第57話 主任の介護?




    「あ〜喉渇いた〜。なんか飲みた〜い」

    道路を挟んだ反対側の歩道脇で自販機を見付けた主任は、早速の駄々を捏ねた。

    俺としては一分、一秒でも早く酔いを醒まして欲しいのだけど、酔いのせいで何だか主任がどんどん低年齢化して行っちゃってるみたいな気がする。

    業務中の、あの凜とした主任はどうしたんだよ?

    「あの自販機は道路向こうにあるでしょ? こちら側にある自販機を探しましょう」

    「ヤダー、飲みたいぃ〜い」

    「ダメ」

    車の往来が激しいから、主任を連れてなんて無理だよ。

    俺は首を巡らせて、自分達の居る歩道に自販機が無いかと探してみるが……生憎、こういう時に限って無かったりするんだよな。

    「ねーねー、欲しぃい〜」

    「……」

    仕方が無いなぁ。

    酔っ払いほど手に負えないモノは無いのは十分承知しているけれど、酔った『素』の主任を目にして、嬉しいやら悲しいやら……複雑な心境だよ。

    こうなったら、海棠から貰った薬に頼る他はなさそうだけど、薬を飲むにしたって、水分は必要だよ。

    俺は主任のリクエストに応えるべく決心した。

    「ココで待っていてくださいね? すぐに買って来ますから」

    「……ん」

    酔ってふらついている主任を担いだままじゃ、片側二車線で横断歩道も何も無い道路を横切るのは無謀ってものだ。

    俺はすぐ傍の店頭に置いてあったマネキンに、独りで立って居られない主任を抱き付かせると、行き交う車の距離と速度を目視で確認しながら車道を素早く横切ろうとした。


    ドライバーは減速しての走行だが、いきなり飛び出した俺を酔っ払いかと取り違えた連中から、非難のクラクションを浴びせ掛けられる。

    「ふぅ……」

    厳密に言えば、俺もシラフじゃない。低アルコールで長時間費やしていたから、酔いの症状も全く現れてはいなかったけど、少し走っただけで軽く息が上がった。

    ポケットから小銭を取り出し、低カロリーのスポーツイオン水を選択してボタンを押す。



    「……?」

    突然『おぉおおお……』と言うどよめきに似た歓声が沸き起こり、俺は慌てて、聞こえた反対側の歩道に視線を奔らせた。

    ……嘘っ……つかマジで?

    俺の視線が沸き起こった歓声の正体を難なく付き止めた途端、ギョッとして全身の毛が逆立った。

    マネキンに抱き付かせていた主任の周りを取り囲むようにして、黒山の人だかりが出来ている。しかも、その殆どが野郎連中。

    そして、取り囲まれているせいで俺の方からはよく見えないが、白くて細い主任の腕が、連中の頭上でチラチラと見え隠れしていた。

    ……?

    手でも大きく振っているのかな……? って、暢気に構えている場合じゃ無かったし。

    俺は自販機から急いでイオン水を掴み出すと、電光石火で一目散に反対側に居る主任の元へと駆け寄った。

    主任を取り囲んでいる連中には悪いが、ココは早急にお引き取りして貰わなくっちゃ。

    「んなっ、何してるんですかっつ!」

    俺は大声を張り上げて、連中の中へと乱暴に別け入った。

    「しゅ、主任ッツ!」

    俺の視界には、マネキンに凭れ掛ったままで上半身キャミソール姿になっている主任のあられも無い姿が映っている。

    慌てて自分のシャツを脱ぎ、主任の身体を包み込んだ。

    「あぅわん? あはは……どーしたお?」

    「どーしたもこーしたも無いでしょう? んな、なんて格好しているんですかっ!」

    取り囲んでいた連中それぞれが、俺から主任への公衆面前ストリップの強制抑止に対して惜しむ言葉を吐きながら、取り巻いている『輪』を大きく広げ崩した。散るように去って行く者もいる。

    「あん、暑い〜、はにゃしてお(放してよ)」

    「こんなところでナニ遣っているんですかっ!」

    「や〜ん、トッキーがまたオキョるぅううう(怒るぅ〜)」

    「当たり前ですっ!」

    ここで怒らなくっちゃダメじゃん?

    俺は、暑くて脱いだ主任のキャミ姿に若干惹かれつつ、自分のシャツを巻き付けて『簀(す)巻き』になるよう後ろから抱き竦める。

    「あぅん、くぅうん……」

    少しきつく抱き締めたせいか、主任は鼻から甘えるような吐息を漏らした。

    「早く、ココから立ち去りましょう?」

    「ふうん、トッキーがしょうゆうーにゃらしょうしゅりゅ〜(トッキーがそう言うならそうする)」

    「さ、自分で立てますか?」

    「ん……」

    俺は人垣の手薄な所を見出すと、主任の肩を支えてそちらに行かせようと促した。

    「チッ! ンだよー、もう終わりか?」

    「もっと続けろよ〜!」

    口々に勝手な事を言う野次馬残党から逃げるようにして、俺は覚束ない足取りの主任を庇いながら人垣を脱出し、通りから一つ道を外れて路地裏に出る。

    「……んぐ……き、きもひわりゅいぃいい〜〜〜(気持ち悪い)」

    「? ガマンしないで戻して」

    吐き気をもよおして屈み込んでしまった主任の背中を、俺は懸命に擦る。

    ん、もぉー、しょーが無いなぁー。こんなになるまで飲まなくて良いのに……




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