第55話 偽装?




    俺は主任の言葉に妙な引っ掛かりを覚えて、眺めていた綺麗な夜景からテーブル越しの主任へと視線を戻した。

    部内のウワサじゃ、主任には何人もカレシが居て、結構乱れた生活を送っているのだって聞いている。人に依っては狩野さんみたいに露骨に口にする人だって居るくらいだ。そのコトを『イケてる女』だと好感を持って捉えるか、或いは逆に捉えるかは聞いた人次第なんだけど……

    自分の取って置きの所なら、カレシには紹介済みになっているものなんじゃないのかな? 連れて来たのは俺が初めてだって言ってたけど、店の反応からは、主任が通い始めて日が浅いって感じには思えなかったし……コレって俺がなにかカン違いをしているってコトなんだろうか?

    「どうかした?」

    「え? あ? ……いえ、なんでも無いです」

    俺の視線に気付いた主任は、カクテルグラスの下の方を持って優雅に傾けると、ふんわりと優しく微笑んだ。白い肌はアルコールのせいか、ほんのりと頬に赤味が差している。大き目の瞳の中には窓からの夜景が映って小さく瞬き、俺はずっと子供の頃に見た少女漫画のヒロインみたいな連想を引き起こしてしまった。

    澄んだ主任の瞳からは、とても悪評をそのまんま実行しているような人には思えない。

    タチの悪い社交辞令を買い、主任が勝手に自分をそんなキャラに仕立てているだけで、本当は主任が俺みたいにお相手居ない歴を更新しているってコトなんだろうか???

    ……ワケありの俺ならともかく、まさか主任が?



      *  *



    「だ、大丈夫ですか?」

    「ああ、らいりょ〜ぶやお?(大丈夫だよ?)」

    「……」

    主任はニコニコ笑いながら応えたが……それが『大丈夫じゃない』って言うのは明らかな状況だった。

    声掛けした反応から、主任がどれだけ酔っているかを判断してみたけれど……やっぱ、かなり酔っちゃっているみたい。

    店内のスタッフからは、今まで主任がこんなになるまで飲んだのは珍しいとのことだった。ついでに顔が利くから、支払いは主任のツケで良いからねと言われていた。


    本当に、たった一杯の心算……だったのだろうか? 

    グラス一杯のモスコミュールを、舐めるようにちびちびと遣っていた俺とは正反対に、主任は早いペースでお代りを繰り返していた。

    ホストを遣っていた俺だから、普通の人が主任のペースで飲めば、絶対にこうなるコトは経験上判っていたんだけれど……部内で、主任はイケル口だと聞いていたから『大丈夫だ』って先入観が働いてしまって油断した。

    俺がSTOP掛けるのが遅過ぎたんだ。


    「帰りますよ?」

    俺は、単に微笑んでいるのか、それとも笑顔を浮かべたまんまでうたた寝を遣り始めたのか判断に迷う状態になった主任の様子に、頃合いを見計らって席を立った。

    「ん……はぇえ? もう?」

    「ええ」

    この場合、『もう?』なんて言っている場合じゃないだろう?

    主任は俺の声に反応して、桜色に染まった顔を俺に向けた。アルコールの作用で体温が上昇し、鼻の頭に薄っすらと汗を噴いている。

    ぽやん☆ とした表情が、妙に幼くて色っぽかった。

    「あん!」

    がたん!

    「大丈夫?」

    「う……うん……」

    立ち上がろうとした主任は、足元をふらつかせ椅子に躓(つまづ)いて倒れそうになったけど、俺が咄嗟に両腕を広げて、抱き止めた。

    主任の酔いは、顔には余り出ておらず、どうやら脚に来ていたみたいだ。

    上気した主任から甘いバニラの香りがする……って思ったら、お互いに間近で顔を見合わせ視線を絡めてしまった。俺は、意識をしてしまったせいか、急に顔が熱くなって気恥ずかしくなってしまった。

    「で、出ましょう?」

    「……ん」

    調子を狂わせてヘンになってしまった気分を掻き消すように、意識して強目に言って促すと、俺は強烈に酒臭くなって足元が覚束なくなってしまった主任に肩を貸し、腕を担いで店を出た。そして主任の車が停めてある駐車場へと向かうことにした。

    途中、ヒンヤリとした外の空気が火照った身体を包んでくれて心地良い。


    「あれ? チビじゃん?」

    和んでいると、背後から聞き覚えのある不愉快な言葉を掛けられた。俺が主任と一緒に身体の向きを変えると、そこには勤めていた店(クラブ)は違っていたが、俺と同じ同業者――ホストの海棠(かいどう)が立っていた。

    どうやら海棠は、数人の煌びやかでフェロモンむんむんの女性客を連れて店を移動中、偶然俺を見付けたらしい。

    脱色した金髪に、日焼けサロンで健康色にヤキを入れたフェイク野郎だけど、この辺りでは整った顔立ちと持ち前の気転の良さで顔が利く、結構人気の高いホストだ。見た目もまんま。派手な性格とプライドの高さはかなりのもので、自分が気に入らなければ客だろうが誰だろうが相手にしたりはしない。

    客を自分から選んでいた俺とはタイプが全く違うホストだったが、海棠は何故かよく俺と出くわしては、何かと世話を焼こうとしてくれるお節介な面もあった……『チビ』って言う不愉快な呼び名も貰っていたけどね。

    「暫く顔を見ないと思ったら、お前店を辞めていたんだな? で? スポンサーはこのオンナか?」

    「ち、違っつ……」

    「あん、海棠ぉ〜、そんな女(コ)放っておいて早く次に行こう?」

    慌てて否定しようとしたら、一緒に居た女性から言い掛けた言葉に被せられてしまった。明らかに俺のコトを敵視しているみたいだが『そんな女(コ)』……って、もしかしなくっても俺のコト???

    彼女の言葉に、海棠は『ああ』とだけ応えた。そして俺に向き直って、にやにやと笑いながら値踏みするような視線を主任に遣した。

    「大して金回り良さげには見えねーけど、っま、精々可愛がって貰えよな?」

    「……」

    俺は海棠の言葉に唖然として、思わずあんぐりと口を開けてしまった。

    言いたい放題言われて、誤解を解く暇も与えられずにさっさと逃げられた……若干、心中穏やかにはならなかったが、理由はどうであれ俺がこの世界から出て行った事実には違いない。

    まあ、いいかと思い直していたら……俺は大事なコトをすっかりと忘れてしまっていたんだ。

    俺は今、どこまで酔っているのか判らない自分の上司を連れていたんだったぁ!





    Web拍手です。ぽち☆ してね?
    電網浮遊都市アルファポリス様 電網浮遊都市アルファポリス様

BACK * NOVELS * NEXT