第62話 強引なカノジョ?
「……」
恐る々自分の真後ろを振り返った俺の視界には、温水で曇り掛けたガラス越しに、見えそうで見えない俺のシャツだけ姿を覗こうと思ったのか、主任がガラスに歪むくらい顔を押し付けてへばり付いていた。
「ぎゃ〜〜〜!!!」
主任と視線が合ってしまった俺は、悲鳴を上げて慌てて両手で全開になっている前を隠す。
背中を向けているから見られる心配なんか無いのに。
う〜〜〜わ〜〜〜なに見てンだよ?
つーか、温度調節していなかったから、ゆ、湯が……あぢぃ―――っ!
慌てて蛇口の温度調節をする。
罰ゲームのお仕置きじゃないんだぞ?
しかも、俺の眼鏡まで曇って来たし。
「土岐さんっ!」
「う、うわぁ、入室禁止ですって!」
いきなりドアを開けて、主任が凄い剣幕で俺の居るシャワールームに入って来た。
「ほらっつ! こっちも脱いで!」
「はああ???」
主任の剣幕……マジで怖いんですけど?
腰を抜かしそうなくらいビビって驚いた俺は、いきなり主任から抜き掛けだったシャツの襟元を乱暴に掴まれた。
「たっつ、助けてくださいよ―――! ぼ、僕まだ、こっつ、こここんな事は初めてで……ってか、心の準備が、ま、まだ……」
いや、こういうのはお互いの役割分担が逆なんじゃあないの?
なんで男の俺が、主任に襲われなくっちゃなんないんだよ〜〜〜???
「いいから、グダグダ言わずにさっさと脱ぐっつ!」
「ち、ちょっ、しゅ、主任〜〜〜」
痴女っ???
「うるさい!」
ナニが『いいから』なんだよー?
主任は真剣な顔で、逃げ出そうとする俺のシャツの襟を引っ張って自分の方に俺の身体を向けさせると、夢中になってチマチマとボタンを外し始めた。
な、なんでこんな時まで命令口調なんだよ? しかも、これを取られたらマジで最後一枚の下着姿なのに。
「あ―――っ! し、主任! や、止めてくださいぃいいい!」
「うふん、その悲鳴、ソソラレルわぁ」
「ひ、ひぃいいい〜〜〜」
主任の意味深な台詞に、思いっ切りドン退きしてしまう。
「はいっ! 最後の一枚もねー!」
「えぇええ〜〜〜?」
俺の抵抗も空しく……つか、殆ど抵抗が出来ない状態でシャツを剥ぎ取られてしまったし。
主任から、俺はなんとも情けなくも恥ずかしい、ランニング一枚の無残な姿にされてしまった。
俺から奪い取ったシャツを片手に引っ掛けると、今度はこのランニングも遣せとばかり、キッ! と俺を睨んで右手をリキんで力強く差し出した。
「か……勘弁してくださぁい……」
「何言ってるのよ。その下着もこっちに遣すの! 遣しなさいっつ!」
「ふ、ふぇえ……」
俺は主任の気迫に飲まれてしまい、屈んで前を隠した状態で、イヤイヤと首を横に振る。
俺、このランニングを剥ぎ取られてしまったら、完璧に真っ裸(パ)になるじゃないかよー。
「往生際が悪いわね」
「お、往生際……って、なんでそんな事言うんですよ? し、主任の変態〜〜〜!」
仕事一筋の美人キャリアだと思っていたのに、急に野獣になっちゃって……一体、どうしちゃったんだよー?
こんな事されるのなら、主任のラブホ提案を強制終了却下して、さっさと帰宅しておけばよかったし。
ああ、今更言うか俺。もう遅いし。
「はあぁあ? 何が『ヘンタイ』よっつ! いいからサッサと遣しなさい! でないと終わっちゃうでしょう?」
「は?」
何が『終わる』って???
「聞こえなかったの? 急げばまだスイッチ入れたばかりだから間に合うわ」
「なにが?」
「お隣にあるコインランドリーよ」
「……」
俺は言葉を失くして黙ってしまう。
主任が言っていた『お洗濯』って……ソレ?
いや、気持ちは凄ぉーくありがたいのだけど……もしかしなくてもクリーニングじゃなくって、会社用スラックスまでパンツと一緒に水……洗い?
洗濯方法間違っているし。
俺は戻って来るであろう『洗濯物』が、どれだけヒサンになって居るのかを想像して、がっくりと項垂れてしまった。
「ほらぁ、時間、無いんだからぁ」
「だ、だからって、なにも上着まで……」
「土岐さん気付いていないの? シャツとその下着の裾。パンツ……じゃなかったズボンに入れていたから、同じように汚れちゃっているのよ?」
「え? ☆ ☆ ☆」
主任は少し頬を紅潮させて『判った?』と、眼で合図を送って来る。俺は別の方面で激しく勘違いをしていたのだと知り、思わず顔がカアアッと熱くなって来るのを感じてしまった。
……て言うか、クシャクシャになってアレが戻って来るのか……全部。
俺から身ぐるみを全部剥ぎ取った主任は、前を隠して呆然とする俺を後目に、足取りも軽ぅ〜く出て行った。
はぁ……
一遍に気抜けした。
俺のモザイク全裸を見ても、別に取り乱した所は無かったみたいだし……今のうちにさっさとシャワー浴びてしまおう。
* *
それから主任が戻って来たのは、最初の時よりも時間が掛ってしまったらしい。
その間、俺は余裕でバスローブを着てベッドの端っこに座り、主任の戻りを待っていた。目的こそ違っているけど、ラブホでこの格好って……なんか落ち着かない……な。
「お待たせぇー」
出て行った時よりもゴキゲンな主任は、腕にひらひらした衣装らしいものを掛けている。
つか、気分ゼンゼン大丈夫じゃ……???
「お……お疲れ様です」
俺は主任の眼の前で、バスローブ一枚の下は真っ裸と言う、心細くも情けない恰好だった。
「なんか……土岐さんエロいわね?」
シャワーを浴びてバスローブ姿の俺は、適度に身体が温かくなっていて、肌の血色も良くなっているし、髪からは、まだ綺麗に拭い取れていない湯が長めの毛先に雫を作っている。
「ダレがこんなにしちゃったんですよ〜?」
上品にくすくす笑う主任に少しはトキメイテしまったけれど、俺はワザと気付かれないように仏頂面をして口を尖らせた。
俺はかなり強引だった主任の言いなりになっちゃっただけだし。
「うふふっ、そうだったわね?」
「笑っている場合じゃないでしょ? てか、何持って来たんですか? そのヒラヒラは?」
俺は主任の腕に掛けていた、ドレスみたいなものに視線を落とした。
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