第60話 怯えちゃってるんですが?
「さーさー、ここよ?」
「って、あ、あのっ……主任?」
「なあに?」
いや、ちょ、ちょっと……待て。
俺は主任に背中を押されるようにして連れて来られてしまった、煌びやかなLEDライトに飾られたラブホの前で立ち止まる。
やや引き攣った俺の表情を窺って、主任はなんだか愉しそうに笑って小首を傾げる。
「主任、もう回復して元気になっていますよね? だったら休憩なんか必要な……」
「ああ、あれ? 土岐さんパンツ汚れちゃったでしょう? だから着替えなくっちゃ。取り敢えずは中に入って? 洗ってあげるからあ」
「パッ、『パンツ』って……よ、よく下着まで濡れちゃっているの判りましたね?」
「あらあ? ズボンの事も『パンツ』って言わない?」
下着まで洗ってくれるのかと勘違いした俺が真っ赤になって聞き返したら、主任は口に片手を当てて驚いていた。
はぁ……まあ女の人はそう言うのか。でも、上司である主任に、俺のズボンを洗わせたりするのは何だか若干抵抗が……
つか、そんな事をして貰えば、一生主任に弱味を握られてしまうのじゃないのかな?
「うえええ〜、ぼ、僕は構いません。このまま帰れば済む事ですから」
「ああ……なんだかまだ気分がぁ〜〜〜」
「……」
マジかよぉ〜〜〜?
俺の事でラブホに寄り道するのなら断固断ろうと思ったのに、主任はまだ気分が優れないと言い張った。
……なんだか怪しい。つか、いつものご機嫌な主任じゃ無いように思える。
このまま主任の言いなりに入ってしまってはいけないような気がするし……
「あれぇ? 正宗? 正宗じゃないの?」
「ひゃあ!?」
ラブホの入り口でどうしようかと迷っていた俺は、名を呼んだ女性の声に飛び上がり、すかさず主任の腕を取ると、声を掛けて来た相手を確認せずに急いで主任のご希望ラブホへチェック・イン。
ああ……さっきの声は、一体誰だったんだろう……?
気にはなったが、心当たりが多過ぎて誰だか皆目判らなかった。でも……この界隈はマジで心臓に悪いや。
「ねえ〜、この部屋でい〜い?」
「うぇえ?」
勢いで突撃してしまった事を、俺はすっかり忘れていた。
俺が胸を撫で下ろしている間に、主任はさっさとピンク系の小物で纏められた可愛い系の部屋を、もう指定してキーまで手にしちゃっているし。
「あら、土岐さんが迷っていたから決めたのだけど……いけなかったかしら?」
「〜〜〜」
いや……『いけなかった』もナニも、勝手にコトを進めちゃっている癖に。
「さ〜、お洗濯、お洗濯。行きましょう?」
「ええ〜〜〜???」
ナニを『洗濯』するんだよっつ???
なんか、このまま俺ごと洗濯されてしまいそうな、ヤな予感。
上機嫌になった主任は、俺のシャツの首根っこをむんず☆ と掴み、猫か何かみたいに連れて行く。
俺は主任に引き摺られるようにして目的の部屋に連れて行かれてしまった。主任の上機嫌ぶりには現在MAX状態みたいで、今にも鼻歌が出て来そう。
主任? まだ気分が悪いって……さっき、言っていませんでしたっけ?
「ここだわ」
一室の前で、主任がぴたりと歩を止めた。
「や……やっぱし帰りましょう? 洗濯ならここじゃなくても……」
「あーもう、今更ぐちゃぐちゃ言わないっつ」
「うぉあ?」
主任に背中をどやされて、俺は開けられた部屋の中央へと転がり込んだ。
ま……待てよオイ。
これじゃあ男女が逆じゃないか???
「ささ、先に脱いでシャワー浴びてね?」
「……は……ハイ……」
主任の推しの強さに退いてしまう俺。
う〜ん、やぱしこのノリって違わなくないか?
てか、何だか自分のカラダに危険を感じて、俺、怯えちゃってるんですが……???
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