚が病気になったとか、元気な田舎の祖母を勝手に危篤設定にするとか……尤もらしい理由を考えあぐねていたのは本当のコトだもの。
でも、あたしが部長の送別会に行きたがらないコトを知っているのは、一部の上司社員だけ。なのに、なんでトッキーがそんなコトを口にしたのかしら? ……もしかして、誰かに聞いたのかな?
あたしはトッキーの腕に支えられて、蛇口から流れ出す冷水に左手を浸しながら、不思議に思って再びトッキーの顔を見詰めた。
サラサラの栗色の髪の間から、あたしの手を気にして俯き、伏せ眼勝ちにしているトッキーの端整な横顔だ。
女の子? って思えちゃうくらい、ニキビなんかとは全く疎遠で、キメが整っている白い肌に、ほんのりと紅を差すように頬が薄っすらと紅くなっている。
あ? 睫毛が意外と長いんだー。
シラフ状態で、しかも今は勤務中……こんなに近くに居るトッキーとのシチュエーションに、あたしは自分の怪我の痛みすら忘れて、胸をときめかせてしまった。
「? ……ぼ、僕の顔に……なにか付いていますか?」
トッキーは、あたしの視線に若干退き気味。『食堂で摂った昼食の残りでもほっぺたに付いてた?』って言いたげな照れた仕草に、胸がきゅん☆ となってしまった。
社内では自分のコトを『僕』って言うのに、外では『俺』なんだよね? それだけ几帳面に切り替えられるって言う事は、それだけ『気』を張って神経遣っているってコトなのかな? そして、このコトに気付いているのは、多分きっとあたしだけ……
あたしだけの『取って置き』を見付けれた気がして、少しだけトッキーに近寄れた気がした。
「うん」
「え?」
「澄んだ眼がキレイ……」
あたしはトッキーに見惚れてしまい、つい、ツジツマの合わない言葉を口走ってしまった。
「は? ……主任〜〜〜? 冗談もホドホドにしてくださいよー。コッチが恥ずかしくなっちゃうじゃないですかー」
トッキーはそう言って顔を赤らめると、イタズラっぽく笑って、軽くあたしを睨んで見せた。
そんなトッキーの優しいトコロや、眩しいほどの笑顔にときめいて……そして同時に切なくなった。
トッキーは今の所、あたしを『美弥』だとは特定出来ていない……みたい。でも、もしもあたしが『美弥』だと判ってしまっても、今みたいな笑顔を向けてくれるのかしら……?
そう思っていたら……
「? 主任……」
「はいっつ?」
「どこかでお会いしましたっけ?」
「〜〜〜」
キタ―――ッツ!!! ドコロじゃないでしょうよっ!
タイムリーなこの状況下に、心臓がバクバクしちゃってるわ。
『どこか』じゃなくて、昨夜あたしと一緒に居たじゃない? 変態連中をブッ飛ばして、あたしのマンションに来てくれたでしょ?
――なんで気が付いてくれないのよー……?
けれども、今のあたしからは『美弥』の正体を明かす事は出来ないわ。
なにせあの時のあたしは、トッキーのマナのジュニアに触っちゃったし、そのう……酔っ払っちゃっていたとは言っても、イキナリイカセちゃったんだし……とにかく、ナニをしでかすのか判らないキャラのメイド猫耳娘の『美弥』ちゃんだったから。
……
……
……いや、ちょっと……待って?
少し冷静になって、今までの経緯を整理してみて……途端にドッと落ち込んだ。
コレって、逆にあたしが『美弥』だと気付かれちゃ、もの凄ぉーくマズイのじゃないのかなー? そう思えて、余計に虚しくなってしまった。
トホホだわ……これじゃあずっとあたしの片想いは叶えられずに、平行線のまんまじゃないのよー?
ふぇ〜〜〜ん。勢いであんなコト、遣ったりするんじゃなかったわー。
思わずあたしの眼の前にあったトッキーの首筋に顔を近づけて、ふんふんと匂いを嗅ぐ。
自分でも凄く動物的だとは思うけれど、あたしってば少し不安になっちゃうと、自分が安心出来るニオイを無意識に嗅いで探しちゃう、ヘンな癖があるのよね。
少しばかり汗臭くって、だけどそれでいて妙に癖になりそうな……ああ、トッキーのニオイだぁー。
「主任……?」
「はひっ?」
あたしの思わず取ってしまった不審な行動に、小首を傾げてトッキーは訝った。
「ナニ遣ってンですか? 犬って言うよか、猫みたいですよ?」
「そ、そそ……そぅお?」
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