第53話 ニアミス?
『今ここで、正宗が想っておる相手の顔や姿を正確に思い出すことが出来るのか? 何十人もの人混みの中から、お前はその相手を造作も無く見付けられると言うのか?』
『……』
言い返す言葉が見付からなかった。
確かに明日香の言う通りだ。
美弥を記憶していた割には、猫耳銀髪メイド姿の美弥が強烈過ぎて、本当の美弥の姿を見付けられないでいる。俺、イメージや雰囲気でしか美弥を捉えていないや。
だから、深夜の駅で偶然美弥と逢ったのに、最初は本人だとゼンゼン気付かなかったんだ。
言いよどんでいる俺を見て、明日香は腕組みをすると、今度は満足そうに上から目線で頷いた。
『見付けられぬ……であろう?』
『は……ぁ』
俺が答えるよりも先に、問い掛けた明日香が答えてしまった。
小学生に言い上げられているっての、俺的にはチョッと……でも、認めたくは無かったけれど、本当の事だものな。
『メイド達の区別も付かぬお前なら、さもあろうよの』
『く……』
小学生の癖に、知ったかぶりするな。
努めて表情には出さないようにしていた心算だったが、明日香に気圧されてすっかり心の中まで覗き込まれてしまった気分だった。
明日香はそんな俺の様子を垣間見て『的中』とばかりに口元を緩める。
『要は『心構え』が総て。物事を眼で見るだけでなく、心で見るのも然り。正宗の場合、後者を会得してはおるようだが……?』
前者は未熟だと言いたいのか?
痛い所を突かれて憮然としてしまった。
―― 心眼だけでなく、面(おもて)を上げて真っ直ぐに見よ!
明日香がそう言いたいのは判っているし、俺だってそんな事はもうトックだ。
自分でも、ちゃんと人を見なければ駄目だって判っている。同性や明日香みたいな年端も無い女の子や年配の女性なら出来るんだ。
ただ、美弥みたいな年頃の女性を直視出来なかっただけなんだよ。
* *
今まで女性を直視すら出来なかった俺なのに、明日香の指摘で自分がこんなに意識して積極性を持つことが出来ただなんて。
常盤の息子だった以前の頃のように、女の子でも見詰める事が出来るようになったなんて、信じられないよ。
そ、そりゃあ、午前中は若干キョドっていて、今みたいに出勤して来たばかりの主任を直視出来なかったけど……
俺は目の前で紙コップを呷っている主任の横顔を眺めた。
ナマイキな明日香は将来が期待出来そうな未来形の美人だが、目鼻立ちの整っている榊主任はダンゼン現在進行形。ナカナカの美人……だよなぁ。
二人共俺的には『美人』の部類だし、子どもと大人のビフォアー・アフターを見ているみたいな感じで、このシチュエーションが妙に嬉しい。
自分の置かれた状況を心こそばゆく感じながら暢気に視線を送ると、それを感じ取った主任は、パッチリとした大きな瞳をクルリと俺に投げ返した。
「ん? どうひはほ? (どうしたの?)」
「って? い、いやぁ……な、何でも無いです」
慌てて否定する俺。
だけど俺……『何でも無い』ってコトは……無いんじゃね?
軽く毛先が巻いている亜麻色の綺麗な長い髪は、光の加減によっては、暗い金髪のように見える。多分オシャレ染めのカラーリングなのじゃ無いのかな? と思った。
スッと通った鼻筋に、淡雪みたいな白い肌。紅い眼鏡のその奥に、長い睫毛がくるんと綺麗にカールしていて、黒目がちな濡れた瞳は黒曜石みたいに輝いている。ローズ系のグロスに縁取られた唇は、ぽってりとして何となく旨そうに思えた。
俺と身長はほぼ同じか、俺の方が少し高いくらい……? いや、ヒールを履いているから、もう少し背は低いだろう。やや華奢な身体つきだが、出る所は出ていて、キュッと引き締まる所はちゃんと引き締まっている……とにかく男なら誰もが放っておけないようなプロポーションの持ち主だ。
もうきっとカレシは居るのだろうなと、その相手を羨ましく思いながら、主任の横顔を眼を細めて眩しそうに見詰め直した。
あれ?
何気に見上げた主任の横顔――って、何処かで観たコトがあったような???
唐突に俺の脳裏に『美弥』の面影が閃いて、主任の横顔にダブって見える。
「あ、あのっ……」
「えっ? なに?」
思わず声が口を突いて出てしまい、訝った主任は、艶やかで容の良い唇を紙コップから離した。
ま、まさか……まさかこの榊主任が……
――『美弥』?
そう思い付いてしまったのだが、これじゃあ余りにも短絡思考だなと思って否定した。
何よりも、主任が美弥じゃなかったら『失礼な人違いでした〜☆』じゃ済まされないだろうし、第一猫耳メイドの美弥はセミロングのボブスタイル。ウィッグ(カツラ)を使用していたとしても、榊主任は背中まで流れるロングヘア。どう考えたって、この長い髪をセミロングのウイッグの中に仕舞い込むなんて不可能だろうし……
そうなると、人違いって言う確率はグッと高くなるよな?
敢えて危険な賭けをするよりも、ココはもう少し落ち着いて、絞込みを掛けて様子を見た方が良いかもだ。
「っの……」
「なぁに?」
俺の言葉にはならない胡散臭い問い掛けに、主任は顔を顰めるどころか、優雅にフワリと笑ってくれた。
「い、いえっ……なんでもないです……」
……いっ……言えないっつ!
この上品な主任と、若干ガサツ系の肉食獣でチョッピリ天然な『美弥』とを、同一人物かも知れないだなんて想う事自体、主任に対して失礼だろうと思った。
主任と視線がガッチリと合い、彼女は小首を傾げた。淡いクリーム色のジャケットの肩口に、長い髪がサラリと流れ、俺の心臓がドキリと大きく脈打った。
勇気を出して、様子見がてら軽く飲みに行くのも良いかもしれない―― と思ったのだが、誘おうにも気の利いた言葉が浮かばなかった。
そ、その……な、情無いなーとは思うのだが……年頃の女性に仕事以外のプライベートで声を掛けたコトも無ければ、ましてや飲みに誘おうとするコトすら初めてだ。
あ゛―――ッツ!!!
誘いたくても誘え無い〜〜〜っつ!
一体、どう言って誘えば良いのやら……
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