第11話 二人の…?




     社員や派遣・パートの駐車場は、会社敷地内の外に点在している。中には駐車場に車を停めて片道本社まで一キロ弱の距離を徒歩で……って言うキビシイ状況下の連中も居たらしいが、俺が入社する前の年に、本社と同じ敷地内にあった工場や一部の研究部門が隣町に移転したから、今はそんな過酷な通勤を強いられる事は無いらしい。

     暫くこの水守(ミカミ)が出社のアシになって遣ると申し出たが、俺に取っちゃあメイワクこの上無い。これ以上、あのお嬢さん絡みの連中とは関わりたか無いし、増してやダレがこんな任侠野郎とツルンデなんか遣るもんか。

     俺はハンドルを握る水守の横顔をチラ見してフテ腐れた。

     水守も俺も、一般人とは線引きされちまう『ワル』だけど、コイツには格からして敵わねー。何より気に食わねーのは、水守のツラだ。コイツと一緒に居るだけで、俺は必然的にコイツの引き立て役にされちまう。

     ケッ、気に入らねー。

     世の中不公平が多過ぎるぜ。


     俺は未だに軽く疼く自分の左足を恨めしく睨んだ。

     ――それにしても……なんで俺、フィットの身代わりを買って出たりなんかしたんだろ……?

     先に走行車線に進入していたのは俺だ。それでフィットと接触しようがどうしようが、回避さえしなけりゃココまで怪我することも無かったんだ。



      *  *



     ヤバイと思った瞬間、勝手に手がハンドルを切っていた。

     バトル中、たま〜に自分の負けが込んで来ると、特攻を仕掛けて強引にドローに持ち込もうとする奴も居る。俺だってダテに峠を攻めていたワケじゃ無い。そこン所は心得ていて、いつもなら余裕でかわして遣るんだが……あの時は状況が違ってた。

     自分から事故るキッカケを作るだなんて……ホント、馬鹿丸出しだよ。

     でも、何度思い返しても、俺がどうしてあんな行動を執ったのか、俺自身判らねー。

     ――なんでだ?

     ……そりゃあ、美人でおっぱいもデカくてナイスバディで……モロ好みだけど……

     あの女がココのお嬢さんだなんて知ってりゃあ、誰が庇ってなんか遣るもんか。上手く行けば修理代どころか慰謝料ゴッソリとフンダクレルってーのによ。

     ……まぁ、今となっちゃ妄想でしか出来ねーけど。


     そう自分に下手な言いワケをして、俺はレクサスの助手席に深々と体重を預けると、ふんぞり返って頭の後ろで手を組んだ。

     運転のテクに関しちゃあ確かに彼女は女にしておくのが勿体無いくらいだった。一般ドライバーの運転で滅多に目クジラを立てねーこの俺が、マジクソムカついたほどだものな。


     彼女の白いフィットは、俺とのタイミングがバッチシな時がチョコチョコ在って、それが俺の走行ラインを度々塞いで脅かしていた。ある程度の腕を持っている奴が相手なら、次にどう出るかの予測判断は容易だ。けど、あのフィットに関しての先読みが何故か俺には全く出来なかった。

     俺を凌ぐテクを持つ奴が現れたのか……? そう思った。

     就職と同時に修理屋のオヤジから暴力付きの実力行使で、無理矢理走り屋からアシを洗わされていた俺だったが、ソイツの出現に俺はオヤジとの約束もソッチノケで現役復帰を望んだくらいだ。

     峠を攻める俺達の走りには、必ずギャラリーが居る。だから、時々サービスって名目でいろんな走行テクを披露する。並走しながら二台が同時にドリフト状態でコーナリングに突入するツインドリフトもその一つだ。

     けど、同じ走り屋連中のコウや向井でさえ、この俺とのシンクロはタイミングが微妙にズレて、奴等が俺に合わせられねー。だからギャラリーに見せる時は、俺が必ずタイミングの鍵を握る後続車に着けていた。

     多分このフィットのドライバーなら、俺が先行してのツインドリフトでもこなせそうな気がして、ちょっとばかし嬉しくなっちまった。

     俺の興味はたちまち張り合っていたライバル意識から、トモダチ意識へと変わって行った。

     コイツとなら、もしかして上手く出来るかも知れねー。コイツと知り合いになりたい……一体、どんな奴が運転してるんだ? ……なんてな。

     出逢いを期待して、ワクワクしていた通勤時間。

     そして俺は数日前に、フィットのドライバーが女だと知って愕然とした。しかも事故って入院した後で、聞けば俺が採用された会社の社長令嬢って言うじゃねーか。

     女だったのは残念だったが、それならそれで近付いて、オイシク戴いちまおうと思っていた俺は、二度も彼女から叩きのめされてしまったんだ。


      *  *


     軽くつんのめる感覚に、俺は水守が運転するレクサスを停めたのに気が付いた。

     運転席側の窓を開け、水守が高そうな濃いグレーのジャケット懐から、取り出した名刺大のカードを読取り機に翳すと、軽い電子音と共に読取り機センサー部のすぐ上で光っていた赤いランプが消えて、隣の緑色のランプが光り出す。

    「おはようございます穂邑(ほむら)さん……? あれ? 外出されていらっしゃいました?」

     正門の守衛室から水守に向けての挨拶だったが、俺はその守衛の言葉に首を捻ってしまった。

     つーか、『穂邑』って……ダレ?

     この『水守』もそうだが、苗字なのか、それとも下の名前に当たるのか、皆目見当が付かねーな。

     水守はキザったらしく口元を緩めて微笑すると、守衛のおじさんに軽く目配せをして車を先に進めた。

    「なんだ? なにか言いたそうだな?」

     正門を過ぎて奥にある幹部クラスの社員駐車場にレクサスを停めると、水守は俺に視線を遣さずにそう言った。

    「水守さん、アンタ二つも名前を持っているのか? それとも『穂邑』ってのが苗字なのか?」

    『穂邑水守』?『水守穂邑』??? 一体、どうなってンだよ?

    「答える必要は無い。お前は第三設計課へ行け。敷地内を通る用水路沿いに側道が続いている。設計部門のある技術ビルはその先だ」

     水守は気分を害してしまったのか、俺に素っ気なく言い捨てるとさっさと車から降りてしまった。

    「なんだよ? さっき『なにが言いたい』つったから、言っただけっしょ?」

    「尋ねる内容に依る。始業時間はとっくに過ぎているからさっさと行け」

    「はぁあ? あ! ちょ……チョット!」

     水守は俺を駐車場内に残して、自分はすぐ横に聳え建っている本社ビルの中に消えて行った。

     俺は焦った。

     社員だと言ったこの水守。社員であれば就業時間を厳守するのが当たり前なんじゃね? 幾ら身内企業の幹部だとは言え、遅刻しておいて大きなツラかよ?

     それに本社と少し離れた所に建っている研修所ビルの周囲なら、既にウロウロして判ってるが、入社した社員は他県にある拠点からのメンテナンス職だと言われていたから、本社敷地内の配置なんか覚えちゃいない。そんな省略説明じゃ判ンねーよ。

     俺は左手で松葉杖を握ると、水守が消えて行った本社ビルへと足を向けた。


     正面直進すれば、馬鹿デカくて広い一階の社員食堂に着き当たる。俺はその通路の途中で三差路になっている右に折れて、展示場を右側に見ながら水守が向かっただろうと思われるエレベーターに辿り着いた。

     二つ並んで設置されているエレベーターのうち、手前の一基が作動していて、たった今、五階で停まった所だ。

     俺はすぐに、一階で待機していた隣のエレベーターに乗り込み、五階のボタンを押した。四階までが業務フロアになっていて、それ以上……五・六階は俺達ヒラ社員は滅多に出入り出来ない『聖域』だ。

     やっぱアイツ、嘘吐いてやしなかったんだな。俺に直接関係ナイそうだから、どこの部署の責任者かは別に興味は無いけど、俺の出勤を手伝うってンなら、最後まで責任取りやがれっての。


     就業時間中の本社ビル。しかも、タダでさえ社員が来ない上層階は、流石にシン……として静まり返っていた。本物(モノホン)かは判らねーが、大理石みたいな床に松葉杖を付いて歩く俺の足音がヤケに大きく反響する。


    「……」

    「うん?」

     どこかで、誰かが声を荒らげているみたいだ。けど、どこもドアを閉じているから、小さく籠った声しか聞こえねーや。

     俺は左足を引き摺りながら、漏れ聞こえてくる声を手掛かりにその部屋を特定して歩いた。ツイデに声を上げていた奴もバッチシ。この声は、俺を放置してサッサと行っちまいやがったクソ水守の声に間違いねー。

     表札は『システム情報部長室』……水守って、システム情報部の部長なのか?

     まぁ確かに、どっから嗅ぎ付けて湧いて出るのか判ンねー奴だし、まんまじゃね?

     俺は躊躇せずにノックをし、間髪入れずにドアノブを引いた。

    「誰だっ!」

    「ちわ。水守さん、やっぱ俺場所が判らな……いっつ?」

     案の定、そこには水守が居た。

     ドアが開いた途端、何かヤマシイ事でもしていたみたいに、屈み込んでいた水守は咄嗟に片腕で自分の顔を隠す仕草をする。

     俺は眼の前の光景に驚いて立ち竦み、思わず口を噤んでしまった。

     室長のデスク前には、総革張りの応接セットが設えているが、水守は何故かそこには居らず、デスクから少し離れた場所でスーツ姿の男を助け起こしている最中だった。

    「お前か日高」

     部屋を訪ねて来たのが俺だと判って、水守はホッとしたらしく、顔を庇っていた腕を降ろす。

    「あ……あ……」

     俺は酸素不足になった鯉みたいに口を無駄にパクパクさせた。

    「いいか? この事は絶対に口外するな。いいな?」

     水守は今までに無い殺気を帯びた眼光で、ジロリと俺を睨み付ける。が、俺にはそんな脅しには慣れっこになってて効かねーし。

     けど、俺はそれよりも何よりも、眼にした光景にビビってひたすら焦りまくった。


     なんで……?

     なんで水守が『二人』も居るんだ?



    「……かみ?」

    「穂邑、大丈夫か? ったく、あれほど俺が出ると言っていたのに……」

     倒れていたらしいもう一人の水守が、意識を取り戻したらしい。こっつ……コイツ等……双子だ。それも一卵性のウリフタツ。

     助け起こしている『活き』がイイのが、今まで俺と一緒に居た『水守』で、倒れていたのがひょっとしてさっき守衛が間違えてた『ホムラ』っての?

    「誰か居る?」

    「ああ、居ても害にはならないから無視していい」

     っと待て―――! 

     なんだ? 今の水守の台詞は?

     聞き捨てならねー言葉にムッとなる俺。

    「俺を無視しないでくださいよ。あんな所に放ッぽってくれちゃって……」

    「黙ってろ!」

     水守が凄んで見せる。

     助け起こされてる『穂邑』って奴は、水守をず―――っと……何倍も温和にした、感じのヨサゲなオヒトヨシみたいだが、どうやら様子がおかしい。顔面蒼白だ。

    「ああ、恵理が言っていた……日高さん? その節は恵理を助けてくれてありがとう。やっと出社出来るようになったのですね?」

    「もう喋るな。あれほど今日は休めと言って置いたのに……」

    「水守、僕はもう大丈夫だから……」

     穂邑は水守の手を借りて、倒れ込むように応接セットのソファに座った。

     礼儀正しい穂邑と、俺と似たような素行(だと思う。いや、絶対そうだ)の水守……見た目はソックリだが、中身は真逆だ。

     苦しそうな浅い息に青白い肌をした穂邑は、素人(トーシロ)の俺が見たってヤバそうだ。察する所、循環器系の病気かな?



      *  *



     水守が俺を案内しないのなら騒いで遣ると言ったら、水守は途端従順になった。察する所、穂邑の存在が水守の最大の弱点みたいだ。

    「くどいが、お前には何度言っても聞いちゃいないだろうからな」

    「あ゛〜? なンの事っスか?」

     言い終わらないうちに、眼の前で星が散った。

    「判っている癖に惚けるな。いいか? この敷地に踏み入ったら、俺を『水守』と呼ぶな」

    「それって、実際には二人の人物を一人だと認識しろってーの?」

    「そう言う事だ」

    「水守さっ……イデッツ☆」

    「たった今、俺は言うなと言った筈だ。アホウ」

     再び眼の前で星が派手に散った。

     守衛の居る正門での曖昧な受け答えと言い、ご丁寧に刃物傷を隠すメイクと言い……

     そしてさっきの穂邑の存在。読めたぜ水守。やっぱお前は正社員じゃねーって事がな。



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