第1話 最悪の出会い
世の中にはいろんなタイプの人間がいる。
別にタイミングを合わせて練習したワケでもないのに、ウソみたいに自分と息がピッタリになるヤツもいれば、呼吸を合わせるように何度練習してみても、ゼンゼン息が合わないヤツもいる。
息が合うのが気心知れた仲なら良いけれど、それが全くの他人で、しかも普段の車の運転上、お互いに同じタイミングになってしまえば、イラついてムナクソ悪くなってしまうのは仕方のないコトなのだが……
「またアイツだ……」
いつものように、交通マナーギリギリの運転で何台もの先行車を捉えてパスすると、今日も白いフィットの『アイツ』が俺の前方を走行していた。
このフィット、観掛けは平凡なフツーのフィットなのだが、どうやら運転している女がフツーじゃないみたいなんだ。
『アイツ』は俺が入社した当初から、朝の通勤時間によく出くわしていたんだが、元走り屋の俺がソコソコ評価するくらい『隙』の無い運転をする――詰まり、俺的には認めたくは無いんだが、俺の腕を以っても『アイツ』は中々追い越せない。完璧に俺の運転するタイミングとカブる運転をする女なんだ。
別に過去の自分の栄光に縋っているワケじゃ無いし、俺がハナシにもならねーヘボイ走り屋だったワケでも無い。
『峠の日高』って言えば、そこら辺でデカイ面して車を転がしている、必要以上に改造を施した見掛け倒しの奴等はシッポ巻いて逃げ出すし、腕に覚えがある奴等は逆にバトルを挑んで来る。
ワケありで去年の暮れに現役を引退しちまったが、残っている現役走り屋連中とガチでバトル遣っても、今でも勝てる自信はまだあるさ。
そんな俺が、この超ド純正仕様のフィット……しかも女ドライバーが苦手で梃子摺ってるだなんて、俺的に許せるかよ。
片側三車線の郊外方面行き環状線で、俺はアイサツ宜しく中央車線を走行しているフィットのケツに、一旦ピタリと張り付くと、『空き』があった右側車線に俺のインテグラのノーズ(車の鼻っ面)を潜り込ませようとして、ハンドルを切った。
その時だ。
俺のハンドルを切るタイミングを見切ってか、後から反応したフィットがコンマ数秒早く加速して、俺の走行ラインを塞いで強引に車線変更して来たし。
ヤバイ!
フィットのケツに接触する! つか、ナンで容赦無く突っ込んで来るんだよっつ!!! 怯むぞフツー!
俺以上に強引なフィットの女にムカつくが、今はそれドコロじゃ無かったし。
瞬時の判断で危険を予測した俺は、車体半分以上センターライン越えしていたにも関わらず、速やかに危険回避を取ってハンドルを切り返し、元の中央車線に戻った……ツモリだった……
だがしかし、後続車は先行していたフィットと俺のインテグラ二台分のスペースが空いたとばかり、安心し切ってアクセルを踏み込んでしまったみたいだ。
突然車線に引き返して来た俺のインテグラに反応出来ず、加えてソイツが俺との車間距離を最初から十分に空けてくれていなかったコトが災いした。
「うぉあ?」
俺は身に覚えの無い突き上げるような強い衝撃と、急な側面方向からの推進『G』を感じて、目の前に星が散った。
* *
過酷な就職戦線を何とか乗り越え、念願叶い晴れて俺は社会人のリーマンくん。
就職先は地元に本社を構え、全国各地と世界数カ国に亘って工場や拠点を展開している、ボイラと医療衛生機器で有名な大企業、木村工業株式会社。
俺はその会社に入社して約一ヶ月。現在は新入社員全員が必須で受講する社員研修を受講している真っ只中の期間で、自分がこれから担当する部署への辞令もまだ下りてはいない状況だった。
「……?」
俺の意識が戻ったのは、それから数時間後のコトだった。目の前に白い天井が映り、視界の端には、頑丈なビニールパックに封入されている透明色の点滴が、T型のポールから吊り下げられていて、そこから伸びるチューブが俺の右腕静脈と繋がっていた。
頭の中はモトより、全身の感覚が麻痺してぼうっとしている。
過去に何度か、俺は事故ってこんな状況を経験しちゃいるが、何度経験しても慣れっこにはならねーよ。麻酔の効果が切れる度に、俺は痛み止めを投薬されても効果が無いくらいの恐ろしい激痛を、味わうハメになるからだ。
今の所は麻酔も効いていて痛みとかは無かったが、感覚が全く無いのはソレはソレで気持ちが悪い。取り敢えず、今は自分の身体が五体満足に在ってくれるのを願うばかりだ。
「あ? 日高さん、目が覚めましたぁ?」
「え?」
カワイラシイ声のする方に軽く首を傾けると、白衣の天使がそこに居た。
それにしても、小さいな?
胸に『浜田』と名札を付けた小柄な彼女は『里佳子』ちゃん。俺と同じく新米さんなのだそうだ。今まではオバちゃんナースばっかだったのに、何だかいい予感がして来たし。
「気分は悪くないですかー?」
里佳子ちゃんは俺の手首に触れて脈拍を取りながら、愛想良くニッコリと微笑んだ。
「ダイジョウブです」
俺は鼻の下をデレデレ伸ばしながら答える。
色白の里佳子ちゃんは、ナースでありながら若干レディースが入っている……みたいな、そんな微妙な雰囲気を持っていた。白衣じゃなくて、真紅の特攻服でも似合いそうな美人だ。ウェーブの掛かった亜麻色の長い髪を、デカイ嘴クリップでアップに纏め上げている。ワザとなのか、それとも落ちて来たのかは不明だが、白い項にハラリと掛かった後れ毛が俺としてはソソラレル。
あー、彼女が当直とかじゃなくって、俺の担当だったら嬉しいなー。
俺は怪我人のクセに、これからの入院ライフが謳歌出来るものだと思って浮かれてしまったが、個室の窓から覚えのあった景色を見るなり、寒いモノを感じて退いてしまった。
「り、里佳子ちゃん?」
「はい?」
「こっつ……この病院って……君、あのっ、その……鍋島病院っつ???」
「そうですよー? 今日はココが救急医担当院ですからぁー。大抵運び込まれた皆さん、そう言って確認するんですよねー」
里佳子ちゃんは若干頬を引き攣らせながら、ニコニコと作り笑いを浮べていた。俺と同じ反応を示した患者は、どうやら俺独りでは無さそうだ。
市内の救急病院には、フルコースで一通りお世話になっていたから、自分が運び込まれた救急病院が、ヤブだと悪評の高い鍋嶋外科だった事に気付いて愕然としてしまった。
幾らヒマだからって……外科だからって……しかもココ、外科は外科でも肛門外科の病院だぜ? カッコ付かねーだろよ?
以前、バトル中クラッシュして対戦相手と一緒にココに運び込まれた時は、自分のダチはもとより、対戦相手のダチ連中から相当バカにされたのを俺は未だに『ネ』に持ってンだぞ?
しかも、処置がいい加減なのは、俺が身を以って証明してやれるし。
「井村先生元気?」
俺は以前担当医だったヤな奴の名をあげた。
「はい。先生も日高さんの事をよぉーく覚えていらっしゃいましたよー? 若いコ見ると骨折が瞬時にくっ付くとか、絶対安静だったのに病院抜け出して院内で大騒ぎしていたら、勝手に外出して、コンビニから戻って来たりしていたんですってね?」
「☆あ……はぁ……」
俺は、屈託の無い里佳子ちゃんの言い様に面喰ってしまった。
ダレが骨折が瞬時に治るんだよっつ! 治ンねーよ! 井村のオッサン、何フカシてンだよ。つか、里佳子ちゃんこそ本人目の前にしてフツー言うか? 物怖じしねー娘(コ)だよなぁ?
で、俺がこの娘(コ)と問題起こして、サッサと転院か退院しやがれってか?
何となく、村井医師の思惑が読めたような気がした。
「だからぁ、イヤだって言っているでしょう? ナンであたしが……」
「何を言っている? 来なさい」
エレベーターから出て来た数人の気配がして、なにやら小競り合い程度の言い争いをしている若い女と、それを嗜めるように諭す年配男の声が通路から漏れ聞えた。
その声と二人のヒールと革靴の足音は、どんどん俺の個室に近付いて来る。
「日高くんの病室は此処なのかな?」
ノックとともに、さっきの年配男の声の主が姿を現した。歳は五十代後半か六十代で、品のヨサゲな濃いグレーのスーツを上手に着こなしている。背は決して高い方では無かったが、頭に白いものがチラホラしているグレーの髪に、接待ゴルフで日焼けしたような肌をした、やや恰幅の良いオッサン……? うん? ナンか見覚えがあるような……???
俺との話の途中ではあったが、里佳子ちゃんは男にそうですよとにこやかに返事をすると、サッサと部屋から出て行った。
「おお、気が付いていたのかね? 具合はどうかな?」
そのオッサンは、俺を気遣いながらそっと手を差し伸べて来た。
いや、オッサンに手を握られても、俺、困るし……だなんて暢気に思っている場合じゃなかったし。
どこかで見覚えがあったのもその筈だ。オッサン……じゃなかったぁあああ―――っつ!!! もといっ、この男の人は、俺がお世話になっている木村工業の総取締役社長、木村宗一郎ご本人だし!!!
「ぇええ? しゃ、社長ううう???」
う、ウソだ……ナンで社長が俺如きの見舞いなんかに……それも直々にっつ……???
男の人が誰なのか判った俺は驚き、咄嗟にバネ仕掛けの人形みたいにベッドから跳ね起きてしまった。勢いで起きた俺は……まだ感覚が戻っていない膝がガクリと折れて、バランスを崩してしまい、ベッドの上からブザマに転がり落ちてしまう。
「ぎゃああああ〜〜〜!!! いっでぇええええ〜〜〜!!!」
俺のヒメイを聞き付けて、里佳子ちゃん達数人のナースが慌てて駆けつけた。
「怪我をしても、ここは病院ですが、なるべく安静にしておいてくださいね?」
「ハイ……」
事故当初よりも治療箇所が増えた俺に向かって、婦長さんがハナイキを荒くして息巻いた。
しゅーんとなる俺。
実の所、社長と直に会ったのは面接試験での会場と、本社体育館であった入社式以来三度目だ。しかも、今までは殆んど米粒くらいにしか見えない距離からだったから、この至近距離からの面会に、俺は情け無くもブザマに取り乱してしまったんだ。
「くくくっ……あーっははは……」
「?」
イキナリ社長の背後から、若い女のアラレモナイ馬鹿笑いが部屋中に響き亘った。
俺は時間の経過と共に、麻酔から醒めて蘇って来た苦痛に顔を歪めながら、笑い声の主を眼で追った。
「これ! 恵理ッ!」
「なにこの人ぉー。面白ーい」
おっつ『面白い』……だぁあ? コッチは事故の骨折と裂傷、打ち身・捻挫で死にそうになっているってーのに、ナニ言ってやがるよ。
馬鹿笑いした女が、ツボに嵌った余韻から醒められずに、クスクスと笑いながら社長の背後から現れた。不快にならない程度の高級っぽい甘い香水が漂う。
「……」
俺は女の姿を一目見るなる絶句する。
女はスラリとした長い脚を片方前に踏み出して、偉そうに腕組みでナナメ方向の上から目線で俺のコトを見下して……いや、見下ろして来た。
……こっつ、この女は……
女は俺と同い歳か少し上? イマドキの週刊誌を飾るような流行メイクに、柔らかそうな栗色のユルフワヘア。細くて折れそうな身体に上下紺色のパンツスーツで、腰廻りが華奢で発育不良なのに、胸だけはドーン! とデカイ巨乳ちゃん。
思わずソコに視線が釘付けになってしまった。腕組みした腋から、丸みがシッカリはみ出しちゃってるぞ?
「これ!」
「ナニよ? コイツが勝手に事故っただけでしょ? あたしは悪くなんかないもの」
『コイツ』ってダレの事だよ……まだ言うか? 馬鹿女……
社長に態度を嗜められるが、彼女は全く意に介してはいないようだ。俺は、その女の余りな言い様に退いてしまった。
「娘が君に大変失礼をしてしまったようだ。すまなかった。この通りだ」
社長はそう言うと、沈痛な面持ちで頭を下げた。
「お父様? あまり下手に出ちゃ駄目よ? こんなヤツがアシモト見て無理難題を吹っ掛けて来るんだからぁ」
「恵理、お前は私が採用した日高君を、そんな眼で見るのか?」
「だ、だって……」
お? 流石は社長。良いコト言ってくれるじゃん?
見掛けは文句ナシの女だが、性格は真逆の馬鹿女の言い様を、社長は威厳を以ってピシャリと斬捨てた。
俺は逃げ場を失って言いよどみ、怯んだ馬鹿女を見てニヤリと口元を綻ばす。
「じ、自分が無謀な運転をしていたからそうなったのでしょ? 何度でも言うけど、あたしには関係無いんだから」
一瞬、馬鹿女とガチで視線がぶつかった。俺に笑われたと覚ったらしく、途端に険悪な表情を浮べて馬鹿女が噛み付いた。
「アンタ、マジでそう思ってンの?」
「何ですって?」
俺に向かって『コイツ』呼ばわりするクセに、俺の『アンタ』呼ばわりが気に食わないらしく、馬鹿女は獲物を狩るような肉食獣のキツイ視線で俺を見据えた。
「無謀な運転したのはドッチだと言いたいね。あの時、俺が退かなかったらアンタは無事じゃ済まされなかったんだぜ?」
「……そんなの、言い掛かりだわ。経過がどうあれ事故ったのは自分でしょ?」
まさかの俺に咬み付かれて、馬鹿女は鼻白んだ。
ナニを隠そうこの女こそが、俺が事故った切っ掛けを作ってくれた、あの時の白いフィットの女ドライバーだった。
そして……その女は……性格以外では、バッチシ、俺のタイプの女だったんだ。
入社してたったの一ヶ月……俺は両脚と肋骨数本の骨折に、利き腕左の裂傷で十一針。その他多数の傷に安静を言い渡され、怪我の治療で数ヶ月を肛門外科で有名な、この鍋嶋病院で過ごすハメになってしまった。
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