第78話 復活?
まだ薄暗い明け方。眠ってしまった美弥子を残して、先にラブホから出た俺がタクシーを拾おうと、メイン通りを目指して人通りの無い路地を暫く歩いていると、背後から何者かの気配が近付いて来た。
――出来る!
直感的にそう思った。
相手は一人だが、かなり腕が立ちそうだ。もしかしたら、俺なんかじゃ歯が立たない相手なのかも知れない。
不味いな。こんなスカートじゃあ身動きが取れないし制限されてしまう。
俺は一瞬緊張し、気合を入れて身構えようとしたが、相手からは何ら敵意を感じなかった。寧ろ、俺を慕ってくれているような気配すらある。
こいつはもしかして……?
気配は尚も俺に近付き、ぼんやりとしか判らなかった人物像が浮かび上がって来る。そして、覚えのあるその気配に俺はホッと安堵の溜め息を吐いた。
それでも俺は何事も無い風を装って、前を向いて歩いていた。
「久し振りだな」
真正面を向いて足早に先を急ぎながらそう言うと、音も無く気配が素早く背後に近寄った。
「は。ほんにお久しゅうございます」
嬉しそうに答えた『気配』は、やはり俺の元執事のケントだった。
「守備は?」
「順調でございます。此度のお眼通りは、ご挨拶までに致しとうございましたが……して、正宗様のそのお姿は?」
「う……」
言葉に詰まり、猛烈に顔が熱くなってしまった。今さっき、俺が何処から出て来たのか知っている癖に言わせる心算か?
「朝帰りとは……いやはやオトナになられましたなぁ」
「う、うううるさいっつ!」
「はっ、出過ぎた事を申しました」
「べっつ、べつに良いよ。謝らなくっても」
あ、ああ『朝帰り』っつ??? って、やっぱりケントもそう思ったんだ。
「正宗様、どうなさいましたか? お顔が真っ赤ですぞ?」
「んな、なんでも無い」
「お言葉ではございますが、会話になられてはおられませぬ。朝帰りなぞ、そう珍しいものではございません。古くは平安時代からの貴族の嗜みかと」
ケントは平然として言い切った。
「一体、いつの時代を引き合いに出して来ているんだよ? 今は時代が違うだろ?」
しかも『嗜み』だなんて言うな。それじゃあ美弥子が可哀想だ。
「お相手は、いつぞやの娘子(むすめご)でございますかな?」
「え?」
何気に言ったケントの言葉で、俺は我に返った。
ケントは主任の美弥子の事を知らない。だとすれば、今ケントが言っているのは俺が連れて来たコスプレの美弥の事を言っているんだ。
俺は主任を介護していたのに、何故か成り行きで主任とえっちしてしまった。確かに美弥子は美弥に似ているし、美人で俺の上司だし……文句なんて無いんだけど、俺はやっぱりコスプレの美弥の方が気になって忘れられないんだ。なのに、なんであんなコトになっちゃっていたんだろうか?
気が付いたら、既に俺は主任とえっちの最中で、しかも合体していたし。
「なにか御不満でもお在りですかな?」
「ええ? あ? い、いやぁーそんなこと……」
「正宗様。心配事がお在りでしたなら、いつでもこのケントがお力添えを致しますぞ?」
「あ、ありがとう」
「勿体のうございます」
ケントの力強いバックアップ宣言に、俺の意志がぐらついた。
美弥子を大切にすると言ったのは嘘偽りは無いけれど、美弥の事も気に掛る。もしかしたら、ケントなら美弥を探し出して来るのは、簡単なのかも知れないと思ったんだ。
いつもの黒いスーツ姿のケントは、俺に向かってにこりと笑うと、通りに向かい、片手を真っ直ぐに挙げて車を呼ぶ。
「いや、これは俺の問題だから別に良いよ。それに、タクシーを拾うくらい自分で出来……?」
俺達が居るメイン通りの舗道のすぐ横を、黒塗りの高級車が静かに滑り込んで来た――って思ったら、これは俺が昔、通学の時に使用していたロールスロイスじゃないか!
「如何ですかな? カナダの富豪より買い戻しました。こちらを御覧くだされば、私の現在の進歩状況をご判断して頂けますでしょうか?」
「あ? ああ……」
「私が正宗様を『坊っちゃま』とお呼び致しておりました頃が懐かしゅうございますよ」
ケントは自信に満ち溢れた笑顔を俺に向けた。
まさかとは思っていたけど、ケントは本気で破綻した常盤財閥を復興させる心算なんだ。俺は改めてケントの強い忠誠心を読み取って、多少なりと退いてしまう。
だけど、今更常盤の復権を遂げた所で、俺はその当主の座に納まる心算は無い。
それに此処に来て美弥の行方を尋ねて弱味を握らせれば、その後どんなに拒否しても、ケントは俺を次期当主に祀り上げてしまうだろう。そうなるのは断固拒否だ。
こうなると、いよいよ美弥の捜索も頼めなくなってしまった。
「さあ正宗様。こちらへどうぞ」
ケントは慣れた仕草で後方のドアを開けると、映画のワンシーンみたいに姿勢を正して俺を誘った。
「い、いいよ。タクシーで帰るから」
「そのような事を仰らず。ささ」
「ち、ちょっと……」
尻込みする俺を無視して、ケントは素早く俺の背後に廻って、車に乗るように促した。強引なケントの遣り方に俺は仕方なく従ってしまう。
ケントは一見下手に出ているが、その実は違っている。常盤に忠実な僕であるには違い無いが、余りにも忠実過ぎる所があるから、時折主である俺の意見よりも、常盤を立てる所が有る。それは……まあそれは俺がまだまだ『当主』として未熟だからなんだろうけど……
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