第8話 弱味?




    時刻は五時を過ぎた所だ。

    正規社員でありながら、終業時間になると晩御飯もソコソコに契約しているバイト先へと連日飛び回っている俺は、いつものように猛烈な眠気に襲われた。

    「み、美弥さん、ゴメン。俺昨日からゼンゼン寝ていないから、その……ね、眠……」

    ってワケを話している途中に、デカイ欠伸が出る。

    「あたしは眠くないよ?」

    「いや、そうじゃなくって……」

    なんで美弥のコトになるんだよ? 

    眠いのは俺だって。

    美弥は座ったまま両足首を左右に拡げて正座を崩し、肩を竦めるようにして真っ直ぐに突っ撥ねた両腕を、黒いメイドのフリフリスカートの上から少し拡げたフトモモの間に沈めている。

    「眠いのは俺です……っでえええ?」

    強烈な睡魔に襲われて、意識が吹っ飛びそうになるのを我慢して顔を上げたら……卓上テーブルを挟んで、俺と向かい合っている美弥のバストが、彼女の両腕に挟まれて隆起していた。

    し、しかも……今までそんなに意識した覚えなかったけど、で、デカイッツ☆ 美弥ってば、胸デカイよ。

    メイド用エプロンの下には、襟の詰まった黒いタートルなんだけど、襟から胸の辺りまでが切り替えの布で、薄く透けて見えるタイプ。だから両腕に挟まれて行き場が無くなった胸が寄せ上げられて、左右の大きな盛り上がりで深い谷間が覗けていた。

    メイド服は見慣れていたはずだったけど、こんな仕様の……ってあった?

    し、視線が吸い寄せられて離れないよー。

    美弥は別に太ってなんかないし、寧ろ痩せているくらいの身体なのに、何処をどうすればそんなに胸だけに肉が集まって来てるんだ?


    「どしたの?」

    俺、ずっと美弥の胸ばかり見てるのに、美弥は俺の視線に気付かないのか小首を傾げると、俺の顔を不思議そうに見返した。

    グロスを引いた、淡いピンク色の柔らかそうな唇が解ける度に、並びのいい白い歯がチラチラと見え隠れしている。

    彼女、自分が今、もの凄いカッコになっているのに全く気付いていないのか?

    俺にとっては、なんだか嬉しいこの状況……って見詰めていたら、美弥の眼鏡がずるりと下がった。

    「あん! ……まただ」

    美弥はズレた眼鏡にしかめっ面をすると、ぶうと膨れた。

    ふーん、俺的には怒った顔もかわいいかも?


    「眼鏡、貸して貰えません?」

    フレームの締め具合が甘いからそうなるんだ。

    俺は小さな『マイ・ドライバー』をキャビネットから取り出した。

    長年、眼鏡のお世話になっている俺にとっては、こんなモノ朝飯前だ。

    にしてもこの眼鏡、調節どころじゃないな。緩々だ。

    受け取った美弥のピンクの眼鏡は、左右のつるの部分(テンプル)が持ったとたんにパタパタしていた。留めネジ(ヒンジ)がバカになっちゃってる。

    俺はヒンジを締めてやった。


    「はい」

    「わー、マサくんアリガト」

    「『マサ』でいいよ? 美弥さん」

    「ううん、あたしも『美弥』でいいよぉ〜?」

    美弥はもの凄くゴキゲンだ。

    俺だって嬉しい。

    つか、大したコトじゃないのに、女の子から感激されてお礼まで言われた。

    なんてーの? 

    掴みはOK……ってヤツなのかな?


    「ねえマサくん、ハンガーに吊るしているの、あれは作業服?」

    美弥は壁のカモイに引っ掛けていた、薄いベージュ色の長袖上下の作業服を指差した。


    夏場でも暑苦しい長袖の作業服は、会社での必需品。

    俺の業務には外回りもある。いつも事務机でうたた寝してるワケじゃない。

    新規ユーザー獲得もモチロンありなんだけど、メインはユーザーからのメンテナンス。取り扱っている製品が浄水器関連だからと言って、清潔で安全な場所に製品本体のタンクが設置されているとは限らない。だから危険防止のために、安全靴と厚手上下の作業着はメンテナンスの基本だ。

    この時期に、見るからに暑そうな長袖の作業着は美弥の眼を惹いたみたいだった。


    「え? ええそうです」

    あらら? さっき『マサ』でいいって言ったのに、ゼンゼン聞いてないじゃん? やっぱ、急に呼び方変えてって言ってもダメなんだろうか?

    ……って思ったが、実は俺も急に『美弥』って呼べなかったりする。

    初対面でイキナリ……はヤッパ無理。

    抵抗あるし。

    こーゆーのは、もっとお互いを知って親しい間柄にならなきゃな……と、思う。


    俺の作業着を物珍しそうに、美弥はぢ―――っ! と眺めてる。

    なにか付いているんだろうか?

    「あたしの知り合いがさぁー、これと同じ作業着持っているの。ひょっとしてマサくんの会社って、W・グローバル社?」

    「はい」

    「え? ウソ本当? あの会社の採用試験って難しいって聞いたよー? マサくん凄いんだぁー」

    「いや、それほどでも……」

    チョッと浮かれてしまう俺。

    「でさぁ、その隣に吊るしてあるのって、コンビニの制服だよね?」

    「え? ……ええ」

    「マサくんって派遣? それともバイトなの?」

    「せ、正社員……ですけど?」

    なにか?

    「あっれ〜? グローバル社って社員のバイトとかって禁止されていなかった? 知り合いの人が前にそう言ってて、バイトが出来ないってグチっていたよ?」

    ぎくうっつ☆

    俺はそこで美弥がナニを言い出すのかを読み取ってしまった。

    「そ、そう?」

    ヤバイ!

    俺はシラを切ってごまかそうとした。

    美弥の言う通りW・グローバル社の社員規則には、正規社員のアルバイト等は禁止事項に挙がっていたからだ。

    「ふーん、知らなかった……って顔してるけど、ホントーは知っててバイトしてるんじゃないのかなぁ?」

    「な、なな、何で美弥さんがそんなコト言うんです? 関係……ないでしょ?」

    俺の作り笑いが引き攣った。

    美弥に関係なくっても、会社に通報されたら完全にアウトだ。

    「だぁって、こう言う事はハッキリさせておかなくっちゃ」

    「なんで?」

    「そっ、そりゃあマサくんとのコレからの長ぁ〜いお付き合いに、弱味握っていた方がダンゼン有利でしょ?」

    美弥はつんと澄ました顔をしたかと思えば、ニッコリと笑顔を作る。

    「よ、弱味……? ゆ……有利……って?」

    しかも『長ぁ〜いお付合い』……ってなんの事?

    「ツイデに、あたしを自分のマンションに連れ込んで、ナニをしようと思ったのかなぁ〜〜〜?」

    「い、いや、別に俺は……」

    俺はホンの少しだけヤマシイ事を考えていたから、言い当てられた気がして顔を赤らめる。

    あ?チョッと冷や汗が出てきたかも?

    「それとも、もう『ヤッチャッタ?』」

    意味ありげな上目遣いで俺を見上げる。美弥は有利に立ったツモリなのか?

    「な!? ななな、なんて事言うんですか?」



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